無責任賛歌
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| 2001年06月25日(月) |
1時間日記(^_^;)/アニメ『名探偵コナン』オープニング |
うひゃあ、しげが仕事に出かけたあと、つい布団に横になったらそのまま落ちちまった。 マジで疲れてるぞ。早く休みたい。 というわけで仕事から帰ったのが7時半、寝たのが8時半なので、書くことが1時間分しかない。 仕事中の余談を書こう煮もここんとこホントに真面目に仕事をしているので(普段はしてないのか)あまり書くわけにはいかないことばかりだしなあ。 本だって読むヒマなかったし。 あ、福岡は今日も雨です。蒸し暑いです(^_^;)。
テレビで『名探偵コナン』見て、昨日の日記の追加をして、やったのはそれだけ。昨日のニュースも知らない。 かと言って、今更『コナン』についての感想なんて、「またこじつけのトリック考えやがって」以外にないぞ。 あ、そうそう、この四月からオープニングが以前の「踊るコナン」から各キャラクター中心のものに変わりましたが、相変わらず憂いに沈む表情を描かせたら作画監督の須藤昌朋さん、原作者の青山剛昌さんより各段にうまいんですよねえ。というか、青山さんは空くまであれを「少年マンガ」の枠からはみださせたくないのだろう、蘭ちゃんの孤独な表情ってほとんど描かないのね。「いつでも新一を信じて待ってる」って。 でも、アニメ版のオープニング、エンディングでしばしば描かれる蘭ちゃんは、「なぜ私の前に現れてくれないの? 私はいつまで待たされるの?」という伏目がちで何かにすがるような切ない表情だ。……こっちの方が自然だよなあ。 だから『コナン』の最高傑作はいつもOPとEDなのである(←まあ大抵のテレビアニメがそうだったりするけど)。 あ、でも本編についてもひとこと言うなら、外国人キャラクターにちゃんと外国人の声優をアテていたのは立派。世間知らずの私はよく知らない人たちだったけど、もしかしたら有名人のゲストかもしれない。 日本人の声優さんがよく「外人のフリ」をすることあるけどさ、故・藤村有弘さんの中国人のマネみたいに芸になってる例って少ないんだよ。 「オウ、ワタ〜シ、ニポンゴワカリマセ〜ン」 みたいなアホらしいもの。そんな喋りかたしてる外人、ホントにいるのかよ。
岡田斗司夫さんのホームページ『OTAKING SPACEPORT』に6/23日の日記の『フロン』の感想をリンクしてもらった(期間限定)。 ああ、しかし「こんなこと書きましたよ〜」とお知らせはしたけど、まさかホントにリンクしてもらえるとは思いもせなんだ。こんなことならもっとマジメに書いて、誉めときゃよかった。結論もおざなりだし、ちょっと恥ずかしい限りである。 実はあれ、内容を相当カットしてるんだよねえ。 最初書いた時に既定登録枚数の原稿用紙20枚分を軽く越えちゃったらしいので、しげとの会話部分なんかを削ったのだ。 だからなんで私ゃそんなに書きたがるかな。実際調子に乗れば20枚程度を2、3時間で書くのは苦痛でもなんでもないのである。 しげが「原稿早く書け!」とせっつくのも宜なるかな。
と言うわけで今日はホントに短縮版。読みやすいでしょ?(^^)
| 2001年06月24日(日) |
マンガ読みのマンガ知らず/DVD『地球防衛軍』ほか |
