無責任賛歌
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| 2001年03月13日(火) |
少女しか愛せない/『NOVEL21 少女の空間』(小林泰三ほか)ほか |
仕事帰り、坂道を自転車漕いで登っていると、後ろから追い越してきたバイクのヘルメットがぽ〜んと飛んで、私にぶつかりそうになった。 いや、軽く書いちゃいるが、マジで危なかったのだ。坂道は結構急勾配で、片側は工事中で深い溝があり、しかも西日が真正面から照らしていて、視界がホワイトアウトしていたし。 でも目が悪くいつ危ない目にあってもおかしくない私が今まで殆ど事故にあったことがなく、注意深い女房の方が事故にあうというのは、やはり日頃の行いの差というものであろうか。
テレビで『伊東家の食卓』を見ていて、女房と口喧嘩になる。 私はこの番組、ああ、こういう裏ワザあったのか、今度やってみよう、とか、なんでこんな面倒臭いもんに鐘鳴らしてんだよう、とか思いながら見るのが好きなのだが、女房は大っ嫌いなのだそうだ。 「なんで? 結構役に立つじゃん」 「シロウトが妙にカッコつけて喋ってんの見るのヤなんだよ!」 確かにテレビが素人に侵食されて行く状況と言うのは見てて面白いものではないが、これは別にそれを見るための番組じゃないと思うけどな。 更に『踊るさんま御殿』見ていて口論。「妙にハラハラしてしまった時」という題を見て、 「俺たちもしょっちゅうまわりの人をハラハラさせてるよなあ」 と言うと、女房、 「なんで?」 とキョトンとしている。 「『なんで』って、よくバカやるんで、みんなの前で喧嘩になりかけたりするじゃんか」 「あんたが?」 「お前がだ!」 ……自覚がないやつはこれだからなあ。 そう言えば先日、練習の帰りに、鈴邑君の新車のテールランプを見て、「これって、遠ざかるから赤く光るの?」 と聞いてた。 ……車のライトが「ドップラー効果」起こすか! もちろん、このギャグはあさりよしとおのマンガ『がんまサイエンス』がもとネタだが、女房はアレを真実だと思いこんでいたのである。ウソではない。女房の天然ボケは軽く西村知美や釈由美子を凌駕しているのだ。
徳間デュアル文庫『NOVEL21 少女の空間』読む。 「少女」というキーワードが物語のオルガナイザーとして機能し始めたのは、80年代のロリコンブームを経てからだろうと思う。 いや、もちろんそれまでにだって少女を主役とした小説や映画、マンガは数限りなく作られていたわけだし、印象に残る少女キャラクターは少なくなかった。 『若草物語』は、『不思議の国のアリス』は、『秘密の花園』は、『少女パレアナ』は、と、一世を風靡した少女たちを思い浮かべるのは簡単である。 けれど、それら外国文学の少女たちと、わが現代日本の「少女」たちとは何かが微妙に違う気がする。いずれは大人になるはずなのに、なぜか少女は少女のままで永遠にあり続けるような……そんな幻想を少女たちに対して私たちは託してはいないか。 『少女の空間』とはよくもつけたタイトルだと思う。少女にとって時間はあまり意味を持たない。そこにあるということ、空間をいかに占有するかということ、そこに少女たちの価値はあるように思うからだ。 ……なんかワケのわからん前振りしちゃったな。んじゃ一作ごとに感想など。
小林泰三『独裁者の掟』 うひゃあ、こりゃまた、とんでもない傑作が生まれたもんだなあ! 冗談ではない、これくらい一読して感嘆し、一文一文を吟味するように味わい、何度となく読み返しては心が打ち震えるのを感じたのは、ダニエル・キイスの『アルジャーノンに花束を』短編バージョンを読んで以来のことだ。 この短編集のコンセプトは、「ハイブリッド・エンタテインメント」、つまりは異なるジャンルの「混血」を目指したものだ。過去の作品の中で例をあげればアジモフの『鋼鉄都市』みたいな「SFミステリー」がそうで、本作もその流れの上にある。 混血が差別されるのは世の常で(うわあ、危ないこと言わはる)、「SFミステリー」は、SFファンからもミステリファンからも「邪道」扱いされてきた嫌いがなきにしもあらずだった。 しかし、そういうコテコテのSFファン、ミステリファンでも、この作品にはきっと納得するに違いない。今年の星雲賞短編部門最優秀作がこれでなかったら、私ゃ世のSFファンの目を疑うぞ(ああ、またなんて挑戦的なコトを……)。 ストーリーは、一人の少女が世界を支配する独裁者の総統を倒す話なんだけど、構成と叙述の妙が絶品。全短編の中で、この作品だけが少女が大人になることの意味を問うている。 多分、少女は少女であるということだけで「罪深き存在」なのであって、それを償うために大人になるのだ。世の少女たちがみなその業を背負って生きているのだとすれば、彼女たちの居場所はこの世のどこにもないということになる。 少女である証を渡された少女もまた、新たにその業を背負ってしまったのだ。その事実は、あまりにも切なく、悲しい。
青木和『死人魚』 『インスマウスを覆う影』と『猫目小僧・妖怪水まねき』を足して2で割ったような作品。と言っても出来は悪くない。 現代の怪異談として、うまく纏まっている。
篠田真由美『セラフィーナ』 本アンソロジー中、唯一の女性による「少女」の小説。 「ロリコンブーム」以来、「少女」を語るのは常に男だった。しかし男がどんなに少女の「秘密」を解き明かそうとしても、そこに予め「少女」と言う括りがある以上は、男の描く少女像は常に幻想が実体に先行してしまう。 「『少女』は一個の絶望である」と作者は言う。この一言で目からウロコが落ちた。「少女」とは文字通り「女」ですらないのである。異形であり、フリークスであり、男たちは明らかに少女を玩具化していながら、それを幻想のオブラートに包んで誤魔化していたのである。 昔、大林宣彦の映画にハマリつつも何か胸がむかつくような居心地の悪さを感じていたが、その正体にようやく気がついた。『はるか、ノスタルジィ』で石田ひかりは「少女をなめんじゃないよ」と嘯くが自分自身を「少女」と語ることが何よりの欺瞞だった。 少女であることの苦しみなど、大林宣彦にはカケラも理解できていなかったに相違ない。 だから少女は常に心に武器を持つ。男に弄ばれ、嬲られ、苛まれて、何一つ抵抗できずに、ひたすら媚びるしかない立場でありながら、それでも男にはむかう武器を心に持っているのである。 本作ではそれが実にイヤなかたちで具象化されているが(^_^;)、確かに少女はああいうモノも持っちゃいるなあ、と納得させられてしまうのであった。 そうだよね、天使って、飛鳥了なんだよね。
