無責任賛歌
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記




ホームページプロフィール掲示板「トーキング・ヘッド」メール
藤原敬之(ふじわら・けいし)

↑エンピツ投票ボタン(押すとコメントが変わります)
My追加


2001年03月21日(水) 『GQ』余燼/映画『アンブレイカブル』/『さすらいエマノン』(梶尾真治)ほか

 『ギャラクシー・クエスト』の余韻がまだ残っている感じで出勤。
 ツラツラ考えるに、あれをパロディ映画と呼ぶのは全く当たっていないのだな。日常ではダメだったやつが、ひとたび非日常の状況に放りこまれた途端、大活躍するという、『ドラえもん』映画版のような堂々たる冒険映画の系譜に連なる物語なのである。
 だからこういう映画が当たると、たいてい「日本ではどうしてこういう映画が作れないのか」と利いた風な口を叩くやつが出ると思うが、そういうヤツらには「『ドラえもん』見たことないんですか?」と言ってやればよいのである。
 このパターンのルーツがなんなのか、と考えてみたが、どうもこれだっていうのが思いつかない。『ゾロ』はダメ男のふりしてただけだしなあ。チャップリンは結局ダメなままだしなあ。
 ニセモノがホンモノになると言うか、嘘から出たマコト、ってバターンは、『国士無双』や『三悪人』あたりがルーツかなあ、とも思うんだが。『サポテン・ブラザース』自体、『三悪人』に相当インスパイアされてる感じだし。
 ルーツ探しは、別に映画の価値と直接関係はない、という意見もあるが、パクリとパロディの区別もつかんヤツがいる以上、批評する上ではきちんと考えてかなきゃならんことなのだ。

 マンガ、高橋葉介『KUROKO 〜黒衣〜』1巻読む。
 掲載誌の『少年チャンピオン』では既に巻末近くになっていて、あと何巻続くのかアヤウイなあ、という感じなんだけど、妖怪退治ものとしてはそれほど新味がないので仕方ないかな。新米コンビで失敗続きって設定もそんなに面白くないし。
 それでも1巻買っちゃったのは巻末に『夢幻紳士』の新作が載っていたからである。一応完結しちゃってるシリーズだけど、いつ再開したっておかしくない終わり方だったし、戦後編でもやってくれないかなあ。

 梶尾真治『さすらいエマノン』。
 『エマノン』シリーズ第2弾。五編の中では巻頭の『さすらいビヒモス』がエマノンの設定を生かしきっていて一番面白いが、「ビヒモス」のネーミングがやっぱりタイムパラドックスの輪の中に入っちゃっているのが気になるなあ。
 最終編の『いくたびザナハラード』で作者本人を出したのはちょっと悪ふざけが過ぎたんじゃないかな。エマノンシリーズは『地球はプレインヨーグルト』の系列とは別物なのである。それとも梶尾さんは電話口で始めて口を利く女性に向かって「はらほれひれ」なんて口走っちゃう人なのであろうか。チャネリングの正体の分析が面白いだけに、そのあたりの寒いギャグがちょっと惜しかった。

 仕事から帰ると久しぶりに女房が料理を作ってくれている。くれたのはいいんだが、モノが何かと言うと、「鶏の唐揚げの豆腐和え」。
 どういうやつかというとコンビニで買ってきた鶏の唐揚げに豆腐をぶっかけて混ぜたもの。味は鶏の唐揚げに豆腐の味……。和える意味がどこにあるんだよう(T_T)。

 なんだか急に思いたって、今日もキャナルシティに『アンブレイカブル』を見にいく。これで三日連続だ(女房は二日だけど)。久しく映画館に行けなかった反動が来てるんだなあ。
 福家書店で東京のガイドブックを買う。と言っても選んだのは女房で私は1ページも見てない。何が恥ずかしいって、本屋の旅行案内コーナーで、「ねえ、私ここ行きた〜い」「君が行きたいところに連れてってあげるよ」なんて会話しているカップルくらい恥ずかしいやつらはいないので、私はこんな時は女房から逃げてしまうのである。
 しかし女房は外で私と手をつなぐのさえ恥ずかしがるくせに、どうして「一緒に旅行ガイドを見よう」なんてクソ恥ずかしいことが言えるのだ。謎だ。