新創刊の週刊マンガ誌『コミック・バンチ』が青年誌としては画期的な部数(70万部くらいだったかと思う)を記録したと言う。 いったい誰が読むんだという意見を以前、この日記に書いたが、実際に読んでる人が継続しているということなら、それはそれで不況に喘ぐ出版業界が少し活性かしたということでもあるので喜ばしいことだ。 『北斗の拳』や『シティー・ハンター』のパート2にどんな魅力があるのかと揶揄したのも、私にマンガの魅力を見る目がなかったということになるのであろう。一般的には。 でもやっぱり面白くないんだよねえ。 いや、もともと『ジャンプ』の従来のヒット作については、鳥山明を除けば私は全く興味が湧いていなかったのだ。『リングにかけろ!』『キン肉マン』以降、ストーリー的にも作画的にもヘタクソとしか言いようのないマンガが続々とヒットを飛ばしていて、かつては永井豪、ジョージ秋山を擁し、星野之宣や諸星大二郎を世に送った雑誌の質がどうしてここまで落ちるものか、と愕然としていた。 年1回の愛読者賞でも、作品として完成度の高いコンタロウの『東京の青い空』や江口寿史の『GO AHEAD!』なんかが2位以下に留まり、池沢さとしの『誓いのチェッカー』とか車田正美の『リングにこけろ!』なんて手抜きマンガが受賞するような状況にあって、『ジャンプ』の読者って馬鹿ばかりかと憤慨していたものだった(後に愛読者賞は廃止されるが、これは価値のないマンガが連載作の人気のみで受賞してきた結果だろうと思う)。 今、冷静になって考えてみれば、それはマンガドランカーとなってしまった私のいしかわじゅん的偏愛のなせる感想にすぎないということにも気がつく。例え完成度が低くとも、破天荒なエネルギーを発散していたそれらのマンガが読者層を広げた功績は否定できないからだ。 それでもやはり私はまだ首肯し難い。 例えば私は「つまんねえな」と思いつつも、そこにマンガとしての面白味が少しでもあれば『キン肉マン』だろうが『キャプテン翼』だろうがともかく読みはする。しかし、これらのマンガを本気で面白いと思ってる連中は他のマンガを一切読まないのだ。 そして大人になれば「いつまでもマンガでもねえしな」と「卒業」していく。 ……それはホントにマンガファンか? そのマンガを本気で好きだったと言えるのか? そんな一過性のファンにしか読まれないマンガを送り出していくことが、本当にマンガの将来を考えることになるのか? 『リンかけ』あたりから始まった「やおい」読者の少女たちに対して私がやや批判的になってしまうのも、その辺に理由がある。 『聖闘士聖矢』の氷河や瞬、『幽遊白書』の飛影や蔵馬、『るろうに剣心』の剣心や左之助にラブシーンを演じさせている少女たちは、見事なくらいに他のマンガを読む力がない。自分たちの読んでいるマンガの魅力を他人に語る術すら持ってはいない。「やおい」がいけないと言っているのではなく、もともとマンガファンでもない者がマンガファンのフリをしている状況が、マンガの未来を狭めていると言いたいのだ。 『コミック・バンチ』が人気、というのもどうにも宣伝臭さを感じる。本当に売れているなら、なぜ創刊1ヶ月を経てテレビCMを作る必要があったか。その時期のズレが気になるのである。
疲れが溜まっていて朝起きられず、テレビ番組も殆ど見逃す。 朝方、父から電話がかかった時(冷蔵庫の調子を心配しての電話であった)だけ目覚めたが、練習と仕事が連続しているしげとは一日会えず。 おかげで日記のネタがない(^_^;)。 日記と同人誌の原稿書きで1日を過ごす。体重は83.4キロ、昨日よりちょっと下がったが、82キロ台に戻すにはまだまだだ。
夕方、外出して生ビデオテープを買いこむ。買い損なっていたマンガを、博多駅のメトロ書店で探し、何冊か見つける。 帰りにザ・めし屋に寄ってチキン南蛮と筑前煮にワンタンスープ。今日の食事はこれだけ。これで明日も太ってたら泣くよ。 今日はようやく晴れたので、散歩に出ようとした瞬間、また土砂降り。 とことん雨に祟られるなあ。
