無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年04月27日(金) 祝、2000ヒット/映画『チキンラン』

 わははい、2000ヒットだ♪
 個人ホームページの立ち上げはどうなったって声も聞こえてきそうだが、いや、資料集めは進んでるんですよ。天知茂の明智小五郎シリーズは全話録画したし。
 でもそれを整理し記録する時間がない……(-_-;)。
 友達にも言われているのだが、やりたい事が多過ぎるのである。頭の中に浮かんでるコンテンツだけで10個近くあるのだからなあ。その記事全部埋めようなんて、そりゃ無茶な話ってもんだ。
 実際、自分の満足できるようなホームページを作ろうと思ったら、スタッフを何人も雇って、プロダクションでも経営するしかない、という事はわかっちゃいるのだ。
 金にもならんのに誰がそんなことするか。
 と言うわけでホントに一人で取り組んでるものだから、やたら時間がかかるのである。でも一通り記事が揃ったら、たとえ途中でも立ち上げないとなあ。
 とりあえず夏までには必ず、としておこう。でないと入院予定もあるし、確実に秋にずれこむものな(^_^;)。


 女房がCSの「ヒストリーチャンネル」にハマってしまったおかげで、朝がたニュースを見ることすら出来ない。天気予報も見られないというのは本気で困るんだが、女房は意に介した様子さえない。
 いやまあ、流して見てても面白くはあるけれどもねえ。なんでこう毎日、吉村作治の顔ばかり見てなきゃならんのか。
 ちょうど小泉政権が誕生して、政治に興味のない私ですら、こりゃ面白くなってきた、という気がしてきているのである。腰砕けになる可能性は非常に高いのだが、「青二才に政治ができるか」という顔でふんぞり返っている他の政治屋どもの肝を冷やしてくれるだけでも溜飲が下がる気がしている。暴言や不適切発言の一つや二つなんだってんだ。
 ともかく「閣僚からどんな発言が出てくるか分らない」なんて時代がこれまでにあったか。ご本人たちがどう思っているか分らないが、意外性という点では今回の内閣、「吉本新喜劇内閣」だと私は思っている(←誉めてんだよ)。
 これは小泉総理が桑原和男に似ているという事で連想したわけでは決してない(^^)。


 薬が効いてるおかげが、昨日一昨日よりはふらつかないでいるが、体がキツイのには変わりはない。
 仕事が滞らぬよう、同僚の何人かに割り振ったりして、自分の負担を軽減しつつなんとかやり過ごすが、それでも午前中は椅子に座る間もないほど忙しかった。
 傍目にもオカシク見えていたのだろうなあ。今日はやたらと「大丈夫ですか?」と聞かれる。去年だと、「見てわからんのか、大丈夫かどうかくらい」と内心ムッとしてたかもしれないが(と言うか、そもそもそういう言葉すらかけてもらえなかった)、今年は素直にありがたいと思ってしまう。
 精神的な健康って、やっぱり大事だよなあ。
 私の精神衛生上、一番ストレスを与えているのは、去年は職場だったが、今年は女房である。
 状況はずいぶん改善されたものだ(^^)。


 マンションの鍵が今日から付け替え。
 帰宅してみると、なるほど、鍵穴がタテ型からヨコ型になっている。
 空き巣が増えたため、ということだが、確かに今度の鍵は針金一本じゃ開けられないような工夫がされてある。
 鍵は各戸4個ずつ配布されているのだが、女房に「1個くれ」と言うと、「私がまだ自分のホルダーにつけてないのに、アンタに渡すわけにはいかん」などと言う。
 こういうアホなこと言われると本気で幻滅するんだよなあ。甘えてるつもりなのかも知らんが、会話する気をなくさせてどうするつもりか。
 連休はなるべく女房と会話しないようにしないと、かえってストレスが溜まりそうだ。……って書いといても女房、少しも反省せんのだよ。やれやれ。


 さて、またまた今日もネットで他人の日記の回覧。
 一昨日の私の日記に、ある少女漫画家さんの日記を読んでいることを書いていたら、早速その方の日記に「読んだよ〜」という内容のことが書き込まれていた。
 なんとありがたいことに、私の日記を「お気に入り」のリストに加えてくださっている。日頃、女房から「くどいんだよ、アンタの日記は」と言われていて、「性格だから仕方ないじゃん」とイジイジしていた身にしてみれば、読者が一人いてくださるというのはなんとも嬉しい。
 私もあなたの日記を毎日楽しみに読んでますよ、とお礼のメールを送ろうかと思ったのだが、そこで、ハタ、と考えこんだ。
 見も知らぬ相手からいきなりメールを送られる迷惑を考えると、いささか躊躇するものがある。何より、相手のご主人が気を悪くされるのではないかと心配になったのだ。
 自分の妻が、夫そっちのけでパソコンにはまっていたりする場合(その漫画家さんのお宅がそうだとは限らないが)、あまり嬉しくは思わないだろうし、そこへメールなんかが届いた日には、どんなにココロのできた夫であっても、内心、穏やかではあるまい。
 漫画家さんだからなあ、ファンレターとかで慣れてらっしゃるんじゃないかなあ、とは思うのだが、ともかく失礼は避けたい。
 この日記を私信代わりに使うのも何なんだけど、これを読んでいらっしゃると思って、改めてお礼申し上げます。
 誤解を招いたようで申し訳ありませんが、あなたの正体を本気で探りたいと思っているわけではありません。正体がバレると自由に日記も書けないでしょうから、あてずっぽうで「○○さんでしょ?」なんて言うつもりもありません。あなたの仮名すらここに書かないのは、あなたが誰であるかを探ろうという意志のないしるしだと思ってくださいませ。
 ほんとにただ勝手に「どんな人なのかな」と思っているだけなのですが、日記の文章から、何も語られなくても、優しくお美しい方だということはそれとわかりますので、それ以上の詮索はしないつもりです。
 重ね重ね、失礼いたしました。もしもこの文章も迷惑であるということでしたら、すぐに削除いたしますので、その旨メールででもお知らせください。
 どうか、今後もお仕事に育児に夫の操縦に、頑張ってください(^^)。

