無責任賛歌
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| 2001年03月03日(土) |
オトナの会話/アニメ『サウスパーク・CHINPOKOMON』 |
雛祭りってえことで、ニュースじゃどこそこの雛人形展示会だの変わり雛だのが紹介されてるが、もちろん雛人形の元ネタは天皇皇后両陛下である。意外とこのこと気がつかれてないのな、歌にもちゃんと「お内裏さまとお雛さま〜」と歌われてるのに(この歌詞も厳密に言やあ、「全部お雛さまじゃん」というツッコミはできるが)。だから典礼のときの衣冠束帯姿を見て、「わあ、お雛さまみたい!」と抜かしよるやつばらがおるが、実は本末転倒だったりする。 ましてや「キティちゃんの変わり雛」などは、カケマクモカシコクモすめらみことを口ナシのケダモノごときになぞらえるとは怪しからん……と誰も怒らんのはなぜなのかね。 また逆に天皇制反対を唱えてる連中の家でも、多分雛祭りやってるとこはきっと多いぞ。その辺の矛盾は心の中でどう折り合いをつけてるのかな。 その辺のテキトーさ加減がイデオロギーに凝り固まった連中を好きになれない理由だったりするのだ。 だいたい雛祭りが女の子の節句だなんていつ誰が決めた。もともと桃の節句ってことじゃないのか。 ……ぐすぐす。なんで男は雛祭りを祝っちゃいけないんだよう。女の子に誘われなきゃ男はひしもちだって食えないし、女の子に白酒だって振舞ってもらえないし、「も゛も゛くりー、さんーね゛ーんー、かきーはーちーね゛ーん」といっしょに歌ったりかくれんぼしたり、ときかけったりすることだってできないんだよう。 ……すみません、青春をどこかに置き忘れてきた寂しい男の愚痴でした。ううううう(T_T)。
仕事から帰宅すると女房が居間で寝ている。何だか寝室にたどりつくことも出来ずにぶっ倒れて寝ちまったっていう印象だが、実際その通りだったようだ。 「ずっと寝てたのか?」 「いや、さっき寝たばかり。殆ど寝てない」 夕べパソコンゲームを始めたら熱中して寝つけなくなり、さらにDVDで『六番目の小夜子』を見ていたら夜が明けたそうである。 昼は昼でウチに藤田君、其ノ他君に鴉丸さんが来て、眠れなかったとか。 土曜にもかかわらず、私は終日お仕事をしていたというのに、そのあいだ、いろいろ遊んでやがったのだな、こいつは。 ……遊びにというのは語弊があるかな。ホームページに載せる写真の撮影や次の脚本のネタの検討などをしていたそうだから。
鴉丸さん、小林泰三の『玩具修理者』を持参。次回作はこんなのをやりたいらしい。ウチにもこの本、ちゃんとあるのに、これも女房がどこかにやっちまってるので、現物を見せに来たもの。 ……しかしこれを役者でやるのは難しいよなあ。作中、人形が出てくるシーンがあるのだが、人形を演じられる最高の役者は当然人形そのものだ。役者に人形を演技させるのには、相当な演出の工夫が必要になる。おーい、次の演出、誰がやるんだあ? 私もシノプシス早いとこ書かないとなあ。
女房、半月遅れではあるが藤田君にバレンタインチョコをあげたらしい。もしかしてまたあのブロックチョコか? 其ノ他君もホームページの日記に書いていたが、味がどうのという以前に、食うこと自体、労力を要するものらしいのである。……一回、鍋かなんかで溶かして型に入れ直して食った方がいいんじゃないのか。受け取った本人はすごく喜んでたそうなので、苦労してでも食うんじゃないかとは思うが。
