心の家路 たったひとつの冴えないやりかた

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たったひとつの冴えないやりかた
飲まないアルコール中毒者のドライドランクな日常
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2012年01月31日(火) 混ぜるな危険的AC論

いろいろとウンザリしているので、愚痴みたいな事を書きます。

共依存概念に関する混乱については、ちょっと前に長々書きました。そうなると、AC概念(アダルト・チャイルド、アダルト・チルドレン)についても書くことになります。

共依存について(その1) で、こう書きました。

> 1970年代に、コ・アルコホリズムやパラ・アルコホリズムという概念が成立しました。これはアルコール依存症(アルコホリズム)にかかった人と一緒に暮らしているせいで、家族も依存症本人と同様の考え方や行動が身に付いてしまう、つまり疑似的な依存症になってしまう、という考え方です。アダルト・チルドレンという概念もここで同時に成立しました。

アディクションはその人を無能力化・無責任化してしまいます。だから、本人にかわって家族がその責任を引き受けることになります。奥さんがアル中ダンナに手を取られてしまうと、どうしても子供たちの養育がないがしろになります。子供たちは本来必要な世話を受けられずに成長します。手不足な家庭の中で、まだ幼いのに、自分のことは自分でやり、時には母親の助手として、あるいは母親の相談役として、大人としての責任を担わされます。
その一方で、父親の暴言・暴力が激しかったとしても、母親はなかなか守ってくれません。昨今ではDVは警察を呼ぶなど外部化することが勧められていますが、なかなかそうはなりません。

そんなわけで、自分の必要を満たしてもらえない(世話してもらえない)、むしろ自分で自分の必要をないがしろにし、優先して他者の必要を満たし、責任を過剰に背負う思考パターン・行動パターンを身につけて大人になります。

しかし人間は無限のエネルギーを持っているわけではないので、そんな自己犠牲はどこかで限界に達します。その時に、様々なトラブルが起きてきます。アル中の子供が成人するとアル中に成りやすい(世代伝搬しやすい)ことは昔から知られていましたが、成人してアル中にならなくてもどこかヘンであるということが知られるようになり、「アルコール依存症者の成人した子供たち」(Adult Children of Alcoholics)という概念が誕生しました。

だから、元来の意味での共依存(アディクションの人の家族)という意味では、AC=共依存ということになります。ACの人は、親にないがしろにされたことに恨みがあるわけですが、その恨みが表面化しているよりも、むしろ内面に抑圧されていることのほうが多いわけです。

ここで気をつけなければならないのは、親子関係が悪いことがすなわちACではないということです。親子関係の悪さには様々な原因があり、共依存的な関係が成り立っているとは限りません。親子関係の悪い子供がみな、自分の必要をないがしろにして他者の必要を満たすような行動パターンを身につけるわけでもありません。

だから、親子関係が悪いとか、親を憎んでいるからACだ、というのはあまりにも単純化しすぎです。成人しても親に経済的にべったり依存しっぱなしとか、親の家にひきこもりってのは、どうみてもAC概念にそぐいません。(むしろ親が子供の面倒を過剰に見てないか?)。「俺がこうなったのは親のせいだ」という憎しみを持っていたとしても、それがACを意味するわけではありません。

ところが、親子関係の悪い人をみかけると、すぐにそれをAC扱いしてしまう人がいて困るのです。アディクションの問題でメシを食っている人ですらこれをやります。このようなACに関する誤解は広く広まっている気がします。

それをやられて一番困ってしまうのは、ACの人がアディクションを持ってしまった場合です。先ほどACとはアル中になれなかった人たちだと説明しました。アル中になってしまえば、ACは関係ありません。本人性のほうがAC性より優先するからです。

AAの12のステップには「ACの場合には」という注意書きはありません。それはAA誕生がAC概念成立よりずっと前なので当然なのですが。ACであろうとなかろうと、アル中として12ステップをやるには何ら変わりがなく、一括して扱って不都合がなかったのです。(むしろ12のステップがちきんと伝わっていなかったのが不都合の原因でした)。

だから、AAの12のステップでは、親に対する憎しみを特別扱いすることはありません。親への恨みも、その他の人への恨みと同様に扱うし、当然親に対する埋め合わせも回避しません。そんなことをすれば、12ステップによる回復がおぼつかなくなるからです。「恨み」には他者に責任を転嫁するために使われる側面があります。それをやっている間は回復できません。

あなたはACだから、という理由で、親に対する恨みを免責してしまったり、親への埋め合わせを回避させてしまうと、その人の回復の手助けするのではなく、足を引っ張ることにしかなりません。

ジョー・マキューの『回復の「ステップ」』(通称赤本)は、1990年の出版ですが、これは12のステップをアルコールや薬物の依存ばかりではなく、ACや家族の問題にまで拡張した意欲作であり、ある意味ジョーのステップのプレゼンテーションの究極です(だからこそ日本でも多くの愛用者がある)。しかし、そこでも親との関係を例外扱いすることはありません。

とは言うものの、まったくAC性を無視して良いか、となるとそうではありません。AAの12のステップは、他者をなじることをやめ、責任を自ら引き受け、他者への奉仕を通じて自尊感情を育てていく構造になっています。これは社会適応性を向上させるので大変良いのですが、「自分の必要をないがしろにして、優先して他者の必要を満たそうとする」というACの思考パターン・行動パターンを助長する側面を持っています。

だから、AC性を持った人が12のステップをやると、アディクションが止まるのは良いのですが、数年すると苦しくなってくるということが起きます。だからこの時点でACとしてのケアをすればいいわけです。ACのグループに通い、ACとしての12ステップをやればよい。それはアディクションにならなかったACの人たちに遅れて合流するということです。

まず、アディクション本人としての回復のステージがあり、次にACとしての(あるいは家族としての)回復のステージがある。このような構造化が必要なのですが、いままでそれがなく、本人性もAC性もごっちゃごちゃにされています。

よくある誤解は、ACが原因となってアディクションに発展したのだから、まずACの問題について扱うというやつです。なにが原因で依存症になったにせよ、依存症の問題を第一のものとして扱うのが基本です。なぜなら、酒や覚醒剤をやっていたのでは、ACとしてのケアもあったものではありません(それはギャンブルなどのプロセス系でも同じ)。きちんとアディクションを止め、安定させることを優先し、その上でAC性に取り組まなければなりません。

日本のACグループがいまいち発展してくれないのは、まだまだ本人性が強く、酒や薬その他のアディクションから未回復の人たちが、ACグループに送り込まれて混乱を招いているからだと思います。それを送り込んでいるのは、実はアディクションの支援者たちだったりします。

ACであろうとなかろうと、親による虐待を経験し、トラウマによるフラッシュバックがステップに取り組む妨げになるという場合には、12ステップよりもトラウマ治療を優先すべきです。最近は暴露療法ばかりでなく、EMDRという良い治療法も日本に導入されており、実施するお医者さんも増えていると聞きます。EMDRですっかり良くなってしまったというのなら、そもそも12ステップは必要なかったという話にもなります。

ACであろうとなかろうと、親に対する恨みは強固な場合があります。そのあまりの頑固さに辟易してしまい、「ACだから」という理由付けをしてその問題を回避して通ろうとするのは、ステップを援助する側が陥りやすい落とし穴です。だからこそ、その誘惑に負けてはいけません。ガンの手術をする時に「面倒くさいから(例えば肝臓の裏側にあるから)」という理由で病巣を取り残す外科医はいません。そんなことをすれば再発間違いないからです。しかし、アディクションではしばしばそういうことが行われます。

スポンシー(施設ならクライアント)は、「回復したい」という気持ちと「回復したくない」という気持ちが両方ともあるアンビバレントな状態です。その天秤を「回復したい」という側に傾けるのが良い支援者です。「回復したくない」、つまり回避したいという気持ちを助長してしまってはダメなのです。

