2005年05月09日(月) |
かすみゆく日々:The Mirror |
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Gustavoの滞在最終日。彫刻家の友人と鎌倉までドライブしてきたらしい。腹が減ったとのことで、六本木ヒルズで鮨を食べさせることにする。目の前に板さんがいる席につけたのを幸いと、会話しながら酒を飲む。Gustavoは、煮切りを塗る刷毛に興味を惹かれたようだ。「こういう種類のPaint Brushが欲しかったんだよ。どこで買えるの?」「多分、河童橋あたりかな。でもこんな料理用のBrushで絵が描けるの?」「もちろん。」板さんにどこで売っているか訊くが、よくわからないとのこと。外人接待の定番、活け造りの海老の鮨など食わせて、驚かせるのを忘れない。これはお約束。八海山や久保田、浦霞をしこたま飲み、遅くまで。友人からのTel。途中から参加する予定だったが、疲れてしまって、参加できないとのこと。
その後、森美術館の売店に行く。Gustavoは、マシュー・バーニーのDVD(残念ながらあの有名なクレマスター五部作のDVDではない)や、日本の音楽CDを購入。客が少なかったこともあって、店員にお願いして売っているCDを色々かけてもらう。ほとんどはAmbient系のものであるが、中でもコーネリアスのCDがいたくお気に入りであった。製作中に掛けるCDを探しているのだとのこと。マシュー・バーニーは、今度ビョーク(マシュー・バーニーの私生活上のパートナーでもある)と金沢でperformanceをやるらしい。
さすがに森美術館は終わっていたので、Observatoryへ。Sunset Cafeでビールを頼み、夜景を見ながら馬鹿話を続ける。Portugueseができればよかったなと思うことしばし。また6ヶ月後に今度は日本での展覧会のために来るとのこと。そのときに会うことを固く約する。
帰りに、無理を言って日本の画廊に納入する予定の彼の作品を一点購入する。以前NYで会ったときに欲しかったシリーズは、ロンドンでの個展の際に全て売切れてしまったとのことで、今回の葉新しい「Mirror」というシリーズ。予想通りのできばえで、非常に良かった。帰宅。
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2005年05月08日(日) |
かすみゆく日々:First Contact |
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Gustavoと原宿へ。今日は本場のOtakuカルチャーの現場を見せる約束だ。彼は、Otakuに取材して、そこから何らかの芸術作品へのインスピレーションを得たいと考えているようだ。できれば、撮影してそれを芸術作品へ加工したい、などという。少しズレているような気がするものの、彼の言わんとすることも、理解できないわけではない。というのは、日本のサブカルチャー、特にコスプレなどのファッションをめぐる部分においては、日本のみならず、NY、Paris、Londonのデザイナーなどに少なからぬ影響を与えている部分があるし、また、いまや日本の若手芸術家の顔となった感のある村上隆を初めとするキャラクタリズムの流れは、現代美術の最先端を理解するうえで有意義だからだ。私はその世界にはまったく不案内であるが、事前のリサーチの成果を活かして、原宿から明治神宮に続く橋の上へ向かう。
期待通り、コスプレをした女の子たち(ゴシック・ロリータと呼ぶのだろうか?)がたむろしている。Gustavoは大喜びで、「トテモOtakuデスネー!」と、私の耳元で小声の日本語でささやく。昨夜、あらかじめ「Otakuというのはネガティブ・ミーニングを含む場合もあるから、コスプレをしている人々を発見しても指差してOtaku!!などと言わないように」と言い含めておいて本当によかった。
早速取材開始。Gustavoは彼女らの写真を撮っていいか訊いてくれと頼む。仕方がないので、通訳して回る。彼がブラジルから来たアーティストで、日本の文化に興味を持っていることなどを説明し、写真やヴィデオを撮ってもよいかと尋ねる。
そのうち、彼女らにインタビューをしたいと言いだした。何故こういう恰好をしているのかとか、どこでその服を買っているのか、撮影した写真やヴィデオをブラジルでの展覧会にアートとして展示してもよいか等、通訳する。声をかけるだけでも恥ずかしいのに、さらにこういう突っ込んだ質問をするのは実に気恥ずかしい。が、これも芸術のためなら仕方あるまいと観念する。
彼はここで撮ったものをArt Worksに加工するつもりでいる。Otakuカルチャーと現代美術の融合は頭ではかろうじて理解できるものの、どういった作品になるのか想像もつかない。彼の作風に悪影響を与えないことを祈るのみ。結局5・6組くらいのコスプレをしていた人々に声をかけ、写真やヴィデオを撮影する。こんな機会は滅多にないので、途中からは楽しむことにした。