 ……なんか読み返してみると、ちょっとナンパ文だな。
 いや、つい昔のワルイ癖が。
 これはこちらの女房の悋気の方がチト怖いかもしれない(^_^;)。


 夜、女房を誘って、映画『チキンラン』を観に行く。
 出がけに女房がまたグズグズしていて、しかもやっぱり新しいキーをなかなか渡そうとしなかったので、腹を立ててさっさと自転車をかっ飛ばし、先に行く。
 いつもはそこまでのことはしないのだが、先にパンフを買っておかないと、帰りには売店は閉まってしまうのだ。
 キャナルシティに着いたのは上映15分前だったが、売店に列ができていて、パンフとファンタを買うのに10分かかってしまった。やはり女房を置いて行って正解。こういう時に愛情はかけぬのがオタクのサガであることは全くもって『厩火事』。
 場内に入ってすぐ予告編が始まったが、女房もようやく到着。私から離れたところに座るので、どうやら置いてかれたことを根に持ってる様子だが、どうせ映画が終わるころには忘れているだろう。
 『チキンラン』、ご贔屓のイギリス・アードマンスタジオ製作の長編クレイ(粘土)アニメーションだが、実はあまり期待していなかった。
 CGアニメーションの傑作を次々とモノにしてきたピクサーもそうだが、小さな製作スタジオがハリウッド・メジャーと組むと、たいてい作品が大味なものになってしまって、まあ、面白くないとはいわないが、「この程度?」と言いたくなるような出来に落ち着いてしまうことが多いのである。
 ピクサーの『トイストーリー』シリーズも面白いのだが、短編の『ルクソーJr.』や『ゲイリーじいさんのチェス』の方が何倍も面白かった。
 ましてやアードマンはあの『ウォレスとグローミット(断じて発音はグルミットではない。最初NHKで吹きかえられた時もちゃんと「グローミット」と発音してたぞ)』を作ってきたところである。……ドリームワークスと組んで、さて、面白いモノが作れるのかいな、と危惧していたのだ。
 オープニングを見たとき、それは杞憂だったかと思われた。
 養鶏場から逃げ出そうとするニワトリたち、ある時は変装し、ある時は地下道を掘り、何度も失敗しては主人に捕まって檻の中に連れ戻される。
 この辺の展開がモロ『大脱走』のパロディで、畳み掛けるような展開にあのテーマソングそっくりの曲がかかって、大いに期待させられた。
 ……でも、そこまでだったんだよなあ。
 つまんなくはないんだけど、やっぱりハリウッド・メジャーの予定調和的展開で、全く意外性がないのだ。『ロング・トラウザーズ(これも『ペンギンに気をつけろ!』なんて言いたくない。ちゃんとNHKは『はきちがえたズボン』と訳して放映していた)』で、線路から脱線しそうな機関車のおもちゃに乗っていたグローミットが、とっさの機転で危険を回避したあの秀逸なアイデアに見られるような「おおっ!」というような展開が全くない。
 寂しい。寂し過ぎる。
 後ろに座ってたカップルは、女性の方が二回目らしく、彼氏にいちいち解説してやっている。見終わって、「ねえ、面白いでしょ」「うん、とても面白かった」と会話していたが、私は思わず、
 「違う! アードマンの面白さはこんなもんじゃないんだ!」と言いたくなってしまった。……ホントに言ってたら変態だが。
 ツマラナサの原因の一つは、はっきりしている。
 チキンたちが喋っているのがダメなのだ。グローミットやベンギンは喋らなかったからこそ、あれだけの「演技」が出来たのだ。クレイアニメーションは、たいてい喋らせると失敗する。……そのくらいの基本がわかってないアードマンだとも思えないんだが。
 なんだかこうなると、『W&G』の新作も、はたして期待できるのかどうか心配になってくるのである。


 帰宅するとさすがに仕事疲れに映画疲れも重なって、布団に倒れこむようにして眠る。
 女房との諍いの仲直りは明日に持ち越しである。


 フト気付いたが、「オタアミ会議室」に書きこんだ『映画クレヨンしんちゃん』の感想、ニフティに加入してない人には読めないのだった。劇団のメンバーの諸君にはぜひとも何かの機会に(できればGW中に)見に行って欲しいので、ネタバレを承知の上でここに書く。
 日本映画史上随一の傑作であることは保証します。



 東京地方ではしんちゃん、ひまわりちゃん、女子アナ軍団の舞台挨拶もあったという(福岡にも来ないかなあ)『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』、公開初日に天神東宝まで行って参りました。
 実は毎年初日に行ってるんですが、今年はちと様子が違う。もう毎回チケットが満席完売、これまでもヒットこそしてましたが、初日だからと言ってそこまでのことはなかった。おかげで仕事を早引けして(おい)映画館に駆けつけたというのに、入場できずに次の回を待ち、1時間並ぶハメになってしまいました。
 思えらく、事前に情報を仕入れていたオトナたちが結構大挙して押し寄せたのではないでしょうか。それくらい今回の作品は70年代のノスタルジックなムードに浸れるガジェットがてんこ盛りだったのです。


















 かすかべで開かれることになった「20世紀博」、大人たちは連日懐かしいかつての特撮、アニメ、おもちゃや遊びのとりこになって、だんだん子供化していく。
 そしてある日突然起こる大人たちの失踪という逆ハーメルン現象、子供化した大人たちによる子供狩り。
 ……あの可愛らしい絵柄でやられるものだから、意外に気付きにくいのですが、これは思いっきりホラーでハードなSFストーリー展開であります。
 しんちゃんを初めとする、カスカベ防衛隊はパパやママたちを奪還するために「20世紀博」をウラで操る秘密組織「イエスタディ・ワンスモア」(しんちゃんは勝手に「オトナ帝国」と名づけてます(^_^;))に殴りこみをかけるのですが……。

 既に冒頭の大阪万博再現、ウルトラマンならぬスーパー(ひろし)SUN対ゴモラモドキ(怪獣の名前もつけてほしかったなあ)のシーンで、あの当時を知る身としては感激に打ち震えてしまうのですが、それからこれでもかこれでもかというほどに繰り出される失われし20世紀の思い出の数々、魔法使いサリーが、セーラームーンが、ジャイアント馬場が、やたら丸っこい車やオート三輪が、同棲時代や夕日の下町が、あの時代を象徴する数々の名曲、『ケンとメリー』や『白い色は恋人の色』、『今日までそして明日から』をBGMにして、脳髄を直撃してくるのです。
 ラジオから「♪なーあああ、いんてぃんでぃあーん♪」と『聖なる泉』が流れてきた時なんか、思わず「よしっ!」と(何が「よし」なんだか)握りこぶししてましたね。

