無責任賛歌
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藤原敬之(ふじわら・けいし)

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2001年01月20日(土) 英雄、果つる島/映画『アヴァロン』ほか

 夕べが遅かったので、今朝は起きられるかと心配だったが、何とか7時には起床。外はやや小雨がぱらつく程度だったので、えい、ままよと傘を持たずに出る。
 行きはよいよい帰りは怖い、帰りはだだ降り、ずぶ濡れになる。
 こういう時、死んだお袋は大抵、「濡れて帰りたかったんだろう」と言って、やや蔑むような視線を私に向けたものだった。まあ、たまにカッコつけて「哀愁漂うロンリーガイ」を演じたい時があったのは事実である。でも中年になっちまった今はただの面倒臭がりにすぎない。
 それにしても女はなぜこうも簡単に男の「ええカッコしい」を見抜いてしまうものなのか。……似合ってないからだって? ハイ、そうですね、ごめんなさい。いや、それより、そういう男を責める時の女に、大抵、「容赦」というものがないのはなぜなのか。
 例えば、私がアニメキャラのセリフを口にしたときの女房の嫌悪感と来たら、なぜそこまで激烈に怒るかと言いたくなるほどに憎々しい。
 「粋にやろうぜ、粋によ」
 「粋でもないやつが粋なフリすんな」
……そりゃそうだけどよ(-_-メ)。男を立てようという意識がマジでゼロだな。
 だから、私は女房との間に「甘いムード」一つ作ろうとしないのだが、もちろん女房はそれで納得してくれるのだろう。

 昨日の日記をつけ、風呂に入って、雑誌『不滅の名探偵』読む。手塚治虫の旧作ミステリマンガが二本収録されているが取るに足らぬ出来。
 なぜこんなもんいきなり買ったかと言うと、高野文子のイラストエッセイが載っていたからだ。主婦業に忙しいのか、高野文子のマンガは北村薫作品のイラストでしか見られなくなっていたので、これだけでもこの雑誌、買った価値はあった。しかし主役の双子、高嶋兄弟をモデルにしていたとは……(・・;)。
 広告で『博多殺人事件』を秋乃茉莉さんがマンガ化していることを知る。ああ、どうせ内田康夫だし、と思いつつもこれは買うべきか買わざるべきか……(+_+)。

 夕方から待ち合わせて映画に行くつもりなので、昼飯はピザクックからドリアとウィングガーリックと骨付きフランクを注文。でも睡眠が足りないのか、食欲がなく、ドリアをまるまる残す。「頼んだものは残さない」私にしては珍しいことであった。

 AIQのロデムさんから展示会のお知らせが来ているが、期日が明日。本番直前でそりゃ無理だわ(+_+)。行けずにどうもすみません。

 夕方6時半にパピオで女房たちと合流。鴉丸嬢、桜雅嬢のほかに、昼過ぎまで塩浦嬢もいたそうだが、バイトに行ったとかで会えず。土産(何の土産か聞き忘れた)のクッキーとやらが残されていたので、一つ貰う。余りこの手のお菓子を食べる機会はないが(というか、医者から止められてるんだが)、つい出されたものに手が伸びるのは仕方がないと漱石も言ってるので私ごときの克己心が萎えるのも無理のないことであろう。
 よしひと嬢、なぜか一心に『ウォーリーを探せ!』にハマっている。何でも最後の演出で、絵本を使うことにしたとか。詳細は聞いていないが、脚本段階でそのような描写はなかったはずだから、何かまた問題が生じた上での改変だろうと推察する。

 女房、よしひと嬢の話によれば、今日はその改変も含めて、練習が驚くほどスムーズに進んだとか。
 「足引っ張るやつがいないと楽なのかな?」と皮肉を言ってみたが、
 「別にそう言うことではないです」と反応。
 まあ、ギリギリの線で見捨てられてはいないようだが、「彼」についてやる気がない、何も考えていないと認識されている点は変わらないようだ。
 ナルシストだの自己愛人間だのと言われる人々が現代社会で排除されがちな点については実のところ同情している。誰にでもそのような傾向があるにもかかわらず、社会においてはそれを抑圧せざるを得ず、逆にそれを全開させているような人間は「やっかみ」の対象となるからだ。
 つまり我々は鏡のように「彼」の中に「自分」を見ているにほかならない。この世界から逃げ出したい。本当の自分はここにはない。どこかに、自分が自分として認められる世界がある。我々は常にそんな風に思い、自分を慰めている。……しかし、それも結局は「他者」の評価を求めている行為に過ぎない。
 大抵の人間はそこで自分の「逃避」行為に気づき、恥ずかしくなって社会に立ち向かう意志を持つのだが、更に「逃避」を繰り返せば、結局その人に対する「評価」は確定する。
 勘違いしてはならない。本当の自分などと言うものは存在しない。人の評価は他者が、あるいは世界が決める。それがいやなら「世界を革命するしかない」のだ(^o^)。
 今回の芝居、実はそういう芝居だったりするのだが(『ウテナ』じゃん)、今日いきなり、よしひと嬢に、
 「『彼』は『環』そっくりですね」
と指摘されて、苦笑。さて、彼に世界の革命は可能だろうか。

