2014年08月16日(土) 愚痴書きだめ
戸隠。もうちょっと頑張ってればよかったかもしれない?
と思いつつも。もうちょっと頑張ったら間違いなく倒れておったので、まぁ、いいか、と思い直す。
休んでてもいいよ、と言ってくれてたのですが、実際休んでる場所もなくて。。。。さらに、休んでて、ただ飯食らう度胸もなくて。
当てがえられていた部屋はお客さんが次々やってくる店の二階の脇っちょの部屋だったので、店のチャラ〜〜〜〜〜〜♪というBGMは始終鳴り響いてワサワサしてて、寝てもいられない。。。だからひたすらもう毎日働く働くしかなくて。。。戸隠行ったのに、山の風景をああ、きれいだと見たのは3日目の夕方だった。。。雲の合間にちらり、だった。
最後の日に、戸隠の親切な人が農園などに連れてってくれて、初めてちょっとだけ戸隠の農業生活の風景を見て、ああ、いいなぁと思ったけど、それだけやった。あと、昨日、帰りに善光寺見て、ああ、いいなぁと思っただけ。結局、そう、お店に働いていると、忙しいから、東京で働いているのと同じというか、それよりずっと大変で、見てるのは「洗い物」だけだったんだ。。。
予想通りに、厨房は暑いから、汗だくになった。1日中、洗い物を大量に朝から夕方までしてるって、昔高校生の頃にやったはずなのに、今はものすごい大変だった。山の上だから、普通よりちょっと疲れやすいのもあったかもしれない。朝も早くから蕎麦打ちが始まるから、その音で5時には起きていたし。
しかもああいう過疎地の山だから夏の臨時労働力は高校生しかいない。大人はみんな外に働きに行ってるから。
その高校生たちの仲間内だけで盛り上がる甲高い笑い声、よそ者のオバさんなんてのには返事もしたくない、思春期の残酷さよ!
皿なんてシンクに投げ入れてくるから、餓鬼ども、なぐったるか?と、その衝動を抑えるのに息がパクパクして、蕎麦ざるを表に干しに行くたびに、地面をガンガンに蹴ってた。ガキ、蹴ったり殴ったりしたら大変なことになるから。代わりに地面を蹴った。私自身がガキだから、「まぁ、子供ねぇ」なんて笑えない。殴り倒したくなる。もう1人、手伝いに来ていた、蕎麦屋の親戚のオバちゃんは強引に子供たちにオバちゃんらしい語りをぐんぐんにして、子供たちもそれに飲み込まれておったが、そこまでのオバちゃん解脱道を私は会得してないのだ。
そんな仕事がやっと終わったら終わったで、すぐに風呂に入ってのんびりテレビってわけにもいかず。なにせ住み込みだからね。忙しいおかみさんがご飯を作ってくれるのだけど、「手伝いましょうか?」と言うても、「いいわよ」と言ってくれちゃうから、じっと部屋で待ってて(強引に手伝えばよかったかもしれないが、おかみさんは仕事後、少し夕寝してたからうまいタイミングで行けなかった)、ごはんができて、それに合わせてお風呂に入れてもらえる10時ぐらいまで3時間ぐらい、待ってる。どこか散歩でも行けばいいけど、すぐに山は真っ暗になっていまうし、だいたい山だから、歩いて行ける範囲も狭くて、降りたら上がってこれなくなるから、テレビもなくてひたすらネット見てた。。。仕事する元気もおこらず。
そしていた部屋は、店の2階だから、夜になれば誰もいなくて、ひたすらに暗闇の中で、広い大広間が隣で、暗い廊下、下には厨房やら何やら広がり、なぜかときどきがたがた音がする。誰もいないのに。
とにかく怖くて怖くて、トイレに行くにもダッシュで。歯もろくに磨けなかった。店に働く娘婿さんやら、手伝いに来た親戚の女性なども、ここの2階は怖い。昼までさえ怖いとか言い出して、ああ、本当にものすごい怖い空気感に満ち満ちていた。怖いから電気とラジオ(ラジコ)つけっぱなしで寝て、あんまりほとんど寝れなかった。
