無責任賛歌
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| 2001年01月23日(火) |
ハードな日/『時の果てのフェブラリー』(山本弘) |
マルセ太郎さん、なくなっちゃったか……。一回だけ、何かの機会にこの人の舞台、見たことあるような気がするんだが、記憶の彼方。こないだの福岡公演が殆ど最後だったんだろうなあ。行っときゃよかった、というのはこういう時に思うのである。 学生のころ、映画でも芝居でも、見たいと思ったら食費を削ってでも行っていたものだから、「お金がないから」という理由で好きな映画にも行かないことが私には今一つピンとこない。映画なら二食、舞台なら六食くらい抜けば行けるではないか。 社会人になった今は、ここまで極端な考え方はしなくなったが、女房の食いっぷりを見ていると、つい、「ああ、こいつの食費がかからなんだら」と計算してしまうのである。せめて自分の食費くらい自分で稼げ。四月以降は小遣い渡さんからな。
高知の成人式で橋本大二郎知事に「出ていけ!」と怒鳴られた新成人たちが謝罪したとか。知り合いの政治家に説諭された結果だということだが、つまりは自分では決意することができず、親からの説教も聞かなかった挙句に、という事だね。だいたい十日経って謝りに来たってのが遅すぎる。 私ゃ別に成人式に意義があるなんて思ってないけれども(自分の成人式だって出てない)、半分以上が「学生」なのに成人扱いするのはおかしいな、と思っている。社会人でもないものをなぜオトナと見なさにゃならんのだ? 成人を18歳まで引き下げようか、という話もあるらしいが、だったら大学も18歳までに卒業できるように教育制度を変えなきゃ筋が通らんじゃないの。 昔と今とじゃ若い者のレベルが下がってるっていうけど、理由ははっきりしてる。学生が増えたからだ。試しに「社会人」だけの成人式を開いてみればいい。まず今回のような事件は起こらんと断言してやるよ。
職場でもどうやらこの日記、結構見られているらしい。今日も「ゼリー風呂」がどうの「撮影」がこうのと若い子からからかわれる。覗いていただいてるのは嬉しいんだが、職場の私とHPでの私は別人格なので、お間違えなきように。 口の悪いやつが「職場の悪口書いてることバラそうか」とキョーハクしてきたが、なあに、そんなときのために固有名詞は一切出してない。だからそいつのことをここで「唐変木のトンチキのテレスコステレンキョー」と言っても、全然問題ないのである。……というか、学のないやつだから何を言われてるかも分るまいな(^o^)。
職場の女の子から、誕生日を聞かれたので答えると、「あ、私と同じです」と言われる。どうも初めから私の誕生日を知っていたらしいのだが、どうやって知ったのだろうか。このHPでも覗いてるのかな? 「親近感わきます」と言われたが、若い子にそう言われるとどうも照れくさい。実のところ、自分の誕生日、あまり好きではないのだ。これが女房のように「敬老の日」というのだったら、ギャグにもなるが、「大晦日の1日前」というのは、どうにも座りが悪い。もう一日二日、お袋が私をひり出すのを待ってくれりゃキリがよかったのにな。 年末の忙しいときでもあり、子供のころはまともに誕生日を祝ってもらったことなどなかった。下手をするとクリスマスと誕生日と正月をまとめて年明けに祝われる。なんとも損した気分になったものだった。
