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2003年11月30日(日) 留学日記:カフェ開店



Philadelphia_20031130

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最近オープンしたばかりの小さなカフェでよく勉強をしている。初日から通っているので、店に入るなり店員にも「またいつものカプチーノ?」と聞かれる。スターバックスほど大衆的ではないが、禁煙であるし、インテリアがシンプルかつシックで素敵だ。人が少ないのも僕にとっては望ましい(やっていけるのかやや心配であるが)。またひとつ、こうして僕は街に馴染んでいく。






2003年11月27日(木) 留学日記:サンクスギビング・デイ




友人たちを車に乗せて、フィラデルフィア郊外のBrian宅へ。少し早く到着したので近くのTemple大学Ambler校に立ち寄ってみることにする。小規模の田舎の学校という風情がある。本当に何もない。休日ということもあって学生もいない。

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サンクスギビングがどんな行事であるか日本ではあまり知られていないが、こちらでは家族のもとに帰省して一日ゆっくり過ごすことになっている。日本の正月のようなものと思えばまず間違いない。Brianのご両親や家族、近い友人たちがのんびりとくつろいでいる。家の中の調度品は、典型的なアメリカの家庭のそれという印象。まるで自宅にいるようにcosyでconfortableである。

George Nakashima作の味のある長テーブルに、Turkey、Corn Bread、Stuffed、Sweet Potato、Cramberry Jerryといった伝統的Thanksgiving Dinerが並ぶ。この場合のDinerは夕食といった意味ではなく、午餐とでもいうべきだろう。昼下がりからスタートするのが普通とのこと。

デザートを食べ終わると再び歓談。Brianの友人がカードマジックを披露してくれたが、何度見ても種が分からない。

午後6時ころまで、暖かなもてなしを受けて心も温まって帰宅。






2003年11月26日(水) 留学日記:サンクスギビング前/凡庸


明日はサンクスギビング・デイ。

こちらの家庭に招かれているため、手土産のワインを買出しに行く。結局郊外のArmishのマーケットで売っていたピノノワールにしてしまった。こちらに来てから飲むワインは、赤ならジンファンデルばかりだったのであるが、店員の熱心な説明にこれを手にしてしまった。この土地の人にこの土地のワインを土産にするのが正しい態度であるかは疑問があるところだが、まあいい。

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「凡庸」というキーワードでこのサイトにたどり着いた方がおられて驚く。何しろgooでの検索でtopになっていたのだ。複雑な気分。






2003年11月19日(水) 留学日記:強風/セミナー論文




強風の一日。ロースクールの中庭に敷き詰められた枯葉が舞い上がっている。

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そろそろ試験が近づいてきた。その前に、Legal Writingのクラスの最終課題であるBriefを仕上げ、Cyber Crime Seminarの二回目の論文を書き上げなくてはならない。前回は営業秘密法制の日米比較をテーマとしたが、今回は、刑事、民事の側面からのISPに対する情報開示請求について取り上げようと思っている。サイバー犯罪に関連させつつ、民事にも関わる事項を取り上げないと、少なくとも私には意味がないので、テーマの選定は結構難しい。






2003年11月16日(日) 留学日記:郊外のモール/iPodレビュー再び


iPod 10GB w/Bang & Olufsen Ear Phone A8

運転に慣れる目的も兼ねて、東海岸で2番目の規模というKing of Prussiaというショッピングモールに行く。こちらでは、市販の地図が不正確で、かつ標識もあまり親切でないので難儀をするが、何とか滞りなく到着。

何もない郊外の広大な土地にMacy'sやLord&Taylor, Bloomingdale, Strawbridgeといったデパートが8個立ち並ぶ様は壮観。ためしにMacy'sに入ってみると、買い物客も余り多くなく、余裕を持って買い物が楽しめる。センターシティの店とは違って、どこも清潔で快適。一日で全て回るのは不可能。ようやく気に入ったカトラリー一式を購入できた。冬に備えて厚手のコンフォートも購入。ついでに足裏マッサージ器も。

モール内にBang & Olufsenの店があったので、立ち寄る。日本で、赤坂に出来た店にも何度か行こうとしたが、なんとなく敷居が高くて断念したことを思い出す。iPod用に前から欲しかったイヤホンを入手。169ドル也。

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帰宅後、iPodにiTunes経由で曲をインポート。モールに行く前夜に、車内で聴くものを転送してあったのだが、この際なので手持ちのCDライブラリから良く聴くと思われるものを全てインポートする。アルバム名での表示、artist名での表示、曲名での表示が可能。その他、作曲者や演奏者でのソートもできる。Artist名を表示して、改めて、Bud Powell関係とBach関係が多いことを再認識。

曲のプレイリストのカスタマイズが色々可能で、その編集作業自体が一つの楽しみになっている。CD情報のライブラリもかなり豊富で、いちいち手で入力する必要がないのも好感が持てる。もちろんマイナーなものはCDデータベースに入っていないので、自分で入力しなければならない。(Xacaraはデータベースになかった。といってもどれだけの人が知っているだろうか。)

