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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年05月07日(月) フライド・エッグ・ムーン/『三毛猫ホームズの恐怖館』(赤川次郎・竹内未来)ほか

 朝から微熱、からだがダルく悪寒もするので、職場に連絡を入れて、遅刻して行く。仕事を一つこなすたびに熱が上がるような気がして(気のせいじゃないって)、帰宅するころには眩暈は最高潮。
 咳は出るはクシャミは出るは、こないだ風邪にかかったばっかりだと言うのになぜだ。どうして世のウィルスは私ばかりを狙い撃ちしてくるのだと思いながらの帰り道、マクドナルドの垂れ幕にダブルたまごバーガーの写真が。
 ああ、そう言えばしげはたまごバーガーが好きだったよなあ、マクドナルド自体は「食べるものがない」と敬遠しているのに、たまごフェアの時だけは寄りたがってたものなあ、とぼんやり思い出す。……こんな書き方してるとしげが過去の人のようだ(^o^)。
 やはり熱に浮かされていたのだろう、ふらふらと吸い寄せられるように店に入ると、気がついたらたまごバーガーばかり四つも注文していた。
 で、帰って見るとしげも珍しく、かしわめしにとり弁当を買って来ていた。鶏と鶏でかぶってるじゃないか、材料から料理を作ってくれないのかと考え出すと悲しいが、お互い具合が悪いのだからし方がない。ともかく栄養をつけないと体が持たない。……と食べながら気がついた。
 しげの買ってきたのが鶏、私の買ってきたのが卵、あ、こりゃ気が合うじゃん♪

 やっぱ熱あるわ、おれ(ーー;)。

 『犬夜叉』『コナン』を漫然と見るが、ああ、『コナン』のOP替わっちゃったなあ、パラパラのブームもあっという間だったからなあ、くらいの感想しか浮かばない。冗談でなく、見ていたはずなのにストーリーが全く思い出せないのだ。熱が出始めていたのであろう。
 それでもパソコンの前に座り、メールチェックなどをしているのは業か(^_^;)。

 外に本を買いに行く元気はないので、しげが山積の本の中に隠していて、私がまだ読んでなかったマンガを何冊か読む。

 赤川次郎原作・竹内未来作画『三毛猫ホームズの恐怖館』。
 ミステリーの少女マンガ家によるコミック化が、この数年でドッと増えたが、正直言って、「これは!」というものに出会えることは少ない。
 もともとミステリマンガの「傑作」というもの自体が少ないのだ。二階堂黎人が手塚マンガのミステリ性に注目して短編集を編んだりしているが、客観的に見ればたいしたレベルではない。
 絵で見せるマンガは、映画と同じで、サスペンス・スリラーならともかく、本格ミステリにはあまり向いていないのだ。ましてや基本的に叙述トリックを基本とする小説がマンガになった時、その魅力が半減するのは如何ともしがたい。
 その点、もともとたいしたトリックを使わない三毛猫ホームズシリーズなら(初期のはいいのもあるけど)、キャラクターの魅力で見せられる、と踏んでのマンガ化かもしれないが、片山義太郎も晴美も石津もありきたりな少女マンガキャラで収まっているのが残念。

 青山剛昌原作・太田勝と江古田探偵団作画『名探偵コナン 特別編』10巻。
 わあ、一年前に買ってたマンガなのに、まだ読んでなかった。まあ先に11巻、12巻読んでたからって困るもんじゃないからいいけど。
 で、コナン恒例揚げ足取り(^^)。ネタバレだけど別にいいよな、コナンだし。
 「悪夢の逃避行」。このトリック、ワゴンの前に人が来たら一発で終わりです。
 「メッセージ」そんな暗号残して死ぬくらいなら、その前にちゃんと子供の仲直りくらいさせなさい。
 「消えた女優」蘭や小五郎を拉致するメリットが犯人にはありません。自分の犯行をバラすようなものです。
 「浜辺の殺意」犯行の証拠自体を隠蔽しなければトリックがトリックとして成り立ちません。コナンが来なくても警察が捜査すれば犯人は簡単に捕まります。
 「ぬいぐるみの謎」ダイヤはヒモでは結べません。
 「臥竜湖の怪事件」恐竜が今も生きているなんて信じる人はいません。
 子供向けとは言え、「特別編」シリーズは本編にもましてひどいね。チャチでもいいから整合性のあるトリックを考えてほしいなあ。


 ウチの劇団のホームページのリレー小説『ピクニック』、よしひと嬢のところでストップしていたが、しめきりギリギリになってようやくUP。
 と言っても、物語の展開は前回のしげのところからほとんど進展しておらず、登場人物たちは未だに目的地にたどりついていない。
 ううむ、2回目を受けたときに、目的地の描写をするかどうか迷って、まあ、あまり想像の余地をなくしてもなあと遠慮してその直前で止めたのだが、こうなると解っていたら、さっさと現場にたどりつかせるべきであった。
 リレー小説の難しいところはいろいろあるが、書き手によって物語のテンポが食い違ってしまうこともその一つだ。
 合作とちがって「打ち合わせナシ」が建て前のリレー小説の場合、ともすれば、意外過ぎる展開や逆に間延びした展開、視点の変化やいきなりな人物の登場など、物語の整合性を狂わす要素が続出してしまうものだが、それを回避することは実は並大抵のことではない。
 3回目、4回目の内容は明らかに最初の2回のテンポからすると間延びしている。実は意外な展開で物語の方向性が見えなくなるより、こちらの方がずっと厄介なのだ。支離滅裂な展開は支離滅裂で対抗すればなんとかなるが、間延びした展開には一応の結末はつけねばならない。無視するわけにはいかないのだ。
 でも残り回数は4回……(・・;)。
 10回、20回と続く話ならともかく、短編の場合、無意味なシーンの挿入は極力避けねばならない。8回予定の話で回想シーンまで入れてどうするんだよ、と私はしげに言った。
 いや、回想シーンを入れたいなら入れたって構わないよ、けどね、それにはちゃんと意味があったのだ、ということを示す展開を、後を継ぐ者は考えなければならないんだよ? おまえ、後の人がなんとかしてくれるとしか考えてなかったろ?
 ……半分終わった段階で、解かねばならない伏線は何一つ始末がついてないのだ。どうせーっちゅーねん。
 なのにしげの野郎、「だったらもっと伸ばせばいい」とこきゃあがった。
 それは「ルール違反」と言うものだ。
 こうなると相当アクロバティックな展開を見せねば始末はつきにくい。いくつかアイデアを思いついてはいるがそれが使えるかどうかは次のこうたろう君がどんな展開を見せてくれるかにかかっている。
 頼むよ、こうたろう君(T_T)。


2001年05月06日(日) 襟足に寒気/『仮面ライダーSPIRITS』1巻(村枝賢一)

 GW最終日。
 外はこれ以上ないってくらいの快晴でしかも暑い。
 なんだか東京から帰ったら、急に夏が来ていたような感覚。
 しげが「今日は出かける?」と聞くが、「具合が悪いのに出かけられるか」と怒る。
 「でもお土産持ってかないと腐るし」
 ああ、そういう意味か。私はてっきり、またしげが体の不調を押してどこかに行きたがってるのかと思った。
 都庁で抹茶饅頭を父に、姉には空港で「空飛ぶでかドラ」を買ったのだが(選んだのはしげ)、賞味機嫌が明日まで。是が非でも今日中に届けねば間に合わない。
 本当は朝のうちに届けようと思っていたのだが、疲れてすっかり寝過ごした。夕方出かけることにして、午前中はのんびり過ごす。