大塚英志『彼女の海岸線』 さて、本家本元「ロリコンマンガ」のパイオニアの一人、白倉由美作品のノベライズ。と言っても私は原作の方は読んだことない。 日本には昔から「マレビト」の伝説が伝わっている。つまり「異界」からの来訪者である。本作のヒロイン未生も、「キツネ少女」という設定からして、正しくそのマレビトにほかならない。 彼らはみな、どこか(たいていは海の彼方か山の奥)からフラリと現れ、幸運を与えたあと、去っていく。『古事記』の少名彦名命や豊玉比売に始まり、民話の『鶴の恩返し』に至るまで、異界の住人たちは「どうしてそこまで」と言いたくなるほどに人間に尽くしてくれた末に去るのだ。 いや、そもそも彼らはなぜ人間界に来なければならなかったのか。伝説はたいていその理由を明かさないが、実は明かす必要がないのだ。それは彼女たちが「少女」であること自体にあるからだ。 男は一度は少女を抱かねば男にはなれないのだ。いみじくも本作で「ライナスの毛布」と譬えたごとく、「少女」とは男にとって「支配できる母親」に違いないのだから。
二階堂黎人『アンドロイド殺し』 このアンソロジー中、最低の作品。しかも他の作家とのレベルがあまりに違いすぎるほどの駄作。 編集者もこの作品の扱いに困ったのではないか。巻頭にはとても置けないし、あまり前の方に置いたのでは、読者が脱力して、あとの作品を読む興味が失せてしまう。トリを取らせるなんてとんでもない。最後から二番目に置かれているのが、編集者の苦衷を思わせるではないか。 題名見ればわかると思いますが、これ、アガサ・クリスティーの『アクロイド殺し』のパロディーなんですよ。つまり犯人が○○○ってやつで、まさかそのまんまじゃないだろうなあ、と思ったらそうだった。 それだけじゃ芸がないから、もう一つどんでん返しつけるんじゃないかなあ、でもそれがまさか「○○、○○○は、○○○○○○」って結末じゃねえよなあ、と思ってたらその通り。 断定してしまおう。この作家はバカだ。この人、手塚治虫ファンクラブの会長だった経歴があるが、どうもマンガ的な感覚で小説を書いてるんじゃないかって感じがする。というのが、構成の破綻の仕方が手塚治虫そっくり(^_^;)。 前半のSF部分が結果的に無意味なあたり、サービスでいろんなエピソード詰め込みすぎて構成が無茶苦茶になっちゃう手塚さんの癖そのまんまなんだものな。それでも手塚さんの場合はマンガだから読めるが、小説でこれやっちゃ馬鹿晒すだけだよ。 アンソロジーってのは恐いんだよね、作家としての力量が他作家とモロに比較されちゃうから。それにしても、SF作家がミステリーを書くと佳作をものにするのに(アジモフの『黒後家蜘蛛の会』や筒井康隆の『富豪刑事』)、ミステリー作家がSF書くと駄作しか書けない(高木彬光の『ハスキル人』とかな。山田風太郎は例外)のはなぜ?
梶尾真治『朋恵の夢想時間(ユークロニー)』 「ユークロニー」って初めて聞く単語だぞ。「夢想時間」ってどういうことだ。小説の内容から判断すると、過去の心的外傷みたいな感じだが。哲学か心理学用語なんだろうけど、そうなるとその辺の哲学事典か何かを調べないと分らんのだろうか。 過去の過ちを時間遡行することで償おうとするパターンはよくあるし、それを時間それ自体が妨害しようとするってのも、ありきたりといえばありきたりなんだけど、空間が変形し溶解していく描写でぐいぐい読ませる。 それにしても梶尾真治がSF短編集のトリを飾る時代になったんだなあ。と言っても梶尾さんも五十歳過ぎてるんだから当たり前だけど。
CSで映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』見る。 なんと監督があの『朝生』の田原総一郎だ。一応清水邦夫が協力監督してるけど、70年代の青年たちが自らの肉体と言葉をもてあまし、にもかかわらずその無力さに打ちひしがれて沈黙して行く過程を象徴的に描いていて面白かった。 石橋蓮司が若い。そしてよく喋るのがいい。 加納典明が若い。そして全く喋らないのがいい。 桃井かおりがいい。モノクロ映像のせいかも知れないが、こんなに美人だったかなあ。 でも漂泊の果てに言葉を捨てた彼等が若き日の田原氏だとすれば、今の田原氏、なんであんなに喋ってるのか(^o^)。
仕事でくたびれ果てていたので、電気を消してぐっすり寝ようとしたら、女房が「恐いから電気を消すな」と言う。 日ごろ「電気代がもったいない」と言いながら、夜は電器点けっぱなしでないと眠れんというのは矛盾してないか。 構わず部屋を真っ暗にして寝る。女房の悲鳴が多少うるさいが10秒で私は寝付くので関係ない。おかげで久しぶりに7時間眠れました。
| 2001年03月12日(月) |
伏字な話/ドラマ『D』episode1 ほか |
仕事のことは××の×××××のせいで書かなくなっちゃったが、今日は職場の女の子にお芝居に誘われちゃったので、これはまあプライベートであるし、まあよかろうと言うことで書く。 なんでもその子の知り合いが出演しとる劇団なのだそうな。 とは言え、やはり具体的なことは書けないのだな。それは私の正体が××だからで、××に××だと言われる以前からやっちゃいないんだが、それをあの××が×××××などとは×××××め。××、××××××××××から、××××××、×××××××のだ。××、××××××××、××××! ××××××××、×××××××××、××××××××!(c.諸星大二郎) ……いかん。つい興奮してしまった。伏字の中身が知りたい人は、私が忘れんうちにメールで問い合わせてくださいませ(^^)。こちらが教える前にすべて当てた方には(同趣解でも可)なんかしょーもないプレゼントを上げましょう。 女の子に誘われたからと言って、決して私がもてもてさん(c.シティボーイズ)というわけではないので、ご注意。女房や劇団のみんなも含めてのお誘いである。 もらったチラシのイラストを見るかぎり、思いきり耽美なので、意外と面白いかもしれない……って、ストーリーがチラシになんにも書いてないのよ。 で、チラシくれた女の子に聞く。 「これどんな話なの?」 「あ、私は分ってますから」 ……? い、いや、キミが分ってても私にゃ分らんのだが(・・;)。 それで、それでなのね。キミがみんなから「不思議ちゃん」と呼ばれているのは。そのこと、けろっと忘れてました……(-_-;)。