溜まった仕事そっちのけで本に読み耽る。 山本弘『時の果てのフェブラリー 赤方偏移世界』、と学会会長としての山本氏しか知らなんだが、不明であった。題名と後藤圭二のイラストだけに誘われてこの本を手に取った読者は面食らうだろう。確かに主人公のフェブラリーは11歳の美少女だが……。メタ・チョムスキー思考によるオムニパシー、世界各地に重力異常を起こす「スポット」の存在、あっ、これはハードSFではないか。 物語の展開自体は、実はあっさりしている。帯にある通り、「一人の少女の成長が世界を救う」それだけだ。でもそれだけの「物語」を支えている「設定」がSFしてるのがいいのだ。「物体が虚数次元に移動すれば時間が速くなる」なんて実はよく分らんのだが(^_^;)、彼我の時間差によって引き裂かれた者どうしが最後に生み出すドラマは、SFファンにしか味わえない感動をもたらしてくれるのだ。 あと、作中に紹介されてた「四次元の指が現れる」SFって、手塚治虫の『そこに指が』だな? 題名だけワザと隠すなんて、オタク心をくすぐる手段をちゃんと知ってるんだなあ(^o^)。
マンガ、小畑健『CYBORGじいちゃんG』1巻、ああ、そうかそうか、小畑さんて、昔、にわのまこと(『THE・MOMOTAROH』)のアシスタントしてたんだ。初期の頃のコマ割りのテンポが速過ぎてかえって面白味に欠けてたのはにわのさんのモノ真似だったからなんだな。 『ヒカルの碁』を見ていると、とても『Gちゃん』描いてた人とは思えない。人ってホントに成長するんだなあ。
帰宅して、アニメ『地球少女アルジュナ』『地球防衛家族』見る。どちらもそれなりに面白いが、今一つ燃えるものがない。どこか既成作品の模倣の匂いがチラチラするのだ。 それでも「地球防衛隊はなぜ正体を隠すか?」→「銃刀法違反だからだ」のギャグはまあまあ笑えた。演出がたるくて大笑いとまではいかなかったけど。グループ・タックのアニメはギャグがどこかもたつくところがあるんだよなあ。 NHK総合『ドキュメントX・ゴジラ誕生』、こういう番組は大抵、円谷英二エライ、に終始しかねないのだが、今も生きている当時のスタッフたちの証言を丹念に拾い集めている点が良心的で、見ごたえのあるものになっていた。映画は監督一人で作れるものではないことを、番組スタッフが理解しているのが嬉しい。「ゴジラにはモデルになった人物がいる」とは昔からよく言われていたが、その人の写真を公開したのはこの番組が初めてではないか。ああ、これは録画できてよかったなあ。
『鴉 あるいは賢者たちの舟』のパンフレット、ようやく完成。女房に見本を見せてもらう。パンフというよりも小さ目のプレスシートという感じだが、チラシと合わせれば少しはお客さんに「芝居を見に来たな」という気持ちになってもらえるかもしれない。 公演が終わったら、このHPのインタビューや紹介なんかも殆ど消すらしいから、パンフに転載しておけばいいのにとも思ったが、予算の関係もあってページが取れなかったもののようである。 今回、『九州ウォーカー』には記事が載ったが、『シティ情報ふくおか』にはメールを送っても無視されてしまった。宣伝力を考えると、結構、痛手である。どうせお金は取らないから関係ないんじゃない、と言われそうだが、私たちが欲しいのはお金ではなく「感想」や「批評」なのだ。できるだけ多くの人に見てもらいたいんだけどなあ。 でなきゃ、予算がない中、パンフまで作るもんかい。
女房、突然『アヴァロン』をもう一度見に行きたい、と言い出す。先日は隣で時々イビキが聞こえてたからなあ。私ももう一度見返してみたいシーンは多いので、明後日あたり、今度はシネ・リーブルに行ってみようかと相談。キャナルは音声はいいけど、グッズが少ないしなあ。その点、シネ・リーブルは必ずサントラCDもカウンターで売っているのだ。 でも、仕事帰りだし、今度は私のほうがぐっすり眠りそうだな(^_^;)。
| 2001年01月22日(月) |
月曜の朝は仕事に行きたくないのよ/『キノの旅3』(時雨沢恵一) |
7時間は眠ったはずなのに、仕事中、やはり眠い。本気で一編医者にかかったほうがいいかもと思いつつ、「ただの怠けです」と言われる確率も大(^_^;)。
