長い1週間だった。 暑さに苦しんだ3日間と、涼しさを喜んだ2日間と、 体感的にも、この数日間で1カ月以上の変化があった感じだ。
明日は中学校の混成バンドの練習で1日潰れる。 明後日も高校の混成バンドの練習で1日潰れる。 何日か前に、休みがないな、、と思ってカレンダーを見て、 月曜日が敬老の日で休みだと知って、涙が出るほど救われた思いになった。 けれども、昨夜からつらつら考えるに、 その月曜日にでも出校して仕事しないと、来週以降の仕事が遅れるのだ。 明日だったら、1年も3年も出校行事があって、学校が開いているので、 それを利用すればよかったが、明日の用事を変えるわけにはいかない。 それで、月曜日に自分で校舎を開けられるように、 明日、混成バンドの練習が終わってから学校に行って、 校舎の鍵を受け取る算段を、教頭も交えて相談しなければならなかった。 こういう無償の休日潰しをアホらしいと思いながらも、 後のことを考えると、こうでもしないと絶対に後悔すると結論したわけだ。
今週は何とか耐えて、宵寝はしないで過ぎていたけれど、 今夜はついに耐えきれず、8時から10時まで眠ってしまった。 横になって数日間の重さを噛みしめて、そのまま意識を失った。 30分ほどでいったん目が覚めたけれど、また横になって、意識を失った。 2時間後に再び目を覚ました時は、実に爽快な気分だった。 起きてから、数日前から億劫だった仕事に取りかかることもできた。
要するに、3連休はないし、 きょうの1日の仕事より明日と明後日の仕事の方が大変なのだが、 きょう、授業も掃除監督も終えて煙草を喫いに出たときの安堵感は何だろう? とりあえず、苛酷なノルマから解放されたかのような充足感を覚えたのだ。 束の間の解放感だ。 錯覚といってもいいかもしれない。
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