 ひろしたちオトナを子供に返していたのは、その時代の「匂い」。現実の21世紀はその「匂い」をなくしている。来るべきはずだった未来、失われた21世紀を取り戻すために、もう一度「20世紀」からやり直す。それが「イエスタデイ・ワンスモア」のリーダー、「ケンちゃんとチャコちゃん」(何となくサチコとイチローのほうが合いそうな気がするけど)の計画。
 ひろしは自分の靴の匂いのおかげで、懐かしい匂いの世界から脱出することが出来るのですが、このときの回想シーンは、しんちゃん映画史上、屈指の名シーンでしょう。
 万博会場でアメリカ館の月の石を見るために並んでいた親子、でも、あまりの行列の長さに閉口して、結局、親に説得されて子供は泣く泣く列から離れる……。
 ……ええ、ええ、私も同じ経験しましたとも。1970年を幼稚園か小学校低学年で過ごした身なら、あのひろしを「アレはオレだ!」とシンクロさせて見ることでしょう。思わずあの時の甘言を弄して私をムリヤリ列から引き離したオヤジに対する殺意が31年ぶりに復活してきましたよ(^^)。
 ……月の石かあ。今や北九州スペースワールドに行けば、別に並びもせずに間近で何十分だって見られるようになりました。あのときの無念を、どこにどうぶつけたらいいのやら。
 それはそれとして、靴の匂いをかがされたひろしの脳裡を過去の走馬灯が駆け巡ります。
 青春時代、彼女との自転車の二人乗り(やったやった)、就職、失敗を繰り返す新人時代(やったやった)、みさえとの出会い、結婚、生まれてくる子供(ああ、ほしいなあ)……そして目覚める今。しんちゃんが声をかける、「と―ちゃん、オラがわかる?」
 えいくそ、思い出しただけでまたジンときちまうぜ、べらぼうめ(T_T)。
 目覚めたひろしとみさえは、しんちゃん、ひまわりと、「20世紀の匂い」を止めるため、発生装置のあるタワーの頂上を目指して走ります。再び自分たち家族の21世紀を取り戻すために。
 そうなのです。20世紀は確かに懐かしい。昭和のころに、60年、70年代に帰ってみたい。そういったノスタルジーを否定することは誰にも出来ません。
 でもそれを否定するのではなく、まるごと飲みこんで21世紀に一歩を踏み出す、そうしなければいけない、少なくともしんちゃんたち21世紀の子供はそれを望んでいる。
 「オラとうちゃんたちと一緒に大人になりたい!」……ここしばらく、「ずっと子供でいたい」アニメが多かった中、しんちゃんのこの叫びはマジで感動ものでした。
 「大人になれよ」という押しつけがましい説教ではなく、自らの心の中から「オトナになりたい」という思いが生まれてくるドラマなのですから。
 でもオタクにはややイタイ面はありますけどね。
 ……ちょっと不安だったのは、展開は地味だし、こういうの、会場の子供たちには面白くないんじゃないかと思ってたんですが、ギャグシーンで笑うの以外、水を打ったようにシーンと、みんな映画に見入っていたんですよねえ。なんと行儀のよいことか。
 やっぱり彼らは「しんちゃん」の視点でこの映画を見、とうちゃんたちの思い入れがよく分らないなりにも、「救いたい」という思いから映画に入り込んでいたのでしょうか。……子供なりの家族愛かな、やっぱり。
 誰でしょうね、「『しんちゃん』見てると子供が生意気で反抗的になる」なんて言ってたやつは。

 ほぼ大満足のこの映画の中で、ちょっとだけガクッときたのは、コサキンの芸ナシぶり。……「アッと驚くタメゴロー」も「ガチョーン」も「ヒジョーにキビシーッ」もまるで似てない。声質が真似できないならできないで、勢いくらいはほしかったのに、あれじゃとてもプロとは言えない出来でした。……私はコサキンの「面白かった芸」というものの記憶が未だにないのですが、ハテ、なぜ彼らは売れてるのでしょうかね?
 あと、原監督がお好きな気持ちはわかるのですが、もう『ブルースブラザース』のパロディは二番煎じの印象が強くなるんでやめた方がいいんじゃないですかねえ。

 原監督に交代して以来、以前ほどのパワーを感じなくなっていたのですが、今回は久しぶりに堪能させて頂きました。……でもここまでの大ネタ振っちゃったあとだと、次回作に苦労しそうな気もします。でもぜひとも来年は第十作記念映画を作ってほしいものです。
 ああ、『しんちゃん』の映画シリーズ、DVDになるのをずっと待っているのに、発売予定は全くないのか!


2001年04月26日(木) イシャはどこだ!/映画『黒蜥蜴』(1962年・大映)ほか

 朝になったら少しは具合もよくなってるかと思ったが、相変わらず眩暈が激しい。
 寝汗はかいているが熱はないし、頭痛もしないので、風邪ではなさそうだ。
 要するに自律神経失調症の類かと思って、ともかくも医者に行く。
 診断は一言、「風邪ですね」。
 眩暈と立ちくらみと吐き気と寒気しかしないのに?
 「寝汗をかいてるってことは熱が出てるってことなんですよ」
 ともかく医者にそう言われた以上は納得するしかない。栄養剤の注射をしてもらい、薬をもらう。心なしか、注射のおかげで気分が回復したような。


 病院の待合に、大塚製薬発行の『OTSUKA漫画ヘルシ−文庫』というのがあったので、何気なく手にとってみると、この作者のラインナップが凄い。
 ほんの小さな冊子なのに、横山隆一・前川しんすけ・二階堂正宏・浜田貫太郎・秋竜山・小山賢太郎・赤塚不二夫・あべさより・石ノ森章太郎・ヒサクニヒコと言った、錚々たる面々がズラリと並んでいるのである。でもなんだかいかにも大家の手遊びと言った感が強く、ほとんどマンガ的に面白いと言うほどのものではなかった。
 唯一笑えたのが二階堂正宏の『生命の誕生』。だいたい、健康シリーズでなんで「生命の誕生」か、という気がするのだが、その生命の誕生を探るために、ビッグバン直後の宇宙へ「どこでも四畳半」で飛んで行く、というのが無茶苦茶だ。で、主人公の男の子の名前が「無茶雄」。……確信犯だな、こりゃ。
 ほかにも『ぞうのはなはなぜながい』という絵本があって、この絵を『コロポックル物語』シリーズの村上勉が描いている。何気なく手に取ってみると、これが表紙には書いてなかったが、あの『ジャングルブック』のラドヤード・キプリング原作の童話であることに気付き驚いた。
 さらにはその中に『クジラはなぜクジラになったか』という話が収録されていて、これの原作者が『アイアン・ジャイアント』のテッド・ヒューズ。
 うひゃあ、なんだかさりげないところでとんでもないものを見つけてしまったぞ。ストーリーも結構ぶっ飛んでいて、クジラはもともと神様の畑に生えていた野菜だったそうである。あまりにでかいその野菜のせいで、ほかの野菜を育てられなくなってホトホト困り果てた神様、仕方なく動物たちにクジラを運んでもらって海に捨てた。クジラは塩を吹いてなんとか小さくなり、もう一度畑に戻りたいと今も塩を吹いているのです、というもの。
 ……オチは『李さん一家』か『ヨダカの星』か。なんにせよなかなかの珍品である。
 出版社等が判れば、と、あとでネットを検索してみたが、この本に全くヒットしない。……もしかして、結構な希覯本? もういっぺん病気になって(おいおい)、医者に行ってタイトルと出版社、確かめてこようかなあ。