 『アンブレイカブル』、一応ラストのアレがどんでん返しというか意外な結末ってことらしいので書かないで置いてやるが、慈悲だと思えよ、M・ナイト・シャマラン。
 結末がどうこういう前に、ブルース・ウィリスの「アンブレイカブル」(要するに「ダイ・ハード」ってことだ)って設定をドラマとして生かしきれてないのだ。もっと面白い展開をいくらでも作れそうなものなのに、ただラストの意外性に収斂させるためにそれらの可能性を全て放棄してしまっている。
 悪人がみんななぜか赤い服を着ているとか、無意味な意味付けもやめた方がいいよなあ。前衛映画ならともかく商業映画でやる手じゃない。
 『シックス・センス』はまだ登場人物たちの悲しみが伝わってくるけれど、この映画の場合、観客は「勝手に苦しんでろバカ」という感想しか出て来ない。相手役のサミュエル・ジャクソンがミス・キャストなのも大きなマイナス要因だろう。
 でもこの程度の脚本でもみんな面白いのかなあ。ここにはプロットやアイデアはあってもドラマが全く不在なんだけど。

 買い損なっていた『アニメフェア』『ギャラクシー・クエスト』のパンフも買う。ところが『アニメフェア』のパンフは、裁断ミスの不良品であった。帰宅して気がついたのでしょうがないのだが、改めて持っていっても取り換えてもらえるかなあ。
 『GQ』のパンフはポテトチップスの袋に入っているという趣向を凝らしたもの。ミニサイズなわりに、映画バンフレットとしては情報量が多い方だが、それでも『スタトレ』との関連についての説明が不充分な気がする。

 映画の帰りにロデムさんから女房の携帯に電話。
 イベントのお誘いだったが、劇団の練習日と重なっているので行けるかどうかはキビシイ。ロデムさんのプロットが没になったこともお知らせしたのだが、私のものも含め、殆どが没を食らっているので、申し訳ないがカンベンしてもらいたい。屈託なく笑ってくださったが、採用されたプロットがわずか五行で、しかも作者はその先をなんも考えてないと知ったら怒りゃせんだろうか。
 どうもウチの劇団の連中は女房を買い被りすぎている嫌いがある。思いつきだけで後先考えない性格だと言うことに、いい加減気づいてくれてもよさそうなものだが。

 このまま行くと明日も映画に行ってしまいそうだがそこまでのことはない。明日は女房が仕事だからだ。明後日はどうか分らんが。
 なんだか一日遅れで日記を書くのが定着しつつあるが、なんとか明日あたり、元のペースに戻すよう努力しよう。そうでないと、ホームページの原稿などが全然進まんのだ。
 ああ、せっかく『GQ』の心地よい余韻がどこかに吹っ飛んじゃったなあ。


2001年03月20日(火) オタクの花道/映画『ギャラクシー・クエスト』/『Q.E.D.』9巻(加藤元浩)ほか

 うわあ、どうしちゃったんだろう、昼寝をして起きたら、午前中何してたか、きれいサッパリ忘れちまってるぞ。
 けけけ、健忘症だろうか。久しぶりの休日で脳のニューロンも緩みきっているのかなあ。……それともまさか、クスリの副作用か。……風邪薬だからね、念のため。
 えーっと、確かホームページ用の原稿を書いてたんだよなあ。でも起きてきた女房に邪魔されて、なかなか書き進めなかったのだ。それで私もふてくされて寝ちまったと……。
 そのあと女房も寝ていたということは、女房のやつ、やっぱりまる一日寝てばかりいやがったんだな。なんとか寝る前の女房との会話を思い出す。
 「『しりティー』どこ?」
 「なんだそりゃ」
 「『しりティ〜〜〜!』
 ……やっと分った。昨日、映画に行ったついでに買った『私立T女子学園』9巻のことだ。
 省略するのは構わんのだが、二度も三度も略語だけ繰り返したって分るものか。「シリシリ」言うから、○○○○、○○○○○ほしいのかと思ったぞ。変態。
 ……そう言いながらそのまますぐに落ちやがったんだよな、こいつ。私の眠気は薬のせいだろうが、こいつの場合は天然だ。最近女房はどんどん寝太りしているが、そのうち八畳敷きまで広がっちゃいそうだ。

