無責任賛歌
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| 2001年06月26日(火) |
やっかみをキャッチコピーにしてちゃねえ/『高校天使』3巻(加藤四季)ほか |
昨日の体重書き忘れてたけど83.4キロで一昨日と変わらずでした。 それが今日は一気に81.8キロ! しげは「一体何をしたん?」って何か私が悪いことでもしたようなもの言いをするが、別に魔道に通暁してるわけでもなんでもないので、考えすぎというものである。 ああ、でもそろそろ80ラインが見えてきたなあ。来月までにはホントに切れるかも?
社民党のCMが物議を呼んでいるらしい。 「本当に怖いことは、最初、人気者の顔をしてやってくる」というコピーが「他党への誹謗中傷に当たる」として、放映を自粛する局もあったとか。 このコピーそのものが誹謗中傷に当たるかといえば、そんなことはないと判断するのが妥当だろう。 そりゃあね、これが小泉首相を揶揄してるというのは誰だってわかることだよ。 でもね、まず第一に、具体的に「自民党」とか「小泉」の名前を出してるわけでは決してないんだよ。「本当に怖いこと」ってのがどんなことなのかも具体的に何も言ってない。あくまでここに提示されてるのはイメージにすぎない。 なにが怖いことなのか、それは国民一人一人に考えてほしい、CMはそう言ってるだけなのだ。 したがって第二に、そしてこれが大事なことなのだが、そうやって国民の想像と判断にまかされてることを、マスコミが勝手に「他党への誹謗」と解釈し、国民の「知る権利」を阻害しているということだ。 どこまで傲慢になりゃあ気がすむんだテレビ朝日。
そんないらんことをせんでも、小泉首相をヒトラーになぞらえるような姑息なCM、みんな嘲笑うだけだよ。 社民党は7年前、自民党と組んで政権取った時点でもう終わっちゃってるんだから、これがなりふりかまってられないアザトイ戦略だってことくらい、誰だって気がつく。 馬鹿は勝手に躍らせときゃいいのだ。
もういい加減、雨は振り尽くしたろう、と思いたいのに今日も昼から雨。 おかげで未だに雨合羽での自転車通勤が続いている。 いやねえ、降ってる時はいいけどさあ、急に雨が上がったりするもんだから、炎天下、合羽姿のままで走ってるともう暑さで全身がカッカしてくるし頭はフラフラしてくるし、熱射病でぶっ倒れちまいそうでさあ。 しげは「サウナスーツ」着てるようなもんだから痩せられていいじゃん、と軽く言ってくれるが、6月の時点でこうなんだから、7月、8月になったらどうなることか。 たいがいで一日晴れててほしいものなのである。
残業で帰宅が8時すぎ。 これでも鳥目で夜目が利かないので早めに帰してもらったのだ。 町中ならまだ明かりがあるからいいけど、山道だとマジで命が危ないからなあ。 帰りに「ポプラ」(←コンビニ。全国規模のチェーンなのかな?)に寄って弁当のほか、「バースディテディ」を買う。 以前、しげの誕生日のものは買っていたが、今度は私のもの。 持って帰るとしげは喜んで自分のと一緒に私の鞄にぶら下げた。 ……なんで女はこういう飾り物が好きかな(-_-;)。 もう私は人からどう見られようが言われようがどうでもいいと達観しつつあるので、斑な二体のグロテスクなクマがぶら下がっていようが構わないけどね。 ちなみにどんな配色か知りたい人は自分で9月15日と12月30日のクマの色を調べてみてください。
「OTAKING SPACEPORT」にリンクしてもらったおかげだろう、いきなり60件近く、この日記にアクセスがある。 でも特にメールにも掲示板にも反応が全くない。 唯一ある人の日記に「辛辣だけど正論」と書かれていた。 ううむ、またか(-_-;)。 どうも私の文章、自分ではできるだけ砕けさせ、ふざけたように書いているつもりでも、人からは「マジメ」と捉えられてしまうことが多いのだよなあ。 唐沢俊一さんにも以前、「マジメな人だなあ」と言われちゃったし。 タイトルの「無責任賛歌」の名が泣くよなあ。 思わずしげに、「俺ってそんなに正論吐き野郎か?」と聞いたら、即座に「うん」と頷かれた。 くそう。 でも私よりも死んだ母親の方がよっぽどイヤミな正論吐きだったんだがなあ。 何しろ本気で「私は今まで正しいことしか言ったことがない」と言い切ってたのよ。 でもしげは「かあちゃんが言うと納得するけど、あんたが同じこと言っても納得できない」なんて言いやがる。 お袋と私のなにが違うというのだ。 年季。 そうですね。はい、すみませんでした(`´メ)。
マンガ、加藤四季『高校天使』3巻(完結)。 雑誌のマンガとマンガの間のつなぎのような四コマってのが昔から結構好きだった。 これなんかも絵ははっきり言って相当ヘタなんだが、ともかく30半ばで童顔で中学生にしか見えず、精神年齢も中学生並の小松先生のキャラクター造形が秀逸。 要するに小松先生に振り回される周囲のドタバタがメインなんだが、それに巻き込まれつつも小松先生への愛を貫く元ヤンキー娘のしょう子さんがいじらしい。 3巻で終わるのは惜しいけど、連載年月で言えば軽く5、6年は続いているのだ。作者がまた次の作品を書かせてもらえるかどうか分らないけど、出来れば第2作、第3作と書いていってほしいなあ(花ゆめのこういうコママンガ出身の人はレディースに流れること多いけど、この人の絵柄じゃ無理っぽいし)。