 仕事は今日から少し楽になる。
 明日一日働けば三連休だし、ちったあ養生できようというもの。
 何人かの同僚から「大丈夫でしたか?」と心配されるが、去年はこんなふうに気遣ってもらったことって、なかったなあ。この程度のことなのに、なんだか妙にうれしくなってしまう。
 カラダはツライが、こうなると俄然働かねばなあ、という気になる。やっぱり去年の上司は人を使う術を知らぬやつだったのだとつくづく思うな。


 帰宅してLD『黒蜥蜴』を見る。
 個人ホームページを立ち上げるために、資料として以前買っていたのをやっと全編通して鑑賞。
 珍品と聞いてはいたが、確かに凄い。エアチェックした『黒蜥蜴』、ウチには美輪明宏、小川真由美、岩下志麻版がそれぞれあるのだが、「踊る」黒蜥蜴ってのはこの京マチ子版だけだろう。
 誰だ、『黒蜥蜴』をミュージカルにしちまおう、なんて考えたのは(^_^;)。
 監督の井上梅次、言わずと知れた『嵐を呼ぶ男』の監督さんで、和製ミュージカルならお手の物であろうが、どうも違う気がする。思うに、こんな素っ頓狂な発想は、脚色の三島由紀夫以外にないのではないか。なにしろ、自分の戯曲にはもともと無かったミュージカル用の作詞まで手がけているのである。
 ホームページには乱歩の原作、三島由紀夫の戯曲、新藤兼人の脚本の三つを比較して分析したものを載せようと考えているのだが、さて、完成はいつになることやら。
 名探偵明智小五郎役は大木実、『恐怖奇形人間』でも明智を演じているが、どうしてこう「珍品」の明智ばかり演じているのか。


 マンガ、半村良原案・田辺節雄作画『続戦国自衛隊』3巻読む。
 アメリカ軍をタイムスリップさせ、自衛隊を壊滅させたのはいいアイデアだろう。まともに戦闘すれば侍が自衛隊に勝てるわきゃないんだから、このネタのポイントは、「いかに自衛隊を弱くするか」にかかっているのだ。
 そして、この巻でようやく、この世界がパラレルワールドの日本であり、本来の歴史とは関係ない、という設定が出された。
 これでもう、怖いもんなしである。歴史が変わるか変わらぬか、あと1巻程度で終わりだろうから、うまいオチをつけてもらいたいものだ。


 「ハラ減った、ラーメンでも作って」と女房に頼んだら、「ハンバーグ」を作ってきた。
 さて、これはサービスなのか反抗なのか?


 唐沢俊一さんもようやく(と言っても、公開から1週間経ってないんだが)『映画クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶモーレツ! オトナ帝国の逆襲』をご覧になったようである。
 感想を日記に書いただけでなく、唐沢さんにしては珍しく、オタアミ会議室の方にも書き込みをされて、ほぼ絶賛である。
 正直言って、唐沢さんがどういう感想を抱かれるか、不安であったのだ。以前から唐沢さんの著書を拝読し、自分と似た感性を持っていらっしゃることを知り、共感も覚えていたのだが、似ているだけにかえって同族嫌悪的反発も起きる。
 少しでも意見の違う部分があると、「いや、それは違うのではないか」と反駁したくなってしまうのである。もちろん、冷静になって考えれば、たいていはムキになる必要もない、少し視点を変えてみればそういう意見も有り得る、という程度の、許容範囲内のものに過ぎないのだが、なかなかそう落ちついて考えられるものでもない。
 今回の唐沢さんのご意見の中でも、私は「この作品がカリスマとして、世のアニメマニアたちの常識をくつがえす力を持っていないのは、まさにその出来のよすぎるところに原因がある。ダイナミクスというのは、偏頗なものに宿るのだ。」というところで引っかかった。
 考え方自体はまさしくその通りだと思うが、つい、「でもその『偏頗なもの』って、現実的にはたいていダイナミクスのカケラもなく、カリスマにすらなり得ないものが多いんじゃないでしょうかねえ」などと憎まれ口を叩きたくなってしまうのだ。
 唐沢さんを毛嫌いする人間なら、更に「唐沢はアカデミズムを嫌うあまり、王動的な作品を否定している」と見当違いの難癖をつけてくるだろう。
 もちろん、そんな行為に意味はない。これも唐沢俊一批判をする人間は全く気がついていないことなのだが、唐沢さんがアカデミズム自体を否定したことなどは実は一度もないのだ。
 唐沢さんが批判していたのは、“従来の”アカデミズムが見逃し、取り落としているモノが世の中にあまりに多い、という点なのである。
 実際に社会を構築し動かしているエネルギーは、「国語算数理科社会」のようなおベンキョウによって作られるものなどではなく、それ以外の得体の知れない様々な“ガジェット”の方にあるのではないか、と指摘しているのである。その論理の立て方自体は立派な「アカデミズム」である。
 つまりは従来の知とは別の知の大系でモノを見ようとしているのであって、唐沢さんの「B級学」も、岡田斗司夫さんの「オタク学」も、それが「学」であり、アカデミズムであることは、しっかりタイトルで謳っているではないか。
 私が憎まれ口を叩きたくなるのは、唐沢さんたちが、敵のそういった誤解をあえて引き出すために「B級」だの「オタク」だのといういかにも反発を買いそうな言葉を使って差別化を図っている点で、そんな言葉を使わなくても既に唐沢さんたちのやっている行為は「博物学」ないしは「考現学」の範疇で説明できるじゃないか、と言いたくなってしまうのである。
 でもそんな大人しい言葉では、とても世間の関心を呼ぶものでないことは私も重々承知している。時には揶揄、時には皮肉、時にはハッタリと、様々な「演出」を試みねば、言葉は人の心に届かない。
 真実が心に届くのではなく、たとえウソでも心に届いた言葉が真実となるのだ。
 多分、『オトナ帝国の逆襲』についても、唐沢さんは冷静にその欠点をも見つつ、あえて「ベタ誉め」する方法を選んだのだろう。しかもそのやりくちが「この面白さ、若いお前らにはわかるまい、ザマーミロ」という挑発的なモノ(^_^;)。ううむ、私はさすがにそこまで思いきっては書けなんだ。やはりプロの方は辛辣である。
 『キネ旬』などの夜郎自大な映画雑誌は、今年も『クレヨンしんちゃん』をほぼ無視するであろうが、このままあの傑作を埋もれさせていいわけはない。
 宮崎駿がオタクたちのカルトからメジャーになったように、「原恵一」も21世紀を担うアニメ監督として、盛りたてていかねば、と、たかが一介の市井人は考えているのである。 


