台風接近,モラモラ,川平湾,クラブメッドカビラ

台風接近でホテル前のビーチも、膝下の深さなのに遊泳禁止。
ハブクラゲがネットを越えて入ってきてしまうらしい。時折雨模様。
ビーチのデッキで寝ていても強風で砂が痛い。

今日こそは見逃せないちゅらさん。えりぃの告白シーン。

ランチはホテルのレストラン「モラモラ」。
八重山そば(味噌野菜)は麺鉢に山盛り、更にお握りが2個付いて1,000円。食べきれない。
天気も悪いのでずっと座っていた。

売店で、西表島パインアップル館で少し話した男性二人組Iさん、Tさんに再会。
彼らは底地ビーチを見に来たと言う。ドライブでもという話になり、4人で川平湾。
石垣随一の景勝地とのことで、美しい。
さんご礁、黒真珠養殖のため台風でなくても遊泳禁止らしい。

近くの店で3人はかき氷やアイスクリームを頼む中、私は一人泡盛。
玉の露43度8年古酒。美味しい。

彼らは「案山子」という民宿に戻って夕食。私たちは再び「モラモラ」。ミーバイのポワレ。

IさんからFちゃんに電話。「飲みましょう」ってことでクラブメッドカビラのバー。
クラブメッドに行くのは初めて。ここは宿泊者以外でも入れるらしい。
トランポリンや空中ブランコの設備もあって、バーではリンボーダンスイベントに長い列。
終わるとバンド演奏。ライトアップされたプールの脇で飲む。

置いてある泡盛も琉球ガラスのきれいな瓶で、ちょっと違う。新里酒造「琉球」35度8年古酒。
一番美味しく感じた。

ホテルの部屋に戻って夕食で残ったワインをFちゃんと飲む。
2001年07月04日(水)

寝坊、台風、石垣島Yさん、Fちゃんと底地ビーチ

パインアップル館はパイナップルの出荷で大忙し、作業の音で目を覚ます。
随分朝早くから働いているんだなあ、と思ったが
彼らが早いのではなくて私が寝坊したのだった。
ちゅらさんを見逃し、朝食は一人きり。港までの車にも乗り遅れる。

女将さんが送ってくれた。「パイナップル持ってく?」と言われたが重いので遠慮する。
「台風が来てるんですよ」とのこと。往きとは違って船も揺れた。
女の子が「キャー、怖いよう!」と絶叫しつづける。結構楽しそう。

石垣島に着いて、Yさんに電話。
Yさんとは昨年入院した時同室だった。石垣市役所近くで美容院をやっている。
お店の前に出て待っていてくれた。
「あら?一人なの?彼と一緒なのかと思ったわ」と言われる。

お休みのお店で暫く喋る。Yさんは術後の経過が思わしくない。
手術で縫った糸が体内で溶けずにお腹を刺して痛み、次々に飛び出してくるというのだ。
レントゲンには映らないのでどこに何本残っているのかわからないらしい。
「まだ1本あると思うよ。痛いもん」
そのたび東京の病院に通院しなければならない。
美容師はシャンプーなど力もいるので1日2、3人が限度。大変そうだ。

ホテル日航八重山で飲茶ランチ。初枝りっちゃんも息子を連れて来ていた。

Yさんの夫は2ヶ月ほど大阪にいて、間もなく戻るらしい。
初め病院で見かけたときは息子さんかと思うほど若々しい格好の男性で、
実はYさんより11歳年上というので更にびっくり。

Yさんが36歳の時に突然石垣島に現われた男性と3日で結婚を決め、以来13年仲良し夫婦。
美容院を休んでキャンピングカーでヨーロッパ旅行2年間。羨ましい。

「Yさんは素敵な人ですけど、旦那さんも相当もてるでしょう?
47歳まで独身でいたのにYさんと3日で結婚を決めたのは何で?」と聞いてみた。

「それはね、私は美容師で男に頼ろうとか結婚したいとか考えていなかったから。
旦那は大病していつ死ぬかわからないから、一人で生きていけない女ではダメだった。
幸運ももちろんあったけど、私が一人で美容院をずっとやってたのが偉いって言ってるよ」

