無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年04月17日(火) どこまで続く死のロード/ドラマ『陰陽師』第三回『迷神』ほか

 全くもう、どうしてこう連続して人が死ぬかな。
 今日は小島三児が亡くなってしまった。
 新聞記事には「『トリオスカイライン』の」と書かれていたが、ああ、そう言えばそうだったな、という記憶しか私にはない。
 何しろ解散したのが私が小学校三年生の時である。大人はいざ知らず、子供には決めのギャグのないグループはよっぽどの芸がない限り印象に残らない。東八郎はともかく、コメディアンとしての小島三児はワリを食っていたように思う。
 気がついた時、小島三児は既にピンだった。
 でも、映画やドラマによく出てはいたが、脇役、というよりチョイ役以上の役で出ていたのをあまり記憶していない。
 今、パッと思い出せるのは、『ルパン三世・念力珍作戦』のオカマのヤクザや、『金田一耕助の冒険』の床屋の店主である。どちらもワンシーンのみ、しかも、本筋と全く関係のない演技をしようとするあたり、まるで由利徹である。
 よく見ると目の怖いひとである。コメディアンとして立つには、ちと濃すぎたのではないか。小島さんのツッコミを並の役者ではカワシきれないのである。だから、チョイ役以上、長丁場は預けられない。
 実のところ、小島さんをうまく扱えたのは、やっぱりと言うかまたかと言うか、黒澤明だったりするのだ。
 『どですかでん』での小島さんは泥棒役、ウケのたんばさんに渡辺篤、これは見事なキャスティングであった。
 警官につかまった泥棒が、面通しのために再びたんばさんのウチを訪ねる。しかしたんばさんは「泥棒になんか入られませんよ」としれっと言ってのける。自分が庇われたことにも気付かぬ泥棒は、首を捻って帰っていく。この首の捻り方がいいのだ。
 別に泥棒はたんばさんの優しさに触れて改心したわけでもなんでもない。でもたんばさんは相手がどんな人間であれ、同じようにものを施し、同じように相手に哀れみをかけるであろう。それは相手への同情ではなく、たんばさんの生き方のスタイルであるから。
 獰悪だけど間の抜けた感のある小島さんの存在は、渡辺篤の飄々とした味わいとの対比が鮮やかで、さすが黒澤は喜劇もわかってるんだよなあ、と感心したものだった。
 映像の撮り方に軽みが感じられないのが今イチだったが、あれはいい映画だった。小島さんのフィルモグラフィーの一つとして紹介してもよかったと思うんだがなあ。
 関係ないけど『ONE PIECE』の「サンジ」って、小島三児から取ったんじゃないかな。ほかに「さんじ」って名前の人、知らないし。

 『テアトロ』5月号に、『ラ・テラス』の批評が載っている。
 これがまあ、私の意見とは正反対で、「役者はいいが、脚本がよくない」というもの。
 人それぞれ、見方が違っていて当たり前であるので、初めは「おやおや」くらいの調子で読んでいたのだが、どうもこの批評家、根本的に脚本が読めないやつだということに気がついた。
 「役作りが的確」と評しているが、脚本の出来が悪いのなら、役作りだって出来ぬはずである。批評の言葉自体が破綻しているのだ。
 私に言わせれば、あの芝居は一にも二にも、役者の読解力が足りないために深みが生まれなかったのであって、脚本のせいではない。
 例えば、テラスから落ちたはずの男たちが、なぜ毎回死なずに助かるのか、その不可思議な現象を登場人物はどう感じているのか、役者たちはどこまで突っ込んで考えたのだろうか?
 口では不思議だと言っていながら、本当は誰もそれを不思議だとは思っていない、たったそれだけの解りきった事実すら、あの役者たちは理解していないのである。
 ……不条理劇の批評はやっぱり日本じゃまだまだ確立されていないのだなあ。