先日から未整理のビデオテープをなんとか片付けようと四苦八苦しているが、既に一生かかっても無理ではないかと思えるほどにたまりまくっていて、まるで進む気配がない。 諫早湾がブルドーザーで埋めたてられてくのを耳掻きで掻き出そうとしてるようなもので、今更どうにもなりゃしないって感じなのである。 見てないビデオをいくつかピックアップして、見ながら背ラベルを作っているのだが、つまりは見るスピードより録画するスピードの方が速いわけですね。だったら録画しなきゃいいじゃんと言われそうだが、それをやっちゃうのが業というものなのです。 というわけで、たまらないうちに昨日録画しておいた『仮面ライダーアギト』を見る。 おっ、謎の少年が成長したぞ。このまま急成長して少年は不動明に……ってのは冗談だけど、ずっと子供のままじゃキツイなと思ってたのでこれはいい展開。最後は老人になって死ぬかな、こりゃ……って、あんまり先読みして見るのも楽しくないね。 真魚の父親を殺したのが翔一かも、という展開は、第一作で本郷猛が緑川教授を殺したとルリ子に誤解されていたエピソードを彷彿とさせるが、いっそのこと誤解じゃなくて本当に殺したということにしてしまってもいいんじゃないか。ヒーローが殺人なんて! という反対意見もあろうが、『スカルマン』は平気で殺人してたし。真魚の父が実は悪人だったってことにしとけば別にモラル的には問題ないが、さすがにそこまではやれないだろうなあ。 それに『クウガ』のときにも思ったが、飛行する怪人のビデオ合成は、どうしてもバレバレだ。なんとかならんのかアレは。
WOWOWで『野獣死すべし』見る。昔見たときも『蘇える金狼』と違って大薮春彦の味が出てないなあ、と思ったが、戦争経験したからといって、人間、エキセントリックになるとは限らないと思うが。見方が甘いと観客に思われたんじゃ、迫力は出せない。かえって冷静な態度を取らせた方が凄みが出るよなあ。 松田優作がやたらと神格化されるのはどうもちょっとな、と思っているが、本作でも奥歯抜いてまで演技に専念した、と誉めそやされてるが、そうイバレたものでもない。 田中絹代が『サンダカン八番娼館』のときに前歯を抜いたって聞いたときも、それは演技ではなくて考えなしなだけだな、と思ったものだったが、本作も同様。だいたい役者は行き詰まった時はとっぴな行動を取りがちなもので、やんなくていいことをやっちゃったりもするのである。 映画を見る限り、伊達邦彦はただのバカにしか見えないので、映画自体の吸引力が低下している。
女房が東京行きの飛行機のチケットをネットで予約してくれる。 ゴールデンウィークだし、安いチケットなんてないだろうなあ、と覚悟はしていたが、やっぱりスカイマークで片道22000円。二人で往復88000円か。スカイマークの野郎、テレビのCMでは「東京、福岡間、9900円!」とか謳ってるくせにGWは別ってか。こんちくしょう。 こりゃ確かにそうそう上京なんてできるもんじゃない。 銀行からお金が落ちるのは七月だそうだから、なんとかボーナスで賄えるな。でなきゃとても行けるもんじゃない。 でもシティボーイズのライブはそれだけの価値はある! ……思い起こせば十年前、WOWOWで『鍵のないトイレ』を見て以来、いつか行こういつか行こうと思いつつ、諸般の事情で(ってオカネだけど)断念してきたのを、ついに決行するのだ。 ……ここまでして見に行く客もいるんだから、来年こそは九州に来てね(はあと)、とアンケートに書いてやるぞ。 ライブ自体のチケット代も今日、銀行から卸してくる。これで今月の私の小遣いはあと千円だ。給料日まであと1週間もあるのに。もう飯食う以外のことは何もできんな。 うっかりめくり忘れていた各部屋のカレンダー、三月も半ば近くになってようやくめくる。四月五月の予定が気になりだしたので慌ててめくりまくったんだが、日ごろから日付けを気にしてない生活をしてるってことがバレバレだな。 それにしても、今、ウチに掛かっているカレンダー、全部で7種類もあるんだが、それが『エヴァンゲリオン』、『クレヨンしんちゃん』、『妖怪暦』、『士郎正宗』、『どこでもいっしょ』、『猫』、『世界地図』とまるで脈絡がない。実はこれにもうひとつ、もらいもので『藤あや子』ってのがあるんだがこれはどこにも貼ってない。別に嫌いな人ってわけではないが、掛けてたら藤あや子ファンと誤解されちゃうのもちょっとアレなんで。
DVD『六番目の小夜子』第5話見る。 今回は津村佐世子役の栗山千明、出番が少ない。前回エスパーっぽい活躍をしたので、こ、これはミステリーやホラーではなくてSFだったのか、とますます本作の方向性が見えなくなってきたが、“四番目の小夜子”一色紗英の新登場と言い、味方のはずだった山田孝之の妨害工作と言い、委員長の謎の行動と言い、ちょっと伏線の詰め込み過ぎになってきた感じはする。ちゃんとうまく収まりがつくのかなあ。今んとこまだ面白いからいいけど。
録画しといた『D』第一話を見る。 ああ、コンバットスーツのデザインがまんまザク(-_-;)。要するに街中を実写のザクがドンパチやる映像が作りたかったのだなあ。だからストーリーと役者については、恐らく殆ど何も考えてないぞ。 戦争オタクの切れた主人公が、こっそりソ連のコンバットスーツを隠匿してたって設定が、まず見る者の感情移入を拒絶してる。これ、別に「将来の有事を想定してた」ってワケじゃないんだもんなあ。ただ「いつかこいつを使ってみたい」ってだけ。たまたま怪獣が現れたからいいものの(この「たまたま」ってのも強引)、何もなかったら本当にただの既知外だよなあ。 無名俳優ばかり使ってるのは予算の関係もあるんだろうけど、ここまでヘタクソ揃いだと見ていて苦痛だ。せめて女の子くらいはもちっとマシなの選べなかったのかなあ。