僕がジョー・マキューに惚れ込んだのは、彼が自分の施設用に作った12ステップのプログラム「リカバリー・ダイナミクス(RD)」が、視覚化と構造化によってすっきり分かりやすく整理されていたからです。しかし、どんなに素晴らしい道具であっても、それを使う支援者側の頭が構造化されていなければどうにもなりません。

いや、構造化によって援助職を援助するということが、RDに限らずアディクションの領域全般に必要なのでしょう。


2012年01月27日(金) 「心の家路」の10年間

このサイト「心の家路」を始めて10年を経過しました。

10年前の自分がどうだったのか、すこし振り返ってみたいと思います。

AAでは「12のステップ」が大事にされており、ステップによって回復することになっています。しかし、12ステップがどんなものなのか説明してくれる人は、当時の僕の周りにはいませんでした。もちろん、僕にもスポンサーがいて、その人には大変世話になりました。彼がいなかったら今の僕はなかったわけで、大変感謝しています。

AAでは当時でも今でも、最初の三つのステップがとりわけ大事だとされています。アルコールに対する無力を認めるステップ1、自分より偉大な何らかの存在が自分を救ってくれると信じるステップ2、その存在に自分の「意志と生き方」をゆだねる決心をするステップ3です。

この三つは「認めて・信じて・お任せ」という言葉でくくられて語られます。それはどういう意味かとスポンサーに尋ねたところ、「あなたは、アルコールに勝てないと感じたからこそAAミーティングに通っている。それは自分が無力だと認めたからだろう。それがステップ1だ」と教えられました。

同様に、AAが助けてくれると信じたからこそミーティングに通っているわけで、それがステップ2である。さらには、自分の生き方をAAにゆだねようとしているからこそ、ミーティングに通っているわけで、これがステップ3である。というわけで、ともかくAAミーティングに通い続けることが、ステップ1・2・3であるという話でした。

これはこれで、かなりシンプルで良い考え方だと今でも思っています。2〜3分の説明で済む利点もあり、ミーティングに通っていないとか、通い出して間もない人にはとりあえずこの説明で十分かもしれません。しかし、その先はどうするのか?

それでも僕は、ステップ4で長いストーリー形式の棚卸しを書き上げ、ステップ5で人にそれを話して聞いてもらいました。でもそこまでだったのです。ステップが階段を上ること(下ることでもいいけど)だとすれば、ステップ5まで行ったところで、次の一段がなく、ずっと長い広い踊り場が続いているようなものでした。ステップ5の時に自分の人生の長い話をして聞いてもらったことで得た開放感や高揚感は素晴らしかったものの、その効果は2〜3ヶ月しか続きませんでした。

12ステップは良いもののはずなのに、自分には効果が不十分だったし、効果を上げる別のやり方も手に入りそうにない・・。そう思うとAAがツマラナイものに思えてきました。かといって、完全にAAを離れると再飲酒が待っていそうで怖い。すぐに飲むわけじゃなくても、何年も離れているとヤバいみたいだ・・・。

そんなジレンマを抱えた状態で始めたのが、この「心の家路」です。しかし、ネットに突破口を求めるとか、そういう発想はなく、ただ単に手詰まりだったので、できることをやってみただけです。

やっぱりネットの中に突破口は見つからなかったのですが、変化のきっかけはネットが作ってくれました。僕のサイトはAAのなかで少しだけ知られるようになり、僕の文章を読んだAAメンバーと知り合いになりました。

当時の雑記を読むと、熱に浮かされたような文章を残しています。
仲間が増えない?
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=19200&pg=20030828

1950年代のアメリカと現在の日本では状況が違い、多分アルコホリズムとされる病気の範囲も異なっているでしょう。でも、その違いを考慮に入れたとしても、今の日本のAAの有効性は低すぎやしないか。そういう話です。

僕が方向付けを得たのはこの頃だったのでしょう。自分は変化を続けていると思います。けれど、あの頃も現在も、目指すものは変わっていません。それは「一人でも多くのアルコホーリックが助かって欲しい」ということです。一人の人間が出来ることは微々たるものですが、AAという集団が成長すれば、より多くの人が助かるはずです。

あれからビッグブックのやり方で12ステップに取り組み、その経験から有効性を確信するようになりました。AAに対する信頼を取り戻したとでも言いましょうか。しかし一方で壁にぶち当たったこともあり、その頃に発達障害概念と出会いました。今では標準的なプログラムを提供することばかりではなく、一人ひとりの特性に合わせた支援が必要だと考えるようになっています。

僕の成長は常に人との出会いによって起きてきました。「心の家路」を始めた頃は、県内のAAメンバーを中心とした限られた人たちばかりでしたが、やがて県外のAAメンバー、そしてアルコール以外のアディクションや隣接分野の人たち、様々な施設の人、いろんな人から機会を与えられてきたと感じています。

慣れないことをすれば必ずつまずきや失敗が待っています。けれどそれを恐れていては成長も回復もありません。前へ進めば以前とは違った風景が見えてくるし、上へ登ればより広い範囲が見えてきます。その時に、以前の自分が持っていた考えは、狭い範囲にしか通用しないものだったことに気づかされます。

最近はなかなか忙しくなってしまって、雑記を毎日更新することも出来ていません。雑記を書けば、なにかしらレスポンスをもらえるのは嬉しいことです。いつまで続けるかなんて何も考えていませんが、続く限りおつきあい頂ければ幸いです。

本で読んだ知識ではなく、アディクションの現場に身を置いて考えること、そしてより多くの人が回復を手にして欲しいという願い。いままでもこのふたつの原則を大事にしてきたのですが、これからもその点は変わらずにありたいと思っています。


2012年01月24日(火) 共依存について(その7)

さて、ひさしぶりに長い連載?になりましたが、そろそろまとめに入りたいと思います。

元々は疑似アルコホリズム(パラ・アルコホリズム/コ・アルコホリズム)として、アルコール依存症者とその家族に限った病理を表していたものが、やがて共依存というアディクションに限らない社会学的な概念に発展する中で、実はアディクションのケアについての有効性を失っていったのではないか、という考えに至りました。

しかし、共依存概念そのものが無効なのか。ギデンズは共依存をこう定義しました。

> 共依存症者とは、生きる上での安心感を維持するために、自分が求めているものを明確にしてくれる相手を、一人ないし複数必要としている人間である。つまり、共依存症者は、相手の要求に一身を捧げていかなければ、みずからに自信を持つことができないのである。共依存的関係性は、同じような類の衝動的強迫性に活動が支配されている相手と、心理的に強く結び付いている間柄なのである。

この定義に沿って考えると、アディクションの家族は必ずしも共依存とは限らないし、共依存者が必ずしもアディクション関係者とは限らない、と考えたほうがまとまりがつくではないでしょうか。

つまり両者は独立の関係ではないか。共依存概念が「アディクションの家族に限る」という条件を捨てたときに、両者の関係を独立したものにしておけばよかったのに、共依存概念をアディクションの現場に逆輸入したのが良くなかったのじゃないかと思います。

こう考えれば、CoDAという「共依存の12ステップグループ」という、一見矛盾に満ちたグループも存在の意味が見えてくるのではないでしょうか。(うつや統合失調などアディクション以外の分野に12ステップを使う応用は結構あるから)。

