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2005年08月14日(日)  ハローグッバイ
某バンドの解散ライブに行って来た。

3時間、35曲って言ってたっけかな。
時間の長さを全然感じない、素晴らしいライブだった。
初見だったのだけれど、これが最後になるなんて、
正直残念だと思った。


これまでいろいろなバンドの解散を見てきて思うのは、
解散するバンドの音って、如実にそれを現しているということ。
そりゃそうだ。だから解散なんだ。
だから解散ライブが素晴らしいライブ、ってのは本来ありえないことで。


でも、ナンバーガールの解散ライブを見て、それは覆った。
でもやっぱりそれは奇蹟的な事なんだろう、って思ってたのだけれど、
その、「奇蹟的」な経験を、私はまたすることができた。
フジロックのPEALOUT。
ライブを見ている間に、何度も「本当に解散するバンドなのか?」って思った。
そのくらい、バンドの音がガッチリと固まっていた。

そうそう体験することが出来ないと思われる、
「解散ライブが素晴らしかった」という経験を、
二度も出来た事をありがたく思った。


けれど、また、今日。
その、ありがたい体験をすることが出来た。
バンドの音には緩みも隙もなくて、ガッチリ固まったひとつの音だった。
本当に解散するバンドなのか?って何度も思った。
何の前知識もなく行ったら、解散だなんて思わなかったと思う。
ライブが終わった時、
廻りに居た熱心なファンの方同様に、私も暫し呆然とした。
何も言葉が出なかった。



終演後、軽く打ち上げがあって、直接話をした。
某さんは私を見つけると、あの一点の曇りも無い笑顔で近づいてきて、
フェイバリットミュージシャンが同じである私に、開口一番
「どう?好きな音じゃなかった?」と。
「すごい好きな音だった!びっくりした!(笑)」と返し、更に
「あのですね、私、ライブに関してはすごい毒舌で辛口なんですよ。
 でもね、でも、よかったですよ!」
と、なんだか小学生みたいな単純な感想を伝えた(苦笑)
それはよかった、と、更に笑顔。
こんなことを言ってもいいのだろうか、と一瞬躊躇したけれど、思い切って
“解散するバンドの音には聞こえなかった”
と言ったら、返事の声のトーンが少し沈んだように感じた。



会場を出て、涼しい風にあたりながらぼんやりとぼとぼと歩いた。
解散にもいろいろな理由がある。
同じ方向を向けなくなったから、という理由ではなくて、
もしもたとえばそれがメンバーのモチベーション以外のところからくる問題なのだとしたら、なんだかとても寂しいことだ、と思い、悲しくなった。
そして、1ヶ月ちょっと前に、某さんと話をした時の事を思い出していた。
「音楽、続けるんですか?やめちゃうんですか?」
という私の問いに、続けたいけどね、と前置きし、
「十数年遊ばせてもらったから。部活動の延長みたいなもんだよ(笑)」
と、笑顔で冗談ぽく語っていた。

本当に遊びだなんて思っている人が、
いろいろなリスクを負っていくことを選ぶだろうか。
自分達の音への愛情を垣間見た気がして、切ない気持ちになった。
そして、その音を聴いた今日、その時と同じ気持ちになっている。
そうだ、苗場でPEALOUTを見た時もこんな気分だった。

こんなにも、
誰よりも自分達の音をこよなく愛する人がいるのに、
それが最後になるということ。


はがゆいなあ…



 


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