マンガトモダチ
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2004年02月09日(月) |
第27回 生きるススメ |
○戸田誠二『生きるススメ』
生きるというのはハードなことだ。日々は迷いのなかにあるが、しかし、それでも悩んでる暇のないスピードで生きなければならないので、とてもハードだ。だけど、ときどき聞こえてくる福音が、ほら、また僕や君を必死になって生かそうとしてるんだ。 戸田誠二は、インターネットでマンガを発表している人で、この『生きるススメ』は、そこで読むことのできた短編にいくつかの読み切りを加えた、はじめての単行本である。短編とはいっても、ほとんどが1ページか2ページほどのものであり、まるで過ぎ去ってゆく毎日のなかで見つけられるような、ささやかな福音を描いている(第2章に付せられた章タイトルは『1Pほどの毎日』だ)。ここで起こることは、時と場合に違いこそはあれ、誰にでもあり得ることなんじゃなかなあと思える。死に接近した作品も収められているけれど、軽妙なユーモアが絶妙に噛ませられていて、シリアスさに胸が潰れてしまう、そのような暗さに覆われてはいない。苦しむこと、悲しむこと、後悔すること、それらが自然な感情であることを読み手に受け入れさせる、まるでそんな優しさと明るさに溢れている(ただし、その優しさと明るさは、ある種の宗教にも似た感覚を持っているので、そこで躓く人もいるかもしれない)。 僕は、この短編集のなかでは『Don’t Trust Over 30』という5ページの作品がいちばん気になる(年齢的な感情移入というのがあるとしても)。タイトルから察することができるように、30代を目前にした人物の話で、彼には仕事もあり、恋人もいる、そうした日々に不満を抱いているわけではない、ただ、だからといって本当に満足しているのかどうかが、はっきりとは感じられない。
「30歳以上の人間は信用するな」っていう説があってさ 人間の成長発達では30歳までに世界の真理が全て理解されるんだって それ以降は忘却してくんだってさ
この言葉が本当かどうかは、どうでもいい話だ。が、しかし僕たちは、さまざまな経験を積みながら、この世界を、それなりの方法で理解してゆく。ぼんやりとした毎日のなかで、決断を迫られるときだってある。その度ごとに、悩んだり、挫けそうになったりする。そうした過程のなかで、何かを得ては、何かを損なうこともあるだろう。ある意味では、繰り返しだけが、繰り返されてゆくかのような感覚を覚えたりもするんだろう。誰の人生にも過不足はある。その過不足を、僕たちは、どのように扱うべきなのか。埋めるべきなのか、削るべきなのか、もしかしたら、そのまま放っておけばいいのかもしれない。 このようにして日々は迷いに捉われる。けれども、それをくぐり抜けた先にはいつだって、生きていることを思い出させてくれる、そういう掛け替えのない瞬間が待っているはずで、僕たちは、それを絶対に忘れてはいけなかった。 そうだね。きっと、見失ったものがあったように見つけたものだってあった。
※『生きるススメ』作者のホームページ 「コンプレックス・プール」
2004年02月08日(日) |
第26回 サルハンター |
○ツギ野ツギ雄『サルハンター』
200X年、日光の山奥で突然変異した猿が人間を襲う。人の言葉を繰り、凶暴化したオス猿は、登山に訪れた女の子たちを次々に犯す。恋人を猿に殺された本条猛巳は、復讐を誓い、サルハンターとなる。その数年後、ニホンザルに関するフィールドワークのために屋久島を訪れた甲本胎治は、そこで、やはり突然変異した猿たちに遭遇する。驚愕する甲本に向けて猿は告げる。
今度は我々がヒトを飼う番だ
壮絶な人間と猿のバトルを描き、もっともラジカルだといわれた90年代半ばの『週刊ヤングサンデー』で連載された、ツギ野ツギ雄の傑作が、ようやく単行本化された。というか、これがツギ野の唯一のコミックスである。 ツギ野は、その初期短編にティーンエイジ・ファンクラブの『サーティーン』のジャケットや、クラブ・カルチャーなどを取り入れていたように、音楽に精通している面をみせたりしていたが、『サルハンター』には、今でいうならばガレージなロックン・ロールを髣髴とさせる、安っぽいが、しかし荒々しいほどの躍動感を溢れさせている。 その荒々しさをもって伝えようとするものは、なにか?
殺したいと思えば殺す! ヤリたいと思えばヤる! 君らは理想のタガもない、ただ欲望のままだっ!! ・・・アメリカで今、急増している親の子殺し・・・・・・あれは本来サルの習慣だ・・・・・・抑えきれなくなったヒトはサルに・・・サルはヒトに近づいてゆくのだっ!!
ある生物学者は、人類に関して、そう言う。猿は、欲望のメタファーとして登場人物たちの目の前に現われる。じっさいに甲本は失望の果てに、凶暴化した猿たちのことを、こう評する。
彼らは心ゆだねられるかわいい猿たちじゃないんだ!! こいつらは穢れた人間だ!! 殺戮にレイプ。猿には倫理はなく、快楽に則って生きている、秩序は力によってのみ構築される。が、しかし、それは現代を生きる人間のダークサイドを映した鏡でもある。もしも人間が他人を思いやったりする気持ちを失くしてしまったとき、それでも人間だといえるのだろうか。甲本の言葉は、しかし猿を貶めているわけではない。なぜならば彼はそれまで、誰になんと言われようとも、猿のことを〈無垢な平和主義者〉として信じきっていたからである。だからこそ彼の言葉は、僕には次のように聞こえてくる。身勝手に振舞い、無思慮に他人を傷つけることは、この世のなかで、もっとも忌むべき行為でしかなく、断罪されなければならない。凶暴化した猿に立ち向かうサルハンターとは、つまり人間が人間であるためには、どんなことがあってもけっして捨ててはらない理性と、それをキープするための逞しさを象徴しているのである。 と、ここまで書いておいてアレなのですが、『サルハンター』の魅力は、とにかくもうダイナックな場面展開である。ある意味では下手くそともいえる、パースの狂った絵がもたらす破壊力は凄まじい。全編に渡り、本気で馬鹿馬鹿しいほどのエネルギーが弾けている。ページをめくる度にアドレナリンがサージする。気に入らない奴はぶん殴れ。『サルハンター』は、魂を鼓舞させる、そういう激しい一撃となって読み手を刺激する。
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