天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

ビーチ - 2002年07月28日(日)

ビーチから電話をくれる。
陽の沈むころがとても素敵だって言ってた、ここからわりと近いビーチ。
時々ひとりでぼんやり過ごすんだってカダーは前に言ってて、行ったことないってわたしが言ったら驚いてた。
「きみを誘いに行ったのに、まだ帰ってなかった」。そう言ってから、「まだ怒ってるの?」なんて言う。

昨日、B5 のナースのミスター・ヘップバーンが手伝いに来てくれて、荷物を運んだ。カダーも昨日は引っ越しで、わたしが段ボール箱を運び出してるときに裏のドアのところで会った。「元気?」って聞かれて、おととい意地悪されたから口を尖らせて「まあね」って答えたから。カダーはわたしの頭をなでてくれたけど。

「怒ってなんかないよ。いいなあ。あたしも行きたかった。」
「だから誘いに行ったんだって。1時間半くらい前かな。」
「あたし、1時間くらい前に帰って来た。まだビーチにいるの?」
「もう少しいる。帰ったら寄るよ。」

昨日は真夜中にも、ナントカって名前のドクターが手伝いに来てくれた。
ランドローバーは思ったより小さくて、ドレッサーを積んだけでいっぱいになった。裏口の階段のところをDr. ナントカが引きずっちゃったから、ドレッサーの側面がガリガリの傷だらけになった。泣きそうになったけど、手伝ってくれてるんだから文句なんか言えない。新しいアパートに運んで帰って来たのは朝の4時だった。

3時間ほど眠ってわたしは仕事に行った。
疲れてるのと寝てないのとで、体も頭も全然機能しなかった。

まだ荷物は残ってる。要領の悪い引っ越し。

うんと暗くなってから、帰って来たカダーが来てくれる。
誰かが尋ねてくれるって、嬉しい。こんなふうに毎日。


あの人は新しい仕事が忙しくって、電話をくれてもほんの少ししか話せない。
あと3日になっちゃったのに。

本気になんかしてないんだろうな。
「引っ越したら、もうおしまいだからね」ってわたしが言ったことなんか。
わたしは83パーセントくらい本気でそう思ってて、あとの17パーセントはわからない。

引っ越してみなくちゃわからない。
淋しくて淋しくて淋しくて、やっぱり電話するかもしれない。


「今度ビーチに連れてってくれる?」って聞いたら「連れてくよ」ってカダーが言った。
「引っ越しても遊びに来てくれる?」って聞いたら「もちろん行くよ」って言った。



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やった - 2002年07月27日(土)

カウチが売れたー。
70ドル。


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お願いだから - 2002年07月26日(金)

お休み。
やっと荷造りし終えた。
あとは冷蔵庫の中身とコンピューターとバスルームの小物だけ。
机とカウチとコーヒーテーブルをまだ処分してないけど。


今日は肌寒いくらい涼しかった。


ひとりで荷物を少しでも運べばよかった。



神さま。


わたしが好きになった人たちを遠くにやってしまわないで。


わたしは一体何をしたんだろう。
きっと大きな罪を犯したんだ。
生まれた家族を捨ててしまったこと?
生まれた国を捨ててしまったこと?
結婚を2回も捨ててしまったこと?
わかってないから許してもらえないんだ。


あの人のことを想い続けることがその罰なら
苦しくても悲しくてもちゃんと罰を受け止めてるから


わたしが好きになる人をもう遠くにやってしまわないで。


それがだめなら


ほかの誰のことも好きになんかならせないでください。


お願いだからお願いだから
もうヤなんだってば。


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When I'm happy, I laugh - 2002年07月25日(木)

今日はジャックがお休みで、ジャックのフロアもカバーしたら、自分のフロアと合わせて新規の入院患者さんだけで21人もいた。ボールペンを放り投げたくなるくらい忙しかった。おまけにカウチで寝るから肩と首がおかしくなってて、吐きそうになる。体力が続かなくて時間もなくて、患者さん5人も残して帰って来ちゃった。

ふらふらになりながら、もらって来た段ボール箱を車からずるずる引きずってアパートに戻る。もう死ぬぅ〜って椅子に座り込んでたら、ノックがした。
「今日は早かったの?」
「30分くらい前に帰って来た。きみが帰って来るのバルコニーから見てたよ。」
カダーの胸に寄りかかったら、そのまま眠りそうになる。
「コラ、寝るなよ。出掛けよう。おなかすいた。」
急にわたしもおなかがすいてくる。このあいだはわたしがハンバーガー食べたいって言って、今日はカダーがハンバーガーが食べたいって言った。じゃあこのあいだのレストランがいいってわたしが言って、きみの車で行こうってカダーが言う。あなたが運転してねって言って、わたしの車をカダーが運転してくれる。

カダーは今日はお肉をしっかり焼いてもらった。わたしはこのあいだ4分の1残したけど、今日は全部平らげた。

「元気になった?」
「元気になったよ。ね、マーク・アンソニー好き?」
わたしはテープを押し込む。2曲目に流れた「I need you」をカダーが「この曲は好き」って言った。

嬉しくて笑う。
「何が可笑しいの?」
「可笑しいんじゃないの。嬉しいとき笑うの。」
「『嬉しいとき笑う』か。すっごいシンプル。シンプルで効果的。」


Oh baby, I need you for the rest of my life
Girl, I need you to make everything right
Girl, I love you and I'll never deny that I need you

Girl, your love to me feels just like magic
When you smile you have total control
You have power like nothing I felt before
I've let all of my feelings show
'Cause I want you to know that I need you


甘いメロディー。優しい歌。でも聴くたびに切なかった。Marry me, Marry me っていっぱい出てくるから辛かった。あの人はなんてプロポーズしたんだろっていつもそんなこと思ってた。あの人の結婚が平気になったわけじゃない。だけど今はこの歌がとても優しい。

