天使に恋をしたら・・・ ...angel

 

 

罰 - 2001年08月31日(金)

なんであんな電話になっちゃったんだろう。
せっかく楽しいおしゃべりしてたのに。
わたしがまた彼女のこと聞いたから?
でも平気だったんだよ。
「きみが辛いから内緒にする」って言っといて
あなたは明日デートするって答えたけど。

「ちょっとだけ会うだけだよ、夜また仕事があるから。」

「じゃあ、もう会わないよ。それできみが安心するんだったら。」

「怒ってるんじゃないよ、きみが悲しまないようにしてあげたいだけ。」

違うんだってば。そういうことじゃないの。
そういうことじゃなくて、・・・。
言ってもしょうがないってわかってるけど。

このままずっとずっとずっと悲しくて、
一生終わっちゃうのかなあ、わたし。

このままだったらまだいいけど、もっともっと悲しくなるんだよ。


泣きながらいつのまにか眠ってたら、電話が鳴った。
あの人かな、と思ったら、ハンサムドクターだった。
「寝てたの? じゃあ、切るよ。寝てよ。明日病院で話そ。」

ドクターが電話を切りそうになるから、わたしは言う。
「だめー。だめー。いいの、もう起きるから。」

昨日、ほんとは土曜日のデートの約束した。
知らないよ。
ちゃんと掴まえててくれなかったら、ドクターのものになっちゃうんだから。
・・・なんて、そんなのは「彼女」の台詞だよね。
あの人は「ダメ」って言うけど、
デートしなくったって、あの人が掴まえてくれてたって、
その先はない。

だけど、ハンサムドクターとだって、先は見えない。

一緒にいると楽しい。
電話がかかってくると嬉しい。
腕の中が居心地いい。
すごく自然に一緒にいられる。
ずっと前から恋人だったみたいに、
抱き合えた。
このままステディになれたらいいと思うけど。

だって、わたしまだ結婚してるじゃない。
夫とどうするかも決めてない。決められない。
わたしが決めるだけじゃ、決まらない。


見つけた出口は、こんなんじゃなかったはず。
出口をふさがれたままで、
まだまだ出られそうにないままで、

今までよりもっともっと滅茶苦茶になってる。

ひとつずつ解いていかなくちゃダメなんだったら、
結婚からだよね。

もう少しほっといてもいい?
このまま何もかも。

そしたら次は何が起こるんだろ。
なんか大きな罰を与えられるんだろうな、多分・・・。


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口紅 - 2001年08月30日(木)

お昼休みにクッキーをもらった。フードサービスのキッチンから。
マカダミアナッツとホワイトチョコのチャンク入りの、大きなクッキー。
病院のクッキーの中で一番お気に入りのヤツ。

「もう一枚」っておねだりしたら、全部で4枚もくれた。
食べきれなくて、ふたつをラップに包む。
白衣のポケットにしのばせて、ハンサムドクターにあげようと思ってたのに、
今日もドクターはお昼からはよそのフロアで仕事だった。

帰る前にオフィスからペイジする。すぐに電話が鳴る。
5階のスタッフルームにいるって言う。
行ってみたら、ひとりでコンピューターの前に座ってた。

「クッキー、差し入れ。キッチンのだけど。さっき、ジュースももらったから、ハイ。」
「今日、オーバーナイトなんだ。ありがと。嬉しい。」

少しだけ話をして、じゃあ帰るね、って立ち上がる。ドクターも立ち上がる。
ドアのところまで来てくれたと思ったら、開いていたドアをドクターは閉めた。
「Bad boy!」。そう言ったらドクターは笑って、わたしに接近する。
わたしはドクターの背中に両腕をまわして、胸に寄りかかる。
あたたかい。あたたかい。心地いい。
くちびるが届く寸前に「口紅」っていうと、ちょっとだけキスしてドクターは自分の口を拭う。そして「とれた?」って聞く。
肩を抱きしめてくれてた腕を、腰にまわすから、わたしは今度はドクターの首に抱きつく。
ぎゅうっと抱きしめてくれる。すごくすごくきつく、強く。痛いくらいに。

たったそれだけのことなのに、あの人じゃないのに、幸せな気分になる。
たったそれだけのことを、あの人とわたしには決して出来ない。

ドクターは「車の運転、気をつけて」って送り出してくれた。


うちに帰って電話する。あの人の声が体中に染みる。まるでドクターの腕の中の余韻を消すみたいに。そして安心する。あの人の声が一番いい、そう思う。
いつものように、眠たそうな声。やっと起きたら「もう時間ないから、朝ご飯食べてくるよ」なんて言う。わたしは拗ねる。「じゃあさ、夕方時間出来るから、電話してあげる。きみの朝6時くらいだけど、いい?」。

「朝ご飯、何食べるの?」
「シリアルにしようかな。」
「うん。それがいい。朝ご飯はシリアルだよ、やっぱり。シリアル毎日食べて、早くアメリカ人になって。」
「そうする。早くアメリカ人になるよ。」

そう、早くアメリカ人になってよ。
それで、ハンサムドクターと入れ替わって。


いつかあの人が言ったことを思い出す。
「やっぱり会える人じゃなきゃだめ?」
自分が答えたことを思い出す。
「会える人じゃなきゃだめなんじゃなくて、あなたじゃなきゃだめなの。」

あなたじゃなきゃだめなの。
なのに、あなたはだめなの。
あなたは彼女しか、痛いくらいにぎゅうっと抱きしめてあげられない。


「ん〜って、くちびる出してごらん。」
そう言って、電話越しにキスをいっぱいくれる。
「口紅ついたよ」ってわたしは言う。






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いっぱい - 2001年08月29日(水)

ひたすら忙しかった一日。

ナースステーションがごった返してた。
コンピューターがやっと一台空いたと飛びついてるすきに、
使ってた患者さんのメディカルレコードを誰かが取っていってしまう。
ドクターオーダーのバインダーも取り合いで、自由に使えない。
患者さんを診てるあいだにもナースステーションから呼び出しのアナウンスが聞こえる。
今週から本格的に仕事を始めたハンサムドクターも走り回ってる。
頑張ってるなあって思いながらわたしは見てる。
すれ違いざまに「今日は大変だね」って声をかけられる。

昨日電話で「今度ランチ一緒にしようか」って言ってたけど、
今日は絶対無理だなって思う。

遠くにいるあの人を、こんな忙しいときでも相変わらず想いながら、
そんなこと思ってる。

お昼からはハンサムドクターの姿はなくて、どこのフロアにいるのかなって思う。
6時前にやっとフロアの仕事を終えて、オフィスでコンピューター入力。
めちゃくちゃくたびれてる。
「いつでもペイジして」って教えてくれたペイジャーの番号をうちに忘れてきちゃって、あ〜あ、なんて思う。

あの人の声を早く聞きたいと思いながら、
そんなこと思ってる。


いつもより遅い約束の時間より早くうちに帰れたから、待てなくて電話をかけた。
あの人は、わたしの仕事の話を聞き出す。
とっても疲れてるとき、いつもわたしの仕事の話を聞きたがる。
「あなたのことが大好きよ」って抱きついてきた今日の最後の患者さんの話をしてあげる。

刑務所病棟の、エイズで精神疾患の患者さん。自分は消化システムがおかしくて何も食べられないと思い込んでて、痩せていくばかり。「うちに帰りたい。うちに帰ったら、食べられるのに」って悲しい顔して訴える。帰れないのをわたしは知ってる。「そのまま帰っちゃったら、あたしが心配だよ。ね、ファリーナだったら食べられそうじゃない? スープは?」。根気よく根気よく続けるうちに、「ファリーナ食べてみる。トマトのスープも食べられるかもしれない」って言ってくれる。でも、前からずっとこの繰り返し。ジェローやプディングなら食べてくれるけど、それじゃあちっとも追いつかない。食べるとき、ついててあげたいと思う。

「誤解しないでね、あたしはレスビアンじゃないのよ。だけど、あなたのことが大好き」。今日はそんなこと言ってくれた。

あの人は笑わない。よかったじゃんって言ってくれる。頑張ってるなあって言ってくれる。「そういうの、しんどい?」って聞くから、「ううん、全然しんどくない」って言うと、よかった、嬉しいよ、って言ってくれる。


予定よりたくさん話せたのに、電話を切るときがいつもより淋しい。

ハンサムドクターの存在が、少しづつ特別になる。
わたしの中の、あの人の彼女の存在が、存在への認識が、それにつれて大きくなってる。

そして、あの人への想いが、切なさを増してまた大きく膨らんでいる。

もう、いっぱい。

平気になんて、なれないじゃん。



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少しだけ - 2001年08月28日(火)

金曜日に非経口栄養を処方してあげた患者さん。返事をするのも苦しいくらいだったのに、今日はゆっくりとならお話出来るくらいまで元気になってた。嬉しかった。ものすごく嬉しくて、「早く口からごはんが食べられるようになろうね、もうすぐだからね」って言ったら、とても素敵な笑顔を見せてくれた。MSっていう大変な病気で、お姉さんが見せてくれた一年前の写真は完ぺきなオーバーウェイトだったのに、今は見る影もなくがりがりにやせ細ってる。力がなくて、腕も上がらない。手も動かせない。

「毎日毎日、僕は感謝するようになったよ、自分が元気でいられてることに。」
ハンサムドクターはそう言ってた。
わたしはどうかな。そんなふうには思ったことないかもしれない。患者さんが少しでもよくなってくれると、ただ、それが嬉しい。おんなじように生まれてきたのに、治らない病気になってしまう人がいるのは不公平だと思う。自分はそうじゃなくてよかったとは思えない。ただ、患者さんに「自分は不幸だ」と思いつめないでって願う。だから少しでも少しでも、幸せな瞬間をあげたいと思う。

患者さんの笑顔が嬉しい。患者さんの家族の笑顔が嬉しい。
笑顔をいっぱいもらった日は、あの人に特別会いたくなる。


帰って来ると、電話が鳴る。ハンサムドクターからかもしれないと思って出ないでいる。仕事の終わり間際にペイジャーが鳴って、電話するとハンサムドクターだった。「今終わって帰るとこ。きみは?」「あたしはあと30分くらいかなあ」「じゃあ、夜電話するよ」。そう言ってたから。今はダメだよ、あの人に電話する時間だから。

アンサリング・マシーンから声が聞こえる。「ほーほーほー」って、またわけのわかんないあの人の声。笑いながら、すぐにかけ直す。

3日から、今度は1週間も出張だって言った。9月の初めにまた出張があるって言ってたもんね。もう9月になるんだ。わたしの3日はレイバーデーの休日なのに、あの人は2日は忙しい。1日の土曜日も忙しい。1週間以上、声が聞けなくなる。

