無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年02月26日(月) しみじみ草枕/『エクセル▽サーガ』(六道神士)7巻ほか

 今日は宴会があるのだが、私は酒も食事も制限されているので、挨拶だけしに行くことにする。人間関係を避けてるわけではないので、私にしてみればこれくらいはしないといけないかな、と思ってしていることなのだが、これを快く取ってくださる方もあれば、悪く取られる方もあるのである。
 漱石ではないが「とかくに人の世には住みにくい」。
 かと言って人でなしの国に行くつもりもないので、漱石の言に倣って、「詩歌や絵画」の世界に遊ぶことになる。……今で言やあ、小説とマンガだな(^o^)。

 今日こそは、買い損ねていた本を何としても探し出そうと意気込むが、電チャリを充電し忘れていたことに気づいて焦る。スイッチ入れずに走るとやたら重たいのだ、この自転車は。
 仕方なく、スイッチを切ったままで、博多駅では紀伊國屋、金文堂、メトロ書店を回る。更にキャナルまで足を伸ばし、福家書店も回る。
 メトロ書店のカバー、うっすらピンク色のものにリニューアルしている。以前のどっちが上下かわからんデザインのものより断然いい。
 世間には、書店のブックカバーというものを環境破壊の象徴のように忌み嫌う方もいらっしゃる。文庫本に今のようなイラスト付きカバーを付けたのは角川の発想で、それ以前の岩波文庫なんかは薄いハトロン紙しか付けていなかった。そんなもの、すぐに破れる。だから角川のアイデアは実に画期的だったと言えるのだ。表紙が丈夫になったのみならず、文庫本ではカットされがちな、連載時のイラストが、表紙一枚とは言え、復活したも同じだからだ。
 絵がそこにあれば、人情として、その絵が日光で色褪せたりしないように、なんて気遣うのも当然であろう。ゆえに私は「本屋に必ず『カバー付けてください』と頼む派」なのである。「カバーが既にあるのに更にカバーを付けるとは何ごとか!」とまじめな方はおっしゃるだろうが、私は各書店のブックカバーを集めるのも趣味なので、どうかおかまいなく。
 それなのに福家書店、「カバー付けてくれ」と頼んだのに付けてくれなかった。人の話はよく聞けよ。

 帰りにスーパーで昼の弁当が100円引きになっているのを確認して買う。幕の内が280円ってのは実に安い。今日は女房、仕事が休みらしいので、土産に買って行ってやる。私用にはミニ弁当、茶碗一杯程度のめしにカレイのフライ、コンニャク、筍、かまぼこなんかが乗っている。これくらいの量が本当は丁度いいのだ。



 女房が何をきまぐれを起こしたのか、部屋を片付けている。公演が終わったときに運びこんだテーブルや椅子、そのまま置きっぱなしだからもう1ヶ月近くも放置していたのである。もうてっきり片づけする気などないと思っていたのに、どうしちゃったのか。
 しかも、殆ど穴倉と化していた自分の寝室まで整理していたのだ。ときたま女房はこんなふうに突発的に模様替えをし始めるが、どう考えても毎日こまめに片付けてた方が、労力は少なくてすむはずなのである。それを思い立った時に「うりゃっ」と一気にやっちゃうのは、やはり性格が男だからなのだろう。

 六道神士『エクセル・サーガ』7巻、アニメが終わったあと、原作マンガの方はどう進展するのだろうと思っていたが、まるでなし。というかアニメの影響、原作の方が受けちゃってるぞ。いきなり意味なく「エ○○ルダ○」とか出て来るしな。
 花見の話はやっぱり舞台は西公園かなあ。考えてみたら花見なんてもう20年以上行ってないよなあ。今年の春は弁当でも作って、スケッチもかねてのんびりピクニックでもしてみようか。近所の公園でいいから。
 しかし去年福岡で「鳥人間コンテスト」なんてやってたのだろうか。福岡タワーが描かれているところを見ると、百道浜あたりなんだろうけど。「Q州大学バードマン研究会」っていかにもありそうだよな。
 ……なんだか全くマンガ自体の感想書いてないな。地元ネタを探す方が楽しくなってるけど、ま、いっか。

 うわあああ、しまったああああ! BSマンガ夜話、『カスミ伝S』、見損なってしまったああああ!
 あんまり悲しいので今日はここまで。


2001年02月25日(日) 誰もいない海/『シイナのファブリオ▽』(がぁさん)ほか

 二週間ぶりの練習の日であったが、ほぼ全員、都合がつかぬというので急遽お休みとなってしまった。
 ある者はバイト、ある者は風邪といった具合で、これじゃ話し合いになろうはずがない。女房は来る予定だった鈴邑夫妻に中止の連絡を入れ、私もロデムさんに同様の連絡を入れる。ロデムさん、そういうこともあるのかと笑う。
 練習部屋を早めに確保せねばならないので、メンバーのスケジュール調整が不可能なのが痛いところである。まあ、しゃあないわな。
 朝の時間を使ってシノプシスを書き上げようと思っていたのだが、余裕が出来てしまった。二、三日かけて二つ三つ書ければいいかな、と、もう少し頭の中で練り上げることにする。

