♀つきなみ♀日記
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2005年02月28日(月) 政府や官庁付属の審議会とは何か?

週末は終末の様相を呈していたつきなみ♀っす。って風邪引いちゃったんだけど。

この季節、花粉症があるんで、ひき始めはどっちかよく判らないんだよね。インフルエンザじゃなかったんだけど、皆さまもくれぐれもご自愛くださいませ。ぺこり。

それはともかく、何故か突然、浅誹新聞、もとい朝日新聞が、中央省庁の審議会の事を問題視して、一面で報じている。時期的にも、例の自民党&NHKとの喧嘩に関連して、ちょっと戦略的な意図を感じるんだけど、この事は、以前から問題視していたことなので、尻馬に乗ってみるね。

審議会に863の下部機関 再編後も姿変えて存続 (asahi.com2005.2.27)
http://www.asahi.com/politics/update/0227/001.html

って事なんだけど、問題点を整理すると(以下引用と整理)

1.99年4月に「審議会等の整理合理化に関する基本的計画」が閣議決定され、
 04年度末までに107に減らすことになっていた。
2.この決定での運営指針では、
 (1)委員の兼任は三つまで、特段の事情がある場合でも四つが上限
 (2)府省庁出身者は厳に抑制する
 (3)任期は2年以内――などのルールが定められた。
3.政府は01年の省庁再編を前に審議会の整理合理化を打ち出し、
 その数は00年10月の212から108へ約半減した。
4.ところが、審議会の下に設けられた分科会や部会、小委員会などの会議の総数は
 863あり、108の審議会本体も含めた委員のポスト数は1万6212で
 兼任が4割にのぼることが分かった。

そして(以下引用)
『審議会とその下の会議に所属する委員、臨時委員、専門委員などを合計したポスト数のうち、名簿や兼任状況、官僚出身などの実態が判明したのは1万4029ポスト。うち二つ以上を掛け持ちしているのは5484ポストで39.1%だった。18ポストを1人で兼任している人もいる。861ポストを官僚出身者が占め、月給100万円以上の審議会の常勤職員に天下っている例もある。 』

(以上引用)

って、なんだんねん、こりゃ。

ちなみに新聞の紙面には、委員構成の数値の一覧表もあるんだけど、webには無い。

なんで、この記事が例によってへんてこかってのは、朝日新聞関係の人物も、山ほど審議会の委員になっているのは、しらばっくれて、実際には全体の5%程の比率である、官僚出身者が多いような、ニュアンスの記事にしているのが、実に朝日らしいんだよね。

それはともかく、記事にもあるように、まず常勤職員は国家公務員じゃないのに、公務員扱いで、給料も公務員に準じている。でも、国家公務員試験は受けなくてもなれる。

そして、以前から問題にしているように、この審議会委員の人選は、まったく政治家様のやり放題なんだよね。

審議会の委員の報酬は、一回約2万円から、2万5千円だ。但し専門委員会の委員の場合は、増額される。基本的には、国から依属される形を取るんだけど、大学では研究活動の一環と捉えて、俸給から減額されることも、休暇扱いされることも殆ど無いし、民間企業の場合も扱いや待遇は殆ど同じだ。

ところがどっこい、「何々省何々審議会委員」の肩書きは、その後の仕事の肩書きとしては、絶大な効果をもたらす訳で、ここには政党問わず、利権の構造があるんだよね。

記事にある、兼任をいっぱいしている委員さまは、プロ委員なんて呼ばれていて、肩書きは「○○評論家」だったり「ジャーナリスト」だったり「エコノミスト」だったりするんだけど、早い話が、委員の肩書きで講演や著述やTV出演で飯を食っている訳で、「産学一致」なんてお題目を掲げる、三流私立大学の講師や教授を務めていることもあるんだよね。論文一本書いたことが無くても。そして、地方自治体の委員もいっぱい兼職して、おかずも、女も食う<=おひ!

じゃ、委員はどのように選任されるかと言えば、実はまったく基準が無い。もちろん省議で了承は必要だけど、実際には、「誰々がよかんべ」って色んな処から推薦が上がって来て、「よっしゃ、よっしゃ」で決まっちゃうんだよね。でも、推薦が多すぎて混乱することは無くて、各政党は枠を持っているし、自民党は派閥単位で枠があるので、推薦までに実際は調整されているんだよね。

そして、この審議会が、様々な制度や枠組みや、政策の指針を決めるってことになっているんだけど、実際には権限や実効力が曖昧な審議会も多くて、何をやってるのやら、さっぱり判らないんだよね。って言うか、議事録を読んでみると、あんまりにも基本知識に欠けた委員様も多数おられて、漫才みたいな議事録も山ほどある。

こんな楽で美味しい商売は無いわけで、私もなりたいもんだよ、審議会の委員。<=こらこら!

って、もちろん、委託されて一所懸命頑張って提言を行う審議会も、委員様も沢山いらっしゃるんだけど、今度は制度の不備で、そんな意見に限って、実際の政策に反映されることは少ない。

早い話が、制度自体が「ぬえ」みたいなもんで、外部からは見えないようにしてあるんだよね。

ふぅ。

この事も、またまとめて書きたいなぁ・・。

って事でちょっと中途半端だけど、またね。






テキスト庵

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2005年02月23日(水) 中国「クレヨンしんちゃん」商品撤去騒動に見る著作権と商標権

ってことで、春一番と共に花粉症の始まった、つきなみ♀です。美貌90%OFF、思考力50%OFFって感じかな。まぁ、ゼロに何を掛けてもゼロなんだけど(自爆)

それはともかく、中国で双葉社が正規ライセンスを発給した会社のクレヨンしんちゃんの製品が、コピー商品として撤去を命じられて騒ぎになっているんだよね。

Yahoo!news(共同通信) - 2月21日17時31分更新

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050221-00000136-kyodo-bus_all