「優しいね。優しいね。この歌、ほんとに優しいよね」。
目を閉じて歌詞に聴き入ってわたしはくすくす笑う。
ふと隣りを見上げたら、カダーが不思議そうな顔してわたしを見てた。


昨日カダーが言ってくれた。

きみの新しいアパート、とても好きだよ。居心地がよくてあったかくて気持ちいい。きみはあそこで幸せになれるよ。今までよりずっと幸せな生活が出来るよ。きっと。

幸せじゃなかったなんて言ってないのに。
ただの社交辞令?
でもあの時もわたしは嬉しくて笑った。


わたし、あの人を待ち続けたこのアパートに、もう泣かないでバイバイ出来る気がするよ。


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あと一週間 - 2002年07月23日(火)

日曜日、グロリアの旦那さんのジョニーが来てくれて、ベッドやらダイニングテーブルやら大きなものを運んだ。一緒に来てくれるはずだったジョニーの弟は急に都合が悪くなって、ジョニーがひとりで来た。

全然力のないわたしは手伝ってるのか邪魔してるのかわかんない。
マットレスをバンのルーフにくくりつけるのに往生してたら、道路の向こう側にカダーと誰かが歩いてるのが見えた。一生懸命手を振ってたらこっちを見てくれて、手を振り返してくれる。

道路を渡ってこっちに来るカダーに駆け寄って、「ねえ、これから忙しいの?」って聞いたら「いいや」って答えた。「じゃあ手伝って。ジョニーがひとりで困ってんの。ね?」「あとでご馳走してくれる?」「するよ、もちろん」。隣りでもうひとりの人が笑ってた。

わたしの車にも荷物を積んで、スピードを出せないバンを後ろに、高速じゃない道を2台連なってゆっくりゆっくり新しいアパートに向かう。永遠に着きそうにないねってカダーが笑って、こういう運転もたまにはいいな、楽しいじゃん、ってわたしは答える。いっぱいバカなこと話して、長いトロトロ運転がほんとに楽しかった。「ジョニーはひとりでたいくつしてるだろうね」って言いながら、カダーは信号で止まるたんびに運転してるわたしの頭を抱き寄せる。

予定よりうんと遅い時間になっちゃって、ジョニーは荷物を降ろしてくれてから先に帰った。全部運び込んだのは11時過ぎだった。途中でダイナーに寄ってごはんを食べてからアパートに戻る。ベッドがなくなったから、持ってかないカウチにシーツを敷いて寝る準備をする。「くたびれてるんだからしっかり眠りなよ。鍵はぼくがかけとくから」。そう言ってほっぺたにキスしてくれて、ドアを内側からロックしてカダーは自分のアパートに帰ってった。わたしはほんとにそのまま眠ってしまった。


昨日は仕事の帰りに新しいアパートに寄った。大家さんのフランクが家具の組み立てを手伝ってくれた。デイジーがくっつきまわって邪魔をする。くたくたになってうちに帰ったのは10時半だった。またそのまま眠ってしまって、昨日もあの人に電話が出来なかった。

昨日はカダーは来なかった。自分の引っ越しの準備をしてたから。
カダーは27日にここのアパートを出て行っちゃう。引っ越し先はすぐ近くらしいけど。


あと一週間になった。
あと一週間しかないのに、まだ荷物は半分残ってる。荷造りも全部終わってない。
家具もまだ少し残っててもう一度バンで運ばなきゃいけないのに、ジョニーはもう都合がつかなくてほかにお願いする人は誰もいない。探さなきゃ。カダーは引っ越しやさんに頼むしかないって言うけど、引っ越し代がないから頼めない。大丈夫かな。見つかるかな。

あと一週間。
カダーとはそれっきりかもしれない。

あの人は?


あと一週間。
あと一週間。
あと一週間。


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ほかの誰でもない - 2002年07月20日(土)

お昼頃かけてって言ったあの人に電話する。
「今日も花がたくさん届いたけど、やっぱりきみのが一番デカい!」。
まだ言ってる。
「デカい」ばっかり強調するから、一体綺麗なのかどうか聞いてみたら、大きな南洋植物の葉っぱが敷いてあって、真ん中にふきのとうみたいのが突き立ってて、そのまわりに色んな花が詰まってて、って、なんかあんまり綺麗そうじゃない。ふきのとうみたいのって何だろ。まあいいか。ちょっとショックだったけど。

新しい仕事は滑り出し快調みたいで、「昨日も徹夜で疲れた〜」って言いながら声が弾んでた。嬉しい。

明日はグロリアの旦那さんが大きなバンでベッドやらテーブルやらを運んでくれる。

「このお部屋でこのベッドで寝るの、今日が最後なんだ。だからね、抱っこして」。
あの人は仕事中なのに、わたしはそんなことを言う。

目をつぶって、あの人の胸にからだごともたれかかるふり。あの人が腕に抱き締めてくれるふり。
眉間のところがつんとして、電話の向こうのあの人の気配以外何も聞こえなくなる。
何かにふわあっと包み込まれたみたいになって、「ふわあ」がゆらゆら揺れている。
ずっとなかったね、コレしてもらうの。でもわたし、まだこんなに上手く出来るよ、「ふり」。
ベッドカバーをぎゅうっと握りしめたとたん、涙が一気に溢れ出た。


涙を拭いて窓辺でたばこを吸ってたら、駐車場から男の人がふたりアパートの裏口に歩いてくるのに気づいた。暗くてよく見えなかったけど、片方のひとりがこっちを向いて手を振った。カダーだった。