 『仮面ライダーアギト』、今回はコブラ男の登場(なんか面倒臭い名前があるらしいが「コブラ男」でいいじゃん)。嬉しいことに相方のヘビ女は頭髪が蛇の、ゴーゴン姉妹タイプ。つまり、原作版『仮面ライダー』の「よみがえるコブラ男&蛇姫メドゥーサ」のコンビが、初めて映像化されたわけである。こりゃもう、最終的に黒幕は日本政府、ということにしてくれないと困るな(原作を読んでない人にはネタバレになるけど、「ショッカー」と日本政府って実はつるんでたって設定なのよ。これ、『スカルマン』の頃から共通してる設定なので、実のところ『仮面ライダー』が原作通りに映像化されたことはない、ということにもなるのです)。
 『仮面ライダー』シリーズはこれまでにもちょくちょく「原点がえり」をしようとホラーでシリアスな要素を加味してきたが、たいていそれは失敗し、路線変更を余儀なくされたものだった。一番かわいそうだったのは『真・仮面ライダー 序章』で、ホントに序章だけで終わってしまった。……巨大化したやつもいたな。そんなのに比べたら、今回の『アギト』は、石森テイストを残しつつ、かつ新しい観客層にも訴えかける要素を持った正統派ではないのか。これを単に「異色作」と位置付けるのには私自身は不満に思う点があるのである。
 ただ手放しで誉めてばかりもいられない。シリアスな展開の合間に、美杉家でのユーモラスなシーンを差し挟んで緩急をつけようという意図はわかるのだが、これがうまく効いていない。特撮面でもビデオ画像が怪人の造形をより作り物めいた印象にしてしまっているのが結構イタイ。
 何より、も少し演技の出来る役者使ってくれよう(T_T)。見てて恥ずかしいんだよう。



 マンガ、がぁさん『シィナのファブリオ▽』読む。
 以前「まんだらけ」でやっと見つけた、がぁさんの第一作品集。「ファブリオ」ってのは中世のエロ小説のことである。もちろんこのマンガ自体、エロなんであるが、ファンタジーやSFがエロと不可分なく交じり合い、絶妙のコンビネーションを形成しているのがこの人の作品のすごいトコロなのである。
 丸っこいかわいらしい線のキャラクターが持ち味で、別にエロ描かなくても充分やっていけると思う。実際に最近はエロなしの『だいらんど』なんかも描いてるし。でもこの人、どうも生活の手段として仕方なくエロを描いた、というわけでもなさそうなのだ。
 たいてい、がぁさんのマンガに登場する女の子は、最初は処女である。いや、処女ものは確かにエロマンガには多いが、決してがぁさんの主人公の女の子は不幸になったりしない。好きな相手に好きだと言えず、会えば喧嘩をしてしまう。だけど心の中ではいつか彼と結ばれたいと願っていて……そしてあるトラブルをきっかけに、二人はお互いの本当の気持ちに気づく。そして最後には心の底から結ばれ、愛を交し合うのである。
 こんな気恥ずかしいまでのハッピーエンドもの、今どき『りぼん』にだって載っちゃいねーぞ。これは構造的には完全に「ひと昔前の少女マンガ」なのだ。
 私も女房もはまってしまったのは、その辺にも理由がある。
 がぁさんをよく知らない人は、眠田直さんのホームページからリンクでがぁさんのホームページに行けますので、一度覗いて見てくださいな。

 昼寝中の女房の頭から白髪を抜く。
 実はこの白髪抜き、私の一番の趣味だったりする。昔、母の白髪を一本10円で抜かされていのがきっかけで、白髪抜きの楽しさに目覚めてしまったのだ。
 残念なことに、世の中に「白髪抜き屋」という商売がないために、その道に進むことはかなわなかったが、いつか女房を娶ったら、そいつの白髪を存分に抜いてやろうと心に決めていたのである。……変態だなんて言うなよ。しいねちゃんの耳かき好きよりはマシだ。
 しかし、結婚当初の女房はまだ若く、ただの一本も白髪がなかった。内心私は臍を噛んでいたのである(……今改めて気がついたが、女房って「幼な妻」だったんだなあ。全然、麻田ルミみたいな可憐な雰囲気ないけど)。それからひたすら待つこと十年、さすがに三十路が近いと少しは白髪も増えて来ようというもの。ついに私の悲願が成就する日が来たのだ。
 とは言え、私に比べたらまるで目立たず、たまに黒髪の間からチラッと数本見える程度のものなのだが。
 それでも髪を掻き分け探し出していくと、短い白髪が二、三十本は見つかる。
 「もう私、年寄りなんだよう。ほっといてよう」と駄々をこねるのを無視して、一本一本抜いて行くと、「痛い、痛い」と悲鳴を上げる。白髪のクセに根深くって、見ると肉も一緒に取れている。そりゃ痛いよな。
 「もう、あんた、わざと痛くしよろう?!」
 ついにガマンしきれず、女房は布団を頭からかぶってしまった。
 ……しかし、あきらめることはない。なぜなら私は知っているからである。目の前にハラリと白髪が見えた時には、「抜いて!」と向こうから頼んでくるに違いないことを。

