まつたなみの日記...まつたなみ

 

 

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Travel NZ - Going to Tekapo & Pukaki(カキコ中) - 2005年07月23日(土)

 フミと一緒にテカポとプカキへ一泊二日旅行をした。彼女は本当に大人で。。。おっとりしているよね。だけど芯は強いと思うよ。
 ダニーデンとか行きたかったけれど、お金がないのと寒いのとで行くことが出来なかった。
 NZで冬を過ごした私、しかし日本に帰国したときは日本は蒸し風呂だった。なのに体調を崩さなかった私。すごいと思うが気候が温暖だったせい?温暖を通り越して猛暑だったが。


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Travel NZ in CHCH -Cycling- - 2005年07月22日(金)

 私は留学中はよくCHCHでサイクリングしたものだ。ホストファミリーの家に留まっているのもつまらなかったし、むしろ雨の少ないCHCHだからこそ、外へでていろいろな景色を見たほうがアクティブでダイエットにもなるだろうと思って。
 そもそも私がここでサイクリングを始めたきっかけは、ホストファミリーに、「趣味はサイクリングです」と言ったため。そこからホストファミリーがぜひそれを実現してくれと言うことで中古のバイク(英語では自転車をバイクと呼ぶ)を探してくれた。私も探してくれる最中にちょっとわがままなことを言ってしまったりしていたと思う。しかしそんなことは気にしていない様子だった。そして個人宅で中古のバイクを見つけてくれた。さらにヘルメットも見つけてくれたんだけど、なんだが頭でっかちに見えてしまうようなヘルメットだったので、あとでこっそり競輪選手がかぶるようなちょっとかっこいい目のヘルを買った。ちなみに頭でっかちに見えそうなヘルと言うのは、ヘルの周りのふちが白いやつ。日本人は欧米人より頭でかいほうなので、白いふちのヘルはお勧めしたくない。黒ふちで多少高いものが良い。また、NZでは、自転車に乗る人はヘルをかぶるのが義務で、もしノーヘルだと罰金の対象となる。とはいっても、たまにノーヘルで乗っている中学生やキャップしかかぶっていないおっさんなど見たことあるが。だけどヘルかぶったほうがより安全だよね、頭って大事だから。
 CHCHは坂がそんなにないのでサイクリングには最適なところだ。しかしHillなど坂があるところは多少ある。そのときはがんばってこぐか自転車を押すかだ。
 アフタースクールではよくシティまで自転車に乗っていた。学校からシティへ行く途中にカンタベリー大学やBush in Riccarton House、さらにハグレーパークもあったので、Trafficを気にすることなく爽快にサイクリング出来た。ただ、シティでネットカフェしたりモールで買い物したりして、夢中になって、晩御飯に間に合わなかったことが多かった。お馬鹿な学生をしていた。
 留学中はAvonheadという、CHCHシティセンターから約5キロほど西にあるところから、New Brighton, Bottoles Lakes, Nouthland shopping mall, CHCH gondraまで行った。学校でよく話題にされるのが、Weekendは何をしましたか?と言うことだったが、私はサイクリングの話をよくしていた。なんてお馬鹿な、無謀なチャレンジをしていたものか。なんて。
 今回の滞在で、レンタカーでCasumere hillまで行ったのに、曇っていて何も見えなかった、と言うことがあったので、CHCH滞在最終日の前日に自転車でCasumere hillへ行った。ただ一心に「行きたい」と思ったため。
平面まではよかったが、坂に差し掛かると、もう押すしかなかった。借りたマウンテンバイクが、ギアが重くて、古くて、坂に対応してなかったため。約30分くらい押し続けていたと思う。やっとのことでSign of The Takaheに着いた。そこは宅間伸と賀来千賀子が結婚披露宴を行ったところらしい。かつてはリトルトンという港までいく途中にある宿場であった。このSign of The Takaheからさらに5キロくらいいくと、Sign of The Kiwiがあり、こちらはカフェになっていて、かつてタカヘと同じ宿場であった。ちなみにTakaheタカヘはNZが生んだ飛べない鳥だが体毛が青と黄色、Kiwiキウイはご存知NZの国鳥であり、飛べない鳥でなおかつ果物のキウイと同じような体毛を持つ。
 坂を上るときは、着ていたダウンジャケットを脱ぐくらい暑くなっていた。しかしタカヘに着いたとき、吹いてくる風が冷たかったので、冷えてきて、あわててダウンを着なおした。
タカヘからさらに歩いて20分くらい、ゆるい坂を上っていくと、Victoria Parkがある。ここで知らない人にHelloと声をかけられた。留学中はそんなことあまりなかったのに、今回の滞在ではかなりの人から声をかけられる。留学時は髪が縦パーマだったから?今はストレートヘアだから?ものめずらしいのかな?
 Victoria Parkからの眺めはまた格別だ。隣にHillがあって、そこに少しばかり家が立ち並んでいる。一枚の絵がそのまま切り取られた感じ。


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Travel to NZ in CHCH - My friends who met me in NZ - 2005年07月21日(木)

 先ほど書いた、私のあとにアンの家にホームステイしているJoonという学生は韓国人で、婚約者が韓国で待っているとのことだった。さらに彼の家は会社を経営していて、将来はJoon本人が社長になるらしい。
 そのような人を私は前の職場で出会ったことがあったが。
 経済力もあるから、彼は現地で中古の車を買っていた。学生では普通出来ないな。しかも私も出来ないな。なおさら。私はCHCH留学のとき交通手段はバスと自転車だったから。
 彼と出会ったとき、フミやアンジェラ、Wimの友達でもあったので、なんと世間の狭いものだろうと。こんなひろーい世界の中の、CHCHというそれほど大きくもない都市で、こんなに狭い出会いをしたのは、28年生きてて初めてだった。
 だが私自身は、社長の子供ってそんなに好きではなかった。なんでかというと、人にもよるんだけど、たいていの人は傲慢だ。しかも簡単に資産を手に入れられる。さっき書いた車とか。でもJoonは傲慢なところはなかったがかなーりインテリ男に見えたので、最初何を話していいのかわからなかったが、共通点が結構あったせいか案外話を続けることが出来た。彼はアンジェラと本当に仲が良いので、信頼できた。
 私が日本へ帰るためにオークランドへ一泊する前夜、フミがいるビジネスクラス全員で焼肉パーティをした。アンジェラのお気に入りのコリアンレストランで。そこでずっと話だけ聞いていたオニオンというニックネームの日本人男性がいて、彼もとてもよい感じの人だった。しかも話が面白い。
私は焼肉の前に耐久戦をしていた。距離5キロの平面道路を自転車でこぎ、そこから自転車を押して50分間坂を上った。その坂は山に類していて、坂をあがるとCasumere hillというところに着く。そして、サイン・オブ・ザ・タカヘというレストランが。昔は港まで行く途中にある宿場だった。そこから見るCHCHのCity Centreは格別に綺麗だ。夜は特に。しかし夜は自転車で行かないほうがいいかも。そこにバスも通っているので、スニーカーか平たい靴でぜひ行ってみよう。
 その過酷とも言うべきサイクリングをしたあと、直行で焼肉屋へ行った。
 オニオンも自転車だったので、帰りは一緒に家まで送ってくれたんだけど、しかも夜遅かったから。ワーホリでNZを選んだらしく、何で選んだのかというと、AUだと遊んで終わる話を彼の友人から聞いたらしい。私はNZでも一緒だよ、と思った。遊んでしまう人はそれで終わるんだから、留学形態が違っていても。それにむしろAUの方が日本人ワーホリの人でも就労しやすいんじゃないのかな。求人とか見て思った。

 フミが「何でまたここにきたの?」と聞いたので、私は、
「ひろーい空と緑が見たくて、しかもここがすごく気に入ったから、きたんだよ」と言ったが、それだけではなく、友人としてフミに会い、フミといっしょに話をたくさんしたいと思ったからだ。だんなを置いてまで行った理由はさきほどの目的があったから。フミが日本に帰る前にNZへ行き、友人を訪ねるということもしたいと思ったから。今回、それが実現できて本当に良かった。


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Travel in NZ The staying in CHCH(3)-Ex hostfamily - 2005年07月20日(水)

