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2013年10月31日(木) 依存と乱用の分離と統合

「心の家路」のサイトも解説から十数年経ち、掲載してある情報も古くなってきました。他の分野に比べれば緩やかなものですが、アディクションの世界にも進歩や変化があります。常に学び、新しいものを取り入れていく必要があるのでしょう。

「家路」をリニューアルするために集めた情報は、こちらの雑記でざっくり紹介していこうと思っています。今回もそんな情報の一つです。

この雑記では「アルコホリズム」という言葉を使っています。この病気を示す言葉として alcoholism が最も一般的な言葉でしょうが、日本でカタカナの「アルコホリズム」という言葉を使っているのはおそらくAAだけです。

スウェーデンの医師マグヌス・フスが Alcoholismus Chronicus (慢性アルコーリスム)という本を書いて発表したのが1849年のことでした。これがアルコホリズムという言葉の起源だそうです。ただ、フスが記録したのはアルコールによる身体の合併症であって、今の依存症の概念とは違っていたようです。また、アルコホリズムという言葉は(少なくとも英語圏では)すぐに広まらず、dispomania や inebriety という言葉が使われ続けました。

アルコホリズムという言葉が広く使われ出すのは1930年代以降、つまりAAの誕生以降です。それまで単なる悪癖と思われていたアルコホリズムを疾患として医学に認めさせたのは、多くの研究者の努力によるものですが、その背景にAAが大量の回復者を生み出したからこそでもあります。

APA(アメリカ精神医学会)では、DSM(精神障害の診断と統計の手引き)という診断基準を定めていますが、1952年のDSM-Iにはアルコホリズムというカテゴリが含まれています。WHO(世界保健機構)のICDでは、1967年発表のICD-8にアルコホリズムが加えられました。ただし、どちらもパーソナリティ障害のサブカテゴリになっています。

その後、DSMもICDも改版されていき、現在使われている版にはアルコホリズムという項目はありません。なぜアルコホリズムが消えてしまったのか?

そもそも診断基準とは何でしょう。いったいそれは何が目的なのか?

精神疾患は(一部を除けば)原因やメカニズムがよく分かっていません。仕組みがよく分からなくても誰かが何とかしなくちゃならない分野はいろいろあります(気象予報とか農学とか)。精神医学もそのひとつなのでしょう。おかげで、病気の仕組みについて様々な概念や仮説が提唱され、それぞれに信奉者が生まれます。放っておくと、それぞれに診断システムが作られ、病気であるかないか、病気だとすればどの病気か、病状は改善しているのか悪化しているのか・・・バラバラの基準ができてしまいます。

そうなると、保険金の負担や支払いが不公平になったり、ある治療法と別の治療法のどちらが優れているか比較ができなくなったり、いろいろ困ったことになります。そこで、「症状を頼りに」精神疾患を診断し、分類する統一基準が作られてきたわけです。

そして、新しい知見が加わると、それにあわせて診断基準も改版されていく・・・診断基準とは常に変更され続けるものなのです。

さて、1950年代にWHOの専門家委員会で、「嗜癖(addiction)と習慣(habituation)をどう区別するか」という議論が行われました。それまで区別なく使われていたこの二つを、委員会はこう定義しました。すわなち・・・

「嗜癖」とは、ヘロインのように連用すれば「誰もが」ハマってしまい、強迫的欲求が生まれ、耐性が生じ、離脱症状があり、個人の生活にも社会全体にも重大な影響があるもの。

「習慣」とは、ニコチン(タバコ)のように、強迫的欲求や離脱症状がなく、その薬理作用を好ましいと思った一部の人だけが進んで摂取するもので、影響があったとしても個人的なものに限られるもの。

嗜癖と習慣の違いは、薬物の違いによるものであるから、嗜癖を生じる薬物は国際的に規制すべきだとしました。ところが、この区別はあまりうまくいきませんでした。理由の一つは、次々に新しい薬物が登場してきて、それを分類する手間が必要だったこと。もうひとつは、アルコールのように両者の中間タイプが存在して、厳密な区分けが難しくなったことです。

(アルコールには一部の人たちしかハマらないけれど、ハマった結果は「嗜癖」です)。

結局10年以上議論を続けた挙げ句、1964年に「これからは嗜癖や習慣という言葉を使うのは避け、区別せずに依存(dependence)と呼ぶのが良い」という声明を出して幕を引きました。これ以降、アディクションという言葉は、医学的には好んで使われなくなりました。