 タコめしを炊いて作ったのだが、女房がまるで食べてくれない。女房の味ご飯嫌いも困ったものである。
 仕方なく外に食事に誘う。
 相談の末、以前から行こうと思っていた、先日オープンしたばかりの「インターネットカフェ」に行くことにする。
 店は博多駅のバスセンターの8階、つまり紀伊國屋書店の上の、シネリーブルの更に上の階にあるのだが、インターネットつなぎ放題の、マンガ読み放題の、DVD見放題の、CD聞き放題の、ソフトドリンク飲み放題の、という夢のような喫茶店なのである。
 基本料金が30分230円、15分延長ごとに90円追加、リクライニングシート席でも300円という、ワリに良心的な値段。食事もカレーやスパゲティが各480円、そう高くはない。結局ふたりで2時間半いて、2600円だった。
 まだ開店したばかりなのでお世辞にもソフトが充実しているとは言い難いが、うまくするとこの店、結構繁盛するのではないか。
 フリー席は安いだけあってやや狭い。ちょっと椅子によっかかると向かいの椅子にぷつかったり、横にどくと隣の人から敷居を立てられたり。見てみるとボックス席の方がゆったりできそうだったし、途中で席を代わってもいいと店員さんから言われはしたが、今日はイチゲンさんなので安いとこにしておいたのだ。……って、気取るほどのものでもないが。
 入ってしばらくは『仮面ライダーアギト』のホームページを覗いたりする。
 スパゲティと今川焼きを注文し、女房に分けてやるが、女房は「時間制なんだから、食べてたら時間がもったいないよ」と言って、なかなか食べない。でもどうにも腹が空いたらしく。結局私のスパゲティを半分食べる。
 以下は、読んだマンガ。

 ささやななえ『魂返の島』、この人の『ミノタウルス』はギャグとホラーがほどよく混じりあって好きなんだが、純粋な怪談ものだと、ちょっと落ちが弱くなるものが多い。
 しかもこの話、諸星大二郎の稗田礼二郎シリーズの一編と、「死者の復活」という設定がよく似ているために(盗作ってことじゃなく、同じ伝承をモチーフにしてるせいなのだが)、どうしても諸星作品と比較してしまう。そうなると、出来の差は歴然としてしまうわけで、ささやさんのほうが見劣りしてしまうのは仕方がない。特に、ラストをハッピーエンドにしたのは無理があった。
 えんどコイチ『アノアノとんがらし』1巻、いまやもう手に入らないえんどコイチの初連載(『少年チャンピオン』!)作。とり・みきが昔「私が面白いと思った作品はみな受けない」と言ってた中に入ってた(^_^;)。実際3巻で終わっちゃって、えんどさんはジャンプに移るわけだが、ギャグだけで押し通した『とんちんかん』も好きだが、純ラブコメの『とんがらし』も実は好きだった。買い損なってたんで、秋田文庫で再販してくれんかなあ。
 永井豪『凄ノ王伝説』6巻、角川版の完結編。現行の集英社版とはエピソードが異なり、須佐が自分の内面世界では女子高生になっていたり(おいおい)、地上に出た瓜生が魔獣に変身したり(さっきまで罪を償うとか言ってたのはどうなったんだ)、身堂竜馬がゲリラになっていたり(これは「元通り」か?)、暴走しまくっている。……こりゃ完結できんわな。
 あろひろし『ソリャナイゼみるきぃライフ▽』……こんな爆乳あってたまるか。「巨乳カウンターアタック」の解説は笑えたが。

 女房、結構この店が気に入った様子。
 「また来ようね。今度はリクライニングのボックスの方で」
 来てもいいけど、眠るなよ。


2001年02月24日(土) それはせんせい/アニメDVD『エクセルサーガ』への13巻(完結)ほか

 朝起きると腹を下している。8時には家を出る予定だったが、トイレから離れられず、風呂とトイレを往復して10時を過ぎる。
 父から電話があり、病院の方に連絡を入れたとのこと。つくづく細かい性格だ。私が物事を大雑把に考えがちなのは、父に対する反動だろう。
 新しい病院は昔住んでた町にある。今住んでるところからもそう遠くはなく、自転車で十分ほどである。
 もともと父も私も同じ病院に同じ糖尿の治療で通っていたのだが、父の方が担当医とソリが合わず、転院してしまったのだ。いいトシして全く人間が丸くならないところが博多の人間らしいが、笑ってばかりもいられない。糖尿は遺伝性の病気なので親子で同じ医者にかかっていた方がいいだろう、という判断で仕事を休んでまで通院していたのに、これじゃ今の病院に通う意味がない。
 今度の病院は土曜日に行けるので、仕事を休まずにすむ。早いとこそうしておけばよかった。
 でも転院すると「櫃まぶし」を食う機会が減るな。

 風邪も長引いているので、担当医についでにそちらも見てもらう。扁桃腺が相当赤くなっていたらしい。クスリが四種類も出る。父から「前の医者は薬をなかなか出してくれないが、新しいとこはちゃんと出してくれるからいいぞ」と言われていたが、ホントにそうとは(^_^;)。……どっちの方がいいのかは判断に苦しむけど。
 医者が言うには、「私も長いこと医者をしてきましたけど、あなたのお父さんみたいに自分から『入院させてください』と言い出された方は初めてです」とのこと。よっぽど前の病院の治療に対して鬱憤が溜まっていたのかな。
 何だか居心地が悪い気がして、早々に退散。つい、次にいつ来ればいいのか聞き忘れた。まあ来月くらいでいいかな。

