無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年02月21日(水) 買い物ブギ/『ブギーポップは笑わない』第1巻(緒方剛志)ほか

 朝から雲行きが怪しい。天気予報では昼から雨。
 体調も一向によくなる気配もなく、咳もクシャミも一度出始めると止まらない。この状態で雨に濡れるのは自殺行為だと思って職場へはタクシーで行こうと思い、サイフの中を見る。
 するとどうしたことでしょう。まほうにでもかかってしまったのか、おさいふには「せんえんさつ」がいちまいしかありません。これはいったいどうしたことでしょう。きっと、いやらしいことにおかねをつかいこんでしまったのにちがいありません。よいこのみんなは、こんなだらしないおとなになってはいけませんよ。
 「おーい、女房(こんなふうに呼んだりゃしないが)、せんえん貸しちくれい」
 「なんで」
 「具合が悪いんでたくしーに乗って行きたい」
 「つまり、私はアンタのたくしー代のために、昼飯を何も食わずにガマンしてなきゃいけないってわけだね?」
 「そんなこと言ったって、とても自転車漕ぐエネルギーはないよ」
 「いつ返すん」
 「今晩には銀行に行くよ」
 女房はしぶしぶ、ムスメを女郎屋に売る時の親父のようにせつない顔で、せんえんを私に差し出すのであった。札の一枚一枚に名前をつけていたとしても、こいつなら有り得ると納得しちゃいそうだ。

 帰りはバスと地下鉄を乗り継ぎ。昼飯を食い損なっていたので、「ローソン」でかきあげニギリを買って食う。コンビニの三角ニギリも種類が増えたが、かきあげなんていかにも食いにくそうなものまで海苔に巻いて食べさせようってのは、お握り会社(ってそんなもんあるのか)の商魂を感じさせることではある。

 帰宅すると間もなく女房起きてくる。今までも昼寝ばかりしてるやつだったが、今や私が出かけるころに寝入って、帰宅する頃に目覚めるのが日常になってしまった。完全に私と生活が逆だなあ。

 女房がバイトに出かけるまで時間があるので、銀行を回って買い物。
 のどはまだ痛いが、しばらく外に出ていなかったので、いろいろと買いたいものが溜まっているのだ。まずは馴染みの某本屋に寄る。
 女房、今市子の『百鬼夜行抄』の新刊を探すがない。多分売りきれたのだ。東京での発売日が20日だから、九州くんだりじゃあ、まだ入荷すらされてないんじゃないかと思われる向きもあるかもしれないが、この本屋は、博多駅や天神の大手本屋ですら一日二日遅れて入荷なのが当たり前なのに、キッチリ発売日、時には発売日より早く本が出ているのである。
 なにしろ福岡じゃ少年ジャンプはどこでも火曜日発売なのに、この店だけは月曜から店頭に並んでいる。昔から何か特別なルートでもあるんじゃないかと疑っているのだが、未だにちゃんと聞いたことがない。でも聞かない方がいいかなという気もしている。こういう秘密めいたことには触れないでいた方がいい、というのも一つの知恵だと思うからである。
 『百鬼』は休日になったら博多駅や天神を回って探してみよう。『サイボーグじいちゃんG』の2巻もまだ手に入れてないし。

 通り道に新しく出来た、来週オープンする予定のカラオケ店、外観がレンガのお城風で、ちょっと見た感じがラブホテル。オープン記念で1時間タダだそうだが、何となく入るのが気恥ずかしい気がするのは私の自意識過剰だろうか。
 でも以前何かの工場だったような場所なので面積は広い。近所にセガカラ入れてるカラオケ屋がないので、あるといいなあ。

 文房具屋を回って、カシオのネームランドのラベルテープを買う。ビデオテープのラベルが作れるというものだが、凝り性(別名偏執狂)の私はラベルの背に題名だけでなく映画のスタッフ・キャスト、製作年からあらすじに至るまで書きこむので、一本作るのにえらく手間がかかるのである。私は自分のことをさして濃いオタクだとは思っていないのだが(面倒臭がりだし)、ちまちまラベルを作ったりしていると、ああ、やっぱりもしかして……と思ったりもするのである。