寝つけなくて、気がついたら午前4時。女房も仕事から帰って来る。 女房、公演の打ち上げの計画を立てようと、メールをメンバーに送りまくるが、鴉丸嬢、まだ寝てなかったらしく、すぐに返事を送ってくる。 こんな夜中まで何やってたんだ……って人のことは私も言えんが。 でも結局女房、どうせ起きてるんならと電話でやりとり。やっぱり体力あるよな、若いやつらはよ。 どうやら四月の第2土曜あたりを予定しているそうだが、日曜以外でみんな集まれるのかねえ。
| 2001年03月11日(日) |
多分、猫たちにもある愛/『CYBORGじいちゃんG』2巻(小畑健)ほか |
朝方、『仮面ライダーアギト』を録画するので一旦起きるが、夕べの半徹夜が聞いていてすぐにダウンする。 結局起きたのは昼過ぎ。昨日の日記の続きなど書いているうちにそろそろ練習に行かねばならない時間になる。 練習場に顔を出すと、来ているのは鈴邑夫妻(+ふなちゃん)と桜雅嬢だけ。 鴉丸嬢は突然職場で盗難事件があったとかで、緊急会議が開かれ来られなくなったそうである。「会議」って、内部犯だと断定しているな。どこの職場も殺伐としてるなあ。 よしひと嬢は体調崩してダウンとか。せっかくホワイトデーのお返しも用意していたのに残念なことである。練習の帰りに『ワンピース』の映画を見に行く予定もこれでポシャリである。次の練習、2週間後だけど、まだ上映してるかなあ。 他のメンツはどうして来られないのか、聞くの忘れた。……なんか男に関しては冷淡だな、私。でも男に親密なのよりは自然であろう。 「やあ、次の企画、決まった?」 「うん、一応、二本立て」 「二本立て?!」 「よしひと姐様のと私の」 私のは「芝居より映画向きじゃないのか」と言う意見が出てボツを食らったそうな。ボツ自体には別に何も文句はないのだが、「映画的」という批評には首を捻ってしまう。 前回の芝居の反省で、「もっと明るいものを」「地に足がついたものを」「愛と感動路線で」なんてことを言ってたから、そういうのをみんな書いてきたのかと思ったら、よしひとさんのも女房のもシノプシスを読む限り、どちらも暗い不条理劇。 「え〜? ほのぼのしてるじゃん」 ……どこがだ。 まだ設定段階で、企画進行中なので、シノプシスの詳細は明かせないが、あれを明るいというなら、『人情紙風船』も『ひかりごけ』も希望に満ちた明るい映画だ。常識的な感覚がズレてるとしか言いようがない。 もちろんこれは悪口ではない。実際、よしひとさんのも女房のも、まだ設定しか分らないが、それだけでも充分面白いのである。しかしその面白さは、決して「老若男女、大人から子供まで誰もが楽しめる」ディズニー印のようなモラリスティックなものではない。毒を毒として楽しめる人たちのためのものである。 基本的に、ウチの劇団に「地に足がついてるやつ」なんてのはいないのだ。もっとはっきり言っちゃえば、インモラルで、反体制的で、わがままで、他人の不幸を横目で見て笑うような非常識なやつらばかりである。 だから「もっと現実的にしよう」なんて自分たちの質に合わない発言などはせず、非現実的でへんてこで、他人からは一人よがりに見られようとも、自分たちにしか出来ないこと、自分たちが好きなことをしていけばいいのである。 ああ、でもあの清楚で優しげなよしひとさんが、まさかあんなモノを書かれるとはなあ。知ってたけど(^^)。
ということで、ちょっと恒例になりつつあるが、ボツ脚本シノプシスの供養。 「なんだ、こんなんならボツでも仕方ないじゃん」とご笑納下さい。
『多分、猫たちにもある愛。』(仮題)
登場人物
女(元女優) 男(詐欺師)
桂 葉子(メイド) 遠藤 晋(映画監督) モトムラ(友梨香の召使)
館野友梨香(正興の娘) 館野正興(映画俳優・女の夫)
男が語り始める。 「……今からみんなに話すことは、ぼくの『犯罪』の顛末だ。犯人がどうしてここにこうしているかって? それはね……」
ある邸宅で女主人がビデオを見ている。街中の猫を撮ったとおぼしき映像。ただ坦々とたくさんの猫の映像が次々と映しだされる。 猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫猫。 女は喪服である。 そこへメイドの葉子がやってくるが、どこか悲しげな表情。 「正興さんの遺品、何かほしいものある?」 女が優しく葉子に語りかける。 「あの……奥様、私、やっぱりここにいちゃダメなんですか」 屋敷の主人が死に、莫大な財産が女のもとに転がり込んだ。女はもともと映画俳優だった主人の愛人だったが、つい先日籍を入れたばかりだったのだ。 女ももと女優だったが、夫の死後、一人暮らしが気楽だからとメイドの葉子を解雇することにしたのだった。 夫はまた、たくさんの猫を飼っていたが、女はその猫も全部、「処分」してしまっていた。 「迷い猫を飼ってる余裕はなくなったの。でもどこかに猫たちの集まる町はあるわ。そこに行きなさい」 女は萩原朔太郎の『猫町』を譬えに出した。葉子に残された時間は1ヶ月。
途方に暮れる葉子に冒頭の男が忍び寄り、客席に連れ出す(以下、二人の会話は全て客席で行われる)。 「どうだ葉子。決心はついたか?」 「……駄目。私に奥様は殺せない。それにあなた、そのあと私を捨てるでしょ?」 「ばれたか」 あっさり肯定して笑う男。数ヶ月前に男は女を殺して財産を横領する計画を葉子に持ちかけたのだった。しかし男は決して自分の素性は明かさなかった。 「ねえ、教えて、あなたは誰? なぜ奥様を殺そうとするの?」 「ノラ猫に教える名前はない」 女を殺す別の手を考える、と言って男は去る。
男は語る。 「女は猫か。女がいつだって男にだまされたがってるっていうことで言うなら、それはその通りだ。男をトリコにしているつもりで、餌を与えなければ野垂れ死にだ」
女主人が映画監督の遠藤と話をしている。 「いきなりこんな話をするのはなんだが、カムバックする気はないかね?」 猫をモチーフにした女の映画を撮りたいのだと語る監督。 女は丁重にことわる。残念そうに帰る監督。帰りしなに手紙が来ていたと手渡す監督。 葉子が覗きこむとそれは死んだはずの女の夫、正興の筆跡。 驚く葉子を見ながら平然と女は、 「悪戯ね」 と破いて暖炉に捨てる。
葉子の報告を聞いた男は笑みを浮べる。 「あなたのしたことなの?」 「いや、違う。でもこれは利用出来る」
それから屋敷には夫の「影」が現れ始めた。
「あの……今、お電話があったんですけど、男の人の声で、意味のとれない言葉を喋って……」 「……心当たりがあるのね?」 「でもまさか……旦那様の声だなんて……」 「……馬鹿馬鹿しい」