岡田斗司夫さんの『OTAKING SPACE PORT』のオタク日記1月24日に、青木光恵さんのピンナップ・カレンダーが紹介されてある。 女の子がいろんな衣装・スタイルでポーズを取る中、いったいどれが岡田さんの一番好みか当てて見せよう、というのである。「もうね、男はみんな同じ子を指名するんですよ!」と挑戦され、岡田さん、いきりたって「これ!」というのだが見事に撃沈(^^)。「ははは、男の好み、みんないーっしょ!」と青木さんにからかわれて、岡田さん、悔しがること悔しがること。 今から覗いて見ようと思われる方のために、それがどんなキャラか説明するのは省くが、私も「岡田さんなら、いや、たいていの男はこのキャラを選ぶだろうなあ」と言うのがすぐに見当がつく。『ぼくたちの洗脳社会』を書いた岡田さんにして、既にステロタイプな「理想の女」像を刷り込まれてしまっているのである。 しかし、洗脳されることが悪いと言いたいわけではない。意地の悪い人間なら自分の好みをはずしてでも、別のキャラを選ぶところを、見事にハマったというのはそれだけ岡田さんが「素直」だということなのだ。 と言うか、男は一度刷りこまれた自分の女性の好みについては、なかなかウソがつけないものなのである。なぜなら、男は結局(特に日本人は)、女の中に母を見ることしか出来ないように、社会的に躾られてきているからだ。息子に厳しい母も、息子を溺愛する母も、息子を放任する母も、実は息子との心理的距離は全て密接につながっている。マザコンはいうまでもなく、亭主関白に見せかけてる男だって、ありゃあ女から自立したい男の反作用でしかない。結局は母の呪縛からは逃れられていないのだ。 「男の趣味は全て一緒」。至言だが言われりゃ確かに悔しいわな。自分がガキだって言われてるのと同じだから。 従って、男が抱く理想の女性像は、男にとって多分に都合のいい「幻想」にすぎない。現実の女性にとっては、別に相方に息子を求めてるわけでもなんでもないので、そういった男の存在自体が非常に迷惑になったりもするのである。世間の夫婦間の齟齬はそういうところに原因があったりするのだよなあ。 ちなみに私は性格が悪いので、青木さんのイラストを見て、ほぼ全ての男が好むであろうキャラをはずし、別のを選んだ。私にマザコン的傾向がないのではないが、同時に私に女性的な傾向があるためでもある(オカマってことじゃないぞ)。男にしては例外的な部類になろう。 ……実は私は、現実の女性に関しても、今まで全て、普通の男が好むタイプをはずしてきたのだ。で、ヒネクレモノの選択がいかなる結果を呼んだか。 それは、我が家の家庭生活をチラとでもご覧になった方ならば説明の必要もあるまい。保守的でない男になるには、相当な覚悟が要るのだよ、諸君(って誰や)。
夜、ダーリンのオデッセイで送ってもらって、エロの冒険者さんのお宅に、『サウスパーク・チンポコモン』を見にご訪問。 女房、エロさんにもブロックチョコをプレゼントするが、どこまで犠牲者を増やそうというのか。さすがに少しは反省したのかノコギリ付きで渡したらしいが。……ノコギリ使わないと食えないチョコって、既にチョコでない気もするが。 メンツが揃うまで時間があったので、塩浦夫妻、エロさんに「犬が飼える鹿児島本線沿いの家がないか」などと聞いている。 「犬ってどんな犬?」 「こんな小さいの」 って、手のひらひとつ見せられても、手乗り犬なんていないぞ。塩浦さんは待ってるあいだしょっちゅう体を左右に揺らしていて、ダーリンから頭を抑えられていたが、脳が攪拌されないのだろうか。 8時半ごろ、ぴんでんさん、ロデム君も来られていよいよ上映会。 「チンポコモン」って原音でも「チンポコモン」って言うのかな、と疑問に思っていたが、本当にその通りであった。 いちいち数えたわけではないが、恐らくテレビ史上、「チンポコ」という単語が最も多く発せられた番組であることは間違いあるまい。ほぼ5秒起きくらいに「チンポコ」「チンポコ」と繰り返されていたので、しまいには頭の中が「チンポコ」だらけになりそうだった。……って、そういうネタの話なんだよな、これ。 