本文を読んで頂くと判るんだけど、記事は間違いなく、商標権と著作権を混同しているし、双葉社自体も、少なくても商標権に関して錯誤があるのではないかと推測できる。

この記事の内容の内、事実関係は正しいとすれば、なにせ、「今年1月、コピー商品の商標登録取り消しを当局に請求」って言うんだから、まだ一月しか経っていないわけで、その時期に商標権を添付しないでライセンスを発給した商品を店頭に並べれば、トラブルになるに決まっているんだよね。

って言うか、ろくな調査もせずに、ライセンス契約をしたことは明白で、これは著作権侵害とは別に、契約の仕方自体に問題がある。

知的所有権の権利範囲と法律の絡みは
http://d.hatena.ne.jp/tsukinami/20000430

で一覧表にしたので、そっちを見てもらえれば判りやすいと思うんだけど、根本的な誤解は、よほど周知されていない限り、物品と名称は、商標の登録によって以外、関連付けられることは無い。これは、知的所有権の国際条約であるマドリッド条約の概念においても同じだ。

但し今回の中国での問題はちょっと違っていて、著作権を侵害している業者が、その著作物と関連する名称を使った商品を製造、あるいはライセンスしているわけで、まず間違いなく、商標は将来的には抹消→新規登録か移転することになるだろうけど、それと今回の騒ぎは分けて考えないといけないんだよね。

上のリンク先でも書いているんだけど、著作権は登録制ではないので、著作権が発生している証明は、マンガとしてのクレヨンしんちゃんが週間アクションに連載が始まったのは、1991年夏なので、これは間違いなく立証できる。

ところが、商標は登録制なんだけど、双葉社が商標の登録を開始したのは、ほぼ1年後の1992年6月3日なんだよね。そして、その時は、

30類 菓子及びパン,サンドイッチ,すし,ピザ,べんとう,ミ−トパイ,ラビオリ

だけの申請で、これは1994年12月22日に登録されいる。想像だけど、クレヨンっていう一般名詞が、最初審査に引っかかって、「クレヨンしんちゃん」で一体だっていう申請までに、何度か訂正があったので、2年以上かかったんだと思うんだよね。

で何故だか、同日、25類の被服関係(詳細は略します)も別紙で提出されていて、登録は1995年4月28日になっている。

その後、16類の文房具、28類のボードゲーム類、14類の時計,身飾品 そして何故か9類の電気機器を登録しているけど、それ以外には登録が無い。(すべて類内の詳細は略しています)

そして日本で行ったすべての登録は、日本国内登録であって、中国を含めた他の国への登録とは、まったく関連しない。

極論すれば、それ以外の類の登録は現在日本でも可能だし、著作権に違反しなければ、って、しんちゃんの画像と関連させなければ、その商標権を用いて事業を開始することはまったく可能だ。

代表的な例を挙げれば、24類の登録は無いので、「クレヨンしんちゃん商標」のタオルやハンカチは権利関係は確立していないんだよね。

めんど臭いのは、「クレヨンしんちゃん」という商標のタオルは作れるけど、そこにクレヨンしんちゃんの画像を乗せるのは、著作権がクリアできなければ不可能だってことで、逆に作者の臼井さん本人が、自分で絵を書いたハンカチを売ろうとしても、もし他の人が商標取得してると「クレヨンしんちゃん」って商標じゃ売れない。この辺が現在の知的所有権関連法間の不整合なんだよね。

本当なら、双葉社は、ライセンス契約をする際には商標権の取得をして、セットで販売するべきなんだけど、今の登録状況だと、その辺まったく気にしていないみたいなんだよね。って、ちょっと考えた方がいいと思うんだけど。

じゃ世界的な商標の問題は、現在最新の協定である、ニース協定への参加国は、いまだに66ヶ国に留まっている。って、それ以外の国は、分類だけは国際登録分類になっている国が別に92ヶ国あるけど、ニース条約加盟国でも、当然、登録は各国別だ。

じゃ、同時に複数の国に出願登録できないのかと言えば、それが、マドリード条約で、現在44ヶ国が加盟しているけど、あくまで、同時に申請できるだけで、申請し登録されない限り、その国での商標権は保護されないし、権利は生じないんだよね。もし、著名な商標であっても、一件ずつ、一類ずつ、各国の所轄官庁が審査し、判断を下していくんだよね。
(実際には類似群が存在しますが、説明が繁多になるので割愛します)

この辺の法律や権利関係に対しての理解は、日本はまだまだ後進国だ。商標の国際分類を採用したのでさえ、平成4年4月1日からで、まだ10年ちょっとにしかならい。そしてマドリッド協定議定書に加入したのは、ほんの5年前の平成12年からなんだよね。

ヤフオクの「ご理解ある方のみ入札」「お値段からご理解」って台詞をを引き合いに出すまでも無く、先進国の中で、コピー商品の流通がほぼ野放しなのは、いまや日本だけになってきている。街で、コピー商品屋台を捕まえるのは、どちらかと言えば暴力団対策だったり、外国人不法滞在者対策の面のほうが強いし。

昨年やっと、個人使用についてもコピー商品の持込が規制された訳で、それまでは、規制自体が無かった、商標件的には、とんでもない国なんだよね、日本は。

そして今も、マスコミやいんちきコンサル達が、泥縄で「知的所有権」って騒いでいるだけで、正しい理解を一向にすすめようとはしていない。って、学校の先生も、新聞記者さんも、TVキャスターも正しい理解が足りないので、嘘ばっかり広めているんだよね。まったく。