 そのあとダイエーで食料を買いこんで帰宅。時間は六時半で、女房はもう仕事に行かねばならない時間。
 「帰りは何時?」と聞くと、
 「いつもとおんなじ」と答える。
 いつもも何も、私ゃまだ何時から何時まで働くのかすら聞いてないぞ。隠して何か意味があるのか。こういう無意味な秘密主義のある女は、ミステリではたいてい真っ先に殺されるのである。つまり「殺しても痛痒を感じぬやつ」と一般的にみなされているということだ。
 世の女性諸君にも、ご自戒頂きたい。女房はもう手遅れだけど。

 緒方剛志『ブギーポップは笑わない』1巻。
 上遠野浩平『ブギーポップ』シリーズ第一作の、小説のイラストレーター自身による、ほぼ忠実なマンガ化である。「ほぼ」と言ったのは、表現媒体が違うゆえの簡略化、構成の変更を差すので、設定そのものに変更が加えられたわけではない。ただ、丹念に見ていくと、既にエコーズと出会ったばかりのブギーポップのマントの中に宇宙が見えていたり(^_^;)、緒方さんの趣味の設定は随所に出てくる。
 緒方さんのイラストの雰囲気は好きなんだが、マンガが本職というわけでもなさそうなので、どうもコマ割りがぎこちない。小説のセリフをマンガに移し替える作業が困難なのは解るが、コマごとのセリフの配分がうまくないので読みづらいのである。しかもキャラクターの描き分けがヘタ……(-_-;)。
 でもまあ、今回マンガ版を読んだことで、ブギーポップのキャラクターの中で一番好きなのが末真和子だと言うことに気づいたのは収穫だったか(^o^)。
 「『八つ墓村』のモデルになった事件は?」
 「津山三十人殺し」
 ……これをサッと答えられる女の子っていいよな。よく解らん人は松本清張の『ミステリーの系譜』を読もう。日本の土俗を知る上でもこれは貴重な事件なのであります。
 小説の新刊第十作も既に出ている由。題して『ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッド』。こりゃなんとしても休日までにカラダ治して買いにいかにゃあ。

 で、他の買って読んだ本の感想は明日書くよん。




 椎名高志『MISTER ジパング』3巻。
 椎名さんのマンガ自体は嫌いではないのだが、キャラクターの作りこみ方が前作の『GS美神』の延長線上にあるものでしかなく、これじゃ戦国ものにした意味があまりないなあ、と思っていたが、どうやら今巻あたりからタイムパラドックスものに仕立て直すようで、少し面白くなってきた。
 でもこの人は基本的に短編作家だと思うので、『椎名百貨店』のような形式のものも月刊あたりで描いていってほしいと思うのである。

 天樹征丸・さとうふみや『金田一少年の事件簿Case7 金田一少年の決死行(上・下)』。
 第一期完結か。二期は要らんが。完結編のワリにストーリー、プロット、トリック全て陳腐。
 一応礼儀としてトリックその他は明かさんが、乱歩の少年ものの拙劣なパクリである。読んでて「まさか……で、……で、こんな展開になって、……が真犯人で、更に……するんじゃあるまいな」と思っていたら全て的中。で、これは良心的なミステリ作家なら、まず恥ずかしくてやれないネタである。
 この作品が現在のミステリブームの一翼を担ったことは事実なので、あまり悪口を言いたくはないのだが、マガジン編集部に、あるいは講談社内に。まともなミステリファンはいなかったのか。せめて「良心的な作品を作る」くらいの配慮を促す人間がいてくれたらここまでひどい作品にならずにすんだと思うんだが。