少しして玄関でノックが聞こえた。もう遅いから来ないと思ってたのに。ドアを開けたら、「Hi」って笑って立ってた。嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
「今帰って来たの?」
「そうだよ。」
「一緒にいた人、ルームメイト?」
「新しいルームメイト。今のじゃなくて。そいつはね・・・」
話をしながら、カダーはわたしを抱き寄せて、わたしはカダーの背中に腕を回す。
胸に顔を埋めて、大きく息をする。
代わりじゃない。代わりじゃないよ。
あの人の代わりでも、ドクターの代わりでもない。


もうあの人を重ねたりしない。あの人とは全然違う。
おんなじ背の高さでも、ドクターを重ねたりもしない。
カダーはほかの誰でもないカダーで、
ほかの誰でもないカダーをわたしはとてもあったかくていい人だと思い始めてる。
ドクターの言葉はいつもいつもあの人とおんなじだったけど、
カダーの言葉はほかの誰のでもないカダーだけの言葉で、
わたしはカダーとおしゃべりするのがとても好きになっている。


わたしね、さっき窓辺でカダーが帰って来るのを待ってた。
今日は遅いって言ってたからまだ帰って来そうにないなって思いながら、
早く帰って来たらいいのにって、待ってた。

あの人もわたしからの電話を、こんなふうに待ってくれてるの?
彼女とは全然違うわたしとおしゃべりするのが、こんなふうに好きなの?


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薬 - 2002年07月19日(金)

大きな花が届いたって、喜んでくれた。
「嬉しかった?」って聞いたら「嬉しかったし、デカかった」って。
入り口のドアから入んないくらいデカかったって。
「ウソだ」って言ったら「ホントだって。見てないから知らないだろ。すごいデカいんだって。写真撮って送ってあげるよ」って。
お花はたくさん届いたけど、わたしのみたいにデカいのはなかったって、すごく喜んでくれた。
デカけりゃいいってもんでもないけど、嬉しかった。

新しい仕事、いよいよスタートだね。
またひとつあの人が大きくなった。今度はどかーんとデカくなった。
そっか。花束、そんなにデカかったなら large じゃなくて medium 注文しときゃよかった、なんてちょっとセコイこと一瞬思っちゃったけど、どかーんとデカくなったあの人に相応しいよね。

わたし、やっぱり見ていたい。
あの人が大きくなってくとこ。ずっとずっと見ていたい。


カダーは毎日ドアをノックしてくれる。
雨が降ってたから荷物運びは中止して、今日は一緒にごはんを食べに行った。
ハンバーガーが食べたかった。しっかり焼いてもらって、ぎゅうっと締まってるのにまだ厚いパティが香ばしくてがおいしかった。カダーはミディアムに焼いてもらって、中が赤いパティを平気で食べてる。「焦げた肉はよくないんだよ」って言う。「癌になるって言うんでしょ。違うよ。毎日毎日 BBQ 食べてたらそりゃあ癌の原因になるけどさ、たまに食べるのは平気なんだよ。それよりちゃんと焼けてないお肉の方が病原菌が危ないのに。知らないの? E.Coli O157っての。ひどいと腎臓病とか脳障害とかになっちゃうこともあるんだから」。そう言って脅してやったら、「どうしたらいいのさ。もう半分食べちゃったよ」って本気で心配してる。おかしい。

仮病使って仕事を休んで一日中パッキングをしてたから、おなかがペコペコだった。こんなとき突然一緒にごはんを食べに行ける人がいるのがいいなって思った。

名前を上手く発音出来なくて、声に出して練習する。「難しいよ」って言ったら、「じゃあ好きな名前で呼べばいいよ。Kenny とかさ」なんて言う。びっくりした。「なんで Kenny なの?」「別に。Kのつく名前言ってみただけ」「だめだよ、Kenny は」「なんで?」「少しだけのボーイフレンドがいたって言ったでしょ? その人の名前なの」「じゃあ Kenny はだめ。ちゃんとカダーって呼んで」。

また練習する。オーケーが出るまで練習する。ヘンな名前。じゃなくて、難しい名前。

カダーのことを、好きか嫌いか言え、どっちか言わなきゃ殺す、って誰かに拳銃をつきつけられたら、「好き」って答える。嫌いじゃないし、死ぬのが怖くなくてもそんな死に方はしたくないから。それだけ。


誰でも肌のぬくもりを求めていて、それが手に入ったときものすごく安心出来る。淋しさを消してくれる薬。Kenny は薬をくれたけど、よく効く分副作用がたくさんありすぎた。ドクターのくせに、処方を少し間違えた。そのうえわたしは服用の仕方も服用する量も間違えた。

カダーの薬が安全なのかどうかわからない。だけど今のところ、効きすぎない程度に上手く効いてる。

あの人と触れ合うことなんて出来ない。
あの人からわたしは、淋しさを消してくれる薬をもらえない。ほんとはそれが正しい薬なのに。
だからカダーの薬だって間違ってる。
だけど仕方ない。わかんないけど、仕方ない。

間違った薬を飲み続けて、わたしはいつかボロボロになってしまうのかもしれない。
薬のせいで、あの人の魔法も効かなくなってしまうのかもしれない。
それでもあの人が大好きで、それでもあの人への想いは止められなくて、
それでもわたしは、あの人が夢をひとつずつ掴まえて大きくなっていくのを、ずっとずっと見ていたい。

バカにつける薬はないって、ほんとにそうだ。


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敵わない - 2002年07月18日(木)

月曜日だっけ。
窓辺でいつものようにたばこ吸ってたら、アパートに帰って来た人が「Hi」って声かけてきた。「Hi」って言い合うくらいよくあるけど、その人とはなんとなくそのままおしゃべりしてた。引っ越すって言ったらその人も今月いっぱいでこのアパート引っ越すらしくて、そんな話を他愛なくしてた。車の音に声を消されてよく聞こえなくて、「降りてくる?」ってその人が言った。ちょっとしてから降りて行こうとしてドアを開けたら、その人がドアの前に立っていた。