それで日に日に疲れがたまり、帰りたいと、実は月曜日に早くも申し出たんだけど、そこでいったん留保された。
じゃ、もうちょっとがんばろうと、トライしたけど、やっぱり、そういうもろもろがわっとのしかかってきて、そうなるとパニック症候群になってきて心臓はバクバクで薬ばかり飲んでて頭はもうろう、ちゃんと物事も考えられなくなって逃げてくることになったのです。
友達は、みんな「ダメだな」とか笑うか怒るかなとか思ったら、まったくそんなことなくて、「早く帰ってこい」「いいんだいいんだ」「よくがんばった」と言ってくれて、メールを読んで部屋でわんわん泣いた。師匠からは「私たちは肉体労働はできない人間なんだから、書きなさい」と言われて、そうしようと思った。
それで、そのまま東京に戻るより、服とかいろいろあるからと、沼津に来たのだけど、良かった。沼津は別に楽しくはないけど、オカンは久々に会ったら、さらにまた小さくなっており、オカンの面倒もみなくてはならないと思ったから、無理して戸隠にいるよりも、沼津でその分をいた方が、いいように思う。
しかし戸隠は人はみんないいのです、大人は! みんなすごく優しくて、親切です。ただ、今は想像を絶する観光ハイシーズンすぎて、その渦中にいきなり行ってしまったので。。。私が行く前の日まで実は暇だったそうです。私が行ったら急にド忙しくなりました。。。だから、みんなもくたくたで、もう、どうにもこうにもならなかったのです。本当は8月頭から行くはずだったけど、取材があって7日からにしたんだけど、あれ、1日から行ってたら、もっと暇だったみたいだから、違ったかもしれないなぁ。ああ、でも、暇なら暇で、暇なのに悪い、とまた気つかって、逆にそれはそれで居場所ない感がして、疲れただろうなぁ。
まぁ、私のような人が山で住み込みで働くなんて、土台無理だったのだなぁと思う。それがわかったのでよかったです。
やらなければわからなかったので、やって、わかって、良かった。
途中で帰ったりしたら店に迷惑かかる?とも思ったけど、けっこうバイトは大勢いて、ホールの女子高生たちはすることなくてぼやぼやしたりしていたので、ああ、私がいなくても大丈夫だろうなぁと思い、早々に私が逃げ、親切を仇で返して、この子はまぁと呆るかもしれないけど、実質はそうそう打撃にはならんだろうと思って、逃げ帰ることにもしたのです。
お店の人は働きながら信州を楽しんでね、というスタンスでいてくれたけど、楽しむ余裕が持てなかった。。。
店の人たちとは最後に「また来ます」といい、「またいっしゃいと」言ってくれて笑顔で別れたので(内心はわからないけど)、図々しくまた遊びに行きます。
そんなわけで、これはメモ代わりの愚痴の書きダメです。みかんでもむきむきしながらぐちぐち言う、ただの愚痴なので、これに対して「和田はダメだな」とまたダメ出しするのは止めてください。心からお願いします。とっちらかって書いてます。
こうした愚痴ぐちぐちは、自分で熱心にw事象をとりあげたもので、要はひたすら帰りたかっただけって感じっすから。
しかし、逆に私が1か月無事に勤めあげたりしたら、それはそれですごくつまらんな、と思ったりするのでした。
短い間、自分が入り込む隙を見出すことができないままでした。
もうちょっと頑張ればよかった? いやだから、(最初に戻る)。
PS: 今落ち着いて振り返れば、なんとかひとつひとつ解決していけばよかったのかもしれないし、とにかくどうでもいいから死ぬ気ではっちゃきでやればよかったのかもしれないけど、渦中にあると、私はそれができないのだ。どうしてもどうしても屈託がありすぎて、それにとらわれて、まっすぐ前に進めなくなる。