 昼飯は何食ったかなあ。そうだ、糖尿病食の酢豚と豚肉とヒジキの和え物とふかひれスープを食ったのだった。
 何だか糖尿の癖にえらく贅沢そうに見えるメニューだが、この日記を見て「よく食ってるねえ、あんた」と皮肉を言ってくるバカがたまにいるのである。当然、量やカロリーは制限されとりますがな。糖尿とは言え、栄養は摂らねばならんのだが、そこを誤解する人間が多くて困るのである。

 ああ、なんとか朧気に午前中のことが思い出されてきたぞ。
 結局今日は、昨日買ったマンガ読んだり、パソコンで日記書いたリしてたんだな。

 マンガの感想は多過ぎるし、ざっとしか読んでないので、明日からチビチビまとめて書いていこう。今日はもっと書かねばならぬことがあるのである。
 ……そうである!
 ついに見たのだ!
 幽霊? UFO? モケーレ・ムペンペ?
 ちがーう! そんなベタなツッコミはいらん!(自分でしてるんじゃねえか)
 福岡に来るか来ないか、危ぶまれていた『ギャラクシー・クエスト』がついに来たのだ!
 今日はちゃんと女房と一緒に行ってきましたよ。第一、「『GQ』来るよ!」とはじめに情報教えてくれたのは女房なのだ。キャナルシティAMCだけの公開というのが業腹だけどな。
 でも実のところ不安だったのである。ヒューゴー賞受賞だの、辛口の批評家も絶賛してるだの、前評判がこれだけ高いと、私のようなヒネクレものなど、「意外とたいしたことないんじゃない?」と拒否反応を起こしてしまうからである。
 前半、確かにちょっと展開が強引だなあ、とは思った。
 ティム・アレン、そんなに簡単に宇宙に出ちゃっていいの? 『サボテンブラザーズ』のスティーブ・マーティンのように、見るからにネジが一つ切れてるキャラクターならともかく、ただのお調子者がいきなり星間戦争に参加しちゃうのはモチベーションが弱いぞ。これはティム・アレンの演技力不足に起因するのだろうなあ。……と初めは思ったのだ。
 でもそれには理由があったのだよなあ。
 後半、ティム・アレンの顔がどんどんウィリアム・シャトナーに似てくるのである。シャトナーファンは怒るかもしれんが、彼は役者としては大根である。『刑事コロンボ』に何度か犯人役で出ているが、特に『ルーサン警部の犯罪』は、本人が「役者」として登場していその大根ぶりを如何なく披露している(今回の映画もこのネタをある程度下敷きにしているとおぼしい)。
 更には『GQ』で描かれたようなキャスト間の確執、これも特に『スタトレ』ファンというほどでもない私の耳にもチラホラと入ってくるほどのウワサである。
 「ウィリアム・シャトナーならホントに宇宙に出ても戦争しまくるぞ」
 推測でものをいうが、きっと『スタトレ』ファンはそう思っているに違いない。あれは多分、リアルな設定なのである。
 しかし、後半からの展開は、オタクにとっては嬉し涙の連続であった。ネタバレを避けて詳しくは書かんが、「癒し」の嫌いな私が「癒された」のだ。これはまさしくオタクへの「福音」であろう。
 ……『エヴァ』じゃん(^_^;)。
 オタクはね、オタクはね、一生懸命ね、社会にね、順応しようとね、努力してるけどね、ホントはね、心のどこかでは思ってるんだよ、例えばね……。
 どこかにホントにゴジラいねえかなって。
 小ネタだけど、ドクター・ラザラスが最後まで「トカゲヘッドに賭けて」、「シェークスピア」を忘れなかったのもよかった(^^)。