 女房が突然殺虫剤を天井に向かって吹きつけ始める。
 「なんだ、ゴキブリか?」
 虫らしきものは見えるが、目が悪いのでゴキブリかどうかはわからない。虫嫌いの女房は鬼のように殺虫剤を散布している。たちまち部屋が甘い匂いで満たされる。……人間の方が死ぬぞ(-_-;)。
 虫はしばらく天井の隅をカサカサ這っていたが、やがてポトッと落ちた。ちょうどパソコンの裏あたりだ。女房、虫がどこにいるか覗き込もうとするが暗くてよく見えないらしい。
 「そのうちどこかから出てくるだろ」
 そう言い放って私はのんびりパソコンに向かう。
 その途端、
 「ひいいいいいいいいい!!」
 思わず私も悲鳴をあげる。もちろん、女房の悲鳴に驚いてである。
 ……だから、その「楳図かずお悲鳴」は止めてくれってば。
 ちょうど女房が座った椅子の足元で小さなゴキブリ(間近でよく見ると2センチもない)が足をピクピクさせて死にかけていたのだ。私がティッシュでつぶして捨てたが、こんなもんの何が怖いのだ。
 こういう女房の弱虫ぷりっこはどうにも虫が好かない。……あ、シャレちゃった。


2001年02月20日(火) 女房の家出/『× ―ペケ―』1〜3巻(新井理恵)ほか

 風邪引き五日目。鼻水もダダ漏れ状態。
 夜中、眠りながら咳を連発(我ながら器用)。心配したのか女房がノド飴を投げつけるがそのせいで目が覚める。……感謝すべきなのかな。
 ゆっくり休んでも風邪が治らんと言うのはウィルスの方に根性があるのだろう。世間でもずいぶん風邪ばやりの模様。具合が悪い時は無理せず養生した方がいいと思うんだがこの国はワーカホリックな人で成り立ってるからなあ。
 と言いつつ私もこれ以上仕事を休めんのだ。やれやれ。

 女房が劇団のHPの日記に「夫婦ゲンカして別居」と書きこみ。昨日の口げんかで負けたのがよっぽど癪に障ってるらしい。読んだ人は、別居なんて女房得意の冗談だろう、と笑ってご覧になってるかもしれないが、女房はこういうことで冗談を言う人間ではない。これは<本気>である。
 帰宅すると玄関の鍵が開けっ放しである。当然部屋の中にいるものだと思って覗いてみるが、家の中のどこにも女房の姿が見えない。鍵は棚の上に置いてあった。
 パソコンの前のテーブルに、ぽつんと一つ、ラーメンが乗っている。まだ温かいので外に出て行って時間は経っていないようだ。
 私への晩飯のつもりだろうか。でも私の帰りをラーメンだけが待っていたというのはなかなかシュールな光景だ。
 醤油の薄味で私の好みである。
 今まで私の好みの味を出してくれたことなんてなかったのになあ。

 誤解する人がいるといけないので、念のために書いておくが、女房は家出したのではなく仕事に出かけて行ったのである。こちらも女房の演技に合わせて女房に見捨てられた夫を演じてみてもいいのだが、結果として女房が帰って来ることが解ってる以上、ノロケにしかならんので早々にネタバレさせておこう。
 「冗談じゃない」と書いたではないか、と文句をつける方もいようが、ウソではない。女房はいつでも本気である。ただ実行が伴わないだけだ。
 どうもお粗末さまでした。

 新井理恵『× ―ペケ―』1〜3巻読む。
 ウサギにしか見えない転校生ってネタ、なんか別のマンガでも見たような気がするなあ。玖保キリコの『ちょべりぶ』はブタだったけど、他にもあったような気がするのに思い出せん。それはそれとして、このマンガのアオリは「シュールマンガ」ってことらしいけど、なんだかキクニやアイハラがやってたツッコミギャグをそのまんま少女マンガでやってるって感じがするだけで、特にシュールだとは思えんのだがなあ。つきあってる男にやたらつれなくする女のネタは面白かったけど。
 女房がいつの間にか買ってたものだが、本当にどこでどうこんな本を探してくるんだか。作者と女房、誕生日が1日違いなので親近感持ってるのかも。
 