白い服を着た男の影が窓に映る。 「旦那様がそこに……」 その姿が猫に変わる。 「見間違いよ……」 日が経つにつれ、女の顔が蒼白になっていく。
「ねえ、あなた、夕べ奥様に電話かけた?」 「いや?」 「じゃあ、あの猫の声は……」 「ホンモノの幽霊だって? まさか。悪戯ものはほかにもいるさ」
猫の声は少しずつ増えて行く。 女は見えない猫の影に怯える。 「猫の首に鈴をつけるの……」 どこにもいない猫を追いかけて鈴を持って邸内をさ迷う女。
「もうひと押しだな」 葉子は男にもうやめるよう懇願するが、男は聞き入れない。男は女が夫を殺して財産を横領したのだと言う。信じようとしない葉子。 「……ねえ、でも、あんなにたくさんの猫、どうしたの?」 「録音さ。実際につれてきたわけじゃない」 「でも……私も見たのよ。庭に一面、ビッシリと、たくさんの猫」
女はうわ言を言うようになる。 「恨んでるのよ、あのひと。私を許さないって……」 ふと、男の「女が夫を殺した」という言葉を思い出す葉子。 「……奥様が、旦那様を殺したんですか?」 頷く女。 女は自分を愛人として住まわせておきながら家にいつかない夫を恨んでいたと言う。葉子は自首するよう女に勧めるが、女は首を横に振る。 「この家を離れるのはいや……。あの人の家だもの……」
男は語る。 「女はじきに参るはずだった。女は遺言で財産を葉子に残す。あとは僕の自由になる。そのはずだったんだ」
葉子は男にもう協力しない、と宣言する。 憤る男。 二人がもめているところへ偶然現れる女。 「あなた……あなたなのね!」 とっさに夫の振りをする男。 女は涙を流しながら男に抱きつく。 「愛してるわ……あなた!」 常軌を逸したらしい女には、男が夫に見えるらしい。男はなんとか女をなだめてこの場を去ろうとする。 自分を放っておいたことを恨み、懐からナイフを取り出す女。てっきり自分を殺そうとするのだとびびる男。ところが女はナイフを自分の胸に突き刺す。 しかし血は流れない。それは撮影用の小道具だった。 「そう……ここは天国なのね……だから、あたし、あなたと一緒にいられるのね。ずっと、ずっと……いつまでも……」 ようやく眠りにつく女。 男も女が哀れに思えてくるが、でも殺さなきゃならないとあくまで言い張る。 「なぜそこまで殺したいの? あなたは奥様の何?」 口篭り、立ち去る男。
男は語る。 「全く、どうなっちまったんだか……。 僕はへんだ。おかしくなっちまった……」
ある日、召使を連れた一人の少女がたずねてきて、女に出て行くように命じる。 「誰、あなた……」 「館野友梨香。館野正興の娘よ」 夫が死ぬ間際に女を籍に入れたのは、少女の保護監督者を必要としたからだった。この1ヶ月の女の行状で、監督者としての能力に欠けると裁判所に判断されたのだという。 愕然とする女。 少女は葉子に言う。 「あなたは残っていいわ。この女を追い出すのによくやってくれたようだから」 明日までに立ち去るよう女に言い残して、笑いながら去る少女。
あとに残された女と葉子。 女、ゆっくりと酒を飲み、なぜかほっとしたような表情。 「お辛くないんですか……思い出の家を手放しちゃうのに……」 「辛くなんかないわ。思い出なんかなかったもの。あんなに好きだったのに、あの人との思い出なんか何もなかったのよ。……だから、幽霊だっていい、あの人との思い出がほしかった」 「え、それじゃあ、あの幽霊さわぎは……」 「殆ど私。……あとはあなたたちよね?」 夫を殺したと言うのもウソ。男に抱きついた時も正常だった。全ては女の演技だったのだ。 しかし、庭にいた一面の猫。あれは二人のどちらでもなかった。 「どういうことでしょう?」 「悪戯ものがほかにもいたんでしょ。でももし……あれが夫だったら……」 夢見るように瞳を潤ませ、女優にカムバックすることを決意して、女は去る。
葉子に近寄る男。 男は女を殺す気がなくなったと話す。 「もともと殺す気なんてなかったんじゃないの? あなたもご主人の隠し子じゃないの?」 「たいした想像力だな。どうしてそう思った?」 「あの女の子と、クセが似てるのよ。ほら、その鼻に指をやるクセ」 「……僕はただの詐欺師さ」 幸せに、と言い残し、男は葉子のもとを去る。
男は語る。 「こうして僕の計画は失敗に終わった。 え? 女の名前はなんて言うのか分らないって? 女優に名前はないさ。詐欺師に本当の名前がないようにね。 それでも聞きたけりゃ教えてやるよ。彼女の名前はね……」 男の口から猫の鳴き声が漏れる。
(幕)
……女房にいわせリゃ「もったいぶってて事件がない」のだと。こないだまで「事件が起こるのはいやだ」といってたくせにな。 なんだかんだ言いながら、みんな以前にやった『徘徊する異人達』や『ディオゲネスの樽』の路線の方が好きなのだなあ。 もう、ウチは不条理劇一本で行くようにしていいのではないか。
映画に行くのを中止したので、帰りに回転寿司屋に寄って寿司を食う。 なぜか桜もちが流れていたので、こんなの20年以上食ってないなあと思って食べてみたら、中は全部アンコだった。 いや、だからこの手のものって食べつけてないから味の予測がつかないのよ。 食感は美味しかったが、こんなに甘いものだとはなあ。ああ、またこれでカロリー消費の計算をミスっちまった……。
去年の7月に録画しておいた月曜ドラマスペシャル『垂里冴子のお見合い事件帖』見る。 原作は山口雅也の『垂里冴子のお見合いと推理』。原作ののほほんとしたキャラクターを若村麻由美が好演しているが、脚本が雑なところがいくつかあって(うまいところもあるのだが)、その推理が冴えているという印象が今一つ感じられないのが難。うじきつよし演じる刑事の見合い話ノエピソードなんか、特に必然性がない上に尻切れトンボだったりするし。 でも私は隠れ若村麻由美ファンなので、まあまあ満足度高し。いや、実際この人、無名塾で鍛えられてるから表情や仕草を作るの抜群にうまいのよ。『らんま1/2』のカスミ姉さんを実写で演じさせたらこんな感じかな。 冴子の父親役の石田太郎さんが、カリオストロ伯爵の声で(今ならコロンボの声か)重厚に推理を語るところなんかはオタクには必見。こういう2時間ドラマって、声優さんが結構オイシイ役で出ること多いので(石田さんは声優専門じゃないけど)、チェックしていくとなかなか面白いのだ。
