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2005年12月03日(土) NHK杯(ドイツ気触れ)

なみはやドームへ、フィギュアスケートNHK杯に行って来た。特に応援しているという選手がいない今期であるが、久々の地元関西での開催ということで赴いたのである。

座席はKiss&Cryのほぼ真上だった。滑走順を待つ選手やコーチの姿、そして点数を待つ間の選手の表情までも見ることができた。リンクいっぱいに滑る様子が、優雅に大きな絵を描いているように見えるのも、生の会場ならでは。


唯一の応援グッズ(ドイツ国旗と、開会前に書いたパネル)は活躍したが、勝利を祈るシュテファン・リンデマンは今日は調子が悪い。滑走後に投げ入れたテディベアがむなしく彼の前を転がった。

明日のフリーで巻き返してほしいと、"good luck"のメッセージを添えたが、応援の声は果たして届くだろうか。


2005年11月09日(水) not my universe?

朝の通勤中には冷気で頭痛。その後も定時まで、気分も低下気味だったが、ピアノレッスンでベートーヴェンがいつになくうまく弾けたので、帰り道は弾むような気分になり、めずらしくサンクスに寄ってみたりする。夜はモートン氏と少し電話でお話。最近は話す英語が文語っぽくなっていると自分でも気付いている。今日なんかは"I used to cursed my fate"などと言ってしまった。無論、日常において英語でコミュニケーションという機会などないからだ。仕事においても、最近は比熱計算、重量、粘度等の計算が専らで、英語ならと満を持して始めたこの仕事の意義もどこへ行ったのやら。


2005年09月25日(日) 大阪、京都、神戸/衝撃

昼は問屋で買い物。帰りにシモジマでハロウィーングッズを購入。豆電球で光るパンプキン。その後京都へ。お世話になっている不動産屋に写真を持っていく。稲荷駅から歩いていると、周りの風景が所々変わっていることに気づく。そういえば、ダイエーはまだあるのだろうかと思いつつ、今日は時間がないこともあり、立ち寄る事は断念。モートン氏とも待ち合わせしていたので、母と不動産屋の奥さんとともに京都駅へ。私とモートン氏は駅前のスタバで雑談。バーモント州産のメイプルシロップも、お土産にいただいた。1時間ほどで京都を発つ。思いがけず恋人の仕事が終わる時間と重なったので、三ノ宮で降りることにした。夕食はとびきり美味しい豆腐がある店へ。

誘惑に負けて買ったCDを今日持って行った。それでも京都〜大阪間は「未来」ばかリピートで聞いていた。それ以外にスキップせずに聞いていたのは1曲目と「僕らの音」「and I love you」「ランニングハイ」くらいで、シングルを買っておけば十分だったかもしれないと最初は思った。いずれこの1枚の奥深さを知っていく事になるのだろうか。気分が悪くなったのは「隔たり」。歌詞の衝撃と生々しさのせいではない。その壮大なバラードにこめられた言葉の意味と、そこに歌われた男女間の、漠然とした心理的、肉体的「融合」の意味。それらを、だれもがそうするように、自分の中で解釈したときのその衝動で、気分が悪くなったのだ。いつだったか、およそ望まない展開のストーリーを読み、その物語に自分を重ねたときに受けた衝撃に、似ていた。


2005年09月24日(土) 署名活動@元町

今日は救う会の署名活動。有本さんと増元照明さん、西岡力さんらが来ていたのもあり、報道陣かなり多し。署名も積極的にしてくれる人が多かった。

夕方は夕食準備と買い物。誘惑に負けた。BUMPのCDを買う予定だったが、目当ての商品が見つからない。そのまま帰ればよいところを、店内で流れていたミスチルの「未来」を無視する事ができず、手にしてしまう−アイラヴヨー


2005年08月06日(土) 元町/加古川

三ヶ月振りにOに会った。さらに日焼けしているようには見えなかったが、笑顔と自信に溢れた表情はさすがに磨かれていた。お昼はドネツクで、日替わりランチとボルシチ。その後ダンケでお茶する。オーストラリアの写真もたくさん見せてもらった。彼女もまた、目標を定めて活動開始とのこと。

夕方は加古川で岡田克也演説会に行った。緊急のことで会場が押さえれなかったらしく、今日の会場、ホテルアゼリア1階もも即席の会見会場という感じで、さすがに席は足りなかったのではないか。講演は15分ほどで終わり、後半は質疑応答に当てられた。それを知らなかったので、質問等を簡潔に、またひとつに絞るという準備もしていなかったので今回は見送った。悔やまれた。まあ、実際に現物を見るだけでも、岡田氏の誠実な人柄はよく分かると思う。是非政権をとってもらいたいところだ。


川村 |MAIL