絵本、たかはしみき『こげぱん パンにも出会いがあるらしい…。』。 『こげぱん』シリーズ第3弾。 キャラクターグッズの絵本化にもかかわらず、いい出来なんだよな、このシリーズ。 たれぱんだよりもだんご三兄弟の流れにあると思うんだよね。「こげぱん」って。更には意外なことに正統的なメルヘンの流れに位置していたりするのだ。つまりは「永遠」の物語。 だんご三兄弟もほったらかしてたらカチカチになるが別に死なない。 こげぱんもこげたまま売れ残ってるけど別に腐らない。 ふてくされてもすねててもこげぱんはこげぱん。まあ人生そんなもん。
マンガ、八神健『ななか6/17』2巻。 時折6歳のななかが、17歳に戻る瞬間を作っているのはいい演出だ。 果たして17歳のななかは6歳に退行している時の自分を認識しているのか? 完全に意識が戻った時、ねんじとの関係はどう変化するのか? など、読者の興味を惹く方法として実に効果的。 今巻は更に雨宮さん(名前がゆり子と判明♪)のオンステージでもあり、すっかりフリークになってる私は大満足なのであった。 でもネタ的にもう面白そうなエピソードは使い果たしちゃったような気がするなあ。あまり引かずに5巻くらいで終わった方がまとまりよくなると思うんだが。
マンガ、北崎拓『なんてっ探偵アイドル』4巻。 毎回同じ感想しか書けないのになぜ毎回買うかな(^_^;)。 だからトリックが成り立ってないってば。 もういいっスよ、ミステリがどうのこうのじゃなくて、トリコロールの三人娘のエッチなポーズ楽しむのが目的で見るってコトでいいから。
DVD『ウルトラQ』2巻。 『ペギラが来た!』、ヒゲの越冬隊員の声を内海賢二がアテてるが、これもクレジットなし。声優に対して全く無頓着なのは時代のせいもあるかもしれないけど、こうやって現在復刻してるのに、なぜ改訂しないかな。 しかしペギラはいつ見てもいいなあ。 『育てよカメ』、中川晴之助作品は今見返すとなんだか切ない。子供を主人公にしたブラックユーモアがこの監督の持ち味なんだが、それより何より、主役が子供だと私のココロはこの昭和40年代に容易にタイムスリップしてしまうのだ。 大泉滉みたいな先生もほんとにいたし(^^)。 『SOS富士山』、先日亡くなった金井大が警官役で出演。このころから印象が変わってない人だったんだなあ。でもよく見ると野生児タケルの服、きちんと縫われている。……金井大に縫ってもらってたのか?(^o^) 『甘い蜜の恐怖』、モングラーを巨大化させてたのは「ハニーゼリオン」という名前になってるが、撮影時の名称は「ラゼリー・B・ワン」という名の薬品。もちろんこれは『ウルトラQ』の提供がタケダ薬品になったためのやむない変更だが、だからよく見ると、アフレコでは「ハニー」と言ってるのに口の動きは「ラゼリー」のまま。 これも有名な話だけど、ラストの火山爆発は『空の大怪獣ラドン』のフィルムを流用したために、よく見ると炎の中に羽ばたくラドンのハネが見える。おいおい、モグラにいつハネが生えたんだ(^O^)。 円谷英二が妥協を許さない完全主義者だったってのはやっぱりただの伝説だと思うな。
DVD『地球防衛軍』。 特技監督、川北紘一と樋口真嗣の対談コメンタリーがなんと言っても白眉。 樋口真嗣の映画へのツッコミが激しく、それに対して円谷英二を信奉する川北紘一が「なにを言っとるんだこいつは」とムッとしながら、なんとかその感情を抑えているのだけれども、結局は怒ってるって様子が声の端々からわかるのがもう楽しくて(←悪趣味)。 樋「なんでこの当時の映画ってみんな踊るんスかねえ? そういう時代?」 川「……かねえ」 樋「モゲラって迷子になってただけなんじゃないスか?」 川「……」 特撮の専門用語をいちいち字幕で説明してくれるのも嬉しかった。
しげ、夜中の1時に帰宅。 「疲れた疲れた草臥れた」とウルサイのでどうしたのかと聞くと、練習のあと志賀島までみんなで遊びに行ったんだとか。 そりゃ疲れるに決まってる。そのまま仕事だと分かってて遊んでるんだから同情なんかしてやんないのだ。