マンガ、小畑健『CYBORGじいちゃんG 21世紀版』2号(「巻」じゃないのだった。凝ってるなあ)、読む。 平成元年の連載ってことはもう12年前か。若い読者は完全に初見なんだろうな。ウチのメンバーも若いやつぁ『ランプランプ』からしか知らんし(と言いつつ、私もこないだまで存在自体忘れていたが)。 今読み返してもコマ割りがキツイ。ともかく読みにくいので、読み終わるのに一週間以上かかっちまった。このコマ割りのキツさは、師匠のにわのまこと譲りなんだろう。今は完全に脱却してるけど、『ヒカル』の初期までちょっと残ってた。 確かにね、後の『ヒカルの碁』の片鱗はあるよ。新人でこれだけデッサンがしっかりしてるのは立派だ。けど、絵の技術はあってもマンガ的な画力という点で言えば決して面白いとは言えないのだ。キャラクターの表情がパターン化されすぎていて魅力に欠ける。 ストーリー自体も、どのエピソードのアイデアもありきたりで、ジャンプマンガの悪い面があっちこっちに出てる。サイボーグ出すなら、やっぱりSF感覚は要るのよ。 岡田斗司夫さんが以前「BSマンガ夜話」で「ジャンプは懸命に『ドラえもん』のようなマンガを送り出そうとしては失敗している」と語ってたけど、その代表的失敗例が『まじかるタルルートくん』だとして、この『じいちゃん』もその中に含めることが出来るだろう。読者が憧れるセンス・オブ・ワンダーが決定的に欠けているのだ。 後半、やたらとじいちゃんばあちゃんのヤングバージョンが出るのが、いかにもテコ入れっぽくて痛々しい。 小ヒットで終わっちゃったのは仕方ないとしても、今の小畑さんの画力、構成力でリメイクしたら面白くなるんじゃないかな。
さてまた明日から仕事だ。もう遅いけど早寝しよう(^^)。
| 2001年03月10日(土) |
きのこを手に入れました/アニメ『青山剛昌短編集』 |
今日でカウンターが1000ヒットを超えました。 1月26日から一月半、一日に25人が覗いてくれてる計算になりますが、実際はその半分にも満たないとしても何だか感無量です。 どんな人が見てくれてるのかよく分らないのですが(知り合いが主だろうけど)、全く私のことを知らない人が読んでくれて「面白い」と思ってくれてたら嬉しいのですが。 そのうち個人ホームページを立ち上げると言いつつ、まだ原稿が全然足りず、作業も遅々として進んでいないのですが、2000ヒットする頃までにはなんとか目途をつけようかと考えています。 この日記を読んで、ご意見、ご要望を言いたけれど、メールをわざわざ送りつけるのもなあ、と考えておられる方には、掲示板もちゃんと作る予定ですので、もうしばらくお待ち下さいませ。 自らオタクと名乗っている以上は、オタクらしい読み応えのあるものにしなくてはならず、そのプレッシャーが日々背中にズンとのしかかってきておりますが、まあなんとかなるでしょう。なんてったってこの日記のタイトルがアレですから(^^)。
へんてこな夢をまた見る。 一歩歩くたびにキモノが脱げてしまうという奇病に罹ったのだ(病気か? それって)。 ともかく10歩も歩けばオールヌードになってしまっているので始末に悪い。一計を案じ、予め行く先々の道の上に、10歩ごとにクロゼットを置いておくことにした。これで服が脱げてもすぐ着替えられる(って、そんなもん道端に置いてられるか。なぜここで夢だと気づかんかな)。 ところがある時、駅のレストランで女房とある女の子(誰やっちゅーねん)と食事をしていたら、その女の子がいきなり逃げ出してしまった。 慌てて追いかける私(なぜ?)。 女房が後ろから「服が脱げるわよ!」と怒鳴る。 しかし私はあの女の子を捉まえて連れ戻さねばならんのだ。たとえ道端で全裸になろうとも(だからなぜなんだよう)。 駅を出て100メートルほど先で女の子を捕まえたが、道路のドまん中で私は見事に素っ裸になっていた。 いかん。このままでは警察にとっつかまってしまう。 慌てて私は駅にとって返した。 しかしどうしたことだろう。レストランがない。影も形もなくなって地下道になっている。当然クロゼットも消えているのだ。うわあああ人が集まってくるよう、向こうからおまわりさんが来るよう。にょ、女房はどこへ行ったんだ、おれのこと弁明してくれえ。 ところが女房の姿は見えず、声だけがどこかから聞こえてくる。 「裸で女の子なんか追いかけるからよ〜」 ……と、そこで目が覚めた。
で、今日も女房に布団を奪われていたのだな。へっくちん(>o<)。
さて、起きたのは9時半、万全の態勢である。 ……何がって、「シティボーイズミックス presents ラ・ハッスルきのこショー」チケット予約開始の日ですがな。 すぐに取れるとは思わない。しかし、10時ジャストが勝負のはず。 ぴったり、その瞬間に電話が繋がるように番号を打ち込んで……やった! ジャスト! ところが呼び出し音は鳴らず、代わりに「ツ〜・ツ〜・ツ〜」。 し、しまったあ! 0.1秒、遅かったあ! もう、『宇宙戦艦ヤマト』でワープの瞬間のボタンを押し間違えた島の気分よ。 「ああ、宇宙が全て消えて行く……」(注・『ヤマト』にこんなセリフはありません)。 それとも『イデオン』かな? 「みんな星になればいいんだ!」 でも気を取りなおして再度チャレンジ。 「こちらNTTです。おかけになった電話番号は、現在大変繋がりにくくなっております。もう一度時間をおいて、おかけ直し下さい」 ……脱力。 再々度チャレンジ。 「ツ〜・ツ〜・ツ〜」(がちゃ) 「誠に、ご迷惑をおかけしております」(がちゃ) 「ツ〜」(がちゃ) 「こちらエヌ……」(がちゃ) ……全部聞いてられっかい。延々と続く単調作業。受話器を上げ下げしているうちに腕が痺れてくる。 30分ほどしてトイレに行きたくなり、女房に代わってもらう。途端に女房のやつ、電話をスピーカーホーンに切り換えて、ボタン操作だけで何度もリダイアルしている。……そんな楽な方法があるならなぜ教えてくれなんだ。 よく聞くと、NTTのアナウンス、ねーちゃんとおばちゃんの2バージョンあることに気がつく。どうして2種類必要なのか分らんが、ねーちゃんのほうが私は断然いい。 初めこそ「次はねーちゃん、次はツ〜ツ〜、次はおばちゃん」と予知能力の訓練に励んでいたものの、あまりに単調作業が続くうちに、殺伐とした気分になり、おばちゃんの声を聞くたびに、明日あたりNTTに爆弾しかけたろかという気になって来る。 