 で、続きである。
 もちろん今日のこの機会に『ギャラクシークエスト』のパンフだのグッズだのを買ってやろうと思っていたのだが、給料日前で泣く泣く諦めたのであった(T_T)。
 近いうちに改めて映画を見に来ねばな。
 映画を見終わって、会場を出ようとしたら、女房が「エロさん来てるよ」と指を差す。
 なるほど、足早に会場を出ようと急がれている姿はそれらしい(私は視力が弱いので人の識別はもっぱら仕草に頼っている)。ロビーで待ち構えて(通せんぼするみたいだな)二言三言挨拶するが、「あのファンが○○○ところがいいですねえ」と、やはり感動されていたようでほっとする。
 お急ぎのようだったのであまり長話も出来なかったが、かと言って、どこかに流れていくには手持ちの金が三百円しかないのであった。……いや、前日また本買いこんじゃってたせいでね(^_^;)。
 エロさん、お誘いできずにすみませんでした。
 
 「それにしても、おまえ、よくエロさん来てるって分ったな」
 「エロさんの仕事、明日休みでしょ? ネットの日記を見てても映画観に行くの火曜の夜が多いし、多分来てると思って。それにエロさん、途中で席を移動したでしょ? そのとき、いつも着てる服が見えたから」
 「……よく、そんな、人の仕事の休みの日まで覚えてるもんだな」
 「……どこの店がいつ休みかとか、気になるものなの!」
 女房はてっきり浮世離れしたやつだと思い込んでいたのだが、結構、生活臭いやつだったようだ。
 それにしてもホームズとまではいかないにしても、立派な探偵の才能である。これでどうして女房にミステリーが書けんのかが不思議なのだ。

 マンガ、加藤元浩『Q.E.D.』9巻。
 本格ミステリのゲーム性を追及し、必ずしも殺人事件に拘っていない点、また、探偵があくまで狂言回しで事件の傍観者に過ぎない点などがこのシリーズの好ましいところである。
 今巻の2編は今まででも出色の出来。相変わらず線が硬質で、人間の微妙な表情を描けていない欠点はあるが、プロット、トリックともに『金田一少年』よりはずっとレベルが高い。
 「ケーニヒスベルクの橋」を渡る方法があるとは知らなかったなあ。今まで私が読んだクイズの本にはたいてい「オイラーが渡れないことを証明した」としか書いてなかったぞ。「理系ミステリ」に見せかけていながら、それが実は「心理トリック」をしかける伏線になっているあたり、相当な実力である。
 生意気なだけだなあと思っていたヒロインの水原可奈も、最近はだんだんかわいく見えてきた。出来れば10巻、20巻と続いて欲しいんだが。

 あだち充『いつも美空』3巻。
 3巻目になるというのに、作者がまだどういうことがやりたいのか分らない。ソフトボールマンガになるのか、演劇少女ものになるのか、超能力SF(^o^)になるのか。全然方向性が見えんぞ。
 ……と言うか、作者も迷走してるんじゃないかな。
 キャラクターの幅が狭い人だから、シチュエーションを一本ビシッとしたものにしないとシマラナイんだがな。でも展開が妙に川原泉の『笑う大天使(ミカエル)』に似てるんだがな〜。まさかああなってこうなってみたいな展開になるんじゃないだろうな〜。ちょっと心配だな〜。

 夏目義徳『トガリ』2巻。
 「現世での108日間で108の『罪』を集めてくること」という「シバリ」がまだ物語に緊張感をもたらすには至っていない。内容的には1巻の拡大再生産で、もう少し新しい展開が出てきてもいいように思う。