結論としては、「共依存概念はアディクションとは無縁なものとして捉えたほうがスッキリするんです」というあたりでしょうか。

じゃあ、家族の回復はどうすりゃいいのか。ここで考えてみて欲しいのは、共依存概念が成立したのは1980年代です。それ以前にもアディクションの家族グループは存在しました。アラノンの成立は1951年です。実に30年以上も前から存在しています。僕の知る限り、アラノンは共依存という言葉は使っていません。であるのに、アラノンは共依存系のグループより数的に成功しています。これは家族として回復するときに、共依存概念は必ずしも必要ないってことじゃないでしょうか。そして、NAやGAなど本人のグループがAAをモデルにしてできていったように、様々な家族グループもアラノンをモデルとしていきました。

だから、共依存のステップ1を説明しろと言われたら、そりゃCoDAの扱いでしょう、ってことになるわけです。一方、依存症の家族にとってもステップ1って何ですかってことなら、とりあえず共依存という言葉は無視して、アラノンのステップを調べてみるべきだってことになります。

いろいろ長々と共依存について批判的に書いてきましたが、共依存というものはきちんと存在すると思っています。だが、共依存とアディクションの家族としての問題は分けて考えるべきだと思います。アメリカにおける一部の考え方を、無批判に翻訳紹介し、日本のアディクションの現場に放り込んだ人がいたおかげで、その後ずっと混乱が続いているように感じます。

共依存概念にこだわるよりも、むしろそれを捨てて、家族がどんな問題を抱えているか概念を再構築する時期に来ているのではないでしょうか。

少し視点を変えて、アメリカでは1980年代から、日本でも2000年を過ぎてから、ビッグブックを使った12ステップの原点回帰運動が起こりました。AAの12ステップの成立以降にいろいろ12ステップにくっついてしまった概念を脇に置き、元々12ステップがどんなものだったのかを探ることで、ステップの有効性を取り戻す動きです。これは本人側のグループの動きでした。

同じことが家族の12ステップにも必要とされているのじゃないでしょうか。つまり家族版原点回帰運動です。その中核を担えと言われても僕には荷が重いですけど。

「心の家路」10周年記念シリーズとしてはちょっとショボかったとは思いますが、ここ数年感じている共依存概念の混乱に対するアディクションの現場からの苛立ちを文章にまとめてみました。

この一連の雑記を書くにあたり、山口大学の鍋山祥子先生が公開されている論文、および葛西賢太先生の書籍『断酒が作り出す共同性』を参考にさせて頂きました。文末となりましたが感謝申し上げます。もちろんこの7回分の雑記の内容については僕の考えであり、お二人が責を負うべきものではありません。

共振〜resonance〜
http://ds0.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~nabeyama/
宗教と霊性の研究
http://ktkasai.cocolog-nifty.com/


2012年01月23日(月) 共依存について(その6)

共依存概念では、他者の世話をし、そこに喜びを見いだすことを病的であるとしました。

僕には、アルコール依存症者が飲んで吐いたゲロや、失禁した便を掃除することに家族が喜びを見いだしているとは到底思えません。生活を維持するために、嫌だけれどやむを得ずやっているとしか思えないのです。

酒を飲む以外のことができなくなった夫にかわって、妻が一家のことを取り仕切っていることはよくあります。ところが、夫が酒をやめ、家族が正常な常態に復していくなかで、夫が自己主張を始めると、当然そこには感情的ないざこざが発生します。こんな簡単な例でも分かるとおり、酒をやめたばかりの一家の中はある種の緊張状態にあります。

家族は本来より多くの責任や権限を任され続けています。だから、普通より指示的・支配的になるのも当然です。また酔っぱらいから理不尽な要求を突きつけられ、憤慨することも習慣づいています。だから、そんな人たちが集まった家族グループで、仲間同士の関係がぎくしゃくするのは当たり前で、衝突も起こるでしょう。そこは本人たちのグループと変わりありません。

そうなると、他者と関わることにうんざりし、人との関わりを拒否したくなるのも当然かもしれません。だから自分が自助グループを必要としていると感じても、グループの運営には関わりたくないし、関わるにしてもそこでの人間関係を最小限にし、トラブルを最小限に抑えたいという欲求が生じます。

自助グループ、少なくとも12ステップグループには二面性があります。一つはミーティングという公式の場面、もう一つはスポンサーシップや仲間づきあいという非公式な影の部分です。

当然スポンサーシップは、他者の世話をすることです。それ以外にもグループの様々な役割があり、コーヒーカップを洗うことであれ、ミーティングで使う本を管理する役目であれ、何らかの「他者への奉仕」なくして、グループは成り立たちません(そしてグループがなければ自分の回復もない)。

つまり、回復を進めるためには、他者の必要を満たす奉仕や世話焼きが欠かせないのが自助グループ(12ステップグループ)です。

しかるに、依存症本人ではない(共依存系の)グループでは、回復していない者が他者の世話をしたり、グループの役割を背負うことが共依存の症状や再発として忌避される雰囲気があるため、しばしばグループの維持すら困難になっていると聞きます。それどころか、みんな自分のこと(自分のインナーチャイルド)ばかり気にして、同じ会場にいる他者への関心すら失っているグループすらあるといいます。

そして、そうした他者への無関心と奉仕への拒絶感は、本人のグループにも確実に伝搬しています。しばらく前にAAで起きたスポンサーシップの荒廃は、こうした他者を世話することを悪とする共依存概念(もしくは共依存への誤解)の影響を受けているのではないでしょうか。

もともと12ステップには、他者や集団への奉仕を通じ他者に受容されることを願うのは、人間の根源的な欲求(本能)だとしています。つまり人が生きるために必要不可欠な行為です。

日本ではAAですら数千人という小所帯です。しかしアメリカでは、AA・NA・アラノンという大きな三つのグループがあります(いずれも数十万人規模)。この三つはいずれも、スポンサーシップが活発で、メンバー同士の交流も密です。一方、そうした他者への奉仕と接近に忌避感のある共依存系のグループは小規模なままです。対象者は共依存系のほうがずっと多いにもかかわらず(人口の97%が共依存者だというならなおさら)。

すこしうがった見方かも知れませんが、他者への世話焼きや集団への奉仕を忌避する流れが生じた背景には、それを行うだけのソーシャルスキル、ライフスキルの欠如があったのではないかと考えています。たとえば、家事の苦手な人が、家事行為の価値を貶めることによって、自分が家事に取り組まないことを正当化するように、人付き合いが苦手な人たちが、対人交流の価値を否定することを自尊心を守る手段にしたのではないかと思うのです。

(共依存概念に飛びつく人に限って、ソーシャルスキルの問題を抱えていたり、あるいは片付けがや金銭管理ができないなどの生活管理上の問題を抱えているように思うのは気のせいでしょうか?)

話を戻して、共依存概念を提唱した人たちは、社会が嗜癖している、社会が病んでいるとしました。そしてアディクションにはまる人は、そうした社会に適応したのだと捉えました。それは共依存についても同様です。だから、嗜癖的社会への過剰適応に抵抗する(他者への奉仕や対人交流の強制に対する抵抗)を身につけることによって、回復できると信じました。ただ、彼らがその手段として選んだ12ステップが、実は他者への奉仕や密な対人交流なしには維持できない文化だったことは、ある種の皮肉でもあります。


2012年01月22日(日) 共依存について(その5)

共依存概念がアディクションの問題(本人についても家族についても)の解決に役に立ってきたかどうか、さらに考えてみます。

近年SMARPPやTAMARPPという新しいアディクション治療が生まれています。これはアメリカのMATRIXをベースにしたもので、いままで僕らが慣れ親しんできたいくつかの概念を覆しています。

禁酒法が終わり、AAが始まった頃のアディクション治療施設では、家族は「回復の敵」だと見なされていました。なぜなら、施設においてアディクションの仲間と過ごしているときには回復を続けているのに、そこを退所して家に戻すとアルコールや薬が再発してしまうことが多かったからです。これを当時の人たちは、家族が悪いのだと考えました。家族にとってみれば、いわれのない非難であり屈辱ですが、これが後のイネイブリング理論へとつながっていきます。

