無責任賛歌
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| 2001年05月17日(木) |
少しまじめな話/『コミックバンチ』創刊号ほか |
朝から突然、頭にキリで刺したような激痛が。 場所はどうやら右目の奥のような耳の奥のようなあたりなのだが、咳をしたり、頭を振ったり、天頂あたりを掻いたり、歯噛みしたりすると、ビビッとくる。 原因がよく分らないが、昨日耳かきをした時にどこかから血でも出したのだろうか。でももう一度耳掻きしてみても何も出て来ないのである。 なんだか怖いなあ、脳溢血の兆候かなあ、お袋もばあちゃんもそれで死んでるもんなあ、とちょっと恐怖。しげがしきりに「医者に行け」と言うが、脳溢血は医者で治る病気ではない。倒れて何時間の治療が勝負で、助かるかどうかはほとんど運である。しげのやつ、私が倒れても慌てるばかりで何もできないような気もするので、多分私は助かるまい。ホントに運だよなあ。 ただの耳の筋肉痛ならいいんだけど(そんなんあるのか)、もし私がいきなり死んだらしげのことは劇団のみんなによろしくお願いしたい。あいつは死体嫌いなので、下手をしたら私の死体をそのまま放置して、死体損壊の罪に問われかねないのである(←この辺マジね)。 葬式は一切しなくていい。親父やその親戚がなんと言おうと、役所の手続きだけで充分だ。骨もどこの寺にも埋葬する必要はない。許可が取れれば玄海灘にでも捲いてくれりゃいいのだ。 誰かが文句言ってきたら、この日記を見せてほしい。 私の葬式を出そうなどという人間は、たとえそれが私の肉親であっても、私の敵である。そのことはここに明言しておく。
私を善人だなどと思っている人間がたまにいるが冗談ではない。 私は本気で宗教が嫌いなのだ。父親の位牌を蹴っ飛ばした織田信長に本気で共感してる人間である。こういう人間は今の社会では悪人以外の何者でもない。 母親の葬式には付き合いで出ただけだ。 父親にも「お父さんが死んでも葬式出す気はないよ」と言い放ってるやつである。もっともこれは姉が反対してるんでどうなるか分らんが。 自分の死後くらい自分で決めさせてくれ。別に弔われなくてあの世に行けなくったって化けて出たりはしないからさ。
マジメなヒトは上記のようなことを読むと怒るかな? でも、この件については、一切の文句は受け付けないのでそのつもりでね。死んだ後のことで言い合いしたってこんな不毛なこたぁない。
作曲家、團伊玖磨氏死去。 この春にも来福して、西公園かどこかの桜を見てったんだよなあ。たしか福岡の桜に因んだ作曲もしてたはずなんだが、聞いたことはない。 「團琢磨のお孫さんなんだよ」、と言えば、一昔前の九州でなら、それだけで通じたものだったが、今は爺さんのことはおろか、伊玖磨氏についても若い人はほとんど知るまいなあ。 でも実を言うと、私も伊玖磨氏については、その作曲家としての業績よりも文筆家としてのほうが印象が強いのだ(ついこの間、『パイプのけむり』についてこの日記に書いたばかりだったなあ)。 映画音楽のフィルモグラフィーを見ていても、結構見てる映画が多いのに、音楽は頭に浮かんで来ない。 三船敏郎主演の『宮本武蔵』三部作が伊玖磨さんだったか。「たらーららっ、たらーららっ、たらったらった、らったらった、らったらー♪」ってアレだな。これは覚えやすくてすぐに音楽が思い浮かぶのだが、大げさにカッコつけすぎであまり好きな曲ではなかった。『ぞうさん』や『やぎさんゆうびん』もメロディーラインそのものはそんなに好みではなかった。 原作まで担当した、ハナ肇主演の『馬鹿が戦車でやってくる』をまだ見たことがない。ずいぶん親しんでたつもりだけれど、その世界観の一端にだって、まだまだ触れていなかったのかもしれないなあ。
昨日の新聞を見返してみて、長者番付が発表されているのを見る。 歌手や芸能人に興味はない。「その他」のところに漫画家さんが並んでるのを見ると、ほぼ全員が「アニメ化」のおかげで番付に乗っていることが分る。 これが世間の「マンガ家になればボロ儲け」幻想を生み出してるんだろうなと思うと、あまり喜ばしいことでもない。唐沢なをきさんが「ドラえもんみたいなマンガ描きなさいよ」と親戚から言われるというのは、ホントにいい迷惑であろう。 そう言えば私も以前、ある人から「ルーカスやスピルバーグみたいな誰にでも解る芝居は書かないんですか?」と聞かれたことがあったな(^^)。これはルーカスやスピルバーグに対する差別ではないかと思うけど、どうよ。