これも「ハイウェイ・ヒュプノシス」ってやつか? 違うよな。 もう半分諦めかけ、私はもしかしたら一生、このボタンを押し続けるのだろうか、それもまた人生かと諦観し始めていたとき……。 「ジリリリリン……」 ……鳴った! 「(ガチャ)はい、こちらアートスフィアです」 ……あ、慌てて、またボタン押して切るとこやった。ま、間違いなかとやね。うっうっうっ。ほんなこつ泣こうごたる(T_T)。 いやあ、あんなに慎重になったことってないね。丁寧に応対して、取りました取りましたよ、5月3日、夜の部の公演。 ああ、たとえ当日、仕事でどんな予定入れられても、絶対キャンセルするぞ! 大竹さんが見られるっ、きたろうさんにも会っえるっ、斉木さんも来っるぞっ、いとうさんとゆうじさんのおっまけっつきっ(狂った)。 時計を見ると12時過ぎ。……まる2時間電話掛け続けか。どっと……疲労が……。
でも女房は疲れた私を休ませてはくれないのである。 劇団のホームページのプロフィールを一新するので書けという。 なにやら色々質問の項目が並んでいるが、異常に多く、しかも似たような質問がダブっている。 好きな映画、好きな俳優、好きな芝居って、若いメンバーは生の芝居なんて殆ど見とりゃせんだろうに、これは酷な質問ではないのか。 私もつい調子にのって(疲れてたんじゃなかったのか)、好きな芝居ベストテン、なんてものを書いてしまったが、そのうち三本はテレビ中継である。生で芝居を見る習慣って、日本人には定着してないのよ(映画も見なくなってるよな)。 プロフィールには書かなかったが、私が生で芝居を見た最初は、東宝の『サザエさん祭り』である。もちろん上京して見た。確か中学生のころだったな。 サザエさんはもちろん江利チエミだったが、カツオ役が子供の頃の松田”アシタカ”洋治くん。今考えると結構豪華だったかな。
プロフィールを書くと、さすがにくたびれはててダウンする。 でもそのまま夕方まで寝てしまい、『幻のペンフレンド2001』を録り逃した。ううう、最終回一話前だったってのに。多分『愛の詩』シリーズは再放送があるからそんなに心配してないけど。 でも今日はそのあと『古館伊知郎トーキングブルース13th』もテープの長さを間違えて録り損ない、踏んだり蹴ったりだったのである。チケットが取れた反動だろうか。
CSで『青山剛昌短編集』を見る。最初の二本、『ちょっとまってて』と『夏のサンタクロース』は既に民放で見ていたが、『探偵ジョージ』『10個の惑星』『プレイ・イット・アゲイン』は初見。 どの作品も初期短編なので、見栄えがしないのを今の絵柄に合わせてリニューアルしてある。おかげでなかなか見ごたえのある作品に仕上がっていた。 ヘタに凝った作りの作品より見ていて安心感がある。『名探偵コナン』ファンには、赤ん坊時代の新一の活躍が見られるのは嬉しいサービスだろう。
ちょっと時間が逆戻りするが、朝食は糖尿病食の蟹風味ミートボールに味の薄いハンバーグ。作り置きのスープもやっと終了。 女房「味が薄い」と文句をつけるが、病人用だもの、当たり前だ。 病院食をレトルトパックしたもので、これならいちいち計量をする必要がなくて楽なのだが、いかんせん、値段が高い。一食千円するのである。今日は女房にも分けてやったので2千円出費の計算になる。これじゃ外食と変わらん。 昼は女房が悪いと思ったのか、ほか弁を買ってきてくれる。でもやっぱり自分で作ろうとはしない。安くて腹の太る、でも美味しくてカロリーの低い食事ってないものかな。世のダイエットに悩む女性にとっても絶対朗報となり、売れに売れるだろうに。 と言いつつ、今日も友達に贈ってもらった「ラスク・フランス」を齧りつつ、着実に体重を増やしているのであった(-_-;)。 女房が「あんたの子供の頃って、このお菓子あった?」と聞くが記憶が曖昧なので答えられない。似たようなのはあったかもしれんが、しょっちゅう食ってた気がしない。 だいたい小学生のころからそうそうお菓子を食ってた子どもじゃなかったのだ。われ等の世代は親から「お菓子ばかり食ってんじゃない、飯をきちんと食え」、と躾られた世代だし、早いうちから小遣いはお菓子に使うよりマンガ本、貸し本に使ったほうがいいや、と思ってたんで、ホントにたまにしかお菓子は食べてなかったのである。あのペコちゃんマークのお菓子だって(ミルキーだったかバルキーだったか忘れたが)、多分生まれてこのかた食った回数って、片手で足りるぞ。 だからお菓子を買いまくってた経験というのは殆どイベントがらみでしかない。例えば銀のエンゼルを集めるとかな(それだって集まったためしがない。すぐ飽きるからだ)。 まあ、一番お菓子を買ったってのは例の「仮面ライダースナック」だろう。みんなカードを集めるばかりで、お菓子は捨てる、と社会的に非難の集まったお菓子だったが、あれだって、1冊ファイルブックを手に入れた時点でやめてしまった。しばらくして怪人の解説を網羅した、ムックの類が山の洋に出版され始めたからである。 カードを薄い紙袋に入れて隠して、どの怪人のカードが入ってるか分らないようにしてたのがヒットの要因の一つだろうが、あれって一種の詐欺ではなかったのか。だって商品の「品質」が事前に確認できないわけじゃん。持ってるのと同じカードが出たらクーリングオフさせてもらってもいいじゃんかよう(まだ恨んでるのか)。 今はもうああいう商売成り立たないだろうなあ、子供も昔ほどバカじゃないから、と思ってたら、大ヒットを飛ばしたのがあの「ビックリマン」だったのである(これもちょっと昔だけど)。ガキはガキであるがゆえに永遠にバカなのだな。 でもピカチュウ人気もそろそろと見たがどうだろう。それとも『ドラえもん』みたいに延々続くことになるのだろうか。
女房がヤフーオークションで『花嫁はエイリアン』のサントラCDを落札したのが届く。 オークションと聞くと、私はどうしても燕尾服を着た連中が何食わぬ顔でズラリと並んで座っている前のステージで、オーナーが木槌をトントンと叩いて「次はゴッホの『ひまわり』、10万ドルから」なんて言ってるシーンを思い浮かべちゃうのだが、なんか女房の顔とまるでイメージが合わん。 でも話によると女房は非常に質のよい参加者だそうである。お金を送るのでも即座に対応するし、メールなどのやりとりも丁寧で、ということらしい。 本人を目の前にしていると、とてもそんな礼儀正しい印象はないのだが、女房曰く、「迷惑は他人にはかけない。アンタにだけ」ということだから、そういうことになるのだろう。とほほ(T_T)。
