たりたの日記
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2005年07月12日(火) 櫛型山  その原生林に息づいているもの


その時いったい、何が起こったのだろう。
樹齢300年という巨大な古木の幹に身体を寄せ、
そのしっとりと湿った木肌に両手をつけ思わず目を閉じる。
何か大きな力がわたしの体を通り抜ける。
瞬間、わたしの魂はどこかあらぬ方へ飛んだらしい。
眼を開いた時、高いところからいきなり着地したような衝撃。
瞑想していたのだ。本当に短い間だったが・・・

櫛型山はなんとも不思議な山だった。
山というよりは海底にいるような気持ちがした。
平地のどこにもない空気は湿って重たく水のように充ちている。
古い樹木はその多くが寿命を終え、その根の形も生生しく苔むした柔らかな土の上に倒れており、その朽ちた古木の脇から新しい若木がいく本も伸び始めている。
死と誕生がそこには同時に生起し、そこだけ違った時間が流れているようで、うっかりその境界を越えると木々達の時間の中に吸い込まれてしまうのではないかと近寄り難い。

そこを横切る人間達はひたすら頭を下げて歩き、時折りはっとして振り向くのではないだろうか。木々に背中を向けた間に、木々が動いて何やら言い交わしているのではないかとそんな気配を感じて。
そう、ちょうどあの、「だるまさんがころんだ」の遊びのように。
聞こえない木々の言葉が行き交っている、確かに。

古木の下の湿った床は葉脈もくっきりと怖いほど生き生きと茂っているシダや、コロボックルがひょっこり顔を出しそうな、ゆかいな格好のヤブレカサにいちめん覆われている。他にもオダマキ、キンポウゲ、名前も知らないたくさんの植物達の饗宴。ここは原生林そのもの。


午後2時、登山にはかなり遅い時間に、池ノ茶屋林道に車を置いて歩き始める。そこからそのような古木の脇を歩いておよそ一時間、櫛形山山頂(20054m)へ。そこから50分ほど歩き、裸山(2003m)。そこから20分も歩けば、アヤメ平。
驚くほど広範囲に広がる菖蒲の群落。菖蒲祭りの標識に沿って歩くと、群落の中を人間が踏み荒らすことのないよう、ロープで仕切られた小道が続いていた。
原種の菖蒲はきゅっとひきしまっていて小ぶり。カキツバタやアイリスの華やかさはなく、その濃い紫には力強さと可憐さが同居している。少し古風な美しい日本の女、そんな印象。

今にも雨がこぼれてきそう山道をまた戻り、原生林コースを歩き、6時前に池ノ茶屋林道へ。暗くならないうちに山から出ることができて良かった。夜に向かおうとしている人気のない山の中は、すでに外界を閉め出そうとしている気配が漂いはじめ、ここにいても良いのだろうかという気にさせられる。歩調を速め先を急いでいた時、傾きかけた日光が木々の間からいく筋もの帯となって差し込む風景に出合った。しばらくの間足を止め、人間が見てはいけないもののような気持ちでそれを見守る。

夢から覚めたように森から地上へ出る。そのまま増穂町が経営する温泉「まほらの湯」へ。7時半から閉館の10時まで、たっぷり湯に浸かり身体を休める。

このまま帰ることを考えていたが、ドライバーのKくんがどこかへ一泊してゆっくり帰りたいということなので、遅い時間、車を走らせつつ宿を探す。S隊長が目ざとく見つけた石和温泉のスパランド、ホテル内藤はなかなか良い宿泊場所だった。4人で軽く飲み、KくんとMくんが部屋に引き上げた後、S隊長とわたしは夜中の2時まで風呂三昧。わたしは意識は朦朧としていて風呂の中で眠っていたといっても良いくらいだったが。翌朝も8時からチェックアウト寸前の10時まで風呂。今流行りの岩盤サウナにわたし達はすっかり夢中になっていた。


実は、この日、我々4人は一泊の予定で、富士山に登る計画だった。集合場所の上尾駅に午前7時に集合し、お昼頃河口湖5合目まで来る予定だったが、雨が降ったり止んだりと天候は良くない。山頂の山小屋へ問い合わせると、「山頂は雨だと思って来てくれ」とのこと。翌日は雨の予報が出ているし、来光は望めない。残念だが行き先を櫛型山へ変更。南アルプスICを経由して登山口になっている池ノ茶屋林道へ向かった。

富士山は雨だと気温が恐ろしく低くなる。また足元も滑り易い。経験の浅い我々3人は、せっかくそのために来たのだから登りたいと思っていたが、山の経験豊富なS隊長は、ここで無理に行ってはいけないと何か胸騒ぎのようなものを感じたらしかった。彼女はこういう時のために用意していた櫛型山行きの計画書を取り出し、ここは雨でも素敵なところだし、ちょうど菖蒲の時期だから行く価値があると我々を説得して行き先を変更した。この判断は見事だったと思う。

お陰で、この時期にしか見ることのできない菖蒲の群落に出合えた。またそれ以上に、木々達の息づかいが耳元で聞こえる原生林との出会いは素晴らしかった。

              ( 7月8日 櫛型山山行 )


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