CS時代劇チャンネルで『柳生武芸帳 双龍秘剣』(1958・東宝)。 以前持ってたビデオはスタンダードにトリミングしてたのだが、今回録画したのはシネスコ版そのまま。やっぱり殺陣もシネスコを前提に撮られているので迫力が違う。 でもこの東宝版、東映版の近衛十四郎の十兵衛シリーズとは全く違う展開なんだよなあ。第一、十兵衛が脇役でしかも死んじゃうし。 しかし先日見た『地球防衛軍』のコメンタリーで「このころの東宝映画はみんな踊る」って樋口監督が言ってた通り、この映画でも岡田茉莉子が踊ってる(^^)。でも伴奏の間の山節を歌ってるのが上田吉次郎だよ、あのダミ声の(知らないってやつは黒澤明の『羅生門』すら見てないってことだな)。 『疾風! 鞍馬天狗』でも妖術使いの坊主を演じていた上田吉次郎、ここでも似たような役で岡田茉莉子を虜にしてるのだな。なんてオイシイ役だ。 鶴田浩二と三船敏郎の共演という豪華なキャスティング、伊福部昭の勇壮な音楽にもかかわらず、なんだか散漫な印象になっちゃってるのは、全体的にメロドラマの要素を入れすぎたせいだろう。 女が邪魔。ラブシーンに伊福部音楽は合わないよ。
パソコンの前にこないだゲーセンで取った「グレイ(←宇宙人のほうだ)の逆回転時計」や、ガチャポンのウルトラマンコスモス、アボラス、クール星人、ワイアール星人なんかを並べてるものだから、またぞろしげが「邪魔」と怒る。 「ちょっとくらいなら鑑賞しててもいいけど」 と言うので、 「ちょっとってどのくらい?」 と聞くと、 「二、三日」 普通、こいのぼりだって数週間は出してるぞ。セコイことばかり言うなよ(ーー;)。
| 2001年06月25日(月) |
1時間日記(^_^;)/アニメ『名探偵コナン』オープニング |
うひゃあ、しげが仕事に出かけたあと、つい布団に横になったらそのまま落ちちまった。 マジで疲れてるぞ。早く休みたい。 というわけで仕事から帰ったのが7時半、寝たのが8時半なので、書くことが1時間分しかない。 仕事中の余談を書こう煮もここんとこホントに真面目に仕事をしているので(普段はしてないのか)あまり書くわけにはいかないことばかりだしなあ。 本だって読むヒマなかったし。 あ、福岡は今日も雨です。蒸し暑いです(^_^;)。
テレビで『名探偵コナン』見て、昨日の日記の追加をして、やったのはそれだけ。昨日のニュースも知らない。 かと言って、今更『コナン』についての感想なんて、「またこじつけのトリック考えやがって」以外にないぞ。 あ、そうそう、この四月からオープニングが以前の「踊るコナン」から各キャラクター中心のものに変わりましたが、相変わらず憂いに沈む表情を描かせたら作画監督の須藤昌朋さん、原作者の青山剛昌さんより各段にうまいんですよねえ。というか、青山さんは空くまであれを「少年マンガ」の枠からはみださせたくないのだろう、蘭ちゃんの孤独な表情ってほとんど描かないのね。「いつでも新一を信じて待ってる」って。 でも、アニメ版のオープニング、エンディングでしばしば描かれる蘭ちゃんは、「なぜ私の前に現れてくれないの? 私はいつまで待たされるの?」という伏目がちで何かにすがるような切ない表情だ。……こっちの方が自然だよなあ。 だから『コナン』の最高傑作はいつもOPとEDなのである(←まあ大抵のテレビアニメがそうだったりするけど)。 あ、でも本編についてもひとこと言うなら、外国人キャラクターにちゃんと外国人の声優をアテていたのは立派。世間知らずの私はよく知らない人たちだったけど、もしかしたら有名人のゲストかもしれない。 日本人の声優さんがよく「外人のフリ」をすることあるけどさ、故・藤村有弘さんの中国人のマネみたいに芸になってる例って少ないんだよ。 「オウ、ワタ〜シ、ニポンゴワカリマセ〜ン」 みたいなアホらしいもの。そんな喋りかたしてる外人、ホントにいるのかよ。
岡田斗司夫さんのホームページ『OTAKING SPACEPORT』に6/23日の日記の『フロン』の感想をリンクしてもらった(期間限定)。 ああ、しかし「こんなこと書きましたよ〜」とお知らせはしたけど、まさかホントにリンクしてもらえるとは思いもせなんだ。こんなことならもっとマジメに書いて、誉めときゃよかった。結論もおざなりだし、ちょっと恥ずかしい限りである。 実はあれ、内容を相当カットしてるんだよねえ。 最初書いた時に既定登録枚数の原稿用紙20枚分を軽く越えちゃったらしいので、しげとの会話部分なんかを削ったのだ。 だからなんで私ゃそんなに書きたがるかな。実際調子に乗れば20枚程度を2、3時間で書くのは苦痛でもなんでもないのである。 しげが「原稿早く書け!」とせっつくのも宜なるかな。
と言うわけで今日はホントに短縮版。読みやすいでしょ?(^^)
| 2001年06月24日(日) |
マンガ読みのマンガ知らず/DVD『地球防衛軍』ほか |
新創刊の週刊マンガ誌『コミック・バンチ』が青年誌としては画期的な部数(70万部くらいだったかと思う)を記録したと言う。 いったい誰が読むんだという意見を以前、この日記に書いたが、実際に読んでる人が継続しているということなら、それはそれで不況に喘ぐ出版業界が少し活性かしたということでもあるので喜ばしいことだ。 『北斗の拳』や『シティー・ハンター』のパート2にどんな魅力があるのかと揶揄したのも、私にマンガの魅力を見る目がなかったということになるのであろう。一般的には。 でもやっぱり面白くないんだよねえ。 いや、もともと『ジャンプ』の従来のヒット作については、鳥山明を除けば私は全く興味が湧いていなかったのだ。『リングにかけろ!』『キン肉マン』以降、ストーリー的にも作画的にもヘタクソとしか言いようのないマンガが続々とヒットを飛ばしていて、かつては永井豪、ジョージ秋山を擁し、星野之宣や諸星大二郎を世に送った雑誌の質がどうしてここまで落ちるものか、と愕然としていた。 年1回の愛読者賞でも、作品として完成度の高いコンタロウの『東京の青い空』や江口寿史の『GO AHEAD!』なんかが2位以下に留まり、池沢さとしの『誓いのチェッカー』とか車田正美の『リングにこけろ!』なんて手抜きマンガが受賞するような状況にあって、『ジャンプ』の読者って馬鹿ばかりかと憤慨していたものだった(後に愛読者賞は廃止されるが、これは価値のないマンガが連載作の人気のみで受賞してきた結果だろうと思う)。 今、冷静になって考えてみれば、それはマンガドランカーとなってしまった私のいしかわじゅん的偏愛のなせる感想にすぎないということにも気がつく。