天使の真似 - 2003年06月13日(金) デイビッドのアパートから一緒に歩いてごはんを食べに行く予定だったのに、突然サンダーストーム。雷がバリバリ音を立てて、その音さえ消しそうな勢いで雨が降り出す。やだなあって思って中庭の雨を見てたら、「おいで」ってデイビッドがわたしとナターシャをアパートのビルの玄関に連れてく。「ほら、こっちの雨の方がもっとすごいだろ? 気持ちいいなあ」ってデイビッドが言い出す。 コンクリートに打ちつける滝みたいな雨の洪水へナターシャが飛び出して、デイビッドが追いかける。飛び出したナターシャが大雨に驚いて慌てて戻って来ると、デイビッドも走って戻って来る。デイビッドがおもしろがって飛び出すと、ナターシャがデイビッドを追いかける。ドアマンのおじさんとわたしはそれを眺めて大笑いする。 ホールに冷たい風がぴゅうぴゅう吹き込んで来て気持ちがいい。 4月からこっち、ずっと雨だ。「僕は雨は嫌いじゃないよ。とりわけこんな大雨は好きだよ。みんな文句言ってるけどね、この天候」。びしょびしょになったデイビッドが嬉しそうにそう言うから、大嫌いだったこの街の重たい雨が、わたしまで心地よくなる。 外にごはんを食べに行くのは諦めて、ヴィエトナミーズのデリバリーを注文した。お料理が来るのを待つあいだ、デイビッドが楽譜を持って来た。「きみ、楽譜読める?」「読めるよ」。わたしは旋律を口ずさんで、デイビッドがそれに合わせて歌を歌う。それはフランス語の歌詞だった。天使が窓から入って来て人間の女の子の姿になったって、そういう意味の歌だってデイビッドが教えてくれた。「それ、あたし」って言ったら「そうそう、きみ」ってデイビッドが笑った。 ストリング・ビーンズとブラウン・ライス。大きなテーブルの端と端に向かい合わせに座って、綺麗なガラスのお皿に乗せてくれたお料理を食べる。ブルックリン・ブルーワリーのビールの、わたしはエールを飲んでデイビッドはラガーを飲みながら。ガーリックの効いたストリング・ビーンズのソテーが香ばしくておいしくて、わたしは口に含んで塩分を取ったビーンズをナターシャに分けてあげる。ナターシャはわたしの横にぴったりくっついて、わたしのストリング・ビーンズを待ってる。 Jack Johnson の CD、やっぱり気に入ってくれた。プライベート・スタジオで録った音だ、ってデイビッドがカバーを確かめる。そのとおりだった。わたしは知らなかった。大きなテーブル。豪華じゃないけど趣味のいいお料理。おいしいビール。大好きな音楽。窓の外は雨。デイビッドとナターシャとわたし。弟からの電話を取ったデイビッドが、「今一緒に食事してるところ」ってわたしの名前を入れて言った。幸せな時間だと思った。 シャツの衿がネックレスのチェーンの留め金に引っかかって取れなくなる。 鏡に映すと、背中にぶら下がった白いレースのシャツが天使の翼みたいだった。 「ほら見て。天使の翼」。わたしは両腕を広げて、天使のあの人の真似をしてひらひら舞った。「うん。天使の翼だ。天使の翼だけど、取ってあげるからこっちにおいで」。デイビッドが笑う。それから、「木曜日の夜が大好きだよ」ってデイビッドは言った。 「木曜日だけ?」。そう聞いたら「ほかの日の夜なんかみんなサックス」ってデイビッドは答えた。「そうじゃなくて、ほかの曜日は会えないの?」「何曜日でも大歓迎だよ。でもきみが木曜日が都合いいんだろ?」。でもわたしも木曜日の夜が好き。心配しなくても木曜日の夜には絶対会えるなら、木曜日の夜だけわたしも天使になれる。 車のとこまでいつものように、ナターシャと送ってくれる。「Thank you for visiting me」「You are very welcome. Thank you for having me」。バイのハグをしながらちょっと丁寧な挨拶を交わして笑った。 「今度は来週の木曜日?」 「多分ね」 「なんで多分なの?」 「きみに予定が入るかもしれないだろ?」 「入らないよ」 「なんでわかるの?」 「木曜日の夜はあなたのために取ってあるから」 「ほんと? 僕も木曜日の夜はきみのために取ってある」。 雨は小降りになってた。窓を開けて手を振る。そのまま車を走らせた。窓から入る冷たい雨のシャワーが気持ちよかった。 「会いたかったよ」って言わなかった。 でもいい。少しずつ気持ちを確認し合ってる。そんなふうに思えたから。 -
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