「デートしようかなあ、ドクターと。」
「ダメ。絶対ダメだからね。」
「ずるいよ。自分は彼女がいるくせに。」

相変わらず、困らせるわたし。「いいな。あなたに会えていいな。彼女はいいな」なんて言い出すから、ご機嫌斜めがまた最悪になるのを察知してあの人が言う。

「出かける用意出来たら、もう一回電話するよ。行きながら話そ。」
「いいよ、今日は。明日起こしてあげるから。」
「なんでー? おかしいよ、いつもなら『かけて〜』って言うくせに。」
「だって、ドクターから電話かかってくるんだもん。かけてくれた時、話し中だったらヤでしょ?」
「ムカつくなあ。わかったよ。話し中だったらもっとムカつくから、じゃあかけないよ。明日起こしてよ?」

15分くらいしてから、やっぱりかける。あの人がが淋しそうだから、淋しくなった。
「どうしたの? ドクターの電話は?」
「まだかかって来ない。」
「あー、だからかけて来たのか。」
「違うよ。また声が聞きたくなったの。」
「うそだよ。」
「うそじゃないよー。」
「ほんとに声聞きたかった?」
「ほんと。」
「信じるよ?」

きっとものすごく心配させてるんだよね、あのデートの日から。
今日は声の様子もずっと違ってた。そういうの、わかっちゃう。

あなたから離れようとしてるんじゃないんだよ。
わたしとおんなじ淋しい気持ちにしてやろうなんても思ってないよ。
少しだけ、平気になろうって思ってるだけ。

ただ、ほんとに、少しだけ平気になりたいだけ。

そして、なれるような気がするだけ。




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「死ぬまで」 - 2001年08月27日(月)

昨日、夜まで待てなくて、また掟破りの電話をかけた。あの人の夜中。
「・・・今、忙しい?」
「忙しいよ。曲作ってた。どうしたの?」
「・・・。」
「淋しかったの?」
「うん。」
「淋しがりんぼ!」
「へへ。」
「どうだった?」
「うん?」
「ヤッちゃわなかった?」
「うん。」
「ほんと?」
「うん。」
「どこ行ったの? 最初から順番に言ってごらん。」
「ごはん食べに行って、バーに2軒行って、帰って来た。」
「どうやって帰ったの?」
「車。自分の車運転して。」
「一緒に帰って来たってんじゃないだろうな?」
「ちがうちがう。その人、ねこアレルギーなの。だからうちには絶対来れないの。」
「じゃあ、相手のうちに一緒に帰ったとか。」
「ううん。・・・ちゃんと帰って来た。」
「何時に帰ったの?」
「えへへ。ちょっと遅かった。」
「ほんとにヤッてない?」
「うん。」
「正直に言いなよ?」
「ヤッてない。」
「信じるよ?」
「うん。」
「もしきみがうそついてたら、僕が信じてることがきみはもっと辛いんだよ。」
「うん。」
でもほんとのことを言ったら、あなたがうんと辛いじゃない。

「曲、聴かせてあげようか? まだリズムだけだけど。聴きたい?」
「聴きたい。」

不思議で素敵で新鮮で、胸がときめく音が聞こえる。大好きな大好きな時間。

「アメリカに持ってくやつだよ。」

それから、「ねえ、聞きたいことがある。聞いてもいい?」ってあの人は続けた。

「僕には彼女がいるのに勝手だと思うけど、きみが誰かとエッチするのはいやだよ。いやだ。だけど、もしも旦那と元に戻ったり、誰かを好きになってヤッちゃったりしても、僕のこと好き?」
「好きよ。一番好きだよ。」
「僕のこと忘れない?」
「忘れるなんて、そんなことあるわけないじゃん。」
「ほんと?」
「ほんと。絶対ほんと。だって、あなたは特別なんだよ。」
「よかった。」
「あなたは? あたしのこと、嫌いにならない?」
「ヤッちゃっても嫌いにならないよ。」
「ずっと好き?」
「ずっと好き。」
「結婚しても?」
「うん、ずっと。」
「いつまで?」
「死ぬまで。うわ、めちゃ恥ずかしいよ。顔赤くなってる。」
あの人は照れてちょっと笑う。わたしは嬉しくて泣きそうになる。
「ほんとに?」
「ほんとに。」

まるで、わかってて言ってるみたいだった。だって上手にうそなんかつけないよ。苦しかった。でも絶対言わない。言わない。言っちゃいけない。


それは、とてもとても普通のことだった。おなかがすいたら冷蔵庫を開けて、りんごを手に取って囓るみたいな。でもりんごが食べたくなかったら、おなかすいてても食べない。もっと普通だったかもしれない。朝起きたら、おなかがすいてなくても好きなシリアルをボールにあけて、冷蔵庫からミルクを出してかけて食べるみたいに。わたし、好きになってくのかな、ハンサムドクターのこと。こんなふうに自然のままに。

それでもあなたが好き。こんな愛し方はあなただけ。ずっと、ずっと、ずっと、変わらない。ずっと、ずっと、ずっと、わたしは天使を愛し続ける。天使を愛する愛し方で。あなたが、死ぬまで彼女のことも愛していても。

ハンサムドクターを好きになったら、少しは楽になれるのかな・・・。


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裏切り - 2001年08月26日(日)

「会わないよ。週末はほんとに仕事。」
「今度いつ会うの?」
「来週の平日のいつか。」
「いつ?」
「まだ決めてない。昨日電話したけど。」
「内緒?」
「内緒。いつってわかったら、その日きみが辛いだろ? 僕だって今日はずっと淋しいんだよ。きみがデートってわかってるから、淋しい。言う方は平気でも、聞く方は辛いんだよ。」
「知ってるよ。そんなことあたしにはもう何度もあるんだから。やっとあたしの気持ちが分かったか!」
「・・・分かった。・・・ごめんね。」
あやまらないで。よけい辛いよ。

「抱っこして。」
「抱っこは伝わりにくいから、よしよししたげる。」
あの、雑巾で顔拭かれてるみたいな音で?
「だめ。抱っこがいい。」

わたしは目を閉じて、あの人が抱きしめてくれる気配を探る。そしてあの人の胸に抱かれてる気持ちになる。ものすごく上手に出来る。

「『きみが食べられませんように』って、おまじないして。」
時間を置いて、ちっちゃなキスを3回してくれる。わたしはひとつ返す。あの人はくすっと笑った。もうずっとずっと前に、熱出して心細くてわたしが「キスして」って言ったときみたいに。

ー デートの日の、仕事に行くまえの電話。


裏切りって何だろう。わたしのことはあの人にとって、彼女への裏切り?
でも彼女のことは、あの人のわたしへの裏切りにはならない。

わたしはあの人を裏切った? それとも、
わたしはあの人のものじゃないんだもの、あの人への裏切りになる理由がない?
わたしはあの人を裏切ることさえ出来ない? ーそんな関係。
こころがどんなにあの人のものでも、あの人のわたしはどこまでも宙ぶらりん。
こころは、絶対にあの人のものなのに。

ずっとあの人のこと考えてた。
あの人は彼女を抱く時、わたしのことを思い出すことすらきっとないのに。

だけどあの人に秘密が出来た。
絶対に絶対に言っちゃいけない。
言ったらあの人は悲しむ。
怒るって言ってたけど、それより悲しむ。
悲しみながら、きっと「しょうがない」って言う。
悲しい声で、「僕にだって彼女がいるんだから」って言う。
悲しませたくないから、言っちゃいけない。
でも、言わなくても、悲しませることした。


 ハンサムなドクターさんに食べられたらいけませんよ!
 本当に、それだけはダメです。彼が可哀想です。
 自分は、彼の気持ちが良くわかります。
 angel さんの事がとっても心配だと思う。

 自分も彼女を新しい彼に食べられちゃったときは
 本当に....本当に苦しかった。だから...
 angel さんが苦しいのもわかるけど。
 それだけは、絶対に....

 angel さん、辛いけど頑張ってね
 食べられちゃうと、後できっと後悔するからね..... 


電話を切ってから、届いてたメールを見つけた。日記を読んでくれてる人。
行く前に読めて、よかったって思ってたのに。嬉しかったのに。感謝したのに。

今もう一度読んだら、涙が出た。
秘密にしていれば大丈夫?
わたしは後悔する?

声が聞きたい。

大好きよ。大好きだよ。あなたのことだけが、大好きなの。





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デート - 2001年08月25日(土)

仕事が終わって、ハンサムドクターのアパートにひとりで向かった。
西日が眩しかった。サインが反射して見にくいから、ジャンクションを間違えそうでハラハラした。

シティにある大学病院の、インターン用の大きなアパート。「住人のような顔をして入っておいでよ」って言われて頑張ったのに、セキュリティーのおじさん二人に捕まった。病院の ID を預けさせられて、悪いことしてるような気分になった。

ドアをノックすると、「早かったね。ちょっと待っててくれる?」って言われて、お部屋でボサノヴァをかけてもらって待つ。地下鉄に乗って、イタリアンフードを食べに行った。この前の電話で、食べる物は何が好きかハンサムドクターは聞いた。「パスタ。チキン。シーフード。あと、チャイニーズ、シンガポーリアン、ヴィエトナミーズ、タイ。スペインのスパニッシュ、中南米のじゃなくて。それから甘い物」。それで、イタリアンに決まった。すごくおいしいとこがあるというビレッジまで行く。パティオに席を取って、サンドライドトマト入りのファシーリと、リングィーニを添えた詰め物したマスを、ふたりでシェアする。ウェイターが延々と並べ立てた今日の特別料理の中から、わたしはストロベリースープってのも注文した。甘くていちごムースみたいで、でもスパイスが効いててアルコールも入ってて、不思議なスープだった。「これおいしい。食べてみて」っていうと、ハンサムドクターはスプーンでひとすくいだけ食べて、「おもしろいね」って言った。

「きみ、体重いくらあるの? 100ポンドもないだろ?」
「ないよ。一ヶ月まえの採用の身体検査のとき、83ポンドだった。洋服着て靴履いて、だよ。軽すぎるの。あれから増えてると思うけど。なんで?」
「ちっちゃいのにものすごい食べるなあと思って。僕よりたくさん食べてるよ。」
「うん。だっておいしいもん。もう苦しいくらいおなかいっぱいなのに、まだ食べたい。」

ドクターとはなぜかとても自然に話が出来た。「ヤなやつ」と思ったハンサムな顔からの印象はもうなくなってて、昔から知ってる友だちみたいに気を使わないで普通でいられる。レストランを出てから、だんだん人が増えてくる夜の中をを歩く。なんとなく目についたバーがおもしろそうで、なんかいいねって言ったら、入ってみる? ってドクターが言って中に入る。わたしはお酒をあんまり飲まない。アルコール分解酵素が欠乏してる。だから、ちょっと飲むと真っ赤になって心臓がどっどどっどして、眠くなるだけ。そしてなぜかエッチな気分にはなるから、女友だちとは飲んでも男友だちとは飲まない。「甘くてフルーティでアルコール入ってないやつ」って注文して、ドクターはビールを3杯飲む。他愛ない話も真面目な話もいっぱいする。素敵なドクターと話すときより、ずっと話しやすかった。