僕は最近あちこちの施設のスタッフとおつきあいをさせて頂くようになり、多少なりとも現状を知るようになりました。施設入所中は、回復に専念できますし、つきあうのも同じアディクションの仲間だけです。しかし、家に戻ると、アディクションの問題を抱えていない一般の人との付き合いも生じますし、就労もしなければなりません。ところが、それを担うだけのソーシャルスキルやライフスキルが不足している場合が多いのです。すると生活や仕事がうまくいかず、つまずきから酒や薬へと再び走ることになります。

(こう考えると、イネイブリング理論は、施設側や治療者側が自分たちの支援不足を棚に上げて、失敗の原因を家族に押しつけるために編み出されたとも言えます)

そんなわけで、依存症者と家族を分離し、それぞれが別個に回復した後に、時間を経て家族を再統合するという手順が編み出されました。「お母さん、息子さんはうちの施設で預かって回復させます。だからその間、お母さんは○○ノンに通ってご自身の回復をしてください」みたいなセリフが吐かれるわけです。だが実際には家族を再統合するよりも、退所後も施設周辺に留まって生活するという環境調整が行われたほうが、再発防止の効果が高まります。そのほうが継続して支援を得やすいからです。

SMARPPについては講演を聴いたり資料に目を通したぐらいで、それほど詳しいわけではありませんが、これまで書いたような「家族との分離と再統合」戦略ではなく、むしろ断酒・断薬直後から積極的に家族に再発防止に関わってもらう戦略になっています。これは「家族は回復の足を引っ張る存在」という考えが否定されていると捉えて良いのではないでしょうか。

また、何度か書いているので詳しい繰り返しは避けますが、イネイブリングという手助けを止めることにより、本人がアディクションを続けられなくなり、現実に直面する「底つき」が起こり、そこから回復が始まる・・という底つき理論がありました。これも最近の新しい治療法では否定されています。

底つき理論では直面化が最も有効であり、直面することを避けているのは、本人の否認の態度だとされます。だから、イネイブリング行為をやめ、本人が問題に直面せざるを得ない環境を作り出せば、やがてその不快さが否認を上回ることを期待しています。しかし、現実にはそうならないケースが多く、深刻化しても援助を拒否し、さらに悪化していくケースがたくさんあります(むしろそのほうが多数か)。そして最後には一家離散や自殺が起こります。それを従来のやり方では、やむを得ない援助の失敗と捉えていました。

これについては、動機付け面接法(MI)が推奨されています。MIでは直面化や対決を避け、本人が問題に自ら気づくように誘導します。ここ数年MIがもてはやされているのは、過去の対決的な直面技法の有効性に多くの人が疑念を持つようになったからに他なりません。

そうなってくると、共依存概念を支えているイネイブリング、底つき、直面化の有効性も疑わしくなってきます。


2012年01月20日(金) 共依存について(その4)

共依存概念を少し批判的に捉え直してみる試みをさらに続けてみます。

共依存者がイネイブリングをやめれば、本人は依存を続けることができず、底つきを経て回復する。これがイネイブリング理論です。シェフはこの考えを男性優位社会に適用し、女性たちが支えているからこそ男性優位社会が存続しており、女性が支えることを拒否すれば、それは続かないと主張しました。

僕のような素人にはこれはフェミニズム的な思想に思えます。しかし、フェミニズム的観点からシェフの考えに反論も提起されています。

前にも書いたように、法律や社会制度という把握しやすい男女差別が減り、表面上の平等が実現されたいま、フェミニズムはむしろ目に見えにくい差別を扱うようになっています。そこを注意しないと表面的な議論に終わってしまいます。

フェミニズムは、何が何でも男女はまったく同じであると主張しているわけではありません。むしろ男女の性差を認めています。ただ、男と女に与えられた社会的役割(性的分業)は、前近代的な思想に汚染されているし、政治的な意図も含まれているわけで、「女性は自分を犠牲にして夫や子に尽くせ」という話を無批判に受け入れることは到底できないというわけです。

(男女の性差を認めず、画一的に性差を解体しようとするジェンダーフリー論は日本固有の一過的な政策にすぎなかったのに、しばしばフェミニズムと混同されます)。

女性は出産や育児を通じて「他者の世話をする」という歴史的な役割を負っており、それは「女性らしさ」の一部です。そしてフェミニズムは、この世話の与え手(care taker/care giver)としての女らしさを否定してはいません。(女らしさを発揮した職業が、男性職業より報酬が少なく低く扱われることは多いに問題にされる)。

しかるに共依存概念は、家族の世話をする「女性らしさ」が病気であると教え、飲んで行われた夫の暴力や虐待を免責してしまいます(夫の失態は、妻がイネイブリングを続けたからだと、責任を妻側に回してしまうから)。社会的な女性役割から離れられない家族に否定的な自己イメージをべったり貼り付けてしまいます。これはむしろ問題の解決を困難にしています。

さらには、共依存状態から脱して向かうべき正常な状態とは何か。それまで男性に支配されていた女性が、世話焼きを拒否することです。それによって一見自由を獲得するように見えますが、実は自らの女性性を否定して男性側つまり支配する側に回ることです。これは男性性こそ素晴らしいという男性優位社会を追認しているにすぎず、女性的価値や女性らしさをいっそう貶めています。

このように「世話焼き」をすることの価値観の否定は、それまでフェミニストが営々と築き上げてきた政治的成果を台無しにするものとして、批判の対象となりました。

こうしてみると、共依存概念は素人には一見フェミニズム的思想に沿ったもののように見えるのですが、それは勘違いで、むしろ反フェミニズムであることがわかります。

共依存概念は、精神科医(その多くは男性)が、治療失敗の責任を依存症者の妻(むろん女性)になすりつけるために使われたに過ぎない、という批判すら耳にします。男たちはそういうことを無邪気かつ無自覚にやってしまう、というわけです。

まだまだ続きます。


2012年01月19日(木) 共依存について(その3)

今回は共依存概念を少し批判的に捉え直してみる試みです。ただし、僕の関心の対象はアディクションのケアであり、社会学やフェミニズムに興味はありませんし、そんな立場から論じても恥ずかしいばかりです。したがって、共依存概念がアディクションのケアの役に立ってきたか、という一点から考えてみます。

ヘリコバクター・ピロリという菌が胃の中に住んでいると、胃潰瘍や胃ガンの原因になることが分かっています。ならば、ピロリ菌への感染が判明した段階で、抗生物質を飲んで除菌すれば胃ガンになる可能性を減らすことができます。けれど、日本ではピロリの除菌に健康保険は使えず、費用は全額自己負担になります。ピロリ菌の感染者があまりにも多いため(6割とか)、その全員の除菌費用を負担したら健康保険制度が破綻してしまうからです。

さて共依存の明確な定義はありませんが、それでもそれを病気として治療しようという試みはありました。アメリカのアディクション治療施設の中には、共依存の治療コースを設け、保険会社の支払いを取り付けたところも複数ありました。しかし、やがて保険会社が支払いを拒否するようになり、治療コースも閉じられてしまいました。その理由は前述のピロリと同じです。

なにかを病気として治療の対象にするには、それが少数に限られなくてはなりません。たとえば老眼鏡を保険で負担することはできません。

アメリカ人のクラウス(Sharon Wegscheider-Cruse)は、アルコホーリクの親や祖父母を持つ人や、結婚によってアルコホーリクと生活する人、これに加えて「感情障害的な家族に育てられた人」も含めた結果、実に人口の96%が共依存症者であるという認識を示しました。もし、人口の多くがその問題を抱えているとしたら、それを病気として保険で治療することはできません。

