たりたの日記
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2005年08月10日(水) 不思議な遠足

旅というのは心を新しくしてくれる。
たとえそれが一日だけの、それほど遠くないところへ出かけた小さな遠足であっても。
今日は一日中、心がふつふつとし、風が抜けるような涼しい気持ちがしていたのは、昨日の遠足のせい。


【入間市、東野高校見学

ゼミで話題に上った東野高校をホームページで見た時から、一度訊ねてみたいと思っていたら、そこで教えていらっしゃるKさんが案内してくださることになった。

おもしろい建築物はいろいろある。古い建築物も、新しい感覚で設計されたビルも。
ところがそれは学校。建築物とその周辺の校庭、学校の全体が妥協を許さない一つの美意識に基づいて創られているというのは珍しい。
教室も体育館も柔道場も、廊下も窓枠もドアも、おきまりの格好をしていない。それなのに、ひどく懐かしく、まるで記憶の底に眠っていた場所が現実にぬっと現れたようなファンタジックな気持ちになった。
ここには良い新しさと良い古さが同時にある。また素朴さと同時に際立った個性も。
こういう建物の中で日々過ごすのはどういう感じなのだろう。建物だけでなく、学校の考え方や教育実践もユニークだと聞いている。
Kさんは素晴らしい国語の授業をされるとゼミの方方から伺っているが、いつか授業も見たいと思った。

美しい木で組み立てられた体育館はそれ自体が呼吸をしているかのようで、ここで踊るならどんなにか素敵だろうと思った。Kさんが向こうを向いている間に、くるりと一回転、踊るまねをした。
レトロなシャンデリアがいくつもある講堂は、柱や梁にほどこされた模様が不思議に面白い。中世を意識した劇場のよう。ここでダウランドのリュート歌曲なんかを歌うといい感じだろうなと思った。誰もいなかったら歌ったかも。


【秩父、武甲の湯

Kさんは学校見学の他にも、美術館や、古い建物など、いろいろな選択肢を用意してくださっていて、そのミステリーツアーのリストには温泉も入っていた。やった!ぜひ、温泉へ。

電車で秩父へ行くのは初めてだ。お寿司のお弁当とビールとを買って、秩父行きの急行に乗り込む。お弁当を食べながらの電車の旅ってどれくらいぶりだろう。窓の景色が緑に覆われ、遠足気分は盛り上がる。
横瀬で下車して、10分ほど歩いて武甲の湯へ。この温泉には同居人と車で二度ほど来たことがあるが、とても気持ちの良い温泉だったという印象がある。
温泉は一時間以上は入らないというKさんをそそのかして水風呂に誘い、温泉→水風呂→露天風呂→水風呂→サウナを順にくり返す温泉の楽しみ方(?)を伝授する。こうしていれば、3時間などはあっという間に過ぎてしまう。わたしなど一日だって入っていられる。

温泉から出た後は広い畳の休憩所でごろんと横になればいいのよとわたし。たとえカラオケの演歌がうるさくても、子どもがどたどた走り回っても気にせずに、野原に寝転ぶような気持ちで寝るのが流儀。しばらくヨガのシャバッサナのアーサナ(死体のポーズ)で休息。とは言っても、もうひとつのツアーの場所への移動のことがあるから10分ほどで切り上げ、やおら駅へ。
戻りの急行はすでにホームへ入っていて、わたしたちは走って滑り込む。今日は何気に良く走った。
きっと電車は1分くらい待っていてくれたのだろう。


【荻窪 Bar WELL

降りたことのない駅に降り、行ったことのない場所へ足を踏み入れるのはそれだけでもわくわくするものだが、夕方の荻窪駅の光景はおもしろい。屋台のような焼き鳥屋さんに、仕事帰りのサラリーマンと思しき白いシャツの人達が犇めき合っている。なんだかお祭りのような賑わいだ。そこを横目にしばらく歩き、細い路地を入ると Bar WELLの看板が目に入った。
ここはゼミのメンバーのYさんのお店。Yさんとは滝子山行きで会っているが、お店を訪ねるのは初めてのことだった。

カウンターに7席というこじんまりした場所はほっかりと居心地良く、こういう場所にはまるっきり不慣れなわたしでも、カウンターに座るやたちまち打ち解けた気持ちになった。じきにゼミ仲間のKIさんも現れた。
なんとKI氏は、思わぬ原稿料が入ったからと、kさんとわたしにお酒を奢ってくれるという。原稿料で奢ってもらえるなんて記念すべき事だ。
わたしたちは、俳句のこと、ゼミのこと、お酒のことに始まり子供の頃に読んだ漫画の本のことなど話す。話がいくらでも出て来てそれは楽しかった。KさんKIさんともほぼ同年代。子供時代の話題などは共通している。「猫目の少女」がどれほど怖かったかとか・・・
そうそう、今日のミステリーツアーは、KIさんがKさんにわたしの本を紹介してくれたことに端を発している。
KIさんからは刊行された詩集「単位」をいただく。

ところで飲んだお酒のことを書いておこう。
Yさんにおまかせして作っていただいたカクテルとお勧めのDICKELというスコッチウイスキーは素晴らしくおいしかった。一杯目のカクテルはアイリッシュクリームに豆乳とクラッシュアイスを入れたもの。いつもはコーヒーに入れて飲むアイリッシュクリームがこんなにおいしいカクテルになるとは。(家にあるアイリッシュクリームに低脂肪牛乳を入て真似してみたらけっこう美味しかった。)2杯目のカクテルはスプモーニという名前のきれいな夕焼け色のカクテル。カンパリとグレープフルーツとトニックウォーターを混ぜたものらしい。

知らない土地に行き、飲んだことのないお酒を味わい、出会った人達と話をする。知らなかった世界が少しずつ開けてゆくのは、好きだと思う本のページを一枚つづ繰ってゆく時の気分にも似て、驚きや慰めがある。
でもこれは頭で描くだけでなく、色も形も匂いも音もあるほんとの体験だと思いながら、そんなあたりまえの事に妙に感心している。

帰り際、カウンターに並べてある、我々の師匠、正津勉の新刊「脱力の人」を求める。
この書の序文の最後のフレーズは、今日のように、命と時がしみじみと有り難く思える日、祝福の辞のように響く。


――弱いものは、弱いままに。足らぬものは、足らぬままに。病むものは病むままに。狂ったものは、狂ったままに。
Let it be……――

<正津勉著「脱力の人」、はじめに からの引用>


(8月11日、記す)


東野高校http://www.higasino.ed.jp/  
武甲の湯http://www.buko-onsen.co.jp/
BAR WELL http://www12.ocn.ne.jp/~bar-well/index.html
「脱力の人」http://www.7andy.jp/books/detail?accd=R0142050


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