時雨沢恵一『キノの旅』、2巻が本の山の中に沈んでいるので先に3巻を読む。それで問題を生じないのは、これがキノという少女と、エルメスという喋る二輪車の旅行記だからである。元になった設定はもちろん『ガリバー旅行記』で、キノたちが巡る国がそれぞれに、現代日本の戯画化、あるいは理想化された社会として描かれている点も同様。芥川の『河童』の正当な後継とも言えるのではないか。 特に「同じ顔の国」のエピソードでクローンを肯定的に描いたのは小説としては初めてだろう。世間では人間のコピーを作ることが人道に反するかのような宣伝を行っているが、なぜそれが宗教的プロパガンダに過ぎないと分らんのか。『6デイ』のような設定は科学を知らぬバカの世迷言だ。記憶の伝達が行われないのに、同一人物ができるわけがない。 ここでクローン論を一席ブチ出すと、また4、5回かかるので割愛。みんな、自分の頭で考えて、洗脳されないように気をつけようね。
上司のタテマエと精神主義を延々聞かされた会議の席上で、神妙な顔して頷きながら今日も勤務時間超過。要するに「仕事は多いが、根性で乗り切れ」と言いたいのだ。じゃあ根性がないやつは乗り切らなくていいんだ。こりゃらくちん(^o^)。
帰宅したら女房、8時からまた練習に出かけるとか。迎えが来るというので待っていたが、9時になっても来ない。女房が痺れを切らして連絡つけると、何と迎えの阿呆は『アヴァロン』を見に行っていた。 前に確か「時間には気をつけます」とか言ってたくせに、もう記憶がすっ飛んだらしい。練習より映画を優先させたということでやる気のなさは証明されたな。 しかし、こういう猿を使っても演劇を成立させられるのか、というのも我々劇団の挑戦なのである。お客さんにはご期待頂きたい。
ロデムさんから、「自分の書いた脚本を見て欲しい」という電話。劇団内で脚本を書こうという人間が少ない中、願ったりかなったりである。上手下手よりまず書いてみること、演じてみること、それが芝居の第一歩なのだ。
アニメ『犬夜叉』、舞台が現代に戻ると話が途端に矮小化してしまう。原作を無視して、オリジナルな展開を考えてもいいと思うんだが、スタッフが原作ファンに気兼ねしてるのかな。でも26話で終えるためには適当なオチをつけなきゃならんと思うが。 『名探偵コナン』、平次ママ登場。でもパターンがコナンの両親、蘭の母親登場のときと全く同じ。原作者自身、あまり物語の「引き出し」が多いほうではないのだ。キャラクター増やすのもそろそろ限界ではないか。 『世界まる見え! テレビ特捜部』、インド魔術探訪の旅のレポーターを、あの奇術師コメディアンコンビ、ペン&テラーが担当している。どうもレギュラーらしいので、日本でもようやく知名度がアップしてきたのか。マンガ『サスケ』でも紹介されていた「ヒンズー・ロープ」、普通は「木の上からテグスでロープを引っ張りあげる」というトリックを使うものだが、今回は平原でそれを行うと言うのでちょっと期待して見てみた。ところがカメラアングルは固定されたまま、上空や周囲を一切映そうとしない。こんなんじゃどんなトリックだって撮影・編集で可能じゃないか。ちょっとガックリ。 『スーパーテレビ特別版 誰も知らない乙武洋匡24歳の素顔』、『五体不満足』がベストセラーになった波紋を、現在の乙武氏の活動を追いながら描くというもの。乙武氏本人は自分の虚像が一人歩きすることにショックを受けてきたらしいが、そんなん言うたってしゃあないやん、というのがこの番組を見たときの素直な感想である。 テレビ放送も含め、マスコミ報道というものは基本的にヤラセである。送り手は常に受け手の欲する「虚像」を察知して、それを送り出しているのである。つまり、この日本において障碍者をいかに扱うかということについては、既に「マニュアル」ができているのだ。 乙武氏の著書は、本人が障碍者であるにもかかわらず、その「マニュアル」から逸脱するものであった。だから、マスコミはこれまでやっきになって「障碍に負けずに明るく生きる乙武クン」を演出してきたのだ。結果的に、彼がどんなに声を大にして「『かわいそう』なんて言わないでくれ」と言っても、世間は「かわいそう」と「がんばれ」の声をかけ続けてきたのである。 だって、そう言わないと、世間は乙武氏を差別しなければならなくなるじゃないの。世間ってのはそんなに融通の効くものじゃないのよ。
