一橋的雑記所
目次&月別まとめ読み|過去|未来
2006年03月03日(金) |
此処に書いた時点では奈緒ちゃんの苗字間違ってなかった件について(ヲイ)。※ホントは070506. |
オンリー用ペーパーの下書きです。
くそう……この時点では間違って無かったのに(涙目)。
後日、改めてペーパー版を更に修正した上で(伏し目)。 サイトの方にUP致しますです。
「桜の花、散る頃。」
ばっかみたい。
たまたまの通りすがりだった。 あんまり天気が良いものだから、午後の授業は早々にサボることにして、いつもの場所で本でも読むかと中庭を歩いていた所だった。 本来ならこんな時期にこんな場所に居るはずも無い、白い制服の背中を見つけてしまったのだ。
「……ああ、結城さん」
気付かれない内に、と踵を返す暇も無かった。目敏く振り替えるあいつの顔にはいつもの胡散くさい笑みがあって、あたしは思わず目を逸らす。
「お久し振りやねえ。お元気そうで何よりどす」 「……何してんのよ、あんた、こんなところで」
能天気な声が却って薄気味悪い。 そんな気分を隠さず声に出す。けれどもあいつは動じた風も無く、さらりと応えた。
「お別れを言いに」 「――はあ?!」
ある意味剣呑な言葉に、思いっきり素で叫んでから慌てて口元を押さえる。あいつは、くすくすと笑い声を立てた。
「せやから……この場所とももう直ぐ、お別れやろ?」 「……あー……」
どうせ、そんなことだろうとはすぐに思ったのだ。それでもどうしてだかどこか安心めいた気分を覚えて、あたしは肩を落とした。
「結城さん、もしかして、うちのこと、心配してくれはったん?」 「はぁ?」 「えらい大声上げはったさかい……おおきにな」 「ば……っ!」
語尾にハートマークか音符でもくっついてそうな声音に、あたしは本気で拳を振り上げかけ……固まった。 あいつは、あたしの目の前で深々と、頭を下げていた。
「思たらうち、結城さんにはほんまに、えろう申し訳ないことばかりどしたな。堪忍しとくれやす」
本鈴もなり終わった、午後の時間帯。 ひと気のない中庭。 全国平均よりも少し早く花開く季節を迎えるこの場所には。 溢れんばかりの花が咲き誇っている。 ざわりと吹き過ぎた生暖かい風が、そのむせ返るような匂いと。 舞い散る何かの花弁を辺り一杯に運び込む。 そんな中、淡い色の制服を身に纏ったあいつが、亜麻色の柔らかな髪を波打たせながら、あたしに向かって頭を下げている。 目が、眩みそうだった。
「……ばっかじゃないのっ!」
今度は、本気の怒声が咽喉から飛び出した。
「今更、何いってんのよ?!」
日差しは暖かくて。 風は甘い。 けれどもあたしの目や鼻腔には一瞬にして。 あの海岸通りや、月杜のビル街の薄闇や、海の匂い、金属焦げるような異臭、吹き付ける生臭い風が甦り、背筋を冷やす。
「……そやね」
呟いて、あいつは、面を上げた。そこにはもう笑みは無かったけれども、酷く静かで穏やかな無表情があった。
「今更誤ったとこで、取り返し、つかへんことやったね。堪忍」
その、見ようによっては酷く悄然とした顔に、あたしは、呆れた気分に襲われ目を眇めた。申し訳ない、なんて言葉を口にしながら、未だにその心はまるで此処には存在しないようだった。
こいつは、あたしから大切なものを奪い取った。 あたしを、恐怖と絶望の底に、叩き落した。 自分自身の欲望のために。 言ってみればそれは、自分たちの楽しみのためにあたしから家族と平和な生活を奪い去った連中がやったことと、大差のないことなのに。 何故だろう。 今こうしてあたしにむかって頭を下げる姿を見ても、憎しみとかそんな感情は何処を探しても見当たらない。 むしろ、湧き上がってきたのは、怒りだった。
