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2006年06月15日(木) 「うち」という感覚

夜から、雨のなか、大津までいってとある研究会に参加してきた。ある大学の先生が、それこそ何十年もかかって非常勤先の社長さんらとつくりあげてきたもの。いますすめているプロジェクトの打ち合わせもかねて。

で、その後、飲み会。非常勤のことを話しているうちに僕が「うち(の社)は」という言葉を発した。僕は意識してなかったのだが、そしたらその先生が「まつしまんさんにとってはウチって呼べるようなとこなんやー」と笑っておられた。

そうか、そういわれれば「うち」という意識ができたのはいつごろからだろうか。みんなは何社かかけもちでやることが多いし、数年単位で変わっていくからそういう意識がないのかもしれないね。僕は滋賀にきてから掛け持ちしてないし、ずっとここにいるから思い入れもあるし。

最近、金井壽宏先生の『組織変革のビジョン』(光文社新書)を読んだのだが、新入社員が「うちの会社は」といいだしたら、一段階、会社との関係性がかわっているのだというようなことが書いてある。先生いわくそれはネガティブに「とりこまれた」と感じられるかもしれないが、組織変革への足がかりでもあるそうだ。

たしかに足がかりにはなるのだろう。「うち」という感覚はよくもわるくも
社員との関係が(とりわけ心理的に)近くなるということで、会社のなかの、いろんなものが見え始める反面、いろんなものがみえなくなっているということでもある。

あ、そういえば、数社を掛け持ちして忙しかった時も、(仕事の仕方を変えているわけではないが)自然と愛着がわくところとそうでないところはあったなあ。たぶん外来者にも(というより僕なのかな)それだけ愛着がわいてしまう会社のあり方というのも、ある意味、問題だと思うこともがある。


要は、そこでみえることとみえないことを自覚しておくとよいのかな。


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