 『仮面ライダーアギト』3・4話見る。
 初めて主人公が「変身!」と叫ぶが、記憶喪失のクセにどうやったら変身できるのかは知ってるのだな(^o^)。
 役者が全員どヘタクソ揃い(升毅さんは好きだけど)というのは『クウガ』からの引継ぎだから仕方ないとしても(本当は仕方なかねーけどな)、大学の自主製作映画なみの編集しか出来んのはなんとかならんか。場面と場面がスムーズにうまくつながらないのである。
 ヒロインの真魚役の秋山莉奈って子、17歳という設定なのに実年齢は15歳でまだ中学生なのだな。……とてもそうは見えんぞ。最近の子供は成長が早いな。

 女房、0:00に帰宅。服がタバコ臭い。お店仕事をしているのだなあ。
 「ラーメン、汁吸ってなかった?」
 「そうでもなかったよ、麺は延びてたけど」
 「じゃあ、結構早く帰ってきたんだ」
 ……私の帰りの時間を気にするようでは、まだまだ女房に別居は無理だな。


2001年02月19日(月) 語源の楽しみ/ミステリチャンネル『ポワロと私』ほか

 風邪引いて四日目だってのに咳がやっぱり止まらない。
 パソコンにばっかり向かってるからだという天の声は無視して病気を押して仕事。咳どころかクシャミ、鼻水、目眩が怒涛のごとく押し寄せてくる。よく「気の病じゃないか」と言われるが気の病でクシャミが出るかい。

 雑誌『言語』3月号、語源特集である。
 思わぬ語源が紹介されるものも面白いが、「まことしやかな語源」、つまりは後世の人が適当にこじつけた語源の紹介などもあって、これが特に面白い。
 大槻文彦は『言海』で「猫」の語源を「寝高麗」とし韓国渡来のものだからだと言う。じゃあ上の「寝」ってのは何なんだ。他にも「寝子」とか「如虎(にょこ)」とかの説も紹介されてるが、「にょこ」なんてどう考えたって無理があるよなあ。
 最高なのはあの『養生訓』で有名な福岡の誇り、貝原益軒の『日本釈名』。
 「夏」……「暑(あつ)」がなまったもの。夏は暑いから。
 「水」……「出(いず)」がなまったもの。水は土の中から出てくるから。
 「柿」……「赤き(あかき)」がなまったもの。柿は実も葉も赤いから。
 「猫」……「ね」はネズミ、「こ」は好む(このむ)。鼠を好むから。
 最後のなんかただのクイズだ。益軒ってバカだったのだな(^o^)。未だに『養生訓』を参考にして「何回ヤルのが……」なんて言ってるやつ、頭冷やしたほうがいいぞ。
 地名の語源で笑ったのは、岐阜県武儀郡武儀町にある「平成」という地名。
 これ、その土地では「へなり」と呼び、「お墓」のことだそうな。道理でこの平成の世は……なんて言ったら不謹慎か。この辺の知識は唐沢俊一さんの一行知識に書きこんだらおもしろそうだが、もう既に誰かが書いてるかな。
 オタク向けで嬉しい語源紹介があったのは「オッハー」。
 ちゃんと、「慎吾ママがテレビで広めたが、山寺宏一が『おはスタ』で言ってたのを香取慎吾が借用した」としっかり書いてくれている。言語学の専門雑誌のお墨付きだあ! たとえ千年後、「オッハー」の語源が世間から忘れられても、資料としてしっかり残ったのである。ううむ、まさか言語学史に「山寺宏一」の名が残ることになろうとは……。感無量。
 他にも面白い話がゴマンとあるがとても紹介しきれぬのでカット。興味ある人は890円なので買ってみよう。

