1日雑記

2009年01月28日(水)


紅の豚が好きだ。

歌も、好きだ。
「時には昔の話を」
とか。

そん中に
「コーヒーを一杯で一日」
というフレーズがあるわけで。

最近、ネットブック購入してみたんですよ。
ちっちゃいノート。
試しに喫茶店とか、ファストフード店で
PC広げてテキスト打ってみたりしたんですが。

コーヒー一杯だと一時間が限界です……。

ケンタッキーだとコーヒー一杯220円。
喫茶店で今日飲んだキリマンジャロが800円だったかな。
明日明後日は時間が出来たらファミレスに行ってみるか……。

コーヒーを一杯で一時間。



2009年01月21日(水)

外出中、電車の中で読むように
最近は文庫小説を常備している。

とりあえず、この前
一シリーズ読み終えたので書店に向かったのだが
どうにも読みたい本がない。

だらだら適当に探していると、ジュラシックパークを発見。
上下巻。
ってことで購入してきたんですけどね。

やっぱり所々映画と違う。

後、カオス理論が映画よりずいぶん深く。
映画においてマルコム博士の存在意義がいまいち分からなかったが
小説だとずいぶん頑張っていたように思う。

とりあえず人生はフラクタルってのはちょっとショックが。
的を射ているような気がするだけになおさら。

久しぶりに勉強してみるかなぁ。
カオス理論……。



2009年01月20日(火)

昔から、時々見る夢なのだが
叫びたい状況で一生懸命叫ぼうとするのに
息が漏れるばかりで声が全然でない。
苦しくなりながら、何度も声を出して叫びたいのに、叫べない。

子供の頃、泣きじゃくって
呼吸が苦しくなって喋れなくなるアレに似てるかな?

何でかなぁ、と思っていたのだが
ちょっとだけ理由が分かった。

というのは、昨日の夢で頑張って叫んでみたら
現実に叫んでいたわけで。

……まぁ、本当は叫ぶというほど大げさなものじゃないけれど。

どうも、夢の中の自分とは別に
体は夢であることを知っている見たい。
で、声を出したら大変だから、抑制する。
昨晩はたまたま声を出せたおかげで
目が覚めてしまったが。

実際、起きている状態でも叫ぶようにしながら
一方で息を全部吐き出すようにすると
叫ぶことが出来ない。

夢を見ているときの脳と体のギャップは
幼児のように夢で見ても
お漏らしをしなくなった事と似ているかもしれない。

まぁ、起きている時に理由が分かったとしても
夢を見ているときには関係無いと思うけれど。



2009年01月19日(月)

ネットなどを見ていると
マスコミによる政治家の言葉狩り、なんて話を見かける。

なるほどなぁ、と共感できる部分もあったけれど。

改めて考えると、政治家というのは言葉を扱うプロである。
その言葉に対して、お金を払い、命運を預けている。
本質的に、自分の言葉に責任を持てない、
あるいは責任をとれない政治家は
その職業において矛盾があるのではなかろうか。

こういう話が出てくる一因に
マスコミに対する反抗心もあるのではないかと思うのだ。

私自身もマスコミが好きではないので、
また、無責任に煽り立てて――と、考えたりもする。
ということは、おそらく「言葉狩り」を支持する多くの人は
マスコミが嫌いだ、と答えるに違いない。

そうしたとき、敵の敵は味方、ではないにせよ
マスコミの標的になった人を擁護したくなる気持ちもあるのではないか。

しかし、それはそれとして
政治家と言葉の問題はもっと深刻に受け止めるべきではないのか。

国内での失言ならまだどうにかなるとして
対外的な言葉で失言しようものなら
それこそデモから戦争まで、
文字通り人の命に関わることさえあるわけで。

謝って済む問題でもなければ
軽々しく謝れるものでもなかろう。

聖人君子が政治家やってるわけではないので
本音と建て前、ましてやお金を貰うための職業なのだから
その他色々利権やらが絡むのはまぁ、分かる。

でもそれが職業であり、プロであるならば
許される事と許されない事があるのは当然でしょう。


……と、最近の動向を見ていると
あまり投票したい政党も見つからないので
いっそ棄権でもいいかなぁと考えつつ。

秋葉原には今日もメイドさんが立っておりました。



2009年01月15日(木)

不況の波が。
残業0運動。

……流石に厳しいなぁ。



2009年01月08日(木)

突発的に思いついたので。

さて、我々は3次元(あるいは時間軸を含めて4次元)に
生きているわけですが
本当にそうなのでしょうか?

たとえば、コンピュータで3次元空間を再現したとしましょう。
このとき、3次元は3次元として表現されますが
実際に動いているのは0と1です。
見方を変えれば、RGBカラーで構成される
色の配列でも表現出来るかもしれません。

羅列された数字を、グラフに直すのは
誰もがやったことがあるでしょう。

他にもカオス理論などでは、
方程式を多次元に再構成して、その形を見ることがあります。

このように、数字の羅列や、0/1のような信号は
別の形として、別の次元に構成し直す事が可能です。

逆に考えれば、今私たちが見ているこの次元は
実は何かの配列に過ぎないのかもしれない、
そうは考えられないでしょうか。

『何者か』によって3次元として表現されているために
私たちはたまたま、3次元として認識している、と。
この際、何者は重要じゃありません。

この瞬間、世界がこのような形を取っているのは
配列を構成し直した結果、たまたまこのような形をしている、と。

そう、実は私たちはモノの並びの集合に過ぎないと。

そのモノが原子/元素なのか、塩基なのか、
あるいはそれ以外の何かなのかは知りませんが。


こんな事を考えて何になるのかと言えば、まぁ何にもなりません。
が、もしも世界が配列で、それによって再構成された結果
今の3次元世界がここにあるというのなら
元となる配列を任意に変更することで
唐突に、そこに存在する物を
作り出すことが出来るかもしれない、魔法のように。
あるいは任意に場面を構成し直す事ができるかも。
タイムマシンのように。


本気でそう考えているわけじゃないですが、
まぁ、話を作るときに無理矢理『魔法』の根拠がほしければ
妙な理屈をくっつけた方がそれっぽくなるので。
もう少しそれっぽく発展させられないかな……。



2009年01月04日(日)

明けましておめでとうございます。

初詣で引いたおみくじの結果は末吉で
結ぼうと思ったら破けたわけですが、この場合どうなるのやら。

まぁ、おみくじというモノは
結果の決定ではなく
結果の先取りみたいなイメージなので
結果が決まっているなら
おみくじの扱いは気にしなくても良いのかな。


しかし、年末年始は微妙に体調を崩すことが多く
年末は体がだるくて寝ていたし
年始は年始で鼻風邪っぽい。

DVDをここ数日で4枚くらい買ったので
それを見ながら過ごしているが。
明日には完治してくれると良いなぁ。


そう言えば、今更ながら
Phunというツールを知ってちょっとさわってみる。
これが結構おもしろい。
あんまり使い方はマスターしていないが。
お暇な人は一度さわってみると楽しいと思いますよ。
特に理系の人。


脈絡のない話ばかりでしたが
とりあえず今年もよろしくお願いいたします。


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