「ボーイフレンド、いるの?」って聞かれた。しばらく黙ってから、答える。
「いないようなもん。」
「『ようなもん』ってどういうこと? そんな質問になんで考えてから答えるの?」
「あなたはガールフレンドいるの?」
「いたらきみを誘わないよ。そう思わない?」
「どっか離れたとこにいるって可能性はあるじゃん。」
「そういうこと?」
「・・・違う。離れたとこにもボーイフレンドって言える人はいない。」

遠いところに大好きな人がいて、その人も好きでいてくれる。でもその人にはステディなガールフレンドがいて、結婚の約束をしてる。それって英語じゃフィアンセ。だけど絶対そんな言葉使いたくない。「遠いところにボーイフレンドがいる」って言っちゃえばいいのに、悲しくて言えない。書類上結婚してることは、無視してる。

「僕に興味ある?」
「・・・。考えとく。」
「そんな答え方も聞いたことないよ。」

バーを出るとまた歩く。「もうおなかがすっごい大きくなって、妊婦さんみたいだよ」。そう言ったらドクターは笑ってわたしを抱き上げた。「100ポンドはあるよ」「かもね。20ポンドくらい食べたもん」。抱き上げられても驚かない。交差点で信号を待ってるあいだにキスされて抱きすくめられる。腕の中が心地よかった。あの人のことを思い出す。ううん。ずっと考えてた。なのに、抱きすくめられて、ときめきはしなかったけど安心してた。大好きな友だちが抱きしめてくれるときみたいに。

「踊りに行く? それとももう一軒バーに行く?」「どっちでもいい。あなたに任せる」。手をつないで歩く。行ったバーの奥には個室があって、大きなテーブルを囲んで知り合ったばかりの人たちが話をしてる。ドクターは、精神分析医と仕事の話をしてる。わたしは弁護士とソーシャルワーカーのカップルと話をする。ドクターは時々わたしにキスする。誰もわたしたちの関係なんか聞かない。恋人同士以外に見えるはずがない。


アパートからわたしが車を止めたところまで、ドクターがわたしの仕事用の大きなバッグを持って一緒に来てくれる。「月曜日、病院でね」。帰りの道を教えてくれて、キスをして、わたしは車を出す。

高速を走る。今度は東から照りつける陽差しが眩しくて、サインがよく見えない。
窓を全開にすると、まだ乾ききってない髪から、自分のではないシャンプーの匂いが溢れた。


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マニキュア - 2001年08月23日(木)

雨。
明日も雨かな。
「雨の場合は中止」にしとけばよかった。

ペディキュア落とす元気もない。
もうこのままのハゲかけでいいや。
マニキュア塗る気力もない。

なんで気が乗らないのにデートしちゃうんだろ。バカ。
もう気晴らし、いらないよ。
ほんとは気晴らしなんかじゃなくて、
ヤケクソだったのかもしれないし。

「ID 持っといでよ」って言ってたから、
クラブ行くのかな。
だったらやっぱり気晴らししてこようかな。


調子が悪いのに、あの人は仕事を休ませてもらえなかったらしい。
今日も頭が痛いって言ってた。起こしてあげたとき、辛そうだった。ちょっと楽になったから頑張って行ってくるよ、ってあとからまた電話をくれた。

「明日の朝も今日くらいの時間に起こしてくれる?」
「あーだめ。明日はデートだもん。」
「あっそ。あ〜頭が痛くなってきた。デートって言うから。」
「あ〜ん。行きたくないよう、ほんとは。・・・あなたと電話したい。」
「ほんとに? まあいいよ、行っておいで。」
「いいの?」
「行くなって言ったら行かない?」
「・・・。」
「行くんじゃん。そのかわり、遊ぶだけだよ。こころは僕のこと考えててよ。」
「うん。エッチしてもあなたのこと考えてる。」
「バカ。するなよ。したら怒るよ。『怒って欲しかったの』とか言ってもダメだからね。」
「怒って、怒って。しちゃったら怒って。」
「怒るよ、ほんとに。」
「嫌いになる?」
「嫌いにはならないよ。でも3日くらいブスッとする。」
「3日だったらいいや。」
「じゃあ、ずーっとブスッとしとく。」
「だめ。」
「なんだよ。したいのか。」
「ねえ。」
「なに?」
「好きって言って。」
「好きだよ。」
「もう一回言って。」
「きみが好きだよ。」

そばにいて抱きしめて、行くなって言ってよ。

週末は忙しいから、今度電話は月曜日ねって言う。
あなたも久しぶりにデートなの?

「もう一回聞きたい。」
「きみが好きだよ。」

それから少ししてあの人が言う。
「やっぱり明日の朝、きみが仕事行く前に電話して。」


マニキュアって、気持ちがないと綺麗に塗れない。
やっぱりやめた。つけるの。





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危ない? - 2001年08月22日(水)

このあいだの日曜日は素敵なドクターも出勤だった。わたしがいること気づいてないのかな、と思ってたら、突然患者さんのことを聞いてきたりして嬉しかった。

帰ってからあの人に話したら、
「最近の僕の静かな怒りを知らないだろ」って言った。
「怒ってるの?」
「怒ってるよ。でもさ、きみはそうやってドクタードクターって言ってるけど、ほんとは僕だけが好きなんだろ?」
「すごい自信じゃん。」
「すごい自信だよ。わかってるって、きみが僕のことどんなに好きかってことくらい。」
「・・・。」
「違うの?」
「そうだよ。くやしー。」
わたしだってわかってるよ。あなたがわたしのこと好きだって。そう言ってやりたい。だけどあなたはわたしだけじゃないんだもんね。

次の日の月曜日、デートに誘われた。素敵なドクターじゃなくて、ハンサムなドクターに。レジデントのドクターで、顔がやたら二枚目、今はオリエンテーション期間でまだ実質的には仕事を始めてない。顔がほんとに世間でいう「男前」で、わたしの苦手なタイプ。「顔がよくてヤなやつ〜」って思ってた。そしたら先週1階のロビーで声かけられて、「ホラ、やっぱり顔のいいやつはコレだから」と思ったら、マトモに仕事の話を聞いてきただけだった。

前の晩泣き明かしたから、月曜日は目を腫らしてすごい顔してた。素敵なドクターは代休だったからよかった。「きみと同じくらい大事」が頭の中をぐるぐる回って鬱々してたら、ハンサムドクターが話しかけてきた。「どうしたの? 今日すごい疲れた顔してる」「うん、土日仕事だったから。すっごい忙しくてくたびれちゃった」。お昼休み近くになって、「ちょっとちょっと」って手招きする。「なあに?」「今週いつか、一緒に出かけない? ダメ?」。

気晴らしが出来ると思って、飛びついた。金曜日の夜の約束をして、電話番号も教えた。こういうとき、いやだったらどうやって断るんだろう。ナンパだったら「いやよ」の一言で即座に片付く。でもちょっとだけ知り合って、これからおんなじフロアで一緒に仕事する人。「あたし結婚してるんだよ」は言いたくない。「ダメだよ。彼に叱られちゃうから」なんて、悲しすぎて言えない。「ごめんなさい、ダメ」って言えばいいのか。だけど気晴らしが欲しかった。遊びに行っちゃえって思った。夜、電話がかかってきた。「突然デートに誘ってびっくりした?」。やっぱり顔のいいやつは・・・って思った。


「昨日デートに誘われちゃった。ほら、前言ったでしょ? 顔がよくてやだと思ってたら結構話の出来る人だったってドクター。」
「行くの?」
「行くよ。金曜日の夜だから帰って来ないかもよ。電話番号も教えちゃった。」
「バカッ。」
「ゆうべ、さっそく電話かかってきたよ。」
「何て?」
「何してるのーって。」
「それから?」
「いろいろ。30分くらいしゃべった。あの素敵なドクターだったらよかったのにな。あなたのこと彼女から横取り出来ないから、素敵なドクター彼女から横取りしちゃうの。」
「また困らす・・・。すんなよ、絶対。」
「怒んないの? デートしても。」
「イヤだけど、行くんだろ? 食べられたら、怒る。」
「なんて?」
「叩く。」
「叩けないじゃん。あたしその人のこと、あなたとおんなじくらい好きになる。あなたとおんなじくらい大事にする。あなたとおんなじになるんだ。」
「・・・。」

今度は本当だよ。前みたいな作り話じゃないんだよ。デートしちゃうんだよ。食べられたっていいって思ってるんだよ。あなたのせいなんだから。ーぐじゃぐじゃだったわたし。


昨日まで、悲しいのとうらはらに、ウキウキしながら考えてた。何着てこうかな、黒地にバラの蕾のドレスかな、マニキュアはラメのローズ? ラヴェンダー? オレンジのドレスだったらパールホワイトのマニキュアかな、シルバーグレイかな? 気合い入ってるって思われたらやだから、洋服は適当なセットアップにしとこうかな。

そして今日突然、イヤになった。気晴らしに危ない男とデートなんて。あの人が泣いちゃうほど意地悪して、それなのにあの人は一生懸命わたしの機嫌直してくれようとして、ゆうべ、もう悲しませるのやめようって決めたのに。

でも行っちゃう。今までだって、決めたことなんか守ってない。食べられないように気をつけるよ。大丈夫だよ。


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どうしようもない - 2001年08月21日(火)

わたしはあの人に意地悪した。「もういいの。もうあたし死んじゃう。バイバイ」。そう言って電話を切ったらすぐにまた電話が鳴った。出ないでいたら、留守電に切り替わってあの人の声が聞こえる。「お願いだから、電話に出て。お願いだから、頼むから」。それでも出ないでいる。また電話が鳴る。電話を取ると、あの人は泣いていた。子どもみたいにしゃくりあげて。「お願いだから、言わないで。死ぬなんて言わないで。お願いだから、そんなこと言わないで」。わたしは驚きもせずに、そんなあの人をなだめてる。「言わないよ。もう言わない。もう死ぬなんて言わないから。ね」。うん、うん、って子どもみたいな返事と一緒に、あの人のしゃくり泣きがおさまっていった。わたしはごめんなさいが言えない。

「泣いたりして、イヤんなった? 嫌いになった?」
「ならないよ。嫌いになんか。」

ならない。絶対になれない。どんなあの人もわたしにはあの人。どんなあの人も不思議じゃない。あの人の血が緑だったって、わたしはきっと驚かない。まるで最初から知ってたみたいに。そしてその緑の血だって好きになる。