 日曜の朝とて、『アギト』『GALS』『デジモン』『コメット』と、いつものように漫然とテレビを見るが、ぼーっとして頭に入らない。旅行中の日記を書かねばならないのでパソコンに向かうが、わずか三日前のことだというのに忘れていることが多く、全然書き進まない。日記はやっぱりその日のうちに書いておかないとなあ。(旅行中、ヨタロー君がいろんななぞなぞを問いかけてくれてたんだけど、ほとんど忘れていて書けない。答えは思い出せるんだけど質問の方が正確に思い出せないのね。やっと思い出せたのが「外国の人の帽子はどこの国?」「オランダ」ってやつ)

 さすがにまるまる三日、世間から離れていると、いろいろ面白い出来事が起きている。
 北朝鮮の金正男らしき人物が強制退去のニュース、素直に受け取れば日本に対する挑発行為、ということになるのだろうが、どうもあの顔と体型を見ていると、世間の「ディズニーランドに愛人連れてきたアホ」との見方のほうが妥当に思えてくるから不思議だ。
 拉致疑惑のご家族が「交渉の切り札に使えたのに」と嘆く気持ちも解らないではないが、既にその感覚も常軌を逸している。「目には目を、歯には歯を、拉致には拉致を」ってハムラビ法典じゃあるまいしねえ。
 そんな強硬な外交ができるくらいなら、とうの昔にやってますって。良かれ悪しかれ、首相が代わろうと、日本の弱腰綱渡り外交はそう簡単に変わりはしないのである。北朝鮮も安心したのではないかな。

 ネットであちこちの日記やサイトを覗いてみて、気になる記事もいくつか。
 唐沢俊一さんが5/4の日記の中で、内川清一郎版新東宝映画『一寸法師』について、「小林青年が宇津井健」と書いているが、これは結構誤解を招く書き方である。
 確かに宇津井健は「小林章三」という役を演じているが、これ、原作に登場する「小林紋三」にあたるキャラクターで、あの少年探偵団の「小林芳雄」とは別人なのである。どうも唐沢さん、そこを勘違いしている様子だが、誰か突っ込み入れなかったのだろうか。
 以前、ホームページの方で、一寸法師役の和久井勉の扱いがDVDではないがしろにされてることを憤ったものだが、唐沢さんも「一寸法師役の人」と書くのみで、名前を全く紹介していない。乱歩の『探偵小説四十年』にしっかり記載されているのに、そこまで調べなかったのだろう。
 お忙しい中でのミスだろうが、ちょっと残念なことではある。どうも唐沢さんの周辺には古いミステリのファンが少ないような気がする。

 オタアミ会議室での映画『クレヨンしんちゃん』の感想もゴールデンウィークを利用して見に行った人が続々と書き込みをしていて、嬉しい。みなさんちゃんとツボを抑えていらっしゃるなあ。早目に書き込んでいなかったら、私もとても恥ずかしくて書きこみできなかっただろう。
 ともかく「アニメ」、「子供向け」という括りがネックになって、アレだけの映画を見に行かない人がいるのが残念でならないのだ。旅行から帰ったら、てっきり劇団のホームページにメンバーの「見ましたよ!」という書きこみがあるものと思っていたのに、結局見に行ったのはよしひと嬢だけらしい。「ああ、ウチのメンバーですらまだアニメに偏見持ってるのか」という気がして悲しいのだよ、私は。
 予め誉めすぎると、実際に見たときに、「なんだ、こんなもの」と思われる危険もあるので、これでも抑えて書いているのだが、気分的には『クレしん』を見てもいないで「アニメファン」を標榜してほしくない、とまで思いこんじゃっているのだ。少なくとも、私がこれまで見た全映画の中のベスト5に入れることに吝かではない。『ヤマト』『ガンダム』『エヴァ』んときだってここまでハマリはしなかったぞ。どうしちゃったんだ私(^_^;)。
 子持ちでもない限り、見に行くのがツライのは解るけれど、今週で公開も終わってしまう。AMCなかま16だったら夜8時35分からでもやってるぞ。ホラ見に行けやれ行け。

 「エンピツ」に登録されてる日記の中で、この日記の「読んだら押す」の登録ボタンが「強制的で不快だ」と書かれているものがあった。
 ああ、そう思う人もいるかな、と思って早速書き換えたのだが、今度はしげの方が「いやなら押さなきゃいいじゃん」と立腹している。
 日記の内容について批判されたのなら、私だって自分の名においてこの日記を書いているのだから、きちんと対処しようと考えているが、直接内容と関係のないところで誤解を生じるのは私の本意ではない。この程度のことで喧嘩をする方が馬鹿馬鹿しいのだ。
 これが直接、私宛てのメールで「あなたの日記は不快です、改めなさい」とでも書き送ってきたのだったら、私もしげのように「余計なお世話じゃ」とはねつけるところだろうが、相手は自分の日記で自分の思ったことを素直に書いただけだ。何の問題があろうか。
 どうやら相手はお若いレディーのようだが、だから私がコロリと言うことを聞いたわけではないので嫉妬すんなよ、しげ。

 5/3の日記を書いた時点で疲れ果てて昼寝。
 気がついたら夕方で、慌てて父の店に向かう。

 改めて書くのもなんだが、私の実家は床屋である。
 4月からこっち、毎日が無茶苦茶忙しくて、散髪するひまもなかったが、ようやく伸びに伸びた髪を切ってもらった。もうしばらくしたらマジで『クレしん』の「ケンちゃん」並になりそうだったので、ようやく頭がさっぱりする。

 実は父には今度の東京旅行のことは事前に話してなかった。
 別に私と父の仲が悪いわけではなく、いちいちそう言うことを話すことではないとお互いに思っているだけなのである。父自体、どこかに旅行することを予め私に話したことなどほとんどない。いつも帰ってきてから「ホラ、土産だ」とせんべいだの昆布だのを渡してくれるのが常だ。
 今回も特別どこに行くなど教えなかったのだが、ちょうど東京についた初日に、私の携帯に「今から散髪に来んか?」とかかってきたのにはビックリした。いや、さすがに東京から福岡に散髪には行けない(そう言えば、しげの携帯にも桜雅さんから「遊びに行ってもいいですか?」と連絡が入っていたな。意外と我々夫婦の行動はメンバーにも知られていないようだ)。

 でも会う早々、何となく父の顔が険しい。
 トシをとってくると、自分に内緒で遊んでいたのが腹立たしくなるのかなあ、とぼんやり考えていたらそれは違った。
 バリカンをかけながら父がポツリ。
 「お前、どこに泊まったとや」
 語尾上がりの質問口調ではない。とがめだてをする口調である。
 「……こうたろう君ちだけど?」
 「ご家族がおろうもん」
 「うん……」
 お、怒っている。これは本気で怒っている。それが証拠に、そのあと全く口を開かない。
 ともかく人に迷惑をかけるのが徹底的に嫌いな親父だ。友達とは言え、そのご家族の団欒を邪魔したとあってはどんな言い訳をしようと(いや言い訳をしようものならなおのこと)絶対に許しはしまい。
 いつもは散髪をしてもらうときにはお互い軽口を叩き合うのだが、今日はただただ静かな時間が過ぎて行く。
 次に父が口を開いたのは、「10月末は休み空けとけよ」(母の七回忌なのだ)だった。
 冷や汗が額を流れるのがわかる(゚-゚;)。
 帰りには「お前がなかなか来ないから渡せなかった」と笑いながら、しげへのホワイトデーのお返しをくれたから、いつまでも怒っていたわけではなかろうが、こりゃ今度東京に行くことになったら、もうこうたろう君ちにお泊まりはできないなあ。
 ……現実にタカリ魔になってたし(ーー;)。