これは一つの大きな教訓を与えてくれます。1990年代のACブームの頃、日本人の多くはAC(アダルトチルドレン)であるという主張がなされました。それはクラウスの主張を受けてのことに違いありません。また、最近ドメスティック・バイオレンス(DV)が注目されるにあたって、「日本人の多くの家庭にDVがある」とか、「アディクションの家庭には必ずDVがある」という主張がかいま見られるようになりました。

問題が普遍的に存在しているという主張は、注目を集めるには相応しい戦略かも知れません。メディアに露出するにはセンセーショナルであるほうがいい。けれど、本当に支援や治療を必要としている人たちが、支援を得る妨げになる可能性も大です。したがって、そうした主張は厳に慎まなければならないと考えていますし、それは共依存についても言えることです。(僕はアルコール依存についても普遍的にたくさん存在するという主張はしないほうが良いと思います)。

ACブームが一過性に終わってしまったのも、この普遍化がいけなかったのだと考えています。「人は多かれ少なかれ皆ACである」ということにしてしまうと、ACは治療や回復の対象ではなくなってしまいます。こうして本当に回復を必要としているアダルト・チルドレンのための支援体制が作られないままにブームが過ぎてしまいました。それで得をしたのは、ACという言葉で注目を集めた一部の医者や支援者だけだったのではないかと思います。

共依存――この場合の共依存は社会に普遍的なものではなく、純粋にアディクションの家族の問題として――共依存は病気だと言いたいわけではありません。むしろ病気という概念は相応しくないでしょう。しかし、アディクションの問題を抱えた家族が何らかの支援を必要としていることは確かです。その支援体制を作るためには公的な資金が投入される必要があります。公的資金(たとえば税金)といえども無尽蔵にあるわけではありませんから、常に対象を限定しなければなりません。

共依存概念をアディクションの家族に限定せず、社会全体に拡大したことは、共依存を治療なり支援する対象から外す結果を生んでしまいました。共依存の社会学化の弊害とも言えます。社会の構造を論じることが、その中で病んだ個人をケアすることにつながっていません。

ただ僕は社会学が共依存を取り扱ったことが悪いとは言いません。拡大した共依存概念をアディクションの現場に無批判に逆輸入したのがいけなかったのだと言いたいのです。

さらに続きます。


2012年01月18日(水) 共依存について(その2)

さて、この文章は、疑似アルコホリズム概念が共依存概念に発展する様を追うことで、共依存を理解する試みです。論文的な論考をするのではなく、僕が学んでいく過程を少々の編集のみで垂れ流しているだけです。

アメリカではアディクションという言葉はアルコールと薬物のみを示すのだそうです。ギャンブル・買い物・セックスなどはアディクションのカテゴリに入れられていません。それはおそらく保険会社が、アルコール・薬物以外の依存症の治療に金を払いたがらないからでしょう。(アメリカの有名な依存症治療施設は一ヶ月百数十万円と高価ですが、保険でカバーできますし、逆に保険で払える人しか相手にしていないのだと思われます)。

しかし、金が絡む話を除けば、アディクション概念は着実にアルコール・薬物以外にも広がっていきました。(DSM-5ではギャンブル依存が採用され、ネット依存も候補に挙がっています)。

ここではアン・ウィルソン・シェフの『嗜癖する社会』という有名な本の内容を取り上げます。シェフはまずアディクションを2種類に分類しました。

・物質嗜癖(アルコール・ドラッグ・ニコチン・カフェイン・食べ物)
・プロセス嗜癖(お金を貯める・ギャンブル・セックス・仕事・宗教・心配)

さらにシェフは三番目のジャンルとして共依存を提唱していますが、前者二つと同列に論じてはいません。つまりアディクションを物質依存・プロセス依存・共依存(関係性依存)という三つに分類するのは、シェフの考えに従えば正しくないことになります。

共依存概念を学んでいくときにフェミニズムのことは避けて通れません。フェミニズムは女性に対する差別をなくし、抑圧されていた女性の権利を拡大していこうという思想・運動です。

まず最初に、19世紀から20世紀前半に、女性の投票権や財産権などの法的権利に関わる運動がありました。そう、昔は政治に参加できるのは男性だけで、女性は財産を持つことすら許されなかったのです。権利獲得が実現されてフェミニズムはいったん下火になるのですが、第二次大戦後になって女性が外で働く権利や男女の賃金格差など、単に「女性が参加する権利」だけではなく、男女格差の解消を求めた運動がありました。ウーマン・リブ運動を憶えている人もいるでしょうか。さらに1970年代以降は、例えば男女の昇進格差(ガラスの天井)のように目に見えにくい、意識しづらい男女格差の問題が取り上げられるようになり、運動が多様化して現在に至っています。

シェフは前著で白人男性システム・反応女性システムという概念を提唱しました。世の中(この場合はアメリカ社会)は白人男性システムによって支配されている。白人男性たちは名声と権力を求めてパワーゲームに耽り、他者を支配することに熱中している。彼らはその熱中によって自らの感情を抑圧した病的な状態に陥っている。また、そうした男性たちを支えることを自らの役目として喜びを感じる女性たちが反応女性システムを作っており、この相補的な二つのシステムによって病んだ社会が維持されている、というのです。

この状態を脱するには、まず女性たちが従属的な立場に甘んじず、男性を支えることを拒否すればいい。女性による支えを失ってしまえば、白人男性システムは維持できなくなり、男たちも本来の自分の人生について考えざるを得なくなる・・。という理屈です。

つまりカウンセラーだったシェフは、依存症に関するイネイブリング理論を、男性優位の社会とそれを支える女性たちの構図に当てはめて、女性たちが男性を支えることを止めることが社会の変革につながると主張しました。

さらに『嗜癖する社会』では、嗜癖システムという言葉を用い、嗜癖者(依存症者)の行動様式は、白人男性システムのそれと同じだと主張しています。つまり嗜癖システム=男性優位社会であり、嗜癖者の周りでは嗜癖行為を支えている共依存者(おもに女性)がイネイブリング行為を止めれば、依存症者は行き詰まって、本来の生き方に戻っていくはずだ、という理屈です。

シェフは依存症者と家族のイネイブラーの関係は、社会の縮図であると考えました。疑似アルコホリズムの時代には、依存症者本人が一次的に病んでおり、その影響を受けて家族が二次的に病むという構図でした。これが共依存概念になると、まず社会そのものが嗜癖的かつ共依存的であり(これが一次的)、その中に生きる人が影響を受けて物質嗜癖・プロセス嗜癖を二次的に発症する、というコペルニクス的発想転換が起きました。

また、それまで依存症者を抱える一家の病気としての概念だったアディクションが、社会全体の問題として社会学の対象となっていきました。そんなわけで、現在共依存という名目で出版される本を探すと、それを個人の問題としてではなく、社会の問題として論じているものが目立ってくるわけです。

さて、次回は、こうして成立した共依存概念を少し批判的に捉え直してみる試みです。


2012年01月17日(火) 共依存について(その1)

こんな質問をいただきました。

「共依存のステップ1の無力って、どう説明すれば分かりやすいのでしょう?」

依存症の世界に首をつっこんで以来、共依存は依存症者の家族がなるものだと聞かされてきました。僕自身は依存症の本人で、本人用のAAというグループに属しているので、家族のことについては強い関心を持っていませんでした。もちろん相談を受けるなど家族への対応もしていますが、その回復過程については家族グループにお任せしていました。餅は餅屋であり、本人が家族のプログラムに手を出すのは避けたほうが良いという判断です(逆も同様)。

ところがひとたびAAを離れて、12ステップ全般の話になると、とたんに「家族の無力ってどういうことか」という質問が投げかけられてきます。その質問に答えられる人がたくさんいたら、僕のところにお鉢が回ってくるはずがありません。どうやら、日本では依存症の本人への支援はそれなりに充実してきたとしても、家族への支援はまだまだなのではないか、と思うようになりました。そうなると、僕も少しは勉強しておかなければなりません。

