無責任賛歌
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| 2001年01月02日(火) |
眠い一日/ドラマ『不思議の国のアリス』ほか |
昨晩は鈴邑君たちを交え、徹夜で新年会をやってたようなものだった。女房が作ったモチ抜きの雑煮(とは言わんか)をみんなで分けて食べたあと、私は睡魔に勝てず就寝。鈴邑君たち、午前3時ごろに帰ったそうだが、挨拶できなくて申し訳なかった。
朝8時に起床。何とかNHK教育『浪花少年探偵団』の時間に間に合う。OP、山田まりやの大極拳と“シャバダバ”音楽がマッチしていてカッコイイ。 実写ドラマ『不思議の国のアリス』見る。豪華キャストで、チェシャネコなんかウーピー・ゴールドバーグだが、これがモロ人面ネコ(^_^;)。キチガイ帽子屋はマーティン・ショート、首だけ拡大して合成しているが、テニエルのイラストにソックリでこれは適役。他にもジーン・ワイルダー、ベン・キングスレーら、芸達者を揃えているが、肝心のアリスがトウの立ったブス。う〜ん、惜しい。
女房を起こすとなぜかいきなり機嫌が悪い。 「変な夢見た」 「どんな?」 夢の中で女房は、ペンダントと雑誌を持っていて、その二つは実は女房の娘だそうである。で、「あなたの子よ!」と私に迫るが、私は「そんなん俺の子じゃねえ!」と認知しなかったとか。 で、目覚めて私のことを「ヒドイ奴だ」と怒っている。 ……そんなん俺のせいじゃないやん!
午後2時から博多座で塩浦夫妻と『墨東奇譚』観劇(「ボク」はサンズイに墨)。塩浦嬢、またもやウサギ耳をつけている。女房もウサギ帽子をかぶってきてればペアっぽくて笑えたろうに、ちょっと残念。
塩浦夫妻と別れたあと、父と待ち合わせして博多駅一番街で食事。たまには、ということでトンカツ定食をおごる。父、浴びるように酒を飲むが、入院控えてるのにいいのか。 父、「いいの!」 ああ、そうかい(~_~メ)。 そのあと鞄屋で女房に手提げバッグをプレゼント。一昨日、入籍記念日に女房からはワイシャツを貰っていたのに、私は何もあげなかったので、お返しである。
予定はなかったが、女房が「映画を見たい!」と突然言い出したので、父と別れたあとキャナルシティまで足を伸ばして『グリンチ』を見る。でもさすがに体力は限界。映画の最中もしょっちゅうウトウト。 女房が声をかけても生返事ばかりしているので、ますます立腹される。女房は塩浦夫妻のラブラブぶりが羨ましく、私にもそんなムードを求めるのだが、私ゃもうトシなんだよう(T_T)。
| 2001年01月01日(月) |
2001年元旦スペシャル |
新世紀をどう迎えるか、というのは随分前から決めていた。 どこにも出かけない。ウチに妻といる。テレビで紅白歌合戦を見、年越し蕎麦を食べながら、カウントダウンを聞く。 平凡がいい、と考えたからではない。私が寄って立つところはウチだからだ。 WOWOWのサザン・オールスターズの年越しコンサートを見ながら、21世紀を迎えた。 隣でのん気にそばを食っている女房に、「ありがとう」と言った。 「いきなり、どうしたん?!」 女房が驚く。 「いや、21世紀を迎えられたら、お前に感謝しようと思ってたから。俺、自分が2001年迎えられると思ってなかったし」 「なん、それ、2001年までに自殺してるかもって意味?」 女房の眼がキツクなる。女房は「私だけが不幸です」みたいな落ちこみぶりっこが大嫌いだからだ。 「まあ、それもあるけど、頭のケガのことがあるから。俺、お前に生きる勇気もらったし」 そう言った途端、涙がどっと流れた。慌てて女房の前を離れて逃げる。 「どこ行くん!」 「……泣き顔見せたくないんだよ!」 私は風呂に飛びこんでいた。新世紀に泣きながら初風呂浴びることになろうたあ思いもしなかったぜ。
世の中へらへらとテキトーに流されて生きて行くのが自分のモットー、と思っていながら、案外私は、結構気を張って生きて来たらしい。緊張の糸がフッと切れ、涙が止まらなくなった。 これは、何の涙か。 適切な言葉は見つからないが、私は女房の胸の中で泣きたかったのである。藤子・F・不二雄の『やすらぎの館』のように甘えたかったのだ。 でも、女房は、大晦日に私がUPしたヘタクソな詩モドキの日記を読んで、ヒトコト言った。 「これ、21世紀バンザイ! ってことか?」 途端に涙が止まり、私は笑い出していた。意図的か、天然なのか知らないが(多分後者)、女房は結婚してまる九年、私を笑わせるばかりで、ただの一度も私をまともに泣かせてはくれない。 でもだから私は勇気を出せた。そこが、自分に甘え、目の前の障碍から逃げている男を、ただ甘えさせることが愛情なのだと勘違いしているバカ女と、女房との差である。 もっとも女房は別の意味で馬鹿なんだが(^o^)。 妻にするならお笑い芸人に限る。夫もまた、哲学者になり損ねてお笑いの相方になってしまうのだ。 ……言っとくが俺がツッコミでお前がボケだからな、女房よ。
