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2001年05月06日(日) オーバーヒート

晴れてたし渋谷界隈へ。
久々に連絡が来た人と会う。
壱時間くらい。
モデルとかしてるきれいな子。
るうちゃんきれいになったねぇっていわれてもぴんとこず。
いつまできれーで若くいられるかって考えるようになってしまった今日この頃なのに。哲生がすっごく怒ってるって人伝にきいたり色々して、酷くロゥなのにな。もう駄目なのかもしれない哲生とは。普段穏やかな人なのに、こんなに怒らせてしまうなんて。ばか。哲生は哲生はあたしにとってはかけがえのない大事な人なのに。
道ばたで友達がくじを引くというので、わたしも付き合ってひいた。そして最新携帯が当たってその子にあげた。そのくじ引きのバイトかなんかのお兄さんが、えろいですねぇとか見せたいんでしょ、とか何とか散々あたしに絡んでくるので、友達に○○で待ってるから、と言い残して走って逃げた。
今日は珍しく胸元のあいた服を着てたから。
連れがあの人達みんなるーちゃんのことすごくかわいいってゆってたよ、といっていたけど、彼女の方がかわいいと思ったしああいうからかわれ方は好きではないので流した。
彼女はまだ19とか20なのにあたしはどうも彼女と同じくらいに見られる。
この前もそうだった。年齢不詳らしい。
彼女が「妹は幸せそうだからなんか頭に来るのね。あたしはこんなに不幸なのに。るうちゃんも幸せそうだし」みたいな事を言っていて戸惑った。
簡単なアルバイトの面接さえ決まらなくて無気力で、神経症煩っていて、大好きだった子には振られちゃうし片思いだったし、哲生とは大喧嘩するし、不幸せって訳でもないけど不安定でそれほど幸せって訳でもない。落ち着かないし。
フコーじゃないのは少しだけど支えて心配してくれる友達が居るから。
あとのんきだから?怠け者ともいうけれど。
怒ったり落ち込んでてもそれほど顔にでない。
それはACだから。
うちの親は短気で、すぐ怒ってばかり居たので私はずっと感情を押し殺してばかりいた。現実の私なんてちっとも見てくれなくて、親の許してくれる範囲のことしかさせて貰えなかった。そのうち自分がやりたいと言い出したのかどうなのか判らなくなって、悪い結果が出ると親に責め立てられる。自分の意見に親が介入してくるので責任感が足りなくなる。自分の不得手なことを只責められて。親の思うとおりの子供を演じてきた結果がこれだ。神経症は一時的に回復しても直らない。もう神経性症鬱病で入院なんて厭だ。人ではない人々をたくさん見てきた。ゾンビみたいな人も居た。生かされてる、という感じ。行動も酷く制限され、病院内の中で恋愛を繰り返してどろどろになってる人も何人か居た。隔離部屋からは出して出して、と叫ぶ声、ドアを叩く音、いとも簡単に切れてしまう人々の暴力、怒鳴り声、薬の副作用で表情が虚ろで涎を垂らしている人、やせ細って目だけぎょろぎょろと光らせたブリマレクシアの少女達。
入退院を繰り返す人々も居た。再入院なんて簡単なことなのだ。人は弱い箇所が出来ると壊れやすくなる。
あたしはこの小さなハコの中で暮らすのは厭だった。
風さえも殆ど感じられない。
細心の注意を払ってないと再発するのなんて簡単だ。でもあたしはもう入院したくない。楽になりますよといわれ、悪循環の輪に迷い込まないように、悪化したくない一心でいやいや飲んでる薬さえも手を切れない。
自分の意見なんて言うのは許されないことだった。子供にとって親の意見は絶対だ。あたしはずっと、自分が何をしたいのか誤魔化してきた。簡単に他人の意見に流されてしまう。でも怒りは心の中に温存されて、結局それは自分自身で処理するしかないのに。
今日好きなことをしているひとと出会った。24で店長というのは人生うまくいっているのだろう。好きなことは一通りやったとその人は云っていたし。でも他の人に簡単に出来ることがあたしには酷く難しかったりする。自分の可能性が信じられない自分が酷く無力で何もできないと思いすぎる。自己評価が低すぎる。ので、自信を持つことがなくそれで人と比べてしまって我を強く出しすぎてしまって結局他人を傷つけてしまうのだ優しい人になりたいのに。
単純になんて云われても理解できない。それは強者の意見なのだろう。環境的にも恵まれてるわけじゃないし。
自分自身を肯定する力があたしには足りなすぎる。
生きているだけで幸せな人と生きてるのは当たり前で、よりよく生きるにはどうしたらいいか、って考えてる人と2種類の人がやはり居るのだろう。
こんな事此処に書いてないでどうにかしたいしどうにかしてあげたい、自分のために、どうか。
折角生まれてきたのだし。
神様。
もし、居るのなら。神様。


るう |MAIL




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