ぽあろの文芸日記

2002年07月07日(日) 七夕の雲(短編)

 町のあちこちで、笹の葉と色とりどりの短冊が、ややぬるめの風に吹かれてゆれている。アキオは、待ち合わせは駅ビルの中にしておけばよかったかな、とすこし後悔しながら改札口に突っ立っていた。待ち合わせ用の大きな時計は、周りに大勢の人たちを従えて、3時を10分ほど回って指していた。
 ミツヨを待つことには慣れている。アキオも二十歳を過ぎて、いくぶん気が長くなったのかもしれない。二人がこうしてときどき会うようになって、もう4年くらいたっている。どちらかに恋人がいるときも、どちらかがこの町を離れていても、二人は思い出したように連絡を取り合って、この時計の前に来る。これまでと違うのは、今日の場合はどちらにも恋人がいなくて、どちらもこの町を離れている、ということだ。
 アキオの後ろから、頭を軽くこづいたのは、やっぱりミツヨだった。いつもこうして後ろから現れて驚かせる。アキオだって、その辺はじゅうぶん気をつけているのだけれど、ばっさりと髪を切ってしまったミツヨは一瞬ではわからなかったらしく、そのことはミツヨをすこしだけ不機嫌にしたのだった。
 ミツヨの不機嫌は、他にもあった。例によって、アキオは今日何をするかを何にも考えていなかったからだ。いつもいつも、前もってプランはアキオに任せるといっているのに、どこに行くかから揉めなければいけない。ミツヨはこれでも、男の子にリードされるほうがうれしい、と思っている女の子だ。でも昔から知っているアキオにすれば、遠慮するのはこっちのほう、ってことになるらしい。ついでに、アキオにとっては、すこし不機嫌なくらいのミツヨのほうが可愛い、ってのもあるようだ。
 改札口でさんざん揉めて、結局いつもの喫茶店に二人は入った。揉めるときは同じくらいの口数でも、いざ座ると、ミツヨの方がいくぶんおしゃべりになる。ミツヨのモトカレの悪口を聞かされると、アキオはなんだか自分が責められているような気分になって、思わず反論してしまったりする。そこでその話は途切れ、しばらく二人は笑いあう。そんなことを、ここ4年も二人は繰り返している。
 ミツヨがお手洗いに立っているあいだ、アキオは窓越しに七夕の町並みを眺めながらため息をついていた。これでも多少はロマンチストだと、アキオは自分をとらえている。七夕の夜、天の川が見える公園あたりで二人きりになれたら自分の思いをミツヨに伝えよう、そう決めたのは三日ほど前だった。夕暮れにさしかかりかけている町の上には、どんよりと雲が覆っている。まあ、あわてなくてもいいや、とアキオはコーヒーを飲み干した。
 ミツヨはミツヨで、化粧室でため息をついていた。これでも多少はロマンチストだと、ミツヨも自分をとらえている。七夕の夜、天の川が見える公園あたりでアキオが告白でもしてくれたらオーケーしよう、そう決めたのはやっぱり三日ほど前だった。けれど天気も悪いし、アキオにそれらしき気配がこれっぽっちも見えない。まあ、今のまんまでもいいか、とミツヨはコンパクトをバッグにしまった。
 ずいぶんと喫茶店でねばって、外へでたのはもう夜といっていい暗さだった。二人は駅まで引き返して、いっしょに改札をくぐって、またね、と反対方向のホームへと別れていった。二人とも、今くらいの距離をけっこう気に入っている。雲の向こうでは、織姫と彦星が申し訳なさそうに、こっそりとデートしている。


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