「チンポコモンするぞチンポコモンするぞチンポコモンするぞチンポコモンするぞ」……やりすぎてケニーがテ○カ○起こすあたり、例のポケモン騒動との関連もあるが、オウム真理教のイメージも重なってる気がするなあ。 テレビの中に登場する「チンポコモン」アニメが、「似てるけどニセモノなのでちょっと違う」という感じのヘタレた絵柄なのがいい。ピカチュウモドキもニャースモドキもそれとすぐ分るし。『鉄腕アトム』以来、「日本製のテレビアニメは出来が悪い」というのは向こうの共通イメージなのかな。アメリカ製アニメだって相当粗製濫造であるとは思うが。 日本でこいつが放送禁止になっちゃうってのは、やはりシャレにならん点が多いからかな。ヒロヒト社長の陰謀で、日本のおもちゃ会社が、一見土下座外交をしてみせながら、内心アメリカに対しての復讐を狙ってるって設定、たいていの日本人は笑ってられることだが、一部、図星さされたと思って本気で腹立てる右や左のダンナさまは確実においでになるからである。 いや、案外「日本人のぺ○スは小さい」というセリフに過剰反応するかもな、あいつらは。「思想信条の自由は認めるが、俗悪なのは許せない」とか論点ワザとずらしてな(^^)。 日本人のに比して、アメリカ人の「ペ○ス」は、ビッグでラージでガルガンチュアなのだそうである。「ガルガンチュア」と聞くとどうしてもオタクは『ザ・ウォー・オブ・ザ・ガルガンチュア』(『フランケンシュタインの怪獣 サンダ対ガイラ』の米タイトル)を思い出してしまうが、元々は中世の伝説上の巨人の名前である。日本人がなんでそんな単語知ってんだって感じだが、これはどっちかって言うとRPGなんかのゲームに出てくるキャラクターあたりをイメージしてるんだろうな。いちいち芸が細かいことではある。
エロの冒険者さま、滅多に見られないものを鑑賞させて頂いて、更には『怪獣ウラン』のDVDまでお貸し頂いて、ありがとうございました。今度は『カニバル・ザ・ミュージカル』の上映会をよろしくお願いします。
上映会のあと、高宮の「東洋ショー」という焼肉屋で2次会。 なぜか店内に浜崎あゆみのサインが飾ってある。この辺の出身だったかな。 肉をつつきながら、オタク話のはずが気がついたらエロ話に移行していくのが、オトナのアソビゴコロというものであろうか。 女房は初めてソープランドのスケベイスの使い方を教えてもらって感心していた。私も生まれてこのかたソープランドというところには行ったことがないので、教えようにも教えようがなかったしなあ。……ってテメエの女房にソープについて解説する夫ってのもいなかろうが。……いるかな? 特撮番組の話題を延々としていく内に、昔のヘタレた番組も無性に見返したくなる。『宇宙猿人ゴリ』や『快傑ライオン丸』もCSあたりで再放送してくれんかなあ。
帰りもダーリンカーで送ってもらって、まだ塩浦さんが見ていない分の『サウスパーク』のDVDと、『妖怪百物語』と『東海道お化け道中』をお貸しする。この大映の妖怪シリーズ、二作目の『妖怪大戦争』だけ店頭になくて買い損ねていたが、これが日本妖怪対西洋妖怪の対決という純然たる娯楽作である。関西弁の「油すまし」が好きだったなあ。どこかの中古DVD屋を回って探してみようかな。 さすがにぶっくたびれていて、日記を書く元気もなく寝る。明日は出来るだけ書物を片付けていこう。
| 2001年03月02日(金) |
あっいぃ、うー、えぇおー♪/『ドラゴン株式会社』(新谷かおる)ほか |