2001年04月25日(水) おむすびころりん/『最終兵器彼女』4巻(高橋しん)ほか

 朝はまあ、何ということもなかったのである。
 確かにひどく寝汗はかいてたけどね、「なんだなんだこの汗は。別に○○○○○○○ないぞ」と思いつつ、職場に行った。
 昼にさしかかるころから、頭が重くなり、眩暈がして、歩くとパンチドランカーになった矢吹ジョーのように蛇行し始めた。
 立ちくらみが激しく、ついには椅子から立ち上がれなくなった。
 マジでヤバイ(゚-゚;)。
 それでも仕事を中断するわけにはいかず、気力でやりぬく。
 自分で言うのもなんだが、仕事がんばってるよなあ。これでどうして上司の覚えが悪いかなあ。やっぱり生意気に思われてるからだろうなあ。
 特に反抗的な態度なんかとってないんだけどなぜかそう思われてるらしいのは、私の口調が慇懃無礼に聞こえるからなんだろうなあ。
 だから女房からは「あんたの世界の中心にはサインポールが回っている」と言われてしまうのである。
 わかってんなら改善せいってか?
 しかし、私が二歳のころの録音テープが残っているのだが、声質はともかく、口調は今と全く変わっていないのである。
 『クレヨンしんちゃん』のカザマ君の「何言ってんだよ、バカだなあ」というセリフをもっと抑揚をつけて喋っていると考えてもらいたい。
 ……二歳でこれだぜ。やなガキだよなあ。しかしいったいどこをどうやったらこんなガキに育てられると言うのだ。やっぱり職人の家に生まれたせいか? だとしても、ここまでどっぷり身に染みついてるものは、今更改善のしようもないのである。
 ちなみにそのときのテープには、私が『ウルトラQ』のテーマソングを「だだだだ、だだだだ、だだだだ、だだだだ、だだ〜ん、だだ〜ン」と歌っているのまで収録されている(^_^;)。
 それはそれとして、眩暈と立ちくらみと吐き気と寒気である(あ、増えてら)。
 このままおさまりそうにもないので、明日病院に行くことにして、仕事をいくつか同僚に頼んで帰宅(別に早引けはしてないぞ)。
 ああ、でもこれでまた、片付けなきゃならない仕事が溜まるんだよなあ。しわ寄せは翌日に来るのである。

 晩飯は女房がコンビニで買っておいたやたら辛いビーフン。
 またまた胃に悪そうだが、女房が意に介した様子はない。女房もこの日記読んでるんだからなあ。少しは夫のカラダを気遣って健康によさそうなものを作ってくれるなりしてくれてもいいように思うが、現実は全く正反対である。
 もしかして、女房、私に殺意を抱いているのか?

 DVD『ヤング・フランケンシュタイン』、見残していた特典映像などを見る。
 私のフェイバリット・コメディアンの一人である故マーティ・フェルドマン、メキシコでのインタビューに答えている映像が収録されているのだが、あのバ○○○氏病かと思えるほどのギョロ目ではない。
 斜視は斜視なのだが(メル・ブルックスのコメンタリーによると、横は見えても真正面は見えないそうだ。ほんまかいな)、普通にまぶたを閉じている。
 あのギョロ目、演技だったのか!
 『サイレント・ムービー』でもあの目で出演していたから、てっきり地顔だと思ってた。
 しかし、フェルドマン氏の声、実にスマートでいい声である。
 私が初めに出会ったのは、テレビの吹替え版。熊倉一雄氏のダミ声の印象が強いものだから、本人の声の方がかえって違和感あること夥しい。
 ご存知ヒッチコックの声もそうだが、本人以上に本人にハマっているというのは、吹替えとしてはチト考えものではあるのだ。
 個性的な声の人って、面白いけど、アニメならともかく生身の人間に声をあてるとなると、使いにくいことも多々あるだろうと思う。熊倉さんかアテると、どうしてもトラヒゲかブルートが喋ってるように思えてしまうし、大平透だとハクション大魔王か喪黒福造だ。
 肝付兼太も、何やってもスネ夫だしなあ。
 今時の声優は無個性だ、とはよく言われるが、ホントはそのほうがいい面もあるような気がする。

 この日記、「エンピツ」というサーバーから借りて書いているのだが、先日の移転に伴って、お気に入りの日記を登録することができるようになった。
 私も他人の日記を覗くことが好きなので(陰険と呼ぶなかれ。もともと平安朝の「日記」などは他人に読まれることを前提としていた)、アニメ・マンガ関係のものを中心にちょこちょこ覗いているのだが、意外に広範囲に渡ってマンガを読んでいる人が少ない。
 ジャンプならジャンプ、サンデーならサンデーと範囲が決まっていて、それ以外のマンガにはあまり目を通していない様子なのである。
 ……知り合いがみんなオタクだからなあ。マンガに通暁してるだけでなく、ウォーキング・ディクショナリーって連中がゴロゴロいるけど、世間一般ではあまりマンガを読まないほうが普通なのかねえ。
 今の所、「アニメ/漫画」のジャンルでは投票数トップの方がいて、この方の日記を「お気に入り」に入れているのだが、これがどうやらプロの少女漫画家さんらしい。当然名前は変えてらっしゃるだろうから、どの雑誌にどういうマンガを描いているのか全く分らないのだが、さて、それを勝手に推理するのが楽しいのである。
 主婦でもいらっしゃるようだし、ページ数は結構もらってるほうで、シメキリに追われてもいるようだから、新人さんではないようだが、少女マンガも範囲が広いからなあ。
 ホントに勝手に、美人で『ちゃお』とか『りぼん』とかに描いてるんじゃないかと決めつけてるが、これってめちゃくちゃ失礼かも知れない。もし私のこの日記読んでたらごめんなさい。
 ……『フィールヤング』とかだったらどうしよう(^_^;)。

 今日も体調が優れず、10時には寝たのだが、4時間もしたら目が覚めてしまった。……疲れてるならぐっすり眠れそうなものなのに、眠っても眠っても起きちゃうってのはなぜだ。
 女房が夜中に帰って来るのを迎えられるのはいいけど。
 さて、その女房、今日はバイト先の「リ○○○ハ○ト」からとんでもない土産をもらってきた。
 一目見て、思わず「なにこれ!」と口に出た。
 ビニール袋に20個ほど、米の量で言えば10合は軽くありそうなオニギリの山である。
 「あまったの」
 いや、あまったからって、フツー、こんなに持って帰って来るかな(・・;)。持って帰って来るほうも持って帰って来るほうだが、持たした方も持たした方である。確かに女房はいつもモノ欲しそうに、今にも「ギブミー・チョコレート!」と言い出しそうな顔をしているが、まさか「同情するならメシをくれ」と言ったわけでもあるまいにアルマーニ。
 やっぱり例の「超いい人」のマネージャーさんの善意であろうか。
 女房の話によると、そのマネージャーさん、今日も『RED SHADOW 赤影』の特番を見ながら、「昔、この番組大すきだったんだ! 今のドラマはみんな夢をなくしてるよね!」とのたまったそうである。
 ……その批評があたっているかどうかは別として、私はこの人と宮崎駿のそばにいたら、「ああ、そうですねえ」以外のセリフは吐けないような気がする(^_^;)。