午前1時、氏神の日吉神社に初詣。 いきなり自転車がパンク。休みの日で助かった。平日の朝だったら通勤の足を失って立ち往生しているところである。 破魔矢とお札、女房の勧めで鞄につけるお守りを買う。
ひと寝入りすると、夢を見る。細部は忘れたが、私は戦隊ものヒーロー5人のうちの一人で、悪の組織に攫われた紅一点を助けに行くような話だった。初夢は二日の夜、三日の朝に見るものを指すので、これはまだ初夢ではないが、夢までオタクだ(^_^;)。
昼、再度起きてキャナルシティまで買い物。 元旦で、通りを走る自動車は少ないが、福袋目当ての買い物客は多い。女房も早速うさぎハウスでミッフィの福袋をゲット。その間に私はまた「百鬼夜行」のフィギュアを買う(あとで女房から中ユビ立てられるが)。福家書店に寄って、一峰大二『快傑ライオン丸』1巻を探すが売り切れ。マイナーなマンガだから、品自体が少ないのかなあ。代わりに大友克洋『気分はもう戦争』新装版を買う、って、21世紀最初に読むマンガがこれかい。 方々へのプレゼント類を買い歩くうちに、何だか急に疲労が襲ってくる。映画を見るつもりだったが、今日は諦めて帰宅。女房は新年早々「予定が狂った予定が狂った」と不満たらたら。おまけに私がふらついてミッフィの袋を落としてしまい、中に入っていたコップが割れてしまった。 ゴメンよう、悪気はなかったんだよう(T_T)。 なんだか新年そうそう女房に頭が上がらない。
帰宅してHPの掲示板を見ると、お兄ちゃん(仮名)からやっと「真摯に受けとめます」との書きこみが。まあ誰ぞにつつかれてようやく頭が動くようになったんだろうが、未だに歯車のネジが二、三本外れてる感じは否めない。 女房、再び頭に来て返事を書きこむ。 この一連の書きこみ、劇団メンバーの反応を見るのが第一目的であった。だからプライバシーに関わる部分があるにもかかわらず、日記による公開を私も止めなかったのである。ただし、本当にヤバイ部分は女房は巧妙に隠している。読解力がある人間ならばそれに気付き、女房がどれだけお兄ちゃん(仮名)に愛情深いかは気づく仕組みになっていたのだ。 案の定、あれを「ヒドイ」と感じるメンバーは殆どいなかった。気づかぬはお兄ちゃん本人ばかりである。あまりバカが続くと私も動かざるをえないし、このへんでいい加減自覚してほしいもんだが。
女房がお兄ちゃんについての日記の書きこみの件で、みんなの反応が気になるようなので、年始の挨拶の意味もあって、よしひと嬢に電話。 さすがに大人だけあって、「しげさんがやってなければ私がやってますよ」との反応。女房もホッとする。実際女房は、みんなから総スカンを食らう事も覚悟の上だったのだ。 人と人との係わり合いはおママゴトではない。傷つく覚悟なくして対話はなり立たない。もちろん、これは喧嘩をしたがってるわけでもない。「人を傷つけるな」とか「迷惑をかけるな」とかいうタテマエだけの自己中心主義から抜け出せということだ。 ……てなことを話していたら、よしひと嬢、「私も昔、藤原さんから随分傷つけられましたから」。覚えがないので「どういうこと?」と聞くと、「○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○って言ったんですよ」 ひ、ひええええええ! そ、それこそとてもここには書けない。私は人非人である。ゲスである。ゴクツブシである。それこそ劇団の全メンバーから吊るし上げを食らっても仕方がない。汝自身を知れとは私がまず自覚せねばならぬことであった。
夜、年始に鈴邑、愛上夫妻、鈴邑君の妹さん、ふなちゃんを連れて来る。本来鈴邑君夫妻は今回の芝居のオリジナルキャストであったが、ふなちゃん誕生のため、配役が変更されていた。最近の日記を見て、自分たちが抜けたあとのことがやにわに心配になったらしい。 日記には書かなかった裏事情も含めて話をした末のみんなのヒトコト。 「……兄ちゃんは……しょうがないねえ」 しょうがないんだよ。 ふなちゃん、生後三ヶ月と少しだというのに、もう半年の重さだとか。人見知りせず、何か珍しい物を見るとじっと見つめている。「百鬼夜行」のフィギュアをじっと見つめる様子は将来のオタクを予見させるかのようだ。でも夫妻は娘をオタクにゃしたがるまいな(^_^;)。 鈴邑君、なんとゴジラシリーズを今まで1本も見たことがないというので、『ゴジラ2000』を早送りしながら見せる。部分的には興味を覚えたようだが、ラストのゴジラ対タコにはやはりガクっと来る。「殴り合う擬音がゴム」って、その通りだもんなあ。 鈴邑君、以前、鴻上尚史の演劇セミナーに行っていたときの話をしてくれる。鴻上さんに「演出とはなんですか?」と聞いたときの答え。 「待つことです」 誰しも考える事は同じ(^_^;)。
| 2000年12月31日(日) |