 仕事から帰宅するなり、女房と口論。
 今月、家計に足が出たので責任のなすりあいになったのである。出ちゃったものはしようがないのでなんとかやりくりするしかないのだが、二人とも頭に血が上っているので、なかなか「じゃあどうしようか」という建設的な話にならない。
 たいてい夫婦ゲンカというものは元々の原因から離れて関係ない話に派生してしまうものであるが、気がついたら女房は私を「芸なし」と罵倒するし、私は私で女房を「寄生虫」呼ばわりする。何だかお互いに相手のイタイところばかりついてるよなあ。遠慮がないというか、ホントによく夫婦やってられるなあという感じだが、ベタなギャグマンガじゃないが、気がつくとこの二人、数時間後には「もう、アナタったら」「君こそ、ウフフ」なんてことになってるのである。って私たち自身のことだが(^_^;)。
 犬をも食わないなんとやらでした。

 女房が「デビッド・スーシェが素顔で出てるよ!」と教えてくれたので、CSミステリチャンネルで『ヒッコリー・ロードの殺人』に続いて『ポワロと私』見る。
 スーシェがポワロの役作りについてインタビューに答えたもの。なるほど、ヒゲなしの彼はポワロの時のユーモラスな感じがなく、毅然とした名優、という雰囲気。どちらかと言うと素顔のイメージは以前演じていたジャップ警部のほうが似合っている。
 インタビューの内容自体は、概ね『名探偵ポワロ』のムックに書かれていた話題。それでも役者が原作を相当読みこみ、ヒゲの形から歩き方、喋り方に至るまで研究に研究を尽くしているプロフェッショナルぶりには再度感嘆。ベルギー語とフランス語の中間のアクセント、なんて日本人には解らんものなあ。吹替え名優、熊倉一雄にだってこれは無理だ。
 吹替えもものによっては好きなのだが、やはり私はどちらかと言えば字幕スーパー派なのだ。

 晩飯はレトルトの野菜かぼちゃカレー。いくら甘いよと言っても、女房信用せずに一口も味見をしない。レトルトのわりにこれはカボチャの自然な甘さがとろりと口の中で広がって、結構イケてたのになあ。


2001年02月18日(日) HPの原稿はまだ1/10程度です/ドラマ『百獣戦隊ガオレンジャー』第1話ほか

 朝起きてテレビをつけたら『ガオレンジャー』が始まっている。戦隊ものを熱心に見たことはないのだが(というか、戦隊もののせいで特撮番組から一時離れた)、ちょうど第1回だったので見てみる。
 で、20年前『ゴレンジャー』を初めて見たときと感想が全く同じ(^_^;)。特撮版の『ガッチャマン』というか、ルーツをたどれば『忍者部隊月光』あたりか、いや、近年の戦隊キャラクターは明確な描きわけが出来てないことが多いので、『ゴレンジャー』ほどにも楽しめない。
 一人だけ遅れて入ってきた新参者が、初めこそ疎外されるけれど、最後にはみんなで力を合わせなければ敵は倒せないんだって気づくパターン、戦後民主主義というより社会主義革命思想の残り香がぷんぷんしてて、子供向け番組とはいえ鼻につくんだよな。『太陽の王子ホルスの大冒険』も今見るとその辺だけ浮いて見える。
 この戦隊もののファン層ってのが私にはよく分らないのだ。予定調和だけで成り立ったテキトーな脚本、爆発だけの特撮演出、カット割りの斬新さは一応評価出来るものの、それも二番煎じ三番煎じとなれば飽きが来る。子供の頃から『ウルトラシリーズ』ほか、数ある特撮番組の洗礼を受けてきた身からすれば、戦隊シリーズって決して特撮ものの中心じゃない。なのに若い人と話すと、特撮と言えば戦隊もの、といったような認識に出会うことが多いのだ。ウチの劇団でどんな芝居やりたいかって聞いたときに、「戦隊もの」って答えたやついたんだよな。いったい、どこにどんな魅力を感じているのかなあ。
 戦隊ものに比べれば『仮面ライダーアギト』、旧ライダーシリーズとは二色も三色も毛色が違うが、石森章太郎テイストを新しい時代に引き継ごう、という意思が見られてまだ好感度が高い。
 ビデオ画像になってしまったことは大きなマイナス要因だが、ビスタサイズで映像としての「広さ」を出そうという試みは、万事に保守的な今のテレビ界では充分野心的だろう。……と言いながらまだビデオ録画した1・2話しか見てないんだが。
 どうやら『クウガ』のストレートな続編らしいのだが、前作をあまり丹念に見てなかったので、世界観が今イチ掴めない。敵はどの程度の規模を持っているのか、古代文明の復活を目論んでいるのか。秘密を握ってる人間を殺していくのはいいんだが、いちいち木の中に埋めるのに何の意味があるのか。証拠を残しちゃ秘密を隠したことにはならんのじゃないのか。
 戦隊もののように敵味方がハッキリし過ぎてるのもつまらないが、謎また謎で引いて行くのにも限度があるように思う。
 『も〜っとおジャ魔女どれみ』、カルチャーギャップ編は今週で終わり。何だか「ここはニッポンなのよ」というセリフがやたらと頻出していて耳障りだったが、ももこっちもピアスを付けることを許可されてよかったよかった。つまらん規則は閉鎖的な空間を作りだし、いじめを助長するだけだと思うんだが。日本の学校では教師が楽することしか考えてないから管理的な規則が減らないんだよな。