ふにゃー。 気がついたら午前様だ。 昨日、ゆっくり眠ろうと決意したのに今日またなぜこんなことになってしまったのかというとまた女房のせいである。 先日買ったばかりの『唐沢俊一のキッチュの花園』、女房がどこかに片付けていて場所が分らない。場所を聞いて探してみるがない。 「多分その椅子の上にあったと思うんだけど」 「なかったよ。それに椅子の上にあったのならテーブルの上に片付けたよ」 「片付けたつもりでどこか別の場所にポンと置いたんじゃないか?」 「いや、その山の中以外には片付けてない」 そう言われても現実にないものはないので、女房の言葉を信用せずに別の場所を探してみると、やっぱりビデオの山の陰に無造作に押しこんであるのを発見。 「ほら、別んとこにあったじゃないか」 「通り道に置いといたから邪魔でどけたんだよ! 第一椅子の上じゃないじゃん」 「椅子の上じゃなくても片付けたのはお前じゃないか。どこにやったか忘れるんなら片付けにならん!」 延々会話を書くのもバカらしいので省略するが、実に不毛な喧嘩が12時過ぎまで続いたのだ。 だから記憶力もないのに片付けはするなと日頃言ってるのに。 元々私は結婚する前、本棚だけはキレイに作者別に整理していたのである。ところが女房は本を勝手に取り出したあと、絶対に片付けない。そこいらに放りっぱなしである。新刊を買って来ても勝手にどこかに持って行って適当なところに押し込むということを繰り返すので、買ったばかりの本が読めなくなり、整理も全然出来なくなってしまったのだ。 「私だって、ちゃんと片付けたいんだけど、本が多過ぎて無理なんだもん!」 とは女房のいいわけ。 まあ、女房の処理能力を超える蔵書数であるには違いないが、かと言って普通のオタクに比べりゃ多いと言うほどでもない。 女房に本の整理が出来ないのは、実は本の量に原因があるわけではないことを私は知っているのだ。 私は本をたいてい作者別、アイウエオ順に並べているのだが、女房はその「アイウエオ順」が分らないのだ。 ……学校はやはりマジメに行っておいた方がいいよなあ(-_-;)。
続きはまた明日。
……と書いておいたら、女房が、「一日の日記を二回に分けて書いたら、下のほうのに気がつかない人も出るんじゃない?」と言われた。 その可能性もないことはないが、かと言って、次の日の日付のところに、前日の内容を書きこんでも混乱すると思うのである。 まあ、この日記を熱心に読んで下さっている方々なら、翌日に量が増えることもあるということは先刻ご承知だろうから、それほど気にせずともよいであろう。
マンガ、新谷かおる『ドラゴン株式会社』読む。 今はなき『少年キャプテン』に廃刊号まで連載されていたもの……と言っても、全6話しかない(^_^;)。 どこぞのインタビューで作者がこんなことを語っていた。 「傾きかけた雑誌があると、起死回生の手段として『ひとつ連載を』と依頼されることが多いんですよ」 これも今はなき『少年ビッグコミック』がジリ貧状態にあった時、名作『エリア88』が文字通り救世主となったことは周知の事実。恐らく『キャプテン』もそれを狙っていたのだろうが、いかんせん、『エリア』と『ドラゴン』とでは、その作品レベルが天と地ほども違う。 言っちゃあなんだが、新谷さんのマンガは作品によっての出来不出来の差がありすぎるのだ。『ドラゴン』は人口過密による異次元への移住、という設定そのものは悪くないが、そこに中世の剣と魔法のファンタジー世界を構築するという発想があまりにありきたり過ぎる。主役三人娘のキャラクター造形も、ドジっ子としっかりものとトラブルメーカーとって『なんてっ探偵アイドル』なみの陳腐さ。これで人気をとろうってのはちょっと客をナメちゃいないか。 末期の『キャプテン』は読者ターゲットとしてのオタク層を角川の『少年エース』に奪われた形で失速して行ったが、「オタクはファンタジーに釣られる」みたいな安易な発想が却って命を縮める結果になったように思えてならない。 でも、廃刊間際の雑誌って、たいてい「なに考えてんだ」的なヤケのやんぱち企画が連載されること多いんだよな。『少年キング』の『風雲輪投げ野郎』とか。