段ボール箱に埋もれたダイニングテーブルでおしゃべりして、「ここはバルコニーがないからベッドルームが広いんだよ」ってベッドルームを見せてあげようとしたら、「入っていいの?」ってその人が言う。そういうところがジェニーの言うわたしの危なっかしいとこなんだろうけど、誰でもベッドルームに入れるってわけじゃない。なぜかその人には平気だった。「ほんと広いなあ」ってその人はただそう言った。そして、わたしの引っ越しを手伝ってくれるって言った。

飲みに誘われて、次の日に出掛けた。
その人はミドルイーストから9月に来たばっかりで、なのにこの辺のことをわたしよりずっとよく知ってた。車で20分くらい走ったところにあるそのバーは、古い図書館をデザインしたお店で、2階まで吹き抜けになった造りのその壁は天井までびっしりとお酒の瓶で埋まってた。アーキテクトのその人はそのお店のデザインが好きだって言ってた。

クーラーの効いたバーでちょっと寒いなって思いながら、わたしは初めてドクターとデートした時のことを思い出してた。あの時みたいにあの人への罪悪感みたいなのはなかったけど、あの時みたいにものすごく楽しくもなかった。その人のためにじゃなくて自分のために、うんと楽しいふりをしてた。

「飲みに行くんだ」って前の晩に話したら、「心配だよ」ってあの人は言った。
「あたしに幸せになって欲しくないの?」
「幸せになって欲しいよ。」
「だったら幸せにしてよ。あたし、引っ越したらあなたのこと忘れて幸せに暮らしたいの。」
思いっきりジョークっぽく言ったけど、あの人は「泣きそうになる」って言った。

昨日は帰って来てから、新しいアパートに荷物を一緒に運んでくれた。
アパートのことを「どう?」って聞いたら、素敵なとこだって言ってくれた。思ってたより広いし、天井のヘリコプターのプロペラみたいなファンがいいって言ってくれた。大家さんもいい人だし、いい家だって言ってくれた。

「バスルームも見てくれた?」って聞いたら、「見たよ。ブルーだった」って言った。
自分で見に行ったら、タイルの薄いブルーに合わせてブルーのバスマットとトイレのふたのカバーを大家さんがつけてくれてて、笑っちゃった。バスルームは前よりブルーになってた。

アパートの外に出ると、あの橋のライトが綺麗だった。
「素敵なとこだと思う?」
「うん、思うよ。でもパーキングが心配だよ。」
「大丈夫だよ。どこも空いてなかったらお家のガレージの門の前に停めていいって大家さんが言ったもん。」
誰かに新しいアパートを見てもらって、素敵なとこだねって言ってもらえたのが嬉しかった。なんとなくうきうきして、よかったって思った。だから、キスされて背伸びして抱きついた。

「あなたの身長当ててあげる。5フィート11インチでしょ。」
「センチメーターじゃなきゃわからない。」
「180センチ。」
「当たってる。正確には181だけどね。」

ほらね、ドクターと同じくらいだと思ったもん。だけどほかはドクターには敵わない。ドクターとおんなじに音楽に詳しくて、わたしの知らない音楽をたくさん教えてくれるけど、カーステレオにかかった歌と一緒に口ずさむその人はいつもキーが外れてる。あの人になんか、とてもじゃないけど敵わない。あの人は背なんかちっとも高くないけど、ドクターだってあの人には敵わない。そしてわたしは、あの人の彼女に敵わない。






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イタリアン料理とチャイニーズティ - 2002年07月14日(日)

新しいアパートの鍵をもらいに行って、7月の終わりまでの家賃を払って来た。
引っ越しの準備は相変わらずで、お部屋が散らかってくだけのような気がする。実際、ただのぐちゃぐちゃ。鍵を明日仕事が終わってからもらいに行こうと思って大家さんに電話したら、今日取りに来ていいよって言う。ああぐちゃぐちゃから脱出したい、って気分だったから、嬉しかった。

新しいアパートは一段と綺麗になってた。キッチンの床のタイルはシックな色に変わってたし、冷蔵庫もオーブンもピカピカに磨いてあった。冬のコートとジャケットを半分だけ持って行って玄関のクローゼットにかけたら、もういっぱいいっぱいになっちゃってどうしようって思ったけど。

契約書にサインして今月の家賃を払って鍵をもらったら、「晩ご飯食べて行きなさいよ」って言ってくれた。電話の約束があるから時間気にしてたのに、よそんちでごはん食べる得意わざ発揮して喜んでオーケーする。

イタリア系の大家さんのフランクが作ってくれたパスタ。勝手にスパニッシュ系だと思ってたから手の込んだパスタが不思議だったけど、イタリア人だよって言われて納得した。リコッタチーズをたくさん使ったソースがすごくおいしかった。パスタが前菜ってのも納得出来た。チャイニーズ系の奥さんのシャーミンが「チャイニーズティ、好き?」って聞く。「ジャズミンティが大好き」って言ったら、日本の急須みたいので入れてくれた。イタリアン料理とチャイニーズティ。おもしろかった。

デイジーがテーブルの下でわたしの足に絡みつく。もうすっかりわたしのこと覚えてくれてて、飛びついて顔を舐めてくれる。行ったとき、わたしを見てグルグルグルグル自分のしっぽと追いかけっこするみたいに走り回った。「嬉しい? そんなに嬉しいの? いい子だね。いい子いい子、デイジーいい子。アイラヴユー」って、わたしが嬉しくて、首を抱きしめていっぱいキスする。