「ひどいこと言ったよ。僕はきみに償う。もっときみに優しくする。」

それ以上どうやって? ひどいのはわたし。ひどい女。ぐじゃぐじゃの自分をぶつけるのが気持ちいいだけかもしれない。拗ねて意地悪言って、機嫌をなおしてもらうのを待ってるだけなのかもしれない。最低な女。


「出逢うのが遅かっただけ」っておととい言ってた。そんな悲しいこと言わないで。わたしはそうは思ってない。もっと早くに出逢うなんてあり得なかったこと。夫を愛したことも、幸せじゃなかった日々も、わたしには大切な過去。それがなくてあなたに出逢うなんて、わたしには考えられない。第一、あの娘が死ななかったら天使は舞い降りて来なかった。それにこんなわがままで意地悪でオカシナ女、「彼女」だったらとっくに手に負えなくてあなたは嫌気がさしてる。「彼女」じゃないから、それでもあなたは愛してくれるの。

今日は言った。「おとといのことは取り消し。僕はやっぱりきみが一番大事だよ」。「うそばっかり」「うそじゃないよ」。「うそじゃん」「なんでうそって言うの? うそじゃない」。

いいんだよ。わたしはもうちゃんと受け止めてるよ。
「大丈夫よ、元に戻れる。」
「元に戻らなくていいよ。僕が違うきみにしてあげる。」
ーきのう半日くらいずっと考えてた。きみを傷つけた言葉はもう消えない。どうしたらきみが明るいきみに戻れるかって。でも戻らなくていいんだよ。僕がきみを変える。「きみが一番大事」。あの人は繰り返す。いいんだってば、もうそれは。


日曜日も出勤だったから、今日はその代休だった。
平日にしか出来ない用があって、シティに行った。人込みを歩きながらずっと考える。あの人の言葉をひとつずつ思い出す。雑踏を押し分けて、いつもより歩幅を大きくして、しっかりした足取りで一生懸命前に進むと、ちゃんと分かってくる。あの人の言葉の意味の大きさが。

わたしはほんとにバカ。どうしようもない、どうしようもない大バカ。今までも思ったけど、今日ほどそう思ったことはない。やっとわかった? そう。だから自分で変われる。強くなんかなれない。でも、もう少しマシになる。あの人を困らせても、もう悲しませないようにする。

うちに帰ってすぐに電話する。「待ってたよ。留守電聞いた?」。ほんとだ。入ってる。「チュウチュウチュウ」って、ねずみ? 「僕がきみを変える」ってこれ? まさかね。でも可笑しくて、嬉しくて、明るいわたしになった。



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彼女 - 2001年08月20日(月)

10月と11月にあの人はまたアメリカに来ることになった。あの人がまたアメリカに来る。前に言ってたこっちの歌手の曲を作る仕事。前とおんなじところだから、またうんと遠いけれど。それでもまた同じ国にいてくれる。あの人は不安だって言う。でもわたしは不安じゃない。何も心配してない。こっちでちゃんと仕事が出来る人だ。才能とか、曲とか、そういうのもだけど、あの人自身がここの空気に相応しい。そういうのって、確かにある。


きみのこと、今は恋人みたいだよ。でもそれ以前にね、きみはほんとに大事な友だちなんだ。きみは僕を大事な友だちって思える? 「恋人じゃなくて友だち」っていう意味じゃなくて、「恋人であって友だち」って。僕たちは親友? 僕はね、きみにしか話せないことがいっぱいある。見栄っ張りだから、不安になったり自信失くしたりしても、絶対人に言わない。だけど、きみにだけは聞いて欲しい。きみにだけは話したい。そういうときに、きみは自分のことみたいに考えてくれる。自分が大変なときでも励ましてくれる。そういうとこが好きだよ。ほんとに好きだよ。きみがいてくれて嬉しい。すごく嬉しいよ。なんでそんなに優しいの? なんでそんなに僕のこと真剣に考えてくれるの? 「そんなのわかってるじゃん。わかんないの?」。わかってるけど。きみは? きみも僕には何でも話せる? 誰にも言えないことも話せる?「そんなこと、知ってるくせに。あたしがあなたの前でしかほんとの自分になれないって」。知ってるけどさ。

僕はきみが好きで、それは僕の中では当たり前のことで、きみに言いたかったことはきみがほんとにどれだけ大事かってこと。好きだけの恋人なら続かない。でも、僕たちはそうじゃないから、ほんとにお互いが大事な存在だから、ずっと終わりは来ないよ。そう思ってる。きみが好きだよ。時々僕を困らせるけど、どんなときでも僕を支えてくれるきみが好きだよ。きみが大事だよ。「彼女のことも大事でしょう?」 ・・・うん。「どのくらい大事?」 ーきみと同じくらい大事。


わたしと話してる時間の方がずっと多いって言った。
わたしのことはわかっても彼女のことはよくわかってないって言った。
彼女は音楽のことも応援してくれないって言った。
わたしには好きっていうけど彼女にはそんなこと言わないって言った。
最近忙しくて会ってないって言った。

それでも、そんなに彼女が大事。

無条件に大事ってこと。


そんなの当たり前じゃんね。
だから結婚するんだよね。
結婚したいんだよね。
ずっと死ぬまでそばにいて欲しいんだよね。


きっととっても可愛い人なんだろうな。


またいっぱい泣いた。いっぱい困らせた。どんどんどんどん悲しくなって、めちゃくちゃなこといっぱい言った。電話を切るときにあの人が聞く。「僕の曲が好き?」。こういうときにあの人はいつもそうやって、確かめる。そしてどんなにぐじゃぐじゃになってても、わたしは間を置かずに答える。「好きよ。あなたの曲が大好き」。

好きよ。大好き。あの人は仕事が一番大事って言う。わたしもあの人の仕事が一番大事。条件付きでもいい。あの人の音楽が好き。彼女にも負けない唯一のこと。




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今日は日記が書けない - 2001年08月19日(日)

書いては消して、書いては消して、書いては消して、書いては消して、
書いては消した。

もう今は悲しくてなにも書けない。


「きみと同じくらい大事」。




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エンジェルという名の男の子 - 2001年08月18日(土)

土曜日だけど仕事に行った。
土日の勤務はほかの病棟もカバーする。
小児科の ICU は辛い。腕や鼻に IV や非経口栄養の管を通されてる小さな姿が苦しい。何にもわからないまま苦しみと闘ってる寝顔には生命力が溢れてて、それを見つめるお母さんの希望が痛い。そしてわたしは夫に抱きしめて欲しくなる。

あの人も今頃ライブを頑張ってるんだと思うと、週末の仕事もいいかなって気持ちになる。いつもより歩き回って走り回って、それでも背筋だけはしっかり伸ばして、3インチのヒールをカツカツ響かせながら頑張る。


ゆうべは化粧も落とさずにだらしなく寝てしまったけど、おかげで10時間は眠れて今朝はすっきり起きられた。おとといは「朝起こしてあげるね」って言ってくれてたのに、夜中の電話で起こされた。打ち合わせに行く時間が早くなったから、朝起こせなくなったって。あの人の夕方の時間。駅まで行く途中にかけてくれた。いつもより時間が長いから「まだ駅に着かないの? なんで今日はこんなに長いの?」って聞く。「次の駅までひと駅歩いてるんだよ。誰かに会いに行ったりしてないって。そう思ったんだろ?」なんて答える。そんなこと思ってなかったのに、そう思ってたことにしてあげた。

夜中に電話してごめんってしきりに謝ってる。「ううん、嬉しいよ」。ほんとに嬉しい。突然の電話はいつくれたって嬉しい。夜中にかかってくるのは、特に嬉しい。自分の声が眠そうなのがわかって、眠たい声に便乗してとろんと甘えた話し方が出来るから。「眠たそうだなあ。何言ってるかわかんないよ」って言われちゃったけど。


今日のモーニングコールのリクエストはなかった。あの人の日曜日の朝・・・。


インターンで小児科専門のクリニックに行ってたとき、エンジェルっていう名前の赤ちゃんが来た。黒人のお父さんと白人のお母さんに連れられて。わたしとバースデーがおんなじの、生まれたばかりのぼうやだった。「わあ、エンジェルってお名前なの? 素敵ですね」って言ったら、お母さんが幸せそうに笑った。お父さんが恥ずかしそうに笑った。わたしとおんなじバースデーなのが、わたしは嬉しくて笑った。

わたしがあの頃空想してたこと。
危ない日にあなたをレイプして、内緒で妊娠するの。
そしてこっそりあなたによく似た赤ちゃん生んで、
誰にも言わずに、ここでひとりで育てるの。
素敵な音楽いっぱい聴かせてあげながら。
その子が音楽が好きになって、音楽で生きていきたいって言ったら、
あの有名な音楽アカデミーに入れてあげるんだ。
あなたの子どもだから才能あるでしょ、
わたしの子どもだからセンスいいでしょ、
それで売れっ子のミュージシャンになるの。
そしていつかその子がグラミー賞取ったときに、わたし話すの。
「昔グラミー賞を取ったあの人が、あなたのパパなのよ」って。
それからその子は日本に自分のパパに会いに行くんだよ。

名前がずっと決まらなかった。あの人の名前の下に Jr. をつけようかなって、あんまりセンスのないこと考えてた。でも、エンジェルって名前のぼうやに会ったときに決まった。そう、その子の名前は Angel にする。男の子ってしか考えてない。あの人みたいな男の子。

まだあの人が結婚するって言わなかったときのこと。

でも今でもちょっと思ってる。突然日本に行って、寝込みを襲っちゃえって。あの人が結婚する前に。怖い? 大丈夫だって。いつものただの空想だから。


赤ちゃんを見ると、今は胸が痛くなる。あの時はあの小児科のクリニックでインターンすることを自分で選んだのに。

あなたのところにやって来る赤ちゃんには、エンジェルって名前、つけないでね。つけるわけないか。女の子だったらわたしの名前をつけて。・・・それもあんまりセンスよくないね。


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本音 - 2001年08月17日(金)

彼女と結婚なんかしないで。


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フリージアまで一緒 - 2001年08月16日(木)

ふたり一緒のお休みは、途切れ途切れの何回かの電話で終わりかけてる。あの人は、久しぶりに友だちと集まって、夜は鍋パーティをすることになったらしい。「よけいなこと考えてるだろ。ほんとに男ばっかりだって。心配しないの」って、読まれてる。最近彼女に会うって言わない。わたしが聞かないからかな、とも思うけど、ほんとに会ってる時がなさそう。でもそんなわけないか。それにしても、また鍋パーティって。