| 2001年06月23日(土) |
愛のバカクサ物語/『フロン』(岡田斗司夫)/DVD『ウルトラQ』1巻ほか |
ひいいいい! た、体重が83.8キロぉぉぉぉ! 恐るべし、お好み焼きパワー! わずか一日で1キロも太らせるとは! ここ四、五日、雨続きで、夜の散歩ができないでいるけど、その分、雨合羽着て汗だくで自転車通勤してるからそう増えはすまいとタカを括ってたんだがなあ。 ああ、でも今日も大雨。 私もそうだが、この休日、世間はみんななめくじになっていることであろう。 昨日の日記に書き忘れてたこと。 父の日のプレゼントは、昨日しげが私から奪い取っていったオカネでお風呂セットを買って持っていったそうである。 そのときの親父の反応を知りたいとは思ったが、人の顔色を読み取ることのできないしげは全然説明できないのだった。
岡田斗司夫『フロン』読む。 近所の本屋を探しまわって全然見当たらなかったのに、博多駅の紀伊國屋と、天神の福家書店にはしっかり平積みで置いてあったのだった。 「先に読ませて!」とタダをこねていたしげは、昨日のうちに読んでしまっていた。 今日、私が読み終わったところに、てぐすね引いて待ちかまえていたかのように、「ねえ、面白かった?」といかにも疑問、と言った面持ちで聞いてきたので、かえって私はキョトンとしてしまった。 私はてっきり、しげは『フロン』を読んでいろいろ共感するところも多かったのではないかと思い込んでいたのだ。実際「オンリーユー・フォーエバー症候群」の権化みたいな女だし。 「女が全部そうだってのは納得するんだけど」 という前置きをした上で、しげは言うのだ。 「なんでこんなに特殊な女しか岡田さんの周りにはいないの? アンケート取ったって言ってるけど、ヘンな例しか挙げてないんじゃない?」 ……そう思うのはお前が特殊だからだ、と心に思いつつ口にも出したのだが、実はしげのその指摘、間違っていなくもない。
実際、この本に載ってる女性の意見、まともに考えたらツッコミ入れやすいこと。 「本当に結婚という制度は私を幸福にしてくれるのだろうか?」 結婚はもともと幸せになるための手段ではありません。私だって、しげに対して「幸せにするよ」なんて言ったことは一度もないです。あなたはユメを見ているだけです。早く覚めなさい。 「子供はほしいけど、結婚してうまくやる自信がない」 養子を持ちなさい。自分の血を分けた子供でないとイヤなら「えっちはしたいけど妻と子供が付いてくるのはいやだ」という男を捕まえなさい。 「いい母親になれる自信がない」 ならなくていいです。 「結婚したら生涯、他の人を好きになってはいけない。だから自分は結婚などできない」 しなくていいです。 「飽きっぽい私に結婚など不可能」 だから誰もあんたに結婚してくれなんて頼んでないよ。 「結婚しても他の人を好きになるのは止められない。いったいどうやって今現在結婚してる人はそういう衝動を抑えてるのか。その秘密を知りたい」 秘密なんてありません。そんな衝動がある人は普通結婚しません。してもやがて別れます。なんでそこまで結婚したいのだ。しなきゃいけないと思いこまされてるのか。それとも貴様は「結婚して夫からお金をもらって、その金で他の男と浮気したい」と考えてるのか。 馬鹿。
特殊な例ではない。 女性に幻想抱いてる男性諸君、これが女の真実なのだよ。 世の中の大抵の女が「どんな最低な男よりもレベルが低い」とは宮崎駿も断言している事実なのである。 おっと、こういう言い方はまた誤解を招くな(^_^;)。 でも、男に依存するあまり自分の不幸の原因まで男のせいにする女が多いのは事実だと思う。 岡田さんは「現代の結婚は女が不幸になるように出来ている」と言うが、そんな女しかいない世の中でその女に育てられ、そんな女と結婚させられる男のほうだって充分不幸だと思うなあ。