 帰りに積文館に寄って本を買い、ガストで食事。
 そろそろ本気で体がダルくなってくる。帰宅して日記の続きを書いたころには、さて、明日仕事ができるかという状態になってきていた。ヤバイなあ。

 石ノ森章太郎原作・村枝賢一作画『仮面ライダーSPIRITS』1巻。
 絵自体が石森さんに似ているアシストのシュガー佐藤より、よっぽど村枝さんの方がマンガとしての仮面ライダーを自分なりに昇華していて面白い。
 ストーリーとしてはあくまでテレビシリーズの続編という形をとっているが、キャラクター造形は村枝さん独自の解釈に基づいて描かれており、藤岡弘、佐々木剛、宮内洋のイメージで今回の1号、2号、V3を見てしまうと肩透かしを食らうだろう。
 V3なんかほとんど少女マンガの美形キャラだし(^_^;)。
 でも石森さん亡きあと、ただのモノ真似の続編を描かれたって読者はそれはそれで納得すまい。多少、「原作と違う」部分があろうと、『仮面ライダー』という作品に込められた石森テイストを21世紀にどう伝えていくかという情熱のこもった作品になっていれば、そこは評価していかねばならないのではないか。
 ライダーもシリーズを重ねるにつれ、当初我々の胸を打った「孤独な戦い」が描かれなくなっていったが、今回のマンガにはそれが感じられるのである。
 2巻以降、人気の高い1号あたりでなく、だんだんマンネリ化していったスーパー1とかZXあたりの続編を描いたとき、このシリーズの真価が問われるのではないか。


2001年05月05日(土) 東京ドドンパ娘/葛飾柴又寅さん記念館

 東京旅行最終日。で、子供の日兼端午の節句。
 昨日、博品館では鯉に乗ったミッキーマウスだの、金太郎の格好をしたスヌーピーなんかを売っていたが、これ、案外海外のコレクターにとっては貴重なアイテムになるかも。

 今日もピーカン。でも東京は福岡ほど暑くない。年間平均温度では、確か一、二度だけ福岡の方が高かったはずだ。東京は今が一番しのぎやすいころかも知れない。

 ……いい気候だというのに、寝冷えしたせいか、朝っぱらからしげが「気分が悪い」と言い出す。
 夕べも布団を蹴飛ばして寝ていたので何度も掛けてやったのだが、結局ムダだったようだ。
 自宅にいてさえセルフコントロールが下手糞で、病気になっても「退屈だよう」と駄々をこねてうろつきまわり、かえって病状を悪化させることが多いのだが、まさか旅行中に具合を悪くするとはなあ。ホントにペース配分ができないやつだ。
 「たっぷり8時間寝てるのにどうしてダルイんだよう」と嘆いているが、ヘソ出したままそれだけ寝てりゃ、具合も悪くなろうってもんだ。今更、途中で旅行を中止するってわけにはいかないので、無視する。


 今朝もやっぱりこうたろう君は朝食を用意してくれている。
 今更断ることもできず、開き直ってタカリ魔になった我々夫婦は、出されたパンにぱくぱく食らいつく。
 ああ、チーズパンが美味い(*^。^*)。
 こ、このままでは済まさないからな、福岡に着たときには逆に山積のパンで迎えてやるぞ。
 ふと、目の前の空中を不思議な物体がス〜ッと通りすぎて驚く。
 「とっとこハム太郎」のヘリウム風船だ。
 「昨日プレゼントにもらったやつだよ。重りでちょうど空中に浮くようになってるんだ」とこうたろう君が説明。
 そう言えば娘さん(こうたろう君が「キノコ」でいいよと言うので、今度からそう書きます)は「ハム太郎」の大ファンだった。
 ヨタロー君がすぐぽんぽんと叩くので、こうたろう君が「そういうのイジメだから止めなさい」とたしなめている。
 この手の風船は当然私の子供のころにはなかった。今更このトシになってほしがるわけにもいかないので私も買うことはないが、案外こうたろう君本人が喜んでるのではないか。
 しげもなかなか気の利いたものを買うものである。

 今日で旅行は終わりなので、余り遠出はせず、こうたろう君の家の近所の名所を回ることにする。
 で、それがどの辺かって言うとね、なんと寅さんと両さんで有名なあのあたりなわけですよ。
 私だって、大学時代は東京に住んでいたのだが(しかもあの狂乱の80年代に!)、大学と神保町の古本屋街以外にはほとんど出歩かないという実にもったいない生活をしていた。
 おかげで実は柴又帝釈天に行くのも今日が初めてなのであった。ああ、恥ずかしい。
 驚いたことに帝釈天は実に狭い。参道も狭いが、境内も狭い。なんだかだだっ広い気がしていたのはやはり映画のマジックか。
 「神社じゃねえんだからお参りってのは変なんだけどな」とこうたろう君。
 「神仏習合じゃねえのか? 七福神祭ってるし」と私。
 こ承知の通り、七福神は神道仏教の神様仏様の雑煮状態である。建物の造りがいかにもタクミのワザ風で、よく見ると柱の飾りが狛犬に獏。規模は小さくとも、いや、逆に小さいからこそ、造形的にはノートルダム寺院のガーゴイルにも負けてないのではないか。

 帝釈天を抜けて矢切の渡しへ。
 細川たかしのイメージはカケラもない(当たり前だ)、実に田舎びた渡し舟。
 草の生えた普通の川岸に、申し訳程度にひょろりとつき出している細い板の上を渡り、無造作に差してある澪標の間を抜けて、10人乗れば満杯の舟に乗り込む。
 乗客が多いときにはさっさとモーターで行くという話だが、今日は朝も早く、船頭さんはゆっくりと櫓で漕いでいく。
 こうたろう君、「鬼平の世界だねえ」と呟く。
 江戸情緒が味わえる、という点では確かにこれは貴重な船だ。モーターボートでいくんじゃ情緒もへったくれもないと思う人もいるかもしれないが、ナニ、「田舎もんがこんなとこまで観光に来るんじゃねーよ、めんどくさいからモーターでさっさといっちまうぜ」という感覚が江戸情緒なのである。
 で、渡った向こうは千葉県(^^)。見渡す限りの山と田圃である。
 田舎もんはさっさと千葉へ行ってろ、という感じも実にいいなあ。
 更に土手を降りて川をひとつ越えて歩いていくと、『野菊の墓』の記念碑があるそうだが(そうか、あれは千葉の話だったか。つまり松田聖子は久留米の田舎から出て来て千葉で名をあげてアメリカに行きそこなってポシャったと言うことだな)、しげが疲れそうなのでそこまで歩くのは控える。
 再び矢切の渡しを渡って、東京へ戻る。今回の旅行は一都一県に渡る旅行だったな(^o^)。