しげが携帯電話を新しい機種に代えた。なんだかボディがメタルで未来的でカッコイイ。ただ、音が以前のものよりやたらうるさい。「おじゃ魔女どれみ♯」とか「スパイ大作戦」なんかをダウンロードして遊んでるのだが、いきなり耳元で「じゃっ、じゃっじゃっじゃっ、じゃっ、じゃっじゃっじゃっじゃっじゃっ」とかやられた日にゃ、心臓が飛びあがっちまうのである。 でも、画面に「エクセルサーガ」で音楽が「どれみ」とか「スパイ」って、合わねえよなあ。
さて、朝の体重。 書きたくないけど……86.2キロ。また増えてるじゃんか!(-_-;) 運動して食事量も減らしてるのになぜ増える。 神秘だ。謎だ。怪奇だ。 寝てる間に私は何か回りのモノを取りこんでるのか。
トーベ・ヤンソン、ラルス・ヤンソン『ムーミン・コミックスvol.10 春の気分』読む。 このシリーズもずっと読んでいるのだが、感想を今まで書き損ねていた。 コミックス版のムーミンたちって、いやに俗っぽいんだよね。どうもファンタジーの住人たちって感じがしないのである。 今巻でも、ムーミン谷を出て南の島にやってきたムーミン一家、大金持ちに勘違いされてホテルに泊まったはいいものの、支払いに困って、スノークのお嬢さんがカジノで儲けた金で何とかやり過ごすって……どこがファンタジーだ(^_^;)。こりゃ、一昔前の赤塚不二夫か藤子不二雄のギャグマンガだよ。 日本ではアニメのイメージが強すぎて、持ち上げられすぎてる気がするが、私が昔から好きだったのは、この俗っぽい原作版ムーミンの方だったのである。
仕事帰りにコンビニに寄って、話題の(^^)新創刊雑誌『コミックバンチ』を買う。 ……なんで表紙が松田優作。原哲夫、かぶれたか? 原哲夫『蒼天の拳』、中身を読むとますます松田優作。 「殺さないでえ」「ダメ」って、映画『蘇える金狼』のまんま流用じゃないの。こういうのはオマージュとは言わないんだけど、その辺の感覚が原哲夫にはないのかなあ。 北条司『エンジェル・ハート』、ああ、これはやっちゃいけない。冴羽潦は完璧に終わってたキャラなのに、こういう形で復活させちゃあなあ。まさか、本当に香は死んだのか? 旧作のファンは怒るぞ。 それにしても、目玉の二作が『北斗の拳』と『シティーハンター』の続編というのは、新潮社もやることがアザトイねえ。続けて2号は買うつもりがないが、潰れた時にどうやってオチをつけるかが見モノではあろう。 『眠狂四郎』はマンガとしては意外と面白い。ただ、原作の最初期からマンガ化してるので、狂四郎がまだまだ破天荒になりきれていない。武部のジイサンとの狐と狸の化かしあいが見られるようになってくると、これが面白くなって来るのだが。 ついでに言っとくと、市川雷蔵の眠狂四郎、世評は高いが、武部仙十郎をきちっと描いていない点では到底『眠狂四郎』映像化の決定版とは言えないのである。
マジで頭痛がひどくなってきたので、日記も書かずに寝るが、やはり頭痛で目が覚める。明日もこの調子だったらやっぱり医者に行くかなあ。
| 2001年05月16日(水) |
鳥頭の女/『文鳥様と私』2巻(今市子) |
夕べは何とか遅れていた日記を書き上げ、寝床に入ったのが午前1時。 つまりもう今日になっていたのだが、連日こんなに夜遅くまで起きていたのでは、カラダが持たない。できるだけ早く寝たいのだが、なんだかうまく寝つけない夜もあるのである。ところがそんなことを言うと、しげは私を「ウソツキ」呼ばわりするのだ。 前にも書いたことがあると思うが、しげが私につけた仇名は「3秒で寝る男」である。横になった途端ぐーすかぴーではしげが怒るのも無理はないが、これが私の生理であるからどうにもならない。 夕べもちょうどしげのバイトが休みだったこともあり、なんだったら寝ながらDVDでも一緒に見ようかと思っていたのだが、そっぽを向かれてしまった。 で、実際にその3秒後にホントに寝ちまってるってのが我ながら情けない(-_-;)。