 マンガ、高橋しん『最終兵器彼女』4巻。
 決して技術的に下手なマンガ家さんではないと思うのだが、ハテ、この人は「戦争の悲惨さ」を描きたいのだろうか、それとも「究極のラブストーリー」を描きたいのだろうか。
 4巻を重ねても、敵の姿は一向に描かれず、戦争そのものも断片的に描写されるのみで、作者の視点がどこにあるのか、どうにも掴めないのである。
 結局「戦争なんてその現場にいる人間にだって理解できるものではない」と言いたいのかもしれないが、だとしたら読者が「何を描きたいの?」という疑問を持ったとしても仕方があるまい。
 思わせぶりな展開が続く中、シュウジもちせも浮気っぽい行動に走っていく。ちせが「兵器」であることは、確実に二人の間を遠ざけていくが、そもそも「戦争」というタームを持ちこんだ時点で、それは当然の結果である。凡百の戦争ドラマのフリをしたメロドラマが描いてきた定番にすぎない。
 本気で作者がラブ・ストーリーを描きたいのなら、「戦争」を乗り越えてでもこの恋愛を成就させねばならない。
 恋愛ものの鉄則は、たとえその二人が傷つき、現象的に別れることになろうとも、精神的な恋愛は必ず成就させねばならない点にあるのだ。
 シュウジのちせへの思いが深まるのに反比例して、ちせの心はどんどん荒んでいって、なんだかラストでうまく着地しそうにない雰囲気になってきたぞ。大丈夫かなあ。

 マンガ、橋口隆志『ウインドミル』10巻。
 滝ちゃんの髪型もすっかり変わって、もう「アヤナミもどき」とは言われない感じになってきた。
 もともと『エヴァ』の絵に似せて描いてたのはキャッチーな要素として確信犯的にやってたのかな。一度ファンをとりこめば、あとはマンガそのものの魅力で惹いてみせようと言う作者の自負の表れかも。
 月刊誌で10巻を数えたと言うことは、充分人気があったということだろうけど、それでも作品的には小器用に纏まってる感がしてならない。なまじリアルな『エヴァ』の線を用いたために、「滝ボール」の「魔球」としての迫力が出ない結果になっているのだ。水原勇気のドリームポールを引き合いに出すのは酷かもしれないが、魔球的にはたいしたことのないドリームボール(「滝ボール」の方は「分身魔球」だけど、ドリームボールは所詮ただの「ホップ」だもんね)の方が魅力的に見えるのは、やはり線と演出の差によるところが大きい。
 思いきったウソがつけていないのだ。
 今回の表紙はビキニの水着の滝ちゃんだけど、結局は“そういうマンガ”だってことなのかなあ。

 夜中にやっとテレビで、小泉首相誕生のニュースを見る。
 政治家でも政治屋でもない、「青二才」政権の誕生は戦後初ではないのか。ほかの連中に期待できないからと言って、なんだかほとんどバクチのノリだなあ、という気がしてくる。
 小泉純一郎にもっとも近い性質の首相を歴代の中から探せば、いかにも腰砕けそうなところが近衛文麿に似てるんじゃないかと思ってるんだが、さて、時代自体も“そっち”の方に流れていかないことを、一庶民としては祈るしかないよな。


2001年04月24日(火) ギャグマンガの地平に/『相原コージのなにがオモロイの?』ほか

 ……今はいつ?
 夜中なんだか明け方なんだかわからない。
 夢を見ているのか、現実なのかもわからない。
 でも、口の中になにか違和感だけがあるの。
 ああ、冷たくて気持ちいい……。
 でももうダメ。
 意識はそのまままどろみの中に消えていく……。

 ……どれくらい経ったのかしら、また口の中に何かが……。
 でも、これ、前のと全然違う。
 ああっ、何なの? この口の中いっぱいに広がる刺激は……。
 ああっそんなに何度も押しこんできちゃいやっ……。

 ……気持ち悪いからやめよう。下手に偶然この日記を読んだ人が、本気でその手の暴露日記と勘違いしたら敵わん。……どうもいきなりこんなスタイルで書き出しちゃったの、拾った『秘本』の悪影響かもしれんな。
 ……要するに、寝ている私の口の中に、女房がアイスモナカとジャンバラヤを詰めこんで来たのである。
 朝っぱらからそんな「どうぞ胃をコワしてください」みたいなもん、食わせるんじゃねーや。 

 あー、火曜日かあ。火曜日って何があったんだっけえ……。
 って何か書けるほどのことがあるわきゃないのだ。
 何しろ、帰宅して疲れ果てて、ぶっ倒れて爆睡して夜中に起きたんだから、仕事のこと書かなきゃ大して書くこたないのである。
 とりあえず窓の外は雨。
 ああ、今日もタクシーで通勤せねばならんのか。
 税金も今月落ちるってのにイタイなあ。

 病気休業中の同僚の仕事の代理、今日で終わる予定が明日まで延長。
 臨時雇いの方が(うら若き女性が二人も助っ人)、本当なら明日から来る予定だったのだが、「すみませーん、健康診断があってえ、木曜日からしか来れないんですけどお」の一言で延期になっちゃったのだ。
 いやまあ、健康診断はいいんだけどさ、こう体力の限界に挑戦するような仕事続けてりゃ、こっちのほうが健康診断はおろか、死亡診断がおりたって仕方ない状態になってきてんスけど。
 マジでシャレにならんのに、私の口から出たセリフは「あ、いいですよ。木曜日からで。来ていただけるだけでありがたいです」
 ……別に相手が若いねーちゃんだからってわけでは決してない。
 ただの痩せ我慢だ。
 ああ、中年パワー、もうひとふんばりってか? しくしく(T_T)。

 『キネマ旬報』5月上旬号、ティム・バートン監督の新作、『猿の惑星』のスチールが紹介。
 以前の作品はそのテーマの重さに比して映像自体は明るく「白い」印象が強かったが、今回のリメイク版は監督が監督だけにやけに「黒い」。
 何となく、『砂の惑星』に印象が近いが、大丈夫かなあ?
 猿の軍団(笑)のメイクを見ると、これがまたなんだか『キングコング』リメイク版みたいでまたまた心配になる……。
 まあ、見てみないことには何とも言えないんだけどさ。
 新作情報はといえば、海外では『三バカ大将』だの、こちらでは『化粧師』や『悪名』など、またまたリメイクばかりだ。『化粧師』なんか時代を大正に移すだと? なら石ノ森さんの原作使う意味ないじゃないか。
 こういうバカ企画からでも、たまにとんでもない傑作が生まれることもあるから油断はできないんだが、それにしてもなんだか期待薄なものばかりで、気が滅入るのである。
 「日本映画紹介」の欄で、なぜか今ごろ『サイナラ』『ちんちろまい』『独立少年合唱団』を紹介している。どれももう半年前の映画じゃないか。
 さては記載するの忘れてたな、『キネ旬』。映画雑誌の老舗を謳ってるワリに、こういう情報漏れが多いのである。ほかにめぼしいのがないから買ってるだけなんで、もっときちんとした情報雑誌があればとっくにそっちに移ってるんだがなあ。文化映画や単館系まで、一応フォローしてるのはここだけだから仕方なく買ってる客もいるってこと、知っててほしいんだけどな。