 一日、間を置いて日記書いてるとやっぱり記憶が前後するな。
 土曜の昼間はテレビで『車椅子の弁護士水島威・婚約者に殺された女?』を見ていたのだが、感想書くの忘れてた。でも大した感想ない(^_^;)。
 弁護士が半身不随、という設定がストーリーに全く絡んでこないのが欠点。途中で何度も犯人から襲われても手出しできない、というだけじゃ脚本に芸がないぞ。特に宇津井健のオーバー演技じゃサスペンスがまるで感じられない。

 7時半にキャナルシティに到着。福家書店を回り、食堂街で定食屋に入る。にゅうめんセット、とろろにイクラ、海苔が入ってミニ丼も付いて、これで800円とは安い。女房とよしひと嬢も、天丼のエビがデカイと、ホクホク顔。
 女房と、「にゅうめん」は「煮麺」と書くか「温麺」と書くかで論争。女房、「温麺」だと譲らないが、辞書には「『入麺・煮麺』。『にめん』の転」とはっきり書いてある。女房には負けとわかった勝負でも絶対に意地を張り続ける悪い癖があるのだ。常々これには閉口させられているが、余りむだな時間を取らせるなよな。たまには素直に負けを認めて見せろ。

 食事のあと、「スターバックカフェ」でデザート……のつもりが、女房に「適当に何か注文してくれ」と頼んだのに、何を聞き損なったのか、自分の分だけ注文して、私の分はナシ。
 こいつには自分がちょっとでも金を払う立場になると、途端に無意識で金を使わないですむように動く悪い癖があるのだ。たまには自分から「おごってあげようか」ぐらい言って見せろ。

 9時、悠々とAMCに向かうが、時間を見間違えて、始まるのが10時50分。仕方なく1時間ほどジョイポリスで遊ぶ。UFOキャッチャーでミッキーの鍋敷き、たれぱんだのモビールをゲット。でもよしひと嬢はたれぱんだはキライなのであった。納豆だの蜘蛛だのトロロだの、糸引き系は全部ダメだということだが、たれぱんだがなぜ糸引き系?
 そのあとようやく『アヴァロン』を見るが、既に体力の限界で女房は半睡半醒状態。映画の内容は思いきり今度の芝居とかぶっていた。しまったなあ、客にアニメファンでもいた日にゃあ、「押井」のマネなんて言われかねないなあ。
 見終わってよしひと嬢、「思い出しました。『アヴァロン』って『アーサー王』の島ですね」と言う。ああ、もう私はそんなことも忘れとるがな。もう何十年も昔、岩波少年文庫で読んだキリだものなあ。


2001年01月19日(金) DESERT MOON/『パタリロ!』(魔夜峰央)71巻ほか

 今日はちょっと重大な仕事があった。
 仕事とというものは基本的に成功して当たり前、失敗したら周囲から散々叩かれるという性質のものではあるが、今日のは絶対に失敗できない類のものである。
 でも実のところ、同僚がみな頭を抱え、難しいと口々に言い、ため息をつくことの多いこの仕事、私には大して苦痛ではない。どちらかと言うと楽な方だ。
 私にとって難しい条件がつくのは、完全に成功してもいけない、ということだ。……どういうことかと言うと、同僚の「やっかみ」を回避せねばならぬ、ということなのである。
 若かりし頃は私も若かった(当たり前だ)。仕事はできればできるほどいい、と思っていた。で、真面目に仕事に取り組み、あるときある仕事で大成功を収めた。それこそ、周囲の誰もが成功を喜び、私の努力を労ってくれた。……一人だけ、それが気に食わなかった人物がいる。私の直属の上司である。そいつは報告書にデタラメを書きこみ、私の業績がさも失敗であったように改竄してしまった。
 そうせねば自分の上司としての立場が保たれない、と焦った末の行動であることは見て取れた。怒るより先に気が抜けて、そいつと特に喧嘩などはしていない。でもそれがかえって相手には自分が蔑まれたように感じたのであろう。そいつの私に対する陰での足の引っ張りはその後も続いた。
 その上司とはとうの昔に別の部署に別れている。しかしそれ以後、私は真剣に仕事に取り組んだことがない。常にある程度手を抜いている。一生懸命になったところで、仕事を妨害されるマイナスを考えると、結果的に大した差は生じないからだ。
 今日もそこそこ手を抜いた仕事。失敗というほどでもなく成功というほどでもない、まあまあの出来。こういう技術は我ながらうまくなったものだと思う。