朝風呂に入りながら、マンガ、今市子『文鳥様と私』2巻読む。 エッセイマンガの類は実はあまり読まない。 日頃、「ありふれた日常こそ記録に残す必要がある」と主張しているのに、まさしく日常の記録を読まぬとはどういうわけかと糾弾されそうだが、実は意外とその「ありふれた日常」というやつを活写しきれてないものが多いのね。 例えば風呂に入って歯を磨くと歯茎から血が出る、いや、これは私のことなんだが、ああ、血が出たなあ、水を口に含んで排水溝に吐き捨てる、水が赤い、もう一度含んで吐き捨てる、まだ赤いなあ、もう一度含んで……。 一見退屈そうに見えるかもしれないが、そうではない。 ここでマンガ家さんが十人いたとして、私と同じ経験をしていたとすると、十人が十人とも「慌てて見せる」のである。すわ、歯槽膿漏か、このトシで歯が抜けやしないか、口臭は大丈夫か、などなど。マンガを面白く見せようとするのは構わないが、演出過剰なのである。しかもみな同じような表現になっているのは、結局はありふれたものをありふれたものとして描けない、技術の未熟さを露呈しているのだ。 今さんのマンガは『百鬼夜行抄』を初めとしてみな好きなのだが、この『文鳥』だけは、その無意味な過剰さが気になった。と言っても、つまらないとはっきり言いきれるほどではないところが微妙なのである。 まあねー、飼ってる文鳥がホモらしいと解ったからって「この家の文鳥は腐っている」とまで言うことはない。
朝の体重、85.8キロ。微妙に減ったけど、さて少しずつでも落ちて行くのか?
雑誌『言語』6月号、特集は「話し言葉のスタイル」。 ゲストが第三舞台の鴻上尚史。『あなたの魅力を演出するちょっとしたヒント』と言う本を出版した関係での『言語』登場、ということらしいが、あちゃちゃ、そんな本出してるとは気がつかなんだ。近々、買いにいかねばな。 「話す時に大切なのは内容よりも語り方」というのは当たり前のことなんだけど、それをスタニスラフスキー・システムに絡めて説明してるあたりが、鴻上さんの語り方のうまさである。でもこれ、その「語り方」のセオリーが読めてしまったら、「中身がないことがバレてしまう」という、言ってみれば諸刃の剣なんだけどな。 もちろん一番いいのは「内容があって、しかも語り方もうまい」であるのに決まっているのだ。知識がなければ語り方を思いつくこともないし。
帰宅してジャージに着替えて、しげと一緒に買い物がてらのジョギング。 こうして日記に書いていると、そうそうサボるわけにもいかないから、三日坊主にならずにすむのはいいことかも。けど、それだけの効果が現われないのはちょっとツライ。 しげが「アンタ、だんだん太ってきてない?」とオソロシイことを言う。毎日結構汗をかいているというのに痩せないとなれば、肉や脂肪が骨にしがみついて取れなくなってんじゃないかって気さえしてくる。これはもう、ボクサー並のトレーニングをせねばダイエットは無理ということなのか。 でも即断は避けねばならない。とりあえず一週間ほどは様子を見よう。
体が鈍っているので、軽く走っただけでも息が切れる。 しかも、はいているジャージが、最大に太っていた時のものなので、ゴムが伸びきっていて、やたらずり落ちてくるのだ。ジャージを片手で引き上げながら走る姿ってのは相当みっともない。しかも、なぜか着ているTシャツは「新日魂」のロゴ付き真っ青。これ、ゲーセンのUFOキャッチャーで取ってきたやつだな。 こういう怪しい男が道を走っていたら、普通の人は目を合わさないようにして道を避けるのが無難であろう。 米や野菜を買って、帰宅。野菜はカレーのための材料である。久しぶりに冷蔵庫の中がいっぱいになったが、油断をしてはいけない。 しげは買ってきた物をそのまま放置して腐らすことが多いので、ときどきチェックを入れねばならないのだ。今朝も、豆腐麺だかなんだかを一週間も放置して腐らせていた。食べないのならなぜ買うのか、そこんとこの思考回路が私にはよく解らんが、多分、もずのはやにえと一緒で、とりあえず取っといたまま、忘れているのであろう。文字通り鳥頭である。 買い物に行くだけ行って、しげは「仕事だから、片付けといてね」とさっさと出て行ってしまった。まだ時間に余裕があるくせに、この程度の家事もしたがらないとは怠け者にもほどがある。 これで「愛のメールがほしい」なんて贅沢だとは思いませんか?