奥さんのシャーミンと話し込んじゃって、気がついたら12時を回ってた。
約束の電話の時間、とっくに過ぎてた。


甘えんぼの犬がよくやるようにデイジーが片手を乗っけてたわたしの腕を、チビたちがペロペロ舐めまくる。バレちゃったかな、浮気。でもチビたちが一番好きよ。

明け方になって、電話が鳴る。
約束の時間にうちにいなかった理由を、「だって彼が帰してくれなかったんだもん」なんてまた言う。

新しい仕事場の住所を聞いたら、嬉しそうに「花でも送ってくれるの?」だって。
くやしい。サプライズになんないじゃん。


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花束で乾杯 - 2002年07月13日(土)

はかどらない。はかどらない。
引っ越しの準備が一向に進まない。
細かいところからやってるのがいけないのか。
ベッドルームに飽きたからキッチンを片づけようかと思って
キャビネットをあけてどっと疲れる。
食器・・・ひとつずつ新聞紙にくるまなきゃいけないんだ。
何回やっても引っ越し嫌い。ちっとも上手に出来ない。

妹チビが黄色いスポンジの切れ端をくわえて遊んでる。
ドキッとしたけど、椅子もソファもどこも破ったあとがない。
どこから千切って来たの?

お兄ちゃんチビは紙屑の入ったビニール袋を勝手に生き物に仕立てて
噛んだり殴ったり飛ばしたりしながら格闘してる。

チビたち、間違ってるって。
これは遊びじゃないんだからね。
わたしが休憩すると、ふたりでぎゅうぎゅうになってわざわざちっちゃい段ボール箱に入って、おとなしく抱き合って眠る。
わたしが動き出すと、ふたりして飛び出して来て暴れ出す。
逆にしてよ。


夜中の3時ごろに電話が鳴る。
外にいるあの人が公衆電話でかけてきた。
「今かけ直してもらっていい?」。
一回くらいいいか、電話代。
そう思ってかけ直したら、ちょっと鬱いでる。

なんか、会社の取引先の人怒らせちゃったらしい。
これから謝りに行くんだって言ってた。
やだね、そういうの。もう辞めちゃう会社なのにね。
だけど音楽やってる以上関わりある会社だからちゃんとしとかなくちゃって、
元気なかった。

平気平気。今だけだよ、そういう気分。
行って謝って、きっと後腐れなく解決するって。

ずっと体調悪いまんまだし、このあいだ受けたもうひとつ上のレベルの試験はダメそうだしって、あの人らしくなく弱ってる。

そういうことだってあるよ。上手く行くときばっかじゃないよ。
弱音吐きたいときは、吐いちゃえ吐いちゃえ。


「淋しい」なんて言えなくなった。

新しい仕事が正式にオープンする日に、お花を贈ってあげようと思ってた。
インターネットで日本にも送ってくれるとこ見つけたけど、ちょっと高くて無理かなあって諦めかけてた。
でも、無理して贈ってあげようかな。
2ヶ月くらいたばこ我慢すれば大丈夫かな。
それは無理か。でもなんとかなるよ。なんとかしよう。
花束で乾杯してあげる。びっくりさせて、元気あげる。


あと2週間経ったら、わたしは新しいアパート。

やっぱり大好きだからね、
弱音吐いちゃう天使だって大好きだからね、
声も聞けなくなっちゃうようにするなんて
わたし出来ないかもしれない。


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a-ha - 2002年07月12日(金)

あの人の好きな a-ha を聴く。
まだあの人のこと知る前に、ワゴンの中にあったのを見つけて買った CD。
あの人の好きな音楽はたくさんあって、その中のたったひとつってだけなのに、
ただ懐かしいなと思って買ったセールになってた a-ha がわたしの特別な CD になってる。

どういうところが好きなのか、わかっちゃうんだよ。
どの曲が好きかもわかっちゃうんだよ。
例えば、この音がこの音に移る瞬間にビビビってこめかみの辺りに電気みたいなのが走るって、
この旋律のところで一瞬息が止まるって、
ここでこのリズムに変わるとき足の指がムズムズするって、
そういうのもおんなじだってわかるんだよ。


淋しい。
淋しいな。
淋しいよ。

一生懸命追っ払ってお部屋の片付けしてるけど、
淋しくて淋しくてまゆ毛が三角になってくる。


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これ以上間違うこと - 2002年07月11日(木)

ナースステーションがわんわんわんわん、ほんとに蜂の巣つついたみたいになってた。
メディカルレコードは取り合いで、最近ラップトップを3台入れてくれたのにそれでもコンピューターも取り合いで、キスしちゃいそうなくらい顔をくっつけないと相手のドクターの声は聞こえないし、空いてる方の耳を塞いで喧嘩腰でしゃべらないと電話の向こうのドクターと会話出来ないし、腕をひっつかんで呼び止めなきゃナースはバタバタ歩き回る足を止めてくれないし、

ここ何日かずっとこんなで
ここはほんとに病院だろうかって思うほどうるさいうるさいうるさい。

「ねえ聞きたいんだけど、この3日くらいこの病棟ちょっとクレイジー?」って、フランチェスカが不安げな顔してまぬけみたいなこと聞く。
「めちゃくちゃクレイジーじゃん」って言ったら、「よかった。あたしだけがそう思ってる気がして、精神分析医のカウンセリング受けようかと思ってた」って、泣きそうな顔して言った。

こんな日は患者さんたちもイライラするから、ふつうに話をするのが難しい。
それでも患者さんに会いに行くと、ナースステーションの地獄から救い出された気持ちになる。笑顔をくれるまで頑張って、忙しいのにいつもより患者さん診るのに時間をかけてしまう。


外はカラッと空気が乾いて、あの街みたいな夏の日が続く。
帰り道、久しぶりに Sugar Ray の Someday を聴いた。
波に揺れるようなちょっとボサノヴァっぽいメロディが、今日の陽差しに似合ってた。西海岸に相応しそうな曲だとも思って少しだけ、LA にいるドクターのこと考えたけど、想像がつかなかった。