20世紀の終わりの夜に……/『算盤が恋を語る話』(江戸川乱歩)ほか |
やあ、君は今、いつ、どうやってこの文章を読んでいるのかな。 宿題かい? 20世紀の終わりに、この国の人々がどんな生活をしていたか、それを調べているうちに、このメモリーに辿りついた、そういうことかな? うん、ここは日本の中の、更に九州という小さな島の北の端、福岡の、ある小さな劇団のホームページだ。 「演劇」って、君の時代でもちゃんとあるんだろうか。多分、あると信じてる。いつの時代だって、どこの国だって、人は自分の言葉を、自分の心を誰かに伝えたい。それだけは多分変わらない真実。
でも、僕らは本当に心を伝え合うことができたのだろうか。
2000年という区切り。これはある神の定めに従った区切りだという。でも神の教えから2000年の時が過ぎても、僕らは何一つ理解しあえていない。 戦争や、貧困や、差別や、迫害や、そんなものを何一つ無くせていない。 すぐそばにいる恋人の手を取ることすらも、できないでいる。
ほんの些細なことで、僕らは二千年も憎しみ合ってきた。 ほんのつまらないことで誰かをねたみ、恨んできた。
僕もそうだ。 子供の頃、事故にあって以来、長くは生きられないかもと言われた。 健康に生きている人を見ると羨ましかった。いつだってみんなは僕を蔑み、馬鹿にしていた。だから僕も憎んでいた。人間を、世の中を、この宇宙を。 そんな僕が21世紀まで生きられるはずがないとも信じていた。 怪我が再発するか、誰かに憎まれて殺されるか、自殺するか、そうなると信じていた。
でも、今、僕は生きている。21世紀のカウントダウンが始まっている。 そして僕のそばには妻がいる。 芝居を通じて知り合った妻が。
未来が変わり映えのしない未来であるはずがない。ようやく僕はそれが信じられるような気がしている。君が西暦3000年の子か、4000年の子か、それは分らない。世の中には相変わらず戦争や、飢餓や、政治の腐敗で人々は苦しんでいるかもしれない。 けれど、何かが変わっているはずだ。 伝わらない言葉を、伝わらない思いを、それでも伝えようとする限り、何かが変わっていくはずだ。 僕は、2001年を迎えて、妻とともにそれを思う。
ありがとう。ここまで生きたよ。
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夜更かしして本ばかり読んでいたので、起きた時には昼の1時。 本読みながら風呂に入り、周囲を軽く掃除、洗濯。
江戸川乱歩『算盤が恋を語る話』、創元推理文庫版で再読。全集2種類も持ってるのに買っちゃうのは、雑誌掲載時のイラストが収録されているから。明智小五郎が和服に丸刈り頭に丸眼鏡で描かれているのは奇妙。初期作品じゃ、まだ明智のイメージが固まっていなかったんだなあ。 なんと本文庫で、初出以来77年ぶりに、初めて『恐ろしき錯誤』中に引用されていた英文の出典が解明された。エドガー・アラン・ポー作の『黄金虫』……って、そんなん、私ゃ読んだ当時から知ってたぞ。あまりにも明白過ぎる事実だと、却って「もう誰かが指摘してるんじゃないか」と研究発表がなされないことがあるのだ。 20世紀の小説の読み収めは一番好きな作家にした。乱歩バンザイ。
絵本、中川いさみ『ぼくはぐっすり眠りたい。』、専業の絵本作家でない、マンガ家が絵本を書いたりすると、たまに傑作が生まれることがある。歪んだ童心主義に捕われていないためだろう。本作も実にナンセンスな傑作。眠る場所を探して子供が海や空を旅をして行く展開は想像の範囲内だが、オチが秀逸。「円環無限に果てなき、一つの永久運動装置、あーあー空洞なりー」(c.J.A.シーザー)。 ビートたけし編集長『コマネチ!2』、読む。読みどころが多くて、とても紹介しきれない。小ネタを一つ二つ。 たけしと石原慎太郎との対談にあった話で、今や既に「ペンキ屋」「八百屋」「魚屋」、全て禁止用語だそうだ。さて、これでも差別反対を唱える人たちは「言葉狩りはしていない」と言い張るつもりか。 『BROTHER』撮影中、アメリカ人スタッフは撮影経費を増やし、契約違反で違約金を取ろうと目論んでいたフシがあるが、北野監督はワンカットの早撮りでそれを回避したそうである。妥協もまた真なり、クロサワよりキタノの方が上か。実際、妥協しようがしまいが出来に大した差がないこともあるし。
夕方から父の床屋(これも禁止語(^o^))で散髪。年越しそばを食べる。 父が十日から入院するので、誓約書の保証人の欄にサイン。項目の一つに「勝手に外出しません」とあるのは脱走する患者が多いからだろうな(^_^;)。逃げるなよ、親父。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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