 私はオークランドに着いたとき、どきどきしながら前のホストマザーであるアンに電話した。久しぶりに話をするため。最初、当然びっくりしていた。しかも今冬なのにここに来たの?と。
 写真を渡したいので今度良かったら会わないか、と連絡した。それで、未だ予定がわからないからCHCHに着いたら連絡をちょうだいと。私はその約束を守って、CHCHのフミの家に着いたとき、アンに電話をした。そうしたら、向こうの電話の調子が悪かったみたいで、話の途中でノイズがなって、切れちゃったり。向こうは当然私がCallしている電話の番号なんて知らないから、またこっちからかけなおした。
 それで、金曜日の2時に訪問することになった。しかし私が2時に家へ行ったのに、呼び鈴も鳴らしたのに、誰もいなかったみたいで、もしかしたら、時間を忘れて買い物にでも出かけたのかな、と思ったが、2時半になって改めていっても何も反応なしだった。それで3時に行ったら、やっと反応が。そうしたら2時からずっと待っていたらしい。そこで私は2時に呼び鈴鳴らしたけれど、と話をしたら、ああごめんなさいね、と。
 私がステイしたときにはペットなんでいなかったのに、猫がいて、しかもまだ8ヶ月。えっなんか大人猫に見えるんだけど。でかいよ。それで私は思い出したんだけど、クリスマス前に生まれたあの子猫が、今こんな姿になったんだな、と。人間大好きみたいで、私のような知らない人にもかなり甘えてきた。すっごいかわいい。男の子に全然見えましぇん。
 手を差し伸べると頭なでてもらうためにこっちへ来るんだけど、グーを出すと、なにこれ?と言う感じでジーっとみるだけ。アンはどうして犬より猫を好むのかと言うと、単に散歩させるのが面倒なのと、犬だと外で飼わなくちゃいけないからだそうだ。あと、やはりほえられるとうるさいらしい。
 あと、アンが今住んでいるこの家が売れたら、オーストラリアへ行く、と。それを聞いてショックだった。だが彼女はむしろそれを楽しみにしているように見えた。でも、AUにいくのが楽しみならむしろ彼女にとってそのほうが幸せなのかなって。だから今ホームステイしている学生が最後の学生だそうだ。今ステイしている学生は韓国人で、Joonといって、家が会社を持っていて、将来は彼も社長になるらしい。ふーん家がそんなにすごい人なんだーと。それで今、ビジネスクラス(機内じゃないよ)にいるらしく、それを聞いた私は、私の友達も今ビジネスクラスにいるから、もしかしたら私の友達と彼はお互いに知っているかもしれないよ、と話したら、びっくりしていた。
 最後にHugをして別れたんだけど、フミのフラットに戻って、晩御飯どこで食べるか話し合っているうちに、アンジェラが戻ってきた。それでアンジェラの友達も一緒に来た。フミが私に、「アンジェラの友達である彼はJoonで私たちの友達でもあるよ」と紹介してくれた。そこで私は、彼が私の前のホストファミリーに住んでいることを彼女に話したら、当然びっくりしていた。
 Joonは私を見るなり、「アンの家にホームステイしていた人ですよね?アンが写真を見せてくれたので」と私に話をした。そして、「アンは本当にやさしくていい人だよね」と。
 アンが私を紹介するときにJoonに見せた写真とは、私のヘアスタイルが縦パーマのときのだ。今の私の髪はロングストレートなのだが、髪型が違っても私だと判別できるなんてっ。
 私はこのような大展開に「Small world」(世間は狭い)と言ってしまった。


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Travel in NZ The staying in CHCH(2)-映画 - 2005年07月19日(火)

 CHCH滞在時にリカトン・モールへ行った。留学時はシティから東のザ・パームズやノースランドなど主たるショッピング・モールへ行っていたが、今回は行かなかった。ノースランドには「バットマン・ビギンズ」を見に一回行った。渡辺兼を見たが、あれで終わり?という感想だった。もっと最後まで出てほしかったが、やはりニーアム・リーソンのほうが大物だった。中国人はハリウッドに既に進出しているのに。日本人や韓国人だとなかなか。過去にケイン・コスギの父、ショー・コスギがニンジャの映画に出ていたが。
 私はフミが、私が来たときに一緒に映画を何本か見ようと思って、とバットマンを見ないで私が来るのを待っていたらしい。それで、私もちょうど見ていなかったので、あっさり「じゃ、見に行こうか」と決った。が、タイムテーブルを見間違えて、狙った時間にバットマンが上映されていなかったため、しかたなく他の映画で、「The longest Yard」(日本未公開)を見たが、これがあたりだった。内容は囚人たちがラグビーチームを結成し、看守チームと対戦するということなのだが、囚人とはいえ、深刻ないないように全然なっていない、コメディタッチなのでむしろかなり明るく描かれていて、しかもボブ・サップが出演していた。さらに英語はかなり汚いので聞き取りにくいし、ブラック・ジョークがたくさん。あるところではノン・ネイティブである私たちでも理解不可能だったり、しかしあるところでは理解できて笑えるセリフもあったり。
 この映画、あの「フレンズ」のコートニーコックスも前半だけ出演していた。日本でも公開すればヒットするような気がするのだが。いまだそんな話はない。
 私がCHCHを去る前日に「Island」を見た。これは日本でも公開されていたのだが、話の内容がかなりシリアスだ。こんなこと、もしかしたら現実でも有りうるんじゃないか、と思って。そうだよ、もしかしたら心のない実力者が創設してしまうのかもしれないし。アクション物とはいえ、人間の命について考えさせられた。

リカトン・モールに映画館が出来たが、行って見たが座席はノースランドより狭かった。館内は広いけれどねー。


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Travel in NZ The staying in CHCH(1) - 2005年07月18日(月)

ここからはクライストチャーチ(以下CHCH)滞在をまとめて書く。
これはその第一弾。
ここCHCHに私は10日間、日本人の友達・フミのフラットに泊まった。
ただし、友達のフラットとはいえ、ただで済んだわけではない。友達自身はただで、と考えていたようだが、フラットのオーナーに問い合わせしたところ、滞在者もお金を払うということだった。私は一部屋借りたわけではないが、一部屋借りる借りないにかかわらず、一人あたりの料金で計算されるようだ。その点はやはりNZ。がめつい。
その代わり、フミの食材など、「使ってもいいよー」といってくれたので、その言葉に甘えた。私も日用品を買ってきちゃったりして。ちょうどトレぺが切れたので、これはないと絶対やばい!と思ってあわてて買ってきてフミに上げたり、北島に滞在したときに買った油やふきんなども、日本へ持って帰っても仕方がないからそれらを上げたり。

久しぶりにTai Englishを聞いた。やはりわからなかった。タイ人の英語は日本人や韓国人、はたまたネイティブの英語より違いがあって、よくわからん。だけど、何が言いたいのかは大体推測できた。
タイ人の発音だが、eightが「エイシュ」になる。語尾の「T」がいえないそうだ。また、「H」も「エイチ」と読むが、これも「エイシュ」となる。aboutは「アバウ」となる。これは耳でなれないと本当にわからない。しかもネイティブなら理解できるのにノン・ネイティブだと、本当に何を言っているのか理解するのが大変。
そういうわけでタイ人のWimと話をするのが大変だった。だが、人間同士のコミュニケーションは言葉よりも人間としての性格やかんじ方であり、言葉を超えている。それは私自身、留学で学んだことだ。確かに言葉はコミュニケーションの一手段だが。相手と相性が合う・合わないとなると、もはや言葉が通じる、通じないを超越した領域になる。その領域とは何なのか。ここで言葉を使って表現するのは少し難しいが、簡単に言うならば、人間としてのフィーリングである。

韓国人のアンジェラがエリから自転車を買ったにもかかわらず、乗ったことがないという。何だよもったいない。その代わり、私に、サイクリングしてもいいよーと貸してくれた。それで乗ってみたのだが、なんだか旧式のマウンテンバイクのようで、ペダルを後方へまわすことが出来ない。あと、重たかった。一回だけ、ギアからチェーンが外れたことがあった(しかしそれは私が手で直したが)。
CHCH滞在時は、最初の4日間は晴れていたのだが、それから5日連続雨だった。そのたびにフミは「サイクリングできなくて残念だねー」なんて朝私に話をしていた。
CHCH市内を久しぶりにサイクリングした。きれいな緑あふれる街の中、The University of CanterbellyやBush in Riccaton house、Mona Vale、Hagrey parkなど、本当に緑豊かなきれいなところをとおった。東京では絶対に味わえない。そこを通ってシティまで行き、久しぶりにシティセンターを散策した。旅行とはいえ、こんなのーんびりしてただぶらぶら歩く滞在もまた良いなーと。旅行だとハードスケジュールで主要な見所を忙しく回るのだが、CHCHに滞在したときはそういうのは全然しなかった。