 病院に行ったその足で、天神まで回る。DVD、マンガを買いこむが、今月は少し控えめに買う。家庭争議のネタを増やすのは極力抑えねば。
 帰りに「ザ・めし屋」で「だご汁」。昔から疑問に思ってたのだが、「だご」って要するに団子のことなんだろうが、ならどうして丸い形をしてないのか。どう見ても「太くて短いうどん」なんだものな。味が濃過ぎないのはいいのだが、肝心の「だご」の腰が今いち。こういう品は、居酒屋のほうがうまいものなのだろう。

 帰宅してからは早速DVD三昧。
 でも感想はまたあとで書く。昨日も女房につきあって夜更かししたので、寝不足なのよ。



 今市子『百鬼夜行抄』8巻、よくネタが尽きないなあと感心するくらい、毎回手を変え品を変え現代の怪談を語り続けているこのシリーズ、今のホラーブームに合わせて映像化されないのが不思議なくらいだ。
 でも本当に映像化されたら、またぞろ配役のイメージが違う! みたいな騒動が起こるんだろうから、マンガのままにしておいた方がいいのかもしれない。特に実写版だと誰がいいかなんて全然思いつかないしなあ。
 今回は冒頭の『雲間の月』の話が一番好きだったので、あとの話の印象が薄い。幽霊や死後の世界を信じるかどうかっていうこととは別にして、死んだ人が生前の約束通りに帰って来るというパターンは、洋邦の怪談に共通して見られるものである。よっぽど人の心の琴線に触れるものがあるようだ。『雨月物語』の『菊花の契り』(『御法度』の中にも引用されてたけど、あれのおかげで今や元祖やおい小説のように言われているのが微苦笑もの)や『浅茅が宿』にも共通してるのは、「死ぬ前に一度しか会えない」という点だろう。『シックスセンス』が今イチ感動を呼ばないのは○○○○○○○○○が結局ただのストーカーだからなのだな。

 橋口高志『ウィンドミル』9巻、はい、すみません。キャラクターが『エヴァ』に似てるってだけで買ってます。あと1巻で終わりだし、いいじゃないの。
 一応中身はまともな女子ソフトボール根性ものなんだけどね。でも作者は多分女の子が汗を流してハアハア息を切らしてる顔を描きたいだけであろう(^_^;)。

 手塚治虫『アトム今昔物語』再読。
 『鉄腕アトム』は掲載雑誌である『少年』の廃刊のために完結していないように思われているけれど、実はこれが完結編。アトムは20世紀にタイムスリップし、エネルギーが供給されないために野ざらしになってしまい、21世紀になって改めてアトムが製造される時代になると、タイムパラドックスを解消するために宇宙人の手で破壊されてしまう。テレビ版も原型になった『メトロポリス』もそうだけど、手塚さんはともかく主人公をよく殺す。多分それは手塚さんの「人はそう簡単に幸せになれるものじゃない」という人間不信に根ざした運命観がそうさせているのであり、やはり戦争体験によって培われたものだと思うのである。
 
 DVD『空の大怪獣ラドン』を見る。
 もう何度見たか分らない本作だが、それでも忘れてるシーンは結構ある。メガヌロンが登場するまでの人間ドラマの部分なんかケロリと忘れている。そう言えば二谷友里恵のか〜ちゃん、出てたっけ、ってなもんである。
 その反面、ラドンが福岡を襲うあたりは、このシーンの次はあのシーン、と結構細かく覚えているのだ。
 でも他の地方の人にはよく分らんだろうが、大濠公園を通過して中洲に北から飛来し、天神の岩田屋に北から舞い降りるってコース、非常に不自然なのである。もっとも飛んでるんだから空をぐるぐる旋回してたんだって考えれば、どうにでも辻褄があっちゃうんだけど。
 ああ、でも昔は本当に天神コアもイムズもなかったんだよなあ。ましてや岩田屋が西鉄と喧嘩して、西鉄が新たに三越と提携することになろうとは、昭和31年当時の誰が想像し得たであろう。もしかしてラドンにぶち壊されたのがキッカケか?
 福岡もゴジラもキングギドラもガメラもついでにスペースゴジラだって来てるんだし、オタク向けに「怪獣破壊ツアー」みたいなのを計画したっていいと思うんだがな。
 知ってる人は知ってると思うが、ラストの阿蘇山でのラドン炎上シーン、『ウルトラQ』のあるエピソードのラストシーンに流用されている。白黒画面なので分りにくいが、よく見るとラドンがハネをパタパタさせてる様子が見えるのだ。さて、いったい何というタイトルの(また、何という怪獣が出る)話でしょう?
 阿蘇山にもしばらく行ってないなあ。というか、生まれてこのかた、二度しか行ったことないんだが。まだ火口は覗けるんだろうか? 煙がホントにあちこちから吹き出てたし、考えてみると結構、命懸けな観光だったわけだ。
 「え、あちらに見えますのががラドン終焉の地、こちらに見えますのがスペクター基地の跡地でございまーす」なんて観光してくれるバスガイドさん、いないかな。