それはとても切ない歌で、でも、泣いたらなんとなく気持ちよくなるみたいに、聴いたらなんとなく幸せになる。

あの人からまた留守電にメッセージが入ってた。
「明日の朝電話してね」。
いつ入れてくれたのかわかんないから、わたしの今夜なのか明日の夜のことなのかわからない。どっちにしても電話代払えなくなるからかけられないやって思ってたら、電話が鳴った。

「やっとかかったー。何回もかけたよ。留守電聴いてくれた? いっぱい入ってただろ?」
「いっぱい? 昨日と今日一回ずつ入ってた。」
また電話がおかしいのかな。
あの人は急いでて、ほんの少しだけ話して切った。
「明日の朝かけられる?」って聞いてたけど、「わかんない」って答えた。
説明する時間がなかった。それより体のことが心配だった。
「だいぶん元気になったよ。ムスコも元気だし」って言うから、「そんなのあたし嬉しくない。彼女が嬉しいだけじゃん」なんて言っちゃう。


so far, so long, so far away.
so far, so wrong, so far away.

愛し合ってるけど、まちがってる。
いつか僕の人生が終わる頃、君がいつもそこに僕のためにいてくれたことを僕は不思議に思うんだろう。
人がなんて言おうと、君はいつもそこに僕のためにいてくれた。



遠くても愛せる。
長くても待てる。
離れていても想い続けられる。
でも、これ以上に間違うのはいやだ。


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罰金135ドル - 2002年07月10日(水)

昨日の朝。
高速に入る手前のサービスロードで
今日は車が少ないなあと思って
ブンブン走ってたら
うんと前を
変わった洋服着たオジサンが飛び出して来て
わたしに向かって手を挙げた。

ブレーキ踏んでスピードが下降してるあいだに
ちゃんと見えて来た。

変わった洋服と思ったのは
ポリスオフィサーのユニフォーム。

スピード違反のチケット切られちゃった。
29マイルオーバーで
罰金135ドル。


みんなが「『スピードリミットのサインが見えなかった』って
プリーオブギルティーすれば?」って言ったけど、
今朝同じところを通るとき見たら
「制限速度30マイル」のサインはいくらでもあるし
おまけにスクールゾーンのサインまであった。
そこを59マイルで走ってたんだもの、
わざわざ仕事休んで裁判所行っても
罪は免れそうにない。


昨日あの人の留守電入ってたけど
かけられなかった。
ほんとに電話代削らなきゃダメになった。

どうしよう。

どうしようって・・・
ちょうどよかったの?


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いつも笑ってる - 2002年07月08日(月)

お昼休みにアジア食品のスーパーマーケットに行った。
表にドリアンとかイエローマンゴとかスターフルーツとかロンガンとかココナッツとかが並んでて、いつも眺めてたけど、中に入ったのは初めてだった。

なつかしいものがいっぱいあって、嬉しくなる。
ライスヌードルやダイヤモンド印のエッグヌードル。ブラックビーンソースやマッシュルーム醤油やフィッシュソース。あの街に住んでるときにはキッチンの常備品だった。

「知らなかったー。ここにこういうのイロイロあったんだ」って大喜びしてたら、「あの日本の辛い豆もここで買うんだよ」ってラヒラが言った。わさび豆? わさび味のグリーンピース。なんて名前だっけ? ラヒラは時々プラスティックの容器に入れて持って来て、朝からオフィスでボリボリ食べてる。「なんでこんなに辛いの、この豆?」って聞くから「わさびだよ。ホラ、お寿司についてくるヤツ」って教えてあげたけど、お寿司食べたことないラヒラは「知らない」って言った。

「ざるそば」って書いてあるおそばのパックもあったけど、
それよりなんか得体の知れないモンの瓶詰めとかがおもしろい。
おもしろくて広いお店の中を探検しまくる。
お料理意欲にメラメラ燃えてきた。
「あたしさ、引っ越したらお料理いっぱいするよ。決めた。」
「じゃああたしたちをしょっちゅう招待してよ。」
「するする。エキゾティックなお料理たくさん作って、驚かせてあげる。」
そんな会話しながらワクワクしてくる。


午後からの B5 で、おじいさんドクターの Dr. スターレンにからかわれた。
「ランチから帰ってくるとき、エレベーターホールでまた大笑いしてただろ。大きな口開けて。手で口隠そうともしないで」。

「いつも笑ってる」ってよく言われる。
「笑顔を絶やさない」を通り越して、「笑い声が絶えない」らしい。
帰るときオフィスでジャックが「ほんっと、明るいよな」って言う。
クリスティーナが「アンタの武器だよ。You have a beautiful...」って、おどけてわざと間を置いてから、「smile」ってところを「laugh」って言った。


知らないでしょ。うちじゃあ窓辺でたばこばっか吸ってあの人のことばっか考えてうじうじうじうじしてるのに。なのに、別に人前ではいつも笑っていようなんて思ってるわけじゃなくて、仕事に行くと自動的に笑ってるんだよ。

でも今日は「とても前向きな笑い」じゃなかった?
だって、引っ越すことにとても前向きになれたもん、今日。
引っ越してお料理して公園を走ったりなんかもして

いつも笑ってるなんてバカっぽいから、病院では知性の漂う笑顔にとどめておいて、
そしたらその分、うちでもこころがニコニコしていられるようになるよね。

早く引っ越したいよ。
明日目が覚めたら、おしゃれに家具が収まって綺麗に片付いた新しいアパートのベッドの上だったらいいのに。引っ越し嫌い。めんどくさい。




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「なんとかなる」 - 2002年07月07日(日)