 今日もホームページの原稿をパコパコ作る。
 女房、夕べのうちに原稿を手伝ってくれてた模様。自分の視点だけではうまくいかないところがあって、一部ちょっと依頼してたんだが、早速やってくれたのだ。感謝。
 おかげでそれなりに捗ったのだが、やればやるほどやりたいことがどんどこ出てきて、果たして収拾がつくのやら見当もつかない。三月までにはと思っていたが、ことによると四月くらいまでかかるかもしれない。

 気分転換にCSで1982年製作の『二人の武蔵』見る。江守徹と藤岡弘が二人の武蔵役。うーん、ほんのちょっと前のような気がしていたがやっぱり若いなあ。ヒロインの秋野陽子も喋らなきゃ美人だ。佐々木小次郎がなんと東千代之介! 若侍をイメージしている人には悪いが、史実の小次郎は老人だったらしいしこれはこれで貫禄があってよし。
 五味康祐の短編が原作だが、中身を忘れているので原作との異同がよく分らない。でも佐々木小次郎の出番はあんなに多くなかったと思う。
 何しろ、二人の武蔵が対決しようとするたびにどこからともなく現れて、「死ぬには惜しい、二人とも引けい」と邪魔をするのである。そりゃ、二人を簡単に戦わせられないというのはわかるが、かえってドラマの腰を折る、というよりバカバカしくって笑われるような脚本、誰が書いたかというと『弟切草』の長坂秀佳。私はこの人の作品で出来のいいものに当たったことがないんだが、逆にそのおかげで生き残ってるのかも知れんな。次にどんなバカやってくれるかという興味で。

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 女房がCSの『御家人斬九郎』にハマって、夕方からテレビにかじりついている。7:50から1:20までの一挙放送だから、おかげで他の番組が全く見られない。せめてニュースくらいは見たいんだけどな。
 CMが全くないので、「トイレにも行けん」と女房、腰をもじもじ捻っている。行けよバカタレ(-_-;)。
 「食事は作んないの?」
 「斬九郎見てるからダメ」
 ……これで家事やらない言い訳が成り立つと思ってるあたり、いい度胸してるよな。
 「あ、この話は見てるやつだ」
 「じゃあ、その間に食事……」
 「この間におフロはいろっと」
 だから俺病人なんだよう、少しは世話してくれよう(T_T)。

 夕方、ロデムさんから電話。芝居のシノプシスの検討がどうなったか、という問い合わせ。結局、相談が来週に持ち越されたことを話す。ウチのメンバーはともかくオタク揃いだから、生半可な脚本ではなかなかゴーサインを出してくれないのである。もし出来るなら、相談の場にご参加願えないかとロデムさんに持ちかける。メンバーをやる気にさせるには、本人が思いの丈を語るのが一番いいからだ。でもバイトで忙しそうだしちょっと予定が立たないかも。
 次は私も(体調がよければ)参加しようかな。シノプシス書く時間があまり取れないし、ある程度口で補足説明したほうがいいかもしれない。