お鍋に行く前に話して、終わったらまた電話をくれる。あの人の夜中。わたしのお昼。あのベタベタする熱気の何日かは終わって、もう風が冷たくて気持ちいい。外に出なくちゃと、動かなくなった腕時計をふたつ持って電池の交換をしてもらいに行った。近所の宝石屋さんはちゃんとした格好をしたお金持ちそうな年輩のお客さんばっかりで、すっぴんでぼさぼさ髪でショーツにタンクトップ、おまけにノーブラっていうのが浮きそうだった。でも変なところで気合いが入って、胸を張ってドアを開ける。サンダルだけはヒールを履いててよかった。店員さんはそれでもとっても丁寧に応対してくれた。

何軒か隣りのデパートにもふらっと入る。アクセサリーの売り場で、老夫婦のおばあちゃんが NINE WEST のネックレスをおじいちゃんに見立ててもらってた。会話を聞いてると、NINE WEST がとっても好きみたい。あんな年で NINE WEST なんかつけるなんておしゃれ、と思った。ああいうおじいちゃんとおばあちゃんは、ビーチを手を繋いでお散歩するんだろうなって羨ましかった。

なんか素敵な午後だった。夕方うちにいると電話がまたかかった。お鍋でちゃんと寝てないのに、朝からライブの練習に行く。お休みったって、忙しいんだ。それなのに「せっかくの一緒の休みだから」って空いてる時間をずっと電話に使ってくれる。電話代いいや、なんて思ってしまう。どっかで節約しよ。なんとかしよ。こんな日はめったにないもの。練習を早めに切り上げて帰って来て電話。少し寝て、また打ち合わせに行く途中に電話。

「時間減らして、濃い電話しような、これからは。」
「何? 濃い電話って?」
「ケンカしたらもったいないってこと。」
だめだよ。ケンカじゃないもん、あれ。辛いときは泣いて困らせさせてよ。
「やだ。わかんない。」
「ほらー。またそういうこと言う。」

うそ。ずっとこんなに優しいのが続けば、泣かなくて済む。やっぱり済まない。わかんない。あんまり優しくしてくれたら、ますます欲張りになっちゃう。それでよけい苦しくなる。でも優しくして。ちがう。いつも充分過ぎるくらい、優しい。優しくないときなんかない。なのに苦しい。だから苦しい? だけどもう「やめよう」だけは聞きたくない。あのときのあの人の声は悲しすぎた。

今日は知らなかったあの人を知った。小さい時、おおきくなったらお花やさんになりたかったこと。そんなことまで一緒だった。なのにお花の名前なんかよく知らなくて、それでもフリージアだけは昔から知ってたって言う。わたしもフリージアは小さいときから一番身近な花だった。母がお手洗いに欠かさず生けてた花だったから。よくあることなのかな。でも胸がきゅんとなった。そんなどうでもいいことでも、おんなじだって思えることがたくさんある。それに不思議なくらい、おんなじ感じ方をする。なんでわたしじゃないんだろう、ってまた切なくなる。だけど、それだからなおさら現実的じゃなくて、実現性のない関係なのかもしれない。


明日の朝は、電話で起こしてくれる。「ちゃんと目が覚めるまで、話してあげるよ。きみが出かけたあとに、メール入れとくからね」。途切れ途切れの電話にちょっと不満だったバカなわたし。一緒のお休み、あなたがこんなに素敵にしてくれた。





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理由 - 2001年08月15日(水)

明日はお休み。
あの人もお休み。
半日ずれるけど、
ふたりで一緒にお休みの日。
ずっと待ってた日。

「今日帰ったらすぐ電話するよ。いっぱい話そうね。」

明るく返事が出来ない。

「なんでそんなに淋しそうなの? 電話するって言ってるのに。」

涙が出そうになる。

「どうしたの? 電話するの嫌なの?」
「・・・。」

あの人が電話をかけてくれると、わたしがかけ直す。
そんなことは平気なんだけど。



昨日来た電話代の請求書。
700ドル。


・・・どうしよう、これ?


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妬いて - 2001年08月14日(火)

素敵なドクターが、今日は一日わたしのフロアにいた。今日は新しい患者さんが増えてて、やたらと忙しかった。顔を合わせてもにこっと笑うだけで、「ハ〜イ」もなし。それでもわたしは椅子にわざと横向きに座って、白衣の裾をペロッとめくって、横にスリットの入った膝丈スカートの足を組み替えて気を引こうとする。でも素敵なドクターはそんなもの見てる気配もなし。昨日はお休みみたいだった。そして、顔が焼けていた。

メディカルレコードを記入する時に近くに行けるチャンスが出来たから、話しかける。「ビーチに行って来たの?」「え? ああ、焼けたかな。ビーチに行ったわけじゃないけど。きみはビーチに行った?」。が〜ん。黒い? これは平気ですっぴんで外歩きまくるせいなの・・・。「ううん。行きたいけど行ってない」「ビーチってどこのビーチに行くの?」。一回しか行ったことないあのビーチの名前を言う。「でもあんまり知らないんだ。ここのこと、よく知らないの。まだ来て一年だし、インターンの間は忙しくて遊ぶ時間なかったし」。そして前に住んでた街の名前を言う。「えー? 僕もそこの出身なんだよ」。びっくりした。彼もここに来て間がないらしい。おんなじ街ではなかったけど、おんなじところから来てた。それで話が盛り上がる。それから、どこでインターンしてたのか聞くから病院の名前とそこの場所を言ったら、素敵なドクターは言った。「あ、知ってる。そこ僕のガールフレンドが住んでるとこだよ」。

それからも話ははずんだけど、落ち込んじゃった。そりゃそうだよね。いないほうがおかしい。素敵なんだから。


あの人に電話して、言う。「あのドクターと今日はオハナシしたんだよ」「うわ、いやらし。どんなオハナシしたのさ?」。あそこの出身の人だったんだよー。どうりで素敵なはずよ。やっぱりあっちに住んでる人は素敵〜。なんか、違うんだよね。「でもさ、判明したの。ガールフレンドいるんだって。ショックー。めちゃくちゃ悲しかったよ」。ほんとに悲しかったーって繰り返す。反応を待つ。「あ〜あ、残念でしたね」。

それって、妬いてる? 違うよね。そんなふうじゃない。顔見て確かめたい。顔見て確かめられないから、しつこく言う。「素敵な人なのになあ。カッコイイっていうんじゃないんだけどね、素敵なの。嬉しかったのにー。話も合うしさ」。それからもう一度言う。

「あ〜あ。ホント落ち込んじゃった。今日はほんっとに悲しかった」。

「あ〜あ、僕も悲しいよ。これから仕事に行くのが。」
「仕事に行くのが悲しいの?」
「うん、そう」。

遠回しに妬いてる? わかんないよ。やっぱり妬いてなんかない?

わたしが妬いたら「嬉しいよ」っていうじゃない。
妬いてないふりしても唇尖らせて拗ねてたら、ぎゅうって首に抱きついて、わたしだって言いたい。「嬉しいよ」って。でもわたしはちゃんとそのあと言ってあげる。「ば〜か。あなたが一番好きよ」って。


彼女にだったら、あなたもそう言ってあげる?

彼女にだったら、もっと妬く?

・・・「もう会えないの?」って聞いたらだめ?


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ごろにゃ〜ん - 2001年08月13日(月)

「明日は朝遅いから、ゆっくり話せるよ」って言ってたくせに。
楽しみにしてまた車をぶっ飛ばして帰ってきたら、帰った途端に電話が鳴った。
「ごめん、時間なくなった。これからお墓参りに行くから、明日の朝また起こして」。

お墓参りの時期なんだ。日本を離れてから、お盆なんて忘れてた。
あの娘のお墓もない。どこか離れたところの冷たい土のなかに埋めるなんて、ひとりぼっちにするなんて、絶対出来なかった。あの娘のからだは灰にしてもらった。灰はひとつぶ残さず、虹色に光る綺麗な壺に入れてもらった。ちいさな壺に入ったあの娘をいつもそばに置いてた。あの娘の居場所はわたしたちのそばだけってふたりで決めた。虹色の壺は今夫の元にある。「僕が日本に連れて行く」。そう言われて声をあげて泣いたけど、それでよかったと今は思う。夫がそれで慰められるのなら。あの娘はいつもそばにいるとわたしには信じられるから。

「わかった。行ってらっしゃい。気をつけてね」。
我慢してそう言ったけど・・・。

「モーニングコールやさんなんかやだっ」。
ってメールを送った。だって、昨日もあの人はなかなか起きないから、話す時間がなくなっちゃったんだもの。


ひとりになって、一年経ったよ
わたしの独立記念日
あなたのお陰で頑張れたよ
ずっと支えてくれててありがとう

きっとこれからも泣いちゃうことがいっぱいある
きっとまたうんと困らせるよ
でも
ずっとずっとそこにいてね
今までみたいに支えててね
どんなに悪い子になっても
見放さないでね
ずっと安心させていてね
わたしはあなたからは独立できません
独立記念日の独立否定宣言だあ!


昨日送ったメッセージ。
昨日そんなこと書いて、さっそく悪い子になっちゃった。いきなりじゃああんまりだって思い直して、慌ててもう一通メールを出した。

「さっきのメール、取り消し取り消し。うそだよ。うそうそうそうそ。
 モーニングコールやさんなんて思ってない。
 ちゃんと起こしてあげるよ。ごろにゃ〜ん」。


いい子でいるって大変だ。いい子のわたしなんか、続かない。言ったらあの人を困らせちゃうようなこと、もう今また思い始めてる・・・。








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時は流れても - 2001年08月12日(日)

ジェイは自分のホテルに電話して、わたしとチビたちが泊まれるようにお部屋を手配してくれた。結局、客室ではケージからチビたちを出せないから、改装中のそのホテルの、取り壊しかけのオフィスに泊めてもらうことにした。そこなら鍵もかけられるし、チビたちを放してやれるって言うから。シャワーがついてないけど、そんなことは平気だった。「きみは客室に寝ればいいんだよ」ってフロントマネージャーのアルが言ってくれたけど、チビたちを置いてきぼりになんか出来なかった。

リターボックスと砂でトイレを作って、お水とごはんを用意してやる。リターボックスも砂もかりかりごはんも缶詰も、スーツケースに詰め込んで持って来てた。臆病なお兄ちゃんはケージから出ようとしない。妹は壊しかけのオフィスを探索し始めた。ふたりがちょっと落ち着いてから、オフィスを出て電話をかけに行った。

一ヶ月ぶりに聞く声だった。「もしもし」って言い返したら、あの人は黙ってた。それから声を弾ませて言い出した。「着いたの? どこ? どこにいるの?」。わたしも聞く。「あなたは? 今どこにいるの?」。あの人はわたしを連れてってくれたあの場所の名前を言った。まだ今ほど忙しくなくて、夏のバイトをしてたあの人。遅いお昼休みの途中だった。無邪気なあの人のおしゃべりが嬉しかった。