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(No Complete)Travel in NZ Going to CHCH - 2005年07月17日(日)

前日夜、あのポリネシアン系のおばさんが、いびきをかいていて眠れなかった。一時間くらい目がさえていたと思う。
朝、日本人の人と台湾人の人がケーキを作ったらしく、私に一片のケーキをご馳走してくれた。甘さがそんなになくておいしかった♪
私がこれから空港へ行くため、ホステルを去らなくてはいけなくなったのだが、彼女たちが見送りに来てくれて、うれしかった。階段で荷物を一緒に降ろしてくれたりして。この一週間、いろんなホステルに泊まったけれど、いい人にたくさん会えて本当に私は幸せだな、と思った。
空港行きのバスがなかなか来ないし寒いので、スカイタワーの入り口あたりでずっと待っていたら、バスが通り過ぎていったではないか!私がスーツケースを引きながらバスを追いかけたら、スカイタワーの係員が一緒に追っかけていってくれて、しかも彼のほうが速かったので、バスを捕まえてくれた。私はありがとうといいたかったが走った勢いがあまったあげく言い逃してしまった。しかも係りの人がささと消えてしまった。でもバスを捕まえてくれたから彼に感謝。

オークランド空港に行く途中にはたと気づいたのだが、国際線と国内線に分かれていた。バスから降りるとき、国内線までの行き方を教えてもらったが、なんだかよくわからない。表示板があったのでそのとおりに行ったら、確かに国内線に着いたけれど、AirNZに着いてしまった。
私が今度搭乗するのはQuantas。しかもカンタスのチェックインカウンターは別の建物になる、とのこと。そんな別の建物なんてあったっけ?と思いつつ半信半疑に外へ出ると、QUANTASと書いてある建物が。ああここかーと思ってようやくたどりついた。
DomesticはAirNZとQuantasのBuildingに分かれていた。しかしそんなこと私が知る由もない。日本の空港だって館内で会社別になっているだけだし。
建物で航空会社から別の航空会社まで行くのに、一回外に出るなんていうのはごめんだ、連絡通路か建物自体がつながってほしい。
チェックインカウンターで並んでやっと私の番だ!、と思ったら別のローカルエアラインだった。仕方なくまた並びなおした。チェックインを済ませ、ボーディングまでかなり時間に余裕があった。Take offが14時なので、13時40分に飛行機に搭乗できた。エアクラフトはB737-300。日本でもエアーニッポンがそうだが、こっちの場合、京と札幌千歳の間と同じような距離のオークランド−クライストチャーチ間で使われているとは。しかし日本みたいに人がそんなに乗るわけではないので、B747-400ではなくB737-300なのである。
1時間20分のフライトとなる。意外と日本人もたくさん乗っていた。
国内線は私も初めてだったのでかなりどきどきした。
フライトでどこを通ったかはよくわからなかったが、山と湖と海と牧場や農園を通っていた。山は多分トンガリロだったとおもう。山の中に湖があったから。
ランディングはかなりどきどきした。何でかというと、私は普段はランディングは無事に着くかなどうかな?という程度にしか考えてないのだが、クライストチャーチの街を見下ろせるからどきどきしていた。
久しぶりのクライストチャーチ(以下CHCH)。私は友達と会う約束をしたので、着いたとき、荷物をピックアップしてから友達がいるかどうか探した、が、いない。間違えて国際線にいったのだろうかと思ったが、いない。しかたなく彼女に電話した。そうしたら、国内線で待っているとのこと。私はレンタカーのカウンター前にいるからそこまで来るように伝えて彼女を待った。
友達の名前はフミというのだが、彼女と彼女の友達でタイの男の人が来た。私は彼女が髪切ったのかな?と思って聞いてみたら、切ってない、とのことだった。それに私の髪型を見てびっくりしていた。ってそりゃそうだよね、以前に語学に通っていたときは縦パーマだったからね、私の髪の毛。今はストレートにしちゃったからね。
私はフミと久しぶりに会えたから、本当にうれしかった。留学のときはあまり一緒に遊べなかったけれど、今回の旅行で彼女のフラットにお邪魔して色々なお話できることを考えたら、楽しい時間をすごせそうだなーと思った。
タイの人はジェームズというのだが、やはりタイ人、親切だ。荷物を運んでくれたり、私のために毛布まで用意してくれて。
フミのフラットへ行ったら、そのときはまだ誰も帰ってきてなかったのだが、そのうちアンジェラが帰ってきて、これから教会に行くので今からご飯を食べる、ということだった。それで私に、ウェルカムパーティをしたかったんだけど、教会で忙しくてごめんね、と話していた。でも絶対ウェルカムパーティするからね、と。
そして同じフラットメイトのWimという女の人が帰って来た。彼女はタイ人で、私は彼女とは初対面だった。フミはWimと色々お話をしていたが、私はタイ・イングリッシュは本当によくわからない。だからしょっちゅう聞き返していた。
食材を買いに行こうということで、私とフミで歩いて20分のWoolworthとWarehouseへ行った。BushInnといわれているところ。


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Travel in NZ Rotorua to Auckland - 2005年07月16日(土)

ロトルアを去るときが来た。あまりまわれず、しかも天気にもそんなに恵まれなかったので、もっと天気のいい日が多ければよかったなーと思った。
シェアしたAさんとチェックアウトのとき、オーナーの財布が消える事件がおきた。そこで送迎を約束したオーナーだが、なんだか動揺していて、私たちは警察の事情聴衆まで待たされてしまった。私は、私たちが来る前にいた人がなんだか怪しいと思っていたのだが、それ以上は何も言うことが出来なかった。しかもその人、財布がなくなったことなの?って私に聞いてきたのに、うう、ここで男が取り出して見せた財布に対して、これじゃないかい?と言う勇気があれば。しかし確たる証拠もないしみていなかったためにそんなことができなかった。
早くチェックアウトしてさっさとインフォメーションセンターに行きたかった。
私もうっかり後ろポケットに財布を入れたらすられたことあったからね。財布は運良く帰ってきたが、もう戻ってこないと思い込んで、警察に行く前にカード全部止めちゃったし。一度カードを止めるともうそのカードは使えず、新しいカードが来るまでだめなんだって。こんな話、実際こんな経験しないとわからないよね、カード会社は教えてくれないし。
日本でもスリや置き引きあるけれど、世界の中で日本以上に治安のいいところなんてないと私は思う。NZでさえも財布を盗る人いるから。お金を取得したいがために、日本人だと気が緩んでいると言うのもあるから、ぼったされやすいんだってね。欧米人はお金の管理はかなりすごいよ、たとえば友達のフラットに滞在すると、一週間だけだし旅行だからまけるわよ、なんていうのない。一週間分きっちりはらってもらうわよ、だよ。
ホストファミリーが旅行先へ引率してくれたんだけど、お金を取られたのね。だけどみんな、それはやはりホストファミリーと学生の間だからお金も当然払うものでしょ?と。日本人のホストファミリーの場合、お金は払わないでガソリン代だけ、でしょ?そうじゃないからね、欧米の人は。お金はきっちり払うのがもう原則だね。

