| ゆりあの闘病日記〜PD発症から現在まで〜 |
荒廃 - 1997年12月24日(水)
マンションはワンルーム。東南の角部屋。薄いピンクの外壁と壁紙。ファミリータイプのマンションのＬＤＫ部分だけを抜いてきたような間取り。
15畳の部屋、カウンターキッチン。分譲だから流石に大理石の玄関や絨毯敷きの曲線廊下、ウォシュレットのトイレ（タンクが丸くて可愛い）、洗面所（ドレッサー付き）、バスルーム（もちろん追い炊き可能）はしっかりした造り。収納スペースも一人なら充分過ぎるほど。
部屋にはベッドと観葉植物、クラビノーバ。後は必要最低限のものばかり。45�屬世�ら掃除も楽々。お気に入りの部屋で緑と香りに包まれて過ごす時間が一番楽しかった。
オートロックだし宅配ロッカーだし、変な男にストークされることもない。
彼と別れたという噂が広まると、しつこく誘ってくる男が多くてうんざりしていた。結婚を諦めたからこそわざわざワンルームマンションを買ったのに。
実際、人事から住所を聞き出した隣の課の課長が、生まれたての赤ちゃんを抱いてエントランスに現れ「離婚するから付き合ってくれ」とモニター画面越しに言われた時にはぞっとした。オートロックに感謝。
それほど酷くはないにしても似たようなことはよくあった。彼氏なんて二度と御免だっていうのに。うざくてかったるい話。
そうは言いつつ部屋にも慣れてくると、やはり独りは寂しかった。誰にも相談できない辛さ。元気で明るい自分を装う辛さ。身体がいうことをきかなくて仕事も全力でこなすことができない。私のたった一つの生き甲斐だというのに、後輩にも追い抜かれていく。売上計画だけは毎年達成し続けた。それだけが意地だった。病は確実に心と身体を蝕んでいった。
そのうち、苛々が募ってくると、声を掛けてくる男の中で後腐れがなさそうなのと適当に遊ぶようになった。自分に激しいダメージを与えた不妊という事実を逆手にとって。そして自らの犯した罪をいつまでも忘れないように、もっともっと墜ちてしまえ、と。自虐以外の何物でもない。真剣な恋愛なんてもう懲り懲りだった。
中には見る目を誤って、遊びのつもりがしつこく付きまとい言い寄って来る男もいた。そんな時は徹底的に相手を無視し続けた。元々我儘で傍若無人な性格にますます磨きがかかった。
そうやって徐々に荒んでいく自分を、もう一人の冷めた自分が小馬鹿にしてせせら笑っていることを、常に心の何処かで感じていた。
そんな時、私を捨てた男から連絡が入った。あの時の彼女と結婚するという報せだった。あれほど「オレは結婚には向いてない」と言っていたのに、お父上が突然倒れて「生きてるうちに嫁の顔が見たい」とおっしゃったのだそうだ。（ちなみにお父上は2003年現在も全くご健勝である）あまりにも典型的なパターンに、私は腹がよじれるほど笑った。
そして彼と同じく会社の後輩にあたる彼女に、ブライダルエステ3万円コース（爆）をプレゼントした。皮肉ではなく心からの贈り物。彼は常に一人の女では満足できず、常に複数の女と戯れなければ気が済まないタイプだ。これからの彼女の人生の苦労を思えば、これくらいのお祝いは当然だろう。
度重なる病欠のため、年収は住宅ローン審査に提出した前年度の額を100万円以上も下回っていた。発作は週2〜3回突発的に起こり、セパゾンの服用量は増え続け、遂に人間が飲むことを許可されている最多量に達していた。病院の費用もかかる。住宅ローンも払わねばならない。自らを甘えさせないために、そして会社から逃げ出さず独りで歩いていく動機付けにマンション購入を決意したはずだったのに。朝も昼も食事を抜く習慣は、この頃に身に付いた。金欠は空腹よりも寧ろ自らの心を更に蝕んでいた。
ポストに週1で投げ込まれる求人広告特集をぼんやり眺めることが多くなった。とはいえ、会社員の身。バイトはご法度。それに見るからに怪しげな広告が多い。それでも、ついつい眺めては溜息をつく週末が半年以上も続いた。住宅ローン以外の借金が、利息も嵩んで既に200万円を越えていた。
そしてついに、求人広告の切抜きを手に１件の店を訪れた。
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