Stars in heaven

2006年01月28日(土) 気にしたくないけど気になる

何ともなく経過して異常ないと思ってたのも束の間、
家に帰り着いて安堵した途端、喉から胃の辺りに違和感。

多分、神経から来ている気のせいと思う。
現に術前、『欝の症状も出る場合が有るけど』チラとこっちを見てから
『あなたの場合、心配ない・・な』と言われた事が有った。

その時は今の様な症状が起こり得るとは思いもせず
『先生、そんなぁ(笑)』と突っ込む余裕すら有ったのに・・・

「10年後どうなるんだろ?」的心配は無いけど、あまりの体力の減退に
戸惑ってる自分が居ます。

食べ物も、退院日の朝まで全粥だったのが、いきなり少し固めの
白飯を食べたりしたものだから「胃に負担がかかってるんだ」
と思いこませたい自分が居ます。


声の変化に取り乱し中・・・

術後もずっと退院間近まで、変わり無く出てたのに
今は擦れるし出しづらい。話が続けられない。

喉の違和感に悪あがき中・・・

唾を飲み込むだけで、喉に違和感と突っ張る感じ。

やはりコレも神経(自律神経)から来るのか?

そう言えば、子供が小さかった15年以上も前に
“喉ノイローゼ”なるものに罹った事があり、その時の症状に似ている。

喉に何か詰まっている感じがして麻酔をかけて調べて貰ったけれど
狭まってるワケでもないし異物が引っかかってるワケでもない。

黙っていても感じる違和感と飲み込む時の不愉快な気になる痛み。
それら症状の全ては“喉ノイローゼ”で片付いた。
実際、暫くすると症状は無くなって行った。

少しずつ体力がついて身体が回復してくのに
合わせて落ち着いて行くのかな。

自力で動ける様になったら耳鼻科で診て貰って決着しよう。



2006年01月27日(金) あぁ ダメだ・・・

一旦家に戻り、持ち帰った物を置いて
今夜のおかずの材料を買いに店まで。

チーフに「退院の挨拶を」と思い、待ってる間に
立っていられなくなってしまい挨拶もソコソコに急いで車に。

早く座りたい横になりたい。

「買い物なんて、と〜んでもない!」状態だった。

おかしいな?ホンの少し前までは大丈夫だったのに。

‘外界’に放たれた途端の身体の怠さ・・
実体験はないけど‘Gがかかる’とでも言うか。そんな感じ。

そんなワケで今夜の晩ご飯 冷蔵庫に有るモノで作ります。



2006年01月22日(日) ありがとう

今、笑って居られるのも
快適に回復を待って居られるのも

全て全て 目に見えない“force”に守られてるから。
それは無事を祈る、私を取り巻く人々の思いと願いと
神の力だったり仏の加護であったり。

亡き父に願いました。亡き母に力を借りました。

今、こうやって居られるのは
最善を尽くしてくれた執刀医と看護師さんのお陰。

摘出した甲状腺は病理検査で白黒つきます。
それが黒であっても、この先10年の生存率は9割。
残りの1割に入ってたらイヤだけど…。

声も、奪い取られる事なく戻って来てくれました。

ありがとう 本当に本当にどうもありがとう



2006年01月20日(金) 手術当日です。

昨夜21時より食事、今朝8時から水分制限

絶飲食始まりました。それにしても、腹減った…

昨夜、眠剤飲まされたけど効果は有ったのかどうか。
手術前日の晩だと言うのに不思議と不安に思わなかった。

執刀医に図解で説明されながら不安を解決して貰えたから。

看護士が『頑張りましょう』と声かけしてくれたり
手術室担当の看護士が簡単ではあるけど
手術の流れや状況を説明しに来てくれたり
少しでも不安を取り除こうとしてくれてるのが判るから。

例え摘出した腫瘍が悪性のモノだとしても
為るしかならないし、ココまで来たからには
全てを任せるしかないでしょう、その道は素人だもの。

さすがO型、楽天的!?(笑)

あ〜それにしても、腹減った(爆)



2006年01月17日(火) 何やってんだ自分・・

え〜明日は遂に入院しちゃうんですが
洗濯してました。アイロンかけてました。

何とか荷造り(笑)終えて一息。
で、ブログやら日記やら更新してます ヾ( ̄∇ ̄;)

でも何か忘れてる気するのは何故?