 蛭田達也『新コータローまかりとおる! 柔道編』27巻(完結)。
 長かった『コータロー』シリーズもついに終わり……じゃないんだよな。まだコータローの両親出て来てないし、次からは『最終章』だそうな。通巻するとやっぱり百巻越えるんだよな。……でもそれだけ続いていてもマンガのレベルが落ちてないからすごいもんだ。
 今回のオチもなかなか粋である。コータローが面白いのは、ギャグなようでいて意外と本格的な格闘マンガであるからってことや、キャラクターの魅力など色々挙げられようが、ひとえにコータローが「粋」だからだ。
 ……でもここまでキャラ増やしたら、最終章、収拾つかなくならんかなあ。

 CSでぼんやり長谷川一夫の『源氏物語』見ていたら、音楽がまたまた伊福部昭で、馬の早駆けのシーンに『怪獣大戦争』マーチがかかっていた。……伊福部音楽は神格化されつつあるが、あの人、こういういい加減な仕事も数多くしているのである。ちょっとどうかと思うけどねえ。
 


2001年03月19日(月) 文句ばっかり言いたかないけど/映画『ONE PIECE 〜ねじまき島の冒険〜』ほか

 朝方、『アニメージュ』と『NEWTYPE』の4月号をやっと一通り読み終わる。今回、読みたい記事が多くて、読み通すのに時間がかかってしまったのだ。……って、朝っぱらからアニメ誌読んでる中年って、そう多くないだろうな。

 まずは『アニメージュ』の記事から。

 『千と千尋の神隠し』、声優がようやく決まったが、主役の二人は子役なのでよく知らない。脇を声優以外で固めるのももう定番で、沢口靖子に内藤剛志とはまたどこで宮崎さんの琴線に引っかかってきたのやら。宮崎さんの役者の起用の仕方に私は基本的に反対ではないので(俳優と声優を分けて考えること自体ナンセンスなのである)、これはどう化けるか期待は大。『ゴジラ』に『ビオランテ』、果ては『竹取物語』で悪評紛々たる沢口靖子だが、演技的に云々できる映画に出ているわけじゃないから、評価は今度が正念場ってところではないかな。

 『山本麻里安のうぷぷん訪問記』(なんちゅータイトルじゃ)、ジブリの高橋先輩のインタビュー。うわあ、ひさしぷりに顔見たけど老けないなあ、先輩。私のほうが年下だなんて顔だけ見たら信じられないよな。
 ご自身の仕事ぶりについて、「アニメーション全般が好きだったわけではない」とか「流されて適当にやってた」とか、やたらと謙遜されているが、どの口でそれを言うか(^_^;)。高校時代、SFとアニメを熱く語り「未来は君に託した」とかテキトーなことを言って私をオタク道に突き進ませたのはこの人のせいだと言うのに。第一今回の記事でも「頭にくるのは、アニメーションをまだ子供だけのものだとか思ってる人が多い」と本気で怒ってるのである。
 全然、「雀百まで」でないの。早口で捲くし立てるあの口調まで聞こえてくるわ。
 前に電話でお話ししたのはもう『平成狸合戦ぽんぽこ』の頃である。今度上京することでもあるし、お会いできないもんだろうか。『千尋』の追い込み時期だろうし、難しいだろうけど。

 『フリクリ』、いよいよ最終巻発売ということで、今まであまりたいした評判も聞こえてこなかったのが、大森望がエッセイで誉めている。「SF的な日常をマジックリアリズム的に受け入れて、その中で生きる人間たちのドタバタを描くっていうのが現代SFの主流になりつつあるんじゃないか」っていう意見には今更何言ってんだって気はするけど。
 『パトレイバー』で太田が「レイバーがどうやって動いてるか分るか?」と言ってたが、いつの時代であろうと、個人にとって世界のあらゆるモノはその全てを把握することの不可能なSF的存在なのである。だからよく考えるとその「すこしふしぎ」な日常を切り取ってドタバタさせて見せる手法、四十年以上前から藤子・F・不二雄がやってるでないの。『フリクリ』が『ドラえもん』の構造に極めて近いことに気がついてないのかね。
 監督の鶴巻和也は今号のインタビューで「『フリクリ』ではSFを断念した」と語ってるが、それは「サイエンス・フィクション」としてのSFではないということだろう。とうの昔にそんな狭い概念のSFは滅んでいるので、もちろん『フリクリ』をSFと呼ぶことに私は一切躊躇しないのである。
 