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その後、竹下通りを案内する。いきなり、路上をスキーを履いてストックを前後に動かし、若者で混雑する坂を上ってくる白人に出くわす。もう一人、相棒のような白人がヴィデオカメラを回してそれを撮影していたから、おそらくこれもパフォーミング・アートの一種なのであろうと推測する。通り過ぎるみんなが目を丸くして見ているのが面白い。
一通り原宿を案内し終えて今度は表参道の方へ。Fujimamaでカレーなど。店員が日本人でなく、英語が通じるので助かる。おいしいカレーを食べて彼が一言。「トテモ、Otaku、デスネー」いや、Gustavo、それ、間違ってるから。昼食後、次なるOtakuの聖地、秋葉原へ向かう。ガイドブックにも紹介されている、メイド喫茶を観察するためだ。しかし、入り口までたどり着いたものの、そこで我々は挫折した。免疫のない我々にとって、その世界は余りにも濃すぎた。
秋葉原を去って今度は東京タワーへ。増上寺経由で東京タワーの根元まで行き、そこで写真。残念ながら、あまり時間が残されていなかったので、展望台に上るのは次回に。あわてて晴海方面へ向かう。友人とその妹と合流し、予約しておいた乗り合いの屋形船に搭乗する。
最後に屋形船に乗ったのはいつだったろう。修習生の時の前期の打ち上げのときが最後だったかもしれない。もうあれから7年近くが経つ。船は晴海を出発し、お台場でしばし停泊。次々と運ばれてくる新鮮な刺身やてんぷらに舌鼓を打ちつつ、日本酒を飲みまくる。程よく酔いが回ったところで、南京玉簾などの伝統芸能の披露がある。誰か参加しませんか、というので、Gustavoを推薦する。彼は持ち前のラテンのノリでやってみるが、なかなか上手くいかない。しかし、彼が失敗するたびに初対面の乗り合いの人々が喝采するので、場が和んで大いに盛り上がった。
Gustavoには、日本の様々な側面を味わってもらいたいと思う。明日が最終日だ。 My追加
2005年05月06日(金) |
かすみゆく日々:Gustavo来る |
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ブラジルのアーティスト、Gustavo von Haがサンパウロより来日。Gustavoは、この日記の上のリンクを参照すればわかるが、ペインターでありながら、マルチメディア・アートをよくする芸術家である。ガラスに書かれたボトルの連作が最近の代表作である。
表参道で待ち合わせをして、彫刻家の友人と一緒にいるところに合流。もとはといえば、この友人がサンパウロに留学中にGustavoと知り合い、その後、NYCに来た折に会ったのが交流のはじまりである。
Gustavoは変わっていなかった。相変わらず快活な様子。表参道でお茶をしてから、神楽坂の黒塀の小道の奥にある居酒屋に連れて行く。日本酒がいたく気に入った様子。途中から、NYCで会ったM氏とその友人の銅版画家が合流。M氏とその友人もブラジル人であるが、日本語も話せる。現在は留学中。かくて、我々はポルトガル語(6割)と英語(3割)と日本語(1割)で喋るという実にわけのわからない会話をすることとなった。良く聴いていると、ポルトガル語もフランス語に近いところもあったりして、ごくわずか話の内容が推測できることもあった。しかし、やはりほとんどは判らない。幸い英語が共通言語であるので、判らないところは英語で会話する。
日本人は信じられないほど親切だね、という。聞いてみると、新宿で道に迷って、通りがかりの若い女性に道を尋ねたところ、なんと手を引いてタクシー乗り場に連れて行ってくれたという。「しかも、それだけじゃないんだ」とGustavo。「その後、お礼を言ってタクシーに乗り込もうとすると、タクシー代だからといって2000円を渡されたんだ。もちろん、びっくりして断ったけど、断りきれずに結局受け取ってしまった。」それは実に信じられない出来事ではあるし、美談なのかにわかに判別できない。しかし、私はこう言った。「Gustavo、別に日本人がみんな親切というわけじゃなくて、それは君だから親切にしたんだよ」(注:彼はスイス系ブラジル人ですこぶるいい男である。)
その後、日本のビールが飲みたいということで別の居酒屋へ。村上隆の話から、日本におけるオタクカルチャーの話に飛び火。Gustavoはいたく関心を持っている様子。確かに、現代美術の一つの流れとして、キャラクタリズムや、シミュレーショニズム、アプロプリエーションという現象は世界的に起きているし、日本を発信地とするMangaカルチャーと現代美術との関係は、かなり密接な部分がある。オタクは原宿にいると聞いているが本当か、というので、多分、週末の午後に原宿に行けば会えるはずだ、と請合う。
日曜日の午後に原宿で会う約束をして別れる。
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