きっと どこかで
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我が家の双子、揃って、地元の公立の中学校へ入学しました。ここへ来るまでいろいろありましたが・・。
ユウの方は、「特別支援教育」の対象となることが出来ました。これについては、小学校5年生の時の担任の先生ともその頃から準備を進めていたことなのですが、ほんとに運よく、タイミングもよく、こちらの望む形での支援体制が受けられるようになりました。
ユウは、「障害児学級在籍」ですが、交流級(でいいんでしょうか)で普通学級の1学級にも席を置きます。表向きには、そのクラスの一員で、ちゃんと出席番号も、そのクラスの番号内で(普通にあいうえお順で)あります。
そして、ユウの場合は、「特別支援」ということで、通常の授業では、主の先生以外に、従の先生が付きます。そして、これは通常学級の学生とは別に授業を受けた方がいい、というものは、障害児学級の方で授業を受けます。
障害児学級に移籍するということには、夫は、かなり反対していたのです。「ユウは普通のクラスでやっていける、障害児学級に行く事はユウの将来への可能性を狭める」こういう意識があったように思っています。
これについては、ユウのような障害を持っている子供の親御さん方の情報を聞いて、「障害児学級在籍は、将来の可能性を狭める事にはならない」との話が多く、むしろ、「通常学級にこだわっていた方が結果はあまりよくなかった」との話もありました。もちろん、中学校を卒業した後、高等学校入学の可能性ですが、これも、問題ないとのことでした。これで夫を説得、小学校の先生を通じて、障害児学級へ入れて欲しいとの申請を出しました。
しかし、中学校の教頭先生から後から聞いた話なのですが、申請を出した後、教育委員会から、不受理で、一旦戻って来ていたらしいのです。
ユウは、知能レベルでは、普通の子供と同じくらいありますからね、コミニケーション能力に障害があるということなんですが。
再度申請に行くということで、中学校の校長先生が書類を教育委員会へ持って行って、ようやく認められたということのようです。
「特別支援教育」は、今年度から全面的にスタートする制度ということらしいです。学校の先生方への研修も、数年前からずっと時間をかけてやってきていたようです。
これで、ユウへの支援はスタートしました。こういう支援を受けている子供だということで、ユウへの周囲からの見方は変わったのでしょうか?また、親である私への見方も変わったのでしょうか?
これについては、私自身は何も変化を感じてはいません。(今のところ)ということは、ユウは、やはりちょっと変わった子と思われていたのか?それとも、何と声をかけていいかわからないから言わないのか?
「特別支援教育」では、その障害に該当する子供が一人でもいたら、クラスを作らないといけない、というふうになっているのだそうです。(以前は何人か以上との制限があったそうです。)それで、今ユウの学校で、ユウのような障害を持つ子供は、ユウ一人。障害児学級は一つ作られ、担任の先生も一人配置されています。以前よりは、手厚い指導をしていただけているように思います。(その分、親である私への注文も増えてはいるんですが。目が届くようになった分、気になることによく注意が行くようになったということですね。)
卒業式の日の朝、担任の先生に、花束を贈りました。これは、私が一年間PTA役員をしていた学級役員の仕事として行ったものですが、その時に、担任の先生と、クラスの子供達と一緒に写真を撮りました。それで、卒業式の前に、近くの席に座っていたお母さん方に、朝、先生に花束を渡してこんな写真を撮ったんですよ、とデジカメの画面を見せながら話すと、欲しいと言われる方が結構いたので、欲しい人には、あげようと思いました、が、もう、あまり会う機会もありません。それで、同じクラスの方全員に焼き増しして渡す事としました。それで、ついでに、挨拶文も同封しました。こんな文です。
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○○先生・6年○組の皆さん・保護者の皆様へ