 『NEWTYPE』の記事から。

 りんたろう(いつの間にか間のナカグロはつかなくなったみたいね)の『メトロポリス』も声優が決定。ティマ(手塚原作のミッチィにあたる)役の井元由香って『オードリー』に出てるらしいが、よく知らない。ケンイチとロックも若手の歌手ということで、このあたりは実際に演技を見てみないと出来の予想もしようがない。脇はやっばりベテラン声優陣で、ロートン博士が滝口順平(絵は手塚原作にもモデルのチャールズ・ロートンにも似てないぞ。なぜだ)。レッド公が石田太郎。ヒゲオヤジはこの人でなくっちゃの富田耕生(熊倉一雄や大塚周夫より私は好きだ)。
 実のところ、このトシになってくると、映画に対してワクワク期待するという気持ちは昔ほどにはない。本当の名作、本当の傑作なんてものがそうそう生み出されるものではないということが見えてくるからだ。ではなぜ命を削る思いまでして映画館に足を運び、アニメやマンガに入れこみ、果ては自分で脚本を書いて芝居を打ったりするかって言うと、余りにもこの日本でタテのつながりが途絶えているからだ。大人はなぜアニメを見ないか。子供はなぜ過去の名作映画を見ないか。自分の狭い価値観の中だけで汲々として、他者を顧みる余裕も、その価値観を認める努力も怠っているからである。
 手塚治虫の『メトロポリス』の映像化に私が惹かれるのは、単純に言えばその世代間の断絶をSFが埋められる可能性を持っていると信じているからだ。SFがただの未来予測小説などではなく、半世紀を経てもなお現実のアンチテーゼとして機能し得るものならば、大人と子供の感動は一つになろう。

 庵野秀明と本広克行の対談、「21世紀になって毎日が未来」って庵野さんの発言、言ってる意味は分らなくはないが、それって自分の想像力の枯渇を表明してるのと同じだぞ。やばいなあ。
 でも日本のSFがハリウッドのSFが勝てない理由が、予算の多寡のせいなどではなく、「法律」の違いだと切って捨てるあたりは、いかにも憤懣やるかたないという感じである。この怒りのエネルギーがある限り、庵野さん、次作も面白いものを作ってくれることであろう。
 でも『アストロ球団』映画化はやめたほうがよかないかな(『トップをねらえ!』で「ジャコビニ流星アタック!」のもとネタが『アストロ』だと気づいたやつがどれだけいるんだ)。私は見るだろうけど。

 4月からの新番組もそろそろ情報が出揃ってくる。
 少女マンガ系で出来のいいのは滅多にないが『コメットさん☆』は悪い予感が当たってキャラデザインが今風にリニューアル。声優に前田亜季使ったって見る気にゃなれんな。『ARMS』、『逮捕しちゃうぞ』も福岡じゃやらないみたい。
 タツノコの『ソウルテイカー』がどの程度かってところだろうか。
 どっちにしろひととおりは録画してあとで見返して保存するものを決めよう。
 特撮では『鉄甲機ミカヅキ』の放映が決まったみたいだが、深夜らしいし、気をつけないと見逃しちまうな。
 『ウルトラマンコスモス』のテレビシリーズは劇場版の続き、という形になるらしい。となると早くて夏ごろかな。旧ウルトラシリーズに関わった恐らく最後の監督、飯島敏弘氏の脚本監督作である。これは期待しないほうが無理ってものでしょう。