和田誠・三谷幸喜『それはまた別の話』読む。 以前『キネマ旬報』に連載されて単行本化された、お二人の映画についての対談が、文春文庫に収められたもの。これはきっと文庫になる! と、単行本を買わずに我慢してたかいがあった。 基本的に映画評の類は、自分が見たことのある映画についてしか読まないようにしているので、12本の映画のうち、読んだのは半分の6本である。 でも卑しくも映画ファンを自認してる男が、『アパートの鍵貸します』や『恐怖の報酬』をまだ見てないってのは恥以外のなにものでもないなあ。 だからあまり大きな口は本来たたけない、たたいてはいけないものだとは思うのだが、『トイ・ストーリー』についてお二人がしきりに「今までのディズニーっぽくないアニメ」「ディズニーにしては珍しく主人公が人間臭い」「歌の中にストーリーの説明があるのもディズニーらしくない」とか言っているのが気になって仕方がない。 あれは提供はディズニーだけど、制作はピクサーなんで、厳密に言えばディズニーアニメとは言えないのだ。あれをディズニーアニメと言っていいんだったら『となりの山田君』だってディズニーアニメになるぞ。あれを「ディズニーにしては珍しく日本人の家族を主人公にしている」なんて言うか? 三谷さんはともかく、和田誠さんは広島アニフェスにも参加してたし、ピクサーのアニメについては知っててもおかしくないはずなんだけどなあ。連載中もおかしいなあと思っていたが、誰も訂正しようとしなかったのかなあ。 森卓也、何してたんだ。
女房と口げんかしてしまったので、せっかく一緒に食べようと買ってきたチーズパン6個入りひと袋を、自分一人で食い尽くす。おかげで腹が苦しいまま寝る。時計を見ると午前2時。明日は仕事が早いので、どう考えても4時間しか眠れない。私の睡眠時間を返せ……って、適当なところで喧嘩を打ち切っちゃえばよかったんだがなあ。下らんことで喧嘩をするなという喧嘩をしてしまうことほど下らんことはない。
| 2001年03月01日(木) |
ダブルマインド/『ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッド』(上遠野浩平) |
わはあい、3月だあ。ヽ(^o^)丿 「弥生」って聞いただけで、急に冬から春に変わったような気になるのだから、人間の感覚なんていい加減なものである。昨日と今日とで何が変わったというのだ。朝から外はそぼ降る雨、世間じゃ風邪も大流行りだってのに。 「弥生」の語源は、「いや・おい」が縮まったものだという説がある。「いや」ってのは「やあ」とか「おお」とかいう掛け声と同じね。いわゆる感動詞。「おい」ってのは字のごとく新芽が生えてくること。だから「やあ、春になって草も萌え萌え〜!」ってのが「弥生」って言葉の元々の意味だってことだ。 ……誰が言い出したか分らんが、一人くらい「別の言葉にしようよ」って止める奴ぁいなかったのか。
ここしばらく変な夢を見ているらしいのだが起きてしばらくすると忘れている。ただ、私が夢の中では全く別の環境のもとで全くの別人として生活していたことだけは覚えている。 だから、目が覚めたばかりの半睡半醒状態の時は、自分を取り戻すのに少し時間がかかってしまう。 そう言えば、2、3歳の頃、私の記憶している最も古い思い出は、目が覚めた途端、目の前に「畳の目」があって、自分がうつ伏せになって寝ていたことに気づき、「ああ、やっとこの世に戻れた!」と安堵し、周囲にいる大人たちを見て、「あれがボクの新しいお父さん、お母さんなのだな」と確認した、というものだった。 ……こういうこと話すと、いかにも私がリインカーネーションとかオカルトなことを信じているように聞こえるかもしれないが、残念ながらこの体に入りこむ以前のことは全く覚えていない。 