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diary
2007年01月07日(日) 真冬夜桜奇譚(デカダン)
――櫻ノ花ノ 満開ノ下――
枯れ枝のように見えた冬の枝は、力を入れただけでは手折れなかった。ゆるやかにしなって、みしりと音を立てただけ。見上げると花芽が無数に吹いて、藍色の夜空いっぱいに腕を広げた怪物のように、圧倒的な存在感で挑まれるようだった。
――喰われる。
一瞬身構えた。まさか。
他の樹よりも異常なほどに大きく、美しく、紅の濃い花を咲かせたりする桜の下には、
「埋まっているんだよ」
よく言う話だ。それが本当のことかどうかを試すため……というのでもないけれど、ぼくは今、一本の冬桜の根元を掘り返している。枝を折ることは諦めたので、落っこちていた潰れたアルミ缶をスコップ代わりに、公園の固い土をがりがりと掘った。しゃがみこみ、素直に、なんにも出てこないのを不思議がった。それも可笑しな話だけれど。だって、桜の下にはなにかしら、埋まっていなくちゃいけない。
「だからそれをこれからぼくが埋めようとしているんじゃないか」
それはわかっているのだけれど。
『儚いものなのよ。なにもかも。わかっているわ。永遠なんて、ありえないのだから、それなら、確かな一瞬を。今のこの瞬間を、愛するわ。明日あなたが此処にいなくとも後悔をしないように。あたしはこの一瞬に賭けるつもりよ』
そう言って、凝っと見つめた眼の奥の光を、なぜ覚えているのだろう。ひとはどうしても詰まらないことばかり記憶に留めてしまう。だから、カタチなんて要らないだろう。カタチの残ったものはなんとなく嘘くさい。それよりも、記憶だ。それはきっと、美化されたり誇張されたりするだろう。が、彼女のことばを借りれば、その瞬間のぼくにとって、一番必要な姿が、記憶の中のそれなんだろう。だから、つまらない苦しみを感じさせるような具現物はすべて、消し去った方がいい。だから、埋めるんだ。
――なにを。
傍らに目を遣ると、青いビニールシートに包れた、ソレ。
「死体を表現しようとでも?馬鹿げているよ、そんなもので」
麻紐で口を縛ったそれを摘み上げて掌に載せると、ひんやりして軽い。――中身は?なんだと思う?
例えばそれは、彼女のきらきらひかる眼球。
例えばそれは、彼女の髪の毛一束。
例えばそれは、唯一虫歯じゃなかった、彼女の右上の奥歯。
例えばそれは、火傷の痕の残る、彼女の左の脹脛の皮膚。
例えばそれは、ぼくの好きだった、彼女の右の薬指の骨。
例えばそれは、あの時抜き取った、彼女の血液を入れた小瓶。
「すべて幻想だ」
ほんの小さな穴をやっと掘り終わった。麻紐を解いて、中にあった赤い石のついたピアスを摘み、その穴へ棄てた。アルミ缶のスコップで土を戻し、立ち上がって踏みつけ、小さな墓を固めた。そしてまたしゃがみこみ、転がっていた石を墓標に置いた。
見上げると、大きな樹は、冴え冴えと蒼い。
「次の春だね」
そう、次の春。
きっとこの樹は血のように赤い花を咲かせるだろう。じゃなきゃ嘘だ。僕の記憶の死体を。彼女の一部の死体を根から吸い上げ、どれよりも妖しい花を咲かせてくれなくては。そうじゃなかったら、埋められたのはいったい、なんだったと言うのだろう?
「でもきっとぼくらはきっと、その花を見ることはないけれど」
逃げるわけじゃないさ。
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デカダンスキーに五十のお題No.01「埋める」
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サキ
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