 休日前の最後のお仕事。これからしばらく会議は増えるが仕事自体は楽になる。ホームページの原稿なんかも少しは捗るかな。
 今日も帰りにマクドナルドで「てりたまバーガースーパーバリューセット」を女房に買ってやる。昨日は二つ買ったてりたまを両方女房にやったので、今日は私もてりたまを食べる。この程度なら自分で作っても作れないことはなさそうだが、ハンバーガー(サンドイッチも)を自分で作る、という習慣自体、もう日本からは消えつつあるのではなかろうか。
 ……女房の作ってくれたオニギリやサンドイッチぱくついて、花見とかピクニックしてえんだけどなあ。あまり味に期待できないもんなあ。


 女房は夜から仕事だが、せっかく明日が休みでもあるし、意を決して一人で『2001春東映アニメフェア』を見に行く。
 一人で行くよ、と言うと、「自分だけ」と文句をつける。だったらなぜこの間一緒に行かなかったのか。
 拗ねる女房をあとに残し、キャナルシティへ。結婚以来十年、一人で映画を観に行くのは多分初めてである。でも女房は女房で、こないだ一人で『二人の男と一人の女』見に行きゃあがったんだからおあいこだよな。
 こういうすれ違いが二人の間にヒビを入れていくのである。離婚は近い。多分百年後には確実に二人は一緒にいないであろう。
 9時の回を覗こうとしたら、チケット売り場にメガネにデブで髪を櫛でといた形跡もないいかにもオタク風な連中がたむろしている。……って私も同類だ(T_T)。
 もしやこいつらも『アニメフェア』を? と思ったが、買っていったチケットは『ギャラクシー・クエスト』であった。これは女房も見たがっていたので、今日行ってきたと知れたらますます拗ねられるので、近いうちに改めて二人で来よう。

 しかし『東映まんがまつり』の頃は、五本立て、六本立てがザラで、三時間以上たっぷり楽しめたのに、今は堪え性のないガキンチョが増えたか、三本で二時間だ。でも9時過ぎなので会場にお子さまの姿はなし。それどころか全部で十人くらいしかいないがみんなカップルだ。
 ……こんなことなら女房と二人で来れる時に見に行きゃよかった。でもデートするのに寄りに寄って『アニメフェア』を選ぶとは、日本もまだまだ捨てたものではない。

 『ジャンゴのダンスカーニバル』、あれれ、てっきり原作の表紙をアニメ化するのかと思ったら、ちょっと設定借りただけで殆どオリジナル。でもこれが実にいい出来。
 ロトスコープを使わずにダンスをアニメートできる技術は日本アニメの真骨頂。ミュージカルアニメが少なくなってきた中、短いながらもこれは貴重な一本だ。尾田栄一郎の絵って、等身がはっきりしているのでダンスさせるのに向いてたんだと発見。「いやあ、ナミさんセクシー(はあと)」とサンジ風に(^^)。
 もともと東映動画って、『白蛇伝』以来一貫してミュージカルアニメを作って来たんだから、こういうの毎回やってもいいくらいなんだよな。デジタル技術による空間の描写が実写には出来ない奥行きとスピード感を演出している。

 『デジモンアドベンチャー02 ディアボロモンの逆襲』、オープニングがラヴェルの『ボレロ』で始まるのは一作目からのヒキだな。この辺の細かい演出は当然ファンサービスの意味もあるわけだが、うまく合わせることが出来ればこの『ボレロ』って曲、実に使い出があるのである。
 あまり熱心に『デジモン』を見ていなかった頃は、『ポケモン』のバチモンかと思っていたのだが、映画を三作続けて見て思ったのは、これは『ポケモン』との関連性は全くなく、どちらかと言えば『エヴァンゲリオン』の系譜に連なるものだということだ。
 デジタルワールドからのデジモンの侵略、それを迎え撃つ「選ばれし子供たち」という設定、何より「怪獣対決」の舞台設定と画面演出が特撮を範とした『エヴァ』の系列の流れにあるのだ。
 前作が「デジモンの憎しみと悲しみの内面世界」を舞台にしてしまった(この辺も『エヴァ』だな)ために、どうにもカタルシスを得られない展開になってしまったのに対し、今回は敵のディアボロモンを絶対悪として設定している。だから純粋に怪獣対決を楽しめるのだ。
 アニメによる怪獣対決を描くのは無理かなあ、という常識を打ち破ってくれたのが『エヴァ』だとすれば、それを『デジモン』は更に進化させていると言ってよい。その迫力は『ゴジラ×メガギラス』を軽く凌駕している。
 毎回大人が全く出て来ない(だからデジモンを倒すために自衛隊が出動したりもしない)点を不自然に思う向きもあろうが、それは敵となるデジモンの存在自体が「大人」の象徴であるからに他ならない。物語の構造自体は謎が多いようでいて実は単純なのだ。……そういう点も、「使徒」を倒さなければ大人になれなかったシンジくんとよく似ているなあ。
 いやあ、映画はやっぱり予断でバカにしたりしないで、自分の目で見てみるものだなあ。