壊れかけのオフィスに戻ると、スーツケースふたつを縦に並べて、その上に横になる。眠れなかった。朝早くジェイがドアを叩きに来て、チビたちをケージに戻すとアパートに向かった。まだ早すぎる時間だったから、また待たなきゃならなかった。今度はアパートから誰かが出てくるすきに、ロビーに潜り込んだ。ジェイは仕事に戻って、わたしはチビたちとロビーで2時間待った。やっと管理人さんに会えて、アパートに入れてもらった。持ってきたあの娘の写真を窓辺に立てて、「ママを見守っててね」って囁いた。

何もないアパート。その日に届くことになってた荷物は、遅れていて1週間先になると言われた。何もないアパートで、床に横になってウィンドブレーカーをブランケット代わりにかけて、チビたちと一緒に寝る日が1週間続いた。

でももう心細くなかった。公衆電話から電話をかければ天使のおしゃべりが聞けた。それだけで、ひとりじゃないって思えた。

時は流れても、あの時からずっとずっと、ずっと、あの人はそこにいてくれた。「僕はきみをほんとに支えてあげられてる? 苦しめてばっかりみたいだよ」。いつかあの人はそう言ってた。死ぬほど苦しんだ時はあった。それからも、浮かんでは沈み、浮かんでは沈み、何度も水底でもがいてた。暗闇の中で膝を抱えて、どこにも光が見えずに、自分はひとりぼっちなんだって泣いた。

もう大丈夫よ。あなたがいつだってそこにいてくれてるのがわかったから。また真っ暗な水の底に沈んでも、水面から差し込む天使の光が見えるから。どんなに遠くても、永遠に届かないように思えても、わたしはその光を道しるべに泳いで行く。

ー僕はきみをほんとに支えてあげられてる?

うん。あなたはわたしをほんとに支えてくれてる。
これからどんなに時が流れても、ずっとずっと、そこにいて。
時がどんなに流れても、天使を愛する愛は消えない。天使の愛も消えないでしょう?
見失いそうになったときは、この日に戻って来る。
あなたが初めからずっとそこにいてくれたことを思い出しに。

あの娘と一緒にお祝いしよう。このアパートにひとりで暮らして一年経った今日を。あの娘の好きだった雪が地面をおおうように見える、白い粉砂糖をかぶったアップルプラムケーキを買って。あの娘の好きだったバニラの匂いのする蝋燭に灯をつけて。





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ひとりになった日 - 2001年08月11日(土)

あの人が帰って来た。一日早く。「今帰って来たよ」って電話をくれた。嬉しかった。あの人があの街にいる。それだけで嬉しい。「ごめんね、突然電話して」。突然の電話がどんなに嬉しいか知ってるくせに。


空港で夫と別れた。同じ日に、夫は日本へ行く飛行機に、わたしはここへ来る飛行機に乗った。自分の搭乗手続きを済ませて、チビたちのケージを乗せるのを待つ。ケージの隅っこに抱き合うようにしてうずくまるふたり。「大丈夫よ、またもうすぐ会えるからね」ってずっと話しかけてやる。もうチビたちに会えない夫にはそれが言えない。ケージを連れて行かれる。あとを追いながら、オフィサーの人がエレベーターに乗るのを見届ける。夫は涙を拭いていた。

わたしのフライトの方が3時間早かった。搭乗時間のぎりぎりまで、コーヒーを飲む。こころが落ち着かなかった。「そろそろ行かなきゃ」って夫が言って、ゲートまで歩く。夫に抱きしめられる。よくある光景だから、誰も気に止めない。わたしは夫にしがみついて、泣いた。肩が震えて、こみ上げる嗚咽が止まらなかった。「もう2度と会えないわけじゃないから」と夫が強く抱きしめる。夫の胸から顔を離すと、ほかの搭乗客が見てた。抱き合う別れがよくある光景でも、あんなに泣くなんて、きっと珍しかったんだろう。愛し合ってる恋人同士の別れに見えたんだろう。愛し合えなくなった夫婦の別れだったのに。

怖かった。心細くて、淋しかった。夫とほんとに離ればなれになることが、初めて信じられくなった。ずっとあの街でふたりで暮らすはずだった。あの街を離れることも、信じられなかった。ゲートに入って、手を振る。夫は微笑んで見送ってくれてた。これから3時間、あの空港で夫は何を思って時間を潰すんだろう。どんな気持ちで日本へ向かうんだろう。胸が痛くて、飛行機に乗るまで、ずっと涙が止まらなかった。

5時間のフライトの後に飛行機は着いた。夜だというのに、空港はすごい人だった。ふたつのスーツケースをやっと手にして、チビたちのケージを待った。1時間以上待って、やっとケージが来た。動物の搭乗のための書類は何の意味もなかった。誰にも見せる必要もなく、税関を出た。

もう知らない空港ではなかった。アパートを探しに来たときに泊まったホテルのホテルマン兼ショウファーのジェイが迎えに来てることになってた。ジェイは1時間待っても、2時間待っても、現れなかった。こんなことなら携帯の番号を聞いておくんだった。ホテルに電話して教えてもらった番号にかけたら、全然知らない人が出た。3時間待って、やっとジェイの姿が見えた。駐車場で寝てたなんて言う。ジェイの車に荷物を積むのを、黒人のポーターが手伝ってくれた。「やっと迎えが来たね」って愛想がよかったのは、チップをせしめるためだった。「手伝ってくれなんて頼んだ覚えはない」とジェイがポーターに向かって言った。ふたりが口論を始めたから、「いいの、いいの、ほんとに手伝ってくれたんだから、チップくらい払うから」とジェイをなだめてポーターに3ドル渡した。ジェイはポーターに「ニガー野郎め!おまえらニガーを絶対殺してやる!」と怒鳴って車を出した。「いくら渡したの?」って聞くから「3ドル」って答えたら、「そんな価値ない。クォーターいちまいで充分だったのに」ってジェイが言う。ジェイはしばらく「Fuckinユ nigger」を繰り返してた。とんでもないところに来ちゃったかな、と思った

アパートのマネージャーには10時頃に着くと言ってあったのに、着いたのは12時を回ってた。誰かが帰ってきてビルの玄関のドアを開けたすきに一緒に入った。アパートのキーを渡してくれるはずの管理人さんのドアを叩いたけど、誰も出てこなかった。

「12時にもう寝てるなんて、クレージーだ」って、ジェイがまたわけのわからないことを言う。「自分が駐車場で寝てたりしたからじゃん」と思ったけど、迎えに来てくれたのにそんなことも言えなかった。ロビーで朝になるまで待ってるのはわたしは平気だったけど、ずっとケージに入れられっぱなしのチビたちが心配だった。おしっこもしてないし、お水さえ飲んでない。ふたりはケージの奥で怯えっぱなしだった。

「どうしよう? この子たちが死んじゃうよ」。ジェイにそう言ったわたしは泣き出していた。


あの街と別れて、夫と別れて、スーツケースふたつとチビたちふたりを連れて、この街に降り立った夜。ひとりで暮らし始めた日。ひとりになってから出来る記念日が増えていく。そのバックグラウンドにはいつもあの人がいる。今朝の突然の電話はお祝いのプレゼントだったんだなんて、こじつけてる。






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39℃ - 2001年08月10日(金)

おととい、いつものFMステーションで「98°」「98°」ってふざけてみんなで笑ってるから、98°の新曲をプロモートしてるのかな、と思ってたら気温のことだった。

気温なんて気にしないから、華氏の感覚がいまだにわからない。計算したら33℃だった。

昨日は102°だったらしい。今日エレベーターの中で「昨日102°だったんだって」って誰かに言ったら「今日は103°よ」って言われた。摂氏に直すと38℃と39℃。

お昼休みに外に出たらもわ〜っとする熱気と湿気に襲われた。体にじっとり汗をかいていく。10分ほど歩いただけで、顔も体も膨張したみたいになる。風が生暖かい。ここの夏がこんなふうになるなんて、知らなかった。去年はこんなじゃなかった。

夜になっても涼しくならないで、アパートのなかはサウナみたい。少しくらいの風が入ってきても、ちっとも役に立たない。

「暑いよ。夜中なのに全然気温下がらなくて、汗でネチネチしてる。気持ちわりい〜」ってあの人が言うのを、そんな感覚もう忘れちゃった、って思ってたのに。

電気代が怖いから、クーラーはつけられない。

もわ〜んとした重たい空気が気持ちいい。汗でベタベタするのが気持ちいい。生ぬるい風が気持ちいい。ベッドにうつ伏せになって寝て、汗をじわじわかいてくるのをじっと動かずに感じているのが気持ちいい。体の下でシーツがだんだん熱くなってくのが気持ちいい。汗を吸って湿ってくるのも気持ちいい。

夕立が降ったから、少しは涼しくなるのかなって思ってたけど、全然ならない。

なんだか嬉しくなってしまう。
あの人と一緒の夏にいるみたい。

前の街の、あの素敵な夏に戻りたいって初めて思わなかった。









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小さな革命 - 2001年08月09日(木)

今日、素敵なドクターが「ヘイ、ハウアーヤ!」って言ってくれた。
昨日の「ハ〜イ、ハウアーユウ?」から「ヘイ! ハウアーヤ!」に変わった。「まあまあ。あなたは?」ってパターンで返すと、「疲れた〜っ」なんて朝から言ってる。でもわかるよ、わたしもだもん。「あたしも疲れてるー。今日が金曜日だったらいいのに」「ほんとだよなあ」。

おとといは帰る時に「シーユゥ!」って言ってくれた。わたしが先に「バ〜イ」って言ったからだけど。


うちに帰って電話する。あの人は今日からまた出張に行っちゃう。淋しい。あのわけのわかんない淋しさにまた襲われちゃう。「2日だけだから、我慢して」。うん、わかってるんだけど。っていうより、なんであんなに淋しいのかがわかんない。

あの人は行きたくないって言ってた。もうひとつのフリーでやってるプロダクションから話があって、悩んでる。そっち一本でやれる話らしい。フルタイムの方は大きなプロジェクトをどんどん任されるようになって、それなりにやりがいはあるし、安定してる。だけどほんとにやりたいことは、フリーでやってるような、もっと自由に、思い通りに、音楽を創ること。それならすごいチャンスのはずなのに、悩んでる。今よりもっと大変な状況になるかもしれないけど、それでも創りたい音楽を創っていきたい。なのに、悩んでる。

何かを変えるって大変なことだよね。とても勇気のいること。それに、安定が必要なのもわかる。だけど安定って何? 安定だって永遠なんかじゃない。本当にやりたいことをやって欲しい。今だから出来るチャンスを逃さないで欲しい。後悔なんかしないよ。たとえ後悔しても、それは一時的なもの。やらない後悔より価値があるんだよ。きっとうまくいくから。自分を信じて。自分の夢を信じてて。夢をつかまえて。今のままだってずっとこのまま上手くいくと思うよ。だけど、変わらなきゃ見つからないものもある。