例え完成度が低くとも、破天荒なエネルギーを発散していたそれらのマンガが読者層を広げた功績は否定できないからだ。 それでもやはり私はまだ首肯し難い。 例えば私は「つまんねえな」と思いつつも、そこにマンガとしての面白味が少しでもあれば『キン肉マン』だろうが『キャプテン翼』だろうがともかく読みはする。しかし、これらのマンガを本気で面白いと思ってる連中は他のマンガを一切読まないのだ。 そして大人になれば「いつまでもマンガでもねえしな」と「卒業」していく。 ……それはホントにマンガファンか? そのマンガを本気で好きだったと言えるのか? そんな一過性のファンにしか読まれないマンガを送り出していくことが、本当にマンガの将来を考えることになるのか? 『リンかけ』あたりから始まった「やおい」読者の少女たちに対して私がやや批判的になってしまうのも、その辺に理由がある。 『聖闘士聖矢』の氷河や瞬、『幽遊白書』の飛影や蔵馬、『るろうに剣心』の剣心や左之助にラブシーンを演じさせている少女たちは、見事なくらいに他のマンガを読む力がない。自分たちの読んでいるマンガの魅力を他人に語る術すら持ってはいない。「やおい」がいけないと言っているのではなく、もともとマンガファンでもない者がマンガファンのフリをしている状況が、マンガの未来を狭めていると言いたいのだ。 『コミック・バンチ』が人気、というのもどうにも宣伝臭さを感じる。本当に売れているなら、なぜ創刊1ヶ月を経てテレビCMを作る必要があったか。その時期のズレが気になるのである。
疲れが溜まっていて朝起きられず、テレビ番組も殆ど見逃す。 朝方、父から電話がかかった時(冷蔵庫の調子を心配しての電話であった)だけ目覚めたが、練習と仕事が連続しているしげとは一日会えず。 おかげで日記のネタがない(^_^;)。 日記と同人誌の原稿書きで1日を過ごす。体重は83.4キロ、昨日よりちょっと下がったが、82キロ台に戻すにはまだまだだ。
夕方、外出して生ビデオテープを買いこむ。買い損なっていたマンガを、博多駅のメトロ書店で探し、何冊か見つける。 帰りにザ・めし屋に寄ってチキン南蛮と筑前煮にワンタンスープ。今日の食事はこれだけ。これで明日も太ってたら泣くよ。 今日はようやく晴れたので、散歩に出ようとした瞬間、また土砂降り。 とことん雨に祟られるなあ。
絵本、たかはしみき『こげぱん パンにも出会いがあるらしい…。』。 『こげぱん』シリーズ第3弾。 キャラクターグッズの絵本化にもかかわらず、いい出来なんだよな、このシリーズ。 たれぱんだよりもだんご三兄弟の流れにあると思うんだよね。「こげぱん」って。更には意外なことに正統的なメルヘンの流れに位置していたりするのだ。つまりは「永遠」の物語。 だんご三兄弟もほったらかしてたらカチカチになるが別に死なない。 こげぱんもこげたまま売れ残ってるけど別に腐らない。 ふてくされてもすねててもこげぱんはこげぱん。まあ人生そんなもん。
マンガ、八神健『ななか6/17』2巻。 時折6歳のななかが、17歳に戻る瞬間を作っているのはいい演出だ。 果たして17歳のななかは6歳に退行している時の自分を認識しているのか? 完全に意識が戻った時、ねんじとの関係はどう変化するのか? など、読者の興味を惹く方法として実に効果的。 今巻は更に雨宮さん(名前がゆり子と判明♪)のオンステージでもあり、すっかりフリークになってる私は大満足なのであった。 でもネタ的にもう面白そうなエピソードは使い果たしちゃったような気がするなあ。あまり引かずに5巻くらいで終わった方がまとまりよくなると思うんだが。
マンガ、北崎拓『なんてっ探偵アイドル』4巻。 毎回同じ感想しか書けないのになぜ毎回買うかな(^_^;)。 だからトリックが成り立ってないってば。 もういいっスよ、ミステリがどうのこうのじゃなくて、トリコロールの三人娘のエッチなポーズ楽しむのが目的で見るってコトでいいから。
DVD『ウルトラQ』2巻。 『ペギラが来た!』、ヒゲの越冬隊員の声を内海賢二がアテてるが、これもクレジットなし。声優に対して全く無頓着なのは時代のせいもあるかもしれないけど、こうやって現在復刻してるのに、なぜ改訂しないかな。 しかしペギラはいつ見てもいいなあ。 『育てよカメ』、中川晴之助作品は今見返すとなんだか切ない。子供を主人公にしたブラックユーモアがこの監督の持ち味なんだが、それより何より、主役が子供だと私のココロはこの昭和40年代に容易にタイムスリップしてしまうのだ。 大泉滉みたいな先生もほんとにいたし(^^)。 『SOS富士山』、先日亡くなった金井大が警官役で出演。このころから印象が変わってない人だったんだなあ。でもよく見ると野生児タケルの服、きちんと縫われている。……金井大に縫ってもらってたのか?(^o^) 『甘い蜜の恐怖』、モングラーを巨大化させてたのは「ハニーゼリオン」という名前になってるが、撮影時の名称は「ラゼリー・B・ワン」という名の薬品。もちろんこれは『ウルトラQ』の提供がタケダ薬品になったためのやむない変更だが、だからよく見ると、アフレコでは「ハニー」と言ってるのに口の動きは「ラゼリー」のまま。 これも有名な話だけど、ラストの火山爆発は『空の大怪獣ラドン』のフィルムを流用したために、よく見ると炎の中に羽ばたくラドンのハネが見える。おいおい、モグラにいつハネが生えたんだ(^O^)。 円谷英二が妥協を許さない完全主義者だったってのはやっぱりただの伝説だと思うな。
DVD『地球防衛軍』。 特技監督、川北紘一と樋口真嗣の対談コメンタリーがなんと言っても白眉。 樋口真嗣の映画へのツッコミが激しく、それに対して円谷英二を信奉する川北紘一が「なにを言っとるんだこいつは」とムッとしながら、なんとかその感情を抑えているのだけれども、結局は怒ってるって様子が声の端々からわかるのがもう楽しくて(←悪趣味)。 樋「なんでこの当時の映画ってみんな踊るんスかねえ? そういう時代?」 川「……かねえ」 樋「モゲラって迷子になってただけなんじゃないスか?」 川「……」 特撮の専門用語をいちいち字幕で説明してくれるのも嬉しかった。