 『ONE PIECE 〜ねじまき島の冒険〜』、うわあ、五対五の対決モノ、やんなきゃいいのにやりゃあがった。「ジャンプまんがの王道なんだからいいじゃん」という反論はこの場合当たらない。これで『ONE PIECE』が、サンデーの『うっちゃれ五所瓦』の完全な盗作になっちゃったからまずいのである。設定が似てるってだけなら野球マンガは全部『ちかいの魔球』のパクリかってことになるし、あまり目くじら立てたくはないんだけど、ゾロに「俺は二度と負けねえ」と言わしちゃ絶対にいけない。シチュエーションとセリフまで同じだと言い逃れが効かないのだ。
 原作の第一話は本当によかったのになあ。なぜあのまま素直に冒険ものにできないのか。敵のキャラクターは、悪魔の実を食べて物理的に強くなってるだけだから、ルフィたちが一旦敗れても、どうせすぐに巻き返せるさ、という程度のやつらにしか見えない。……その辺を豪華な声優陣でゴマかしてるけど、ゴマかしきれるものじゃない(声優は本当に贅沢だよなあ。玄田哲章・林原めぐみ・青野武・田の中勇・島本須美だぜ!)。
 本当の敵とは、心と心がぶつかり合うものだ。……子供にそんな難しいことは分るまい、なんていうやつは『太陽の王子ホルスの大冒険』を見たこともないんだろうな。もともとルフィってのはホルスみたいなキャラクターに成長する予定じゃなかったのか。強くなるということが誰かの犠牲の上に成り立つものであってはならないと決意した少年ではなかったのか。最近のルフィって、ただ怒りにまかせて乱暴振るってるバカにしか見えないのが辛いのだ。
 でもこの映画がつまんないかっていったらそんなことはないからかえって困るのである。
 途中までは物語の説明でややもたついていたが、ねじまき島に潜入してからのアクションは力技の迫力で見せてくれる。敵の城の螺旋階段ぶち壊して駆け登っていくわ、釣り天井を持ち上げ屋根をぶちぬいて一気に頂上を目指すわ、挙句はゴムゴムで砲弾を跳ね返して島全体を崩壊させるわ、おまえらみんなダーティペアか(・・;)。
 でも面白くっても感動はない。初めからそういう『Dr.スランプ』的な迫力を求めるだけのマンガならいいんだけどね。『ONE PIECE』が目指してたのはそういう方向じゃなかったと思うんだが。
 もういい加減シャンクスと再会させてほしいなあ。そうでないとルフィはいつまで経ってもバカなままだ。連載もどんどんつまんなくなるし、『きん肉マン』や『ドラゴンボール』と同じ運命を辿るぞ。

 予告編で見たが次の『アニメフェア』は『きん肉マン2世』をやるらしい。また旧シリーズのようなヘタレアニメになるならご免被りたいが。



↑エンピツ投票ボタン
日記の表紙へ昨日の日記明日の日記

☆劇団メンバー日記リンク☆


藤原敬之(ふじわら・けいし)