何となく本を読む気にもなれず、DVDで『なぞの転校生』を書けたら、また数分で落ちてしまった。おかげでこのDVD、何日か前から見始めているのに、未だに感想が書けない。 休日を利用するしかないかなあ。
| 2001年05月15日(火) |
本を売るならBOOKOFF/『BLOOD THE LAST VAMPIRE 2000』(玉置勉強) |
雅子妃のご懐妊が正式発表。 これで生まれてくるのが女子だったら、コトは面白くなるんだがなあ。 当然、皇室典範は改正され、女性天皇が実現するだろう。 天皇制がどうのって問題は私にゃどうだっていいのだが、面白くなるぞ、と内心ニヤニヤしているのは、例の、「大相撲の土俵に女が上がれない」というアレである。 あの問題を世間が本気で解決する気がない、というのは、未だに誰も相撲協会に対して、「皇族の女性が土俵に上がりたいと言ったらどうするのか?」という質問を投げかけないからで、結局はマジメな相撲ファンなんて日本人には一人だっていないってことなんだよね。 シキタリがどうのって言ってるバカが多いが、女の血をケガレとする習俗はもともとの神道とは無縁のものである。 卑弥呼の例を出すのはあまりに当たり前過ぎるけどね、いわゆるご託宣ってやつはほとんど女性によってされてたんだものね。神楽でもなんでも、その「舞台」に女性が上がるのは別になんの問題もなかったのよ。 でも、相撲協会もメンツにこだわってるからなあ、「わざわざ天皇陛下に上がってもらうようなところではありません」とか言い出しそうだな。 だったら女に限らず、今、表彰のために上がってる男もみんな、そんな「穢れた土俵」に上がることを拒否しちまえばいいのだ。 「土俵はデブで醜いブタ男が取っ組み合うのを高みから嘲笑って見るための場所だから、そんな穢れたところには上りたくない」とか言ってやってね。いずれ女性が土俵に上がれる日も来るだろうが、そのときまで相撲人気がどんどん下がって行くことを切に願うものである。
朝、しげからメールが届いている。 全く、私が愛想のないメールばかり送ってるから、てっきり腹を立ててるのかと思ったら、そうではなく、一昨日の日記の訂正についてだった。「名前の字が違う!」とか、「公演は2月とは限らない」とか、まあ、致命的な間違いと言うほどではない。 これまで、私の日記の中に誤字とか書き間違いなんかがあっても、「後から訂正するのはズルイ」とか言ってたくせに、自分のコトとなると文句つけるなんてずるいよなあ、と思いつつも間違いは間違いなので言われた通りに訂正。でも名前の字はともかく、予定は未定なんだから、2月公演の予定ってのも間違いじゃなかろう。これは特に訂正しなかったが、ここで「5月までずれこむこともあるかも」と書いておこう。 これで文句はないな? ても、口で言えばいいものをわざわざメールするってことは、やっぱり遠回しに「メールくれよ」と言うしげの要求なのかも。 まあ、そのうち(^^)。
今朝の体重は86.0キロ。 一昨日と変わらず。 一朝一夕で結果が出るとは思っちゃいないが、あれだけ歩いて、食事も控えて、1グラムも変化なしたあ、どういうわけだ。 今日はもう少しハードにやってみようかな。
なんて考えたバチが当たったのかも知れない。 詳しい事情はここでは語れないが、今現在、私の腰は笑っている。 筋肉痛は足から背中にまで走り、一時、杖がなくては一歩も動けなかった。 まあ、悪いのは職場なんだけどもよ、またぞろこれ覗いた職場のやつが「正当な批判」まで圧殺しようってのは目に見えてるから、書かない。 全く、悪口言われる覚悟もなくて○○○○やってるアホンダラばかりだからなあ、ということを味方の同僚と語り合ったのであった。 いや、バカな職場にいるとはいえ、みながみなバカというわけでもないのがありがたいことです。
帰宅するとしげはぐわらぐわら寝ている。枕元にこないだ私が「BOOK OFF」で買って来てやった『サイ・ファクター』が山積みになっているので、今日はずっとそれを見ていたらしい。しばらくしげ個人のホームページも更新されてないし、がんばってるのだろう。 「BOOK OFF」と言えば、例のマンガ家たちが揃って「BOOK OFF」反対運動を起こしてる件、“裏”モノ会議室によれば、たいていのマンガ家は勝手に名前使われてるだけらしいが、雑誌に写真が載ってた藤子Aとかさいとうたかをとかちばてつやとかはマジで怒ってるのだろう。 こうたろう君も以前、「マンガ家は出版社のダシに使われてるだけじゃないか」と言っていたが、ダシに使われてるのがダシガラみたいなマンガ家ばかりだというのが哀れを誘う。 60歳を過ぎるとどうしてマンガ家は死ぬかボケるかしか、しなくなるのだろうか。