もしかして、夢の中のもう一人の私は、2歳以前にこの体の中にいたもともとの私のあるべき未来の姿だったのかも……って、うまくこねくり回したら何とかSFにならんかな、このネタ。 それはそれとして、夢の中でこうしょっちゅう別人になっていて、しかもそのときは起きてるときの記憶が全くない、そして反対に起きてるときは寝てるときの記憶がない、というのはちょっと多重人格症に似てないか。 日本人に乖離性人格障害は滅多に見られない、いや、そもそもそんな病気はない、なんて言ってる医者もいるようだが、ひとつ頭のネジがはずれて、この夢の中の私を私がホンモノの自分だと思いこんだとしたら、それはどう診断されちゃうのだろうか。 全部一緒くたに関係妄想とかの中に組みこまれるのかなあ。それともただのボケか? どっちにしろ、トシを取ればヒトのココロは自然に壊れていくのである。それが人間というものの正体だとすれば、「自分」に固執することは所詮無駄な努力ということになる。 いっそのこと、全国民が、ある一定期間、A山B男として暮らしたら、次の日からはC田D太郎にならねばならないって制度ができたら、気分も変わっていいような気がするがどうだろう。人格そのものが変わることにみんなが慣れていけば、「あんなおとなしそうな人がどうしちゃったんだろう」とか「あなたがこんな人だとは思わなかった」なんてショックを受けることも少なくなると思うぞ。……自分の奥さんが、姿形は変わらないのに、次の日からマリリン・モンローになったりしたら楽しいかな。でへへ(~∪~)。 ああ、これもちょっと捻るとSFになりそう……。
今日は映画の日でしかも仕事も半ドン。昨日から晴れたら映画に行こうと女房と話していたのだが生憎の雨。 私一人なら雨くらいで映画に行くのを諦めたりはしないのだが、徹底的な雨嫌いの女房は、バス停に行くのに傘を差すのすら億劫がるのである。歩いて1分の距離なのに。 でも夜には仕事もあることだし(今日は遅くて午前様になるそうだ)、無理強いするのも悪いかと諦める。 何だか今年は去年に比べて映画に行く日が減りそうだなあ。
キネ旬ムック『動画王』12号、特集は石森キャラクターズと題して、『人造人間キカイダー THE ANIMATION 』、『仮面ライダーアギト』などを取り上げている。 石森プロの早瀬マサトさんのインタビューによれば、『キカイダー』も『アギト』も、故・石森さんの意向を組んで、ハイターゲットを狙っている、とのこと。その出来が本当に大人向けになっているかどうかの批評は別として、昔の明るく楽しい『ライダー』や『キカイダー』をスタッフが作ろうとしているわけではない、ということは前提として理解しておかねばならないのではないか。 高いところに立ってギターを鳴らしているジローや、変身ポーズを取るライダーが登場しなくても、元々原作にそんなシーンはないのだし、スタッフだって今更ただのリメイクを作りたいわけではあるまい。昔の特撮版が懐かしいなら、ビデオ屋で昔のを借りてきて見ればよいのである。 あとは『サイボーグ009』の完結編と、アニメ版が実現してくれることを望む。石森プロがこれだけ力を入れていいものを作っているのだから、そうそうひどいものにはならないと信じる。
上遠野浩平『ブギーポップ・パラドックス ハートレス・レッド』、しばらく『虚空牙』シリーズばかり書いていた上遠野さん、久々のブギーポップシリーズである。 一作ごとにほかの作品とのリンクが楽しいこのシリーズ、今回はまた少し時代が遡って、第一作『ブギーポップは笑わない』の半年前。 だからこれまでの作品で最後はアレになってしまった辻希美や穂波顕子、水乃星透子なんかも登場してくるのだが、何より新登場かつ今回の主人公、九連内朱巳のキャラクターがよい。なんと言っても、ついに登場した霧間凪のライバルである。したたかと言うか、野放図と言うか、天性の詐欺師で、しかし女の子であるってとこがニクイ。 