 「葛飾柴又寅さん記念館」、まずは入口の寅さんが館名の看板文字をとりつけそこなっている銅像がおかしい。
 撮影に使っていた「くるまや」のセットをそのまま移設しているが、ここで団子を注文できればもっと楽しいのになあと思う。
 寅さんの映画シリーズを見ていた人ならご承知の通り、「くるまや」はむかし「とらや」だった。実際柴又には「とらや」という団子屋があり、どうやらそこからクレームがついて変更されたらしいのだが、それが40作目のこと。なにをいまさらという気がして理解に苦しむ。
 「とらさんに戻ってきてほしいからとらや」だったはずなのに、これでは寅さんがかわいそうだ。
 渥美清晩年の十作ほどは、渥美さんの病状が画面から見えるばかりでなく、映画の造りそのものが「松竹の看板作品だから」という「延命措置」がされている様子が露骨過ぎて、脚本も演出も雑の一言に尽き、余りに痛々しく、私は未だに見ていない。
 森川信もいない。
 笠智衆もいない。
 太宰久雄もいない。
 吉田義夫もいない。
 なんでこんな寂しいシリーズを続ける必要があったのか。
 私は『となりの山田くん』でジブリが松竹に大損をさせたのは、隠れ寅さんファンであるジブリの松竹に対する復讐ではないかと睨んでいる。

 記念館を見て歩く間中、こうたろう君、寅さんの真似をして「おう、相変わらずバカか?」とか言いながら、解説をしてくれる。受け答えをしてあげたいが私がさくらの真似をするわけにもいかない。
 柴又の帝釈天のミニチュア、記念館のスペースがもっと広く、これが「たてもの園」のように出入り自由だったらもっとよかったのに、と考えるのは欲かな。

 売店の「下町や」で、Tシャツを買う。しげとペアで、「労働者諸君!」「貧しいねえ、君たちは」とどでかくプリントしてある挑戦的なもの。これを着て中洲あたりを歩いていたら誰ぞから因縁をつけられそうだが、気に入ったモノは仕方がない。
 親父への土産になるものがないかな、と物色していると、こうたろう君が森田憲次のイラスト付きの寅さん標語集を「お父さんへのお土産に」と買ってくれる。
 「いや、もういいよ、それくらい自分で買うから」と言うが、「いいんだよ、親孝行の真似事がしたいんだよ」とこうたろう君。
 そう言えばこうたろう君のご両親はなくなっていたのだった。
 ち、ちくしょう、私を泣かす気だな、そんなこと言われたら断れないではないか。帰ったら親父には早速「相田みつを」を外して「寅さん」を掛けるように言っておこう。

 参道の「川千家」でうな重を食べる。福岡のより随分うす味だが、これでもこうたろう君には濃いという。私はこれくらいの味のほうがウナギの味がしてちょうどいい。ウナギをゆでただけの料理もつまんでみたが、くにくにした食感が面白い。
 ここでこうたろう君、私の昔の恥ずかしい話をしげに散々暴露する。
 エロビデオ上映会を「俺、彼女いるし」と言って見なかった話とか。青春(バカ)野郎だなあ。今なら絶対見てるんだが。
 ここでも食事をおごられっぱなしである。
 しげに「なんでさっさと出さないんだよ」と耳打ちするが「だってこうたろうさん早いんだもん」と、聞きようによってはとっても危険かつ失礼な会話をする。
 「東京の人は先に出したがるってホントだったんだ」としげは感心していたが、自分が人並み以上にトロイという事実を忘れちゃいないか。

 帰りに「ビッグ・フット」(店名の由来はやっぱりアレかな?)という玩具屋に寄って、例の「ゴジラ名鑑」や「百鬼夜行」シリーズがないかと探すが、ゴジラはもうなく、「百鬼夜行」は定価の二倍の値段をつけている。ちょっと腹が立ったので何も買ってやらないことにする。
 でもショーウィンドーに飾られていた30センチほどのゴメスのフィギュアは前傾姿勢で、うねった尻尾もリアルで、ちょっとほしくなってしまったのであった。
 ベムラーのフィギュアも前傾姿勢だったが、こうたろう君は「ベムラーはあのひょろっと突っ立ったところがいいんだよ」と拘りを見せる。ふと気付くとしげが退屈そうにしているので、オタクな会話はこの辺で打ち切る。しげも相当オタクなんだが、ウルトラ第一シリーズをリアルタイムで経験してきた世代の思い入れにはついて行きにくいだろうからなあ。何しろしげのウルトラ初体験は『80』なのである。
 こうたろう君、ヨタロー君にウルトラマンのガシャポンを買ってあげるが、これにウルトラマンが入っていなかったためにもう一度買いに行かされる羽目になるのであった。……生まれ変わったら私はこうたろう君ちの子供になろう。っていつだよ。


 午後から、こうたろう君のご家族も一緒に、日の出桟橋からハーバークルーズで東京湾一周。3階建ての、思ったよりでかい船で、600人乗りだとか。
 時間になると同時にこうたろう君たち、屋上まで上るが、これはしげが外の方が好きだろうと気遣ってくれたのだろう。ありがたいことだ。
 出発が連絡の関係からか遅れたが、船好きのしげは具合が悪かったのが本当か、と言いたくなるくらいにはしゃいで、船上を走りまわり、スクリューの回転を飽きもせず眺めている。
 私は下手に動くと酔うことが解っているので、ここではひたすら休憩モード。一日のうちこういう休憩タイムを入れておかないと、からだが持たないトシになっているのだ。

 そのあとパレットタウンに移動、残念ながら1時間待ちで大観覧車には乗れなかったが、トヨタ自動車のテーマパーク、「MEGA WEB」はまるで万博のパビリオンのようで、新しくて懐かしいのであった。
 自動車が本当に「自動」で動き、運転の必要がなくなれば、事故も渋滞もなくなる。そういう未来が、確かに実現可能なところまで来ている。21世紀はホントに来たのだと思うと嬉しい。

 車で羽田まで運んでもらって食事。
 しげ、本気で具合が悪くなってきていて、薬を買いに行かせるが、薬を買わずに土産を買っていた。バカだねホントに。なぜそこまで無理をするか。
 意識も朦朧としていたのだろう、食事をしたレストランに荷物を忘れて探しにいくひと騒動もあった。いつものケチのかたまりのようなしわん坊のしげなら、自分の荷物を忘れるなんてことは絶対にない。
 でも、また無理をしてしげは展望台までついていくのであった。

 東京の夜景はすばらしい。ここで実は密かに持ってきていた双眼鏡がやっと役に立った。葛西の大観覧車のイルミネーションが刻々と変化するのを30倍ズームで見る。
 でもこれが今回の旅行の見納め。
 こうたろう君ご一家も、我々に付き合うのは本当に疲れたろうに申し訳ありませんでした。お土産もたっぷりいただいてしまいました。特にコンタロウの『MAD☆キャラバン』をいただけたのは最高に嬉しかったのでした(あんな名作を廃品回収に出そうとしないように)。
 次回はもう少しおカネを貯めて、ホテルにも泊まり、余りご迷惑をかけないようにします。
 お互い、無理な気遣いはしないようにね。


 帰りの飛行機は5分遅れただけで無事に出発。
 飛行機の中では二人とも疲れ果てて寝る。このころから私も、しげの風邪が移ったらしく、だんだん体がダルくなってくる。
 明日一日休みを残しておいてよかった。
 とりあえず、あとは何も考えずに寝よう。


2001年05月04日(金) ウナセラディ東京/江戸東京たてもの園/『ヒカルの碁』12巻(小畑健)

 東京旅行2日目。
 昨日の曇天はどこへやら、今日は一日気持ちのいいほどの晴天である。

 朝の4時か5時ごろ、しげが寝ている私を揺り動かして起こそうとする。
 「ねえ、起きて、退屈」
 どうもまた興奮して寝つけずに目が覚めてしまったらしい。
 しかし私とて体を休めておかねば残る二日を乗り切れない。
 「おれのポケットに入ってる文庫本でも読んでろ」と言って、また眠る。
 しげにしてみれば相手にされなくて不満だろうが、短い旅行に夫婦も親子もないのだ(だったらするなよ旅行)。