この問題は、私の実生活の仕事とも関わるんだけど、正直に言えば、弁理士さん達も、ビジネスと商標、そして著作権の関連を把握しきれていない。何故なら、著作権は弁護士さんの範疇で、弁理士さんじゃないんだよね。そして、弁護士さんは、弁理士さん範囲の知識が薄いので、最近は「国際法律特許事務所」なんて感じで合体してる訳なんだけど、今度は、ライセンスビジネスの実務やドメインへの理解が薄いんだよね、残念ながら。

この三つを上手く調整でき、また理解し、実際の仕事に繋げる人材を育成しないと、まずいって思うんだけどなぁ。

さて今日は、早めに上がって、ごはんを作ろうっと。って、名古屋のお土産に味噌煮込みうどんもらったので、鶏肉買って帰ろうっと。

ってことで、またね。











テキスト庵

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2005年02月19日(土) カンバック!長谷川平蔵様//犯罪者更正制度と生活保護など

って事で、1790年(寛政2年)の2月19日と言えば、池波正太郎さんの小説で有名な、火付盗賊改、鬼平こと長谷川平蔵さんが提案していた人足寄せ場の設置が決定した日なんだよね。

ご存知の方も多いと思うけど、その当時のシステムだと、人別帳に記載が無い人は無宿人として扱われ、それだけで犯罪者なんだよね。って実際に犯罪を起こす人が多くて、非人溜り(差別的用語の非人とは異なります)に収容していたんだけど、管理がなっていなくて、死んじゃうか、脱走するか、放免されても、また犯罪を犯すってのが殆どで、問題視されていた。

鬼平さんは、史実的にも若い頃グレていて、市井の状況にもほんとに詳しかったから、これじゃいかんだろうって事で、本格的な授産施設として、この人足寄せ場を作ったんだよね。

この施設がユニークなのは、それまでの経験を生かすシステムなんだよね。つまり、無宿人になる前に大工の経験のある人は、大工仕事をする。そして技能の足らない部分は、本職の大工の棟梁が指導までしてくれる。しかも経験は無くても、大工に興味のある人は、見習いから始める制度もあって技能を修得できるんだよね。

習得できる技能は、建築関係の左官や建具職人・経地師はもとより、紙漉きや飾り職、髪結い・縫い子、一時はその当時の流行職業だった、彫り師や摺り師まで養成していた。そして、指導に来ている本職の親方のもとに、そのまま弟子入りできる制度もあった。

そして、不器用な人には、米搗き、油絞り、炭団作り、縄ないなどの肉体系労働なんだけど、長くやれば熟練工になれる可能性の高い仕事を優先して行わせて、仕事が単調になる事を避け、また、一箇所に長期間押し込めてばかりいるとストレスが溜まるから、それを解消するために、定期的に江戸市中の土木工事や川浚いなどに、出かけていたんだよね。ってこれは、現金収入を得るためでもあるんだけど。

そして、開設当初で一日14文の煙草銭が与えられて、労賃は別に積み立てて、改悛の情が認められると、その一部(約三分の一)が更正資金として与えられて放免になる。そして、残りの金額は正業について半年経過すればまた三分の一、一年半経過して残りの全額が与えられるんだけど、上手く正業に付けなかった場合は、また人足寄せ場に戻って、なんらかの技能を修得することも可能だったんだよね。って、目的を「更正」に絞った、画期的なシステムだ。

もちろん、3食と風呂は無料で付いていて、14文ってどのくらいの貨幣価値かと言えば、蕎麦が8文、刻み煙草一日分も8文ぐらいなので、大雑把に言えば500円くらいの小遣いって感じかな。っって私と大して変わんない(ToT)

つまり、社会的な自由は拘束されるけど、その期間に手に職をつけるか、労働する習慣を付けることによって、放免後の生活の道を開く。金銭的にも、すぐには困らない程度の余裕は持たせるけど、全額持たせると、すぐ使っちゃうといけないので、ちゃんと暮らしていると、ある程度の余分なお金まで、先でもらえるんだよね。

この辺のきめ細かさが、さすが鬼平さんって感じで、たまに江戸の街にぶらりと出てきて、偉そうに判ったつもりになって、サンバを踊ってる暴れん坊将軍とはぜんぜん違う(もちろんこっちはフィクションです)

ところが、現在の刑務所での刑務作業は、産作業,職業訓練及び自営作業の3つがあるんだけど、作業賞与金の1人1月当たりの平均計算額は,平成14年で、4.215円だ。作業時間は労働基準法に連動していて、受刑者の作業時間は原則として,1日につき8時間,1週間につき40時間と定められているので、週休2日なので、一日に直すと、なんと約180円なんだよね。1年働いて出所したとしても5万円弱にしかならない。

しかも刑務作業の殆どは、犯罪起こすまでの仕事とはまったく縁もゆかりもない作業で、職業訓練制度は58職種はあるんだけど、別に公的な資格取得を目指すわけでもなく、ある意味、経費垂れ流し状態のハローワークの職業訓練と似たり寄ったりで、よっぽど意識の高い一部の人を除いて、実際の就職に役立つ技能習得には程遠いんだよね、残念ながら。

そして、仮出獄の際は、イトーヨーカドー安城店幼児殺人事件で話題になった、更生保護施設を利用できるけど、刑期を満了して釈放された人は、宿泊所の提供や食事・衣類などの給与,就業の援助,社会生活の訓練といった必要な保護を受けるためには、本人が釈放後、1年以内に更生緊急保護を申請しなければ受けられない。

仮に5年の刑期を終えて出所しても、出迎えの人が来ない限り、たった25万円のお金をポケットに、街に放り出される。親戚か友達が面倒をみてくれない限り、住むとこすら確保できるはずはない。