さて、この「分かりやすい説明」という表現には背景があります。

僕自身アルコホーリクとしてAAに来て、ミーティングに参加しながら「自分はアルコールに負けたな」という感じを抱いていました。アルコールに対して無力を感じていました。しかし、無力感を持っていることと無力を理解し認めていること、この二つの間には距離があります(雲泥の差と言っても良い)。ところが、アルコールに対する無力とは何かを、当時の僕に説明してくれるAAメンバーはいませんでした。

もちろんビッグブックには無力の説明がきちんとありますが、(残念なことに)ビッグブックは決して分かりやすい教科書ではありません。

その後ずいぶん経ってたどりついたのが、Joe & Charlieであり、この二人が書いた "A Program For You" というステップの解説本でした。最近になって日本語訳が出ています。

「プログラム・フォー・ユー」
http://www.ieji.org/bbs/bbs.cgi?mode=view&th=6202

この本には無力の説明がたくさんページを割いて書かれています。それを読んで僕は「これは自分に当てはまる」と納得しました。この「納得できる分かりやすい説明」が求められているわけです。ジョーの他の著作、緑本(「ビッグブックのスポンサーシップ」)はスポンサー向けの本なので無力についての説明は詳しくありませんし、赤本(「回復のステップ」)にいたってはその説明はざっくり省かれています。

本人の無力と家族の無力は構造が違うのかもしれません。そして家族向けの「分かりやすい説明」というか納得できる説明がないからこそ、質問が発せられるのでしょう。

共依存の無力について知るには、まず共依存とは何かを知らなくてはなりません。というわけで、それについて調べてみることにしました。

まず共依存概念が成立するより前に、イネーブラー概念がありました。イネーブラーとは「可能にする人」という意味です。アルコホーリクは酩酊するにも時間を費やしますし、そこから離脱する(酔いが抜ける)にも時間がかかります。酒に多くの時間を費やすために、本来取るべき責任を放り出しています。その責任を肩代わりしたり、また本人の起こしたトラブルを後始末してくれる家族をイネーブラーと呼びました。そして、イネーブラーの存在が、飲酒の継続を可能にし、本人が問題に「直面」する邪魔をしているという説です。

イネーブラーの存在が本人の回復の妨げになるのなら、やめるように家族を教育すれば良いわけです。ところが、アルコホーリクの奥さんが、飲みながら働き続けるダンナの収入を必要としているなら、手助けをやめれば一家が経済的に困窮してしまいます。また、イネイブリングをやめたとて、すぐに本人が回復できるわけでもありません。さらには、家族の行動の中で病的なイネイブリングと健康な家事労働を簡単に区別することもできません。このようにイネイブリング理論は実はアディクションの現場ではそれほど役に立ってくれません。少なくとも、アディクションの問題はイネイブリング理論一本槍で解決できるほど生やさしいものではないと言えます。

1970年代に、コ・アルコホリズムやパラ・アルコホリズムという概念が成立しました。これはアルコール依存症(アルコホリズム)にかかった人と一緒に暮らしているせいで、家族も依存症本人と同様の考え方や行動が身に付いてしまう、つまり疑似的な依存症になってしまう、という考え方です。アダルト・チルドレンという概念もここで同時に成立しました。

本人がアルコールという毒に中(あた)ってアルコール中毒(=依存症)になるのならば、家族も依存症者という毒に中って中毒の症状が出て不思議ではありません。さながら壊れた原発が放射能を振りまいて被曝した人を具合悪くしていくように、飲み続ける(あるいは断酒しても未回復の)本人の振りまく毒によって家族が病んでしまうのです。「家族が疑似アルコホリズムになって、当人同様の行動をする」というこの考えは、現在のACAのプログラムにそのまま受け継がれています(アルコホーリクのほうのACAね)。

このコ・アルコホリズム/パラ・アルコホリズムという概念が、1980年代に「コ・デペンデンシ=共依存」という概念に発展するのですが、その過程で本質的な変化がいろいろ起きています。共依存概念を理解するには、その部分を知る必要があるのじゃないか・・・というわけで、次回に続きます。


2012年01月10日(火) 薬物依存症者のアルコール摂取

アディクションという観点から見たとき、アルコールとその他の薬物に違いはありません。なにしろ、エタノール(エチル・アルコール)も「薬物」の一種なのですから。

ではなぜアルコール依存症のグループ(AAとか)と、薬物依存症のグループ(NAなど)が別になっているのか。

アメリカにおけるアディクション治療は、禁酒法(Prohibition Law、1919〜1933年)以降に発展しました。この時代は麻薬の取り締まりが強化、厳罰化されていった時代でもあります。麻薬が止められない患者が医師の管理の下に少量の麻薬を使用する「維持療法」というものがあり、当時これを支持する医師も多かったのですが、厳罰化のあおりをくらって禁止されてしまいました。麻薬中毒者は治療を受けられずに刑罰を受け、一方アルコールへの禁止は弱まりアル中は自由に飲んでいました。

アルコールは社会に受け入れられ、麻薬は禁止されていた。この違いがアルコール依存と麻薬依存を分けることになりました。

世界的に見ると、どの薬物が許容され、どの薬物が禁止されるかは、国によって違います。イスラム教文化圏では飲酒は悪とされています。日本では大麻(マリファナ)は禁止されていますが、公然と販売されている国もあります(これもイスラム圏では禁止されており厳罰の対象)。

法律で禁止されているかどうかは、実は大した違いではありません。「俺はヤク中とは違う」と言っているアル中さんも、もし日本でアルコールが禁じられ、ハシシュが許容されていたら、立派な薬物乱用者になっていたことでしょう。

アメリカの治療施設では、アルコールも薬物も区別していません。区別する必要がないからです。

しかしビギナーにとっては、この違いは大きな違いです。アルコールを摂取した経験談と、覚醒剤を摂取した経験談には、表面的が違いがずいぶんあります。この違いに注目してしまうと、共感を得ることができません。ビギナーがやってきて、会場にいる他の人と自分が同じ問題を抱える「仲間」であると感じられなければ、その人はグループに定着できず、助けを得られないでしょう。(表面上の違いにとらわれず、共通の本質に気づくためにはビギナーの域を脱している必要があります)。

アルコールと薬物のグループが別にできたのは、ビギナーのために良かったと言えます。

薬物のグループというとNA(Narcotics Anonymous)が有名です。この Narcotics という言葉は麻薬という意味です。つまりアヘンを元に作られるモルヒネ、ヘロイン、コデインのことです。これはアルコールと同じダウナー(鎮静効果のある薬)です。

日本では薬物のグループが事実上NAしかないので、様々な薬物の人がすべてNAに集まるのですが、非合法薬物の筆頭が覚醒剤であるために、日本のNAは覚醒剤のグループといっても良いぐらいです。つまりアッパー(覚醒効果のある薬)のグループです。

アメリカでは薬物の種類ごとにグループが分かれています。NAのほかに、コカインの人はコカイン・アノニマス(CA)、大麻の人はマリファナ・アノニマス(MA)、処方薬の人はピルズ・アノニマス(PA)といった具合です。当然の事ながら、「コカイン依存のグループだから、ヘロインやるのはオッケー」ということはありません。グループは分かれていても、薬物という点では共通性があります。

余談になりますが、アメリカのAAとNAの親和性が高いのは同じダウナーのグループだからであり、日本のAAとNAの雰囲気が違うのはダウナーとアッパーの違いだという説があります。

さてさて、日本においてアルコール依存症になった人が、酒をやめて他の薬物に手を出すことはあまり心配されていません。それはヘロインやマリファナや覚醒剤が法律で禁止されており、入手性も悪いからです。(処方薬依存の問題はちょっと脇に置きます)。