「……玖我とは」
その答えが見つかる前に、あたしの口は勝手にその名を紡いでいた。
「玖我とはどうしてんのよ、あれから」
びくり、とあいつの身体が震えた。
「つーか、あのホルモンラード女にもちゃんと謝ったの、あんた」
それでも剥がれ落ちないあいつの穏やかな無表情の仮面が腹立たしくて、あたしは更に声を上げる。
「あたしのことなんて、ほんとはどうでも良いんでしょ。なのにあたしに先に謝るわけ? なにそれ、予行演習? そんなんで謝ってもらってもあたしはちっとも嬉しくない。つーか、正直うっとおしいだけ」
一気にまくしたてながら、高ぶる感情を抑えきれずにあいつに詰め寄ってゆく。
「今更そんな出来の悪い演技、見せてもらったって、有難くも何もないっつーのよ! そんな暇あったら、さっさとあいつんとこ行って、土下座でも何でもしてくれば?!」
イライラする。 人を殺してでも、人の大切なもの奪ってでも、何もかもぶち壊してでも手に入れたいとか思っていたくせに。
「それとも結局、あんたたちの関係とか想いってのも、それ程度のもんだったって訳? はっ! ざけんなってのよ!」
似ているんだわたしに、と。 あの日、背中越しに呟かれた言葉。 その向こうで、温度を失った笑みを浮かべてただ、自分の想い人だけを見ていたあいつ。 あの瞬間。 あたしはどうしようもなく。 泣けるほどに。 確かに、二人が。 二人のことが――。
「……結城さん」
すっと、あいつの面から何かが剥がれ落ちた。 思わず息を飲み、身構えたあたしに向かって、そのままやんわりと微笑む。
「おおきに」 「――……はあ?!」
一瞬、何を言われたのかも分からず思わず後ずさる。
「……なによそれ。そこ、礼を言うとこじゃないわよ」 「結城さんはほんまに、よう分かってはるんやね」 「なにがよ!」
言い返した言葉には答えず、あいつは笑みを深くする。それは、どこか哀しげな笑顔だった。
「結城さんにいつかちゃんとお詫びしたい思てたんは、嘘やあらしません。けど……ほんま、堪忍」
さっきとは明らかに違う、痛ましいものさえ感じる声音に、あたしは反射的に返そうとした罵声を引っ込める。
「……良いわよ」
あたしに酷いことをしたのは、この女で、あたしに謝るべきなのも、確かにこの女だというのに。 何故だか、胸がちくちく痛み出す。
「それよりあんた、受験は?」 「おかげさんで、無事すみました」
代えた話題にするりと乗って、にっこりと笑う。その笑顔に向けて、どこへ行くことになったのか、と尋ねかけてやめた。 それは、あたしが訊くべきことじゃない。
「なら、とっとと用を済ませてさっさと出て行ったら? あんたがここから居なくなったらせいせいするから、主にあたしが」
言い放ってくるり、と背中を向ける。 向けてから、もしかしたらこれきりもう二度と逢えなくなるのかも知れないと気付いて、一瞬、どきりとする。
「――結城さん」 「……何よ」
なかなか、歩き出せなかったあたしの背中に、あいつの柔らかな声が届く。
「授業、あんまりさぼったらあきまへんえ?」 「……余計なお世話よ」
お節介な言葉に釣られて振り返る。 綺麗な顔で笑うあいつを、甘い風と華やかな花弁が彩っていた。
もっと早くに。 ずっと早くに。 その笑顔に出逢えていたら。 あたしも、変わっていただろうか。
――……でもそれは、今更どう考えみても、ありえないことから。
「ばいばい」
小さく呟いて、今度こそ背を向けた。 そう、あたしは確かに。 あの日確かに、二人のことが。 うらやましくてうらやましくて、堪らなかったのだ。
― 了 ―
|