 帰宅した途端、女房が「餃子を食いたい!」と叫び出したので近所の「王将」に行く。
 実はそこでは姉の娘さん(でも私の姪ではない。不思議不思議♪)がバイトしているのである。姉によく似てはいるが姉よりずっと美人だ。
 てなこと言ったら姉ちゃん怒るな。どうせこの日記見る心配はないけど。
 店に入った瞬間、こちらに気付いて微笑みかけてくれるので、こちらも会釈を返す。ところが女房は無愛想に挨拶もしない。 
 どうせ「向こうがこっちのことを覚えてないかもしれないから」とバカなことを考えてるのに決まってるのである。
 ……んなバカなことがあるかい。
 女房は対人恐怖症の癖がどうにも抜けぬところがあって、基本的に人との縁が薄いやつなのである。
 ……解りやすく言えば、どんなに身近な人間であっても、しばらく会ってないと忘れてしまう。ウソのようだが本当の話だ。多分、夫である私にだって、二、三ヶ月も会わなければ、怖くて自分から声をかけることはできまい。私から声をかけてようやく私本人だと認識できるはずである。
 そのアホな癖は治せよって、再三言ってるんだがなあ。
 でも悪気はないので、女房のお知り合いの諸君、久しく会ってなくて女房の反応が以前と違って臆病になってたとしても、許してあげてくださいね。そちらから声をかけてくだされば、自然に気持ちがほぐれてくると思いますので。
 で、結局、店からの帰りにもアチラはきちんと挨拶してくれたのに女房はまた無視。私は一生懸命、「お店にいる時は仕事だから馴れ馴れしくはしないよ」というポーズを取って女房をフォローするしかないのであった。
 やれやれ(-_-;)。
 あ、女房がも一つアホなこと言ってたのを思い出したぞ。
 炒飯セット、唐揚げ、餃子つきに、私の頼んだ天津飯、トンポーロー、イカ天麩羅も分けてもらって、それで一言。
 「最近少食になった」
 ……そのハラに付いてる肉はなんだ。

 テレビ新番組、『たけし・所のWA風が来た!』、司会がなんと山寺宏一。ちょっと浮いてる感じはあったが、ノリは悪くない。多少セリフのトチリはあったが、第2の古館伊知郎が狙えるかな、というような司会ぶりであった。
 番組自体は海外に浸透してる日本の物件を探すという軽いナショナリズムなもの。アメリカの切手のデザインは日本人がやってるんだよ〜ん、とか、地下鉄の落書きを消す機械を発明したのも日本人だよ〜ん、とかその程度のもの。いやらしくなる一歩手前で止めたってところかな。
 台湾で流行ってる日本の文字ってナ〜二? というクイズの最中に女房、仕事に出かける。
 「帰ったら答え教えてね!」って、何入れこんでんだ。
 ちなみに正解は「の」です。記号っぽくってカッコいいんで、「的」の代わりに使ってるんだって。ルーツは「洋服の青山」じゃないかって言ってたけど、そりゃ思いっきり眉唾(^_^;)。

 『陰陽師』第三回、原作に芦屋道満、出て来てたっけ? 小説の方、一冊目と二冊目しか読んでないから分らないけどね。
 でも寺尾聰じゃあどうにも役者不足だよなあ。
 またぞろ今回も底の浅い恋愛ものに成り果てていて、味わいもくそもない。
 マック○ファ○○ーか何かのCMで、松嶋菜々子が「あなたのことが凄く好きになった」とか、なんの捻りもないセリフを吐いてるのを見て(脚本は北川悦吏子だと)、恋愛もお手軽になったもんだと思っていたが、古代を舞台にしてまでトレンディドラマをやろうってのはどうした了見だ。
 「CGに頼らないのがいい」とよしひと嬢だったか鴉丸嬢だったかか言ってたけど、私ゃいい加減、百鬼夜行を着ぐるみでもCGでもいいから出してほしいね。道真は丹波哲郎でも江守徹でも許すから。


2001年04月16日(月) オー・ド・トワレ/『夜刀の神つかい』3巻(奥瀬サキ・志水サキ)

 昨日、三波春夫と田久保英夫が死んだと思ったら、今日は河島英五と勅使河原宏が死去。何だか21世紀まで生きたからもういいやって感じで死んでいくなあ。
 かと思ったら、雅子妃ご解任のニュース。なんとか2001年中には生まれそうな気配で、もしかして皇太子夫婦ですら「21世紀の初めにはなんとかね」と考えながらがんばったのかもしれないと思うと親近感も湧くんだがなあ。
 でも実際、この一、二年、身の回りにやたらと腹ボテが多いのだが、なんでそう2000年とか2001年に拘るかね。年齢が数えやすい以外にメリットがあるとは思えんが。下手に人口が多くなっちゃうと、「団塊の世代」みたいに、学校の教室はギュウ詰めになるわ、進学就職の競争率は高くなるわ、損することの方が多いと思うのにねえ。まあ、多少は少子化が食いとめられていいのかもしれないけど。