技術が無い。技能も持たない。以前の仕事の知識は古くなり陳腐化して、即戦力になりえない。だから仕事も無い。

出所した人にやる気があっても、制度自体がまったくダメダメなので、特に高年齢者は、結局は生活保護を受けて暮らさざるを得ないんだよね。

で、生活保護費は、日給8000円、時給1000円で汗水垂らして働くより、実質可処分所得は多いと来てるんで、わざわざ、働くこと自体に意味が無い、って根本からおかしくない、制度自体が?まるで、更正することを阻害しているとしか思えなんだよね、まったく。

同じ平蔵でも、竹中さんはぼんぼんで、庶民のことなんてまったく判っていないって言うか、判る気なんてないし、小泉純ちゃんに至っては、小さいときから離れて暮らしている、実の息子の気持ちさえ判ろうとしないような性格のおっさんだし、政治能力以前に、人の暮らしに思いさえ及ばないような、人間的にダメダメな人達が、国政の舵を握っていることが、根本的な問題だと思うんだけどなぁ。

ふぅ。

やっぱ、鬼平さんに蘇ってもらって、政治やってもらうしかないのかなぁ、なんて。

ってことで、じゃ、またね。






テキスト庵

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2005年02月11日(金) あの金曜日

緋色のリボンの鮮やかさに、少し気後れする。

想いは込めた。

届けるだけでいいと思った。

女の子から届けていい日は、その日だけだと思い込んで

でも、その日は土曜日で

そんな金曜日だった。

思い返す。何度も思い返す。

届けて、どうなるの?

壊れてしまわないの?

大切な人と、大切な分身と、
そしてそれを心から大切にしている貴方のことを、
とても大切だと思う私で今日まできたじゃない。

リボンをほどき、ラッピングを外して、4つに分ける。

カードをちぎって、4枚のカードを書く。

四人の、好きな人あてに。

「どうぞ」って私は渡す。

さよなら、私の勝手な恋、そして一日前の愛。

さよなら、それまでの、私。


http://d.hatena.ne.jp/tsukinami/19980506


テキスト庵

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2005年02月09日(水) 日本の国会に三議院制を断固提案する!

週末は義理チョコ作りの予定なんで、今日あたりから原料とラッピングの仕入にいそしむ、“つきなみ♀@本命チョコだって作ってみたい”です。って、糖尿の人には、おせんべいとか、色々情報収集も大変なんッスけどね。

それはともかく、日本の国会もうダメですね。誰がダメにしたかは置いといて、立法府としての機能は完全に放棄している。特にTVが入る日に質問に立つ議員さんたち、国会が立法府であることを完全に忘れてるとしか思えなんだよね。

衆院予算委 「政治とカネ」泥仕合 国民不在の審議に終始
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050209-00000005-san-pol(yahoo!-news産経新聞)
が唯一、自民と民主両党の指摘を報道していて、毎日と朝日はあいも変わらず、反体制を気取って、中立な報道はしないで、自民党の悪口ばっか書いてんだよね、へんなの。

去年の参議院選挙のときにも書いたんだけど、
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10246&pg=20040620
民主党の国会戦略は、あまりにも間抜けだ。政治倫理っていうか、選挙制度、そして政治資金関係で自民党を批判すれば、必ず自分に火の粉が戻ってくるのに、そんなことさえ直ぐに忘れて、何度も同じ間抜けを晒している。

辻本清美おばさんの問題で、政党ぐるみで秘書給与をちょろまかしていたことが露呈した社民党は、勿論論外だし。って、労働者の党を標榜している党で、本部職員解雇で労使問題を起こしている時点で終わってるし。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050112-00000006-san-pol(yahoo!-news産経新聞1月12日)

政治絡みの問題を議論したいなら、立法府らしく「こういう問題が起こるのは、政治資金規正法第◆条の条文が曖昧なので、改正を要求する」ってのならまだしも、いまやってるのは、そもそも予算委員会なんで、まず予算について集中審議しろよ、まったく。そして、予算執行に必要な法案について、議論してくれよ頼むから。

実際には、総論で少しだけ質疑応答があって、挙手で議決して終わりなんだよね。法文なんて誰も読んでいない。だから年金法改正の時みたいに、年金制度改革関連法に40カ所の条文ミスがああても誰も気付かないんだよ、政府も与党も野党もみんな。

http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10246&pg=20040722

じゃ、なんで今回の政治資金の問題も、「政治資金規正法」の収支報告がなんたらかんたら、出納責任者がなんたらかんたら、資金移動がなんたらかんたら、なんて悠長な問題で揉めているだけで、一挙に汚職って言うか、増収賄事件で問題が噴出しないのかって言えば、俗に言う「斡旋利得法」正式に言えば「公職にある者等のあっせん行為による利得等の処罰に関する法律」が、無茶苦茶曖昧かつ、実質的に政治家の口利きを処罰対象にしていないから、訳が判らない状態になっているのに、この法案の改正の動きは無いんだよね、何故か。

この問題については「名は体を表さず@斡旋利得法」で書いてるんだけど
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10246&pg=20020311

今の政治家さんが政治家であるためには、すべての口利きが消滅すると、存在価値自体が喪失して、優秀な政策家さん達が議員になっちゃうので、それを阻止するために、全政党がこの法案の骨抜きには賛成なんだよね、残念ながら。

そこで、政治家さん達にも生活があるだろうから、参議院と衆議院は今のまま、小学生以下の口論をさせておいて、別に立法院を作っちゃえばどうよ?