マンガ、玉置勉強『BLOOD THE LAST VAMPIRE 2000』。 小説、アニメ映画、ゲームとメディアミックス展開してきた作品の完結編。 キャラクターデザインがアニメ版より「病的」な印象を受ける。アニメの結末はそれなりのさわやかさを感じさせたが、このマンガ完結編の終わり方はある意味せっかくの世界観をぶち壊しにしているとも言えよう。 しかし私はその世界観において、アニメよりこのマンガ版の救いようのない結末の方が好きだ。異形のもの、片輪なもの、自分たちに似て非なるものを我々は常に蔑んできた。少しくらい人間はそういったものから復讐されてもいいように思う。 私がアニメ版に感じていた不満が、ダークなものの存在をヒロイン然として描いたその甘さについてだったのだと、このマンガ版を読んでようやく気がついた。
三日遅れ、二日遅れで書いていた日記が、ようやく当日分まで追いついた。 これで明日からリレー小説の続きが書けます(^^)。
| 2001年05月14日(月) |
今日の実験……失敗/今週の少年ジャンプ『ヒカルの碁』 |
朝起きて体重計に乗る。 寝汗も結構掻いているから、さて、何キロくらい落ちたかと思ってみてみると……。 85.8キロって、なんで? 500グラム増えてるじゃん! メシはおろか水分だって取ってないのになぜ増える。 まさか誰かがこっそりと、私のからだの中に空中元素固定装置でも埋め込んだのであろうか? 俺って実はキューティー・ハニー?
ファンのみなさん、ごめんなさい。
でも実際、理由が判らない。妖怪『寝肥(ねぶとり)』ってのが『桃山人夜話』に紹介されているが、あれは「女の病の一つ。大鼾をかいて色気なく騒々しいから愛想もつきるという。寝相の悪い女も変化の一つとか」ということだから、しげはともかく私には当てはまらない。 謎だなあ。<(@_@)>?
昨日の歩きがもう筋肉痛で来ている。 トシをとると痛みが来るのに日がかかるというが、一日で来たということは、まだまだ私は若いんだろうか。 んなわけねえな。 ともかく、今日は仕事しながらからだを動かすと、あちこちに痛みが走るのであった。
仕事帰りに自宅のマンションの隣の商店で、弁当を買い、ついでに今週の『少年ジャンプ』を立ち読みする。 基本的にマンガは単行本を買う主義なので、雑誌はざっとしか目を通さないのだが、もう何週間も続いている「藤原佐為対塔矢行洋」戦、そう『ヒカルの碁』のこれまでで最大のクライマックスの結末が気になってたまらなかったのだ。 佐為勝つか、名人勝つか、名人が勝っちゃったら、佐為の正体がバレちゃうわけだから、勝たせるわけにはいかないよなあ、でもそれで終わったら、やっぱり予定調和でつまらないよなあ、一体、作者のほったゆみさん、どんな手を使う気だ? と、期待半分、不安半分で見てみたら……。 凄い。凄すぎる。 ある意味、この展開は当然といえば当然であった。 しかし、「佐為対名人」の決着に気を取られていた私にしてみれば、これはまさしくウッチャリを食らったようなもの。脱帽、なんて言葉じゃ表現しきれない、これはまさに奇跡としか言いようがない。 少年マンガの王道を行くということは、ある意味、旧態依然としたパターンの繰り返しに堕することでもある。『少年ジャンプ』においては、連載が長期化するにつれて、初めは面白かったのに、似たような、同じような話が繰り返され、作品自体のエネルギーがどんどん消耗されていった。 その最も古い例は本宮ひろしの『男一匹ガキ大将』だった。 ウチのメンバーにはジャンプファンが多いので指摘するのは心苦しいのだが、鳥山明も、ゆでたまごも、車田正美も、高橋陽一も、今は尾田栄一郎も、この連載長期化による物語の引き伸ばしによる駄作化から逃れられてはいない。 それはマンガ家の才能をすり減らす悪しき「ジャンプシステム」のせいであることは、マンガファンなら先刻ご承知であろう(この間こうたろう君からもらった『MAD☆キャラバン』には、当時のジャンプシステムのために牛馬のごとく扱われているマンガ家の様子が戯画化されて載っている)。 なのにほったゆみさんはそのシステムに負けていないのである。 これを奇跡と言わずして何であろう。 私は軽々しく人のことを天才などと呼ぶことは憚るほうなのだが、ストーリーテリングにおいてほったゆみさんが手塚治虫をも越えていることは断言していい。少なくとも今後、『ヒカルの碁』をマンガ史において扱わないマンガ批評家を私は批評家として認めないことは間違いない。 なぜ、『ヒカルの碁』だけがジャンプシステムの波に取りこまれずにすんだのか、ということは、なかなか難しい問題である。とりあえず、ほったゆみさんが自分自身知悉している「碁」を題材にしたため、ということは言えるだろう。しかし、他にも分析すべき点は多々あるように思える。今後の展開にしたがって、もう少し突っ込んだ読み方をしてみたい。