 勅使河原宏と安部公房の一連の不条理劇、日本での評価はまだまだ低い、と思っている。
 『砂の女』も『他人の顔』もどれもみんな面白いんだけどな。
 ともかく日本人というのは、自分の理解の届かぬものについては、「わけがわからん」とか「ひとりよがり」とかの言葉で黙殺しがちだからなあ。ピカソを「子供の落書き」と平気で言ってのけるバカがゴマンといる国である。
 万人に理解される芸術なんてものはない。あると思うのは錯覚だ。だから、自分の理解できないものにだって、一定の評価はあるのだということを認めねばならない。なのに、そういう度量のないやつばかりだってのが情けないのである。

 帰宅してみると、部屋の中が異様に臭い。
 女房が生ゴミをまとめていたのはいいのだが、それを捨てにも行かずに部屋の中に放置していたのだ。
 昼間ゴミを捨てに行く姿を見られるのが恥ずかしいから、と、たいてい夜になって捨てに行っているのだが、いったい何が恥ずかしいというのか。自分のウチのゴミを見られたくないというのは、要するに見栄を張りたいという気持ちの裏返しである。全く、バカの分際でおこがましい。

 晩飯がないかと思って、パンを買って来ていたが、女房もほか弁を買って来ている。ほか弁も悪くはないが、昼間、買い物していてくれれば何か作ってやるのになあ。
 女房に買ってきたチョココロネを見せると、「またコロネ?」と笑う。
 ここしばらく、パンと言えばコロネを買っているので、女房は不思議に思っている様子である。別に大した理由はないんだけど。
 「子供のころコロネが好きだったんだよ」
 「……あんたの子供のころ、コロネがあったの!」
 ……人を戦前生まれのような言い方するんじゃねえや。

 アニメ『犬夜叉』『名探偵コナン』といつもの定番。
 桔梗を演じている日高のり子さん、灰原哀を演じている林原めぐみさん、それぞれ、ハッとするような緊張した演技を見せている。
 お二人とも、今回の作品を通じて、また一つ芸域を広げたんじゃないかな。ずいぶん自然な演技もできるようになってきたのだ。
 声優さん独特の癖のある喋り方は、言ってみれば歌舞伎の所作事と同じで、厳密にいえば応用の効く演技とは言えない。顔出し演技のできない声優が多いのがその証拠だ。ベテラン声優であっても、癖がつきすぎると自然な演技ができなくなるのだ。
 だから顔出しも声優も両方こなしてしまう故・小林昭二さんや穂積隆信さんなんかは、地味だがホントの名優だといえる。
 で、女性でそういう人ってのが凄く少ないんだよね。最近ようやく戸田恵子さんが顔出しするようになってきたけど、まだまだ絶対数は少ない。日高のり子さんや林原めぐみさんは顔出ししていってもいいんじゃないかと思うんだけどなあ。

 マンガ、奥瀬サキ作・志水サキ画『夜刀の神つかい』3巻。
 何だか意表を突こうとして、せっかくのいいキャラを敵も味方もどんどんムダに消してる気がするぞ。
 これが山田風太郎みたいに敵味方の消耗戦になるんだったらそれはそれで面白いんだけど、下手すりゃジャンプマンガになるものなあ。
 でも一磨を消した以上、その後釜になるべきなのは新しく吸血鬼にされたヒカゲでなければならない。そういう伏線を張ってきたのだから。……まさかこのままヒカゲを殺したりはしないよなあ。


2001年04月15日(日) My guest is my Lord/『まかせてイルか!』1巻(大地丙太郎・たかしたたかし)