 夕方には雨が上がるが、帰りもやっぱりタクシーにせざるを得ない。
 バスを乗り継いでちゃ、帰宅が9時過ぎになっちまうし。疲れて帰って来るが、やっぱりメシの用意はできてない。
 女房が「ピザ、たのもうか?」ともちかけてくるが、そんなしつこいものばかり食べたくはないのだ。
 そうすると、女房、外に出たはいいが、買い物をするでもなくほか弁を買ってくる。しかもさっき「しつこいのはいらない」と言ったばかりなのにキムチ丼なんかを買って来やがる。
 あるものは食わねばならぬので食ったが、どうしてこうカンの外れたことばかりしてくれるかな、女房は。

 風呂にも入らず10時に寝て起きたら、午前2時。ああ、4時間しか眠れないって、どういうわけだ。確実に体のリズムが狂ってきてるんだなあ。

 マンガ『相原コージのなにがオモロイの?』読む。
 相原コージという人、決して頭のいい人ではない。マンガ家にも天才型と努力型がいるとすれば、明らかに相原さんは「努力型」なので、言っちゃなんだが、その「努力」の過程が見える分、ギャグマンガ家としては弱いのである。
 相原マンガを毛嫌いする人は多いが(ウチの女房もそうだ)、その批判のし方はたいていが「絵が汚い」「アイデアが陳腐」「説教臭い」というものである。
 特にその「説教臭い」ところが反発を食らってるのだろうと思う。何しろ大上段に「ギャグマンガとはなにか?」と問い掛けてくるものだから、「えらそうにすんじゃねえ」と言いたくなる気持ちが読者の側に起こることも確かに当たり前ではあるのだ。
 相原さんもそのあたりの読者の批判を常々肌身に感じていたのだろう、今回はそれを逆手にとって、客イジリならぬ客イジラセ、というとんでもない手段に出た。
 インターネットに自分のマンガを載せ、読者の批判を仰いでギャグマンガを改訂していく。その過程そのものを発表していくという、言わば「メタマンガ」を目指したのだ。……『朝のガスパール』とか『笑い宇宙の旅芸人』のパクリとか言うなよ、小説とマンガとでは手法は似てても完成作はおのずと違うものになってるものだ。
 匿名性の高いネットにおいては、批判を越えて、罵詈雑言が相原さんを襲うことは予測していたはずだ。相原さんは、その予測に従って、あえて「切れて」いく(予測してたからと言って、冷静でいちゃマンガにならんものな)。
 でもそういった「メタマンガ」の試み自体が「陳腐なアイデア」とする読者もいて、「やっぱり相原コージはつまんない」と断じてしまったりするのだ。女房などは多分それで相原コージが嫌いなのである。
 でもねえ。私はそれほど相原さんを嫌いになれないのよ。
 なんたって自分のマンガを「つまんない」と貶した高千穂遙の本を、本屋に行って全部、後ろむきに入れ直したという人だ。バカな子ほどかわいいというが、「努力の過程が見える」というのも、それはそれで楽しめるでないの。
 実は日本では、ギャグマンガは未だに差別されているのだ。はっきり言って相原さんがここまで罵倒されているのは、相原さん個人だけでなく、ギャグマンガが、ひいては全てのマンガ家自体が低く見られていることの表れにほかならない。
 確かに相原さんのマンガはつまらないが、相原さん個人を罵倒するようなやつにマンガを愛する資格はない。日本が未だ読者の知的レベルにおいてマンガ後進国であることを証明した点で、本書は今世紀初の傑作マンガとなったと言えるのである。

 マンガ、椎名高志『MISTER ジパング』4巻。
 表紙は濃姫だけど、あまり出て来ない。信長の父、信秀の死と、その後の織田一族内の新たな権力闘争、平手政秀の死が今巻のメイン。……男のドラマだなあ。でも、椎名さんに求められてるものはそれと違うものだろうから、『GS美神』以来のファンは戸惑ってるかもしれないけど。
 私はベタなギャグが減った分、以前よりずいぶん読みやすくなってるんだが。作家はやはり以前と同工異曲のものは書きたがらぬものだから、この変化もあたたかく見守っていけばいいと思うんだがなあ。

 マンガ、高橋留美子『うる星やつら・所持品検査だ!』。
 声優の日高のり子さんのインタビューで、京田尚子さん(『犬夜叉』の楓役だな)のエピソードが面白い。
 お年を召した方であるから、『犬夜叉』の情念の世界を捉えるにしても、実にリアルな具体例を挙げられているそうなのである。
 「昔の話でね、お妾さんと本妻が仲良くしてるんだけど、夜になると髪の毛同士が絡み合って戦ってたってね」
 ……『犬夜叉』って、そんな話だったのか(^^)。桔梗が本妻でかごめが妾か? ……かごめが聞いたら怒りそうだなあ。

 ああ、今日も『陰陽師』見逃した。
 でもまあアレはたまに偶然見る程度でいいや。


2001年04月23日(月) 駆けて行った白い雲/DVD『ヤング・フランケンシュタイン 特別版』ほか

 昼間、ポケットになにげなく手を突っ込んでみると、そこに一冊の文庫本が。
 ハテ、これはなんの本だったかいのう、と目にしてみて、慌ててポケットの中に本を戻す。
 タイトルは『官能アンソロジー 秘本』。堂々たるエロ小説である。
 ……別にエロ小説に偏見はないが、日頃から読んだりする習慣はない。それがなんでそんな本を持っていたかと言うと、拾ったのである。
 先日の劇団の打ち上げの帰り、電車に乗っていて、座席にポンと置かれていたのがこの本。というより捨てられていたのだな。マンガ雑誌の類だったら、そうそう持っていったりはしないが、こういう本を読むことは滅多にない。しかもメイン作家が南里征典、私はこの人を『未完の対局』のノベライズでしか知らなかったのだが、なんとアクション小説からエロ物まで書いていたのである。作家は食うためにはやっぱりなんでも書かねばならぬのだなあ、と思いつつ、ポケットに入れて忘れていたのだね。
 でも、あのときは勢いで持って来てしまったけど、考えてみれば私も思いきったことをしたものだ。あのとき同席していたのは女房、鴉丸嬢、よしひと嬢、妙齢のご婦人方ばかりではないか。意識はしてなかったが、もしかしてみなさんに私が相当なスケベだと言う印象を植え付けてしまったのではないか。
 いや、あの、アレはただ単に珍しいものはつい読みたくなってしまうという純粋な好奇心によるものでしてね、別に女体の神秘が知りたいとか、濃厚な描写に耽溺したいとか、よからぬ妄想に悶々としたりしたいとかいうわけではないのですよ。
 ……ああ、いかん! 言い訳すればするほど中年オヤジみたくなってしまう。って中年なんだよなあ、私(タメイキ)。

