子津少年、心に決める。  2006年03月18日(土)





「(はー…入学式なんてかったるいだけっすよねえ。校長ハゲちゃってるっすしねー………しかも教頭まで寝てるし。新入生の手前寝るなっての。なに、寝てもいいの?寝ちゃってもいいんすか?)」

そうは思っても、長年真面目優等生を小中ともに演じてきた子津は欠伸を噛み殺した。
憧れていた、十二支高校。しかし憧れてたって入学さえ出来ればよく―――もっといえば野球部に入部さえ出来ればよく、入学式なんて興味がない。入部式があるなら大歓迎なんだが。
けれども、どうにもPTA会長の話が長く、しかもくだらなく、本気でそうは思っていないだろう美辞麗句を並べるだけの演説はラリホー((C)ドラゴンクエスト)並だった。

「―――終礼」

はっとして立ち上がる。気づけば、入学式が終わってしまっていた。
駄目だなあ、最初は気をいれてのぞまないと………と寝起きのため霞んだ目で体育館の窓の外を見た。
桜の花弁を見た気が、した。













「うん、うん………大丈夫っすよ一人で帰れるから。うん、ちょっと野球部覗いてきたいし。平気っすよ、お店のほうも大変だってわかってるから。うん、じゃああとでね母さん」

携帯をしまう。家の呉服屋は最近注文が多いので入学式にも出られなかった母親だが、やはりそれに罪悪感なりなんなりあるのだろう。けれど店のことで親に構われないなんてこと慣れっこの自分のほうが気にしていない。
さて。とりあえずグラウンドに行こう。部活動をしていないのは知っているが、それでもずっと憧れていたグラウンドだ。聖地だ。
新入生達が校門に向かう中、桜並木も並べられていない道を通りグランドに着いた。

「(あれ、人がいる)」

思わず足を止めてしまった。注目されるのはやだしな。部員だったら、変に生意気な後輩とか思われたら困るし、ということで少しだけ遠目にグラウンドを見守った。
その人は一人だった。グランド整備をしている。ユニフォームを着ているからやはり野球部員だろう。しかし、それにしても派手な人だ。
赤ジャージは、まあいい。普通は黒だろ、とかツッコミたいが控えめな臙脂色はむしろ好ましくすらある。だが問題は髪の色だ。
太陽の光も反射してしまう、金。

「(うわー………染めてるんすかね、あれ。あんなのやってたら頭髪でひっかかって甲子園どころじゃないっすよ。やっぱり落ち目なのかなあ十二支って。生徒の管理もちゃんと出来てないなんて…)」

でも休みの日にグラウンド整備してるなんて真面目なんだな、と思っていたらその人が顔を上げた。





―――、







横顔だけしか、見えない。けれどそれだけでよかった。それだけでどれほどその人が。
陶磁器の肌。涼しい目元。完璧としか言えない目鼻立ち。そして、吸い込まれそうなほど深く見えるのに、澄みきった、緑の目。






どれだけでその人が、綺麗かなんて。
だけどそんなことどうでもよかった。陶磁器の肌も涼しい目元も完璧な目元もあの透明な緑の目も。
彼の、その存在自体が。









足が立ち止まったまま動かなかった。ようやく動いたのは彼がトンボをしまおうと子津に背を向けグラウンドから出ようとしたときだった。
子津も踵を返し校門に向かう。けれど拳を固く握りしめ、子津は固く心に決めた。








「絶対、あの人をお嫁さんにする………!!」












後。結局はお嫁になんてできず、白無垢を着ることになったのは自分だったことになるのは、まだまだ先のお話。














not end.











表紙