「こういう意見が出る、という状況がいかに根源的で深刻か、いかに私たちの幸せを大きく左右するかに気がついた私は、『この問題を本にしよう』と決心しました」と岡田さんは本書の執筆動機を語っている。 つまり「こういう馬鹿女をはびこらしたのは今の社会を作ってきた馬鹿男の責任でもあるから、なんとかせんといかんな」ということであるわけ。 結論として導き出される「家庭から夫をリストラせよ」ってのが、「男が自由で女が子育て全部しなきゃいけないなんて女に不利じゃん」って見られちゃうかもしれないけど、「リストラ」ってのは「無能を雇う余裕はない」ってことなわけでしょ? 社員が二人しかいない会社で片方が足引っ張ってたらその会社が潰れるのは当たり前じゃないの。「無能な男に頼るな。自分の頭で考えて自活せいや、この馬鹿女」って言ってるのと同じなわけです。
実はウチの親、岡田さんの言ってる男のリストラ、もう三十年も前に実行してたようなもんでね。 実家は床屋なんだけど、私が子供の頃、夫婦にありがちな「離婚の危機」に発展したらしい。でも商売人の離婚ってのは、即、売上に響く。世間体とかなんとかより、そっちの問題の方が大きかった。 でどうしたかと言うと。 床屋の支店開いて、それぞれに独立したんだわ。 会計も何もかも別。もっとも片方の店が忙しくなったら、私が留守番して、本店と支店を行ったり来たり。 いやもう、子供のころはその留守番のために一日に何度も両方の店を自転車で往復させられてたんだけどね。……そうなのよ、本店と支店って、距離が100メートルしか離れてないの。 でもこれだけで夫婦の危機が回避されてたんだから不思議なもんだ。 実の所、お袋の方の店は経営が苦しくて、また「女の店か」と客に馬鹿にされることも多くって苦労もしてたらしいけど、それでも自立する道をお袋は選んでた。そしてその苦労を親父には一言も愚痴らなかった。 お袋が死んで跡を姉が継いで、親父も自分の店をたたんで姉の店を手伝うようになったんだけど、そのときになって初めて親父のやつ、過去の家計簿見て「あれはこんなに苦労してたのか」って気付きやがった。
そうだよ。覚悟もなしに結婚も離婚も出来るわきゃないのだ。 男も女も「愛情」なんかで結婚が続くと思ってるようなガキな発想はいい加減捨ててもらわなきゃ後の世代が苦労する。 ある意味、岡田さんが21世紀の今になってもまだこんなことを言わねばならないくらい、戦後60年近く、世の大半の男女は自分のアタマでものを考えることを放棄してきたと言えるのだ。
でもここまで言いきっちゃうと、例えばしげなんかは物足りなさそうに「でも『愛情』がオマケについてきたほうがいいじゃん」なんて言い出すのだ。 そりゃ、オマケについてくるのが金のエンゼルならいいけどね、銀のエンゼルどころか、「毒入り、食べたら死ぬで」ってやつばっかりだったら誰も買わんでしょう。 あのね、結婚と愛情は別とか、岡田さんは優しい言い方してるけどね。結婚に愛情は「毒」なの。 愛情以上の「意志」と「覚悟」と、それに「運」がいるのよ。
しげはね、私が浮気一つしない亭主なもんだから気がついてないんだけどさ、世の中のたいていの男は自分に言い寄ってくる女が五人いれば五人とも付き合いたくなるものなのよ。これだけでも「愛情」が「毒」だってこと、解るじゃないの。私を除けば身近にいくらでも例はいるでしょ。 だからたいていの女は男の浮気グセに悩まされることになるよねえ。特殊でもなんでもない。しげは多分「じゃあ最初っからそんな男と結婚しなきゃいいじゃん」と思うかもしれないけれど、そんな男しか世の中にいなけりゃ、どうしたって不幸になるのが女の「運」ってことにもなるのよ。
要するに男も女も馬鹿だから不幸になるの。