6年○組のみなさんへ 3月××日の卒業式では、みなさんの堂々とした立派な姿に、感動しました。△△小学校の卒業生として、自信を持って、これからも歩んでいってください。君たちの将来は、これから、自分達で作っていくものです。迷ったり悩んだりすることもあるでしょう。でも、きっと、君たちを見守っていてくれる人がどこかにいると思います。やりたいこと、将来の夢に向かって、様々な事に、勇気をもって、チャレンジして欲しいと思います。
6年○組の保護者の皆様へ 卒業式に出席された方は、ご自身のお子様の堂々とした姿に、感動した方も多かったのではないでしょうか。私自身もその一人です。先日、学級部より集金させていただきましたお金で、担任の先生方へ花束を、校長先生を通じて、学校へ、胡蝶蘭を贈らせていただきました。 花束等は、学級部で相談した結果、卒業式の日の朝の会で、クラスの子供たちに書いてもらった色紙や手紙と一緒にお渡しすることと致しました。その時、集合写真を撮影しました。その時の写真を同封しています。どうぞ、ご笑納いただければ幸いです。
○○先生へ 今までいろいろお世話になり、ありがとうございました。先生からは、教科の勉強を教えていただいたことはもちろんですが、子供たちがこれから生きていく上で大切なことを、たくさん教えていただいたように思います。なによりも、たくさんの「愛」をいただきました。時には厳しく、時には優しく、子供たちを導いてくださいましたこと、感謝しています。これからも、お元気で、多くの子供たちをご指導くださいますよう、願っています。
最後に 卒業式の最後に、全校児童、教職員の方々、来賓の方々の見送りを受けながら、改めて、子供達はいろいろな方のお世話になりながら、小学校生活を送る事が出来たのだと思いました。もちろん、同じクラスになった6年○組の皆さんにも、大変お世話になりました。どうもありがとうございました。
平成19年3月 文責 6年○組学級部役員 ライム(HN) =======================================
卒業式の後、転任される先生方を送る、離任式というのがあり、その日に、6年生も行くという話しを聞いていたので、その日に、クラス全員に渡す事としました。中学校に入学してからでもいいかな、とも最初考えていたのですが、地元の公立中学校に行かないというお子さんも何人かいるし、個人情報に厳しく電話番号なども先生にもなかなか聞けない状態なので、そうするしかない、という気がしました。
ただ、離任式の日に、欠席する子供もいるんですよね。これについては、後で、先生に、様子を聞いて(どのくらい欠席したか、先生が把握しているか)決めようと思っていました。
それで、先日、電話して聞いたところ、欠席したお子さんへも、連絡モノの配布と同じように、近くのお子さんに渡すように頼んでくれたとのこと。先生の気遣いがありがたかったです。
もちろん、担任の先生にも、1枚渡しました。
ユウの方の学級役員だったので、ユウのクラスの分しか写真は撮れなかったのが残念ですが・・。ケンの先生や、クラスの子供にも、お世話になっているんですけどね・・。ケンの先生も、若いけど熱心ないい先生でした。この先生も、将来有望な先生だと思っています。
先日、地元のオリーブスタジアムで、広島対阪神のオープン戦がありました。朝日新聞販売店から、チケット(外野自由席)をもらったので、子供達と一緒に観に行きました。
当日の試合は、平日だったので、職場では休みをもらって行きました。子供達は、普通はまだ学校のある日なのですが、卒業式をした後なので、休みなのです。
オリーブスタジアムに行くのは、実は私は初めてだったのですが・・。駐車場もあるとは聞いていましたが、あまり多くなく、公共機関での来場をお願いします、当日は、シャトルバスを出します、と書いてあったので、電車・バスで行くこととしました。
スタジアムには、試合のちょうど10分前くらいに到着。