今日も今日とてパソコン三昧、もうオタアミに『クレしん』については書きこむまいと思ってはいるが、ROMしているとやはり「その意見はなあ」とツッコミたくなって、手がウズウズしてくる。病膏肓であることだ。 エロの冒険者さんが、ご自分の日記の中で、名前は出していないが、私の勘違いに言及して弁護してくれている。 最初『オトナ帝国』を見たとき、ケンの「21世紀もあと30分で終わりか」と言うセリフを、「2100年の未来から現在をタイムカメラかなんかで覗きながら喋っている」と勘違いして受け取り、「ケンとチャコは未来人」と思い込んでいたのだが、これ、単純に「21世紀をあと30分したら20世紀に戻してやる」という意味だったのね。 初期設定では「ケンとチャコは過去の世界から来た」ということになっていたらしいが、それも映画の中では消えている。あくまであの二人は我々と同じ時間軸の上に存在しているのであろう。 それにしても、ただの誤解を「それだけケンとチャコが謎めいているからだ」とフォローしていただけるとはありがたいやら恥ずかしいやらである。 なんだか他にも勘違いしているところがあるような気がして、もちっとだけ上映が続くなら、もういっぺんくらい見に行きたいような気もしているのである。幼稚園の先生トリオによるセーラームーンのセリフ、「……お仕置きよ!」というのは聞こえたが、その前が聞き取れなかったし。 なんだかまた、しげを喜ばせちゃう結果になるのかな(^_^;)。
さて、今日もお散歩がてらのダイエット。 ともかく体重の増加を食い止めねばならない。 昨日よりも運動量を上げるつもりで、いつもは自転車で行く本屋まで、歩いていく。多分、距離的には往復4、5キロはあるはずである。 出がけにしげが「飲み物買ってきてねえ」と言っていたのを思い出して、スーパー「大栄」に寄る。 そのときふと、もしや……と思い、お菓子のコーナーを覗いたら……。
あ、あった! もはや手に入らないかと諦めかけていた「ゴジラ名鑑」、「キングコング対ゴジラ」が! こうたろう君からプレゼントされた「モスラ対ゴジラ」と合わせて、四体中、二体ゲット。 後は「初代ゴジラ」と「ゴジラ対デストロイア」だ。 え? 「デスゴジ」はもう持ってたんじゃなかったかって? それがねえ、グスグス(T_T)。どういうわけだかゴジラの右手がポッキリ折れてたんですよ。 パソコンの上に前向きに飾ってたのが、いつの間にか左横向きにされてたんで、ずっと気がつかなかったんだけど、てっきりしげがウッカリ折っちゃって、横向きにして誤魔化してたのかと疑っちゃった。おかげで「知らねえよ」としげの怒ること。 まあ、あれは多分まだ在庫がキャナルシティで売ってたし、今度、買いなおせばいいや……と言いつつ、また売り切れてたらどうしよう(・・;)。 ともかくゲットした二体は、もう破損したりしないよう、透明ケースに入れたまま飾っているのだった。
結局1時間20分ほどかかって、帰ってきたら、しげはもう仕事に出かけていた。でも飲みものはたっぷり買ったし、冷蔵庫に入れておけば勝手に飲むであろう。「ふくれん」のグレープフルーツ水、カロリー抑え目で1000mlパックが100円というのは嬉しい。
マンガ、吉田戦車『つやつや担任』B巻。 A巻読んでから一月くらい経ってるなあ。『スピリッツ』に連載されていたときに時々立ち読みしていた時には面白かったんだけど、まとめて読むとギャグのパターンが同じで、ちょっとダルく感じてしまうのだった。 『伝染るんです。』の頃に比べると、随分判りやすくなっていて、『戦え! 軍人くん』のころのギャグに回帰した感じを私は受けたが、「吉田戦車ってみんなどれもわかんなーい」という感覚のものにはその違いもよく判らないのだろうな。 前にも書いたと思うが、異常なキャラクターを出してはいるが、『つやつや』のギャグの骨子は昔ながらのボケとツッコミなのである。決して「不条理ギャグ」なんて大げさなものではない。『伝染』の方がまだ、キャラクターのそういった定番のやりとり自体は破壊されていた。 それを退行、と見るのは酷に過ぎるだろう。ギャグマンガ家の「延命」ほど難しいことはないというのは、我々が子供のころ大好きだったギャグマンガ家がほとんど現在「壊滅」状態にあることを見れば否定できない事実なのだから。
