21世紀猫の手日記
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5,6年ほど前、ZAZAは過労死を狙っていた。(狙うなよ)……なぜならばっ!(キンスキー風)、……多分データをとれば死後に確実に銭が取れそうな感じだったからだ。
しかし、時が経ち、最近は生きていて良かったな〜。などと思う。
実は自分は重度の”働き中毒”だったのではないか。それは、仕事することが、やりがいがあって、やればやるほど銭になって、人のためになっている……という、自覚があったからだ。 そして、連続勤労時間記録の更新や残業や、より困難な事態をなんとか収拾するのが大好きだったからだ。
そういうことのほうが、自分に向いているとはちーとも思ってはいなかったが、仕事と自分の生活とどっちが大事かというと、気持ちの上では自分の生活の楽しみだったけれど、実際は仕事や勉強優先の生活だった。
自分にはこういうこともできる……特殊な仕事だったので、自分の新たな能力を発見できる喜びもあった。
でもなぁ、今思うと、それって、つまんないプライドを満足させるだけの事だったのかもな〜。何でも向上心があれば良いってもんじゃないしな〜。
向上心も銭集めの方向に向いちゃうと、某ファンドとか某ドアの偉い人みたいに東京地検がガサいれにきちゃうわけだしな〜。
で、今、ZAZAは屋根のある所にすんで、ちょびっと仕事をして、何とか飯が喰えているので、それでなんかもうハッピーなのさ。欲が無さすぎるかもしれないけれど、それでいいかな〜と思う。
婆ちゃんを見てておもう。
婆ちゃんが嫁に来た70年くらい前は、電気も多分来て無くて、調理はおくどさんで、水も井戸から汲んでいただろう。通信といえば、郵便物ぐらいで、今のように情報が早くなかった。TVはなかっただろうし、ラジオはあっただろうけど……。スーパーは無く、行商の人が来たりしていてとか。今はすっかり住宅地になった、ばあちゃん宅の近所も畑か山だったろう。
……、つまり、今の世の中に精神が適応してなくても、それはそれで普通なのかもなぁ。社会の変化についていけないのも、わざとついていかないのもアリなのかな〜と。ばあちゃん、ついていってないけど、ハッピーっぽいもんな。
何でも競争せんでも、必死で銭集めせんでも、沢山仕事しなくても、こころもちしだいでハッピーになれるのかねぇ。銭金に出てくるビンボーさんを見ていると、資本主義も押し付けがましすぎると、かえって皆いやになっちゃったりして自給自足系に行っちゃうのかと思ったり……。
キンスキーほどじゃなくていいから、凄く強い我っていうか、自分が無いと生き辛いような……。とか、いろいろ。
zaza9013
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