一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
なのフェイかなあ(何)。 ちょっとだけ、A's→StS補完。 多分、同案多数(何々)。
目覚めた時、見えたのは白い天井。 窓から差し込む光が眩し過ぎて、空が見えなかった。 目を転じれば、誰もが一様に沈んでいた。 預けられた背中を守れなかったと唇を噛み締めて涙を堪えているヴィータちゃん。 彼女を支えて、蒼白な顔で、それでも確りと地を踏みしめて立っているはやてちゃん。 その他にも、誰もが少し赤く染まった目をしてそこここに佇んでいる姿の中。 痛みすら無い無感覚の中全く思い通りにならない体を諦めて視線だけで探し当てた、フェイトちゃんは。 ただ、真っ直ぐに、私を見つめてそこに、居た。 真白だけれども蒼褪めては居ない顔と。 沈痛だけれども泣き腫らしては居ない目をして、ただ、そこに。
「治療方法は二通り」
意識を取り戻して二日目、麻酔の効果が薄れても何処か茫洋とした身体を持て余している病室を訪れた担当医の先生が、先ずは、という感じで淡々と話始める。
「治癒魔法を連用して、身体機能を回復する方法。これなら半年程度で日常生活に支障のないレベルまで治癒するでしょう。ただし……」
手にした簡易ウィンドウに落とした視線を此方に向け直して、先生は僅かに眉を顰めた。
「治癒魔法の連用には、身体の健全な自己治癒能力を阻害し、治癒系の魔法に対する耐性を付加する副作用の発生が認められております。勿論、あなたが今後、普通に日常生活を送る分には大きな問題ではありません」
ありませんが、と繰り返して顰めた眉を元通り緩ませる。
「今回ほどで無くとも、ある程度以上の魔法および物理的ダメージに対する耐性はほぼ、失われると思って頂きたい」
表情に僅かな変化を見せた以外、先生の口調にも顔付きにも大した変化は無かった。なんと言っても、時空管理局武装隊付属病院の先生だから、こんな説明が必要な患者に当たるなんて事はある意味、日常茶飯事なのだろう、と思わせてくれる態度に、正直、ほっとする。
「ですから、もう一方の治療方法は自ずと限定されます」 「……はい」 「過酷な状況が見込まれます。その上、どれだけ時間を掛けた所で、身体能力が元通りになることは愚か日常生活を滞りなく行える状態まで回復するのにどれ位のリハビリと物理的な治療行為が必要になるのかは、今一口には説明しきれない程です」 「はい」
でも、と先生は、肩をすくめるようにして表情を緩めた。
「なのはさん」 「はい」 「もう一度、空を飛びたいですか」 「……ええ」
体中を覆う、ぼんやりとした鈍い痛みや口の中に未だに残る赤錆た味、砂を噛んだ時の言い様のない違和感、それら全てを改めて感じながら、それでも、小さく頷いた。
「それでも、やっぱり私は、もう一度、飛びたいです」
三日目、完全に麻酔が切れ、少し身動きしただけでも鈍痛が背中から全身を駆け巡るような、そんな状態が始まった。当然、面会は謝絶状態。とはいえ、こんな有り様では誰が来てくれた所で、まともな対応は出来なかったに違いない。 そういえば、意識が戻ったその日の夕刻、丁度今くらいの時間に、遠い故郷から両親が駆けつけてくれたのだった。 枕元に並んだ二人は、どちらかというと父の方が余程参った顔をしていたように思う。なんだか、幼い頃とは正反対の立場に居る自分が可笑しいような悲しいような思いだった。恐らく、父もそうだったのだろう。間に佇む母が、思った以上に落ち着いていて、それが本当に有難かった。
「心配はしたわ」
包帯だらけの頭からはみ出した髪にそっと撫でるように触れて、母は少し寂しいような笑顔を見せてくれた。
「あなたが決めたことなんだから、何て言葉じゃ誤魔化しきれない位、心配したし、心臓が止まるかと思ったのも本当」
ごめんなさい、と、辛うじて動いた唇でやっと応えると、母はううん、と首を振った。