「大丈夫よ。どんなことしたって、あなたは上手くやれる。だから、やりたいことをやって。わたしにはわかるの。運じゃなくて、力なんだよ。わたし、全然心配してない。ずっとずっと応援してる。」
「ほんとに応援してくれてるんだ。」
「あったりまえじゃない。」
ちっちゃい「っ」が入るくらい、声に力が入る。
「だけど、ほんとにわかるの。あなたは大丈夫よ。絶対成功するから。わかるの、わたし、神さまなんだから。」
いいかげんなこと言ってる。だけど、わかるのは本当のこと。あの人の力を信じてる。

「ありがと。励ましてくれて。なんか元気出たよ。出張、頑張ってくるよ。帰ってきたら、すぐ電話する。」
励ましてなんかないんだよ。ただ、ほんとにそう思ってるだけ。


現状に満足できれば、それに越したことないかもしれない。だけど、満足できなくなることも、飛び出したくなることもある。そしたら自分で道を切り開くしかない。こんなこと言ってるわたしだって、昔はなんにも出来なかった。やりたいことをどんどんやって頑張ってる人たちを「いいな」って羨んで眺めてた。自分には出来ないと思ってた。自分のいる状況が許さないと思ってた。でも、それは違った。夢があってそれを追いかけたかったら、自分の中で革命を起こせばいい。誰にでも、小さな革命を起こす力はあると思う。自分の道を信じていれば、その力を助けてくれる何かがきっと見つかる。えいっと飛び出したあとで、自分を引っ張ってくれる力にも出会える。ずっと進行形でいいと思う。ずっと進行形だから、いいんだとも思う。犠牲にしなくちゃいけないものがあったとしても、小さな革命を起こしながら夢を追っかけて生きてく方が、素敵だと思う。


素敵なドクターの話を聞かせてやろうと思ってたのに、どうでもよくなっちゃった。あの人の小さな革命が、100パーセント大事。だけどね、あのドクターも、もう自信なさそうに見えない。もう、ひとりで頑張ってるし、自信がついて大人っぽく見える。やっぱりちょっと素敵かな、なんて。日曜日、やっぱりドクターのこと話しちゃおかな。心配しないで。そんなの、わたしの小さな革命でもなんでもないから。


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死んじゃったって - 2001年08月08日(水)

なんだか知らないけど、アルコール97度とかのお酒を飲んだらしい。名前忘れちゃったけど。4杯が限度のお酒って聞いて、5杯に挑戦したんだとか。どうやってうちに帰ったか覚えてないって言う。「タクシーに乗せられたと思うんだけどさ」って。でもちゃんと着替えて顔を洗って、脱いだ服をきちんと畳んで寝たのは覚えてる、なんて。

それでもモーニングコールしたときにはちゃんと起きてて、ごはん食べてた。

「酒、強いと思ってたけど、さすがに昨日は血吐いてびっくりした」。

心配するじゃない、血吐くなんて。薬品飲んでるみたいでおいしくなかったなあ、なんて、当たり前じゃん。

「死んじゃうよ。死なないで。あなたが死んだって、わたしに知らせてくれる人誰もいない。」
「死んだら会いに行くよ。」
ばかばかばか。
「じゃあ、死んで。早く早く。」
うそだよ。うそうそ。
・・・ほんとにわたしの心配、わかってるのかなあ。

トイレに行きたくなったって言うから、電話を切った。「血が出たりして。怖いよな、それ」なんて、笑いながらまたそういうこと言う。「血が出たら電話してよ、心配だから」。

電話はかかって来なかった。でもこっちからかける。まだうちにいた。
「大丈夫だったの?」
「うん。大丈夫だった。心配してくれた?」
「したよー。」

わたしが心配すると、嬉しい人。

死んじゃったって、ほんとにわたしにはわかんないんだからね・・・。






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お休み - 2001年08月07日(火)

17日、あの人はまた久しぶりのお休みだって言ってた。

16日は、わたしがお休みらしい。そのあとの週末に出なくちゃいけないから。

あの人の17日とわたしの16日。
「じゃあ、おんなじ日なんじゃん」って、あの人が言った。

日本の17日はこっちの16日。
そう、おんなじ時間にお休みなんだよ。

「またいっぱい話が出来るね」。

ほんと? 嬉しい。

「会えたらいいのになあ」って言ったら、
あの人は少し黙ってて
それから3回キスしてくれた。

おんなじ日にお休み。

ほんとに
会えたらいいのにな。


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声で抱かれる - 2001年08月06日(月)

6時に終わるはずの仕事が、カウンセリングが伸びて、ドクターに別の患者さんのことで引き留められて、焦るからコンピューターに患者さんのデータをインプットするのを間違えて間違えて進まなくて、おまけに白衣を脱いだ瞬間に指輪がすぽーんと抜けて飛んで、どこに落っこったかわかんなくて探して探して、病院を出たのが6時25分だった。

車をぶっ飛ばす。渋滞を縫いながらちょっとでも隙間が出来るとレーンを変えて、ベルトのないヒールのサンダルは足が滑るから裸足になって、脱いだ右足のサンダルを助手席に置いて、急ブレーキかけるとシートの前に落ちるからブレーキ踏む寸前に右手でバッグとサンダルをしっかと押さえて、3回くらい後ろの車にホンクされて、高速を出たのが7時だった。

速い速い。やっと落ち着いてハイウェイは普通に飛ばして、ガスが無くなりかけてるけど明日の朝入れることにして、うちに着いたら7時半だった。

モーニングコールをかける時間。間に合った。

あの人はもう起きていた。
夕べは殆ど寝ずに仕事に行った。くたびれた声がだらーっと伸びて、しゃきっとできない。モーニングコールの前にちゃんと起きたあの人に「いつもと逆だね」って言われた。


夕べ、寝つけなかった。寝つけないからよけいなこと考えたのか、よけいなこと考えたから寝られなくなったのか。急に不安になって悲しくなって淋しくなって、どうしても声が聞きたくなった。だめって頭は思ってるのに、声を聞かなくちゃどうにかなりそうで、電話をかけてしまった。日本は夕方で、ちょうどふたつの仕事の合間であの人はうちにいた。びっくりした。仕事中だとすぐに切らなくちゃと思ってのに。声を聞いたら安心して涙が出た。泣くからあの人が心配する。不安になった理由はあったけど、言いたくなかった。彼女のことじゃなくて、別のこと。言わないからあの人がよけいに心配する。促されておそるおそる話してみたら、あの人は怒った。「僕を信用してないの? 僕が信じられないの?」。そう、そういう類のこと。それから話がおかしな方向に展開してく。そんなつもりはなかったのに。

あの人はこういうのを「ケンカ」って言う。わたしはケンカだなんて思ってない。でももうケンカなんかしたくないから、仲直りしようってあの人が言う。
「ほっぺた出してごらん。」
「ほっぺたじゃいやだ。」
「じゃあ、どこ?」
「くち。」
そして電話越しにキスしてくれる。
こんな瞬間が欲しくて、あの人に絡んでるのかなって思う。
「もう一回。」
またキスしてくれる。
「もっとして。」
笑いながら、またくれる。

「くち」なんて言ったから、電話のキスなのになんだか体に熱いものが走る。目の前にあの人がいるみたいで、腕を伸ばしたくなる。抱きしめてほしい。抱きしめてほしい。抱きしめたい。抱きしめたい。

「ねえ、しようか。」
あの人が囁く。
「だって、仕事は?」
「まだ時間あるから。」
電話越しに抱きしめられる。あの人の声に抱きしめられる。からだが溶けていく。そばにいるみたい。息がかかるみたい。髪に触れられそう。顔に触れられそう。指に触れられそう。愛おしくなる。愛おしくなる。あの時みたい。あの時を思い出す。もっと溶けていく。溶けていく。これは妄想? 違う。電話を越えて届くあの人の腕の中。

甘くて不思議な時間。夢みたいじゃなくて、見えないあの人を感じた。そばに感じた。中に感じた。

あの人が素敵なジョークを言って、わたしはくすくす笑いながら、電話の向こう側とこっち側に戻った。そして、いつもみたいなおしゃべりを始める。


「明日、起こしてくれる? 僕のこと信じなかった罰だよ。」
「わかった。じゃあ、頑張ってその時間に帰ってくる。」
「いいよ、ちょっとくらい遅くなっても。・・・もうちゃんと信じる?」
「多分ね。」
「なんだよ、それー。」


今までで一番素敵な魔法だったよ。


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ハッピーエンド - 2001年08月05日(日)

「Americaユs Sweethearts」を観てきた。
おもしろかった。
2つ星だし、友だちも「まあまあ」って言ってたから、
作品的には大したことないのかもしれないけど。
わたしは素敵だと思った。
典型的なラブコメディだけど、切なさもいっぱい感じた。
裏切られて傷ついた男心も、強がりがあとに引けなくなった女心も、もうひとつの、愛に気づいてとまどってる女心も。

「夕べは素敵だった。でも今朝の電話であなたはあの子のところに飛んで行った。わたし、思ったの。わたしがあなたのことを考える時、彼女のことを考えてるあなたをいつも思わなくちゃいけないんだって」。
痛かった。
そしてそのあと続けて言う台詞がもっと痛くて悲しかった。

人はそれぞれ違う思いを抱えてて、
違う過去を抱えてて、
同じ時間を過ごしても、思いはすれ違ってたり、
同じ時間を過ごせないから、気がつかない思いがあったり。
それが過去になって初めてわかることもあるし、
その時わかっててもどうしようもないこともある。

だけど、切なさや痛みは、きっと誰にも共通なんだ。
思いや状況が、どんなに人それぞれでも。

メインのテーマは、嘘や裏切りや欲で固められたショウビジネスへのシニカルな批判なのかな。でも「正直な人生を生きなさい」は、人の心に向けられたメッセージだと思った。

あの映画でここまで深刻に考えるなんてバカげてるのかもね。
ジュリア・ロバーツは相変わらず可愛い。
太ってたときのKikiの彼女がなんだかとっても愛らしかった。

わたしが泣きそうになった台詞も、彼女にはちゃんとハッピーエンドになったし。


ハッピーエンドって好きじゃなかった。
それは決して終わりじゃないから。
ハッピーエンドには必ず続きがある。
そして、人生をハッピーエンドで終わらせる人なんて、たくさんはいないはず。
幸せなときほど、そんなふうに考えて、
ハッピーエンドなんか嘘だと思ってた。
手に入れたハッピーエンドは、永遠じゃないと思ってた。
幸せなときには、幸せがなくなることが怖くなったりするものなんだ。