荷造りを始める。
つもりだったのに、要らないものを片づけるだけで終わった。
それも、この間整理した本棚を、また一からやり直しただけみたい。
今回は思い切ってたくさん捨てることにした。
ファイルの中身ひっくり返して、もう古くなってるはずの医療関係のジャーナルの記事とか大学の時のノートとか資料とか、全部捨てた。

紙と本の山積みに埋もれてたら、チビたちがおもしろがってその間で遊ぶ。
部屋の片隅のそんな狭い場所に3人がかたまって、
チビたちはさらにややこしいところに潜り込もうとするし、
動かすわたしの腕の上をわざわざジャンプしてはうろうろして、
何が楽しいのか、ふたりでにゃーにゃーはしゃぎまくる。

そのうち飽きて、リビングルームに積み重ねてた段ボール箱のジャングルジムで暴れる。バリバリバリーッて音がして飛んでったら、段ボールがみごとにバラバラになってる。

あーあーあーあーあー。まあいいけど。
あと3週間しかいないんだもんね、ここ。
思いっきり遊べ遊べ。

と思って、気がついた。
あと3週間しかないんだ。
今まで引っ越しの準備ってどのくらい前から始めてたっけ。
いつも夫が一緒だったけど、今度はひとりなんだ。
今までより時間かかるんだ。
忘れてたわけじゃないけど、実感した。


2年前の、古い日本の雑誌を見つけた。
「NY特集」ってのが載ってる。読んだことなかった。
「NYで生活する女性たち」。
家賃2000ドル以上のアパートに住んで、食費は1ヶ月1000ドル。
「日本に住んでたときより収入はうんと低くなったけど、なんとかなるものですよ」だって。
日系企業ってそんなにお給料いいんだ。
日本ってやっぱりお金持ちなんだ。
わたしが貧乏過ぎるの?
めちゃくちゃミジメになる。
「なんとかなる」ってさあ、そういうのに使う?

ケーブルの会社に解約の手続きの電話をかけたら、解約手数料に100ドルかかるって言われた。奨学金の返済、3ヶ月滞納してて催促の電話かかってくるし。

わたしなんかそれだけで落ち込んじゃいそうになって、一生懸命「なんとかなる」って思い込もうとしてるのに。

ほんとになんとかなるんだろか。
またコワクなるよ。


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願いごと - 2002年07月06日(土)

「誰かいるの?」
「いるよ。」
「誰がいるの?」

あの人の携帯はまた調子悪いらしくて、やっと繋がった車の中。
人の気配がしてそう聞いたら、あの人は「仕事仲間のピカくん」って言った。と思った。
「ピカくん?」って聞き直したら「おい、ピカくんになってるよ、おまえ」って誰かに言うのが聞こえて、ふたり分の笑い声が聞こえて、あの人はわたしにその人の名前を言い直したけど、やっぱり「ピカくん」に聞こえた。

これから運転するから、って言うあの人に、「やだ。せっかく繋がったのにぃ」って甘える。ピカくんが一緒だし運転するからしょうがないかってホントはしおらしくそう思ってたのに、「わかったわかった。いいよ、このまま話そ」ってあの人は言った。

ピカくんがいるのに、運転してるのに、ずっとおしゃべりしてくれる。あの人はピカくんも会話に交えて、時々ピカくんの声が横から聞こえる。

「着いた。これから車停めるからさ。今日の夜また電話してよ、今日また徹夜だから。かかんなかったら何回もかけてみて。もしダメだったら、明日の夜僕からかけるから」「ねえ、ピカくんはこの電話誰からだと思ってるの?」「知ってるよ。ニューヨークの友だちって」。

知ってるの? 用事もないのに今日も今夜も明日も国際電話でおしゃべりする友だちのこと? 子どもじゃないんだからピカくん分かるはず。でもあの人は、間違い電話のふりして切ったりしなかった。それだけで嬉しかった。秘密だけどちょっとだけ秘密じゃないみたいで。「ねえねえねえ」「わかってるよ、言おうとしてること。だめだめ。ソレはだめだって」。あの人は笑う。「ねえ、お願い」「きみだって病院からかけてくれたとき、そばに同僚がいるからってしなかったじゃん。覚えてるんだよ」「やだ、お願い」。

しょうがないなあって言って、じゃあちょっとそのまま待っててって言って、ピーピーピーピーって車をバックさせる音が聞こえて、少ししてあの人は、急いで5回続けてキスしてくれた。どうやってピカくんから隠れたんだろ。


あの人の夜になって電話したけど、やっぱりかからなかった。
かかんなかったら明日の夜かけてくれるって言ってたのに、さっき電話くれた。あの人の朝6時ごろ。今帰って来た、また風邪ひどくなったから今から寝るって。夜こっちからかけるよって。

「日本は今日何の日か言って?」
「何? わかった。会った日。きみの来日記念日。」
「違うよ。そんなのとっくに過ぎたよ。」
それは6月だったのに。
「わかった。七夕。」
「そう、七夕だよ。」
「七夕だね。」

「あたしなんか一年に一回も会えない」って言ったら、「去年もおんなじこと聞いた」って言われちゃった。

あの人の七夕が終わる前に電話して欲しい。
お願いがあるから。キスじゃないの。
一年に一度だけ、七夕はわたしのことだけ愛してくれる日にして。
ピカくんにも誰にも内緒でいい。


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Happy July 4th - 2002年07月04日(木)

ジェニーと一緒に買った星条旗のシャツを着て、仕事に行った。
昨日ジェニーは「恥ずかしいからやっぱりやめる」って言ってたくせに、
ちゃんと着てきた。
ウケたウケた。
5人くらいに。