私は、実は、阪神ファンなのです。経緯をちょっと説明させていただくと・・。私がちょうど高校生くらいの時だったと思うのですが・・。その頃、私は、千葉県に住んでいました。その当時は、実母の母校出身の人(中西さん)が監督をしていて、母も阪神を応援していました。その頃、活躍していた掛布さんが、そこの地元の習志野高校出身ということもあり、千葉のローカルテレビでは、阪神の野球中継を放映していました。そして、その頃の阪神は、バースさんや、岡田さんといったスター選手も多く、強いチームでもあったのです。それで、関東の地にあって母と一緒に、阪神を応援していました。
その頃、どういう縁かはわかりませんが、阪神対ヤクルトの試合(神宮球場)のチケットをもらって、観に行きました。席は、キャッチャーのすぐ後ろという席です。
そこは、阪神ファンもいるしヤクルトファンもいるという席ですね。どこのファンかもよくわからないような、観戦の仕方をしていましたね。
で、そのオリーブスタジアムでは、阪神側の応援席の方に行きました。応援団がどちらのチームにもいて、応援合戦がにぎやかでした。やっぱり、野球は、応援団の近くで観る方が楽しいですね。
そして、阪神の応援と言えば、7回でのジェット風船、後、勝った後のジェット風船ですね。このオリーブスタジアムでも、ほとんどの人が飛ばしていました。
この日の、阪神の応援団は、ホントに阪神が好きで応援している私設の応援団みたいでした。
この日の試合は結局阪神の勝利で、気分よく、最後にもう一回ジェット風船を飛ばして、六甲おろしをみんなで歌って帰ってきたのでした。
当日は、天気もよく、野球観戦をするにはいい日和でしたが、まだ3月ということもあり、多少まだ、ずっと外にいるには寒いかな、という気候でした。帰ってから、夜になって、ユウが、気分が悪いというので、熱を測ってみたら、38℃くらいありました。夜になっての発熱というのは困りますねー。病院に連れて行くかどうか、判断を迷うところです・・。とりあえず、アイスノンをして寝るように言いました。
翌日は、37℃くらいに下がっていましたので、ちょっと一安心。風邪だろうと思い、こども用かぜ薬「ドリスタン」をユウに飲ませ、家にいるように言って、私は仕事に行きました。
慣れない野球観戦で、ユウには、疲れが出たのかもしれません。
先日、我が家の子供達の小学校の卒業式がありました。職場には、許可をもらって休みをもらって、行ったのですが、翌日、職場に行っても、卒業式の話は一切周りからは出なかったです。こちらから話題を振らなかったせいもあるんでしょうが・・・。後、上司が交代する予定やら、臨時の行事の補助金の申請やら、その臨時の行事の仕事の関係やらで忙しいせいもあるかと思いますが・・。男性(それもかなり年配)ばかりの職場なので、子供の卒業式などにも行っていないから(おそらく)話がしずらい?のかもしれませんが・・。なんだか寂しかったです。
卒業式そのものは、何日も前から練習をしているという話を聞いていたので、予想どおり、素晴らしいものでした。我が子の堂々とした姿に、感動しました。卒業証書授与は、一人ずつ名前を呼ばれ、ステージ上に上がり、校長先生から卒業証書をいただくのですが、ユウもケンも元気に返事して、堂々とした姿で受け取っていました。だいぶ練習したんだろうなあ、と普段の姿(家での)を知る私は思いましたが。
在校生から卒業生へ送る言葉、卒業生からのお礼の言葉、全員で、一言ずつ、決められたセリフを言うようになっていました。私が卒業した学校もそういうのがあったので、なつかしかったですね。
ユウは、結局、1人(もしくは2〜3人)でセリフを言うコーナーは、辞退したんだそうです。まあ、本人がやりたくないならしかたないです。そのかわり、全員で言うところは、きちんと言った、と本人は話していました。ケンは、2人くらいでセリフを言っていました。
卒業生の歌う歌は、今はやりの「旅立ちの日に」。2部合唱になっていましたよ。
君が代斉唱の時は、保護者も含め全員起立して歌っていました。このあたりの地域には、君が代に対する変な概念はないようです。