うーん、「髪結いの亭主」というよりは、やっぱり「ショコラ」だ。
美味しいチョコレートが、Yさんにとっては美容師という仕事だった。いい話だ。
私も頑張ろうっと。Yさんの旦那さんにもまた会いたいので絶対また来る。

大学ゼミの同期Fちゃんが石垣空港に着くのでバスで空港。
台風とともに来るっていうのがちょっぴり残念。

Fちゃんの滞在する、底地ビーチ近くにあるホテル。
Fちゃんは明日のシュノーケリングが中止になってしまったので一刻も早く海へ。
ホテル前のビーチ、囲いの中は膝下の深さしかない。子供用プールみたい。

晩御飯は水着のままプールサイドのサンセットビアガーデン。途中雨。
ステ−ジでは沖縄民謡ショー。盛り上がりに欠けるが、この人数・天候ではしょうがない。

Fちゃんと恋愛話で夜が更ける。
2001年07月03日(火)

宇奈利崎、月が浜ビーチ,星砂の浜,草木染め「ぷーら」,居酒屋「がじゅ丸」

パインアップル館の先のビーチ宇奈利崎。誰もいない。
その先の廃業したゴルフ場。前来た時は子供たちがゴルフ遊びをしていたが、誰もいない。
廃墟になった黒真珠展示館。断崖絶壁にあり「危険!近寄るな!」と看板。
海の美しさと対照的。

月が浜ビーチ。500m続く砂浜に3人。泳いでいる人はいない。
なんで?ハブクラゲが出るから?
観光客を連れた地元の人らしき男性が来たので「泳いじゃいけないんですか」と聞く。
「そんなことないよ。波がある砂浜は透明度が低いから人気がないだけ」
そうなの?私はザブーンと波が打ち寄せる砂浜、好きだけどなあ。
一人きりで泳ぐ。気持ちいい。
砕ける波に身体をぶつけてみたり、仰向けに浮いて揺られてみたり。
キャーキャーいう声も聞こえず波の音だけ。なんて贅沢だろう。

月が浜ビーチには結構ちゃんとした建物があるのに営業していない。
誰もいないから?営業していないから誰もいないのか?

お昼は星の砂ビーチレストラン。こちらはファミリー、カップルなどで賑わっている。
グルクンという島魚のから揚げ定食。通常どおり、出てくるのが遅い。
「トーフチャンプル、30分以上待ってるんですけど」と隣の席の人。沖縄タイムさあ。

潮の満ち引きで、昨日の夕方とは海の景色が違う。
昼の海水は熱すぎる。さんご礁の海岸は歩き難い。
とういわけで「だあれもいない海♪」の月が浜に戻る。

浜の端の方で犬2匹と人一人が泳いでいたが、
犬が走ってきても3分ぐらいはかかるだろう距離。
夕方まで海と木陰の往復を繰り返す。一人きり。不思議と寂しくはない。

シャワーの後草木染めの店「ぷーら」に行くも「CLOSED」。
庭に回ると染物の釜に火がついていた。きっと人がいるのだろうと裏に行くとシャワーの音。
暫く待つと店のカーテンが開く。
「染めの作業してたら汗だくになっちゃってシャワー浴びてたの。
そういうときに限ってお客さんが来るのよね」って、沖縄感覚さあ。

マングローブ染めのパンツは面白いが、8,000円。
寝間着もパッキングし忘れたので安いものを買おうと思っていたのだが、
いい物を見ると欲しくなる。
染めている本人が売っているので、話を聞くうちにますます欲しくなった。

夕食後近くの居酒屋「がじゅ丸」。偶然「ぷーら」の女性も友達と来ていた。
混んでいる。凍った枝豆。ま、涼しくていいけど。

「待たせてゴメンネ、今チャンプルー作ってあげるから」とお店の女性。
みんながビッキーと呼んでいる。

隣の席のおじさんは若者に働くことの何たるかを説教中。終わると話し掛けてきた。
「一人?センチメンタルジャーニーかい」
若者は北海道から来てキャンプ生活しながらおじさんの建設会社で働いているらしい。23歳。
「3人で飲みに行くか」
西表の男の人は本当に気軽に誘うなあ。
「ちゃんと帰り送ってくれますか?真っ暗なところで『じゃ』とか言われたら困りますから」
やっぱり心配。ビッキーさんに「大丈夫ですかねえ」と聞いたら
「この人は悪い人じゃないよ。でも私なら行かない。内地の女の人は軽すぎる」。
そうだよね、「やっぱりもう少しこのお店で飲んで帰ります」と断る。

23歳の男の子はすごくかわいかったので少し残念だけど、
ビッキーさんの話はずっと面白かった。
西表にきた経緯、住んで働いてみてわかった事、これからの計画。
強くて優しい人なのだろう。同じ年。お互い頑張ろう!