今は、決して来ないことがわかってるハッピーエンドが悲しい。
だけどハッピーエンドのストーリーが、今のわたしには優しい。



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空想の島 - 2001年08月04日(土)

今日は蒸し暑かった。
チビたちがぐったりしてた。
最近食べ過ぎで、後ろ姿がアライグマみたいになってきたお兄ちゃんが
わたしの机の上でどたーっと伸びきってた。
からだが長いなあと思った。

先週の土曜日は、久しぶりにわたしがうちにいたからか、はしゃぎ回ってたのに。
妹チビは身が軽くて、机の上からワードローブに飛び乗って、次はベッドへ、それからドレッサーへと、ジャンプしながら走り回ってた。
今日は痩せっぽっちで身軽な妹チビもぐったりだった。

「あなたんちのねこたちって、ごはん食べる時間決まってるの?」って聞いたら、「決まってないよ。にゃーって鳴いたらやる」って言ってた。うちとおんなじだ。「あたしもそうなんだ。でも最近お兄ちゃん太りすぎ」「だろ? 太るんだよな、それすると」。そう言えば、あの人んちの子、ふたりともおっきかった。あの子たちには、もう会えないね。

ぐったりのチビたちを置いて、用事があってシティに行った。
用事を済ませたら、安くてかわいい洋服やさんを見て歩く。
そういうお店がたくさん隠れてる。
そんなところで思いがけなく素敵な洋服が見つかったりする。
店構えなんかおしゃれじゃなくて、雑然とした店内もなんかいい。

グリーンのビートルとおんなじグリーンと、焦げ茶色の、大きな花柄のツーピースドレスが目に入って、試着もせずにサイズだけ選んで買っちゃった。ベージュののサンダルが欲しくなったけど、夕方になってからシティは急に人が増えてきたから、うちに帰ることにした。

クランベリーとくるみのベーグルと、ペストリーを3つ買って電車に乗った。

夜になって涼しくなった。
チビたちも元気になった。
それで、おなかすいたーってにゃあにゃあ鳴くから、ごはんをやってる。
こんなに食べたい放題食べさせてちゃいけないよね。
ねこだって太りすぎると病気になりやすいんだから。


この間、エリック・クラプトンは一ヶ月に自由に使えるお金が30臆あるって話をしてた。
「一日、1臆円だよ。」
「それだけ一日に使えたら、何したい?」
「高級な焼き肉食べたい。」
「なにそれ? そんなの全然なくならないじゃん。」
「きみは何に使う?」
「あたしねー、それだけお金あったら、どっかに広ーい土地買って、アニマルシェルター作りたいな。捨てねことか捨て犬とか、みーんな拾って育ててあげるの。」
「あ、じゃあさ、島買おうよ。動物王国作ろ。国王にしてよ。」
「いいよ。その代わり、動物の世話は国王がするんだよ。」
「するする。で、きみは何するの?」
「あたしは女王さまだから、命令するの。あと、みんなと遊ぶ。」

わたしの空想癖、ちょっとうつったのかもしれない。

いいな。どこかの島で、犬たちとねこたちと、わたしとあの人と、一緒に暮らすの。
わたしは空想をすぐに本気で夢見ちゃう。
あの人はそんな話、きっともう忘れてる。
思いつきで言ったことなんか、いつも覚えてないんだから。


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25年後 - 2001年08月03日(金)

素敵なドクター。
昨日また会った。一緒のフロアで仕事した。ニコって笑ったら、よそ向かれちゃった。 シャイな人なのかなあって思った。シャイな人だったらやだな、アグレシブすぎる人も苦手だけど、なんて考えてた。

今日も午前中、一緒だった。今日は目があったら、向こうからニコって笑ってくれた。インターンのドクターなんだ。いつももうひとりのドクターと一緒にいて、ちょっと緊張してる。始めたばっかりみたい。わたしも最初は緊張の連続だったから、わかる。

お昼休みが終わる頃、オフィスで口紅つけてたら、ラハラがからかった。「綺麗にして誰に見せるため?」「わたしのフロアにね、素敵なインターンのドクターがいるんだ。昨日は微笑みかけたら無視されたけど、今日は向こうから笑ってくれたんだよ」「それだけ?」「うん、それだけ」「あはは。今日は話、しなきゃね」。ここでは、誰もわたしが結婚してることなんか知らない。ボーイフレンドもいないって言ってある。二次面接のときもディレクターが「ここには若くて独身のドクターがたくさんいるのよ」って言うから、「じゃあ、ひとりいい人、見つけておいてください」なんて言った。違う自分みたいでおもしろい。

お昼から、もう素敵なドクターはフロアに現れなかった。バリバリ仕事してる二枚目のドクターがいっぱいいるけど、ダメ。まだ自信なさそうなあのドクターが素敵。笑顔も素敵。あの人ほどじゃないけどね。

ラハラはかっこいい。25年長期療養の病院で働いたあと、最近この病院に来たらしい。「なんで前の病院辞めたの?」って聞いたら、「ボスと喧嘩したらそのあと昇給が無くなったから」。何でも知ってて、わかんないことがあって聞くとテキストみたいに即座にスパスパ答えてくれるし、すごい勉強家で、どんどん出てくる新しい医学情報を真っ先に知識にしてる。25年かあ。わたしは25年後、どうなってるんだろう。どこにいて、何をしてるんだろう。

あの人のことはずっと想ってるだろうと思う。それだけは変わらない、絶対。
「今度の曲、いいね。売れるとは思ったけど、こんなに早くビルボードの1位になるなんて思ってなかった」なんて、電話かけてあげる。「来月またアメリカに来るの? じゃあ、お休み取るよ。今度はわたしがそっちに行ってもいいよ」って、会いに行く。しわだらけの顔になってても、その頃にはもう気にしない。「今日さ、新しいインターンのドクターが入ってきたんだよ。素敵なの。かわいくて。昔のあなたみたいよ」って、去年会ったあなたを思い出して言う。「僕のほうが絶対かわいかったさ」ってあの人は拗ねる。「全然進歩しないねえ」ってそんなあの人を笑う。25年後。

もうすぐ一番辛いことが起こって、それに耐えなくちゃいけない。何年間か続く辛い時期を越えたら、もう苦しまないで「大切で特別な友だち」になれるときが来るかな。昔恋人だった人と今は友だちでいるみたいに。ちょっと違うかな。今も恋人じゃないし、こんな愛し方今までしたことないから。それに、「友だち」でもずっと愛してる。


今朝、あの人の電話で起こされた。寝ぼけ声で話すわたし。あの人もずっとちゃんと寝てなくて、疲れて眠そうな声。ふたりでろれつが回ってなくて、酔っぱらい同士の会話みたい。切ってから、おかしくなって笑った。

そんなときに想い合ってるって感じるのって、変?


25年後。そんなに先じゃあないのかもね。


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刑務所病棟 - 2001年08月02日(木)

刑務所病棟が好き。
刑務所に入ってるうちに病気になっちゃったり、
病気を抱えてる人が犯罪おかして刑務所に入れられたり、
そういう患者さんが入院するところ。
入院しながら、必要があれば外来にも行ける。

インターンしてた病院にもあった。
病室は、広いお部屋の真ん中にぽつんとベッドがあって、
剥きだしのトイレがついてて、
うんと高い天井に限りなく近いところに鉄格子のついたちっちゃな窓があって、
患者さんを診に行くときには警官がふたりついてきて、
後ろ手に銃を隠して用意して、ドアのところで待っている。

今の病院には大きなラウンジがあって、
患者さんは自由に出入りできる。
カウンセリングするときは、ラウンジで話す。
ラウンジには3、4人の警官が常備してる。

病棟の入り口は二重にセキュリティガードされてて、
ブザーを押して ID を見せて、またその先で ID を見せて、
やっとナースステーションにもラウンジにも入れる。

刑務所だからセキュリティが厳重なのは当然だけど、
いいな、と思うのは、警官の人たちが決して威圧的じゃないところ。

そういうシステムが確立されてるっていうのが好き。
誰にでも、病気を治してもらう権利はあるものね。
人の権利がごく当たり前に守られてる。

患者さんが外来病棟に行くときには、
手錠をかけられて、複数の警官に連れられて、広い病院の中を歩く。
でも誰もじろじろ見たり、怖がって避けたりしない。

権利がごく当たり前に守られてることが、誰にとっても当たり前みたい。
そういうことがすごいなあって思うのは、
それが当たり前じゃないところで育ったせいだろうな。

昨日は乳癌でキモセラピーを受けてる患者さんを診た。
今日はエイズでどんどん痩せてく患者さんを診た。
ジョーク言い合ったりもして、なんか楽しかった。
乳癌の彼女は、帰るときに「バ〜イ」って笑いながら、遠くから手を振ってくれた。
エイズの彼女は、カウンセリングが終わると「え? なんだ、もうお終いなの?」っておどけて言った。

患者さんと話をするのは、どの病棟でも仕事の一番好きなパートだけど、
刑務所病棟の彼女たちは、なんだかとっても嬉しい気分にしてくれた。


みんな、弱くて淋しいんだよね。
だけど病気を受け入れて、それと闘って生きてるってほんとに強いと思う。



こんなに優しい気持ちになれた日にいっぱい話ができないなんて、もったいないなあ。




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天使からのメッセージ - 2001年08月01日(水)

空が明るくなりかけた頃にやっと浅い眠りについたら、夢を見た。夢の中で、あの人専用のメールアドレスに何度も何度もアクセスしてメーッセージを待ってた。やっとメールが届いた。

「しんぱいかけてごめんね。しごとがおわらなくてでんわできなかった。でもだいじょうぶだから、ぼくのことはしんぱいしないで。でんわできなくて、ほんとにごめんね。ごめんね。これからかえるから、かえるとちゅうででんわするね。まってて。」

なぜか、全部ひらがなのメール。一度目がさめたけど、また眠りに落ちて行った。そしたら電話が鳴った。

「今まで仕事してた。寝てた? 起こしてごめん。これからもうひとつの方の仕事に行かなきゃいけないんだ。明日の朝、何時に出るの? それまでにかけるよ。きみはまた寝て。おやすみ」。

安心したのと、ぼーっとしてたのとで、返事するのに時差が出来る。「もう行っちゃうの?」って言いかけたら切れちゃった。


仕事から帰ってきたらメールが来てた。
「BBQ楽しかった〜〜〜〜。」

それから、もう1行。
「ひとり立ちしたの? 女の子なのに。」

この間送った「今日から仕事、独り立ちしました」ってメールの返事。

「どうしたの? なんかあったの? 心配だよ」って送った昨日のメールの返事はなし。あんなに心配したのに。夢の中じゃあ、ちゃんとしたメール、くれたのにー。


あれは天使のメッセージ? 天使はひらがなしか書けないんだ。







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