 DVD『エクセルサーガ』への13巻、ついに完結。しかもテレビ未放映の最終回、26話も「無修正」で収録だ。
 そうかあ、いくら深夜アニメでも血を吐くのは御法度だったわけね。オープニングからハッちゃん、吐く吐く。
 22話で廃墟となったはずのF県F市、なぜか26話ではキッチリ復興している。アクロスも25話で崩壊したはずなのにしっかり全員復活、新たに市街征服狙ってるし、更には最終回だってえのに新レギュラーは登場するは、アニメではなかなか描写されることの少ないラブホテルの内部シーンはあるは(『パトレイバー・ふたりの軽井沢』に『エヴァ』の例のアレという先例はあるけどね)、もうやりたい放題。しかもラストは原作者対監督の対決ってなんじゃそりゃ。
 でも福岡を舞台にした映画ってのはあっても、アニメってのはなかなかなかったから(あとは『県立地球防衛軍』くらいかな)、ホントに楽しかった。
 こうたろうくん、面白いアニメ紹介してくれてありがとうね。


2001年02月23日(金) 哀愁列車/『ちょびっツ』1巻(CLAMP)ほか

 ……えいくそ、日記開くのに苦労しちまったい。
 どういうわけだか、パスワードが消えていたのだ。
 でも安心、こういうときのために女房がメモを残しておいてくれている。えーっと、英数半角で、ふんふんふんと……。さあ、これで日記の画面が……出ない(・・;)
 「エラーです。IDかパスワードが違っています」
 いったいどういうわけ?
 パスワードは英数半角。打ちこみミスがないか何度も試した。しかし何度打ち込み直してみても、画面には無常に「エラー」。の文字が出るばかり……。
 もしかして、メモが間違っているのかも……? そう思ってバスワードの再発行を頼んだ。数分でメールが届く。
 原因はわかった。
 確かに女房のメモが間違っていたのだ。
 ……小文字の“l”と大文字の“I”を間違えるんじゃねえ!

 ……帰宅した女房に聞くと、他にもこやつは“O”と“6”、“v”と“r”の区別をつけられずに困っているそうである。日ペンの美子ちゃんに字を教わって来い……(-_-;)。

 というわけでやっと今日の日記が書ける。日記書く前に疲れちまったぞ(-_-;)。

 どこでもいつでも眠れるというのは私の特技の一つで、布団に入るとものの数秒で眠ってしまう。女房からしょっちゅう「一緒に寝ても楽しくない」と言われる所以だ。ところが最近は連日、寝ついたかと思ったら自分の咳で起こされている。今朝も二度ほど咳で目覚めた。
 女房は夜通しパソコンを弄くっている様子。
 「カラーチャートで、画面上で色が分るようにしたよ」
 「……画面で見れたって、俺、色わかんねーよ」
 何度言ったら私が色弱だということを覚えてくれるのかなあ。

 用事があって、ある山の上に登る。
 時間の余裕があったので、少し散歩をする。
 広場があって、そこには昔の蒸気機関車、「Cのちょんちょん」が置いてある。昭和50年まで、筑豊を走っていたそうだが、子供の頃筑豊に出かける用事などなかったので、走っている姿を見たことなどない。確かにその頃、「消え行く蒸気機関車」ということで、世間ではちょっとしたブームになっていたが(「きかんしゃやえもん」なんて阿川弘之原作のアニメまであった)、消えてなくなる段になって騒ぎ立てるのが何だかみっともない気がして、私は乗れなかった。
 少し離れたところに、これも昭和54年に廃止になった路面電車が雨ざらしのまま置いてある。
 こちらは中に入れるようになっているので、ちょっと昔を懐かしみたい気になって、足を踏み入れてみたものの……。
 汚い。
 雨ざらしだものなあ。計器だの電灯だのシートだのは当然外されていて、板敷きは底が抜けそうな感じで怖い。壁の塗装は薄いベージュのような、あまり温かみのある感じではない。運転のハンドルは路面だから簡単なもので、右左に回る程度のものだ。
 でもこんなチープな感じが好きだったのだ。
 博多どんたくの何が好きだったかって、この電車にいろんな飾り付けやペイントをして電飾で光らせ、夜の博多の街を走るのを見るのが、子供の頃の一番の楽しみだった。名を「花電車」と言う。……今や中洲の路地裏でしか聞かなくなった名称だ。
 いかにも子供だましのアニメ電車もあって、山笠の見返しのアニメキャラと並んで、評判は散々だったが、それでもあの頃のどんたくはいかにも「祭り」っぽかった。
 今はただの「イベント」である。
 まだ走ってるのかな、「花自動車」。……そげなもん見とうもなかばい。

 夕方からまた雨がぱらついてくる。
 連休はずっと雨かもな。
 道端の電柱に結ばれていたとおぼしき映画『ONE PIECE』のポスターの紐が切れて下に落ちていた。元通りにしようと思って見てみたが、紐がもう途中で切れていて、どうにもならない。
 『ねじまき島の冒険』というサブタイトルが、今イチ尾田栄一郎らしくないように感じるが、予告編を見たかぎりではよく動いてはいる。
 よしひとさんは北九州でご覧になるのでしょうか。こちらに来られた時にご覧になるならご一緒してもいいですよ。こないだみたいに女房が寝過ごさない限りは(^_^;)。
 もっとも、3月3日公開とありますが、福岡のキャナルシティでは、多分、公開1週間で午前中のみの上映に切り換えられちゃうでしょうけど。

 帰宅すると珍しく女房が起きている。
 てっきり寝ていて、仕事に出かける直前に起きてくると思ったのに。
 自分とこのホームページを変更したので見てほしいという。なるほど、上のほうにバーを作って、すぐに別のコンテンツに移動できるようにしている。劇団のホームページと同じような形式にしているわけだな。
 実は私も自分のホームページをそのようにしたいと考えていたので、夫婦揃って似たようなデザインを好むものだなあと苦笑。
 でも他のホームページ覗いてみても、このバー形式、一番便利なように思うんだけどな。