 起きたのは朝の8時。
 たっぷり寝かせてもらったので、体調は頗るよい。
 二階の部屋を借りていたので、さて、こうたろう君のご家族がもう起きているのかどうか、よくわからない。
 気配で多分もうお目覚めだろうと降りて行くと、お目覚めどころか、もう朝食の準備までして下さっている。
 ああ、コンビニで食べようと思っていたのに、またお世話になってしまった。

 ここでこうたろう君の息子さんと娘さんにご挨拶。
 夕べは会えず、代わりに息子さんがコレクションしているらしいウルトラ怪獣のガチャポンの群れにお出迎えされたのだが、ようやくご対面である。
 うわあ、お父さんによく似ている。
 娘さんはお母さん似かな。
 ……実はこの二人、この日記の中でなんと呼んだらいいのか困っている。
 お父さんは「与太郎でいいよ」と言うが、そうもいくまい。しげはお兄ちゃんが与太郎なら妹は与太子?」と言うがますます変だ。しんちゃんとひまちゃんでもいいのだが、本人の許可を取ったわけでもないので、味気なくはあるが息子さん娘さんのままでいく。

 お父さんがこの二人を立派なオタクに育てようとしているらしいことは、これまでもメールのやりとりで知ってはいたが、実際に目の前で、親子の会話がオタク化しているのを聞くのはなんと言ってもうらやましい。
 ちょうどこの日の朝は、私がプレゼントに持ってきた『デジモンアドベンチャー』のDVDをかけて親子で見ていた。
 お父さんが「アグモンは進化する前はなんて名前だったかな?」と聞いて、息子さんが「チビモン?」と答える。
 「チビモンじゃないよ……あ、コロモンだ」てな会話だ。
 ありふれた会話に聞こえるかもしれない。
 けれど私は親父やお袋とこんな会話をしたことはない。オタク差別はまず親からというのが30年前の常識だったからだ。
 ああ、俺も子供のころ、親父とこんな会話をしてみたかったなあ、と、見ているだけで泣きそうになるのだ。
 こうたろう君に案内してもらっている間、息子さんは車の中でウルトラシリーズの主題歌CDを延々と流しているし、「有久さんはどの怪獣が好き?」なんて聞いてくる。ガチャポンの怪獣もよく覚えていて、「ブラックエンド」なんてマイナー怪獣を簡単に答えたりする。その「自由さ」がうらやましい。
 子供の頃、怪獣とかマンガに関することを聞くこと自体、私の親父は許してくれなかった。何度もマンガを捨てられ、自分で描いた怪獣図鑑を破られ、映画のパンフを破られた。まさしく私は「抑圧された児童」だったのである。今思い返してみても、よく親を刺さずに生きてこれたと感心してしまう。
 もちろんそれをしなかったのは、マンガを読めなくなるからにほかならない。そこまでされても、いや、そこまでされたからこそ、私は怪獣好きをやめられなかったし、マンガを読むのを諦めなかった。
 今、親父は、「大人になったお前と酒を飲みたかったのになあ」と愚痴を言う。でもそれは無理だ。私が病気になって禁酒をせざるをえなくなったからじゃない。今までに一度だって、私は親父と本気で腹を割って話をしたことがない。させてもらえなかったのだ。
 夜、遊び疲れた息子さんをおんぶしているこうたろう君を見て、つい「うらやましいなあ」とつぶやいてしまう。
 独り言だったのに、小耳にはさんだしげが、「おんぶされたいの?」と聞いてきたので、「お父さんっていいなあってことだよ」と答える。
 このあたりの感覚がしげに通じないのもちょっと悲しい。しげはまだまだ「おんぶされたい」側にいる人間なのだ。
 でも、もしかしたら私もそうなのかも知れない。


 時間が前後したので元に戻そう。
 午前中のうちに、ぜひ行きたかった「江戸東京たてもの園」まで、こうたろう君ご一家とドライブ。
 先月の『アニメージュ』で、宮崎駿が「ここはいい!」と力説していたので行く気になったのだ。江戸・東京の旧家をそのまま移転したもので、マスコットキャラクターの「えどまる」という虫も宮崎駿デザインである。

 お子さんたちはちょっと面白くないかも、と、小金井公園で遊ばせておいて、初めはこうたろう君としげと三人で西の方を回る。
 田園調布の家や山の手の家を見て回るが、いちいちこうたろう君が解説してくれるのがありがたい。
 「田園調布の家なんて別に金持ちって感じじゃないんだよ、本当の金持ちは山の手」
 要するに田園調布は成金の家ってことなのかな。でも成金でもテラスのある家なんかに住んでみたいぞ。
 麻布の家なんか、使用人の間ですら広い。
 「有久の下宿の部屋がこんな感じだったよな」と口さがないことを言ってくれるが、実はその通りだから仕方がない。あの頃は六畳一間に本を積み上げてその隙間の中で生活していた。……今もそうか(^_^;)。
 こうたろう君、すっかり喜んで、「でも、こんな家に住んでたら貧乏人は怒るよ。俺、怪人二十面相の気持ちわかっちゃった。こんなとこに住んでたら南方から帰って来る子供の顔なんか忘れてるよ」と悪態つきまくっている。
 あのー、ガイドさんもいるんだけど、いいの?

 結構子供たちも楽しめるかも、と、途中から奥さんたちも合流。
 高橋是清邸、2.26事件の殺害現場も見ることができた。二階で殺されてたのだなあ。余りに広くてすぐには見つけられず、使用人に案内させたそうだが、実際どん詰まりの部屋である。
 そのまさに殺人現場で息子さん、畳の上でゴロゴロ転がって遊ぶ。
 知らないということは楽しい(^^)。
 しげが高橋是清のシルクハットに燕尾服の写真を見て、「昔の人ってホントにこんな格好してたんだ」と驚く。確かに今時は誰もそんなスタイルをしないが、だとしたらたまにデパートで売ってるシルクハット、誰がなんのために買ってるのだ。

 たてもの園の中の「蔵」といううどん屋で昼食。
 看板に「武蔵野うどん」と解説されていて、貧しい農家で小麦粉も少なく、野菜だのなんだのを練りこんで作ったものだそうな。
 そのせいか、麺自体の色が濃く、細くてやや平べったいのに腰が強くモチモチして歯応えがある。汁の味は東京のうどんにしては濃い方。
 これはぜひ食して行くだけの価値があるのではないか。
 ふと壁を見ると、トトロがうどんをすすっている小さな額縁が。店員さんの話によると、ご本人もよく食べに来られるそうである。
 息子さんが「(映画の)クレヨンしんちゃん見たの?」と聞くので、「うん、見たよ、泣いちゃった。お父さんも泣いてたろう?」と質問し返すと、「今も泣いてるよ」と返事。
 見るとこうたろう君は笑っていた。
 息子さんはしんちゃんがコンビニでカンチョーするところが一番面白かったそうである。……大人になったらもう一度見返そうね。