この日にポリネシアン・スパに行く予定立てなくてよかったわ。まさかこんなことになるとは当然思っていなかったけれど、もし予定入れていたら、と言うことを考えると、本当に昨日に行ってよかったと思う。
ただ、荷物をロッカーに入れてぶらぶら歩こうと思っていた。しかしロッカーは大きい方はNo Avairableだった。しかたがないので、スーツケースを引きながらネットカフェへいって、メールチェック。何通かとどいていた。
行くところが特になかったのでオークランド行きのバスが来るまでインフォメーションセンターで待っていた。すると、昨日一緒にタウポまで旅行したYさんとAさんが来た。見送りに来てくれた。すごくうれしかった。メール交換をし、とりとめのない話をした。私はこれからまた10日間くらいクライストチャーチで滞在するけれど、あとの2人は明日明後日に日本へ帰るそうで、旅行最後の日はベッドアンドブレイクファーストや一流ホテルに泊まるそうだ。私は貧乏旅行だから、そんなことはできない。最後の日だってロッジだったし。
バスに乗る前に2人に別れを告げて、私はオークランドへ向かった。途中のモーターウェイで1時間渋滞して、予定より1時間遅く着いた。しかもホテルの場所がわからなくて、スーツケースを引きながら坂を下り、雨に降られ。迷って30分、やっとホステルに着いた、そしたら、そこにはエレベーターがなく階段で。。。しかたなくスーツケースを持ちながら上ったが。だけど、何人もの人間が通り過ぎたのに誰も助けてくれないとは。ロンドンやパリに行ったときは助けてくれたけれどなー。
相部屋に行くと、体格のいいポリネシアン系のおばさんが本を読んでいた。たぶんラウンジは若い人でいっぱいだからいづらかったのかな?あと、他に日本人と台湾人のグループがいて、私は彼女たちと色々お話した。彼女たちはちょうどクライストチャーチからここオークランドに着いたばかりらしく、しかも初めてだった。それで私が3日前に滞在したことを話すると、ショッピングモールやストリートまでどう行けばいいか聞いてきたので、リンクバスと言うシルバーのバスに乗っていけば着くことを教えた。ちなみに彼女たちはアロマテラピーの勉強でインターンでNZに滞在しているとのことだった。


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(Updata) Travel in NZ - Going to Taupo by rent-a-car - 2005年07月15日(金)

この日はタウポ日帰り旅行。ロトルアから80キロ南下すると、NZで最も大きいタウポ湖のあるタウポという街がある。
この街にも温泉があり、リゾート地として栄えているので、日本の箱根町と姉妹都市となっている。
9時に4人でホステルのレセプション前で待ち合わせした。
うち一人が、タウポまでバスでNZ$25かかるから一緒に乗せていってくれ、と。乗せてくれるだけでよいらしく、私と他の人たちは快く引き受けた、が、タウポに着く途中観光地によったので、彼も一緒になって観光した。
ホステルのオーナーがレンタカー屋までピックアップしてくれた。2キロ位して離れていなかったが、ロトルアには市内バスがないので歩くとなると結構かかる。
ここでかなり陽気なレンタカー屋のスタッフが、自分は27歳だ、と話をしていた。だが彼の英語はかなりなまっていて、聞き取りにくかった。私は、彼が見た目が26くらいだけど欧米人だから22歳くらいなのかなあと思っていた。欧米人でも私たちの目からある程度判断できるくらいの年齢の人もいるんだな、と思った。たとえば、ある欧米人を見て、この人32かな、と思ったら30だったり。
私は逆に学生に間違えられた。
またあるとき、私は28歳だ、とキウイの人に紹介したら、
ええええ?!?!?!?!うそー信じられないそんな風に見えないー若いねーとかなり大胆にいわれたことがある。
さて、レンタカーを借りるときの手続きで、前回の日記にも書いたが、ドライバーとなる人は、日本の運転免許証と国際免許証、さらにクレジットカードを提示しなければいけない。この3原則だけは必須で、日本の運転免許証がなくても大丈夫なところもあるが、本物を見せてくれ、と聞いてくるところもあるのでやはり必需品。さらにレンタルするときは、1日単位となる。6時間だけ、12時間だけ、と言うことは出来ない。たとえば、NZ$60で、朝9時半から借りるとすると、その次の日の朝9時半までに返せばOK。それを考えると、日本よりトクである。
乗車人数4人オール日本人、うち私だけ国際運転免許証をもっていたので、私しか運転できなかった。その代わり、他の3人が色々と気を使ってくれた。
さらに距離制限200キロ。それじゃ、タウポに直線で行って、またそこから帰ってこないと間に合わないじゃないの。しかも1キロオーバーで25セントかかり、4キロオーバーで1ドルとなる。
1日だけレンタルなので、NZ$55となった。しかしさらに2日間借りると一日あたりNZ$45となるらしい。長く借りるとなるとトクなのだが、スケジュール上やはり1日だけにした。マニュアル車のレンタルだと、レンタカー屋のブロシュア(リーフレット)に書かれているとおりの安い金額、35ドルからになるのだが、オートマのレンタルだとやはり最低49ドルからとなってしまうのだ。
NZのレンタカーはカーナビ搭載など高性能を持った車などない。ほとんどが中古で窓の開閉が手動だったりする。だがたいていのレンタカーは、ちょっとした中古でも新車のように輝いて見える。

ロトルアからタウポまで、片道80キロの旅が始まった。
ロトルアからタウポへ行く途中、フカ・フォール(Huka Fall)、クレーター・オブ・ザ・ムーン(Crater of the Moon)、ワイラケイ地熱発電所の展望台、タウポの展望台によった。
ロトルアを抜けると、所々に観光施設や天然の温泉などがある。だが、タウポに着くのが先決なのでそれらにいくのはやめ、まずはタウポに行く途中にあるフカ・フォール(Huka Fall)を目指した。私はとにかく寝ないように気をつけて運転した。しかし途中、並木道路がかなり続いたところで、眠気を催しそうでやばかった。本当に並木がずーーーっと続いていて。
フカ・フォールの入り口を見つけるまで途中の関係ない他の看板に気をとられてしまった。だけど迷うことなくそこにたどり着いた。
フカ・フォールの滝はとてもクリーン。NZの川は青い、これもそのひとつだった。滝の手前の川から流れる水に泡がある、しかも洗濯用のせっけんなんかではなく、水で出来た泡が。
フカ・フォールをさらに下流のほうへ歩くと、名前のとおり、大きな滝がある。その滝から流れ落ちる水と泡の色が、とてもクリアーで青い色をなしている。
次にクレーター・オブ・ザ・ムーンへ。ここでは地面から吹き出る湯煙をトレッキングしながら見ることが出来る。どこに月のクレーターみたいなところがあるの?と思った。たしかに地面の肌がごつごつしているけれど。また、人が落ちたら這い上がれるかどうかわからない穴があり、そこから湯煙が。日本の草津でも地面から湯煙が出ているけれど、NZはとにかく広いのでまた違った感じが味わえる。
次はワイラケイ地熱発電所が見える展望台へ。ここは私のリクエストで行った。発電所の入り口で「徐行30キロ」の標識があった。そのあたりを通ると、濃い湯煙に囲まれて前が見えない。ゆっくり走行するとやっと湯煙から脱出できた。ここでは地熱を利用して電気を作っているのだが、施設がダクトやパイプで覆われている。だから味気ない人には味気ないだろうけれど、そこからたくさんの湯煙が噴出していて、それが面白い。この地熱発電所の規模は世界第2位、そして世界初地熱を利用した発電所だそうだ。
そしてタウポの展望台へ。雨上がりだったからか、虹が見えた。私にとって虹は普段見ることがないので写真をたくさんとってしまった。もっと晴れていれば、タウポ湖から奥のほうにトンガリロが見えるそうだが、曇っていて見ることが出来なかった。

トンガリロには今回はいけなかったが、そこには火山と山の中に湖があり、かつてマオリの聖地とされていたところである。19世紀中ごろ、欧人が入植することにより、聖なる地が乱開発などであらされるのを恐れ、当時のマオリの首長であるHoroniku Te Heuheu Tukinoはイギリス国家にトンガリロの保護を求め、その土地を委ねたとされる。トンガリロはその自然の景観と保護のためにNZで最初の国立公園となった。
私は当時のマオリの首長に対し、この思い切った行動に敬意をはらった。争えば戦争になって結局は聖地が荒らされるとか、いろいろなことを考慮しての結論だったのだろう。トンガリロはその歴史的背景と火山活動による自然景観からユネスコの世界遺産に登録された。