『フロン』のサブタイトルは「結婚生活・19の絶対法則」となっているけど、これはもちろん、岡田さんお得意のハッタリ。表記通りに鵜呑みにしちゃあいけない。今まで述べてた通り、岡田さんが提示した「夫のリストラ」ってのはこれを読む馬鹿女の頭脳レベルに合わせた「救い」のサンプルにすぎないのであって、結局どんな家庭を作るかってことについてはこの本の100ページに「じゃあ自分はどうしようと考えて見ることが必要」とちゃんと書いてる。 かと言って、岡田さんが読者の女性を「本気で」馬鹿にしているわけじゃない。岡田さんの発想は、「教師」なのである。もっと簡単に言えば「啓蒙家」。 「世の中の人は、こうすれば物事がうまくいくのにどうしてこうしないのかなあ」と気付いたら、それを「教えて」あげなければ気がすまない。ともすればその言質は「こんなことも知らないの?」的優等生の発言になってしまって、説教めいてしまうものなので、劣等生が読んだらムッとくるところも多いのだけれど、「馬鹿にされた」と思うのは劣等生の被害妄想。 優等生ってのは別に劣等生を「フフン」と鼻で笑ったりはしてないんだよね。ホントに単純に、「どうしてこんなこともわかんないの?」と思うだけ。 でもそう言う誤解を招かないように、「一緒に考えましょう」的な論理展開をするのが「教師」の方法。 「私が考えた理論」ってのならイヤミに取られるけど「結婚には法則がある」と言えばそれは自分の埒外のところにあることになるので、読者も拒否反応が少なくなる。これも「教師」の方法。 さすが『ぼくたちの洗脳社会』の著者である。 この辺の商売感覚は本を売る上では、あって当然のものだ。別に悪いことじゃない。
もともと結婚の絶対法則なんて、「法的に結婚している」事実があるだけで他に法則があるわけもない。歴史的、世界的に形態は異なれども、男と女を結びつけるシステムを社会は常に必要とし続けてきたのだ。簡単に言ってしまえばそこには「男女がくっつく」結果がありさえすればいいので、愛だの義務だのそんなのはあとづけの理論でしかないのだ。だから「結婚」という形態だってホントはいらないんだよね。 にもかかわらず我々が往々にしてその「愛」が先にあってその成果として「結婚」があるように錯覚してしまうのは、そうじゃないとなんで二人がくっついているかうまく説明できなくて自信がなくなっちゃうからなんだろう。 あるいは「打算」と「悪意」と「妥協」と「世間体」で結婚していると自覚したくないからかも? 打算のなにが悪い。 打算のない人生があるとでもいうのか偽善者め。 現実逃避してるくせに現実の苦労を愚痴るな、馬鹿。
家庭の問題の大半は、「他の家庭」と比較して身の不幸を感じてしまうことから生じている。 私も今までに別れたカップルってのをいくつも見てきてるけど、たいてい別れる前に私に言うんだわ。「有久さんとこがうらやましい、夫婦仲良くて」って。 もう、オタク道ひた走りの私と、家事も何もしないヒステリー女のしげを見て、そんなタメイキが出るくらいだから、これはもう最悪だ。 他人の家庭は比較するものではなくて観察して楽しむものだ。 ましてや「サザエさん」みたいな家庭とか「しんちゃん」みたいな家族が理想、なんて語るやつは逆さ吊りにしてサンドバッグ代わりにぶっ叩きたくなるな。
岡田さんもチクリチクリとは皮肉を言ってるんだよね。 現代社会は「自分の気持ち至上主義」であるって。 でもそれって「ワガママ女に『お前はワガママだ』って言っても聞く耳持たないのは解り切ってるから言葉を変えた」ってだけのことだ。 リストラした夫に金を要求することを許すほど、女のワガママを認めてるわけじゃない。