寝る前に再び体重を量ってみたら、86.2キロ。……また増えてるじゃん。 まあ、食うだけ食ってトイレに行ってないからこんなもんなのかもしれないけどさあ。
布団に横になって、DVD『BLOOD THE LAST VAMPIRE』、今日はデジタルマスターバージョンを見る。 でも、一日間を置いて見たせいか、オリジナルバージョンとどこがどう違うのかよく解らない。どっちもキレイに見えるんだがなあ。 そのうち、ゆっくり時間が取れる時にでも、じっくり見比べてみよう。
| 2001年05月13日(日) |
愛の嵐/DVD『BLOOD THE LAST VAMPIRE』コンプリートボックス |
部屋中のカレンダーをめくるのを忘れていたのだが、今日になってようやくめくる。 今時『エヴァ』のカレンダー掛けてるやつも珍しいだろうが、今月は『少女革命ウテナ』の長谷川真也描く綾波という、イラストとしてGOODなもの。姫宮アンシーが綾波のコスプレしてるようなもんだが、ともかくふとももがもうとんでもなくセクシー。こんな肉感的な綾波も珍しかろう。 それをトイレに貼ってるってのがまたなんとも(^_^;)。
今日は二週間ぶりの練習日だが、しげから依頼されていた脚本の第一稿、朝6時の時点でまだ仕上がっていない。 夕べ早寝をして、起きてから書き上げるつもりだったのだが、ついまた眠ってしまった。しげは「ウソツキ」と私をなじるし、えいくそと一念発起して、二時間で脚本を仕上げる。多少、荒削りなところはあるが、第一稿だからそう問題はあるまい。
しげは仕事のミーティングがあるとかで、予約している練習部屋は、私が開けに行くことになっている。ところが、脚本を印刷していたら、あと一枚というところで用紙が品切れ。予備の紙のありかが分らず、ウチを出るのが遅れる。 慌てて自転車をかっ飛ばし、10時ピッタリに「パピオ」に到着。もう穂希嬢(どうも「ハカセ」と呼ぶほうがしっくり来るなあ)は来ていて待っていた。 「てっきり私も遅刻かと思ってたんですけど」 起きたのが9時25分で、慌てて同じく自転車をかっ飛ばしてきたそうである。 今日集まる予定なのは、あとしげとよしひと嬢だけでちょっと寂しいが、二人が来るまでにできたてほやほやの脚本を穂希嬢に読んでもらう。 受けはイマイチ(^_^;)。 やはり「わけが分らん」と言われる。一人よがりな芝居を書いてるつもりはないんだがなあ。どうして毎回同じ批評ばかり言われるかなあ。何か人間として欠けているところがあるのだろうか。
1時間ほどして、しげとよしひと嬢、ほぼ同時に到着。 とりあえず肉練から、ということになったが、私は特に練習着を用意して来ていない。しげが、 「なんで準備してないの!?」 と怒るので、 「だって演技するわけじゃないし……」 と答えたら、 「もう決定してるんスけど、あんたのキャスト入り」 ……は? 「いや、たしかに他に人がいなけりゃって言ったけど」 ややしどろもどろになる私に、しげの一言。 「いないんだよ」
と言うわけで、多分4年ぶりの舞台出演が決定。 おかげで普段着のまま肉練させられたが、『灼熱ブギ』(vo.田中真弓)にノって踊れってのは、四十男には無理だよう(T_T)。
今回の芝居は二本立てのオムニバスである。 まだ正式タイトルは未定なので、便宜上、A・Bと呼ぶが、今日の相談で演出とキャストだけは決まった。
A 脚本 勘よしひと 演出 嶋田悠太 出演 藤原敬之(夫) 勘よしひと(妻) 桜 穂希(友人)
B 原案 嶋田悠太 脚本 藤原敬之 演出 勘よしひと 出演 鴉丸 誠(織姫あや) 嶋田悠己(日高ありす) 其ノ他大勢(河合亜季夫)
……ホントに決定なんだろうな。しかし変だなあ。ウチはもっとメンバーは多いはずなのになんでこんなにオモテに出てくるやつが少ないのかなあ。 まだ物語の筋をあかすわけにはいかないが、私は、特撮ドラマの脚本家で、家では気の弱い亭主、といった役どころである。なんだか私には合わない気がするんだけど。 シノプシスを読んだかぎりにおいては、鈴邑君か藤田君のほうが似合いそうなんだが、二人とも仕事の都合で裏方しかできないというのならしかたがないのである。 ……でもね、でもね、あのね、結構おいしい役なんだよ? なんたって、ウチの劇団のマドンナ、よしひと嬢を奥さんに、更には穂希嬢を愛人にできるんだから。 今からでもお二方のうちどちらか、私の代わりにやってみない?