女房、12時に帰宅。1時間程度しか練習できなかったそうだが、いたしかたあるまい。テレビでCS『SNL』を見ながら寝る。……って日記書いてるじゃん。
| 2001年01月21日(日) |
日曜の夜は出たくないのに/『トガリ』(夏目義徳)1巻ほか |
夕べは帰るなり三人とも泥のように眠っていたので、朝方『仮面ライダークウガ』の最終回を見逃した。でも私は『ウルトラ』ファンの世代ではあっても『仮面ライダー』世代ではないし、ましてや今回の新作はビデオ画像で今イチ乗り切れなかったので、「ま、いっか」。 次回作の「アギト」、製作発表がスポーツ誌に載っていたが、隣の水着のね〜ちゃんの記事の方がバカでかかった。……面白くなるのかなあ。
昨日録画しておいた『幻のペンフレンド2001』第3回見る。まだテキの本郷令子は出てこない。 ふとこのテレビ化の機会に原作を読み返してみようと、本棚を探してみたが無い。ハッと思い出した。眉村卓作品は高校のころ、読んだあと母校の図書館に寄付していたのだ。し、しまった、もう文庫では手に入らないかも。どこかの文庫で改めて帯付きで再版してくれないだろうか。
昨日買ったマンガをまとめて読む。 夏目義徳『トガリ』1巻、表紙の印象で買ってみたが、これが意外と拾いもの。前半こそまだコマ割りがぎこちないが、後半どんどんテンションが上がる。現世の「咎」を狩るため、地獄の殺人鬼を復活させる、というのは定番の設定としても、主役が決して人間を殺せない、とシバリを掛けたのはなかなかの工夫。 高橋留美子『犬夜叉』19巻、アニメ化こそされたが、話の展開はもう煮詰まっている。こういう妖怪退治もの、『鬼太郎』のように現代のフォークロアとして描くならともかく、ただの対決ものにしちゃうと、スポコンと大して変わらない。『どろろ』みたいに最初から48匹と限定してりゃいいんだけど、結局、敵をどんどん強くしていくしかなくなるのだ。そろそろ潮時だぞ。 藤田和日郎『からくりサーカス』16巻、しろがねってエレオノールって名前だったのか。これも話のテンションは第一部で終わっちゃってるんで、今はもう謎解きばっかりやってて、一向に盛り上がらない。だから新たな敵ばかり増やしたって、意味ないんだってば。 トーベ&ラルス・ヤンソン『ムーミン・コミックスN:7 まいごの火星人』、最初のアニメシリーズで、署長さんは髭を生やしたミムラの一族だったのに、原作ではヘムルだった。なぜだろうと思っていたら、マンガ版で署長さんの部下に髭ミムラがいたのだ。多分アニメではヘムレンさんとの差別化を図るために、こちらのキャラクターを署長に「昇格」させたのだな。30年目の発見(^o^)。
10時になると同時に、『ラ・テラス』のチケットの電話先行予約を申し込む。「ピクニック」の会員になっていれば、更に先行予約もできるんだろうが、そうなると舞台を最前列で見たくなり、結果的に毎回1万円以上も使うことになる。S席避けてA席でも比較的前の方ならSと大して差はない。まあこのへんが無難なところか。
AIQのロデムさんから電話。今日のお誘い、丁重に断る。ベイサイドプレイスで毛皮ショーということだったが、仮に行っていても冷やかしになっちゃうから、かえって迷惑だったかもしれない。 実は以前も知り合いの女の子に誘われて毛皮ショーに行き、何も買わずに帰ってきたことがある。何だかシティボーイズの「毛皮男たち」のネタみたいだな(^_^;)。