しげ、夜中の1時に帰宅。 「疲れた疲れた草臥れた」とウルサイのでどうしたのかと聞くと、練習のあと志賀島までみんなで遊びに行ったんだとか。 そりゃ疲れるに決まってる。そのまま仕事だと分かってて遊んでるんだから同情なんかしてやんないのだ。
| 2001年06月23日(土) |
愛のバカクサ物語/『フロン』(岡田斗司夫)/DVD『ウルトラQ』1巻ほか |
ひいいいい! た、体重が83.8キロぉぉぉぉ! 恐るべし、お好み焼きパワー! わずか一日で1キロも太らせるとは! ここ四、五日、雨続きで、夜の散歩ができないでいるけど、その分、雨合羽着て汗だくで自転車通勤してるからそう増えはすまいとタカを括ってたんだがなあ。 ああ、でも今日も大雨。 私もそうだが、この休日、世間はみんななめくじになっていることであろう。 昨日の日記に書き忘れてたこと。 父の日のプレゼントは、昨日しげが私から奪い取っていったオカネでお風呂セットを買って持っていったそうである。 そのときの親父の反応を知りたいとは思ったが、人の顔色を読み取ることのできないしげは全然説明できないのだった。
岡田斗司夫『フロン』読む。 近所の本屋を探しまわって全然見当たらなかったのに、博多駅の紀伊國屋と、天神の福家書店にはしっかり平積みで置いてあったのだった。 「先に読ませて!」とタダをこねていたしげは、昨日のうちに読んでしまっていた。 今日、私が読み終わったところに、てぐすね引いて待ちかまえていたかのように、「ねえ、面白かった?」といかにも疑問、と言った面持ちで聞いてきたので、かえって私はキョトンとしてしまった。 私はてっきり、しげは『フロン』を読んでいろいろ共感するところも多かったのではないかと思い込んでいたのだ。実際「オンリーユー・フォーエバー症候群」の権化みたいな女だし。 「女が全部そうだってのは納得するんだけど」 という前置きをした上で、しげは言うのだ。 「なんでこんなに特殊な女しか岡田さんの周りにはいないの? アンケート取ったって言ってるけど、ヘンな例しか挙げてないんじゃない?」 ……そう思うのはお前が特殊だからだ、と心に思いつつ口にも出したのだが、実はしげのその指摘、間違っていなくもない。
実際、この本に載ってる女性の意見、まともに考えたらツッコミ入れやすいこと。 「本当に結婚という制度は私を幸福にしてくれるのだろうか?」 結婚はもともと幸せになるための手段ではありません。私だって、しげに対して「幸せにするよ」なんて言ったことは一度もないです。あなたはユメを見ているだけです。早く覚めなさい。 「子供はほしいけど、結婚してうまくやる自信がない」 養子を持ちなさい。自分の血を分けた子供でないとイヤなら「えっちはしたいけど妻と子供が付いてくるのはいやだ」という男を捕まえなさい。 「いい母親になれる自信がない」 ならなくていいです。 「結婚したら生涯、他の人を好きになってはいけない。だから自分は結婚などできない」 しなくていいです。 「飽きっぽい私に結婚など不可能」 だから誰もあんたに結婚してくれなんて頼んでないよ。 「結婚しても他の人を好きになるのは止められない。いったいどうやって今現在結婚してる人はそういう衝動を抑えてるのか。その秘密を知りたい」 秘密なんてありません。そんな衝動がある人は普通結婚しません。してもやがて別れます。なんでそこまで結婚したいのだ。しなきゃいけないと思いこまされてるのか。それとも貴様は「結婚して夫からお金をもらって、その金で他の男と浮気したい」と考えてるのか。 馬鹿。
特殊な例ではない。 女性に幻想抱いてる男性諸君、これが女の真実なのだよ。 世の中の大抵の女が「どんな最低な男よりもレベルが低い」とは宮崎駿も断言している事実なのである。 おっと、こういう言い方はまた誤解を招くな(^_^;)。 でも、男に依存するあまり自分の不幸の原因まで男のせいにする女が多いのは事実だと思う。 岡田さんは「現代の結婚は女が不幸になるように出来ている」と言うが、そんな女しかいない世の中でその女に育てられ、そんな女と結婚させられる男のほうだって充分不幸だと思うなあ。
「こういう意見が出る、という状況がいかに根源的で深刻か、いかに私たちの幸せを大きく左右するかに気がついた私は、『この問題を本にしよう』と決心しました」と岡田さんは本書の執筆動機を語っている。 つまり「こういう馬鹿女をはびこらしたのは今の社会を作ってきた馬鹿男の責任でもあるから、なんとかせんといかんな」ということであるわけ。 結論として導き出される「家庭から夫をリストラせよ」ってのが、「男が自由で女が子育て全部しなきゃいけないなんて女に不利じゃん」って見られちゃうかもしれないけど、「リストラ」ってのは「無能を雇う余裕はない」ってことなわけでしょ? 社員が二人しかいない会社で片方が足引っ張ってたらその会社が潰れるのは当たり前じゃないの。「無能な男に頼るな。自分の頭で考えて自活せいや、この馬鹿女」って言ってるのと同じなわけです。
実はウチの親、岡田さんの言ってる男のリストラ、もう三十年も前に実行してたようなもんでね。 実家は床屋なんだけど、私が子供の頃、夫婦にありがちな「離婚の危機」に発展したらしい。でも商売人の離婚ってのは、即、売上に響く。世間体とかなんとかより、そっちの問題の方が大きかった。 でどうしたかと言うと。 床屋の支店開いて、それぞれに独立したんだわ。 会計も何もかも別。もっとも片方の店が忙しくなったら、私が留守番して、本店と支店を行ったり来たり。 いやもう、子供のころはその留守番のために一日に何度も両方の店を自転車で往復させられてたんだけどね。……そうなのよ、本店と支店って、距離が100メートルしか離れてないの。 でもこれだけで夫婦の危機が回避されてたんだから不思議なもんだ。 実の所、お袋の方の店は経営が苦しくて、また「女の店か」と客に馬鹿にされることも多くって苦労もしてたらしいけど、それでも自立する道をお袋は選んでた。そしてその苦労を親父には一言も愚痴らなかった。 お袋が死んで跡を姉が継いで、親父も自分の店をたたんで姉の店を手伝うようになったんだけど、そのときになって初めて親父のやつ、過去の家計簿見て「あれはこんなに苦労してたのか」って気付きやがった。
