21世紀猫の手日記
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2006年03月20日(月) 春なので……

新年度に向けて、人生のふりかえりとか反省とか意気込みとか諸々をゆるく語りたいと思います。−−;

大人になると、それまで隠されていた家庭の事情などを”ぽろっ”と親が口に出し”えーっ!?それマジ”ってことに、なることが多かった。…つまり、隠し事の多い家庭という解釈もできるのだが、表向き両親が言い争いをしていたり、他人の悪口を申している所(苦笑)というのは、ほぼ見たことが無かった。

私が寝静まってから、色々不平不満を述べていたのだろう。

なぜそんな習慣になったかというと、私が3歳の時に、両親は某氏の悪口で盛り上がったらしい。まぁ、どうせ子供だからわからぬだろうと、高をくくってのことだ。ところが、(全然私は覚えちゃいないのだが)私は何と、その次の日話題の某氏のお宅までよちよちと歩いていき、ブロック片とかでかい石などで、某氏宅の玄関を破壊したのだそうだ。

くくく。生まれる国が違っていれば天然素材のテロリストになれたであろう。

…と、その伝説を親から聞かされて知った本人はそんな程度の感想なんだけれど、両親は私が破壊した玄関の弁償やら、同じ町内会はいづらかったのか逃げるように引越しをするはめになったのだそうだ。

爾来、私の前で”他人の悪口、グチ、および夫婦喧嘩は子供が見ているので禁”というルールができていたようだ。

しかし、私の知らないところで、身内の借金の肩代わりをしたり、家賃の高い借家に入ったりと、仕事なんだか微妙におやじが家にいなかったりと、争いの火種は常にあり…どうも私が中学生の頃は特に寒い家庭だったようだ。

金が無い理由くらいは言ってくれても良かったのに。余計な事を子供に教えたくは無かったのだろうけれど、とりあえず、金が無いということに関しては納得しただろう。新聞配達したか、その親戚に嫌味を言ったか、そのあたりは保証できないが。一応、ちゃんとおやじが働いているのに、何かあると母の答えは常に”金が無い”なので、こいつはタダの意地悪なけちんぼじゃないかと思っていたのだ。

という、ある意味無理矢理作った綺麗な世界で育ってしまったおかげで、大人になってからは人様の不幸やトラブルを飯の種とするようになってしまった。より不幸なほう、より危険な方へ吸い寄せられていくように。

…けれど、もうそういうことはやめようと思う。普通の人は幸せに向かって進むものだ。(ニガワラ)援助の根にあるものが、好奇心ではしゃれにならんていうか、やっぱ良くない。


zaza9013

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