I create you to control me
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| 2005年05月21日(土) |
相手の視点にたって考えるのではなくて |
本来は、介入方法というのは対象理解に基づいて行われるものだと思う。だから、例えば「ひきこもり」の人に対して「見守る」べきだと主張する人も、「早く外に連れ出すべきだ」という人も、その発言の裏には、実は何らかの前提がおかれていて、そこから行動指針が導きだされているものだ。
ただ、この前提というのはたいがいの場合、暗黙の前提になっている。だから、異なる前提をもっている人同士が会議をすると、お互いにケンカになったり、声が強い方が勝ったりする。
こういう時に必要なのは、「相手の視点にたって考える」ことよりも、むしろ、議題となっている対象を深く理解するということだと思う。「相手の視線にたつ」というのは、介入者からみたらそうかもしれないが、当事者にとってリアルな言葉じゃない、と思う。別に「相手の視点にた」たなくても、AさんならBさんの、BさんならAさんの対象イメージをとりいれて、新たな対象イメージが確立されてくれば、自ずと議論はすすむはずだ。
「外につれだすべき」というAさんと、「見守るべき」というBさんの2者関係にとじられた議論を、当の子どもはどうなんだという3者関係の問題にひらいていくことが必要になる。
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hideaki
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