友人のこうたろうくんから、劇団へのカンパが届く。 昔の私だったら、意地を張って断っちゃうところだが、今は素直にありがたい。何しろこの意地っ張り、つまりは誰の世話にもなりたくないという下らんプライドのために、私は大学の卒論提出の日に風邪引いて寝こんでいながら、友人の誰にも助けを求めず、一年を棒に振ったことがあるのだ。 そのあと、こうたろうくんに「なんで言わなかったんだよ!」と本気で怒られた。反省することの少ない私だが、そのときばかりは後悔した。自分のバカさ加減を恥ずかしく思ったのも初めてだったかもしれない。 ……と反省したフリしてながら、実は未だに自分のバカが治ったとも思えない点が申し訳ない(^_^;)。 女房も「これで当日の昼の弁当が買える!」とイジマシイこと言いながら感謝してましたので、劇団一同を代表してお礼を申し上げます。 ありがとう、こうたろうくん。 昼飯は納豆を炒めて目玉焼きを落とし、キムチの汁をまぶして蒸し、ご飯にかけて食べる。人によっては「なんじゃそりゃあ!」と叫びそうだな。でも安上がりで美味いんだが。
よしひと嬢から、押井守のエッセイ、『犬の気持ちは、わからない』を入手した話を聞いていたので、天神まで出て福家書店を回ってみたが、売り切れ。ううむ、この手の本は1回売りきれると店頭に並ぶまでに時間がかかるからなあ。いつの日か手に入れられるのかな。 石川賢『ゲッターロボ』が大判で出ていたので、もしやと思って買ったら、やはり単行本未収録作ばかり。幼年誌に掲載されたものの復刻だったのだ。拾いものだが3500円は高すぎるぞ(・・;)。
「ビックカメラ」のカード、ポイントがたまっていたのでタダでDVDと生テープを買う。 その足でベ○ト電器にも回り、シティボーイズのDVDが出ているか聞いてみたが、先方の手違いで入荷が遅れている。それなのに初めは「入荷してる」と言い張ってたんだからヒドイ話だ。ベ○ト電器は値段も高いし客あしらいも下手なのであまり利用したくないんだが、ほかにDVDの品揃いのよい店がないのだ。……殿様商売やってると、いつか足元掬われるぞ。
夕方6時に「パピオ」にたどりつく。練習が丁度終わったところだったが、今日は愛上さんもふなちゃん連れて来ている。女房はふなちゃんがグズって泣き出すと、いつも「お前のかあちゃんはお前を捨ててもう帰ってこないぞ〜」と言いながらあやすが、それに合わせてふなちゃんも泣き声を張り上げるので、もしかしたら本当に言葉がわかっているのかもしれない。 今日は、もしかしたら私が急遽、声のダビングをしなければならなくなるかも、という話だったが、其ノ他くんの都合がついたのでその心配はなくなった。まあ彼の顔に私のダミ声は合わんので、これは代役にならずに済んで、よかったことである。 入れ替わりはあったが、今日は全員が揃った由。昨日決まった変更点も含めてほぼ最後の確認を行ったらしいが、例によって例のごとく、飲み込みの悪いのが一人いたとか。そりゃ「おめえができねえから演出でカバーしてんだよ」って言われりゃ腹も立とうが、芝居はシビアなものである。それでふてくされたり、演出に逆らう行動とったりするのなら、「バカ」の烙印を押されるのは当然である。 日記や掲示板への書きこみもしなくなった癖に、某所には未だにメールしてるらしいし、こりゃやる気がないと見なしても構うまい。
今日は早く帰って、パンフをバソコン使って作らねばならぬので、どこにも寄らないつもりだったが、女房が「肉」に拘ったので、比恵の「萬風」で焼肉。 タコの活造りを注文するが、吸盤が口蓋に吸い付く感触を楽しむかどうかで、愛好の士かどうかを分別できる。女房もよしひと嬢も一口食べただけ。うーん、やっぱりゲテモノ食いは私だけか。
帰宅して、(タダで)買ってきたDVD『ロボットカーニバル』を見ながら、睡魔には勝てず寝る。夢現にパンフができた旨、聞こえるが、もはやそれはカスミの彼方。明日からまた仕事だし、だから日曜の夜は出たくないのよ。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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