 でもね。
 たまにはさ。
 真剣にさ。

 いや、いかんいかん。それは、甘い罠。出るくいは打たれるのだぞ。どんなに人あたりがよさそうに見えても、いざというときに変心するのが人間というものだ……って、なに私ゃ『こころ』(漱石)してるんだ(^_^;)。

 今回の仕事に関して、反省会があったが、みなさん真面目にやってるフリして、いかに手を抜いたかを語る語る。でもいつもは長引く会議が、お互いのミスをさほど追及することもなくあっという間に終了したのはなぜかな〜? みんな自分が適当な仕事しかしてない自覚が少しはあるのかな(^o^)。

 帰宅したが女房はまだ練習から帰って来ていない。郵便受けを見ると友人からの届け物の不在通知が入っている。困ったなあ、連日女房は練習に出かけているし、私も休日は予定が立たないので、受け取る時間がないのだ。
 ともかく問い合わせ先の「児童音声受付センター」とやらに電話してみる。女性、やや中年に差し掛かりか、という感じの声で(なぜ若いのを使わんのかな。いや若けりゃいいと言ってるわけではないが)、受付番号だの郵便物の種類だの、再配達日などを聞いて何番を押せと指示してくる。……不思議だなあ、聞いているうちに段々腹が立ってくる。言葉に感情があるようでいて、実際にこちらに応対しているわけではないことが分るのがイライラする原因だろう。
 「やあ、デイブ」
 「気安く呼ぶなバカヤロー!」
 「はっはっは、感情が高ぶっているね、デイブ」
 「テメエのせいじゃ、おんどりゃあ!」
 ……ボーマン船長がHALをぶち壊したくなる気持ちも分るのである。
 荷物は日曜日に受け取ることにしました。こうたろうくん、気を遣わせてごめんなさい。

 女房の携帯に連絡を入れても全く繋がらないので、仕方なく一人で食事にいく。昔馴染みの本屋で取り置きの『世界の文学』などを買って、更に博多駅の紀伊國屋を廻り、ヤマダ電器で生ビデオテープを買う。
 食事は「ザ・めし屋」でシメサバとかつカレー丼にワンタンスープ。なんかスゲエ取り合わせだが、今サバが暖冬のため品薄とか聞いて、衝動的に食べたくなったのだから仕方がない。
 どうせ夜中にならなきゃ女房も帰って来ないだろうと、スープをすすりつつ、買いこんだ本に読み耽る。

 魔夜峰央『パタリロ!』71巻。どうせしり切れトンボで終わるだろうと思っていたアスタロト編、やっぱり予測通りで終わる。『パタリロ!』が本当におかしかったのはせいぜい7、8巻までだっちゅーのに私はなぜ71巻まで買い続けているのであろうか。……なんとゆーか、南都雄二、しょーもないギャグがかえって面白いってこともあるんスよ(今のも71巻にあったギャグ。ホントに『別花』読者の何人が理解できるのだろうか)。
 高岩ヨシヒロ『松田優作物語』4巻、今気付いたが、森田芳光は松田優作と組んでしか傑作を作っていない。あとはせいぜい秀作ドマリか明らかな駄作である。こういう切り口を見せてくれただけでもこのマンガはただの実録マンガ以上の価値があるだろう。
 日渡早紀『宇宙なボクら』3巻、一作ごとに絵柄を変える日渡作品、もはや『アクマくん』や『早紀ちゃん』シリーズの片鱗はカケラもない。
 主人公の天湖を陰で苛めていた真犯人、いよいよ今巻より登場。といっても正体バレバレだったんで、あまり引かずに全巻のうちにバラシといてもよかったように思う。日渡さんは『ぼく地球』もそうだが、ストーリーテリングは必ずしもうまくない。
 ただ、少女マンガ家の多くが「語り」よりも「思い」で見せることが多く、結局二作目以降が続かないのがしばしばであるにもかかわらず、日渡さんはまだ「思い」だけでここまで続いている。以前ほどの輝きはないが、やはり注目してよい作家だと思う。……女房はあまり読んでくれないけど。
 羅川真里茂『しゃにむにGO』7巻、私がスポーツマンガ(しかもテニス!)を読んでいるなど滅多にないのだが、ひな子さんと池やん監督が好きで読んでいるのだ(^o^)。少女マンガも絵が向上したなあ、と思うのは、この人、肉のつけ方が絶妙にうまいのだ。いやね、当たり前のことなんだけどね、足ケガして杖ついてるひな子さんの肩がちゃんとくいっと上がってんのよ。日常の描写を大事にしているマンガ家さんは大好きだ。……でも逆にテニスしてるときの絵が静止画みたいでうまくないんだよなあ(^_^;)。『エースをねらえ!』が絵はどヘタクソでも迫力があったのは、テニスシーンの絵が「生きて」いたからだよな。
 長谷川町子『別冊サザエさん』1、2巻、サザエさんの短編シリーズ、四コマよりこちらの方がアニメに近いが、サザエさんが『ハートブレイクホテル』を歌うシーンなどはマンガ版でしか読めまい。

