無責任賛歌
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| 2000年11月15日(水) |
みんな妄想の中に生きているのね/『リアル国家論』(教育資料出版会) |
どの職場でもそうだが、「人権研修」というものがある。福岡県は全国でも比較的熱心に取り組んでいる方だろう。 ただし、「取り組んでいる」ことと「内実が伴っている」こととは必ずしも一致しないんだよね(^_^;)。今日はなんとかいうその方面の専門の方(結構ジイさん)の講演を聞いたが、若い子にはほとんどピンと来ていない様子がアリアリ。 「東北の子供たちは『氷が溶けたら何になる?』という質問に『春になる』と答えます。そういう柔軟性が偏見を無くすのに必要なんですね」 ……譬えが違うような気がするのは私だけか? まあ、「差別はよくない」一辺倒の話よりゃマシかもしれんが。
残業で帰りが七時。しかし同僚は結構職場に残っている。そんなに毎日残らにゃならんほど忙しいということは、仕事のシステム自体に問題があると普通は考えてもよさそうなもんだがなあ。 昨日に引き続き、金を節約してバスで帰るが、今日は地下鉄に乗り換えず、途中から歩いてみた。バスで10分、歩きが40分、計50分。……って、オイ、昨日より遥かに速いぞ。結局昨日は乗り換えの待ち時間がやたら掛かっていたのだ。何やってんだ公共交通期間。
教育資料出版会『リアル国家論』読む。前作の『戦争論妄想論』に続く対小林よしのり本(^o^)だが、「実効的国家論を具体的に明示する」という意気込みのワリには「小林よしのり憎し」の論調で固まってるのが何とも情けない。辛淑玉など「理屈で感性には勝てない」と「負け」宣言してるぞ。 大体誰も指摘してないのが情けないのだが、小林よしのりは博多人である。本人もはっきりそう言い、自分のマンガを「仁○加(にわか)」に譬えているのに、どうしてみんな本気になって相手をするのだ。「にわか」の仮面をかぶったものは何を言ってもいいというのがルールであり、客は客でそれを見て笑ってさえいればよいのだ。 まあ、そういう博多人独特の感覚が他県人に通じないことが分かっていて挑発しまくる小林よしのりも悪趣味ではあるんだが。そういった小林さんの本音を見事に引き出せたのは、私が見たところ、『東大オタク学講座』の岡田斗司夫さんだけである。 あ、つまんない本だったけど、再録されてる樹村みのりのマンガ『解放の最初の日』だけはアウシュビッツで同胞を死に追いやるのに協力した少年の苦悩を描いた名作なので、みんな読もう。
| 2000年11月14日(火) |
年7回は風邪引いてるな、私/『まどろみ消去』(森博嗣)ほか |
風邪がまたぶり返してきて、頭痛と咳が同時に襲ってくる。発熱と嘔吐がないだけまだマシだが、どうかするとフッと意識が飛ぶので仕事にならない。睡眠は充分取っているし、立ってる時にも眩暈がするので、確実に体調を崩しているのである。 というわけで今日も早引け。金がないのでバスと地下鉄を乗り継いで帰るが、自転車で40分、タクシーで20分の距離が、山を迂回して1時間30分、800円もかかる。……これじゃバスカードにFカードも一週間と持たんな(^_^;)。
溜まって行くばかりのビデオテープを整理しようと思い立つが、頭がふらついているので、2本ラベルを作っただけで終わる。手書きでやれば早く終わるんだが、下手にカシオのネームランドを買ってしまったがために、つい画面を取りこみデータを書きこみ字体を変えたりしてるもので、やたら手間がかかるようになってしまったのだ。おかげでラベルを作っている間はビデオがじっくり見られない……って本末転倒を絵に描いたようだ。