そうだよ。覚悟もなしに結婚も離婚も出来るわきゃないのだ。 男も女も「愛情」なんかで結婚が続くと思ってるようなガキな発想はいい加減捨ててもらわなきゃ後の世代が苦労する。 ある意味、岡田さんが21世紀の今になってもまだこんなことを言わねばならないくらい、戦後60年近く、世の大半の男女は自分のアタマでものを考えることを放棄してきたと言えるのだ。
でもここまで言いきっちゃうと、例えばしげなんかは物足りなさそうに「でも『愛情』がオマケについてきたほうがいいじゃん」なんて言い出すのだ。 そりゃ、オマケについてくるのが金のエンゼルならいいけどね、銀のエンゼルどころか、「毒入り、食べたら死ぬで」ってやつばっかりだったら誰も買わんでしょう。 あのね、結婚と愛情は別とか、岡田さんは優しい言い方してるけどね。結婚に愛情は「毒」なの。 愛情以上の「意志」と「覚悟」と、それに「運」がいるのよ。
しげはね、私が浮気一つしない亭主なもんだから気がついてないんだけどさ、世の中のたいていの男は自分に言い寄ってくる女が五人いれば五人とも付き合いたくなるものなのよ。これだけでも「愛情」が「毒」だってこと、解るじゃないの。私を除けば身近にいくらでも例はいるでしょ。 だからたいていの女は男の浮気グセに悩まされることになるよねえ。特殊でもなんでもない。しげは多分「じゃあ最初っからそんな男と結婚しなきゃいいじゃん」と思うかもしれないけれど、そんな男しか世の中にいなけりゃ、どうしたって不幸になるのが女の「運」ってことにもなるのよ。
要するに男も女も馬鹿だから不幸になるの。
『フロン』のサブタイトルは「結婚生活・19の絶対法則」となっているけど、これはもちろん、岡田さんお得意のハッタリ。表記通りに鵜呑みにしちゃあいけない。今まで述べてた通り、岡田さんが提示した「夫のリストラ」ってのはこれを読む馬鹿女の頭脳レベルに合わせた「救い」のサンプルにすぎないのであって、結局どんな家庭を作るかってことについてはこの本の100ページに「じゃあ自分はどうしようと考えて見ることが必要」とちゃんと書いてる。 かと言って、岡田さんが読者の女性を「本気で」馬鹿にしているわけじゃない。岡田さんの発想は、「教師」なのである。もっと簡単に言えば「啓蒙家」。 「世の中の人は、こうすれば物事がうまくいくのにどうしてこうしないのかなあ」と気付いたら、それを「教えて」あげなければ気がすまない。ともすればその言質は「こんなことも知らないの?」的優等生の発言になってしまって、説教めいてしまうものなので、劣等生が読んだらムッとくるところも多いのだけれど、「馬鹿にされた」と思うのは劣等生の被害妄想。 優等生ってのは別に劣等生を「フフン」と鼻で笑ったりはしてないんだよね。ホントに単純に、「どうしてこんなこともわかんないの?」と思うだけ。 でもそう言う誤解を招かないように、「一緒に考えましょう」的な論理展開をするのが「教師」の方法。 「私が考えた理論」ってのならイヤミに取られるけど「結婚には法則がある」と言えばそれは自分の埒外のところにあることになるので、読者も拒否反応が少なくなる。これも「教師」の方法。 さすが『ぼくたちの洗脳社会』の著者である。 この辺の商売感覚は本を売る上では、あって当然のものだ。別に悪いことじゃない。
もともと結婚の絶対法則なんて、「法的に結婚している」事実があるだけで他に法則があるわけもない。歴史的、世界的に形態は異なれども、男と女を結びつけるシステムを社会は常に必要とし続けてきたのだ。簡単に言ってしまえばそこには「男女がくっつく」結果がありさえすればいいので、愛だの義務だのそんなのはあとづけの理論でしかないのだ。だから「結婚」という形態だってホントはいらないんだよね。 にもかかわらず我々が往々にしてその「愛」が先にあってその成果として「結婚」があるように錯覚してしまうのは、そうじゃないとなんで二人がくっついているかうまく説明できなくて自信がなくなっちゃうからなんだろう。 あるいは「打算」と「悪意」と「妥協」と「世間体」で結婚していると自覚したくないからかも? 打算のなにが悪い。 打算のない人生があるとでもいうのか偽善者め。 現実逃避してるくせに現実の苦労を愚痴るな、馬鹿。
家庭の問題の大半は、「他の家庭」と比較して身の不幸を感じてしまうことから生じている。 私も今までに別れたカップルってのをいくつも見てきてるけど、たいてい別れる前に私に言うんだわ。「有久さんとこがうらやましい、夫婦仲良くて」って。 もう、オタク道ひた走りの私と、家事も何もしないヒステリー女のしげを見て、そんなタメイキが出るくらいだから、これはもう最悪だ。 他人の家庭は比較するものではなくて観察して楽しむものだ。 ましてや「サザエさん」みたいな家庭とか「しんちゃん」みたいな家族が理想、なんて語るやつは逆さ吊りにしてサンドバッグ代わりにぶっ叩きたくなるな。
岡田さんもチクリチクリとは皮肉を言ってるんだよね。 現代社会は「自分の気持ち至上主義」であるって。 でもそれって「ワガママ女に『お前はワガママだ』って言っても聞く耳持たないのは解り切ってるから言葉を変えた」ってだけのことだ。 リストラした夫に金を要求することを許すほど、女のワガママを認めてるわけじゃない。
ともかく、変えていかなきゃ困るめんどくさい社会システムはゴマンとある。 この本は、「結婚してない男女、浮気している夫婦、離婚した夫婦、子供のいない家庭は精神的に何かが欠落している」という偏見というか幻想を吹き飛ばすための岡田さんの、「オタク認知洗脳運動」に続く第2の戦略なのである。