まっすぐ前に進める人になりたいと行ったけど、普段よりさらに前にまっすぐ進むことが難しかった。
ごめんなさい、をするばかりなのでする。はい。
全力投球はできない。。。。できる人はできるだろうけど、できない。いや、私なりの全力投球はこの程度、なんだろうな。うん。
へたれ、で、ごめんね。。。全力投球のやり方みたいのを覚えなきゃ。。。いや、それは覚えるものじゃないよね。う〜んと。。。
PPS:いっしょうけんめいに頭を整理してるんだけど、結局、みんなで田舎で知らない人同士、ワイワイ楽しく働きたかったんだけど、それができなかったから、それがイヤだったんだな、と結論だな。忙しくても、オバちゃん軍団で、はいよっ、それよっ、みたいに働いたら楽しかったろうな。それ、できなかったからねぇ。
PS3:んで、気晴らしするところがなかった、行けなかったのが大きいよなぁ。せっかくお気に入りだった「らんぷ」という喫茶店も、ちょっとオヤジさんと話したら、なんか説教口調でさ、、、うざっ、、、と思ってから行かなくなった。田舎のオヤジ、すぐ説教口調。うざっ。。。
PS4: そうだ。初めて会う人、初めての場所、初めてのこと、初めてずくしの山にパニックして。。。それに対処できなくて、んで、アワワアワとナーバス・ブレイクダウンして帰ってきたんだ、私。わかった。そういうことだ。だんだん整理されてきた。。。
PS5:で。現実にこうして沼津に来ると、オカンはお金ないから、なにやかやと出費がかさむわけで。。。ああ、やはりあと、せめて、3日4日、我慢して、もうちょっと働けばよかったのかな?などと思ったり。なんでこうも自分は我慢が足りぬ。覚悟がない。必死さがないのであろうか。歯を食いしばり、ぎりぎりと苦しみを耐える強さないのであろうか?などと思いながら、フェイスブックを開くと「サクサクとご飯を食べてしめて6000円。おいしゅうございました」みたいな書き込みがあって、パソコン投げ飛ばしたくなったり。
ああ。お金がないって、なんとつらいことであろうか。お金さえあれば、こんな風に悩んだり、苦しさに耐えたり、出稼ぎに行くことも必要ないのに。
なんだかだんだん文語調になってきてしまいそうなほど、果てしなき苦しみのそこへ沈んでいくなり。
ああ、我にこそ、金よ、仕事よ、底なしの苦しみからの脱却を、と祈るのである。
PS6:ところでオカンと話していたら、オカンは15歳から新橋烏森口の小さな料亭に住み込みで働いていたという。そこで18歳まで働き、19歳から今度は熱海の指圧屋に移って、マッサージ学校に入れてもらいながらもまた住み込みで働いていたそうだ。15だからできたけど、50でやれ、と言われたらイヤだとオカンもいう。
PS7:今日はこんなに書いてるが、別に誰も読んでなくて構わないのだ。ひたすらに自分のメモ書きのためであるから。今、頭が混乱しているので、ここにメモ書きとして残しておきたいというだけであるので。
PS8:それにしても暑くてたまらない。1週間、寒い寒い中にいたら、もう、この暑さに耐えられない。この家はエアコンがほとんどないし、電気代節約のために使わないから、熱中症になりそうだ。。。まじ死ぬかもしれん。冬からいきなり夏に来てしまった人、という感じです。体がおかしくなる。
PS9:それにしても私がこんなに混乱してるのは、どこにもいない誰かの目を気にしているのだ。人なんて関係ないと言いながら、どこにもいない誰かが「和田はダメだな」と言ってる声が向こうの方から聞こえてきて、私を追い詰め、苦しめる。しかし、思うに、きっと、多くの人がそういう声に追い詰められていて、何も私だけではないのかもしれない。