卒業式の時に、保護者代表のお礼の言葉があるのだという話を聞いていたのですが、式次第によると、一旦卒業式を終えてその後、ということになっていて、なお、ステージ上ではなく、ステージ前にマイクを設置しそこで話すというもので、なぜ別扱いになっているのだろう・・、と不思議に思いました。
また、卒業式に、卒業生の保護者から、担任の先生に花束を贈るのですが、これも、卒業式の中で贈るように提案したのですが、式の中では出来ないとのことで、卒業式の日の朝の会で、渡したのでした。花束を贈るというのは、ただ渡す、ということではなく、それ自体がセレモニーの一つになり得ることだと思うのですが・・。
卒業式の後、全校児童、教職員の方々、来賓の方々の見送りを受けながら、出て行くのですが、こういうのもそうそうないだろうと思いつつ、うれしかったですね。ユウの場合は、ほんとにいろいろな先生にお世話になり、私自身も、直接お話した先生も多く、見送りの途中で、大勢の方から声をかけていただきました。ユウは、多くの方々に気をかけていただきながら、無事小学校を卒業できたのだと改めて思いました。
双子で同時卒業なので、ケンの方にはこの日は全く行ってやれなかったのはかわいそうでしたが・・。(夫も仕事休めないと行って出席してくれなかったのでしかたないです。)(後、今年は、ユウのクラスで学級役員を引き受けていた関係で、卒業式当日もいろいろ用事があったので。)
ただ、ユウもケンも学校外での友達付き合いというのはほとんどなく、卒業式当日も他のお母さん方はそれなりにいろいろ話をしているのに、私は話をすることもなく、それは、ちょっと寂しいなと思いました。
仕事をしているお母さんは、職場でも孤独、学校に行っても孤独、地域の付き合いもなかなか参加できないし、こういうのはなんとかならないのかなあと思いますね。
| 2007年02月07日(水) |
「特別支援教育」について |
先日、仕事で香川県庁に行った時、ロビーに置いてあった、ラックの中に「さぬき教育ネット」VOL.35(発行:香川県教育委員会、平成18年12月)が目に留まりました。
これは、子供が通っている学校でも配布しているものなのですが・・。その中で、我が子に関係のある記事について、書きとめて置きます。
2ページ目のところです。
これからも「特別支援教育」を推進します! 〜これまでの「障害児教育」は、平成19年4月から「特別支援教育」に変わります〜
(背景) 近年、児童生徒の障害の重度・重複化や多様化がすすんでいます。 また、軽度発達障害のある児童生徒への対応や幼児期からの教育的対応に関するニーズが高まっています。 このようなことから、一人ひとりの教育的ニーズを把握し、適切な指導や支援を行うという「特別支援教育」が学校教育法等の改正という形で制度化され、平成19年4月から実施されます。
(ポイント) �。味帖奮惱�障害)、ADHD(注意欠陥多動性障害)、HFA(高機能自閉症)など軽度発達障害がある子どもたちに対する指導や支援をさらに充実します。 �¬奸ο検ν楔邀惺察米段婿抉膤惺察砲任蓮⊂�・中学校等の教員への支援や保護者からの相談に応じるなど「地域のセンター的機能」をさらに充実します。 ��障害のある子どもに対して、幼児期から学校卒業までの間、医療・福祉・労働等の関係機関と連携しながら一貫した支援を行います。
「小学校・中学校等の特別支援教育」 ○すべての小・中学校では、 ☆「特別支援コーディネーター」が保護者と校内の関係者、医療、福祉等の関係機関との連絡調整、担任への支援等を行っています。 ⇒何からでもご遠慮なく相談してください。 ☆「校内委員会」を設置するなど、きめ細かな支援体制がつくられています。 ⇒一人ひとりのニーズに学校全体で対応していきます。 ○幼稚園や高等学校も含め障害のある子どもたちと障害のない子どもたちとの「交流及び共同学習」を推進します。 ○専門家による巡回相談や通級指導教室を設けるなど、軽度発達障害のある子どもたちに対するきめ細かな指導を目指します。
ようやく、「特別支援教育」が形になりはじめたようです。
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