 荷物が増えたので、女房に頼まれた土産は買わず、勝手にめし食って来いと電話。女房とよしひと嬢、11時頃ようやく帰宅、カップラーメンを買ってくる。新製品だそうだが、味噌ラーメンと謳っていながら匂いは明らかにとんこつペース。部屋中にブタ臭さが充満し、思わず顔を顰める(博多人がみんなとんこつ好きだと言うのは世間の偏見で、あんな戦後の闇市から発祥したようなゲスな味を嫌う昔ながらの博多人も多い)。
 私の子供の頃は、カップラーメンはおろかインスタントラーメン自体、チキンラーメンと出前一丁しかなかった。よしひと嬢ですら「うまかっちゃん」(最近は東京でも売ってるらしいが博多独自のとんこつラーメン)世代。隔世の感があるなあ。


2001年01月18日(木) はな゛がつま゛ってくるしい/アニメ『ジャックと豆の木』ほか

 すみません、また風邪引いてます(誰に謝ってんだ)。
 確かに昨日は2時ごろまで起きてたので、睡眠は不充分ではあったが、やや寒気がする程度で、体がキツイ(この博多弁もそろそろ全国区かな)というほどでもなかったのに。
 然るに体力は確かに落ちていたのだろう。朝方、いきなりゾクゾクっと来て、眩暈と頭痛が同時に襲ってきた。
 早引けして帰宅すると、女房は外出中。ああ、珍しく買い物に出かけて家事でもする気なのかなあ、と待っていたら、帰って来るなり「なんでいるの!」となじられる。しかも食料は自分の分しか買ってない。……やっぱりこいつはそういうやつなんだよ。
 栄養剤を買って来てくれ、と頼むと、「なんで外にいる時に電話しないの!」……こいつはどうして病人に要求ばかりするかな。金を渡すと、5、6百円もするバカ高いやつばかりを5、6本買ってくる。以前から「安静にして寝てたいんだから、とりあえず栄養補給できればいいのだ」と言っていたのに、記憶力がない。でも今日は自分で食事を作る元気もないので、これで凌ぐしかない(パソコンする元気はあるのかよ)。
 女房の相手をしていると気疲れするので、無視して横になって寝る。その間に、何か食事でも作ってくれるかと思ったら、自分もグーグー寝ている。しかもいきなり悲鳴を上げる。……どんな悪夢を見てるか知らんが、いきなり「にぇぇぇぇぇ!」とか叫ぶな。おかげでゆっくり眠れんわい。

 チャンネルNECO、日本映画専門のCSなのに珍しくアニメ『ジャックと豆の木』を放送している。杉井ギサブロー監督のこの作品、隠れた名作と評判だったが未見だった。なるほど、今見ても充分堪能できるほどのハイレベル。
 作画はディズニーに倣いキャラクター別にアニメーターを立てている。この方式、日本じゃ珍しい。天空の王国に、魔女と巨人、捕われの姫を設定してスケールを大きくしたのもいいが、何よりミュージカル仕立てなのがいい。しかも声優陣が市村正親・山本リンダ・西村晃・樹木希林! ああ、サントラCD化しないかなあ。
 『くらげが眠るまで』、イッセー尾形は言わずもがな、永作博美が意外とコメディエンヌとして頑張っている。適度にブスな演技をしているので臭みがない。ただ、会話の間が今一つぎこちないのが難かも。

 夕食はほか弁ですき焼きうどんを買って来てもらう。ちょっと味が濃すぎ。卵を落とせばよかったな。



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藤原敬之(ふじわら・けいし)