やるきまんまんの日記
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学生時代の初期にやっていたサークルのOB/OGの掲示版ができた。 とても懐かしく読んでいるが、書き込むことができない。 筆が止まるんだよね。
あのサークルは人々はとても良い人たちだった。 でも、あんまりいいお別れをしなかったし、 障害者という存在があの掲示版/空間を取り乱すんじゃないかと恐ろしい。
このことについては、また書くとしよう。
ウォーターボーイズついて三回目鑑賞達成。
障害者の立場として、今回のアメリカのテロ報復に憂慮しています。
今回のテロによって、被害に遭われた人々とその親しい/近しい人々は、 テロ集団の都合により大きく人生の変更を余儀なくされたはずです。 報復は同じように、アフガニスタンの人々の人生に、彼らの望まない、 テロ集団及びアメリカの報復に巻き込まれた形での大きな人生の変更を迫るものだと思います。
また、今回の報復によっては、 私たち自立生活する障害者の生活をも変更せざるを得ないのではないかと心配しています。 つまり、障害者が望むと望まないに関わらず、 施設又は親元での生活という選択を迫られるのではないかと。
私自身が心配していることは、報復による経済の混乱に伴い、介助者やその家族の生活基盤が崩れ、 介助を続けられなくなるというものです。 それは介助者やその家族、そして障害者に人生の変更を迫るものであります。
もし、今回の報復がこのようなことを視野に入れず、 つまり市民の生活の変更を前提に行われるのであれば、 それは間違った方法なのではないかと思います。
戦火を最小限にと停めたテロ事件の解決を望みます。
『裸足のピクニック』
『ウォーターボーイズ』先週土曜日に劇場上映されてからはやくも二度も見に行ってしまいました。 今度はいつ観に行こうかなとニヤニヤ考え中です。
家の中はただいま『WB』でかかっていたシルヴイ・バルタンの『あなたのとりこ』が何度もリピートされています。
この映画はかなり娯楽性が高いと思うます。 矢口監督はこれまでも質の高い娯楽映画を作ってきましたが、集大成といってもいいかも知れません。 勿論彼にはこれ以上の映画を作っていただきたいのですが。
多分今回の映画は彼の得意分野なんではないかと思います。つくりとして無理がないし。 会心の作だと思います。難癖を付けると前半少し怠いのですが、そのだるさを一気に吹っ飛ばすラストのシンクロがあります。音楽の選択も素晴らしくよい。
個人的には、説教臭さがなく、恋愛ものでもないところがいいです。
はやくDVD発売しないかな。
その前にもう一度劇場へ。
いったい何なんだ。 なんでこんな事になるのか。 欲望が操作されて、幻想となり、逃れなくなるということなのだろうか。
その操作に乗らない技法を生み出す必要があるのだろうが。 どうしたらよいのか。
それともこれはただの経験と捉えればよいのか。 開拓の一環と捉えればよいのか。
両方だと思う。
そして多分こんなものなのだと思う。 大したことじゃないのだとも思う。
取り合えず、話してみようと思う。 話そう。
取り合えず、操作からのがれてみようと思う。 逃れよ。
む、虚しすぎる。 ストロベリーの玩具を\4000も出してかったのに…。 そもそもこんなものを買おうと思った時点で、気付くというか、自制していれば…。 どうしようかな?これ。
最近なんかケーキとか甘いものが食べたくなる。 どうしてでしょう?
『好き』:見る必要なし 『NAGISA』:主演の女の子が女の子*2していなかったのがよかったのでは?ただこの手の映画はもっといいのがあるような気がした。『熱帯魚』とか?
集いがあったのですが、集うということはやはりすごいと思った。
>私は、寂しくなったり落ち込んだりすると、誰かと話したくなる。 >ついつい誰かに頼りたくなってしまう。 >こんな自分を弱い人間だと思う。
とある人のWeb日記。 自分のことを弱い人間だと思ったことはないと思う。怖くてそんなこと思えなかったのだと思うし、今もそうなのかも知れない。
ただ、なぜ自分を弱いと思わなければならないのかとも思っている。 なぜ弱くてはいけないのか? 何に対して弱いのか?
多分そもそもそんなこと思っている暇はない。 常に僕を押し流そうとする波は激流として流れてくるのだ。 一瞬の気の緩みで、流され、立ち上がれなくなるのだと思う。
そしてそんなやつは見捨てられるような社会になっているのだと思う。
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