 農家、風呂屋、荒物屋、花屋、化粧品屋、居酒屋、何もかも、私たちの子供の頃にはいくらでもあったものだ。
 来園しているおじいさんやおばあさんが、すれ違いざまに「珍しくもない」とぼやいていたが、それは違う。今はまだ探せば残っているかもしれないこれらの建物は、あと10年か20年でほとんど消えてなくなるだろう。
 囲炉裏も、縁側も、七輪も、ベーゴマも、みんな歴史上の知識の一つに過ぎなくなる。
 ありふれたものの保存くらい難しいものはないのだ。
 日記もそうである。
 10年ほど前、元禄時代の御畳奉行、朝日文左衛門の『鸚鵡籠中記』という日記が『元禄御畳奉行の日記』としてベストセラーになり、ドラマ化、漫画化(石ノ森章太郎や横山光輝)されたことがあった。武士の普段の生活が描かれたものとしては稀有のものだったからである。それくらい、普段のことというのは残らない。
 私の日記は自分の妻からですら「くどい」と言われてしまうが、ありふれたことをできるだけ書き残しておきたいと思うからである。今生きている私たちには珍しくもないもの、つまらないできごと、実はそれがとても貴重なことだったりするのだ。


 売店で土産物を買って、新宿へ。
 しげが「高いところに行きたい」というので、東京都庁の展望室でひと休憩して、軽食。
 いちいち周囲の建物の高さを見てはこうたろう君と「ゴジラはどのくらいの高さか」と会話するところがやっぱりオタク。
 120メートルのギドゴジですら、都庁から見下ろせばチビなのだ。ましてや初代ゴジラの50メートルなんて、今更東京で暴れさせられやしない。
 21世紀には21世紀のゴジラ像を築き上げなければ、もはや再度の復活はないのではないか。

 銀座に出て、博品館で土産物をまた物色。
 店名を見ただけでは何の店だか見当がつかないが、おもちゃ屋である。
 しげがエルビス・プレスリーの飛び出すバースデーカードを発見して狂喜する。カードを開けた途端、エルビスのどでかい顔が飛び出して来たらこりゃ驚くわな。……即座に買っていたが、そんなハタ迷惑なもの、誰に送るつもりなんだ。

 そのあと、どこかのステーキ屋で夕食。
 さっきの博品館で、しげはいつの間にかお子さんたちへのプレゼントを買っている。
 「子供の日のプレゼント」と言って手渡すが、こんなさりげない気遣いができるなんて、どうしたんだ、しげ。
 ドジでノロマで無遠慮なお前らしくないぞ。
 ステーキの肉は量は多いがなんだか薬臭くて変な味であった。

 夜の銀ブラもオツなものである。
 こうたろう君は「あんなところにもユニクロが」と、東京の街が変貌していく様を嘆くが、それがまた時代の顔であることも否定できない。
 路上で「今の政治は間違ってる」と呟く浮浪者がいる。
 演歌に合わせて踊る40代のオバサンパフォーマーがいる。
 目を合わさずに通りすぎるが、それもまさしく今の東京の風景なのだ。
 8時の鐘が銀座の街に鳴り響く。
 光る時計台をデジカメで撮った。観光客が多分これまでに何万人も撮ったであろう時計台、でも今撮った時計台は、今日のこの日のこの時刻を指しているのだ。

 「ああしまった、ここが『双子探偵』の舞台になった神社なのに」と、こうたろう君が嘆く。
 例の銀座のど真ん中にある神社ってやつだな。なるほどもうシャッターが降りていて、そこが神社なのかどうかも全く分らない。
 でも大丈夫だよ、こうたろう君、また来るから。
 まだまだ見て回りたいところが、東京にはたくさんあるのだ。


 こうたろう君の家に帰って、さすがに疲れたらしいしげは、「もう寝る」と言って実際布団に入った途端に寝息を立て始めている。
 私もゆっくり休もうとしたが、つい枕元にあった『ONE PIECE』1〜18巻と、『ヒカルの碁』1〜12巻を読み始めたら止まらなくなってしまった。
 『ヒカ碁』の12巻は未購入だったので、連載のどこまで収録されているか確認した。
 新初段シリーズが終わったあたりかあ。これがプロになっての第一の山だったところだな。このあと更に……。となるのだが、そのための伏線として実に見事である。
 さりげなく和谷と越智が主役に絡まない形でコメディリリーフを務めているあたりも脚本の芸が細かい。しつこいギャグは却って白けるという緩急の妙をよく知っているのだ。
 新登場の倉田もうじき名人(^^)、この作者たちのキャラクター造形の幅の広さを感じさせて実にいい。ここまで緻密に作られていると、やはりアニメ化はムズカシイだろうと思われる。『シャーマンキング』がひと足先にアニメ化だそうだが、ほぼ同時期に連載が始まったこの二作、つまりは『ヒカ碁』のほうはポシャったということなのかな?

 さて、東京旅行も明日が最後。ゆっくり寝て疲れを残さぬようにしないと、と言いつつ、今日は私の方が気が高ぶってなかなか眠れないのであった。

 最後に一つ、豆知識。ザ・ピーナッツの名曲『ウナセラディ東京』って、イタリア語で「東京の夕方」って意味です。“Una sera di Tokyo”ってことね。


2001年05月03日(木) 東京行進曲/舞台『ラ・ハッスルきのこショー』ほか

 えーっと、今、朝の6時。
 1日が終わってないのになぜいきなり書き出してるかというと、旅行から帰って、三日分の日記を書くのを少しでも軽減しようという、セコイわざなわけです。
 従ってこの日記、どうせまた編集しなおすんだけれども、とりあえず本日の分のPart1ということで。

 ようやく荷物の準備が終わったとこ。ほぼ半徹夜だな。
 本当はもう何時間かは寝てられるはずだったけど、3時に帰ってきたしげが、私をたたき起こしたのだ。
 いや、実はね、ついにテメエの女房にメール送るハメになっちまってね。
 ……たいしたことは書いてないんだよ、昨日一日、仕事場で何があったかとか、そんなことしか書いてない。
 なのになんであんなに喜ぶかねえ。でもうれしいのはそれとして、寝てる夫を叩き起こすんじゃねーよ。芝居見てる最中に眠っちまったらどーすんだ。

 コンビニで買ったシェーバーが使いやすい。
 旅行用だから、と安物を買ったのだが、本体をクイッとひねると、ケースが反転して刃の部分が出てくるしかけ。手のひらサイズで小さいのによく剃れるのだ。
 旅行グッズを購入すると、ちょっとした小物で気にいるものを見つけることが多いが、このシェーバーはなかなかのヒット。

 マンガ、竹本泉『てけてけマイハート』1巻。
 24歳なのに中学生にしか見えない女の子……子じゃないけど、の物語。
 なんだかしげを見てるみたいでやな設定だなあ。
 でももっと近いのは『ここだけのふたり!』の奥さんのほうだけどね。



 で、Part2(^^)。

 荷物を極力減らして福岡空港へ向かう。
 1時間以上も早く出ているのに、心配性の女房は「ギリギリだ」とベソをかいている。
 世間では搭乗手続きの30分前に着くことを「ギリギリ」とは言わない。

 今回の旅行、旅費だけでン万円してしまったので、東京での食費その他はしげに借金、泊まりは友人のこうたろうくんチになだれ込むという、極めてハタ迷惑な計画である。
 さすがに手ぶらでお邪魔するのも非道なので、土産の一つも買おうかと、空港の土産物屋を物色する。こういう時、オタクは絶対まともな土産物を選んだりしない(^^)。
 数年前からこの博多の土産物というのに、キャラクターものが異様に増えてきているのだが、「カールおじさん」も「ミッキーマウス」も「ハローキティ」も、みんなハッピ着て「山笠」に乗っているのである。
 しかもみんな明太子味。
 ……これって、アレですかね、博多以外の人間に明太子の偉大さを知らしめてやろうという博多人の傲慢さの表れではないですかね。
 言っときますが、こんなもん自分で買って食べる博多人はいません。
 明太子そのものは私も好きですが。
 ……こんなの送られたって困るだろう、という感じだが、実は以前東京に行ったときにも私は友人に「山笠キティちゃんの高菜」を送っているのである。
 アチラの娘さんがキティちゃんのファンだというのに味をしめて、今回は「山笠キティちゃん長浜ラーメン(ピンクとイエローの器付き)」を買う。友人の困った顔が見えるようだ(^^)。