予算委員会では、予算を執行するための新法案と、予算と既存の法律との整合性を議論し、実体との遊離があれば、実体を調査し、再度法案を作る。予測数値の根拠を明確にし、その基準の数値に変動があった場合、どのように修正を加えるのかまで、きっちり、シュミレーションをしておくのが、予算ってもんじゃないのかなぁ。

っつうか、各委員会は、その委員会の性格に沿った議論をすることと、抽象的な議論は一切禁止することで、具体的な政策に絞った議論が可能となって、それによって起こる、結果も明白になると思うんだけど。

今の国会だと、結局その予算で政策が上手くいったのか、失敗したのかさえもさっぱり判らない。そして、政党同士が、自分の事は棚に挙げて、どうでもいいことの誹謗中傷合戦を、国費を無駄にするために繰り広げるんだよね。

新立法府は、行政から完璧に独立して、勿論、ちょー厳しい「政治資金規正法」や「斡旋利得法」で監視されるわけなんだけど、やりがいのある仕事になると思うんだけどなぁ、ってそれでも成りたいと思う現職議員さん、どのくらいいるんだろう?

なんちゃって。

さて、お買い物してきょうは帰ろう。
でも、チョコレートの味見でデブらないようにしなくちゃ。<=おい!

じゃ、またね!


テキスト庵

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2005年02月08日(火) グーグル、ルイヴィトンに敗訴。web上の広告など。

ってことで、googleの商売がヨーロッパでは2連敗だ。

グーグル、ルイヴィトンに敗訴--仏での商標権侵害訴訟で
yahoo!news(CNET Japan 7日(月)10時24分)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050207-00000001-cnet-sci

ってことなんだけど、すごくざっぱに言えば、「googleがキーワードを入札制にして、”ルイヴィトン”って商標まで対象として行っている広告は、だめじゃん」って事なんだよね。

皆さんご存知だと思うけど、google日本版で「ルイヴィトン」ってキーワードを入れると、直下にはキーワード検索のwebが出て、右側にはスポンサーサイトが出るんだよね。このキーワードをアメリカとヨーロッパでは完全入札制にしていて、「他人のふんどしで相撲を取るのは如何なもんじゃい?」って、GoogleのAdwords広告に対しての訴訟なんだよね。

こっちの方が構造としては判りやすいんだけど、フランスではこの直前に、日本でも人気のって言うか、おなじみのホテル「Le Meridien」の商標を、競合するホテルチェーンが競り落として、訴訟になり、google側が敗訴していた。

CNET-japan 2005年1月21日
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000047715,20080194,00.htm

ってこれを、ざっぱに言えば、こんど行って見ようかなぁって思った素敵なカップルが、上品でこじんまりしたチョー接客のいい「つきなみホテル」ってキーワードで検索したら、右側にでっかい広告が出て(今のシステムはでかくありません)、つきなみホテルの向かいにある、中身は最悪だけど大手チェーンの「プリプリホテル」の、「最高のおもてなしは当ホテルへ」なんて画面になっちぁうのは、あんまりじゃん、って事なんだよね。しかも、「つきなみホテル」は登録商標なんだから、それを使用して利益を上げ、商標使用者に不利益を与えるのは、だめじゃん、てのが判決だ。

「ホテル_上品」での検索結果で「つきなみホテル」がトップに出て、右に「プリプリホテル」なら、まだいいんだけど、商標名自体を売っちゃうのはどないなもんやってのが、焦点だ。

ルイ・ヴィトンに話を戻すと、直営と正規代理店での販売を戦略としているビトンとしては、出る広告が模造品つか、コピー商品を扱う企業でも出稿可能であることを抱き合わせて、システム自体の非合理性まで提訴していたので、判決はある意味妥当なものなんだよね。

逆にgoogle側から言えば、なら、そのキーワードを買ってくれればいいじゃんて最初は思ってたみたいなんんだけど、そうは問屋が卸さないわけで、そんな事をしていたら、商標権所有者は、全員漏れなくgoogleと契約しなくちゃならないんだよね。ってgoogleはディレクトリー検索じゃないので、商標の類ごとに表示するシステムは現在不可能だ。ってことは、今後も商標を広告のキーワードにするか、止めるかの二択しか対応は無いので、ここは突っ張るしか無いんだよね。

アメリカで保険会社が敗訴しているのは、商標権の使用による商標自体に対する侵害と、結果としての競合による不利益の問題であって、本来的には商品に直接関係する商標自体の問題じゃない。これを混同してしまうと、問題の核心が見えなくなってしまう。

一番簡単で合理的な解決法は、商標で検索した場合は、正規商標保有者&企業のオフィシャルページが並んで、その同位置からアドワース広告が表示されるようにすれば問題は無いと思うんだけどなぁ。

そして、広告を出稿する企業は、仮に不正行為を行った際に発生する可能性のある金額賠償に対して保険契約を行った企業に限定するといった、審査が必要になるはずだ。

って、実は不正な広告の問題は、印刷物を含めて現在野放し状態なんだよね。審査機構は各媒体に存在するけど、これは例によって「公共良俗や法令に反する」記述や表現は問題にするけど、その広告主が、どんな犯罪者でも出稿が可能だ。そして、その広告でどんな損害が発生したとしても、基本的に広告媒体は責任を問われない。ってか、せめて広告料金くらいは、被害者救済の原資として提供しても罰は当たらないと思うんだけど、報道機関を名乗る、新聞さまも放送局様さまも出版社さまも、一切責任は取ろうとはしない。

これはgoogleに限らずなんだけど、ネット上に限らず広告を審査する機能はあまりにも貧弱だ。

検索サイトは検索機能以外は提供しない、って言うのは一見正論なんだけど、そこから利益を上げるのではあれば当然責任は発生する。

現在の法体系では、ウエッブ上に表示される情報についての、責任所在を明確に規定する法律も無いんだよね。エロサイトにしても、開設者かサーバー屋か作成者なのか実際に判例が別れている。

私は元々googleファンだし、一番利用しているんだけど、商標に対してのスタンスは、ちょっと了解し難い気がしているんだよね。

って言うか、非常にスマートで、技術的にも卓越しているgoogleさんは、今後のウェッブ上での広告のありかたを、広範囲な企業やユーザーに支持、絶賛されるような形に、劇的に変えることができると思うんだよね。

なので、今みたいな突っ張り方は、なんなかダサいし、将来的な展望を感じさせない。残念だよまったく。

訴訟関係の詳しい事実関係は、また後日。

ってことで、またね!