タウポのマックの駐車場に車を止め、街の中でなにかレストランがあればそこへ行くことにした。ブリティッシュらしいカジュアルレストランで、フィッシュアンドチップス、サラダ、キッシュとアジアンフードを食べたのだが、アジアンフードはグラス一杯分しかないのにNZ$10もした。それ以外はNZ$6からNZ$15くらいで、一皿二人分の量で4人でシェアした。
その後、特に何をするのかと言うわけでもなかった。それぞれ自由に行動した。私はサイクリングがしたかったので、どこかレンタバイクでもないかアイ・サイトに聞いたが、スタッフが教えてくれたところに行ったのにレンタバイクがなくてかなりがっかりした。しかも探している最中に雨が降るし。天気がころころ変わって、しかもレンタバイクもなく。湖沿いを歩いたが、寒い風が吹くだけだった。確かに湖は広いが。これ、晴れていてしかも夏だったらもっと景観がよかったのかもしれないが。
ここで、これからネイピアに行くのでタウポまで乗せてくれるだけでいいよ、と言った人と別れた。私は話の合わない中年の人とは、疲れてしまってあまり話しないほうなので、早くわかれてよかった、なんて思っているのだが、昔は話の合わないおじさんやおばさんに対してもあまりそう思わなかったのに。昔はアルバイトや会社などで高齢の人と接していたせいかもしれなかったが、今は外資ばかり行っていてしかも若い人や年が行っても頭の切れる上司がいたからかもしれない。
だから柔軟にどんな人とでも対応できるようにならないとまずいな、と思った。

車に戻って、車で湖を少し回ろうと思ったら、偶然YさんとAさんが。やはり同じような考えで駐車場まできたらしい。せっかくなので3人でタウポ湖沿いまで行き、湖をぶらぶら歩いた。寒かったが、とてものんびりした空気の流れを感じた。
その後、これもまた私が行きたいとリクエストしたのだが、プラウン・ファーム。プラウンとは英語でPrownでクルマエビのこと。ここでは車えびの養殖をしていて、養殖場ツアーNZ$6で午後4時まで参加できる。さらに隣接しているレストランで車えび料理が食べられる。相場は蒸し車えび盛り合わせがNZ$10、車えびチャウダーがNZ$16だが、それだけの値段の価値がある。
これらの車えびメニューは日本人にとってはたまらない。Prown Farmって最初はどんな感じだろうと思っていたが、3人で、ここへ来てよかったね、と言ったくらい、うけがよいところである。

車えびをおいしく食べたところで、私は暗い道をロトルアに向かって帰らなければならなかった。暗い道を走るのは、2月のオマル以来。夜になると、明かりが回りにないところは本当に走りづらい。なのにスピードを出すキウイのドライバー。慣れているのかもしれないが、スピードの恐ろしさを知らないのだろうか。
無事にロトルアに着いた。Yさんは違うバックパッカーに泊まっていたので、彼をアイ・サイト前で降ろし、私とAさんは同じ宿泊先だがAさんがインターネットカフェへ行くと言うことで、近くのネットカフェで降ろした。その後、車でポリネシアン・スパへ行き、NZ$15で一般的なスパへ行った。NZ$30で和風の装飾をしたスパか個室温泉に入れるが、個室温泉はまだクローズだった。ここで39度のスパ、42度のスパと温度表示されていて、39度は欧米系の人が多かった。42度でも多かったが、かおがゆでだこ状態になっていた。途中で暑いお湯につかりすぎたのと外の温度差がすごくて立ちくらみした人もいた。血行がよくなるものの、無理して熱いお湯につかりすぎて、湯船からあがったあとにせかせか動いたら、血の流れが活発になりすぎて、貧血おこしてしまいかねない。私もここで貧血になりそうだった。熱いお湯に浸かって、その後、自分の思い荷物をとるために背伸びを何分間かし、それを更衣室まで重たい思いをしながら運んだから、血が頭に上ってしまった。
露天風呂は人気があった。特に私がよかった、と思ったのが、満天の星を見上げながら、さらにロトルアの夜景を見ながらスパに入れたこと。ものすごい贅沢な時間だった。
NZは本当に星がきれいに見えるところだ。去年の12月から2月まで行ったときは、逆さまのオリオン座が見えたのだが、今回は逆さまのさそり座が。アンタレスが赤く光っている。そしてダイヤモンドダストのようにちりばめられた星の数々。東京なんてこんな景色、プラネタリウムでしか見れないだろう。


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(UPDATE)Traveling NZ in Rotorua on 2nd d day & Taupo - 2005年07月14日(木)

朝、早速アイ・サイトへ行き、Dave's Shuttleの予約をした。他にもワイオタプ行きのツアーバスがあったそうだが、何かこちらのほうが格安だったのと、「地球の歩き方」にも載っていたので、これにした。
朝8時はまだ薄暗かった。これから日が昇る。私が留学で滞在していたときより日の時間が本当に短い。
迎えに来てくれた人が、ひげを生やした、身長168センチくらいのキウイのひとだった。しかも半パン半そで姿であった。寒くないのかね?
しかもその人一人で、送迎とガイドをした。かなり、すごい。

私がどうしてワイオタプへ行きたかったのがというと、湯気の出る“湖”をみたかったから。それが、「地球の歩き方NZ−ロトルア」に載っていたから。その写真を見て神秘性を感じた。しかし行ったら、小さい。“湖”に湯気が立っていたが、それが「池」もしくは「Pool」と呼ばれていたものだとは。。。だが、他にもものすごいものを見た。マッドプールやデビルスバスなど、日本でも見れそうだけどNZにしかない神秘性のあるところいろいろ見れた。
ワイオタプ・サーマル・ワンダーランド(英:Wai-O-Tapu Thermal Wonderland)は地熱地帯がたくさんある。地面から湯気がたち、湯気の立つ池の近くは暖かい。個人でももちろん、ツアーでも行ける。
ツアーは上記のDave'sのほかにもインフォメーションセンター「�颯汽ぅ函廚任盡�つけることが出来る。Dave'sの場合、ホテルからのピックアップ代込みでNZ$43、内ワイオタプ入場料NZ$20込み。
Dave'sツアーは、最初に天然のマッド・プール・エリアへ行き、そこで煮えたぎる泥温泉を見たあと、Lady Knox Geyserという、人口で噴出される間欠泉のパフォーマンスを見て、最後に一時間半くらいワイオタプ・サーマル・ワンダーランドへ行く。その後、希望があれば途中のWhakarewarewa The Thermal Villege(マオリ村)へtake&pic upまでしてくれる。特に行きたくなければホテルまで送迎してくれる。私は特にマオリ村に行くつもりはなかったのでホステルまで送ってもらった。

途中でお昼ご飯を買い、ホステルに戻ってそこで食べた。ケンタッキーの、マッシュポテトに肉汁をかけたサイドミールがあったのでそれとフライドチキン、ポテトを買った。
その後、街の中をぶらぶら歩いた。日本と違って、ここは寒い、しかもオークランドより寒い。フリースの中にカーディガンや厚めの薄いフリースをきたけれど、冷たい風を通していた。冷え性の私にとっては手袋が必需品で、それなしでは冬を乗り越えられない。
まずGovernment Gardenの前まで行き、マオリの彫刻を見た。アイ・サイト前にもマオリの彫刻があったのだが、ロトルアはマオリが昔から住んでいるところでもあったため、先住民であるマオリとその文化がよく守られているところでもある。毎年マオリの祖先を敬う祭りがロトルア湖畔で行われ、男がカヌーをこぎ、女は湖畔から見守る。それをTBSの世界遺産のビデオで見た。
ちょっとうろ覚えなのでまた見ようと思う。
Government Gardenを通ったあと、QE Health(クイーン・エリザベス病院)の前を通る。ここでは療養のために病院に滞在している人が世界中から集まっていると言う。
パネルを見ると、プールあり、泥エステあり。古来から、日本でも、泥パックは肌にすごくいいと言われているが、泥にはミネラルが多く含まれ、肌を活性化させる働きを持ち、栄養を与えるとされている。マオリも昔、戦争のあとには泥の温泉に浸かって傷を癒したりしていたらしい。
そこの近くを通り抜けると、ロトルア湖に着く。湖の中央に遊覧飛行機とおもわれるものが浮いていた。だが、誰も乗ろうとしていないようだった。
湖畔近くにレンタバイク(レンタル自転車)やレンタスクーターがあった。運転してみたかったが何か疲れている上に、寒いし、返すときにここまでもどって来るの?と思い、借りるのは断念。
ロトルア湖に沿って北のほうに歩くと、オヒネムツ・マオリ村がある。そこにはマオリの彫刻はもちろん、マオリの教会があるのだ。神聖なところなので教会の中に入れなかった。たぶんオークランド博物館で見た彫刻と同じような感じであろう。また、それに隣接した民家に、プライベート温泉があるのを見つけた。自分の家に温泉なんて、すごい贅沢!日本人でさえそのような生活している人はそんなにいない、やはり温泉近くに住んでいて、土地が安いところの人しかそのようなことなどできない。
寒さも佳境になってきたのと、足が疲れてきたのもあって、しぶしぶホステルへ引き返すことにした。