女房は珍しく早寝。 ダン・エイクロイドの歌声を聞きながら、この声質って誰かに似てるよなあ、と思いながら思い出せない。何だか隔靴掻痒のまま、半徹夜で、明日の練習に向けて、次の芝居の(採用されるかどうか分らんが)シノプシスを書き上げる。 続けて今日の日記を書いていたら、半分以上書いたところで、なんの拍子にか、いきなり文章が全部消えた。 一瞬呆然となり、もう日記を書くのやめようかとも思ったが、意を決して、一度書いたものより長めに、しかも文章に工夫も加えて書き直す。従って、罫線から前の文は全部書き直しの分なのです。 で、時計を見ると朝の5時。起きてきた女房に新しいシノプシスも貶される。 ……何だか今日(もう明日になったけど)はいろいろと祟られた日でありました。 ふうう(´。`;)。
| 2001年03月09日(金) |
ふうふのしんしつ/『掌の中の小鳥』(加納朋子)ほか |
夜中にも雪が降ったらしい。 うっすら地面にも雪が積もっているし、昨日ほど吹雪いてはいないがチラチラ雪も待っている。 今朝もやっぱり、布団にいつの間にかもぐりこんできた女房に追い出されていて、半裸状態で目が覚めた。 ああ、咳が出るノドが痛い鼻が詰まってる。 私をこんなメに合わせておきながら、女房は一人で布団にヌクヌクと……と思ったら、こいつも寝惚けて掛け布団とバトルロイヤルを繰り広げた末に、全部リングアウトさせていたのであった。 二人揃って風邪を引くことが多いのはこのせいか。くそ。 よっぽど仕事を休もうかと思ったが、 この仕事に命を賭け、 世のため人のために働くことを使命と信じ、 愛と正義の使徒たる私が、 仕事を休むなんてトンデモナイ。 というわけで仕事に行きましたとさ(^^)。
加納朋子『掌の中の小鳥』、読む。 ハートウォーミングなミステリ、『ななつのこ』の作者が贈る、殺人も詐欺も誘拐もない、けれど紛れもなく上質の、日常の中のミステリ。 謎が簡単過ぎる、という批判は本作の場合は的外れだろう。作者は恐らく読者に謎を当ててほしがっている。 例えば、登校拒否に陥った少女がいる。少女は本当は学校に戻りたいと思っているが、きっかけがなく、勇気を奮い起こせない。少女の祖母が、少女に一つの賭けを申し出る。 「おばあちゃんが向こうを向いてる間に碁石を一つ選んで。それから今度はあなたが向こうを向いている間に私が石を一つ取るの。もし二人の石の色が違ったら、あなたの勝ち。おんなじだったら、おばあちゃんの勝ち。どう?」 確かにトリックはバレバレ(^^)。 でもそれでいいのだ。こねくり回してメタだかベタだかわかんないトリックをふりかざして悦に入ってるアマに毛が生えた程度の連中のミステリに比べりゃ、加納さんの作品はよっぽど口当たりがよい。 それはそれとして、この人、言葉遣いにちょっと特徴がある。 例えば、「とんでもないです」というセリフ。これ、「とんでもありません」とか「とんでもございません」って誤用を平然と言ったり書いたりしてる人、多いんだよね。形容詞に直接「です」をつけるのもホントはよくないんだけど、話し言葉なら許容範囲内。 さらに、「障害」を「障碍」と正確に、「大盤振る舞い」を正しく「椀飯振る舞い」と書いてるのも今時は珍しい。どっちも誤用が定着しちゃったものだ。このパソコンだって、正しい方は一発じゃ出ないってのに。 この辺の言葉のさじ加減に関するこだわりが、もしかして、この人、文学部出身じゃないかなとふと思った。 で、経歴を見てみたらやっぱりそう(^^)。どうも作者と、ヒロインの勝気な女の子とのイメージがダブってきちゃうんだが、優しげに見えて実は芯の強い女性なのだろうな。
帰宅が遅くなったので、女房は既に仕事に出ている。 何気なくパソコンでメールチェックをすると、ちょっとイスからこけそうになるメールが混じっていた。 うーん、これは今のところここで書くわけにはいかないのだが、かと言って将来書くことができるようになるかどうかも解らず、第一それが真実であるか否かも実は確定的ではなく、いや、本来書くべきことかそうではないのかを判断すること自体が難しく、女房に相談しても多分「好きにしたら?」としか言うまいし、でもホントに書いたら軽蔑されそうだし、我々に関することであればきっと書いてしまうのだろうけれど、結局まあ様子を見るしかないということもわかっているわけで、だったらこうウダウダとワケのわからんことを書く必要もなかったのである。 なんのこっちゃ。 まあ、書かねばならぬ時が来れば書くこともあろう。
そろそろ女房の作ったスープ、三日経っているので、いい加減飲み干さねばならんのだが、もともと鍋に山ほど作っていたので、とても二日や三日で飲み尽くせるものではないのである。冬場で寒いし、明日までなんとか持つんじゃないかと思うが、夏だったら一日で部屋中に酸っぱい匂いが充満しちゃっただろうな。 桑原桑原。
アニメ『無責任艦長タイラー』25、26話(最終話)見返す。 途中をすっ飛ばして最終話だけ見るってのもせっかちなことだが、さすがにラストの作画は堂に入ったもの。でも元祖植木等の「無責任」に比べると、底が浅いのは否めない。結局タイラーが「いい人」になっちゃってんだよねえ。いや、ネタ元とは言え、今さら植木等と比べるべきもんじゃないんだろうな。
女房、1:30に帰宅。明日が休日なので夜更かししてでも待っててやろうという夫心(^^)。でも、帰って来るなり腰が痛いのなんのと言いながらのしかかってくる女房はただひたすら重いのであった。……腰が痛いのはテメエの体重のせいだ。 友達に贈ってもらった「ラスクフランス」というお菓子、美味しくて女房と二人でバリバリ食っているが、メンバーのみんなに分ける前に食い尽くしそうで怖いな(^_^;)。……だから夫婦揃って太るんだって。
今日はこれでおしまい。まる一日分、日記を書いたので、続きは久しぶりになし。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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