 『テアトロ』3月号、如月小春の追悼記事。
 実を言うと、この人の脚本の舞台、まともに見たことがない。お恥ずかしい限りだが、私の「面白いもの探し」アンテナに引っかかってこなかったのだから仕方がないのだ。でもこのアンテナ、昔からちっとも当てにならず、「寺山修司は面白い」と気づき始めたのがやはりその死の直後からだったから、何をか言わんやである。
 特集では「都会の孤独」を描くことが彼女の戯曲の本質だったとある。私より10歳くらい年上の方であったが、多分、共感できるものは多くあったと思う。テレビで旧作が放映されれば見てみたいのだが、劇作家が死んでも映画監督や俳優のように追悼特集って殆どしないものなあ。劇作家の社会的認知度の低さを痛感してしまう。
 今号収録の坂手洋二の戯曲、『ピカドン、キジムナー』、広島と沖縄の戦争観の差異を通して、日本人が戦後培ってきた反戦意識の脆弱さを痛烈に批判していて面白いのだが、これは戯曲としての面白さなのか、題材の面白さなのか区別がつきにくいのが批評しにくい点である。
 「日本人は広島で被爆したのが日本人だけだと思っている」
 その錯覚はなかなか消えまい。なぜなら、そう思いこまないことには、今の日本人は「反戦日本」としての精神的基盤を形成することができなくなっているからだ。実際は「ノー・モア・ヒロシマ」ってスローガンも「リメンバー・パールハーバー」と全く同質の国粋主義的精神の産物に過ぎないってこと、いい加減みんな気がついてもいいように思うんだがな。
 そういった日本人の欺瞞を突いている点が面白いのだが、舞台でこのセリフをどう生の声として演出できるか。これはなかなかに難しいことなのである。

 『キネマ旬報』3月上旬号、漫然と読む。
 気になる記事もいくつかあるが、特筆するほどのことでもない。三谷幸喜、はしゃぎすぎ。『みんなのいえ』いかにも新作のように装っているが、『アパッチ砦の攻防』の初校の改訂版だってこと、わかってんだぞ。
 興行記録で、『ゴジラ×メガギラス』、興行収入が13億円、去年の『ミレニアム』が16億5千万円だから、ゴジラシリーズの最低記録をまた塗り替えちゃったわけである。よく「十億超えたらヒット」という言葉を聞くが、あれは「配給収入」のことであって、興行収入のほぼ半額である。
 ということは今回の配給収入は6億5千万、とてもヒットとは言えない。
 『ゴジメガ』を擁護する意見は結構見られたが、作品自体に力がなかったことを東宝スタッフは認めるべきではないか。
 次作の監督は金子修介という噂もあるが、あまり期待しすぎない方がいいように思うのである。頭が固くプライドだけが高い東宝スタッフが、外様大名の金子さんを優遇するようには思えぬからだ。
 『ゴジミレ』や『ゴジメガ』がなんぼかマシな出来になったのは『ガメラ』スタッフも多く参加してくれたおかげだと思うんだけどねえ。 

 CLAMP『ちょびっツ』1巻、ついにクランプもエロマンガに参入(^o^)。
 しかしロリコン男のツボを見事に突いてるよなあ。私ゃ女性の一群がこれを描いてる、描けてるって事実が結構怖い。自分たちの「武器」がなんであるかしっかり知ってて、男たちを弄ぶ術がわかってるってことだもんなあ。
 すべからく男はロリコンである(もともとの意味ではなく、美少女が好き、程度の意味ね)。これを否定する男はかえって精神的に去勢されていると見ていい。女性の「かわいさ」は一種の記号なのであるから、それに反応しないというのは「男でない」ということと同義なのである。
 実際、本作に登場する美女、美少女たちは、みな「同じ顔」をしており、しかもみな「巨乳」である。……あまりに記号的過ぎて、これにハマってしまう男どもが哀れでならない……って私もそうか(-_-;)。
 ま、そういう絵柄的な面を別にして、本作が突出してヘンタイ的なのは、「パソコンが女性型をしている」というその一点に尽きるであろう。
 ……作者たちが男をどれだけコケにしてるかがよくわかる。そして男はその通り、みんな大バカなのである。
 でもこの『ちょびっツ』って名前、どういうとこから思いついたのかな。鳥山明というよりはトールキンの「ホビット」に「C」を付けたんじゃないかって気もするが。

 



 先日から、少しは部屋を片付けようと思って、積み重ねている本の山に分け入っているのだが、読みかけたまま積ん読状態になっている本を見つけてはつい読み耽ってしまうので、一向に片付く気配がない。よくある話である。
 思わぬところから十年前の日記を発見し、自分の善人ぶりっ子の発言に苦笑したりもする。やたらあちこちに「反省」の言葉が出てくるのね。今の日記とは大違いである(^_^;)。
 人間は結局ウソしかつけない。日記と言ったところで、そこにはやはり対外的な相手を想定した「ポーズ」が生じてしまう。20代の私は傲慢な人間を嫌うあまり、自分を謙虚に見せかけようとしていたのだ。
 今や私は自分が最も嫌っていたはずの傲慢野郎と成り果てた。しかし、結局世間には権威を欲し他人を支配したがる類の人間の方が多いのだ。傲慢には傲慢で対抗せざるを得ない。
 ま、そう言いながら別に周囲と喧嘩ばかりしてるわけじゃないけどね。