 久しぶりにプレステでゲームをしながら寝る。だから病人は大人しく寝てろってば。
 『いただきストリート』、なんの拍子か今までセーブしていたデータが全てすっ飛んでまっサラになってしまったのだ。ううう、復活の呪文が効けばいいのに(T_T)。 


2001年02月17日(土) ゴミ箱はティッシュの山……鼻水で/『2001年映画の旅』(小林信彦)

 ホームページのための原稿をシコシコと書く。
 自己紹介みたいなものを書いているのだが、何分商売を明かせないので、どうしても隔靴掻痒の文章になってしまう。
 でもどこの日記を覗いても、プロの作家さん以外には名前明かしてる人いないしなあ。やはりイタズラやイヤガラセを怖がっているのだろうな。
 仕方なく好きな映画や本のベストテンなんかを作ったりして、少しは私の人となりが解るようにしてみる。
 このあたりはまだ楽な方なのだ。好きな映画や本について資料を集め始めたら、多分この程度ではすまない。土日は殆ど原稿書きでつぶれることになるであろう。
……自殺行為だな。

 ほかの人たちがどんな日記を書いているのか参考に、といくつかのホームページなどを適当に覗いてみる。音楽の流れてくる日記あり、タグ使いまくって色鮮やかなページあり、バラエティーに富んでることよ。まだまだ「見せ所」の少ない日記だなあ、と反省。

 小林信彦『2001年映画の旅』読む。
 どうせ文庫になると分っていてなぜ単行本で買うか。昔ほど熱心に小林信彦を追いかけているわけではないが、映画についてのエッセイと聞くとつい手元に置きたくなっちゃうのよ。
 作者の選ぶ洋邦画ベスト100、十年前ならいざ知らず、今ではたいていのものがレンタルか衛星放送で見られるのだ。映画ファンたるもの「あ、その映画見てなくて」は即、勉強不足の烙印を押されてしまいかねない。いい時代になったのか悪い時代になったのか。……で、数えてみたら洋画で20本と少し、邦画は40本ほどしか見ていない。勉強不足だなあ。
 でも『マダムと女房』(日本最初のトーキー映画)なんて、レンタル屋にだって置いちゃいねえぞ。どうやったら見られるんだよう。

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 女房、今日から仕事で、夕方から出かける。何かドジをしないかとヒヤヒヤものだが既に小娘ではないのだから、妙な口出しはすまいと、とっとこ送り出す。
 「帰って来る時、ポストに新聞溜まってるだろうから、取ってきて」
 「うん、わかった」
 と言って出て行ったのに、ものの数分もたたぬうちに女房、帰って来る。
 「どうした?」
 「自転車の鍵忘れた」
 「ついでに新聞取ってきてくれりゃいいのに」
 「あ、忘れた」
 再び出かけるが、仕事から帰って来たときにはもう忘れているだろうなあ、と考えていたら、今度は携帯から電話。
 「またどうした」
 「メニューとハンガー持って行くの忘れた。取りに帰るから」
 仕方なく、ブツを用意して玄関先で待つ。玄関は寒いぞ。風邪引いてるっちゅうのに病人をこき使うなよ。
 「ただいまっ」
 「……新聞は?」
 「あっ、忘れたっ。か、帰ってきたときに持ってあがるから」
 さすがに二度忘れたら、三度目はちゃんと憶えているに違いないと思われるでしょう。いえいえ、ウチの女房を甘く見てはいけません。
 やがて玄関のインタフォンがピンポンとなる。
 「はい?」
 「……新聞、取ってこなくちゃダメ?」
 「だめ」
 ああ、ホントに退屈しねえやつ。

 休日前の夜は結構夜更かししてしまうものだが、疲れて寝る。ここしばらく何かに憑かれたように書き込んできたが、これくらいの分量の方が読みにくくなくていいかな。ご意見ある方、お待ちしています。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)