満月の夜道は明るい。店から宿までは街灯もあるので無事帰る。
2001年07月02日(月)

西表島,唐変木,ヌードビーチ,初枝

汗びっしょり、よく眠れず。
新金一旅館の朝食は\530で美味しいらしいが、7時前に出発なのでありつけず。

ANK431便で石垣島、8:55。空港で八重山そば。去年O君と来た時は2人で食べた。

西表島への船上でO君にメール。
最高に晴れてて海もきれい。涙。やっぱり一人は結構辛い。
ジェットコースター並だった冬場と違って、船はあまり揺れない。

去年O君と泊まった民宿パインアップル館。食堂の外観が巨大なパイナップル。
ご主人はパイナップル農場を持つ。今は収穫最盛期らしい。

バイクを借りて月が浜近くの「唐変木」でオリオンビール、トーフチャンプルー。
相変わらず混んでて、出てくるのが遅い。お詫びにと言って黒糖飴をくれる。
ヤモリが2匹、「キキキ」と鳴く。

少し眠ってしまった。「眠いですか?」と向かいの席の男性に聞かれる。
私の隣に座っている女性と海に行くけど一緒にどうですか、と誘われた。
ちょっと不安だったけど女性も一緒だし、昼間だし、面白そうなので着替えに宿に戻る。

車で宿まで迎に来てくれる。
後部座席には大きなクーラーボックス。なんと発泡酒片手に運転!
大丈夫か?車は坂道をどんどん登り、農道脇の茂みの前で停まる。
ビーチサンダルで草木をかきわけ、倒木の下を潜り抜け、滑りながら進む。
ヌードビーチという(ホントか?)小さな浜。もちろん誰もいない。きれい。

島の男はシュノーケル道具と一緒に当然のように抱えてきた大きなクーラーボックスから
発泡酒を取り出して飲む。
「ここは島の人でもほとんど知らないはず。誰もいないから女の人が裸で泳いでたんだ。
それでヌードビーチって言うの。地図には載ってないよ」
島の子供の秘密の遊び場だったのか。

競泳用ゴーグルの私に男性がシュノーケル3点セットを貸してくれるが、
サイズが合わないし、やったことがないのでせっかくだがすぐに返す。
競泳用でも魚は見えた。

男性に背中の汗疹を指摘されてしまう。昨日の寝汗のせい。とほほ。

茂みを登って車に戻る。濡れた足が滑ってしんどい。
Aさん、Yさん2人はトローリングに、私は一人で星砂の浜ビーチへ。海水が温泉並の温かさ。
魚は平気なのが不思議。17時過ぎまで海。
伊豆辺りだと3時過ぎには涼しくなるものだが、全く寒くない。

夕食後男性から電話「初枝で待ってます」。ろれつが回ってない。
女将に車で送ってもらって「初枝」。満席。

昨年偶然、大学時代のバイトの同僚りっちゃんに初枝で再会。
りっちゃんは西表の海人(うみんちゅ=漁師)と結婚して初枝の女将さん、
子供は5歳!とのことで驚いたのなんの。

りっちゃんの子供、かわいい男の子は来年小学生。
去年来た時は生まれてなかった1歳にならない女の子も睫が私より長く
ほっぺもぷにゅぷにゅで愛くるしい。

前回はゆっくり話せなかったので、結婚の経緯や今の生活などについて聞く。
いろいろ大変だけどお店も繁盛して、幸せそう。

名前忘れた島魚の塩焼き、採れたてサザエのつぼ焼き。美味しい。

帰りはYさんが運転するのかと思ったら、Aさんが運転席に。こんなに酔っ払っているのに?
「まあいいや。どうせ男に振られたし、西表で死ぬならそれも良い人生だ」と言うと
見送りのりっちゃんが「そんな事言わないでよ」。
なんて言いながらもカチッとシートベルト。
ふらーりふらーりとドライブ、対向車3台。無事宿に到着。