テキスト庵

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2005年02月05日(土) 節分と正月の関係。暦と行事とはなんじゃい?

ってことで、3日遅れのネタでどーもすみませんby林家三平師匠(古)

今年は、コンビニの陰謀で「恵方巻」全国制覇元年となって、また日本にへんてこな行事が定着しちゃいましたねぇ。ぷんぷん。なんで、巻き寿司、恵方に向かって食わなきゃならないねん。TVでも、「花柳界のしきたり」とか適当なこと言ってるけど、典拠はなんにもないんだよね。そもそも、板海苔が一般化するのは、江戸中期以降(1700年台)であって、それ以前には、巻寿司自体が存在しない。ハッキリしているのは、大阪の海苔商組合が最初のポスターを作ったことだけで、それ以外に根拠は無い。て巻寿司自体は美味しいし、好きなんだけどね。

それはともかく、節分と正月の関係について、ネット上で書籍の安易な又引きがあまりに目立つので、一言だけ。

「日本の風習」系の書籍で、すべて納得できるものは殆ど無い。なぜそんなことになっちゃうのかと言えば、典拠を明らかにせず、フィールドワークや伝承採取から安易に書き起こされたものも多くて、しかもそれを信じ込んだ、あるいは無断引用したネット上の、風習について垂れ流すサイトも後を絶たない。

では、今回の新年の概念について言えば、はっきりと定説になっている事だけを挙げると、西洋では

1.各考古学的に初出する古代歴の新年は、メソポタミア暦(春分)ギリシャ暦(夏至)ローマ暦(春分)で、暦の基となるのは、天文観測となっている。
2.月の運行と、太陽の運行を併せた太陽太陰暦は、紀元前18世紀頃の古代バビロニア王国で作られ、月の満ち欠けと年始が19年ごとにほぼぴたりと合うように、19年間に7個の閏月を入れる。 新年はおなじく春分の日近くに新月の日とする。
3.有名なユリウス暦(紀元前46年)が制定され、4年に1日閏日をいれることにより1年は365.25日となり、年初は1月となったが、現在の暦に比定すると、春分の2ケ月前、1月22-3前後が新年となる。
4.ユリウス暦制定時のローマでの宗教は、太陽の神ミトラを祭るミトラ教で最大の祝祭は、冬至の日に入滅したミトラが復活する12月25日だった。その後、ローマもキリスト教化して行く中で、キリストの生誕日として転嫁し、325年のニケア公会議生誕日として公認され、その後ユダヤ教で定める8日目の割礼日を、1月1日に定め、新年とする(デュオニシオスの525年の著書)
5.ヨーロッパが現在の西暦(AD)でほぼ統一されたのは10世紀頃。

では、中国と日本ではどうかと言えば
1.西洋と同様19年7閏法が確立されたが、時期は紀元前5世紀頃だと思われる。
2.季節をあらわす指標として前漢の頃、月の満ち欠けに関係しない24節気が一般化し 太陽の黄経が315度になる日を立春とし、これを「年の初め」とした。つまり、暦上の「1月1日」と新年は一致しない。
3.晋代(西暦265〜)になると、暦法を標準化し、太陽太陰暦で全ての公式行事を行う事となり、新年は1月1日に固定される。
4..日本は推古天皇の604年、中国の元嘉暦を採用したのが、正式な暦の最初で、以降、679頃儀鳳暦、764年大汀暦、862年宣明暦、1685年貞享暦、1843年天保暦、そして1872年から現在のグレゴリオ暦を採用している。
5.では、日本での新年とはいつかと言えば、暦を使い出した時から、春分を含む月か、春分に一番近い新月が1月1日の年始となっている。

では、何故正月料理を「御節(おせち)」と呼んだりするのかと言えば、これは行事の集合離散であって、新年が立春だったわけでは無い。
二十四節季の中で太陽の復活を祝う、立春祭の前夜祭が節分であって、四節季は全て節分として祝われていて、その中で最大の祝祭が、立春の前の節分だった。

旧暦だと節分、立春の後に新年を向かえる年が殆どで、節分の豆まきを始めとする行事の由来は、諸説あるけど、中国の周王朝時代に編まれた「周礼」にのっとり平安時代に毎年大晦日(一説には28日)に行われた追儺(ついな)の儀式が元になっていると言われ、この行事は江戸期以降節分に移行されていく。

「儺」の字は「おにやらい」とも読み厄災をもたらす邪鬼を追い払う行事に他ならない。当時の「鬼やらい」は12ヶ月それぞれの疫病神を表す12匹の鬼に扮した鬼役と、松明をかざしてそれを打ち据える役が立ち回りを演じる物で、豆を撒く習慣は無かった。また原形はやはり五行を元にした形であった。

豆を撒く習慣は「豆占」という古来からの農耕行事があり、これは節分の夜に12ヶ月になぞらえた12個の大豆を灰の上に並べてその焼け具合によって、月々の天候と作物の豊凶を占っていた。この行事は現在でも一部地方には独立した形で残っていたりもする。