 まずは貴重な読者のみなさんへのお知らせから。

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 トシをとると朝が早くなるって言うけど、女房もよしひと嬢も、寝たのは私より早いのに、なかなか起きてこない。
 と言っても私も起きたのは9時。なんとか『コメットさん』第3話に間にあった。
 おい、これ、本気で面白いぞ♪
 キャラクターが地に足がついているのがなにより説得力があるのだ。
 「お手伝いさん」という旧作の設定、さて、現代では浮いてしまうのではないかと思っていたが、「ホームステイ」ということで上手く処理。
 藤吉家の子供たちにとってはよきお姉さんであり、父さん母さんからは地球の人々の愛と勇気を教えてもらう(展開になるはず)。
 なんてったって、お父さんは「海の男」だ。これから先、本格的に職業としてのライフガードを描くようなら、宮崎アニメに匹敵するほどの傑作になるかも。クサクしないと言う条件がつくけど(^^)。
 ……そうだよなあ、日本の魔女っ子ものって、もともと「教育もの」だったんだよなあ。なんで今ごろ『コメットさん』か、というのは疑問だったんだけど、やっぱり原点返りなんだね。今風の絵柄だと言うのに、肌触りが懐かしいのだ。CGも多用しすぎず、魔法の部分のみというように効果的な使い方をしている。
 まだ3話やそこらで結論を出すのは早いかもしれないが、もしかしたら日本の魔女ものアニメ中、屈指の傑作になるかもしれない。

 11時半、よしひと嬢起床。
 昼には帰って部屋を片付けねば、というのを引き止める感じで『仮面ライダーアギト』と『パワーパフガールズ』を見せる。
 ようやくアギトとギルスが接触、アンノウンが超古代文明と関係があるかも、というところでまた引き。
 ……なんだかますます『仮面ライダー』から離れて『009・神々との戦い編』に近くなってきたなあ。
 よしひと嬢も、話はともかく、やはり「役者の演技がどうも……」というご意見。確かに主役の翔一くんが特にアレだしなあ。
 「でも、ヤンママに『癒し系』ってことでウケてるらしいよ」と言うと、よしひと嬢、思わずコケる。『クウガ』は結構ハマってたらしいが、今回はあまりご贔屓のキャラがいないらしい。
 「……北条さんは好きなんですけどね、いかにもなキャラクターで」
 まあねー、主役に嫉妬するエリート意識剥き出しのライバルって、確かにいかにもだけどねー、現実にもたまにそういうのがいたりするんだよねー、だもんで私はあいつが好きじゃない。
 『パワーパフ』は例の『ダイナモ』の回。
 「ほらほら、この辺のスローモーションがクロサワ」と後ろから要らぬ解説をする。でも向こうのスタッフって、よく日本のアニメや特撮や映画、見てるよなあ。中国やタイやベトナムもいっしょくたって感じはするけど、あるいはそれもワザとかもしれない。
 日本人だって、アメリカを舞台にギャグ作ろうとしたらワザとステロタイプにするものなあ。このあたり、筒井康隆の『色眼鏡の狂詩曲』を読めば解る。

 結局、よしひと嬢のお帰りは1時。どうもお疲れさまでした。
 女房は未だに寝たままで起きてこない。
 昼から出かけようと話をしていたのに、これだから女房と約束をするのがいやになるのだ。
 仕方なく、昨日の日記を書き続けるが、どうした弾みか、書いたものがやたらと消える。登録しようとした途端にエラーが出るのだ。
 夕方までかかってまるで登録できないので、ついに癇癪を起こして不貞寝する。

 マンガ、大地丙太郎原作、たかしたたかし作画『まかせてイルか!』1巻。
 1話完結のアニメシリーズのマンガ化、というか、何となく石立鉄男主演の『水もれ甲介』っぽいドラマの雰囲気。いや、印象だけだけど。
 親のいない三人娘が湘南海岸で「便利屋」を開いてるって話なんだけど、名前が「海」、「空」と来て、三女が「碧」ってのが作者のこだわりを感じさせてよいのだ。
 アホな作り手は三女を「陸」ってしちゃうところだけど、親が「あの海や空のように青々と」と願って子供に名前をつけていたとしたら、「陸」には絶対しないよな。最初から三人生まれると解ってるはずもないし、こういう細かい設定がキャラクターを生かしているのである。
 『episode9・10/碧バイバイ』なんてドラマで見たいぞ。
 娘を亡くした両親が、瓜二つの女の子を見つけて、養子に来てくれないかと頼む、という展開はよくあるが、こういう結末のつけ方をするとはねえ。
 やるな大地丙太郎。