 さて、土産も買ったし、登場手続きも済んで、あとは乗りこむだけ、という段階になって、場内にアナウンスが。
 「天候不良のため、10分ほど発着が遅れております。もうしばらくお待ち下さいませ」
 ああ、ちょっと、遅れているのかあ、まあ、曇ってるからしかたないかなあ、とのん気に構えていたのだが、出発時刻になっても状況に全く変化がない。
 アナウンスが突然、
 「出発予定の機体が、天候不良のため上空で旋回中です」
 に変わった。
 おいおい(・・;)、と思って空を見るが、確かに雲って小雨がぱらついてはいるが、ひどい天候のようにも見えない。それとも上空にアンバランスゾーンでもあるのか、とだんだんイライラしてくる。
 待合の前の席では、やはり同じ飛行機に乗るらしいおじさんが暇つぶしに例の『チーズはどこに消えた?』を読んでいる。……なんだか状況に似合ってる気はするが、ここで、「いつまでも待っていても仕方ない、ほかの手段を探そう!」と考えたって意味ないよな。つくづく役に立たん本である。
 ようやく機体が到着した、ということで、バスで機体まで運ばれる。これがまた空港の端から端までの移動で、えらく時間がかかるのだ。
 スカイマーク、他の会社に比べて、ちょっとないがしろにされているのかも。
 ようやく乗りこんで、いざ出発かと思ったら、またもやアナウンス。
 「ただいま出発時刻が大幅に遅れております。あと15便後の出発ですので、しばらくお待ち下さい」
 絶対、差別されてるぞ、スカイマーク。

 待ちの間、仕方なく本でも読んでいようかと、持ってきた文庫本を広げた途端、しげが「旅行になんで本を持ってくるの!」と怒って取り上げる。
 「だって、退屈だし」
 「私と話したくないの?」
 「そうじゃないけど、今はできないじゃん。出発すんの待ってんだし」
 「……解った」
 「本、返してくれる?」
 「私が読む」
 ……仕方ないので、私は機内サービスのオーディオで、寄席と漫才を聞いていたのだった。

 山遊亭金太郎の「善哉公社」、ぜんざい屋がもしもお役所だったら、という発想は面白いのだが、ぜんざい一つ食べるのに書類に住所氏名年齢、職業まで書かされ、窓口をタライ回しにされるまではまあ笑えるが、本巻と別館が四駅も離れていたり、違約金が30万円だったりと、エスカレートのさせ方がいきなり過ぎて笑いが急に引く。語り口も今一つ解説的でトチリも多く、これで真打とはなあ、とちょっとガッカリ。
 Wモアモアの漫才「妹の結婚式」はまあまあだったが、トリの三遊亭夢太朗の「寝床」がまたひどかった。古典なので筋を書くのはは省くが、義太夫を聞きに来ない人間の数を増やしすぎているのである。そうやって長引かせておいて「半ば」で終わりってのはちょっとひどいのではないか。
 このオーディオサービスの落語、他の航空会社でもやってるが、スカイマークは本数も少ないし、縁者も今イチな人ばかりである。やっぱり予算が足りないのか?

 結局出発は到着時刻を越して、1時間40分遅れで福岡空港を飛び立った。
 その間、斜め前の席で、小学生くらいの子供が「窓際の席がいい」と泣きじゃくり続け。それをまた母親が全くしつけられない。「落ちついて」というばかりで、実質放任状態である。
 昔と今を単純に比較するのも年寄りの繰言みたいでアレなんだが、ウチの母親だったら、5分も私が泣いてりゃ便所に引っ張ってって、ケツひっぱたいてるな。いや、それ以前に、私は子供のころから、「外では泣かない」ように徹底的に躾られているのである。
 「外で泣くようなら旅行にも映画にも二度と連れていかない、外だろうとなんだろうと、尻をひっぱたくし、“やいと”をすえる」
 それくらい、幼児虐待でもなんでもないのになあ。
 私が隣の席だったら、このガキ、泣けないくらいに脅してやるんだがなあ、と思っていたが、1時間以上泣き通してそれに影響されたか、あっちでもこっちでも子供が泣き出した。
 たまりかねて後ろの方の窓際のおばさんが「代わってあげようか」と申し出たが、ガキは「やだ、あっちの席がいい」、とまだ泣く。
 結局、ガキから「指名」された窓際の女性二人に頼みこんで、その母子が席を移った途端、ガキはケロリと泣き止んだのだが、もしかしたらこいつら、初めからそれがねらいでやってた確信犯だったんじゃないかなあ。
 この母子は幸いである。
 もし窓際にいたのが私ら夫婦だったら、絶対席は譲らない。それどころか、この母子、多分、飛行機自体を降りることになっていたただろう。
 ……ガキガキと悪く書いてしまったが、子供に罪はなく、悪いのは親であることは明らかだからだ。

 飛行機からの降りしな、この母子をチラリと見たが、ガキの顔は宮川大助そっくりだった。育て方間違えると顔も歪んでくるのかなあ……って宮川さんごめんなさい。


 羽田空港に着いたのは1時過ぎ、迎えにこうたろう君が来ている。
 「すまない、待ってる間あんまり腹減ったんで、先にカレー食べちゃった」
 ……いや、謝るならこっちの方だってのに(ーー;)。
 モノレールで浜松町まで、外は小雨といってもほとんど傘を差す必要もなく、なんであんなに飛行機が遅れたか、やっぱりよく分らないのだった。

 六本木まで地下鉄で移動、ハードロックカフェ東京で、少し遅い食事。
 こちらの建物は福岡のホークスタウンにあるものと比べるとひと回りほど小さい。でも建物の壁面にでっかいキングコングの人形がぶら下がっているのは東京だけのようだ。
 店内に入り、席に着いてビックリ、壁にまたでっかい「サ○ババ」の写真が飾られているのだ。
 「なんでサ○ババ?」とこうたろう君に聞くと、
 「しっ! あれはジョン・ベルーシだよ」と言う。
 ……もちろん冗談で言っているのだが、もしかして何か「触れてはいけない事情」と言うものでもあるのだろうか。
 謎が多いぞ、ハードロックカフェ。
 こうたろうくんはカレーを食べているので、ハンバーガーもサンドイッチももっぱらしげと私とで食う。なのに払いの方は、いつの間にかサラッとこうたろう君が払っていたので、我々は先ず負け1でスタートしたのであった。
 これ以降、何やかやと「どちらが払うか」で勝ち負けを競っていたのだが、くどくなるので書かない。でもトータルすると3勝10敗くらいで負け越した気がする。これじゃマジでタカリ魔だな。
 こうたろう君、ほんとにどーもすみません。