私が詐欺師とか怪盗とかの登場するピカレスクロマンが好きなのは、主人公たちの人格が簡単にひと括り出来るような単純なものではなく、常に矛盾を抱えているからである。 断言しちゃうが現実の女は基本的に詐欺師であって、自分のウソをウソだなんて認識しちゃいない。なのにフィクションに出てくる女って、たいてい純真なんだよね。それでなきゃロマンにならないってのは、薄っぺらなもんしか書いてないやつの言い訳だ。他人をだますことも自分をだますことも得意な女を描けて初めてそれはロマンになり得る。 それにしても、「炎の魔女」の由来があんなことだったとは……上遠野さん、自分の作ったキャラクターを弄んで楽しんでるなあ。 いろんな意味で『ブギーポップ・パラドックス』というタイトルの持つ意味が楽しい本作でありました。
実はよく分ってないのだが、今日からパソコンの接続が「ふれっつのあいえぬでいえぬ」とかいうモノになったんだそうである。 女房が「これでどれだけ使っても料金は変わらないよ」と言う。1時間で五千円ポッキリとか、そういう類のものなのだろうか。たいていそういう惹句はガセであることが多いが大丈夫なのかな。 思うに「ふれっつ」というのはチョコプリッツかフレッシュコーンの親戚であろう。音が似ている。食べすぎると鼻血が出るやつだな。 「あいえすでいえぬ」というのは「あいしーびーえむ」にすごく似ているのですごく危険そうだ。たしかCMではハジメちゃんが宣伝してたが、ハジメちゃんがいるということはその裏にはバカボンのパパが控えているということでもある。 バカボンパパがチョコプリッツを食べて鼻血ブーしながらあいしーびーえむをママに向かって発射しているイメージが脳裏に浮かぶが、私は変態だろうか。
あさっての『サウスパーク』上映会、一応この日記でメンバーに声かけはしたものの、最終的に何人参加するかを確認するためにメールをいくつかやりとり。 時間の関係もあって、全員の確認は取らなかったが、別にエンガチョ切ったわけではなく(博多弁じゃ「エンガチョ」って言わないんだったよなあ。でもなんて言ってたか忘れちゃったなあ)みんなそれなりにオタクではあるのだが、やはりそれぞれに好みは違うので遠慮したのだ。 これまで『サウスパーク』の「サ」の字も聞いたことのない人にまで声をかけても、どう返事をしていいものやら分らないだろうしなあ。しまったなあ、鈴邑夫妻や鴉丸さんがウチに来てたときに見せてあげればよかったかも。でもギャグでもああいうオバカ系はマジメな鈴邑君あたりは嫌うかもなあ。 とりあえず既にハマっている塩浦夫妻と、遠方ではあるがよしひと嬢には確認の連絡を入れる。塩浦夫妻は二つ返事でOK、待ち合わせの時間と場所を確認する。 よしひと嬢からの連絡が一向に来ない。仕事が忙しいのだろうが、ご自宅に電話を入れて、ご家族に伝言を頼むのもちょっと憚れる。 ……だって、「アニメの上映会があるんですけど……」 と言って、お母さんから、 「どんなアニメですか?」 なんて聞かれた日にゃあ、どう答えたらいいのだ。 「『チンポコモン』です」 なんて言えんぞ(-_-;)。適当なこと言って誤魔化しゃいいじゃないかと言われそうだが、そういうウソって、私はとてつもなく下手なのである。 (結局よしひと嬢からの返事を受け取ったのは翌朝で、ご都合が悪くて今回は断腸の思いで断念、とのことでした。ううむ、残念)
女房が帰宅するのを待っててやろうかとも思ったが、睡魔には勝てず眠る。やはり一日最低6時間は眠らないと、体がもう持たんのである。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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