病気でも本だけは読む。 カラーマンガ、松本零士『ちいさなマキ』、新聞連載の単行本化で、コマを切り貼りしている上にストーリーも脈絡無く飛びまくる(松本零士はいつもそうだが)ので読みにくい。第一、主人公のマキが状況に流されるばかりで全く動かないのだ。でも、考えてみたら、この人の作品の面白さは、『男おいどん』にも見られる通り、大志はあるが何も出来ないダメ男(アンチヒーロー)が「今に見ていろ」と涙にくれる情けなさをリアルかつユーモラスに描けるところにあったのだ。実は純粋ヒーローを必要とするSFやファンタジー向きの人ではないのである。 森博嗣の短編集『まどろみ消去』、ここに至ってこの作者、本当は本格ミステリなんて書く気がないのだ、ということに気付く。「理系ミステリ」と言う惹句に今まで騙されていた。作中のトリックがチャチだったり机上の空論だったりしていたのは、ワザと狙ってやっていたのだ。「世の中に論理的に割り切れることなんて無い」……誰ぞと全く逆のことを言ってる感じだが、このシリーズ、一種の幻想小説として読んだほうが楽しめる。完全にミステリから離れた「心の法則」や「キシマ先生の静かな生活」は異端者の悲しみを淡々と描いた名編であろう。 ……って、この文章、萩尾望都の解説にインスパイアされて書いてます。すみません(^_^;)。
| 2000年11月13日(月) |
泣いてるようだが怒っているのです/『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版』4巻 |
休んでいた同僚が復帰。結局仕事の代理は一日だけ。公式には「ご病気」ということになっていたので、本人に挨拶してみたが、案の定、言葉を濁される。 「……いろいろあったんです。……あとでお話しします……」 確かに元気がない。十中八九、失踪してたんじゃないかと思うが、本人が「いつか話す」と言っている以上、それ以上は聞けない。その「いつ」がいつ来るかは分らんが。 それにしても同僚が戻ってきたのに、この職場では何の説明もない。それ以前に周囲が本人をねぎらうような気配すらないのだ。まるでそれまでの欠勤が「なかったこと」のようにみんな振舞っている。 SFならこういう状況、よくあるんだがな(^_^;)。でもここはミステリーゾーンでもアンバランスゾーンでもないのだ。この事態が現実なら、それは不人情を通り越して「異常」なのではないか? でもSFだとそう考える当人が実は「既知外」ってことになっちゃうんだよなあ(+_+)。私の「入院」も近いか?
藤子・F・不二雄『SF短編PERFECT版』第4巻読む。今回初収録の自伝『スタジオ・ボロ物語』は、20年以上昔、別冊少年ジャンプがマンガ家に自伝を描かせたシリーズの一本。これまで雑誌に再録されたことはあっても、単行本にはずっと未収録。久しぶりに読み返すと、特に悲しいシーンもないのに涙がこぼれる。 このシリーズ、今考えると超豪華なメンバーが執筆していた。手塚治虫、石森章太郎、赤塚不二夫、藤子不二雄、ちばてつや、ちばあきお……。 一時期、私がマンガ家になりたいと思い、背景の斜線やカケアミの練習をしまくったのは、ちばあきおの自伝を読んだからだった。……みんなどうしてこんなに早く逝ってしまったのか(いや、生きてる人もいるって)。
丁度今日はCSで『キカイダー』の第5話。自分の醜い姿をミツ子に見られたくないジローが、イエロージャガーと戦いながら叫ぶ。 「僕は醜い……けれど、会いたい人がいるんだ!」 原作版『キカイダー』の結末を知っているだけに、このセリフは余りにも悲しい。ヒトは、生きる意味を否定されたところから生きることを始めなければならないという事実を、石森章太郎はよく知っていたのだ。 『エヴァ』や『もののけ』がそれ以前の段階でウダウダしていたことを考えると、若いアニメファンに手塚・石森・藤子作品をもっと読めよと言いたくなる。 ……オヤジだなあ。
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藤原敬之(ふじわら・けいし)
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