お昼休み、別の同僚とケンカした。
自分の失敗棚に上げて、ジェニーとジャックとわたしに的はずれで高慢チキでバカらしい説教をする。
ジェニーはムカつくのを押さえるから顔がこわばってて、ジャックはいつもの回りくどいジョークで交わそうとして失敗して、わたしはふたりの顔を見ながら一生懸命黙ってたけど我慢出来なくなって言い返した。ガンガン言ってやった。またやっちゃった。でも嫌い嫌い嫌い。ああいうセルフィッシュな女大嫌い。

帰るときにジェニーに「彼女が育った国は他人を信じちゃいけない国だから」って諭される。ジャックは「星条旗のシャツ、仲間に入れてもらえなかったからだよ」って笑う。わたしはとにかく頭に来た。ジャックもジェニーも大人。わたしは子ども。

後味悪かったけど、ジェニーと一緒に、ペンシルバニアから帰省してるっていうジェニーの友だちのところに遊びに行って、楽しかった。7月4日だけど、どこにも出掛けないでごはん食べておしゃべりして、お庭でイリーガルに少しだけ花火をした。

帰り道、あちこちで花火が上がってるのが見える。
うちまで帰ったら、近くでドンドンと大きな音が聞こえた。
音はだんだんエスカレートして、歓声が聞こえて、だけど花火が見えない。
アパートの裏の方かなって思ってたら、うんと先に花火の先っちょが少しだけ見えた。
ここをまっすぐ行ってずっと坂を登ったところに、海を見下ろせる小さな公園ある。
海岸で花火をやってて、きっとそこまで行けば見えるんだろうなって思った。
音はミッドナイトを過ぎても聞こえ続けてて、そのうち前の道路が渋滞になって来た。

あの街の花火がちょっとなつかしい。
日本の花火も少しだけなつかしい。

来年は、デイジーのいる家からあの公園に歩いて行けば、シティのビルたちをバックに河の上に打ち上げられる花火が見られる。

来年は、ここが大好きで、ここの花火も大好き。きっと。


「今日こっち7月4日だよ」って言ったらあの人が「ああ、ほんとだー」って嬉しそうに言った。
今日あの人は新しい仕事場でプレオープンのパーティをする。
独立記念日が相応しい。あんまり関係ないかな。
だけど、意味があるみたいで嬉しくなる。
意味があるみたいな返事が嬉しくなる。




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風が止まる夜 - 2002年07月03日(水)

湿気を含んだ重たい空気が部屋中に立ちこめて
チビたちは机の上にぐったりと体を伸ばす。

わたしは膝を抱えてじっと動かずに不快な熱気を体内に浸透させる。
不快さが気持ちいい。
もっともっとじめじめと重たい熱い空気を吸収してベタベタ気持ち悪くなりたい。
気持ち悪さが気持ちいい。
ネチネチした水分が体じゅうの毛穴からじりじり絞り出されて
不快で不快でそれがたまらなくなる。
重たくなった体がたまらなくなる。

風が止まる夜。


あの人は昨日徹夜で新しい仕事の準備をして風邪を悪化させた。
今日も徹夜だと酷い声を出して言う。
そしてわたしの名前を呼ぶ。
苦しそうにわたしの名前を呼ぶ。
名前を呼ぶ。
何度も呼ぶ。

頭に血が上ってくらくらする。
目眩がする。

重たい。重たい。重たい。
熱く湿った空気が体に重たい。
あの人への想いで体が重たい。

重たくてわたしは動けない。
風が止まるから動けない。
愛しくて愛しくてわたしはもう動けない。


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最後の月 - 2002年07月02日(火)

昨日 SICU の病棟で、ナースのジェイが空の段ボール箱をいくつかくれた。
きちんと折り畳んで、テープでとめて、持つとこ作ってくれて。
男の人ってそういうの上手にするよね。不思議だね。
今日は日曜日の出勤の分の代休だったから荷造りを始めようと思ってたのに、
一日中寝てた。
何度か目が覚めて、そのたびに少しだけ起き出したけど、
力が出なくてふらふらとベッドに戻ってまたすぅーっと眠りに落ちてしまう。

疲れ切ってたんだ。
日曜日はランチもちゃんと取れないくらいに忙しくて、
それからアパート決めに行ったあと、2時間走ってまたグロリアのうちに行って。
昨日も新規の患者さんが多くて一日バタバタしてたし。

電話とケーブルと電気の会社に新しい手続きもするつもりだったのに、なんにも出来なかった。

夜になって、スーパーに買い物に行く。
マンゴとブラックプラムとブルーベリーと、ヨーグルトとアイスクリームとパパイヤのジュースを買った。ずっと寝てたから、そういうものが食べたくなった。でも、クッキーサンドのアイスクリーム3つ食べたらおなかいっぱいになった。


7月。
最後の月。
あの人は相変わらず無邪気に、「風邪治らなくてエロビデオ見る元気もない」なんて言ってる。どんなの見るの? とか、顔で選ぶの? とか、オナニーしたいから見るの? とかあの人に合わせて聞くわたしに、「AV 道にもいろいろあってさ」って嬉しそうにバカなことばっか答えてる。ちょっと元気になったじゃん。よかった。

「アパート決めたんだよ。」
「どれにしたの? 犬のいるとこ?」
「教えてあげない。」
「またあ。明日教えてよ。夜かかって来なかったらこっちの昼ごろかけてみて。」

教えてあげないよ。
話してあげようと思ってたけど、やめた。
わたしこれから、いろんな思い吹っ切りながら、このアパート出て行く準備するの。
悲しくなるから教えてあげない。
最後だからね。
最後の月だから。
わかってないでしょ、その意味が。
わたしにもわかんない。
だけど最後の月なの。

生まれ変われたらいいな。
そんなこと無理だけど。
だけどせめて少しだけ変わりたい。


デイジーのいる家のアパート、
幸せな空気に満ちているような感じがする?

ほんと?

もしも、

あの人の声がもう聞けなくなっても?


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