ま、確かにこういう戦略中に『クレヨンしんちゃん』を誉めきれない岡田さんの立場もわかるわなあ。 でも、あれも「家族」の一形態にすぎんので、それはそれとして考えてりゃいいとも思うけど。どうもあれをただのエンタテインメントとして思いきれないものがみんなの心の中にあるのだよなあ。
仕事を半ドンで切り上げて、天神を回り、ベスト電機と福家書店に寄る。 今月から来月にかけてほしいDVDや本が目白押しなので絞るのに苦労をする。見たり読んだりする時間だってそうそう捻出できんのに。
マンガ、雷句誠『金色のガッシュ』1巻。 新人さんらしいがこれが初連載というわけでもないらしい。 あはは、現世における魔王決定戦って、つまり『魔女っ子メグちゃん』だな。もう最近はこういう「懐かしさ」の感じられる漫画の方が好きになってきてるなあ(昔はマンガはもっと先鋭化していいと思ってた)。 たった1巻だけど展開が早い早い。 主人公の少年のところに大鷲に乗って謎の子供(ガッシュ)がやってきて、電撃を吐いて少年のピンチを救って、ヒロインの女の子が銀行強盗に捕まったのも助けて、第2の謎の子供が現われてガッシュと戦って、更に第3第4の子供が現われてその子たちが魔物の子であるとわかって……。 要するに人気がなくて打ちきられるかもしれないので、描きたいことはどんどん描いとこうと思ったのだろうけれど、おかげで面白い。 シリアスな展開の間に挟まるギャグも惚けてていい。 ケンカから逃げようとした主人公の清麿、自分を助けに来てくれると信じるガッシュ、そのときのセリフが「清麿が今来ないのはウンコをしてるからだ!!! きっと、きっと太い、そう、アナコンダよりも太く、金魚のフンよりも切れが悪い、最悪のやつだ!」は良かった。 でちゃんと、「誰がそんなウンコするか!」と清麿が出てくるのも定番だけど、こういうベタなギャグもタイミングがうまけりゃ笑えるんだって。 『少年サンデー』ここんとこ気を入れて読みたいマンガが少なくなってきていたので、これはなかなか買いかも。
DVD『ウルトラQ』1巻、LDボックス持ってるのに買っちゃいました。 いや、つい二、三日前まで、買う気は全くなかったのだ。 でも『キネ旬』7月上旬号で「特典映像よりもオリジナルのクォリティの再現を第一に考えた」って紹介されてたんでねえ。 「保存されてたフィルムを見付け出し、ブラッシュアップして新たにテレシネがかけられ、さらにデジタル化された映像をレタッチしてキズが取り除かれ、色調を統一した」って書いてあるけど機械オンチの私には意味が全然解らん。誰か説明してくれ。 要するにすごい画質、音質になってるらしい。 で、見てみたのだ。
……凄いよ、由利ちゃん! アンタがこんなにかわいかったとは!(女見てねえで怪獣見ろよ)
一部にまだ傷は残っているものの、少なくとも以前見たビデオ、LD版と比べて各段に画質が向上していることは事実だ。いやあ、モブシーンの服のシワや背景の小石まで鮮明に浮かび上がって見えるぞ。 逆にゴメスなんかはキグルミの細密な状況までわかるので、そこは作りものっぽくて不利なのだが、ナメゴンは逆に合成の妙ともあいまって、そのぬらぬら感といい、巨大怪獣が襲ってくる恐怖をヒシヒシと感じさせてくれる。 ああ、この『宇宙からの贈り物』が『鉄腕アトム・ゲルニカ』の二番煎じじゃなけりゃ、もっと評価するのになあ。 今見ると、多分脚本か編集のミスだろう、製作第1話の『マンモスフラワー』では、お堀端の怪物体の調査もすんでいないのに一の谷博士が「植物」と決めつけてたり、命名される前に「マンモスフラワー」と怪獣を呼名するシーンがあったり、ミスは随所にあるのだが、それでもそれ以前の実写版『アトム』やら『月光仮面』、『快傑ハリマオ』に比べたら脚本も映像演出も格段の違いがある。 と言うか、これを越える特撮SF番組は未だに日本では生まれてないのではないかという気がしてならない。
封入のパンフも佐原健二氏のインタビューや当時の時代背景など充実しているのだが、スタッフ・キャストについての調査などは未だにきちんとなされていない。東宝の特撮DVDシリーズは可能な限りこれをやってるのに、こういうのを特典映像としてつけてくれないと、マニアはなかなか納得しないものなのである。 『ゴメスを倒せ』のジロー少年の声、小宮山清がアテレコしてるっていい加減でどこかに書いとけよ。マニアの口コミだけで知られてるって状況は恥だぞ。 後、先着限定の店頭プレゼント(オープニングパラパラマンガ、怪獣大相撲、フィルム栞、新聞式の紙袋)もあるので、買われる方はお早めに(^^)。 でも、「紙相撲」、怪獣がガラモンとケムール人なのはいいとしても、あとがカネゴンとM1号というのは納得いかんぞ。身長が違うではないか。
さて、新作のウルトラシリーズ『ウルトラマンコスモス』、脚本監督がこの『ゴメスを倒せ』の脚本や『2020年の挑戦(ケムール人)』、『虹の卵(パゴス)』演出の飯島敏弘監督である。「少年とウルトラマンの友情ものかあ。臭くなりそうだなあ」と心配していたのだが、『キネ旬』のインタビューでは、「少年とウルトラマンの関係が希薄なのが狙い目」と言っていた。これは意外と拾いものになるのかも?
あともう一つ『キネ旬』で気になった記事。 あの『恐怖奇形人間』で江戸川乱歩『パノラマ島奇談』『孤島の鬼』を合体映画化した我等が石井輝男監督が再び乱歩世界の映像化に挑む。 題して『盲獣VS一寸法師』!
……ぶわはははは! いやもう、できる前から珍品ができると保証つきの超B級なたいとるだねえ。 これはもう乱歩フリークならずとも、映画ファンを自認するものならば見るしかない大傑作になるであろう。 いや、またぞろお蔵入りして幻になりそうだって意味でね。 主演が『サウス・パーク』キリスト役のリリイ・フランキー、他のキャストは映画監督の熊切和嘉、手塚眞、中野貴雄で占める。……明智は誰が演じるんだ?