この二つの行事が融合して一説には鎌倉中期一説には室町初期に民間へ広まり、江戸期になって全国的に現在の形に近くなったと言われる。

おおざっぱに言えば、厄払い系の行事は節分に集約され、祝祭行事は正月へ集合した訳で、現在の太陽暦での2月に立春を迎える暦って言うかカレンダーでは、感覚として判り難いので、思い込みの記述が溢れ返るんだよね。枯茎に塩鰯を刺した物と柊の小枝を家の玄関へ挿すのも厄除けだし。

節分には「年取り物」(年包・福包)を主人から家内全員に配って、用意した里芋、大根、牛蒡、焼豆腐、黒豆、高野豆腐、蓮根の煮物、田作りの重と数の子を肴に酒を酌み交わすのが吉例とされていた。って、お気づきの方達も多いと思うけど、この内容は現在のお節料理の一部となっていて、お節料理という言葉自体が元々は「御節供料理」で節句、節分、春・秋分、夏至、冬至に神仏へ御供えした料理の総称だったのが、現在はお正月の料理を指す言葉になっていたりするんだよね。

そして「除夜」て言葉は、易暦では節分に冬の陰気を払って、春の陽気を取り込む日で、大晦日の夜のことじゃないんだよね。

じゃ、除夜の鐘ってなんだんねんってことなんだけど、ご存知のように、一般的にはこの鐘は108回撞かれる訳で、この数の元となる説には様々なものがあるんだよね。

陰陽法系の説としては、一年の月の満ち退きの回数が12,立春・春分・立夏・夏至など一年を24等分した二十四気(二十四節気),それを更に細分した七十二候(しちじゅうにこう)の合計が108となりそれぞれの日々を過ごす中で生まれた煩悩や邪心を払うとされる。また神仏混淆の時代が長かった為に、除夜は神道行事の「大祓い」と融合しているのが一般的だ。

仏教系は大きくは二説ある。一説は、人が暮らす中で知覚する好、悪、平の三つの煩悩が、目、鼻、口、耳、皮膚感覚そして心(六根)に生まれて18種類となり,それぞれに染、浄の2種類が,さらに過去、現在、未来の3種類があるのでそれを掛け合わせると、百八煩悩となるとする。

他の一説は、人々は98種類の煩悩によって輪廻の世界に結びつけられており、これに修業を妨げるものとしての10種の煩悩を合わせて百八煩悩としている。それぞれ「九十八結(くじゅうはっけつ)」「十纏(じってん)」と称される。

中国では宋代に始まったと言われるけど、日本では室町以前は一部宗派の行事であって、庶民が年参りに行けるようになった江戸期に一般化したとの説が有力なんだよね。つうか、鐘の打つ数108つについてさえ、定説は無い。

「穢れを祓う」という感覚自体は元々は神道系のもので、正月に家々を訪れ祝福を与えて下さる「歳神さま」を迎える為に、前年の罪穢れを祓い去り、神社では「大祓い」を行い人々は「煤払い」をして清浄な新年を迎える一途として、定着したとの説もあるんだよね。

で、この「歳神さま」ってのが恵方神なんだけど、方角に神様がいるってのは、神道特有のものではなくて、現在大流行の風水、つまり陰陽五行はもちろん、仏教の考え方まで混在している。

はっきり言えば、「日本の風習」系の書籍に誤りが多いのは、日本の宗教観の根底を見誤っているんだよね。

皇室を発端として拡大した祭礼は、元々の祖霊崇拝に中国を模倣した儒教・道教系の祭祀が混じり、そこに国家宗教として位置付けられた、渡来宗教である仏教的思想が混在し、しかも、最高位祭祀者としての天皇が治国することに正当性を持たせるために、慶応4年の明治政府が出した「神仏判然令」までは神仏混淆が常態だったんだよね。

これは元々、神を信仰していた人達に仏教を広める為、僧侶や為政者達が「神様も仏様も同じもの」と教化活動を行ったわけで、聖徳太子の十七条憲法(604年)の第二条にある仏教を国教とするという詔勅が起源とされ、その後大化年代(646−649年)の仏教興隆の詔勅を経て天武天皇の詔勅により鎮護国家の仏教として不動のものとなった。これにより、寺院(僧侶)−神社(神官)−修験者(山伏)という順位も確立して、日本独特の宗教観が形成されていたわけで、そこが押さえられていないと、意味不明な解説が展開されてしまう。

話を戻すと、年末年始の行事の順番としては、「一年よく働いたなぁ」ってことで、「事収め&すす払い」を1年で一番厳しい大寒の季節に行って物理的な穢れを取り、節分で厄払いをしてから、立春を迎えて、それから新しい年を祝うってのが流れだったんだよね。

節分と正月の関係は、日本の土着信仰と神道、そして仏教との混交した信仰風土、暦の変遷と民間民族行事の変遷を考える上で、一つの大きな示唆を得ることのできるものなに、いーかげんな風習本やインチキ暦サイトのせいで、誤解が拡大している。困ったもんだよ、まったく。時代変遷を抜かした「日本の風習本」は殆ど害毒みたいなもんだと思うよ、まったく。

一言のつもりだったのに、なんか長くなったのでこの辺で。

じゃ、またね。


テキスト庵

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2005年02月01日(火) 破綻し続ける第三セクター。そして日本型PFIとは何か?

前2回分の日記、思い切り突っ込んで頂いた皆さま、ありがとうございました。

2005年01月29日(土)
の〆の言葉の部分

語句の御用=>語句の”誤用”

多数の皆さまにお約束通り突っ込んで頂いてありがとうございました。それより、乳についての突っ込みの方が多いって、何なんだよ(^^;;。E-70は本当です。ぷんぷん。ちなみに「でぶ」じゃないです。ぷんぷん。とりあえず、日記才人さんのプロフみてね。嘘と坊主の頭はゆった事がない「つきなみ日記♀」、現在のスペックはB88(E-70)W60、H82だ、なのに、なぜ結婚はもとより彼氏も出来ない?(自爆)あ、晒してない顔か・・・・・orz

それはともかく、開催中の国会の政府答弁で、お経のようにって言うか、呪文のように唱えられるのが、「民間活用」って言葉だ。あるいは、「民間企業ノーハウの活用」。

一見耳障りがいいんだけど、忘れちゃいけないのが、レッツゴーヤング、ルイルイは太川陽介で、奥さんは藤吉久美子。<=おい!