「謝る事はないわ。今は、ゆっくりとお休みなさい。命に別状は無いってお話だし」 「そ、そうだ、今はゆっくりと身体を休めて、しっかり治療に専念するんだぞ」
母に続いて、枕元に束になって流れる髪に触れながら、父はまるで自分自身に言い聞かせるように言葉を綴った。
「大丈夫だからな」
その言葉を聞いて、今更ながら申し訳ない気持ちで一杯になった。声も出せない、身動きも出来ないまま、ただ、小さく頷き返すだけの娘に、父が自分自身の過去を重ねないではいられない事が、酷く申し訳なかった。
「なのは」
母が、そっと、でも強く名前を呼ぶ。
「余計な事は考えない。お父さんが大丈夫っていうからには、大丈夫なんだから」
にっこりときっぱりと、母の言葉と笑顔は何処までも力強くて。 ああ、と溜息を零すばかりだった。 幼い自分が独りの時間に耐えることだけで一杯だった頃、許される時間の中しっかりと抱き締めてくれた事をようやく思い出せた気がした。 母も、そして父も、分かってくれている。 見えない角度にある窓の外には、いつもと変わらず、空が広がっている。 ごめんなさい。 そう思いながら、それでも、もう一度。 飛びたい、改めてそう決意したのは、多分、その瞬間。 そんな事を思い起こしていた耳に、こつん、と硬い音が響いた。 痛みが増した分、ある程度自分の意思も通用するようになった身体を叱咤して、視線を窓辺にめぐらせる。夕暮れ時の色に染まり始めた窓の向こう、見慣れたバリアジャケットの色が過ぎって吃驚する。 こつんこつん、と音が繰り返された後、淡い魔法光が差して、窓の鍵がくるりと回るのが見えた。控え目にそっと、窓が開く。
「……なのは?」
そろり、と隙間から忍び込むような動作で、漆黒のマントとバリアジャケット姿のフェイトちゃんが病室に降り立つ。それが、見つかったらただじゃ済まされない位問題な行為である事は分かっていても、一瞬、色んな感情に満たされて、目元に熱を集めてしまう。
「……いいよ、何も言わなくて」
身体の自己治癒力を高めるため、今の自分は魔力リミッターを厳重に掛けられた状態にある。そうでなければ、身体に負担を掛けず念話でいつもどおりの会話をすることだって出来ただろう。その悔しさを察したのか、フェイトちゃんは穏かに続けた。
「今日は、様子を見に来たかっただけなんだ。邪魔して、ごめん」
そっと近づいてくるその姿は、不思議な位いつも通りだった。蒼褪めても、取り乱してもいない、いつもの端正な面差しと表情。不安も心配も封じ込めた、寧ろいつも以上に強い意思が込められた真紅の瞳。いつも以上に、いつもどおりの、フェイトちゃん。
「本格的にリハビリが始まったら、ちゃんとお見舞いに来るから」
ベッド脇に静かに屈んで、顔を近付けてくれる。
「今日は、ちょっと報告したいことがあって。私も、暫くはミッドで勤務する事になったんだ。あ、なのはの事とは無関係だからね。執務官試験の準備の為にって、前々から母さんやクロノが取り計らってくれていたことだから」
ちょうど良かった、なんて言いながら目を細めて、枕元に流れた髪を優しく撫でてくれる。目を覚ました日に、父と母がそうしてくれたように。
「だから、安心して」
大丈夫だからね、と、微笑んでくれる。
――フェイトちゃん。
声にならない声で呼び掛ける。
「うん、なのは」
気付いて、ちゃんと、返してくれる。
「また、飛ぼう」
同じ空を。 また、二人で。
当たり前のように、懐かしむように、フェイトちゃんは続けた。
「待っているから」
うん、と頷き返しながら。 どうしようもなく、思い通りにもならない身体に走る痛みにも。 力を込めて歯を食い縛ることすら出来ない、自分にも。 父母の、優しい励ましにも零れなかった涙が、溢れてくるのが分かった。 ぽろぽろと零れる雫を、フェイトちゃんが指で拭う。
「大丈夫だから」
繰り返す声の静かな優しさに、私はただ、空を失ってから初めての涙を、流し続けていた。
続くかもしんない(えー)。
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