その後、部屋の中でうとうとしていたら、いつの間にか眠ってしまった。起きたのが6時。ここで、昨日レンタカー予約の話をオーナーとしていたのに何も状況など聞いてなかったので、オーナーのところへ行きレンタカーの話しを改めてした。そうしたら半分忘れていたようだった。そこで早速契約しているレンタカーの会社に問い合わせしたところ、やはりNZ$55だった。どうしてかというと、1日しか借りなかったからである。2日間借りると割引して1日当たり45ドルにするというのだ。しかも距離制限つき。200キロまで。それ以上になると1キロあたり25ドル加算される。
ちょっとまて?以前クライストチャーチに滞在していたとき、距離制限なんぞなかったよ?!?!一日あたりNZ$65で無制限だったけれど?
しかもレンタカー屋いわく(ホステルのオーナー経由で)
この時期、学生が冬休みでレンタカーも混むらしい。それで値段が少し高くなっている、とのこと。
なんだかんだでタイミング悪いなー。オークランドでは、12年に一度とされる英国ラグビーチーム・ライオンズの来NZ、さらに追っかけも来NZしていたからAKLのホステルが高騰していたし。
だけど、今回は、ホステルでであった人たちと一緒に乗りあってタウポまで行くとの事なので、値段はそんなにかからなそう。ただ、運転するのは私だけ。他の3人は国際免許証を持っていなかったから。バスや電車が頻繁にある、と思っていたらしい。それを聞いて、ため息がついた。
事前にガイドブックを読まなかったんだろうか。旅客用電車は北島の場合、ウェリントンとオークランド、ウェリントンとパーマストン・ノースまでしかなく、しかもどちらも一日一便だし。さらに南島は、ピクトンとクライストチャーチ間、クライストチャーチとグレイマウスでこれらも一日一本。
あとは長距離バスを使うか、レンタカーしかない。長距離バスは一日一本のところもあれば、主要都市同士ならば一日七便もあるところもある。しかし需要によっては、片道100キロで所要時間1時間20分くらいしかないところに移動する場合でも25ドルとなってしまうこともある。ロトルア−タウポ間では25ドルだが、ロトルア−オークランドでは、高い時間帯で55ドル、安い時間帯で29ドルだった。(所要時間約4時間くらい)
「地球の歩き方」には、鉄道情勢、長距離バス、レンタカー、レンタルキャンピングカーやガソリン、ホリデーパークについて、詳しく載っているので、NZ国内で色々回るのであれば、事前にしっかり確認しておこう。あと、レンタカーやキャンピングカーを借りるときは、国際免許証とクレジットカードを必ず持っていくこと。クレジットカードが必要な理由は、信用保証のため。NZでもこういった契約関係は必ずクレジットカードの番号と有効期限が必要とされる。


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Travel in NZ - Auskland for the 3rd day & Rotorua the 1st day - 2005年07月13日(水)

3日目 in Auckland
またしても雨が降っていた。今日は特にここに行きたい!というところがあって、なんとしてでも行くしかなかった。
タマキ・ドライブである。
一見「えっ?」と思うかもしれないが、「地球の歩き方」で紹介されたタマキ・ドライブ&ミッション・ベイがきれいに見えた、そして私は晴れた日に絶対に見ようと思ったのである。だが、この3日間の滞在で晴れた日なんて一日もなかった。仕方がないので曇り時々雨の天候ながら路線バスでタマキ・ドライブまで行くことにしたのである。
まずオークランド・ハーバーにバスターミナルがあるので、そこでタマキ・ドライブまで行くバスストップを探した、だが、バス時刻表兼路線図はあまりにもわかりにくく、バス停探しに迷ってしまった。ここだろうな、と思うところをぐるぐるまわって20分、やっと見つけたのである。
743番のバスに乗り、バスのドライバーにタマキ・ドライブに行くことを告げ、さらに一日フリーチケットを買った。これは$9で、約\720である。しかし私の頭の中では、NZ$=\100計算だったので、9ドルは少し高いなーと。
バスドライバーは中国系であったが、かなり親切な人で、私が日本人でもフレンドリーであった。そして私がタマキ・ドライブのミッション・ベイに降りようとしたら、ここより次のところで降りたほうがいいよ、と教えてくれた。その言葉に甘えて次のバスストップで降りたのだが、本当に親切!最後はもちろん「Thank you very much!」と言ってバスを降りた。
オークランドは天候や地形、周りの環境等クライストチャーチと比べるとがっかりする面があったりするが、日本人に対してクライストチャーチよりフレンドリーだと思う。そこが他民族都市を表している。オークランドではやはり日本人が多いせいか、アメリカのロスのときと同じように浮いたりしなかった。
さて、タマキ・ドライブは。。。海が見えていてきれいなのだが、雨が激しくなったのでカフェで時間をつぶした。外のテーブルといすに、普通に鳥が留まっていたり、店内に入ってきたりした。ああ、NZは本当に平和なほうだな。確かに犯罪は多いらしいが、動物を見ると、住んでいる人たちの人間性がでているような。日本なんて、治安がいいと言われているけれど、都会に住んでいる猫などを見ていると、人間が近づいたら逃げるもんね。お互い、これらはいったいどういう違いなのだろうか???
雨が弱まりそうなところで観光客のバスが停まった。そこから、日本人と思われる人たちが傘をさしながら海を見ようとしている。だが、雨がまた激しくなってきたので、海を少し見てすぐにバスへ引き返していた。そこで私はまたしばらく待つことにした。
再び雨が弱まったので、私は腰を上げてカフェから出、タマキ・ドライブのミッション・ベイへと歩いていった。海はきれいだったが、晴れていたらもっときれいだったと思う。海に面してサイクリングまたはウォーキングできる道がある。手前には噴水があった。この噴水に関しては「地球の歩き方」には載っていなかったが。

夜になるのがとても早い。5時半でもう暗くなる。しかしオークランドは大都市なので夜でも明るかったが。街をぶらぶら歩いているところで、ルームシェアを一緒にしている人とばったり会った。彼女から、
「今朝、アジア人がこの近辺で打たれたらしいよ」と。
私はびっくりした。なんでこんなNZで、銃があるんだ、と。
どこでそんなことがあったか聞いたら、ヴィクトリア・パーク周辺だ、とのこと。そしてあの近辺はうろうろしてはいけないなど、インターンシップ先で聞いたらしい。たしかにオークランドは都市だからか、犯罪ももちろん多いだろうな、と。そして日本が治安がいいと見られている理由がなんとなくわかったような気がする。

その日の晩、何日かぶりに晴れた。そして、私が泊まっていたホステルの向かいから絶叫の声が夜遅く、何度もこだました。そこには、バンジー・ジャンプを逆さまにしたバンジー・ライドというのがあり、どうしてビルがたくさんあるところにぽつんとあるのか。しかも最初に上昇するところはものすごいスピードで上昇するため、かなり心臓に来ると思う。そしてぐるぐる前後に回転しながら急降下。心臓の次は胃が浮く。もし私が乗ったらもう生きてられないんじゃないかな。半分死んでしまうわい。