随分私が臆病だなあ、と、ご疑念を抱いている読者もおありなのではないか。 しかし、同時に、私が何を恐れているか、賢明な読者ならばお判りであろう。 そう。しげの嫉妬である。
「あのな、これはな、芝居なんだからな。夫婦ったって、あくまで演技なんだからな?」 「わかってるけど?」 「じゃあ、練習中、ヤキモチ焼いたりしないな?」 「当然じゃん」 「……ウチに帰っても焼いたりしないな?」 「……なんで? ウチのことはウチのことでしょ?」
「……」 「……」
見える。私には見える。 練習が終わったあと、家に帰るなり、しげは背後から妙に優しげな、それでいて生暖かい声で囁くのだ。
「……今日は、楽しかった?」
うわああああああ。\(*o*;)/
公演は来年2月の予定である。それまで針のムシロが続くのか。 誰か助けて(T_T)。
練習のあと、天神のベスト電器に回って、予約していたDVDを何枚か、それからしげに頼まれた戦隊ヒーローシリーズの主題歌曲集のCDを買っていく。 ご機嫌取りもこれからは頻繁にしないとなあ。 先日のチャットで知った、モンティ・パイソンのアンソロジーも予約。しげはパイソンファンなので、これも喜んでくれるだろう。 実はも一つ、ついに出る『仮面の忍者赤影』のDVDBOXも予約したのだが、しげは赤影が嫌いなので、このことは内緒にしておかなければならない。 帰りに菩提寺の横を通るが、すっかり散財しているので、母の日のお参りは止める。どうせ今年7回忌だし、そのときまとめてやるからカンベン、お袋。
それにしても、本当に演技するとなると、とても今の体調、体型ではやっていけない。マジで体重を落とし、体力をつけねばならない。 実際、ロバート・デ・ニーロ並の努力をせねば、脚本にあるような、「妻を抱きかかえて走る」なんて演技ができるわけがないのだ。実は、自分の体重を足で支えるのも限界に来ている。 なぜなら、今の私の体重は、86キロなのだから。
ああ、ついにばらしてしまった……。 って、知り合いはみんな知ってるんだけど。 というわけで、今日からこの日記は、『無責任賛歌 兼 ダイエット日記』となりました。果たして本当に2月までに痩せられるのかどうか判りません。なんといっても公演までもう9ヶ月しかないのですから。まずは今晩から、夕食後毎日軽くジョギングをします。 目標、65キロ。……ホントかよ(・・;)。
とりあえず、30分ほど走って、フロに入ったら、85.2キロになりました。まあ、ここからが出発点ですね。
今日買った、DVD『BLOOD THE LAST VAMPIRE』、コンプリートボックス、レギュラー版とどこが違うのか、まさかフィギュアが入っててどうのなんてアホなもんじゃなかろうな、と心配していたが、オリジナル版と、デジタルマスター版、特典映像の三本立てに、寺田克也のピンナップとショットボード集、シナリオが付いて来るのだった。 と言っても、オリジナルとデジタルマスターとどう違うのか、目の悪い私にもわかるのだろうか。 とりあえず今日はオリジナルフィルムのほうを見てみるが、印象は劇場で見たのと同じ。CGが手描きアニメと馴染んでいるのが凄い。 『青の6号』、『ゲートキーパーズ』の「GONZO」も、CGだけはハイレベルだが、この『BLOOD』の、「プロダクションIG」の方が、演出としてのCGの使い方が手馴れている感じで、頭一つ抜き出ている印象である。 でも「CGが凄い」ってことばかりに注目しちゃうのも問題なんだよなあ。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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