たりたの日記
DiaryINDEXpastwill


2012年02月04日(土) 訃報

「午後10時11分だった」と弟から父の訃報が届く。

母が逝ってから8か月。
ちょうど母の葬儀の辺りから施設から病院へ移り、食事も管を通してするようになり、ここ1週間は点滴だけに頼るようになり、血液の数値も低下していた。
母は口癖のように「お父さんを残してわたしが先に逝くわけにはいかない」と言っていた。私は私で、父が何も分からない状況でありながら命を保っているのは母を一人にしないためではないかと思ってきた。
そうして母が召された以上、父の時間もそう長くはないのかも知れないと私達兄弟は話していたのだった。

それでも、何とか3月の半ば、わたしの仕事や治療が終わり、大分に長期滞在して父を看取ることができる時までは元気にしてくれているだろうと、都合の良いことを勝手に考えていたのだった。

母の時の事で分かっている。一旦訃報が届いたら、考える暇などないのだ。とにかく、明日の大分行きのチケットを取り、葬儀の段取りについて弟と相談し、息子たちや親戚に連絡して・・・荷物もまとめておかなければ・・・
何から手をつけて良いか分からないような気持ちの中で弟と電話でやり取りが続く。

葬儀は暮れに知り合いが立ち上げたばかりの家族葬専門の葬儀屋さんにお願いすることに。
親戚には知らせるが、地域の方々には新聞広告で父への厚情のお礼と家族葬の旨伝え、香典・供花を辞退する旨知らせるという弟の考えに賛成する。また父が死んだ時に流してくれと言った、ビートルズの Let It Be を流そうと。
葬儀はいらない。骨はそこらに撒いてくれと言っていた父にふさわしい見送り方のように思え、そんな父の有り様が生き生きと思い出され、胸が熱くなる。

夜中、遺体を安置した葬儀場へお寺の和尚さんが枕行を上げに来て下さり、葬儀についての細かい打ち合わせを遅くまでしたとのこと。弟一人で和尚さんや葬儀屋さんと緊張にながら対応している様子が伝わって来る。

スーツケースに荷物をまとめ、その中に父に捧げた拙書「育つ日々」と、父のハーモニカを録音したカセットテープを入れる。

どんな葬儀になるのだろう、小さな田舎町でそんな葬儀は前代未聞に違いない。失礼はないだろうか・・・

Let It Be!
聖母マリアの魔法の言葉、「み心のままになりますよう」を唱えつつ、深夜2時、睡眠薬を飲んで眠りにつく。

( 2月19日に記す )


たりたくみ |MAILHomePage

My追加