 芝居を見るまでには時間の余裕がありそうだったので、目黒まで回り、「目黒寄生虫館」に行く。
 大学時代、いっぺん話のタネにここに行ってみよう、と思っていたのに、行きそびれていた。昔はいかにも怪しげな、秘密の研究所か衛生博覧会か、という雰囲気だったらしいのだが、何年か前に改装されて、今は外観はすっきりしたデザインのちょっとしたデートスポット、と言ってもいい感じになっている。
 実際、カップルも結構来てたし。
 中に入ると、思っていたよりずっと狭い。
 倉知淳のミステリ『日曜日の夜は出たくない』の舞台にもなっていたので、まず「作中に登場するエレベーターはどこだ?」と探してみたのだが見当たらない。あのあたりの描写はやはりミステリとしての創作なのかな、と思って展示物を見て回る。
 やはり8.8メートルの日本海裂頭条虫(サナダムシ)、というのが圧巻。横に「これと同じ長さです」と、8.8メートルの紐がフックに引っ掛けてあって手に取れるようになっているのだが、確かに長い。手繰っても手繰っても終わらないのだ。こんなのに寄生されてたら食っても食っても終わらんのじゃないかという気がしてくる。
 しげのあの食いっぷり、もしかして寄生されてるのではなかろうか。
 こうたろう君、葛飾北斎の描いた陰嚢象皮病患者の絵を見て感心している。これはバンクロフト糸状虫が脚の付け根のリンパ管に寄生するためにリンパ管および皮下組織が増殖する病気である。
 つまりき○たまがどでかくなっちゃう病気なのですね。
 これがまたどれだけでかくなるかというと、股間にサンドバッグを引きずってるくらいどでかい。ウソだと思ったら、みんなも目黒寄生虫館に行ってみようね。
 しげは劇団のメンバーへの土産として、寄生虫ハガキを買いこんでいる。この「もらって困る」ものばかり買う、というのは我々夫婦の悪癖なのだが、文字通り「粗品」なのであるから、我々の謙虚な心の表れとして受け取っていただきたいものである。
 寄生虫Tシャツも売っていたが、しげは「思ったほど立体的じゃなかった」と買わなかった。フタゴムシのロゴマークなんか、ちょっと見ただけだと蝶々みたいでかわいかったのになあ。
 最後までしげは「寄生虫饅頭があれば買ったのに」と悔しがっていたが、そんな売れんと解ってるもの、誰が作るか。

 「寄生虫館」の裏手にちょうど中井英夫『虚無への供物』で有名な目黒不動尊がある。
 と言ってもこうたろうくんにそう言われるまで忘れていた。これだから濃いミステリファンは油断がならない(^_^;)。
 細い、民家の間を微妙に蛇行している一見参道のようには見えない路地を抜けて行くと、目黒不動尊の裏手に出る。表に回る間にも急勾配の坂道をぐるりと降りていくが、木が道に差し掛かって、曇り空ではあったが、晴れた昼の日でもこの小径はやや暗いのではないかと思わせた。
 こうたろう君、街中なのに鬱蒼とした雰囲気に感心したのか、「いやあ、これはミステリーの舞台になるよ」と呟く。
 なるほど、死体の一つや二つ転がっていてもおかしくない……って、お不動様に対して失礼な。
 残念ながら不動尊は閉ざされた扉の向こうで拝むことができなかったが、なぜか本堂の裏手で雨ざらしになってる大日如来像などはじっくり見物できたのであった。
 こうなると残る目赤、目白、目黄不動も全部回ってみたくなるなあ。


 天王州アイルまで戻って、時間待ち。
 海が近いので、しげはやっぱりはしゃいでいて、ずっと外で海を見ていたい様子であったが、さすがにこちらは1時間も潮風にさらされたいとは思わない。芝居の時間まで喫茶店で過ごす。
 「ここもバブリーな建物なんだよなあ」とこうたろう君。
 「でもそういうのがたくさん建ってくれたほうがいいよ。芝居が見られるから」と私。
 芝居だの映画だの、制作に関しては基本的に山師的な特徴を持っているものなのだ。おかねもちのオトナ達をうまい具合におだてて乗せて、自分たちの芝居をコヤにかけさせてもらわねばならぬのである。
 いつぞやの「二国」問題なんかもその延長線上にあるよなあ、と私なんかは思っているのだが。その第二国立劇場も今回の旅行で通りすがりに見られた。イヤハヤ、予想通り、ムダにでかい建物である。
 喫茶店の名前は忘れた。多分スターバックスみたいな店。しげに言わせりゃちょっと気取った感じの店は全て「おしゃれカフェ」である。
 アイス・カフェ・ラテを注文するが、内心、たかがアイスコーヒーに何を気取ってそんな名前を、と舌打ちしている。こういう男は女の子との間にムードを作ることが徹底的に下手である。


 劇場、アートスフィア前には花輪の山。
 へえ、こんな人もあんな人も、と見ていてなかなか面白い。ビートたけしとか所ジョージとかに混じってなぜか宮崎哲也。どこで誰とどう知り合ったんだか。
 笑ったのはきたろうさんに送られていた「クウガと愉快な仲間たち」からの花輪。未確認生命体も仲間の中に入ってるのか?
 芝居のパンフを買って、買い損ねていたCDも購入、シティボーイズのグッズでもあれば買いたいなあ、と思ったが、そういう類のものはない。
 「そんなん作っても売れんやろ」としげが言うが、「寄生虫饅頭」に拘ったアホに言われたくはない。

 いよいよ『ラ・ハッスルきのこショー』の始まり。
 オープニングからいきなり五人の方々がある正装をして現われたので場内爆笑。
 いずれWOWOWで放送されるし、それを楽しみにされてる人もいるだろうから、詳しい内容はここでは書かない。
 でもシティボーイズのお三方と中村有志、いとうせいこうのお二方のコンビネーション、3年ぶりでカンが狂ったりしてないか、とか、演出家が代わったので、ギャグのレベルが落ちてないか、とか心配していたのだが、それら不安の全ては杞憂。
 いやあ、ナマはやっぱり気持ちいいっすよ!
 ビデオを通しても面白かったスケッチの数々、ナマだと感動は5倍、10倍に匹敵する。メンバーの諸君もぜひとも今からおカネをためて、来年はみんなで東京に行こう! 一月で一万円ずつ貯めれば、余裕で二泊三日できるぞ。

 ああ、でも今回も放送禁止になるんじゃねえかってネタ、結構あったなあ。
 『ラ・ハッスル千恵子ショー』、下手すりゃ全編カットされるんじゃないか。
 おっといけねえ、内容に触れねえと言いつつ、つい筆が滑っちまったい。
 芝居についてはここまで。


 こうたろう君のウチに泊めてもらうのはもう十何年ぶりだろう。
 思い返すと学生のころからこうたろう君には世話になりっぱなしだったなあ。
 「息子たちが楽しみにしててねえ、有久さんに会えるって」
 ……どんな紹介のしかたしてるんだか。残念ながらもうお子さん方はお休みだったので、奥さんにご挨拶して、部屋に案内してもらう。
 もう布団が用意されていて、布団マニアのしげは早速寝転がってご満悦。実際こいつには肉料理と白いメシと布団をあてがっておけば一生幸せだろう。

 お風呂をいただいて、福岡から持ってきたDVD『エクセル・サーガ』最終巻をこうたろう君、しげと私の三人で見る。
 最終話は実はテレビでは未放映だったので、こうたろう君は未見。
 ああ、しかしこれは血はドバドバ吹き出るは、ホ○ルが出て来て幼女の巨乳は出てくるは、とてもご家族で楽しめるアニメではないなあ。そんなもんを夜中に見てケラケラ笑ってる我々って、いったいなんなのだ。
 こんなバカアニメを「これで悔いはない」と言いきるほどに待ち望んでいたこうたろう君も人の親としてどうか。
 ……って、DVD持ってきたのは私だって(^_^;)。
 こうして東京の夜は更けて行く。いや、どこの夜も更けるけど。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)