たりたの日記
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2018年01月12日(金) 新しい代替治療

この日、マイクロ波による温熱療法を体験するため都内へ。
久々の電車の移動、しかも一昨日は熱発したので、果たしてそこまで行くことが可能だろうかと危ぶまれたが、朝は熱もなく、予定決行。

マイクロ波というと、健康のため電子レンジも使わない友人がいて、私も何となくネガティブな印象があったのだが、この治療を勧めてくれたRさんが自分の病気が治ったことや、その治療院に集まってくる、もう打つ手がないと言われた末期の癌患者達が次々と完治し、その方々は、完治した後もその治療院に通い、新しく治療を受ける患者のサポートをしている。ぜったいに治ると確信を持ってと力強く励まされ、訪ねる気になった。

場所はこの治療機を発明した発明家の自宅の一室で、到着した時には、すでに2人の方が治療中だった。また、この治療院を紹介して下さったRさんも、私のために来て下さっていた。

真冬だというのに、半袖のTシャツ姿の高齢のご婦人は汗びっしょりになっている。汗が出るとは効いていたので、下着の着替えは持ってきたが、まさかこれほどまでとは考えていなかった。

さっそく支度を済ませ、治療を開始。マイクロ波を発する箱型の機械を自分の患部の背面と正面に置き、自分でON OFのスイッチを操作するというもの。

不思議な事に、スイッチを入れるとすぐに、患部と思われる背面の一部だけが異様に暑くなる。火傷をしてしまうのではないかと思うほどなのだが、皮膚の表面は異常がなく、癌細胞にだけ、それが壊死するほどの高い熱が届くという仕組みのようだ。発明家の方が、図や化学式などを書いて詳しく説明してくれたが、その方面には全く暗い私は、マイクロ波が、癌細胞を取り巻く活性酸素にのみ反応し、その部分の熱を高めるということくらいしか分からなかった。

けれども、癌細胞は熱にダメージを受けるので、発熱すればその事を期待したり、できるだけ身体を温めるよう頻繁に温泉に入るようにしてきた私としては、患部が耐えられないほど熱くなる事がありがたく思われた。この高熱により、癌細胞が間違いなくダメージを受けていると感じたからだ。

この発明家の治療器を使っている病院や治療院も全国にあるようだが、ここは、言ってみれば、発明家のラボラトリィと言った場所で、この治療を信頼する人達の溜まり場とも、相互援助グループとも言えるような、暖かい人間関係が成り立っている事が分かった。

発明家自身も、鉄腕アトムのお茶の水博士のような人で、この治療器以外にも、たくさんのものを発明し、現在も新しい発明に取り組んでいるようで、そういった話も面白かった。

先のご高齢のご婦人は、手術も抗がん剤もなく、この治療だけで乳がんを完治され、それでも、定期的に来ては、3時間ほどこの治療を受けると話しておられた。
他の治療院の1回15分というのとは違い、ここは、午前9時から午後1時半までの間は、自由に治療を受けることができるということだった。患者が多い時には外にも列ができるらしいので、そういう場合は1人が長時間、そこに留まることはできないだろうが。

私は、途中に休みを入れながら、1時間半ほど、その機械にかかる。治療を受けたという充実感がある。全身汗びっしょりで、髪の毛も濡れている。外は寒いので、身体が冷えるのが心配。今度来る時はその対策が必要だ。
やはり、外に出ると寒さがこたえ、暖かいお風呂にどぼんと浸かりたい気分。冬山登りをして汗をかいた後、下山する時の寒さを思い出した。

上野駅で、カフェにはいり、暖かいジャスミン茶を飲み、ティーポットで手を温めると、ようやく身体がポカポカして来たので、この日予約を入れていた、尾久の鍼治療院にも行くことにした。

夕方、37・8度ほどの熱が出るが、それ以上高くなることはなく、37・4度くらい夜中も続いていた。
鍼師に私が暮れの発熱や入院の事など話すと、あなたの細胞は強くて、生命力があるから、ガンや抗がん剤の威力に抵抗しようとして頻繁に熱を出すんですよ。敗血症になるような身体の状態ではないですよと言ってくれたので、こうした熱は自己治癒の現れだと思って、受けいれようと思う。

私としては、次男のところに第二子が生まれる8月まではなんとか元気でいたいと、でも来年のお正月までは無理かもと漠然と線引きをしていたのだが、Rさんから別れ際に、8月を目標に完治させましょうよと力強く言われた。
そこに、いわゆる医学的な根拠がないにしても、8月完治という新しい目標を掲げる気になっている。


たりたくみ |MAILHomePage

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