ともかく、変えていかなきゃ困るめんどくさい社会システムはゴマンとある。 この本は、「結婚してない男女、浮気している夫婦、離婚した夫婦、子供のいない家庭は精神的に何かが欠落している」という偏見というか幻想を吹き飛ばすための岡田さんの、「オタク認知洗脳運動」に続く第2の戦略なのである。
ま、確かにこういう戦略中に『クレヨンしんちゃん』を誉めきれない岡田さんの立場もわかるわなあ。 でも、あれも「家族」の一形態にすぎんので、それはそれとして考えてりゃいいとも思うけど。どうもあれをただのエンタテインメントとして思いきれないものがみんなの心の中にあるのだよなあ。
仕事を半ドンで切り上げて、天神を回り、ベスト電機と福家書店に寄る。 今月から来月にかけてほしいDVDや本が目白押しなので絞るのに苦労をする。見たり読んだりする時間だってそうそう捻出できんのに。
マンガ、雷句誠『金色のガッシュ』1巻。 新人さんらしいがこれが初連載というわけでもないらしい。 あはは、現世における魔王決定戦って、つまり『魔女っ子メグちゃん』だな。もう最近はこういう「懐かしさ」の感じられる漫画の方が好きになってきてるなあ(昔はマンガはもっと先鋭化していいと思ってた)。 たった1巻だけど展開が早い早い。 主人公の少年のところに大鷲に乗って謎の子供(ガッシュ)がやってきて、電撃を吐いて少年のピンチを救って、ヒロインの女の子が銀行強盗に捕まったのも助けて、第2の謎の子供が現われてガッシュと戦って、更に第3第4の子供が現われてその子たちが魔物の子であるとわかって……。 要するに人気がなくて打ちきられるかもしれないので、描きたいことはどんどん描いとこうと思ったのだろうけれど、おかげで面白い。 シリアスな展開の間に挟まるギャグも惚けてていい。 ケンカから逃げようとした主人公の清麿、自分を助けに来てくれると信じるガッシュ、そのときのセリフが「清麿が今来ないのはウンコをしてるからだ!!! きっと、きっと太い、そう、アナコンダよりも太く、金魚のフンよりも切れが悪い、最悪のやつだ!」は良かった。 でちゃんと、「誰がそんなウンコするか!」と清麿が出てくるのも定番だけど、こういうベタなギャグもタイミングがうまけりゃ笑えるんだって。 『少年サンデー』ここんとこ気を入れて読みたいマンガが少なくなってきていたので、これはなかなか買いかも。
DVD『ウルトラQ』1巻、LDボックス持ってるのに買っちゃいました。 いや、つい二、三日前まで、買う気は全くなかったのだ。 でも『キネ旬』7月上旬号で「特典映像よりもオリジナルのクォリティの再現を第一に考えた」って紹介されてたんでねえ。 「保存されてたフィルムを見付け出し、ブラッシュアップして新たにテレシネがかけられ、さらにデジタル化された映像をレタッチしてキズが取り除かれ、色調を統一した」って書いてあるけど機械オンチの私には意味が全然解らん。誰か説明してくれ。 要するにすごい画質、音質になってるらしい。 で、見てみたのだ。
……凄いよ、由利ちゃん! アンタがこんなにかわいかったとは!(女見てねえで怪獣見ろよ)
一部にまだ傷は残っているものの、少なくとも以前見たビデオ、LD版と比べて各段に画質が向上していることは事実だ。いやあ、モブシーンの服のシワや背景の小石まで鮮明に浮かび上がって見えるぞ。 逆にゴメスなんかはキグルミの細密な状況までわかるので、そこは作りものっぽくて不利なのだが、ナメゴンは逆に合成の妙ともあいまって、そのぬらぬら感といい、巨大怪獣が襲ってくる恐怖をヒシヒシと感じさせてくれる。 ああ、この『宇宙からの贈り物』が『鉄腕アトム・ゲルニカ』の二番煎じじゃなけりゃ、もっと評価するのになあ。 今見ると、多分脚本か編集のミスだろう、製作第1話の『マンモスフラワー』では、お堀端の怪物体の調査もすんでいないのに一の谷博士が「植物」と決めつけてたり、命名される前に「マンモスフラワー」と怪獣を呼名するシーンがあったり、ミスは随所にあるのだが、それでもそれ以前の実写版『アトム』やら『月光仮面』、『快傑ハリマオ』に比べたら脚本も映像演出も格段の違いがある。 と言うか、これを越える特撮SF番組は未だに日本では生まれてないのではないかという気がしてならない。