部屋のバスルームにヤモリ。夜中鳴き声止まず。また眠れない。
2001年07月01日(日)

電脳突破党党大会,那覇「バオバブ」,新金一旅館

宮崎学氏が総裁の電脳突破党の、最初で最後かもしれない党大会。
重大発表あり?楽しいことがあるかもという。
時間には間に合ったが、始まりと同時に那覇から電話。
宮崎さんの話の最初を聞き逃してしまう。

会場は和室。宮崎さんから参院選立候補を決意したという報告を、正座して聞く。

昨年9月、康夫チャンが長野県知事に立候補した時期に、宮崎さんの講演会を企画した。
一昨年の講演会の講師は康夫チャンだった。
打ち合わせのとき「宮崎さんも京都知事とか?」と聞いたら「ないない」と言っていた。
立候補となればもちろん応援するが、気持ちの変化についてはぜひとも聞いておきたかった。

「私にはカミングアウトするべきことがあります」という話になったのでメモをとる。
「早稲田で学生運動をしていた時に2人の友人がいた。2人とも自殺した。
被差別部落出身者と帰化した在日朝鮮人で共産党の、それは非常に熱心な活動家だった。」

話が止まったので「?」と思って、メモから視線を宮崎さんに移すと宮崎さんは泣いていた。
「彼らに対する共産党の態度は『被差別部落出身だから、帰化した在日朝鮮人だから
死ぬほど頑張るのは当たり前』というものだった。
それを見たときに共産党を離れようと決めた。」

思い出すのが辛い話なのだろう、言葉が途切れる。
「彼らは『自分への評価ではなく一言”兄弟”と言って欲しかった』と……。」
差し出されたタオルで顔をぬぐいながら話は続く。
「私も彼らを『兄弟』と呼べなかった。自分はこうした屍の上に立っている。
生きているのが不思議なくらい過ちに過ちを重ねてきた人間ではあるが、
世間に恩返しをしたい。」

宮崎さんが日頃「損とわかっていてもやる、それが任侠だから」
と言う意味がわかったような気がする。
何故ここまで、と感じさせる宮崎さんの優しさは本物だと思った。私も涙。
私は出来る限りの事をする。男と別れたし、7月は宮崎学一筋、学ちゃん命!

と言いながら今日から沖縄センチメンタルジャーニー。
ビーチで宮崎学Tシャツ着て目立とうか。と言いながら慌ててパッキングし忘れる。不覚。

AN091便で那覇、22:30。浮島通りの新金一旅館、一泊¥3,130。
同じビル1階のアフリカンバー「バオバブ」、内装が凝っている。

22歳群馬県出身のマスターが考案したカクテル「黒豆」は、泡盛+コーヒー。美味しい。
「豆子」は泡盛+コーヒー+ミルクだそう。

隣に座っていた女の子は20歳石垣島出身。これから会うYさんの旦那さんの事を知っていた。
石垣島のお奨めの店など聞く。

部屋に戻って窓を閉めて扇風機を回して寝る。暑い。
2001年06月30日(土)

朝日新聞,福臨門酒家,OLD RECORD,手切れ金交渉

朝日新聞本社から電話。
「6月分は支払うので今までの担当者と違う人に来て欲しい」と言う。
「販売所長に電話させます」と言われて電話を切る。
その後、ASA西池袋所長和家氏から電話はない。

O君がご馳走してくれるというので銀座「福臨門酒家」。
古越龍山25年もの85,000円には惹かれたが、女児紅。焼き物のボトル持ち帰り。

鶏紹興酒漬、鵞鳥あぶり焼、伊勢海老黒豆炒め、冬瓜野菜詰、豚揚げ甘酢あんかけ。
食べきれず。牛肉稲庭うどんはキャンセル。
デザート黒胡麻白玉は品切れで杏仁豆腐を少し。
ものすごく美味しい、いいものなのだろうがあまり食べられず残念。

池袋のバー「OLD RECORD」。
O君は、私が沖縄に行ってる間に生ゴミ堆肥を埋めておくよとか、
本が書けたら宣伝協力するよとか、優しい。
沖縄から帰ったら引越等事務的な話をしよう、と言って店を出る。