 昨日、久しぶりにオタアミに藤原敬之名義のままで『クレヨンしんちゃん』についての書きこみをしたのだが、早速反応のレスがついた。
 最近はオタアミに書き込みするにしても、どのようなことを書けばレスがつくのか見当がついてきたので、多少「ねらって」みたのだが、反応は上々でうれしい(こういうことを書くと女房はすぐ「この策略家」となじるのだが、別に策略なんて悪辣なものではないぞ)。
 要するに、「空白と多少の見当違い」を入れておけばよいのである。
 「空白」は、その作品の重要な魅力にあえて触れないでいる部分。今回、ほとんど父親のひろしの視点で文章を書いたので、しんちゃんや子供たちの視点や描写についてはあいまいなままである。そうすると「なぜ、こんな大事なことを見落としてるんだ!」と反応がある。
 また、「多少の見当違い」は、些細な点にこだわったように見せること。そうすると、「そんな細かいことに拘るな!」とか、逆に「もっと細かく分析せんか!」と反応される。
 要するに「未熟者だねえ」という反応が来るってことだが、別にそのためにあえて無知なフリをしてるってワケではない。自分の無知な部分は無知なものとしてさらけ出してるだけだ。要は書きこみが活性化することで「映画、見に行ってみようかな」、という人たちが現れてくれればいいわけで、実のところ、人が映画館に足を運ぶのはその映画が誉められてるか貶されてるかにはあまり関係がなく、「話題になってるか」だけだったりするのだ。
 もちろん、だからと言って、自分が感動したものをあえてけなさにゃならんなどと考えちゃいない。私はともかく素直にあの映画を見て感激し、帰りの道すがら人にどう見られようとかまうものか、と言いたくなるほどに涙に頬を濡らしていたのだ。
 それをそのままあまり抑制を加えずに書けば、自然に突出した文章となる。反応はすべからくある。冷静で分析的な、ちょっといやな言い方をすれば気取った姿勢が必ずしも人の心に届くものではないということを自覚せねば、生きた文章を書くことはできないのだろう。

 DVD『ヤング・フランケンシュタイン特別版』見る。
 「特別版」と銘打っただけあって、これは最高に「買い」の一本。
 コメンタリーはメル・ブルックス自身だし、メイキングではジーン・ワイルダーのインタビューが脚本が映画化される過程を追っていて出色だし、未公開映像やNG集もたっぷり、全てを見れば映画作りの過程が克明に解るという、これまで買ってきた「特別版」の中でも理想的な編集ぶりである。
 しかし、あの有名なタップダンスシーン、ワイルダーのアイデアを初めブルックスが強硬に反対してたってのは面白いな。アレはコメディ史上に残るほどの名シーンだと言うのに。でも、ワイルダーの熱弁にサラリと気持ちを転換したブルックスの度量もたいしたものである。
 今はなき、マデリーン・カーン、本によっては「マデライン・カーンと書かれていて、ホントの発音はどうなんだ、と思っていたが、みな一様に「マドラン・カーン」と発音している。……でも、こりゃ発音どおりには書きにくいなあ。 

 マンガ家のあすなひろし氏、肺ガンで死去。
 と言っても実はなくなったのは一月前の3月22日だとか。新聞記事で知ったのだが、ネットでは既に訃報が伝えられていたようである。"新"聞の名が泣くのではないかと思うが、一介のマンガ家の死などどうでもいいと思ってんじゃあるまいな。
 うわあ、また60歳だ……。本気でもうマンガ家60歳停命説を唱えてもおかしくないような気がしてきた。

 あすなひろしへの思い入れを語るのは切ない。
 作品をそう多く読んでいるわけではないが、私の感性の核をなしていることが明らかだからだ。
 多分、一番初めに読んだマンガは『少年ジャンプ』に掲載されていた『山ゆかば!』だろう。調べてみると、発表は1970年、私はまだ小学生だ。それ以前から少女マンガ雑誌で活躍されてはいたようだが(デビューは1959年、『少女クラブ』掲載の『まぼろしの騎士』とか)、当時は私に少女マンガを読む習慣がなかったので、出会いは結構遅かった。
 ともかく絵の上手い、そしてきれいな人だ、という印象だった。マンガを読んでいるというより、繊細な線のイラストを見せられている、という印象が強かったのである。しかも『山ゆかば!』はあのヒロシマを扱った作品であった。
 ただ楽しく、自然の中で遊んでいただけの子供時代、しかし、あのきのこ雲を遥か彼方に眺めた時、自分たちがどういう時代に生きているのかを初めて知る……黒澤明が映画『八月の狂詩曲』で見せた手法を、あすな氏は二十年前に既に描いていたのだ。
 同じ被爆経験を持ちながら、中沢啓治の『はだしのゲン』のようなイデオロギー的押しつけがましさのないあすな氏の作品のほうが、私にはずっと胸に迫るものを感じさせていた。
 『海ゆかば』の歌も、『ビルマの竪琴』以前にこのマンガで覚えた。
 そして多分、私の好きな短編マンガベストテンに入れてもよいであろう、『とうちゃんのかわいいおよめさん』。
 妻と死に別れた乗合バスの運転手の父親と、気の強いバスガイドの娘の恋。お互いに思い合っていながら、父親は口下手で気持ちを口に出せない。バスがワンマンカーに切り替えられ(そういう時代だったのよ。今やバス自体に「ワンマンカー」という表示すら見かけなくなっちゃったけど)、娘が田舎に帰る日にも結局、父親はなにも言い出せずに見送る。娘の流す涙の意味に気付いていながら。
 息子は二人をなじる。「どうして何も言わずに別れられるのか」と。二人はそれでも何も答えない。
 口下手な父親は、たどたどしい口調でガイドをしながらもバスの運転手を続ける。そして、ある時、そのバスに一人の客を乗せた時……。
 記憶だけで筋を書いてるが、これも多分、私が初めてマンガを読みながら泣いた恋愛ものだ。だって、ここに描かれてるのはただの恋じゃない、「職人の恋」なのだもの。……1973年の小学館漫画賞受賞作品である。
 連載作品である『風と海とサブ』や『青い空を、白い雲がかけてった』もよかったが、私のあすな作品体験はこの二作に尽きる。
 この十数年、氏のマンガを見ることはおろか、噂すら聞くことはなかったが、いったいどうやって暮らしていたのだろうか。遺作はどうやら1986年の『ながれうた』(未読)。
 合掌。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)