逆に、薬物依存症になった人が、薬はやめたもののアルコールに手を出すことはどうでしょうか。何といってもアルコールは合法薬物であり、コンビニで買えるほど入手性良好です。そして、この問題はほとんど啓発されていません。薬物乱用で学校を中退した若者を引き取った大人が、一緒になってがんがん仕事をさせ、一緒にがんがん酒を飲んだりします(そして薬物が再発したり、今度はアル中になったりする)。

薬物依存症者にとってのアルコールの危険性はもっと強調されねばなりません。

NAのパンフレット「だれが、なにを、なぜ、どのように」に、こんな記述があります。
http://www.na.org/?ID=ips-jp-index

> アルコールは薬物ではないという考えは、非常に多くのアディクトを逆戻りに至らしめた。NAに来るまで、多くの人たちはアルコールは別のものだと思っていた。しかし、これはまちがいである。アルコールも薬物なのだ。私たちはアディクションという病気をもつ人間であり、回復のためにはいかなる薬物からも遠ざかっていなければならないのである。

ダルクのような薬物の施設では、施設利用者(つまり薬物依存症者)にアルコールを飲ませないことは徹底しています。しかし、それ以外のところではどうでしょう。覚醒剤依存の息子や娘を持つ親が、アルコールなら良いではないかと酒を飲ませた話はいくらでも聞きます。アディクションの観点ではなく、合法・非合法で判断してしまうミスです。

僕には薬物のスポンシーもいます。僕は彼が薬物だけでなく、アルコールの問題も抱えるまで、彼を手助けすることができませんでした。なぜなら、アルコールと薬は違うと「僕も」思っていたために、彼の飲酒を制止できなかったからです。彼は酒を飲み始めると(時間は長短あるもの)やがて薬も再発するというパターンを繰り返しました。飲酒は薬物再発の前駆症状であり、飲酒した時点で薬物もスリップとするべきでした。今では彼も回復していますが、若い時期の数年間を無駄にしたのには、僕の未熟さにも原因があります。忸怩たる思いがします。

ベンゾジアゼピン系の抗不安剤が依存を形成しやすいことは以前に書きました。しかし、処方薬よりアルコールのほうがより危険な存在です。一つの薬物の依存症になった人は、別の薬物の依存症にもなりやすく、すぐに多剤依存症へと発展してしまいます。一般の人々にとってアルコールはそれほど危険がないにしても、薬物依存症者にとっては再発の対象です。薬物の種類ごとにグループが分かれているのは、「俺はAという薬物の依存症だから、Bという薬物ならオッケーだ」と言わせるためではありません。

「薬物依存症は病気である」、そう捉えるのなら、病気としてアルコールと薬物の共通性に気づいて下さい。決して合法・非合法の問題にすり替えることのないように願いたいものです。どんな薬物を使ってきたのであれ、薬物依存症者がアルコールを飲むのは再発です。処方薬の取り扱いが難しいのは承知しています。なぜなら必要があって処方薬を飲んでいる人がいる以上、ゼロにすることはできないからです。しかし、酒を飲まなくても十分社会生活を送れることは、多くの回復したアル中が実証しています。その点、飲酒の可否について判断に悩む必要はありません。

もう一度ハッキリ言いましょう。どんな薬物を使ってきたのであれ、薬物依存症者がアルコールを飲むのは薬物依存症の再発です。


2012年01月04日(水) 発達障害と発達凸凹(その2)

前の雑記では、人には能力の発達の凸凹が誰にでもあることを述べました。

その凸凹の特定のパターン(主に自閉圏とADHD)について、社会的な不適合が起きていればこれを「発達障害」と呼び、起きていなければそれは障害とは呼べず「発達の凸凹」というのが相応しいという話をしました。

では、発達障害に至っていない凸凹レベルであれば、何も問題ないのか?

それについて、前掲の杉山先生の『発達障害のいま』の内容の一部や、その他のことも含めながら、書いておこうと思います。

凸凹レベルであれば、社会生活を送る上での不適合がないので、何もしなくて良いことになります。しかし、凸凹が激しければ、そうとも限りません。何かの能力が弱いと、人は別の能力でそれを補おうとします。

例えば自閉傾向がある場合は「人の気持ちを読み取る」という能力が弱くなります。しかし、人の気持ちが読めないことと、他者への配慮が出来ないことは別のことです。人の気持ちを読みづらいぶん、逆に人の気持ちを気にかけるようになります。それが「人への思いやりと配慮に満ちた人」という評判につながることもあり得ます。

しかし、本来の能力を別の能力で補うのは、どうしても無理がかかります。例えば、人の気持ちに敏感になりすぎると、自分の気持ちが周囲の人の気分に左右されてしまいます。同僚が何かの理由で腹を立てて汚い言葉を口走っている場面を想像して下さい。その怒りの矛先が自分ではないことは分かっています。もちろん、隣に怒っている人が居るのは誰にとっても気分の良いものではありません。しかしながら、人の気持ちが気になりすぎて、自分の仕事が手に付かなくなってしまう、というのは誰にでもあることではありません。

他にも、自分としては他の人の気持ちを十分おもんぱかっているつもりでも、なぜか「人の気持ちの分からない人」という非難を受けてしまうとか。自分の行動や言葉が相手を傷つけてしまってないか、事後になって気になって仕方ないとか。

別の例として「二つのことが同時に出来ない」という例を挙げましょう。例えば、電話をしながら話の内容のメモが取れない、というやつです。話に集中するとメモが取れず、メモに集中すると相手の話を聞き逃すというパターンです。

同じことですが、仕事をしていて、別の仕事に割り込まれると、元やっていた仕事を忘れてしまう、というのもあります。この問題があるので、仕事をしているときに、電話がかかってきたり、上司に声をかけられると怒り出すこともあります。普通の職場では、作業中に上司に声をかけられたら作業を中断して上司と話をするものですが、発達障害の人を雇う特例子会社の職場では、作業中に声を掛ける上司のほうが悪いという理屈になります(環境調整の例)。

ADHDの場合には、整理整頓ができない症状が出ます。片づけや掃除が苦手なので部屋がぐちゃぐちゃになってしまいます。しかし逆に苦手だからこそ、強迫的にいつもきっちり片づけることもあります。こういう人がお母さんになると、子供が部屋を散らかすことにイライラします。小さい子供は散らかす存在であり、片づけない存在です。それを何とかしようと、親に過剰なしつけがしばしば虐待に発展していきます。

実行能力(遂行能力=executive functions)の問題もしばしば取り上げられます。これは、ある目標を与えられたとき、その期限から逆算していつ頃何をやるのか計画をたて、それを実行していく能力です。これは様々な能力の統合です。夕食にカレーを作るなら、何時頃買い物に出かけて、材料として何を買って、それを買うお金が足りないからまず銀行に寄って、という、計画し、そのとおり実行し、計画外のことが起きたら計画を修正しつつ目標を実現する能力です。この能力が弱いと、何月何日までに完成させろと仕事を与えられても、〆切の日に全然できてないってことが起きてしまいます。

代償的には、計画を細かく立てて、その通りに実現しようとします。計画通りに進めばいいのですが、計画外のことが起こるとパニックになったり、ストレスに感じられたりします。

いろいろな例を挙げましたが、発達障害のパターンは様々なので、ある能力の弱さとそれに対する補い方もこれ以外にたくさんあります。しかし、どれを見ても、なんだか負担が重そうで疲れそうですし、自分だけでなく周囲にその負担を押しつける結果にもなりがちです。その負担が「うつ症状」という形で出てきやすいのも想像できるでしょう。そうなれば、それは単なる凸凹ではなく「障害」ということになります。