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4日目
オークランドを一時去るときが来た。しかもこのとき、晴れているし。
ホテルをチェックアウトして、インフォメーションセンター“アイ・サイト”へ行き、日本に帰るときオークランドで一泊をするのでそのためのホステルの予約をした。しかしアイ・サイトでできないということになった。なぜならオーナーがそれを拒否していること、予約者が自ら電話してほしいこと、そしてクレジットカードのナンバーを必ずそこで控えないといけないことだった。こんなホステルも珍しいなーと思いつつ、しかたなく自分で電話してホステルの予約をした。
お昼ごはんに、以前から気になっていた中華料理屋へ行ったのだが、あまりおいしくなく、しかも量も半端でないので、残した。この料理屋と日本料理とで迷ったのだが、日本料理は日本に帰っても食べられるかな、と思って中華にしたが、かえって失敗だった。
ロトルア行きのバスを待ち、バスのドライバーがお昼から戻ってきたら、予約表を見せて乗車する。その前に荷物をバスの下にいれた。私のような長期型旅行者は、スーツケースよりバックパックが本当に動きやすいと思う。今回、バックパックのリュックを買うお金がなかったので、しかたなくスーツケースで行ったのだが、オークランドのように坂が多いと不便だ。
この日は金曜日の午後だったが、バスはほとんど満席に近かった。しかもこの満席状態がロトルアまで続いた。さらに最悪なことに、道の途中で雨が降ってきた。また雨か、とあきれた。そうしたらバスのドライバーがNZについて色々話をしていたのだが、この時期は雨季で雨が多いらしい。ああそういうなのかーと。
ロトルアに着いたのは5時15分。やはり時間通りに着かなかったが、このことはやはりNZで、気にしてないようである。そこで私はピックアップしてもらうため宿泊先に電話したが、誰も出なかった。ロータリーに行ったり、公衆電話まで行ったり、そのようなことを繰り返していた。30分待っても全然宿の人が来なかったので、仕方なくタクシーで宿まで行った。徒歩20分のところを4.6ドル(約370円)だった。
なんで迎えが来ないんじゃーと思いながらレセプションへ行ったら、そこにオーナーが!しかも、何度もアイ・サイト前まで行ったがいなかった、と。しかし、帰りのときは必ず送ります、ということだった。
オークランドにいたときに泊まったホステルより親切な人でよかった。
最初、2つ部屋を案内するので好きなほうを選んでください、とのことだったので、部屋を見た。まず、外人家族の部屋。次にこれから来る日本人女性とシェアする部屋。私は迷いなく後者にした。外人家族だと、子供が騒いだりして落ち着かないと思ったからである。同じ日本人だと、物を使うときもきちんとしていて安心だと思ったのである。
ここはモーテル並みに広くて、キッチンとユニットバスがシェアで、テレビもあった。だが、多少汚いところもあった。洗面所の窓がクモの巣で汚れていたり。あと、台所用洗剤とふきん、スポンジもなかったし、ランドリーには洗剤が置いてなかった。たいていのホステルには置いてあるはずなのに。
仕方がないので、台所洗剤、スポンジ、ふきんは自腹でホステルにおくことにした。
夜9時半くらいに日本人が来た。その人は5月末までCHCHで語学学校へ通っていて、今はNZめぐりをしているらしい。まさに、典型的なNZ留学をしている人であった。しかも京都出身なので、言葉もきれいな京都弁だった。
シェアする人が、パリス・ヒルトンかニコール・リッチーみたいなはちゃめちゃ女でなくて、本当によかった。


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Traveling NZ -Auckland- Second Day - 2005年07月12日(火)

二日目
シェアした人が朝の6時に起きて、8時半くらいにインフォメーションセンターへ行きたかったらしい。そこで新しい、リーズナブルな宿泊先を探すために。だが彼女は時間を間違えて、9時に起きてしまった。時間を日本の時間のままにしていたらしい。
時差は日本より3時間進んでいる。10月の第1日曜日にサマータイム実施のため一時間繰上げされる。サマータイム時期は日本との時差は4時間になる。サマータイムが終わるのは3月の第3日曜日。私はあいにくサマータイムによる時間調整にあったことがない。だからどんな感じなのかよくわからないのだ。
私もインフォメーションセンター(以下アイ・サイト)へ行く用事があったので、彼女と一緒にスカイタワーにあるアイ・サイトへ行った。私はバスの時刻表をもらいに、そして次の旅行先であるロトルア−オークランド間のコーチバスを予約するために。だが、予約をしたあとに気づいたのだが、オークランドとロトルアの間のバスで、ツチボタルの鑑賞が出来る1日1便のコーチラインバスがあったらしい。あとで気づいた上に予算があまりなかったのであきらめることにした。
シェアした彼女は、今の宿泊先があまりにも高いから、宿泊先を変えることにした、とのことだった。今の宿泊先は無予約でチェックインしたので45ドルだったらしい。そこで安いところを探そうと思いつつどうすればいいのかわからないといっていたので、私がアイ・サイトを勧めたのだ。
それから彼女が来て、新しいところを見つけたのでそこへ移ることにした、と言った。私は少し寂しかったが、状況からして仕方がないのかな、と思った。彼女は30ドルで泊まれるホステルを探しているとアイ・サイトのスタッフに言い、探してもらったらしい。だがやはり、スタッフがチェックし終えたあとの言葉が、「この時期安くとも35ドルのしかない」ということだった。
やはりイングランド・ラグビーチーム「ライオンズ」が来ているせいか?私が日本から国際電話などでオークランドのホステルを探したときに、あるホステルのスタッフが言っていたこととまったく一緒であった。安いホステルがもう満室なんだな、と。

彼女と別れて、私はオークランドミュージアムへリンクバスを使っていった。リンクバスの値段は1.3ドル。最近「地球の歩き方」に載っている値段より高くなっているところが多い。リンクバスの運賃が1.2ドルと書かれていたのに。さらに最近、NZのドルの価値が上がってきているそうだ。
この日も雨が振ったりやんだりしていた。CHCHに留学していたとき、ホストマザーから、「オークランドは常に雨が降るのよ」と言っていたのを思い出した。まさにそのとおりであった。しかもこの時期は雨季らしい。日本で言えば梅雨。折りたたみ傘をさしてバスを待った。港に近いバス停だったので横から急に風が来た。傘が壊れないようにした。
リンクバスは、オークランドのダウンタウン周辺を循環する、さらに主要地から主要地へと路線が敷かれている。一律1.3ドルなので、遠くへ行けば行くほど安いかな?
そこで偶然、ライオンズの追っかけらしき人たちも待っていた。リンクバスがきたとき、彼らもミュージアムへ行くつもりだったようだ。一緒に乗り合わせていた、すこし小汚い感じのおじさんが、「次はミュージアムだよ、降りたらすぐ右へ曲がり、道なりに進めばいいよ」と、私だけでなく、他のみんなにも話していた。

空港では、知らない人がいきなり、「あなた○○(中国っぽい名前)?」と聞かれたり、「オークランド大学の学生?」と聞かれたりした。ホストファミリーとなる人が学生を探していたが見つからず、その人らしき人を見かけては声をかけていたらしい。
だが、私は、留学のときよりも今回の旅行&滞在でキウイの人たちからすごくよく声をかけられた。数など覚えていない。

さて、ミュージアムに行ったら、思いがけなくその中にカフェがあったので、ミュージアムを回ったら行くことにしたのだが。。。
NZのミュージアムはそんなに大きくないなんて思っていた私が馬鹿だった。早く回り終えるから、回り終わったらお昼ご飯をカフェで食べようと思ったのだ。しかし館内は思っていたより広かった!
Ground Floorはマオリの彫刻や狩のときの武器、装飾品や発掘品などが展示され、さらにマオリの神が祭ってあるといわれている模型の教会の内装があった。そこは靴を脱いであがらなくてはいけなかった。しかし模型なので写真は撮影しても大丈夫だった。さらに別のところへ行くと、マオリのカヌーがあった。カヌーの船尾は彫刻が施されている。カヌーの大きさだけでも迫力があったのでその迫力振りを引き出すつもりで写真を撮ってみた、とはいってもデジカメの電池が切れたので、携帯のカメラで。
次に、1st Floorへ。そこにはニュージーランドに生息する動物などの剥製が。これはカンタベリーミュージアム(In Christchurch)にもあったよね。さらにNZに生息する海の生き物が水槽で飼われていた。カニとか。
剥製は、もちろんキーウイやタカヘ、プケコ、ケアなど。NZを代表する鳥が多かった。ペンギンの模型もあった。
最後に2nd Floorへ。そこには第二次世界大戦に関する資料や実物にとても近い飛行機2機、そして日本兵についての資料映像が流れていた。私はこのような展示物を見ると本当に複雑な気持ちになる。日本がいかに馬鹿な行為をしたことか。これをみるたびに、戦争なんて、なんてむなしい、なんておろかなことだろうかと。傷つくのは弱い人たちだし、いいことなんて何一つ残らないでしょう。戦争によって重工業の生産が向上するという話を聞くけれど、生産を伸ばす方法なんてほかにもあるわけだし、悲しみだけが残る戦争なんてもうまっぴら。私は戦後の生まれだけど、戦争に関する色々な話を聞いたり読んだり見たりしているだけで目を背けたくなる。