懸念のバッテリの持ちも悪くない。4時間連続使用にも耐えた。用途にもよるが、私の使用目的からすれば、喫茶店で勉強するときや移動中に聞くだけなので十分と思われる。

それにしても、自分のCDライブラリが手のひらに納まってしまうというのは、不思議な感覚だ。実家に置いてあるCDも送ってもらおうかなどと考え始めている。

追記:
そういえば、MicroSoftもオンライン音楽へ正式に参入することを決めたようだ。日本ではどうなっているのだろうか。明らかに立ち遅れているだろうが。






2003年11月14日(金) 留学日記:iPod 10GB 購入/車の受け渡し


授業後、iPod 10GBを購入。当初は20GBを購入予定であったが、在庫がなく気が変わった。269ドル也。帰宅して早速インストール。コンフィギュレーションの調整とデータの転送を掛けていると、友人達との約束の時間に遅れそうになったので、慌てて充電途中のiPodを持って出かける。チャイナタウンへ。音質はまずまず。クール。

チャイナタウンでは上海料理を食す。珍しいことに、客が我々以外にほとんどいない。日曜の昼は満席で入れなかったとのことなので、金曜の夜に上海料理を食べにくる者は多くないのだろう。

まともな中国料理をフィラデルフィアでお目にかかったことはない。この間数人で食べたフュージョンのチャイニーズは酷かった。ZAGAT Surveyではチャイニーズの中では最もランクが高かっただけに失望も大きかったのである。今回の企画はそのmake-upのために台湾人を含む友人達が企画してくれたものだ。目当ての小龍包はいま一つであったが、キャセロールはけっこういけた。

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明日は車の受け渡し。まったく土地勘のない場所で受け渡しをするので多少不安である。こちらで右側車線での運転をするのも初めてである。明日の無事を他人事のように祈っている。

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久しぶりに短い文章をアップした。友人の日記にインスパイアされて作成したフィクションであることを予めお断りしておく。






2003年11月13日(木) 掌編小説:窓を開ける


まどろみから醒める。暗い。部屋の照明を点けていないせいで、窓の外がやや明るく感じられるが、海辺にかかる低い雲ばかりが見えて暗いことには変わりない。落日には早すぎる。が、陽光が遮られて、まるで日暮れ時のように暗い。このコテージの海に面した側は天井から床までガラス窓だ。リビングの窓を開ける。涼しいというにはやや肌寒すぎる空気が流れ込む。近いはずの海の香りは一切感じられない。幾筋か、厚い雲を割って海上に光線が投げかけられているが、それもわずかだ。彼女はその身をソファに横たえている。まださほどの時間が経っていない。赤みがかった、だが白く細い喉がかすかに揺れ、胸が規則正しく上下しているのが見える。再び窓の向こうに目を向ける。湿った砂浜には、足跡のようなものがわずかに黒いしみを残している。人影は見えない。海流が冷たすぎるからだ。このあたりの海流は、夏でも生命の維持に必要な体温を奪うといわれている。橋から身を投げた者は、複雑な海流に呑まれ、冷えた海底から二度と浮かび上がってくることはない。

−何が見えるの。

不意に背後から異国語で声を掛けられる。僕は凝固する。

−何も見えない。何もない。ただ・・・

振り返らずに答える。そして言うべき言葉を見失い、言い淀む。彼女は瞼を閉じたままだろう。彼女の反応はない。答えの続きを待っているのかどうかさえ判らない。耳を澄ます。海鳥の声が聞こえてくる。が、その姿はない。かすかに霧笛のような音が響いている。が、それが本当に霧笛であるかどうか確かめるすべはない。霧は出ていない。コテージ内の空気が冷え始める。LPプレイヤーの回転が続いている。とうにレコードは終わっているが、いつ終わったのか判らない。音楽の終わりに気づかなかったのは彼女も同じだろう。心地よい擦過音がスピーカから低く聴こえている。彼女の反応はない。窓の向こうに何があるのかを聞いているのではない。現実に窓の向こうに存在するものと僕に見えるものとには隔たりがある。それは彼女も理解している。理解しているからこそ、僕らはここにいる。遠くを眺めているうちに、そこに何かが見つかるかもしれない。不自由な言葉による答えを必要としない何かが。僕はそれまでは沈黙を続けることに決める。






2003年11月05日(水) 身辺雑記:全てが霧に隠れてしまう前に




朝起きると、自室の窓から見えるはずの二つのタワーが消えていた。全ては白く冷たい霧のなかだ。高層階に住んでいるとこんなこともある。

観察していると霧にも濃淡があるのがわかる。それが流れていく。流れていくそばから、次の深い霧が視界を閉ざす。そして、意味もなく全てを覆い隠す。今日の授業はないが、外出したい気分でもない。こめかみが痛む。少々消耗しているようだ。心が弱っているのかもしれない。引きずり込まれるようにして思考の底の方へと潜航していく。形容しがたい無形の概念の領域を、検証済みの記号を頼りに訪ね歩く。無駄に終わる。どこからか、少し遠くから音楽が聴こえるような気がする。音の出所はわからない。陽気なジャズ・トランペットのはずだ。だが、霧のフィルターを通すと、それすらも哀切に響く。

認めよう。確かに僕は今朝、消耗しきっている。いや、今朝に限った話ではない。時間が意味を剥奪されてただ消費され続けている。異国語とまどろみのなかで日々は過ぎていく。衝動的に、価値の変わらない何かを、永遠に続く可能性を求めたくなる。それが例え幻想に終わるとしても。霧は全てを覆い隠そうとする。出発しなければならない、全てが霧の奥に隠されてしまう前に。







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