深夜、CS時代劇チャンネルで『大菩薩峠 完結編』(1959・東映)を見る。 机龍之助が死んだ息子の幾太郎の名を呼びながら濁流に巻き込まれるところで終わってるけど、これ、原作じゃ全20巻のうち2巻目までの映像化なんだよね。 だから机龍之助、あそこで死んでません(^_^;)。 何度も大河ドラマ化が企画され、そのたびにスケールのデカさゆえにボツってる、時代小説至上最長にして最大の傑作だから、映画を見てみたい、原作を読んでみたいという人もいるでしょうが、ともかく膨大な原作で、あれからが長くてしかも作者の死によって未完になってると言うことは知識として知っといたほうがいいと思う。 でも今どきはタイトルすら知らないという人も増えたかな? けど、『大菩薩峠』がなかったら、後の時代小説や映画におけるダーク・ヒーローの系譜、『眠狂四郎』も『仕掛人梅安』も『壬生宗十郎』も生まれなかったに違いないのだ。 誰が言ったか、時代小説の三大傑作は、国枝史郎『神州纐纈城』、白井喬二『富士に立つ影』、そして中里介山『大菩薩峠』。多分これに異論を唱える人はそうそういまい。 ああ、こんなことも昔は常識だったんだけどなあ。みんなもっと時代物も読もうよ。
| 2001年06月22日(金) |
冷蔵庫は8年で買いかえるものだそうな(電器屋談)/『ななか6/17』1巻(八神健)ほか |
さて、久々に職場でのことを書く。
ちょっとビックリしちゃったことなのだが、今年、チームを組んでる同僚二人が、なんと私と同じ高校の出身者だということが解ったのだ。 なんつーか、私ゃヒトの経歴とか全く気にしないタチなんでねえ、今までそんなこと気にもしてなかったんだが、私が以前お世話になった同じく同門のある人が、私のことを気にかけていろいろ喧伝してくれてたらしい。 その同門の同僚の女性、「偶然ってあるものねえ」と仰ってたが、私の驚きは学閥だのなんだのそういう小うるさいことを全く無視しているのに、気の合う人が大抵同門だったりする、という偶然が今までの人生の中であまりに多い、ということだ。 偶然なのか? それともやはりウチの高校にはある種の「校風」というか「伝統」があって、その流れの中にあって共感し合えたということなのか? 確かに在校中、誰もが「ウチの校風は『自由』だ」と思っていた。 かと言って校則がなかったわけでもなし、とりわけウチだけが特別だと思っていたわけでもない。 でも確かに、オトナになってみて他の高校の状況を知るにつけても、ヨソはなんでこうしがらみが多いのか、ということには気付くようになっていったのだ。
例えばウチの高校、教師がよく出張になると自習になってたんだよね。 普通、他の高校は自習はさせない。必ず、誰か代理の教師が授業に来る。空き時間を作らない、というのが普通の高校のタテマエだからだ。 でも、ウチの高校の場合、それどころの話じゃないんだよね。その自習が5、6時間目だったりすると、学校を早引け出来ていたのだ。 なぜそんな自由が許されたのか? 簡単である。 自由にやらせたほうが、生徒が勝手に勉強したからだ。 「教師に教わるより自分で勉強したほうが実力がつく」 それがウチの高校の出身者のコモンセンスであったのだ。 もちろんその「勉強」ってのが「学校の勉強」ってものよりも多少幅広く捉えられてた面はあるけれども(^o^)。
その同僚の女性Kさんとの、今日の会話。 K「(読んでた本に「紅」という字があるのを見つけて)紅、紅、紅。紅孔雀」 私「ま〜だ見ぬ、く〜にに、住〜むとゆう〜♪」 K「おっ、昭和30年代だね。何年生まれだっけ?」 私「37年です。Kさんは?」 K「……36年」 ……サバ読んでるなあ(^_^;)。 でも、女性に年齢を聞いても失礼にならないのもウチの校風なのである。 しかしまさか『紅孔雀』ネタで職場で盛りあがれる日が来ようたあ、思いもしなかったぜ。
ちなみに私の宴会芸の持ちネタの一つに、「妖婆の魔術に翻弄される浮寝丸(『紅孔雀』の登場人物の一人で元祖美形キャラ。演じるは絶頂期の東千代之介!)のマネ」というのがあるが、やってみせても何のことか解らん人が多いので、披露する機会がないのが残念である。
仕事から帰ると、しげがえらく慌てている。 「ど〜しよ、冷蔵庫が壊れた!」 「はあ? なんで?」 「なんでって、私が壊したんじゃないもん!」 誰もそんなこと言うとらんわい。ただどういう事情なのか聞いただけなのに。 「ねえ、直して!」 「故障が直せるかよ、電器屋じゃないんだから」 「じゃあどうすれば!?」 「だから電器屋に電話しろよ!」 どうもパニックに陥った時のしげの頭の回転は半分以下に落ちるようだ。日頃がヒトの半分くらいの回転力だから、四分の一といったところか。 しげが電機屋に連絡している間に、冷蔵庫を確かめてみる。確かに電気が来ていない。 コンセントを確認してみたがネズミに齧られてる様子もない。 どこかで断線してるんなら、やはり部品を取り換えねばダメかもしれない。 電話を終えたしげが、ますます困った顔で問い掛けてくる。 「ど〜しよ、古い型だから部品がないかもって」 「それなら買いかえるしかないかなあ。もう10年使ってるしなあ」 金を使うことをとことんしぶるしげは、思いきり渋面を作っている。 「ともかく、冷蔵庫の中身を腐る前に片付けなきゃな」 で、冷凍食品のチキンを温めて食べようと、電子レンジに入れてつまみをまわしたのだが。
え?
電子レンジが、ウンともスンとも言わない。 思わずしげのほうを振り返る。 「……おい、これ、バッテリーが落ちてるだけじゃないのか?」 「……え?」 バッテリーのスイッチを確かめてみると、確かに台所のスイッチだけ、下に落ちている。 そのスイッチを上げた途端。
ウィ〜……ン。
故障なんかしとらんじゃないかあああ!
「お前、バッテリーが落ちたんじゃないかって最初に考えなかったのかよ!」 「え? だって天井の電気はついてたし……」
天井と台所の配線は違うに決まっとろうがあああああ!