さて、ミュージアムを回って3時間たってしまったが、カフェへ行って、お昼は食べた。キッシュを食べたが、あそこのは、一切れでもけっこうボリュームがある。だから一切れだけ食べることにした。晩御飯までそれほど時間が空くわけではなかったので。
オークランドまで行ってもなお、こんなもんなのか?
私の周りに座っていたアジアっぽい人たち、みんな日本人だった。
1テーブルには3人の男性、もう1テーブルには女性が。しかも仕事関係の人たちで。

ミュージアムを去って、それからどこにいこうかあまり考えていなかった。雨ばっかり降っているので、とくに行くところもなく。ただ、スーパーマーケットにまだ行ってなかったので、リンクバスに乗れば着くと聞いたことがあったので、それに乗って、スーパーがみえるまでずーっと乗った。乗車して約45分、New Worldが見えたので、降車するために窓に吊り下げられている紐を引っ張って、バスから降りた。値段や品揃えだが、Paki'n Saveとほとんど同じだった。
そこで偶然、同じBackPackersにとまっていた女の子がいて、ひょんなことで一緒に買い物することになった。彼女は和歌山から来た人で、以前はオーストラリアでワーホリで滞在していたらしい。だがビザが切れたので、今度はNZでワーホリで滞在するということだった。オークランドが雨ばかりなので少しへこんでしまった、と話をしていた。
私ももし、ワーホリ制度を結婚前に知っていたら、たぶん結婚を延期して、たとえ親に反対されようとも、一年滞在していたかもしれない。彼女がとてもうらやましかった。

ところで、パンテーンのトリートメントだが、以前はいろいろな種類のがおいてあったのに、何で今は一種類しかおいてないんだ?しかも10.98ドル(約880円)。最近こういった物が徐々に高くなってきているような。





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Traveling NZ -Auckland- First Day - 2005年07月11日(月)

初めての北島。なぜか私が行きたかったところは、オークランドとロトルアだった。ロトルアの場合、写真でだまされたかんじ。Wai-O-Tapu Thermal Wonderlandの紹介で掲載されていた写真だが、Shampan Poolが巨大な池を連想させていたのだが。。。まあ確かに巨大を連想しなければすごいなーなんて思っただろう。
さて、今回のNZめぐりは。。。
前回ははじめてのNZ、初めての留学とあって、最初は本当に大丈夫か?というくらい東京の夢をよく見ていた私。しかしだんだん慣れていくうちにそのようなことはなくなり友人も出来、英語もなれ、旅行もしまくった。だがそれは南島に限ってのことだった。
今回のNZめぐりは、たまたまな出来事があって、格安航空券購入決定時に調べた最安値額が73600円、AUとNZ内DomesticAirlineもプラス6000円で買える格安航空券をゲットしたこと。だけど、燃油チャージと成田空港税そして航空保険等お高くついて91450円となってしまった。だがこのおかげで行ってみたかったオークランドにも行くことが出来るようになった。
今回のエアラインは、キャセイ・パシフィック・エアウェイズ。
これで3回目の利用となった。しかし私はキャセイのマイレージはためていない。JALのマイレージを作ってもしかたがないし。キャセイのマルコポーロ会員になる気がない。すでにANAを持っているのでそれらは作る必要がないかなと思って。
キャセイは、1回目は東京−香港、2回目は東京−香港−ロンドン、そして今回は東京−香港−オークランド。それで、、、
オークランド行きに搭乗するとき、搭乗者が圧倒的に中国人が多いのにはまいった。マナーあまりよくないし、愛想悪いし。。。なんか日本人だとわかったのかすごい愛想悪い。おまけに強い。少数に欧米系の人、そして最少数に日本人だった。ロンドンのときは圧倒的に欧米人が多かったのに。それでもマナーあまりよくないのがちょこちょこいた。
となりのひとは中国人だったが、よく寝ていたので迷惑がかからずよかった。若い人で。

1日目
夜中をまたいでのフライトでなおかつそんなに寝れなかったので、オークランドに着いたときは少し参っていた。空港からダウンタウンへいくのにバスを探していたら、タクシーのおじさんがやってきて、乗っていかない?ときいてきたが、空港からコストが結構かかる、タクシーが異常に高いのとあって、断った。たぶん25ドルから30ドル(=\2000〜2400)すると思って。AIRバスを待っていたらやっと着たわ。日本のバスより1.3倍大きい!規模が違うね!AIRバスは片道15ドル、往復22ドルで、往復券の有効期限はない。だったら往復券を買っておけばよかった!片道を買ってしまった。
宿泊先はスカイタワーから徒歩3分のバックパッカーズホステル。スタッフのわかい女性がとてもかわいらしかった。そこへオーナーがやってきたが、気が強いよ。。。しかもあまり親切ではない。他の日本人宿泊者もあのオーナー結構強いよね、と。やはり思っていることはみんな一緒だった。

この時、イングランドからラグビーチーム「ライオンズ」が来ていて、その追っかけなどがこのNZまでやってきたため、オークランドのアコモデーションが高騰し、予約もしにくくなっていたらしい。しかもこのようなイベントは12年に一度。私は最悪のタイミングでこのオークランドに行ってしまった。
とまりたかったバックパッカーズが満室でしかたなくちょっと高いといわれているホステルに予約した。そこは4人部屋で予約で35ドル、無予約で45ドル、しかもドーム10人部屋で無予約だと40ドルだったそうだ。これはこのような繁忙期でなければ4人部屋でも予約で25ドルからになっているそうだ。

私は日本から予約したので35ドルだった。4人相部屋で、3人でシェアしたのだが、みんな日本人だった。そのうち、私と同じ日にチェックインした人2人と一緒になったので、話をしてみたら、ワーホリで来た、インターンシップで来た、とのことだった。そのうち一人が初めてのNZで、しかもNZが暑い国だと思っていたらしい。それを聞いた私が逆にびっくりした。ちゃんと気候を調べたか聞いたら、ヤフージャパンの世界の天気でしか調べなかったらしい。
「地球の歩き方」に一日の気温差が激しいことや、南北間の気温差が激しいこと、オークランドでは冬は日本ほど寒くはないが、朝晩が冷えるのでコートは必要、など書かれている。
そう、NZは日本と同じく、南北間でも気温差が激しく、さらに一日の気温差が激しい。雨の日はそんなに気温差が激しくないが、晴れた日はかなりある。朝夜が3〜6度、昼が12〜14度、といったかんじに。しかし一年の気温差が日本ほどない。オークランドでは夏は30度、冬は14度(ともに最高気温)、クライストチャーチでは夏は26度、冬は11度(ともに最高気温)。
気温差が激しい理由は、昼間は太陽の光線が強いことと、それとは反対に西から吹く風が冷たいことである。夜になればもちろん風だけ。だから昼は暖かく朝夜が寒いのである。

そこでその人は、コートを日本から持ってこなかったため、現地でフリースを買うことにしたそうだ。だがWarehouse(AU&NZのディスカウントショップ)に行っても、29ドルのフリースを見て、素質がそんなによくないのを知って迷っていた。

National Bankのビル9Fにアジア人向け外貨両替室がある。ここでは外貨両替のほか、振込やその他金融に関する相談などをアジア人向けに承っている。そこで私はトラベラーズチェックを現金に換えるため手続きをした。ホステルで知り合った人と一緒にそこへ行ったのだが、彼女は日本円のトラベラーズチェックを持ってきていた。私はわざわざオーストラリアドルのT/Cにして持ってきていた。日本円のにしておけばよかったかな?
それを受け付けていた女性スタッフは神田うのに似ていた。とても愛想がよかったので私は別に気にもしてなかったのだが、連れの彼女は、そのスタッフのかわいい感じの仕草に引いてしまったらしい。受け方は人それぞれだが。

インターネットカフェへ行きオンライン予約した海外保険の証書を印刷した。本紙を日本へ置いてきてしまったのだ。インターネットカフェは一時間で2ドルなのでクライストチャーチ(CHCH)より安い。もちろん日本のよりはるかに安いが。インターネットカフェは、宿泊先のホステルから5分以内に3件見つけたが、たぶんもっとあると思う。
1日目はせめてスカイタワーだけでも見よう、と思っていたが、手続きや準備などで時間が過ぎてしまった。まあしかたがない、ちょうど着いたばかりだったし。


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