じゃなくて、屍累々の惨状となっている第三セクターによる各種事業だ。

第三セクターについては

「誰が儲かるのか?第三セクターについてちょっと。」2001/3/4
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10246&pg=20010304

「コンサルタントは狐なのか猿なのか?第三セクター」2001/3/7
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10246&pg=20010307

「おぼっちゃま、おじょうちゃまの国日本/コネ亡国論もどき」2001/3/18
http://www.enpitu.ne.jp/usr1/bin/day?id=10246&pg=20010318

でも書いたことがあるんだけど、ちょうどこの2001年、シーガイアをはじめとする破綻が末期症状を呈してきて、騒ぎが大きくなった。

ちょっと新しい第三セクターは設立できないなぁっていう感じになってきていた平成11年(1999年)7月に法案が成立し、満を持して登場したのが、日本型PFIだ。本来は、この形態が「民間活力導入」の目玉になるはずだったんだよね。

PFIって普通に暮らしていると、あんまり馴染みがない言葉だと思うんだけど、「民間資金等の活用による公共施設等の整備等の促進に関する法令」(PFI法)で認められている、事業形態だ。

Private Finance Initiativeの略なんだけど、

***************************************

『民間の資金や技術的・経営ノウハウを積極的に活用して、効率的で質の高い行政サービスを達成することを目的としています。このため、導入方針の決定(特定事業の選定)の際には必ず従来の事業方式とPFI方式の事業期間全体の財政負担額等を比較検証することとされており、VFMの達成が確認でき、かつ現行制度下で実現可能であると判断される場合に、PFIを導入する仕組みになっています。 』

自治体PFIセンター http://www.pficenter.jp/ の広報より引用。

***************************************
って事なんだよね。

元々は英国で1980年代後半に始まった公共事業の手法で、民間から調達した資金で、民間の知恵と工夫で公共事業を効率的で安くあげてしまおうてのが目的だ。 

じゃ、第三セクターと何が違うかって言えば、「Private Finance Initiative」なんで、一番の違いは自治体に債務保証が発生しない。あるいは、させない。

日本の場合の事業構造は、こちらをご覧頂けば一目瞭然なので、ここには記述を省くけどすごく簡単に言えば、自治体が「こんなことやりたいなぁ」っていう事を、民間企業が「ぼく、こんな風にやります!」って手を上げて、その運営管理までを受託して、そこまで含んだ契約を結ぶってことなんだよね。

「それで、自治体にリスクが無いならいいじゃん」って一瞬思わせるのがミソで、実際には、「特定目的会社」(SPC:Special Purpose Company)という特殊会社を企業連合が組んで設立し、そこが企画から建設・運営・管理を行うんだよね。

で、SPCは「親会社の財務内容に左右されない」ように、独立した形になるわけなんだけど、逆に言えば、SPCの債務は、企業側も出資金以外は保証しなくて済んじゃうんだよね、自治体だけじゃなくって。

無茶苦茶簡単に言えば、公共事業を維持管理まで丸投げして、上手くいかなければ、実際に潰すわけにはいかないので、公的な保障機関が債務を被って、運営可能な額で、また別の事業体に丸投げするってことなんだよね。

表向き、事業の内容は自治体が監修精査してから、PFIと契約するわけなんだけど、そこにコンサルが挟まる構造は、最初から容認されていて、運営も「適切かつ効率的に行われていることを監査する」って、効率的に行うことが監査できる能力があるなら、自治体自体でやればいいんじゃん、まったく。

国会で小泉じゅんちゃんと腰ぎんちゃくの竹中へーちゃんが繰り返すのは、「民間のノーハウ」「企業の競争原理」「民間の手法での活性化」ばっかりなんだけど、それを監督するのはお役人様で、それが出来るのなら、今まで通り国家や自治体がやった方が、利益が必要ない分間違いなく安上がりなんだし、出来ないのなら、実質丸投げなんだよね。矛盾してない、言ってること?

そして、それを受託する法人に対する縛りは、どんどんゆるゆるになっていて、法の間隙を突く事で、無責任であればあるほど、い〜加減であればあるほど、楽して儲かる構造がどんどん創出されている。

今まであまり話題になっていなかったのは、なにせできたての制度だったのと、実際に事業が始まるまでに時間がかかるため、実体が見えにくかったんだよね。

それにも関わらず、昨年10月に鳴り物入りで開設された臨海工場余熱利用健康施設「タラソ福岡」が日本のPFIで初めて破綻しちゃって、結局福岡市買い取る方向になってしまっている。つうか、予定の流れなんだけど、ちょっと早過ぎただけなんだよね。

国会で論じられている、「民間活力導入」ってこんなもんで、PFIも破綻し易いことが判ってから、年末あたりからの政府答弁は、いつのまにか、事業自体の民間委託に方向変換されているのに、なんで新聞は書かないんだよ、まったく。

ふぅ・・・。

いったいどうなっちゃうんだろうねぇ、まったく。

PFIのもっと色々な法との不整合や事例についてはまた日を改めて。

今日は帰りに、竹下通りにでも久しぶりに寄って、70-Eのバーゲンブラジャ^でも買って帰ろ〜っう、って、上下揃いで¥3900限度だけど。へにょん。

ってことでまたね。


テキスト庵

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