ケイケイの映画日記
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2025年03月09日(日) |
「ANORA アノーラ」 |

祝!オスカー作品・監督・脚本・主演女優・編集賞受賞!いやー、びっくりした。観たのはオスカーの発表前でした。底辺の野良母娘を、厳しくも暖かく見守った「フロリダ・プロジェクト」の、ショーン・ベイカー監督の作品。今も私の大好きな作品です。今回もストリッパーで底辺の若いヒロインを、エネルギッシュに描いた作品。そしてやっぱり眼差しは暖かで、今回も大好きな作品です。監督・脚本・製作、ショーン・ベイカー。
ストリップダンサーとして働くアニーことアノーラ(マイキー・マディソン)。ある日客として来た、ロシアの大富豪の御曹司イヴァン(マーク・エイデルシュティン)に気に入られ、一週間貸し切りの契約を結びます。意気投合した二人は、出会ったばかりなのに、勢いで結婚。しかしイヴァンの両親は激怒し、二人を別れさせるため、屈強なボディーガードのイゴール(ユーリー・ポリゾフ)たちを差し向けます。
オスカーの受賞スピーチで語っていましたが、監督は性産業で働く人々への人権を描くことがライフワークのようです。私がアニーを観た時、「フロリダ・プロジェクト」では子供だったムーニーが、成長してストリッパーになったように錯覚したのは、思い過ごしでは無かったようです。全く別の作品なのに、根底には、監督の彼女たちへの想いが込められている。
前半はストリッパ―稼業の様子と、イヴァンとその取り巻きとの乱痴気騒ぎに終始。そしてイヴァンとアニーとのセックスの様子。これでもかと描かれる自分の子供より若い子たちのバカ騒ぎに、もう胸焼けしそう(笑)。酒池肉林にクスリ、そしてネットゲーム。私は今どきの若い子の文化に、結構理解はある方ですが、それでも、もうちょっと文化的なアプローチはないのか?お前ら、バカだろう?的な思いが浮かびます。しかし、この前半は、この作品を理解するためにあったんだと、後半を観て思います。
二人は愛し合って結婚したのではありません。契約した一週間、お互い肌も合ったし好意も抱いたでしょう。でも愛ではない。二人を結んだのは打算です。イヴァンはアメリカ人の妻を得て、在留許可を延したい。アニーはイヴァンの財力を使って、底辺から抜け出したい。結婚にも様々な形があり、無軌道ですが、私は悪い事だとは思いません。
でも「娼婦」と結婚したと激怒する両親から、イヴァンの逃げ足の速い事。それも新妻は置いてけぼり。子守り役相手のアニーの大立ち回りが物凄い。ちょっとした獣です。「娼婦って言った?誰が娼婦だ!」から始まり、大暴れ。アニーはかすり傷なのに、子守り役たちは骨折迄して、手負いの熊です(笑)。ここ面白かったなぁ。痛快でした。
イヴァンは散々彼らを困らせていたのでしょう、陰でバカ息子、クソガキ呼ばわりする子守り役たち。バカップルに振り回されて、ちょっと可哀想な中、アニーをバカにしたり、セクハラする様子がないので、悪党には見えません。
ここからイヴァンを探すために、イヴァンの子守り役たちとアニーは手を組みます。敵の敵は味方って、図式だな。取り巻き立ちの所へ行けば、彼らも仕事は底辺。アニーが雇い主に、「ここは年金や社会保険の保証があるの?なら居るわよ」と捨て台詞を吐いてストリップバーを後にしますが、取り巻き立ちも立ち位置は同じ、浮き草のようのもの。刹那的な享楽だけではなく、イヴァンが自分を引き上げてくれると、密かな思いがあったかも。
でも財力は親の物で、イヴァンの物ではありません。そしてイヴァンは、親にして「お前は一族の面汚し」と言われるバカ息子。前半の狂乱のバカバカしさは、イヴァンの超の付く中身の無さを表していたのでしょう。それしか出来ないのです。アニーは、その事が未だ知らない。
アニーはイヴァンの恋人として、一週間の契約をして、次は入籍。入籍も夫婦になるという契約です。そこには両家の親も関係する。そうアニーは認識しているから、「あなたの一族の一員になれて、光栄です」と、イヴァンの母に礼節を尽くす。しかしガン無視どころか、無礼な暴言を吐くイヴァンの母。
大富豪とド底辺のストリッパーが、どちらが人として嗜みがあるか、一目瞭然のシーン。イヴァンの母からしたら、分を弁えろという事でしょうか?一体何時の時代だよ、と言いたいところですが、ジュリア・ロバーツが自身の出世作の「プリティ・ウーマン」の事を、「あれはファンタジーよ」と言い放った35年前と、哀しいかな、世の中は変わらない。「契約」の正当性をアニーが主張しても、踏みつけにするのです。イヴァンを含め、一家はアニーをバカにして見下し続ける。
この作品は、シンデレラストーリーの、苦い現実だけを映す作品なのでしょうか?私は違うと思う。最初から最後まで、アニーに丁寧に接するイゴールは、「イヴァンはアニーに謝罪すべきだ」と物申す。雇い主にです。言えないですよ、普通。思うに、彼も貧乏暮らしから抜け出すために、用心棒稼業のようですが、心は常に平常運転。こんな男は観た事がないアニーが、どう接すれば良い解らず、常にイゴールに毒づくも、飄々としながら、ビクともしない。時々彼から出てくる祖母の存在が、イゴールの人格の高さの源のように感じます。そう思うと、アニーもイヴァンも、貧富の差はあれど、本当は表裏一体のような気がしてなりません。
マイキーは役柄通り、ヌードも辞さずで、セクシーなシーンも多数なんですが、それより服を着た時の気の強さや、心の清潔感が溢れていた事が印象に強く、とにかく大熱演。容姿から東洋人とのハーフだと思っていたら、純粋なユダヤ系だそうです。これでオファーが殺到してくれたら、嬉しいです。
ポリゾフもオスカーは逃しましたが、余り抑揚がないキャラで、そこにイゴールの内面を浮かび上がらせるのは難しかったでしょうが、この作品の良心ともいえる役柄を、きちんと伝えていました。
アノーラは何故アニーと呼ばれる事に固執するのか?アノーラの意味は「光」。本来の自分は光なのに、今の自分からは程遠いと思うから、アニーと呼ばせるのかと感じます。イゴールの意味は戦士。彼が今までの人生で戦って手に入れたのが、タフで心優しく思いやりのある人格なのでしょう。そこに権力やお金の有無は感じません。イゴールこそ、この作品の光ではなかったのかな?
ラスト、イゴールの胸で初めて泣くアニー。今までの悔しくて辛い人生、泣いたら負けだったんでしょう。泣いてリセットするんだよ。そしてイゴールから手渡された物を有効に使って、新たな人生を歩んで欲しい。苦くて優しい「光」のあるラストでした。
さてオスカー受賞は本当に喜ばしい事ですが、これは過分に期待料が含まれている気がします。同じような作品が乱立して、新鮮味の薄い作品が並ぶ昨今、インディーズから飛び出したベイカー監督に、ハリウッドは新機軸の作品を期待しているんでしょう。これで箔がついて、出資する人が増えるでしょうけど、底辺の人たちを見つめる、暖かい眼差しは忘れないで欲しいです。次作にも期待しています。
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