言おうか言うまいかかなり迷ったが、路上で「手切れ金、いわゆる慰謝料が欲しい」
と切り出す。O君は衝撃、憤慨、困惑の様子で嫌がる。
「お金なのか。すごく楽しかったんだからそれで良いじゃないか」
やっぱりそんなことは頭の片隅にも無かったらしい。
「そんなこと言うならもう2度と会わない」とO君。
私としてはこのまま終わりにする方が、恨みがましい気持ちを抱えたままで辛い。

「君のやったことには責任が伴うの、私たちはそういう社会で暮らしているの」と言ったら
「そういう社会に向こうを張った関係じゃなかったのか」と言われた。

「100円」とか「分割で一生」とか「裁判にしよう」とかいろいろ言ってたが
「ゆっくり考えてみてよ。私そんなに変な事言ってないよ」と言って別れた。

家具はどうするかという話もある。沖縄から帰ったらまた一悶着ありそう。
さて、O君はハウマッチ?!
2001年06月29日(金)

骨董屋「レストア」,和食レストラン,二日酔い,朝日新聞怖い

母の知人がやっている、近所の骨董屋「レストア」。
「あら素敵、これ頂戴」と指輪、時計、ビアグラス、ティシュケースを次々お買い上げ。
柱時計も買うらしい。確かに趣味のいいものがたくさんある。安い。

車で、鰻が美味しいらしい和食レストラン、名前忘れた。私は鰻が苦手なので幕の内弁当。
ご飯がねちょねちょ。母は「うな重のご飯が美味しい」と言う。違うご飯使ってるのか?

店を出ようとしたところでお腹が壊れる。原因は昨日の牡蠣か、氷か、ただの二日酔いか?
そのまま駅に向かうつもりだったが気持ち悪くなって再び実家へ。
少し寝て富山の置き薬をもらった。「配置期限1988年」。
「こんなもの飲んだら病気になっちゃう」。母は笑っている。

落ち着いて来たので各駅停車で帰る。目白のauショップ。下着と水着を探しに「ORCHID」。
フレンチクラシック風のかわいい水着があったがサイズが巨デカ。諦める。

旅行もあるし、朝日新聞の購読を一旦止めようと販売所に電話。担当者から電話。
「契約は7月までですから、7月までとってもらわないと困ります」
「嫌です」
「じゃあなんで契約したんですか」
「だんだん嫌になってきたんです」
「契約は7月までなんですからとって下さい」
「嫌です」
「契約時に景品も渡しているのに」
「覚えていません」
「ビール券2枚です」
「お返しします」
「これからとりに行きます」

腑に落ちないので販売所長に電話。
「7月までの契約ですから。うちだって経費がかかっているんです。
担当者と話してください。」
「契約途中で止めたらどうなるという説明は受けていません。
景品は返さなければいけないという話も聞いていません。
部屋の賃貸契約だって、2年の契約でも途中で出ることはできるでしょう」
「家賃とは違うでしょう!お客さんが、お客さんが…」で切られる。かかって来ない。

もうすぐ担当者が来るかと思うと怖くなって、朝日新聞本社に電話。
もしもしセンターの男性曰く「契約の拘束力はある」。
「新聞の購読契約がそんなに大変なこととは知らなかった。
今からとりに行くから用意しておけと言われて、家も知られているし恐ろしい」
と言ったら、本社から販売店に電話をしてくれるとのこと。

さすがのクレーマークレーマーも少々びびる。
「新聞はインテリが作ってヤクザが売る」ってことか?

インターホン、「朝日新聞です」。
「本社に電話しました。本社からの電話を待機して下さい」
「わかりました」
インターホン、「本社はなんて言ってました?販売店と直接話せって言ったでしょう」
「私は本社の方としか話したくありません。本社の方から電話をもらいたいです」
「本社からは電話は来ませんよ」
「するようにそちらから言って下さい」
インターホン、「今月分の集金だけお願いします」
「いや、あの、えっと、今私は気が動転していて、怖いから会いたくないです」
「怖がらせるつもりは無かった。他の人に来させます」
インターホン、「明日本社から電話が行きます。済みませんでした」
「はい」

これから新聞をとる事があっても一月ごとの契約にしようっと。おお怖。
2001年06月28日(木)

抱茎亭日乗 / エムサク

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