 更に小学校の頃始めて描いたマンガなんてのも出て来たぞ。
 『怪人20そーめん』。
 そーめんを二十杯食うと元気が出る怪人である。……バカだなあ。

 よしひと嬢が三年前に描いた『ジャスティス学園』のパロ本も見つけた。
 いやあ、顔より腕の筋肉の方が太い(^o^)。あ、これは悪口ではなくて、よしひと嬢の好みが自然とその絵に現れているということなのである。最近見せてもらったマンガは『ワンピース』の影響が健著であったが、未だに進化し続けているというのは自信に思っていいことだと思うんである。
 要は、なんか最近引退するようなこと言ってたので、そんなこと言わずにもっと描いてよって言いたいのでした。

 のどの治りが遅いので、女房がここしばらく毎日のように「鼻のど爽快のむゼリー」と言うのを買って来てくれる。
 「緑茶ポリフェノールとミントで鼻、のどすっきり」と書いてあるが、飲んだ味は全く「モンダミン」。……これはあれだな、モンダミンをクチュクチュやってたやつが、「ああ、こいつをこのまま飲み込めたらなあ」なんて思って開発したに違いないな(^o^)。でもミントってノドに効くもんだったのかね。
 でも実際に少しはのどが潤った気になるから不思議なものである。、

 女房がダン・エイクロイドの超激烈熱狂的大ファンであることは周知の事実であるが、ホームページに載っけるから、ダンのイラストを描いてくれと頼まれる。
 女房個人のホームページなのだから、自分で描けばいいのだが、いかんせん、女房は幼稚園児にも劣る画力の持ち主である。
 私だってそう絵がうまいわけでもないのだが、女房よりははるかにマシなので、命じられるままに何点か描く。やっぱり後になって描くほうが最初のよりもうまい。こういうのはヘタにダンに似せようとすると味がなくなるから、自分の絵柄で描いた方がいいのですね。
 出来の方は女房のホームページの掲示板を見てください。ご不満がありましたらまた描きなおします。
 ……なんだかんだ言って、絵を描くの好きなんだな、私。そのうちまたスケッチ旅行にも行こう。やっぱり私は「濡れ鼠さん」か。


2001年02月22日(木) 霧の摩周湖(行ったことない)/『スレイヤーズすぺしゃる』2巻(神坂一・トミイ大塚)ほか

 福岡市全域を霧が覆う。
 先月の大雪といい、滅多にないことが起こるもんだ。一昨年だったら世紀末の到来かと騒げるところだが(騒がなくったって世紀末なんだが)、タイミングを外した感じである。次は地震か?
 玄関のドアを開けた途端、部屋の中にまでうっすらと霧が入りこんでくる。女房は喜び駆け回る犬のように飛び出してきて、「霧、霧!」と興奮している。珍しいものを見ると騒がなければ気がすまないのだなあ。
 しかし現実にほんの数メートル先の地面が全く見えないのである。ここまで霧が深いと、車の横を通りぬけて行かねばならぬ山道は危険である。今日で風邪ひき1週間、少しも治る気配が無いこともあり、職場にはタクシーで行く。……また無駄な金を使ってしまった(T_T)。
 天気予報だと明日も雨。休日の雨は窓越しにのんびり外を眺めながら雨粒の数を数えていると楽しいのだが(そんなフレーズの歌謡曲があったような気がするが忘れた)、平日はいやでも濡れ鼠になる。……港町の洋食屋さんにでも行こうかな(←『愚者の代弁者、西へ』参照)。

 仕事帰りに某駅を通りかかると、学生が待合で堂々とタバコをふかしている。
 私は別にモラリストでもなければ正義感でもないが、あまり堂々としていたので、つい「君、学生?」と声をかけてしまった。学生服を着てるんだから学生なのは一目瞭然なのだが、こういう場合、どう声をかければいいのか私も要領がわからなかったのである。
 「からだに悪いから煙草は止めなさい」
 我ながらマヌケな声かけである。これでハイと素直に聞くようなら、警察も更生施設もふんどし先生もいりゃしない。案の定、
 「余計なお世話だ」
 と睨まれる。
 「誰にも迷惑かけてるわけじゃない」
 そう言って煙を私に吐きつける。
 「お父さんやお母さんは何も言わないのかね」
 「言わない」
 何も叱らないってことはあるまい、言い逃れだろう、と思いはしたが、反論する根拠はない。
 「でも、君を心配してる人はどこかにいると思うよ」
 いないから平気で煙草を吸えるんだろうが、それも言わずもがなである。
 ちょうどそのとき、背後の道路に車が停まった。
 学生は煙草を灰皿で消して立ち上がり、車に乗りこんで行く。運転席を見ると母親らしき姿。
 呆気に取られた。親が煙草を黙認してるというのは本当だったのだ。そしてこの親子、多分仲はよくない。子供が乗り込んで行ったのが後部座席だったからだ。
 世の中が真面目人間ばかりだと窮屈だ。親や教師の目を盗んで煙草を吸う「わるそう」がいても別に構わない。
 私が寂しくなったのは、彼が多分、自分自身が孤独であることを知らないからである。