封入のパンフも佐原健二氏のインタビューや当時の時代背景など充実しているのだが、スタッフ・キャストについての調査などは未だにきちんとなされていない。東宝の特撮DVDシリーズは可能な限りこれをやってるのに、こういうのを特典映像としてつけてくれないと、マニアはなかなか納得しないものなのである。 『ゴメスを倒せ』のジロー少年の声、小宮山清がアテレコしてるっていい加減でどこかに書いとけよ。マニアの口コミだけで知られてるって状況は恥だぞ。 後、先着限定の店頭プレゼント(オープニングパラパラマンガ、怪獣大相撲、フィルム栞、新聞式の紙袋)もあるので、買われる方はお早めに(^^)。 でも、「紙相撲」、怪獣がガラモンとケムール人なのはいいとしても、あとがカネゴンとM1号というのは納得いかんぞ。身長が違うではないか。
さて、新作のウルトラシリーズ『ウルトラマンコスモス』、脚本監督がこの『ゴメスを倒せ』の脚本や『2020年の挑戦(ケムール人)』、『虹の卵(パゴス)』演出の飯島敏弘監督である。「少年とウルトラマンの友情ものかあ。臭くなりそうだなあ」と心配していたのだが、『キネ旬』のインタビューでは、「少年とウルトラマンの関係が希薄なのが狙い目」と言っていた。これは意外と拾いものになるのかも?
あともう一つ『キネ旬』で気になった記事。 あの『恐怖奇形人間』で江戸川乱歩『パノラマ島奇談』『孤島の鬼』を合体映画化した我等が石井輝男監督が再び乱歩世界の映像化に挑む。 題して『盲獣VS一寸法師』!
……ぶわはははは! いやもう、できる前から珍品ができると保証つきの超B級なたいとるだねえ。 これはもう乱歩フリークならずとも、映画ファンを自認するものならば見るしかない大傑作になるであろう。 いや、またぞろお蔵入りして幻になりそうだって意味でね。 主演が『サウス・パーク』キリスト役のリリイ・フランキー、他のキャストは映画監督の熊切和嘉、手塚眞、中野貴雄で占める。……明智は誰が演じるんだ?
深夜、CS時代劇チャンネルで『大菩薩峠 完結編』(1959・東映)を見る。 机龍之助が死んだ息子の幾太郎の名を呼びながら濁流に巻き込まれるところで終わってるけど、これ、原作じゃ全20巻のうち2巻目までの映像化なんだよね。 だから机龍之助、あそこで死んでません(^_^;)。 何度も大河ドラマ化が企画され、そのたびにスケールのデカさゆえにボツってる、時代小説至上最長にして最大の傑作だから、映画を見てみたい、原作を読んでみたいという人もいるでしょうが、ともかく膨大な原作で、あれからが長くてしかも作者の死によって未完になってると言うことは知識として知っといたほうがいいと思う。 でも今どきはタイトルすら知らないという人も増えたかな? けど、『大菩薩峠』がなかったら、後の時代小説や映画におけるダーク・ヒーローの系譜、『眠狂四郎』も『仕掛人梅安』も『壬生宗十郎』も生まれなかったに違いないのだ。 誰が言ったか、時代小説の三大傑作は、国枝史郎『神州纐纈城』、白井喬二『富士に立つ影』、そして中里介山『大菩薩峠』。多分これに異論を唱える人はそうそういまい。 ああ、こんなことも昔は常識だったんだけどなあ。みんなもっと時代物も読もうよ。
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☆劇団メンバー日記リンク☆
藤原敬之(ふじわら・けいし)
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