 夜になって、ようやく日記がエラーを起こさずに登録できる。なんだか1日を殆ど無駄に過ごしてしまった。
 さあこれでようやく眠れるなあ、と思ってテレビをつけたら三波春夫死去のニュース。
 思わず「三波春夫が死んだよ!」と女房に向かって叫ぶが、女房は「ふ〜ん」の一言。……確かに女房のトシだとトヨカズの方がまだ近しいんだろうが「ふ〜ん」はねえよなあ、と思う。
 ニュースはやたらと三波さんのことを「国民歌手」と強調していたが、私には全くそんな印象はない。
 確かに一時期、紅白のトリはずっと三波さんが勤めてはいたが、お袋などは生前、三波さんをイロモノとしか見ていなかった。少しトシの行った世代なら、印象はこんなものである。しかし実はその「イロモノ」的なところが、三波さんの真骨頂であったと言えるのだが。
 三波春夫は歌手と言うより一流のエンタテイナーであって、その芸域はとてつもなく広いのだ。広すぎて、偶像にすらなり得なかった。テレビはそんな三波さんを扱いかねたのだと思う。結局はあの「お客様は神様です」を、レッツゴー三匹にもの真似させる程度のものとしてしか認識させなかった。
 昔はドリフのコントなどにも出ていた三波さんだが、普通、喜劇役者以外のゲストはどこか「浮く」ところがあって、それをレギュラーの面々が上手くイジることで笑いにつなげるものなのだが、三波さんは見事に場をさらってしまっていた。間の取り方が絶妙に自然なのだ。
 まるで「舞台荒し」の北島マヤのようであった……って、たとえがムリヤリだがホントだから仕方がない。こういうヒトがしょっちゅうテレビに出ていては、芸ナシの連中はたまるまい。
 幸いなことに、アニメオタクはあの『ルパン三世(ルパンVS複製人間)』で三波春夫の至芸に触れている。絶頂期の納谷悟朗とタメをはれたということが何を意味しているか、ちょっと考えてみればその凄さが解る。
 そして極めつけの『ルパン音頭』である。
 旧ルパンのハードな雰囲気を期待していた当時は、アレを聞いてメゲてたものだったが、何年か経って聞いたときに、エンタテインメントとしての『ルパン』を見事に表現しているという点で、新シリーズ以降では一頭地を抜いていることに気付いて、驚いたものだった。
 コーラスを除いて、「ルパン」って歌詞に出てくるの、アレだけなんだよね。
 ……『知ってるつもり』あたりがまた浅薄な取り上げ方するんだろうなあ、シベリア抑留のときのことを美談に仕立てたりしてさ。生前の三波さんはそのことについては黙して語らずを通してたんだけどねえ。  

 ついでに数多い三波春夫パロの中で、マンガに関して印象に残ってるものを二つ。
 一つはコンタロウ『1、2のアッホ/ああ!国民放送の巻』。
 国民歌手、南春生が某国営放送で『おまんた音頭』を歌うことになる。クリーンなイメージを大事にする国営放送のプロデューサーは、南春生が「おまんた」を「おまん○」と言い間違えないか心配して(←間違えるかい)、予め「おまんたってのは新潟県の方言で『あなたたち』の意味ですよ」というタテカンを映すことにする。
 もちろん、主役のカントクたちが大暴れして、「おまんた」はめでたく「おまん○」となって全国放送されるのだが、何が笑えたって、パニックに陥ったプロデューサーが、事態を収拾しようとして、かえって「おまん○」を連呼しまくるところであった(^^)。
 多分、当時少年マンガで「おまん○」という言葉を最も表記したマンガであったことは想像に固くない。私もこれでこの言葉を覚えました(博多ではもちろんアレのことは「ぼ○」っていうから。これも有名かな)。ついでに「国営放送」という言葉も。
 もう一つはいしかわじゅんの『約束の地』。村田春夫という名で、村田英雄と合体させてるが、より三波さん側に近い。「素顔が地味」という意味も含めて。『ブルース・ブラザース』にインスパイアされたとおぼしいこのマンガを読めば、三波春夫が日本のジェームス・ブラウンであったのだなあ、ということがよく解る。
 と言うかJBがアメリカの三波春夫なのだな。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)