2006年01月15日(日) 悲しい性(さが)

北海道は3日遅れの‘PATIPATI’を12日に購入。

西川のページ自体は3ページ程だったけど
今月の目的はコレ→■■■

10年間に掲載された記事全てが載ってるとなると
税込1万円と言えども、買わずに居られないんだなコレ(苦笑)



2006年01月14日(土) そろそろ落ち着かなくなって来た




13日術前の検査や説明。14日祖母・伯母達の祥月。17日伯母の3回忌。

休んだり仕事に出たりが面倒なのと気忙しいとで
昨日から約1ヶ月休暇を貰い、仕事を気にしない生活に。


そんな中、14時指定で中央病院まで行って来た。

採血はせいぜい試験管2本だったのが今日は5本!
その他に心電図と呼吸器機能検査と胸部レントゲン。

さすが術前、検査が違う(笑)

呼吸器機能検査は掃除機のホースみたいなのに
紙の筒が付いてて、それを吸ったり吐いたり
指示されるまま従ったけど、苦しいの何の。
吐き切る時、頑張ったけど『それしか吐き出せない?』
と言われても、苦しいんだからね〜(汗)

一通り検査を終えて、入院に際しての説明を少し。

手引書やら誓約書を前にして 遂に現実味帯びて来ました。



2006年01月10日(火) 再考

『もう少し落ち着いて考えた方が良いよ』
いつでも沈着冷静な松山さんが言いました。

二日経った今、変わらず仕事してて。
接客したり雑用をこなしてて、つくづく思った事。

気難しい面倒な客を相手にしなきゃならないし
現金の扱いにも気を付けなきゃならない。

それらを引っ括めて思った事、それは
「やっぱり接客の仕事が好きだ」と言う事。

人によって受け取り方、印象はそれぞれで
全ての客に贔屓されるのは無理に決まってる。


お辞儀の角度が足りないと言うならバカ丁寧に、
客を待たせてでもヤってやろうじゃないか!
読み上げしないのが悪いのなら時間がかかっても
一つずつスキャンしながら、客を待たせてでも
価格読み上げしてやろうじゃないか!

手を抜くとか雑とか、そう思われるのは心外だけど
少しでも客を待たせたくないと思う心意気を
多少なりても判ってくれる客が居る限り
体力と相談しながら、完全に働く気力を失わない内は
「もう少し頑張ってみようかな」と思い始めてる。


T.M.Rデビュー10周年の記念すべき年に、
「資金不足で不参加」なのは悲し過ぎる‥

それが辞める気持ちに歯止めかけてる一番の理由かも。



2006年01月08日(日) 気力、失せた‥

今の仕事を始めて丸4年。

声の事も有るけど、匿名のクレームにうんざり。
くだらない事に名指しで難癖付けるなんて

かなり、暇?

仕事自体楽しいけど、気持ち離れた今。
まとまった収入が無くなるのはキツいけど
夫や子供達の了解を得た事だし。
辞める方向に傾いて来てます。

ただ一つ残念なのは西川資金が無くなるって事。


ロッカーに置いてある私物を少しずつ持ち帰るとして

あと5日



2006年01月07日(土) 娘に『可愛い』って言われたよ。

頭の形もツムジの位置も
クセや髪質だって、ましてや性別違うのに
『こんな感じに仕上げて』なんて言われたら
所詮、本人じゃないから土台無理!なワケで。

それでも「何とかお願い」と切り抜き写真持ち込み
無理を承知で西川スタイルにして貰った。

あらゆる角度からの写真だったらカッティングし易いものを
似た感じばかりのセッティング済みのじゃ
多分「判るワケないじゃないのよ〜」だったに違いない
それでも、そこはプロだから近いモノに上々の仕上がり

mayu ありがと!!!

年甲斐もなく浮かれちゃって我ながら可笑しいけど
コレで、何とか頑張れるよ。



2006年01月04日(水) どうぞ、杞憂でありますように

正月も既に3日過ぎて、本日仕事始め

2連休出来たワケだけど、正月モード入ってたので
毎度やり慣れてるレジ精算に一瞬だけ戸惑い
『何やってんだろね〜』と笑いつつ勘はすぐ戻ったけど。


入院、手術の当月となりました。
最初は見た目重視で傷跡がどうなるかを気にしてたのに
今は、仕事が続行出来るかが問題の声の擦れ…

声帯の神経に触れるか触れないか次第で
「今の声に戻れるんだろうか‥?」と、そればかり。

周りの人に『声次第で仕事辞めるかもしれない』
と最悪な事態に備えて予防線張りまくり

今の仕事が好きだから、実際声が元に戻らなくて
辞めなければならなくなったとしたら

病気自体じゃなく、仕事に無くてはならない声が
凡そ美声とは言えないけれど、それが
無抵抗で奪われてしまうのだとしたら

まだ術前だと言うのに、そう考えるだけで
涙が出るくらい悔しい。


どうぞ、杞憂でありますように…



2006年01月01日(日) 今年もよろしくお願いします。

今年の紅白、スキウタ投票3位の“WHITE BREATH”

小林幸子さんの次って事でスタンバイしてたのに
キャーキャー言ってる間にボタン押し忘れ・・・

「あぁSTAR WARSかぁ」何て暢気で、バカなんだろ自分


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