 神坂一・トミイ大塚『スレイヤーズすぺしゃる』2巻、原作小説をまんまマンガ化したものだが、意外に拾い物。原作が短編だとは言え、それを1話14〜24ページの制限の中に収めることは結構大変なはずだ。それがダイジェストされた印象もなく、凝縮されたテンポの、畳み掛けるようなギャグの連続で、読む者を飽きさせない。
 原作の方も好きだったが、リナのニセモノが出る話、マンガは更にナーガのニセモノまで用意してパワー三倍アップ(^_^;)。いやあ、これが実に凶悪なデザインでしてねえ。あのナーガが涙を流したのもわかろうというもの。『スレイヤーズ』ファンなら抱腹絶倒間違いなしのマンガ版でありました。

 




 山上正月『ルパン三世Y』9巻、新シリーズも9巻目、人気も衰えていないようだし、この分だと原作旧シリーズの巻数を追い越すことも可能かもしれない。
 原作の設定よりアニメの設定に近い分、ルパンと不二子以外のキャラが弱いのを気にしてか、今巻は冒頭から銭形警部にスポットを当てている。もうお馴染みのキャラだから、ということで描写に手を抜けばたちまち面白さは半減するので、サブキャラを主役に据えることは悪くはないのだが、銭形をアニメ同様の「善人」にしたてているのはやはり気になる。
 原作旧シリーズの銭形は、ルパンという「悪」に対抗する関係上、それなりに「悪」の要素を持っていたのである。ルパン逮捕のためには味方をも見殺しにする冷酷さや、敵の弱みにつけこむ卑怯さもあった。原作ルパンはやはりピカレスク・ロマンとしての魅力が強かったのである。
 それを骨抜きの「よいこのおいかけっこ」にしてしまったのはやはりエコじじい宮崎(^_^;)の罪である。マンガ版はあくまで原作の続編として描かれるべきではなかったか。アニメも毎年やってるんだから。

 吉田秋生コレクション『悪魔と姫ぎみ』、これが昔アニメ化されたことがあって、しかも主役の姫ぎみの声を木の葉のこがアテていて、しかもそれが抜群に面白かったなんてこと知ってる人、もう少ないんだろうなあ。表紙に『BANANA FISH』の吉田秋生、と紹介してあるのはある意味サギである(^_^;)。だって収録作が殆どギャグ。私なんぞはこの人の本領はギャグにあると思っているので、『BANANA』も『YASHA』も今イチ乗れないのである。
 だいたいお城の名前が「あしたの城(ジョー)」で、そこの王様が「王貞治」なんてどーしょーもないセンス、『吉祥天女』以降の吉田秋生しか知らない方々、信じられますか? みなさんの好きなスタイリッシュでハードな吉田秋生はバカマンガも数多く描いているのですよ。
 残念ながらアニメでは「王貞治」は肖像権の関係なのか、フツーの王様になっちゃってたけど。うーん、惜しい。
 ちなみにそのときの併映は竹宮恵子の『夏への扉』。いやもう、思いきり耽美。今だったらヤオイ少女が殺到してるとこだな(^_^;)。脚本が辻真先ってのがまたギャップが激しくってすごかった。上映会にはご本人も来られてて、「ここんとこアニメの仕事が少なかったので嬉しいです」と言ってたのが笑えた。実際、これ以降、辻真先は、殆どアニメの脚本を書かなくなるのである。
 
 女房は今日も午後6時半にバイトへ。バイトの契約自体は9時からのはずだが、講習があるので毎日早出なのである。
 「いらっしゃいませえ」とか「ありがとうございましたあ」とか、接客マニュアルを覚えるのなんて、大した手間がかからないように見えて、やはり一日二日では終わらぬものらしい。
 出がけに少しは栄養つけておけばと思い、イチゴを牛乳につけて渡すが、一口食べただけで「酸っぱい」と言って食べない。
 「コンデンスミルクじゃ甘すぎるから牛乳がいいって言ってたじゃないか」
 「でも酸っぱいもん」
 コンデンスミルクを渡すと、
 「練乳の味だ!」
 と言ってペロリと食べる。最近、少しは大人の舌になって来たかと思っていたが、やはり女房は甘党である。
 ……そう言えばC‐1藤田くんのために取っておいたバレンタインのチョコも、全然遊びに来ないので食べてたな(藤田君、義理チョコ1個損したぞ)。

 夜、父から電話。
 今度、病院を替わる件での連絡である。明後日の土曜、早速新しい病院に予約の連絡を入れておいたとのこと。こっちの都合を何も聞かずに勝手にどんどん進めてくれることだ。私のカラダが空いてなかったらどうするつもりだったんだろうか。
 丁度そのとき、玄関のインタフォンが鳴ったので、詳しいことは明後日話すことにして、電話を切る。
 客は郵便配達であった。残念ながら二度ベルを鳴らす前に受話器を取ってしまった(^o^)。でもいちいち二度ベルを鳴らすのを待つのもバカだし。
 郵便物は女房宛ての書留で、○○銀行のカードである。今度のバイト先はそこでなければ給料を振り込まないものらしい。
 帰宅して女房、封筒を開けると新品のカードの反射をニコニコしながら楽しんでいる。やっぱり、ヒカリモノには弱いのだなあ。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)