では、発達凸凹の場合にはどうすればいいのか。

それは、自分が何を苦手としているか把握することです。無茶な適応戦略を採っているのなら、もっと自分にも周囲にも無理のない戦略に切り替えることが可能になります。杉山先生の本でも、「彼を知り己を知れば百戦危うからず」という孫子の兵法を引いて説明しています。

もちろん、この場合難しいのは己を知ることです。例えば、人の気持ちを読み取る能力が弱い人に対して、それを指摘したとします。しかし、その人が無自覚のうちに能力の弱さを感じ取って、かわりに人の気持ちを推し量り配慮を効かせる代償戦略を採り、しかもそれにある程度成功していたとしましょう。この人は自分が「人の気持ちを読み取る能力が弱い」とは思っていないでしょう。むしろ、その能力が人より秀でている思っているに違いありません。

能力の弱さが認められなければ、別の戦略を採ることもなく、その人の生き辛さは解消されずに残ることになります。これが「己を知ること」の難しさです。

発達障害の支援をしている人たちで、センスの良い人たちは、当然「己を知る」ことにも長けるようになります。杉山先生はアスペルガー的傾向があることを認めてらっしゃるし、福島の星野先生はADHD傾向を認めた話を書かれています。もちろん不適合のない凸凹のレベルという話なのでしょうが。その他の沢山の人たちも同様です。

この雑記で発達障害の事を読み、それが部分的であれ自分に当てはまって不愉快な気分になる人もいることでしょう。

しかし考えてみて欲しいのです。人間とは不完全なものです。そして、大多数の人は自分が不完全な存在であることを受け入れ、納得しています。自分が完全な存在であることを期待するほうが、どこか病んでいるのです。

突然12ステップの話になってしまいますが、ステップ2で必要なのは「神を信じること」ではなく、「自分が神でないことを知ること」です。こう言うと、自分が神でないことなど分かっていると反論される方がいます。自分は神でないと言いながら、一方で自分の完全無欠さを信じ、凸凹の存在から目を背けています。まさにそれこそが「神であること」です。

僕らは、アルコール(や薬物やギャンブル)をコントロールする「能力がない」と認めることが幸せにつながりました。もし「能力がある」ことにこだわっていたら、今ごろアディクションのせいで死んでいたでしょう。能力があることではなく、能力がないことを認めることが、人を幸せに導くのです。同じことは発達障害あるいは凸凹にも言えることです。

彼を知り己を知れば百戦危うからず。難しいのは己を知ることです。せっかく発達障害という分野にふれる機会を持ったのなら、自分がどんな凸凹を持っているか知り、どんな無理をしているか知るように努めるべきだと思います。


2012年01月02日(月) 発達障害と発達凸凹(その1)

「心の家路」の更新履歴を見ると、このサイトは2002年1月24日に初公開しています。(雑記はそれ以前から書いていますがそれは含めないとして)。1月の末になれば10周年というわけです。

2012年は政治の年です。アメリカ、ロシア、韓国で大統領選挙が行われ、中国でも党大会が開かれます。日本でもおそらく総選挙になるのでしょう。

今年の総選挙で、日本人が本当に原子力発電所の撤廃を望んでいるのかどうかがはっきりすると僕は考えています。表現を変えれば、日本人の多くは原発の撤廃を望んでいることは間違いないと思いますが、その思いが実際の投票行動にどれだけ影響するか。撤廃が重要なことだと思っていれば、それを約束する政党が大躍進するでしょうし、そうならないのなら、皆が放射能のことをそれほど深刻には捉えていないということになります。日本人が本当のところどう思っているか、それが分かると思うのです。

さて、杉山登志郎先生の『発達障害のいま』という本を、ようやく読了しました。ここ数年の発達障害に関する進歩がまとめられており、発達障害についてある程度の知識をすでに得ている人には「次に読む本」としてお勧めです。

ところで、「ひいらぎさんの雑記を読んでいたら、あの人もこの人も発達障害っていう気になってきた」という問いかけを受けました。

それについて書こうと思っていたのですが、実はさらりと説明するだけで済まない話題なので先延ばしになっていました。

杉山先生がどこか(たぶん「こころの科学」)に書いていた文章に、こんな話がありました。看護師が杉山先生のところに着任すると、仕事に必要なので発達障害について学び始めます。そして数ヶ月すると、外来に来た人が「あの人も、この人も、みんな発達障害」に見えてしまう、という訴えをするのだそうです。もちろん児童精神科医のところへ来る患者が全員発達障害のはずがありません。

発達障害の「障害」は、元は「障碍」という字を使っていました。ところが「碍」が当用漢字に入っていないので、同音の害の字を使っています。「碍」は妨げるという意味です。妨害という言葉も元は妨碍と書きました。(碍子は電気の導通を妨げる装置です)。

だから障碍(障害)とは、何らかの妨げによって、その人の能力に障りがあることを意味します。能力の発達が阻害されたのが発達障害です。

ところで、人は様々な能力を持っていますが、全ての能力が均等に発達することはあり得ません。例えば学校のテストで5教科すべてが同じ点数という生徒はまずいません(教科ごとの難易度の違いを差し引いても)。得意な科目もあれば不得意な科目もあるのが人間です。勉強以外の様々な能力についても同じことが言えます。

人は誰しも能力の凸凹を持ちます。それは能力の発達の凸凹です。前出の看護師は、その凸凹を敏感に感じ取ってしまったと言うわけです。

その凸凹が激しい人もいれば、あまり凸凹が目立たない人も居ます。そして、凸凹が激しい人のなかに、その凹の部分が足を引っ張って、社会的に不適合を起こしてしまう人が出てきます。その状態に発達障害という名前を付けているのです。

人はなぜ発達障害の診断を受けるのか。何も問題が起きていないのに、「いっちょ診断でも受けてみっか」と専門医を訪ねる人はいません。やはり何か問題が起きているからこそ医者にかかるのです。

だから、同じ程度の能力の凸凹を抱えていたとしても、社会的不適合を起こしていなければ(つまりその人も、周りの人も困っていなければ)発達の凸凹にすぎないわけで、不適合を起こすことで発達障害という診断に至ります。

その不適合とは、例えば仕事に就けないこと、学校に行けないこと、暴力を振るうこと、迷惑行為を繰り返すこと、依存症になること、うつ病などになることなどなどです。

というわけなので、僕が雑記で発達障害の様々な表現形について書いたことが、自分あるいは他の誰かに当てはまると思っても、その人に社会的不適合が生じていないというのなら、発達障害ではなく発達の凸凹と捉えてもらえばよいのです。言っておきますが、凸凹の無い人はいません。誰しも得手・不得手があり、人が人生につまずくときは、得意なこと(凸)でつまずくのではなく、苦手なこと(凹)でつまずくのです。

さて、発達障害にも様々な種類がありますが、目立つのは何と言っても「自閉症スペクトラム障害(広汎性発達障害)=ASD」と「ADHD(注意欠陥多動性障害)」です。

僕の雑記の中に書かれた発達障害についての表現が、自分や他の誰かに当てはまると思うのならば、やはりそれは自閉圏(ASD)あるいはADHDの傾向を、いくぶんか持っているということでしょう。それが「障害」と呼べるレベルかどうか、それだけで判断してはいけません。

大切なことは、人は全能力が均等に発達した「真円」ではなく、様々な能力が凸凹に発達したいびつな存在であり、その不完全さこそが「人間らしさ」です。

はてさて、この雑記を書き起こしたのは、

「では、発達障害に至っていない凸凹レベルであれば、何も問題ないのか?」

ということを書きたかったからです。それについて、前掲の杉山先生の『発達障害のいま』の内容の一部や、その他のことも含めながら、書いておこうと思います。

(続く)


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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