腐っちゃいかんと思って、しげは冷蔵庫の卵を使いきって目玉焼き10個も作ってるし、私は私で牛乳ひとパック一気飲みしちまったし、これで太ってたらいったいどうしてくれる。
……一部のみなさまにはこの件でご心配もかけたようですが、事態は解決いたしました。 どうも申し訳ありませんでした。 お怒りの方々、しげのことはちゃんとシメときますのでどうかご容赦下さい。
唐沢俊一さんの日記はもちろん毎日欠かさず読んでいるのだが、21日(木)冒頭に「親父が死んだ程度でこんなに悲しいのだから、猫が死んだらどんなに悲しいか。」というフレーズがあって爆笑。 もちろんこれは、お父様が亡くなられて本当はお寂しいだろうに、それを読者に気遣わせまいとギャグにされているのであろう。 しかし、となるとこういう場合、笑った方がいいのかいけないのか。でもそんな風に迷うのは、たいてい笑っちまったあとである(^_^;)。 「死」をギャグにするのは古今東西のギャグの基本みたいなものなのだけれど、確かこのフレーズも落語か何かにあったような記憶があるんだが思い出せない。うーむ、隔靴掻痒。
で、落語と言えば、魔夜峰央『パタリロ!』である(^^)。 ついに今巻で72巻(落語ネタもちゃんと「寿限無」あり)。 「いったい誰が買ってるんだ」と突っ込まれることの多いマンガに『本気!』とかがあるが(^_^;)、『パタリロ!』も既にその一つであろう。もう既にエンドレスって気がしてくるよなあ。 いったん『花ゆめ』本誌で連載が終わった時、『鉄腕アトム』テレビモノクロ版の最終回のパロディネタで締めくくっといて、全く何気なく翌月から『別花』で連載再開した時には、「食えないマンガ家さんだ」と思ったものだったが、今回もなんと72巻目にしてパタリロのおばあちゃんが登場する。 今更(^_^;)。 『少年マガジン』で連載再開した蛭田達也の『コータローまかりとおる!L』でも今更コータローのかあちゃんが登場してたが、この長々々期連載で主役の身内が出てくるというパターン、最近はやってるのか。『こち亀』でもやりそうだし。 でもこういうの特に嫌いではない。多分、このばあちゃんも、あまた登場してきたパタリロの親戚同様一回こっきりの出演であろうし、今までもキャラクターとして使えなくなったときの魔夜さんの見切りのつけ方は潔くすらあったからだ。ザカーリしかり、ラシャーヌしかり、エトランジュしかり、警察長官しかり。 準レギュラーならまだしも、ほぼレギュラーに等しかった警察長官まで切ったときには、「ああ、この人は純粋に『ギャグ』が好きなんで、『キャラクター』でマンガを描くタイプではないのだ」と納得したものだった。 パタリロもバンコランもキャラクターが立ってるのでキャラクター主導タイプのマンガに見えるんだけど、それは方便なのだね。譬えて言うならパタリロは水道の蛇口なのであって、流れてくる水(ギャグ)の出口として機能しているだけなのである。 だから、実のところ、「守銭奴でがめつい」といったキャラクター設定も、実はしばしば無視されることが多い。あとからどんどん親戚が増えるのもそう言った理屈だろう。真面目にマンガを読んでる人には「設定が変わって整合性がなくなってる」と文句をつける向きもあろうが、『パタリロ!』に関してはそういう批判は野暮であろう。 でもオカマバー「東カリマンタン」がレギュラー化するとは予想もしてなかった(・・;)。 ああ、でも今巻で一番笑ったのは「やおいとはもちろん やめて おしりが いたい の略です」と言う身もフタもないギャグだった。 ……その通りじゃねえか。
マンガ、牛次郎・ビッグ錠『釘師サブやん 釘師見参!!』読む。 いやあ、懐かしい。なんたってパチンコが電動でなかった時代のマンガだ。 子供のころ、パチンコ好きの母親についてって、一生懸命「忍球玉バサミ」を練習してたのを思い出した。もちろんできるわきゃなかったのだが。 ビッグ錠の野太い線で描かれてるおかげで気付かれにくいけど、それまでマンガの対決ものと言えば野球や柔道、つまりはスポーツに限られてたのを、「パチンコ」という意表をついたものを持ち込んできた功績は大きいと思うのである。 何よりこのコンビ、グルメ対決ものの元祖である『包丁人味平』を少年ジャンプ」で連載することになるのだし。 つまり、マンガのネタで「勝負」に持ちこめないものはない、そのことを証明してくれた作品でもあるのだ。 つまりこのマンガなくして『ヒカルの碁』は生まれえなかった、とも言えるのである。 でも今度久しぶりに読み返してみて、何ページか欠落があるのに気付いた。「忍球玉バサミ」のアップのシーンなどがまるまる2頁ほど、抜けているのだ。 紛失かなあ。古いマンガだし、そんなことに気付かなかった編集者のせいかもしれない。 マンガ、八神健『ななか6/17』1巻。 ジャンプからチャンピオンに移った八神健の正統派「少女」マンガ。 実際、ここまで古き懐かしき少女マンガの王道を踏んだ作品というのも今時珍しい。 ひょんな事故から精神が6歳にまで退行してしまった17歳の少女・ななかと、彼女を守ろうとする幼馴染の不良少年ねんじ。 今どき「不良少年」が少女を守る話ですがな。『愛と誠』だね、全く。 でもね、実はね、何つ〜か、こういうストレートな関係提示されただけでもう、私ゃダメなんスよ。そういう基本パターンにどっぷりハマる体質になっちゃってるし。 だってね、幼馴染の二人がいてさ、女の子は子供の頃にお母さんをなくしましたと。 で、男の子のほうは悲しむ女の子を元気づけようと、アニメの魔女っ子になったつもりで「オトナになあ〜れ」と呪文をかけてやると。 で、「ほれ、これでもうオトナになったぞ、もう泣くなよ」と肩を抱き。 それから女の子は立派なオトナになろうと努力して努力して。 努力しすぎて嫌味な優等生になっちゃったと。 男の子の方はそんな女の子に反発して不良になっちゃったけど、女の子が退行しちゃったときに、初めて決意すると。 「俺が大人にならなきゃ、あいつを守っていけねえ」と。 王道というより「古典」だね、こりゃ。でもだからこの作品には今時のおしゃれ風なマンガにはない、「力」がみなぎっているのだ。 しかもちゃんと恋のライバルのピアノ少女、雨宮さんまで登場するんだけど、このキャラがモロ綾波レイ。『エヴァ』の残滓はまだこんなところに残ってたか(^^)。 これで私にハマるなと言うのは無理というものでしょう。
夜、鈴邑くんから電話。 先日録画したライブのビデオを取りにくるついでに食事に誘われる。 ううむ、ちょうどスパゲッティを食べたところだったのになあ。でもこういうお誘いには私もしげもとことん弱い。 結局お誘いに乗ることにする。 今日は愛上嬢は里帰りとか。ふなちゃんもいないので三人だけで平尾の「もみじ」という広島風お好み焼き屋へ。客が多くて30分ほどちょいと待つ。 チラシに地元のテレビ局に何度も取り上げられた旨、宣伝している。 なるほど、メニューを見るといわゆる「変わりダネ」が多い。 牛スジ焼きなんて歯に引っかかりそうだがなあ。 とりあえずこういうとき私は一番珍しそうなものを食べると決めているので、「キムチホルモン焼き」というのを頼む。 ……ウン、適度な辛さでうまいわ、これ。 つい満腹しちゃったけど、明日の体重が心配である(^_^;)。みなさん、あまり私を食事に誘わんでください。意志が無茶苦茶弱いんですってば。
ああ、全然短縮版になっとらん。なんで私ゃこんなに書きたがるかなあ。猿だね全く。 あ、今日の体重は82.6キロでした。微増。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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