嗜癖(アディクション)と嗜癖でないもの、という区別に意味があるとすれば、依存という概念はその両者を包括していると考えられます。

アルコホリズムに話を戻すと、WHOのコンサルタントも勤めたE・M・ジェリネックは1960年に Disease Concept of Alcoholism という本を出版しますが、この中で彼はアルコホリズムを5種類に分類しました(α型〜ε型)。彼はこのうちのγ型とδ型の二つだけが嗜癖と呼べるとしました。

つまりジェリネックの分類によれば、アルコホリズムには嗜癖と嗜癖でないものの両方が含まれていることになります。

(ちなみに、ジェリネックはアルコホリズムの研究に生涯を捧げた人で、最後はスタンフォード大学の自分の机で絶命しているのが発見されたのだそうです)。

1970年代になると依存の研究が進み、依存の本質は強迫的欲求や耐性や離脱症状だと考えられるようになりました。これは嗜癖の概念とよく似ています。すると、それまでの診断基準(DSM-IIやICD-8)にあったアルコホリズムには、依存と依存でないもの両方が含まれる曖昧さが生じます。

そこで、1977年に発表されたICD-9、1980年のDSM-IIIでは、それまでのアルコホリズムが「アルコール依存」と「アルコール乱用」の二つに分割されました。(ICDでは乱用は「有害な使用」)。

(それまで日本では alcoholism を(慢性)アルコール中毒と訳し診断名にも使われていましたが、これを境に徐々にアルコール依存へと置き換えられていきました)。

これによってアルコホリズムには、「依存」と「依存ではない乱用(abuse)」の二つが含まれ、それを区別することが明確になりました。乱用は、依存の前段階(いずれ依存に発展する)かもしれないし、依存とは関係ない乱用もあり得るのかも知れず、そこら辺ははっきりしないのですが、「依存でないものも含めてアルコール問題全体を扱う」という意志は明確です。

依存症のことを知らない人たちは、大酒を飲んでいる人がいてもそれを病気だとは思わず、単なる悪癖だと信じています。知識がないからこその偏見です。

ところが、同じ人が依存症の知識を多少得ると、今度は大酒を飲んでいれば何でもかんでも「アルコール依存症」だと思ってしまいます。「依存ではない乱用」があり、それはひょっとしたらアディクションではないかもしれず、アディクションのケアが合わないという可能性を考えることが必要でしょう。

さて、AAはAA独自のアルコホリズムの疾病概念を持っています。それはDSMともICDとも違うものです。ビッグブックの「医師の意見」から第3章までを読むと、AAが「本物の」アルコホーリクと呼んで対象としているものは、DSMやICDのアルコール依存(症候群)に近いことが分かります。しかし、完全に一致しているわけではありません。

その一方で、AAはアルコールに問題を抱えた人なら誰にでも門戸を開いています。「依存ではない乱用」の人たちは、AAのメインターゲットではないけれど「いらっしゃりたければどうぞ」ということでしょう。

今年(2013年)に発表されたDSM-5では、アルコール依存と乱用が再び統合され「アルコール使用障害」という一つのカテゴリになりました。この中で一定数項目を満たすものを依存、それに満たないものを乱用と区分けしています。

これは些細な変更のように見えますが、「依存ではない乱用」があるという考え方から、両者を統合して扱う方向へ舵を切っています。おまけに今回は、物質関連だけでなくギャンブルもこのジャンルに含めています。

1964年のWHOの依存の概念は、嗜癖であるかどうかを問うていません。WHOが「アルコール関連問題」と呼ぶものには依存も乱用も含まれます。そもそもアルコホリズムという言葉は、主にアルコールの嗜癖を指しているものの、依存や嗜癖でないものも含んでいます。このように、問題全体を包括して扱おうとする動きがあります。

その逆に、嗜癖と習慣を分けたり、依存と乱用を分けたり、あるいは「本物の」アルコホーリクと大酒飲みを分けたり・・と、間に線引きをしようとする動きがあります。

これまでの動きを見ると、この二つの動きが押し合ってバランスを取り、時計の振り子が振れるように右へ左へと動いてきました。DSM-5を見る限り、今は包括概念のほうへと振り子が傾いているようです。ICD-11への改版作業は2015年まで続けられるそうですが、おそらくDSM-5から大きな影響を受けるでしょう。

これからは依存と乱用の区別が曖昧になり、物質依存(アルコールを含む薬物)とプロセス依存(ギャンブル)を統合して扱う時代に入る・・・というのが一つの予想です。


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by アル中のひいらぎ |MAILHomePage


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